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文明の利器は、いつかダサくなる

2014-06-23 | 思うこと

先日、古書のお店に立ち寄りました。

何かを探すつもりもなく、通りかかった感じでした。

数軒あったお店はガラス張りで、外からうず高く積ま

れた様々な古書が見えました。

文学全集、芸術、文化、歴史などの書物が

その時代の輝きを一度終え、しかしまだ現代でも

呼吸し続けていました。

 

それは言ってみれば、歴史ある木々が立ち並ぶ場所に

見えました。

古書=紙は、もとは植物ですから、そう見えた時に妙

に納得がいきました。

私達が生きて行く上で、歴史というものは、

まるで古びて役立たないものに見られます。

対岸に進化をしながら人に用いやすくなって行く

医学や科学技術などが存在するからです。

 

しかし、私達の後ろ側にあり古くなって行く歴史は、

実はいつで真新しく呼吸していると言えます。

例えば冒頭の古書ですが、様々な分野の時代をリアルタイムで物語っています。

紙は古くなっていますが、時代はそのままで生きているのです。

 

一方でいつでも真新しく便利になって行く医学や

科学技術は、その時代の最先端としては

大変眩いほどのきらびやかさを伴い、

古くなって行くものや不便になって行くものを

嘲笑うようですが、後で見るとどうでしょう…

なんだか滑稽なほどに古び、長く生きることが出来ません。

 

携帯電話が初めて出た頃は、

「電話を持ち歩くなんてかっこいい!」

とみんなが思っていたわけです。

初めは肩にかける水筒のようなショルダー式でしたが

今となってはそんなタイプの携帯電話なんて

ダサい代物です。笑

 

そういう変遷も言えば歴史と言えば言えるのかもしれませんが、

本物の歴史とは、

次世代になっても生き生きと蘇るものであり、

つまるところ古びることなく存在し、

いつになっても後ろ側から私達の意識を支え続ける思い出のような、

過去のものになっても呼吸し続けるものかな…

と思ったりしています。