山縣で一心に摘む嬢子<オトメ>「黒日売」の何とも可憐な、天女かとまがう如くの姿を、その辺りののどかなる景色の中に眺めておいでであられた天皇は、その歩を、そっと黒日売の傍まで、忍ばせながら近寄ります。そして、「アッ」と気付いたその嬢子の側に無言で腰をおろします。周りには誰もいません。黒日売と天皇のみです。遠くの山々は高からず低からず、ウグイスもそこら辺りに優しく声を響かせております。そして、花の香さえもほんのりとやさしく二人を包みこんでおります。
この場面を、古事記には
“天皇至坐其嬢子之採菘処”
と、11字で持って書き現わしております。余分な物は一切省いて、二人の間に繰り広げられようとしている次への時空をも暗示しているのような書きぶりです。その時は、多分数十秒というごく短かな時間だとは思いますが、静なるものの中にわずかなる動も見当たりません。聖なる時です。それは永遠の長さのようにも思われます。
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