私の町吉備津

岡山市吉備津に住んでいます。何にやかにやと・・・

「久漏邪夜」の「夜」について

2015-06-29 09:37:20 | 日記
 黒日売は、大后の嫉妬の仕打ちを畏れて、生まれ故郷吉備に帰るべく、住之江の津から船出します。その様子を密かに宮殿の高殿から望瞻<ミサゲマシマス>されます。その時、仁徳天皇は、故郷に帰ってしまう黒日売に対して、ふと、「もうこれっきりか」と思う心が歌となって口を突いて出て来ます。
 ため息交じりの、あるか無いかのような、歌声です。その中にある
 
“久漏邪夜能”

 の「夜」に付いて、今日は、又又、脱線しますが、ちょっと触れておきたいと思います。
 
 宣長は「古事記伝」で、「夜」を「岐」の誤りだとして、これを<クロザキ>と読んで、「黒崎」であるとして、その場所も「備中ノ国小田ノ郡」にあるとしております。この「黒崎」を、宣長とは違って、私は一人、倉敷市立中庄小学校の付近にある「倉敷市中庄字黒崎」ではないかと思っております。
 (ここは江戸時代「帯江銅山」があった所です。当時の穴海の中にある最大の島(妹尾ー早島―帯江)の一角にあります。彼女の父親は、この辺りに本拠を置く穴海の支配者では無かったかと。)

 一方、僧契沖は、この「夜」という字を、宣長のように誤字だとはせず、そのまま「や」と読んで 、この「久漏邪夜」を<くろざや>、即ち、「黒鞘」だとしております。この説に対して宣長は、「黒い鞘に入った切れ味鋭い刃物のような」という意味だと、黒日売のイメージとあわないので「くろざき」でなくてはならないと強調しております。

 なお、更に、この「夜」を「祁」「気」の誤字だとして、<キ>と読んで<クロザケ>即ち「黒酒」と解釈する人もあるようです。是も意味からですと酒ではおかしいですよね。


 さて軍配はどれに上がりますかね。

 偉いお人は、こんな一字にも拘って、自分の説を主張するものなのでしょうかね。面白いとはお思いになられませんか。

 私は、宣長派はですが。あなたならどうされます???。
 
 
 なお、「仁徳天皇御陵が消えているよ」というご意見を頂きました。もう一度どうぞ。美しいですよね!!!!!