好きになれ

昔、歌謡曲の録音取りでのバイトをしていたことがあって、本人に変わって歌うという仕事だけどそれが凄くイヤだった。

最初は面白かった。

でもだんだんモチベーションが下がってしまった。

理由は「好きな曲じゃない」ただそれだけ。

わがままかもしれん。


自動的に頭の中で突っ込みを入れてしまう。


「何この編曲！」とか歌詞でもメロディラインでも「私ならしない」とかそういう気持ちによくなった。
で、物覚えが猛烈に悪くなっていた。

私に与えられた曲は大体がメジャーだけど知られていない人が多くて、最初の音源を聞いただけで「そりゃ仕方がないわ」とか思ったりしていた。

やめる前はもうその域を超えてしまって、「売れる曲と思って本人よりよく歌ってやる」と言い聞かせていた。


やめた後は「よくやってたなあ」なんて思ったりした。

そのCDを聞いて練習をしていた人からたまに連絡が来て「もう歌ってくれないんですか」と言われたときはちょっとウルッと来たりしたけれど大体はもう勘弁してという気持ちだった。

その頃まだ私の耳は正常に働いていない頃だったけど、その後激しく悪くなったときよりはまだしっかり聞こえていた。

まわりには自分から言うまで誰にも気づかれなかったし、うまくならないと落ち込んでいる人に「私は難聴で自分の声も聞こえないことがあるけど頑張ってるんだよ」と言ってやれた。

今年の夏に難聴が治っていることがわかって、それからすぐにまた本格的な歌うことというチャンスが来て、もう耳が悪かったと言うことに甘えたりはできない。
どこかで甘えていたんだ。

今度は違う苦労をしている。

たくさん音が聞こえるんだ。

音源をもらうと「あれこんな風にたくさん感じていたんだっけ」と思うことがよくある。

リハビリもなくてある日突然本格的に歌う覚悟を決める日が来た。

正直、キーボードがいないバンドはやりづらい。というかやったことがない。
だからセンターがキーボードの役割のように聞いてしまう。

今ものすごく「こんなに私、へたっぴだったんだ」と思っている。
昔、CDの録音のバイトをしていた頃みたいにものすごいモチベーションの下がり具合にどうしようと思う。

こんなに後ろ向きに歌うっていていいんだろうか。

わがままな悩みだなあ。


歌うことが好きだったんじゃない。歌ってくれと言われることが好きだったんだ。
だから自分から新曲を仕入れないし、誰かが歌ってといった曲を練習してた。
私は自分のために歌ってたんじゃない。
今だって、歌ってくれと言われているから歌うんだ。
じゃないとこのモチベーションならとっくに折れてる。

イヤイヤかと言われれば2割ほどそういう気持ちが含まれている。

後の8割は「もう少し頑張ったら認めてもらえるようになるじゃないか」という期待だ。

なんで私なんだと思ったことは練習の帰り道に毎回思う。


昨日も思った。

ある人が、「オレが頑張れと言ったからお前が大変な気持ちになるならもう好きにしていいんだぞ。お前くらいオレが後ろで弾いてやる。そんときはこっちにこい」と言ってくれた。

その気持ちが逆に申し訳なく思った。

その人は私の声を自慢する。
私は嬉しかった。その人が自慢げに私のことを歌わせて、期待に応えられる歌を歌えたことが嬉しかった。
そうやって、私はいつも誰かを喜ばせたくて歌っていたような気がする。
26歳の頃、一緒にやっていたおじいさん先生のときだって演奏が終わると私に「今日もありがとう。また次もお願いね。」と力一杯嬉しそうに握手してきてた。
私はあのおじいさんの嬉しそうな顔を見たかった。

それなのに私は今できていない。喜ばせていない。

私の糧が、支えとなるものがどこにあるのかといえば私がステージに出られる日を待っているという2人のためだけだ。
それで十分かもしれないけど私にできるのかなと　がちがちになっている。