個人的にしばらく産経新聞の記事は見たくない。新聞本体は買わなければいいだけの話だが、ウェブ上のニュース記事のソースがそうだったりするのをうっかり見てしまうのは何とか避けられないものか。かりに運動を組織化してしまうと、これもまた言論封殺だろうか。
朝日も、自分たちの主義主張は置いといて、「曾野綾子担ぎ出せば、(釣れるわ」くらいの動機で動き出してしまうあさましさ。そう見られてしまうってこと。
尖ったことをやるというのは、あくまでもつかみであって、確固たるポジションを築くためには、お客に気づかれないように安定へとシフトしなければならない。尖っていることをアイデンティティにしてしまうと、常にギリギリでいなければならず、それはやはり破滅への道だ。
「私の経験からすると…」「経験したコトないからわかんなーい」という過度の経験重視な立場が陥る罠は、人間が生涯にわたって経験するコトなんてたかが知れてるのに、新しいシチュエーションの前に対峙しなきゃならないことだ。そんなこといっても、経験によらない知に頼らざるを得ないのだよ
総合すると、曾野某は、「自分の意識の中で、エスニックごとに居住区を区別して、自分にぴったりなところに住もう」というご意見なのかしら。でも、単に「この地区は自分の同郷人が多く住んでいるから、ここに住もう」的な意識以上の区別を求めているように思えるね。 #ss954
空白のところに、エスニックな色が塗られるのと、あらかじめ区切られた一部を塗り絵するのは、随分違うように思うな。
ほらほら、I'm not racist, but...の用例 @Independent: Arrigo Sacchi: 'I'm not racist... but there are too many black players.' i100.io/YkiQzUY