あさねぼう

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評伝 吉野せい「メロスの群れ」

2019-08-21 11:20:47 | 日記
昭和50年、75歳の農婦、吉野せい「洟をたらした神」が大宅壮一ノンフィクション賞と田村敏子賞を受賞した時の、世間の驚きと騒ぎがあった。その福島県いわき市の農婦・吉野せい(1899-1977)の人生、そしてその文学を描いた心打つ評伝。
文壇とは縁もなく生きてきた「百姓バッパ」が、七十代半ばになって刊行した本『洟をたらした神』。
その作品は、これまでの文学者の誰ひとりとして描きえなかったような生活の重みと、鋭い切れ味の文体を持っていた。

〈本書から〉
このような展開がもたらされたのは、もちろんせいの作品が力を持っていたからこそだが、『いわき民報』の記者も、草野心平も、串田孫一も、すべてせいの夫である三野混沌が文学を通じて信頼関係を築いた人物であったことも忘れてはならない。混沌が亡くなった時、周りの友人たちは、報いを求めず一方的に尽くすかたちで碑を建立してくれた。六十歳のときには、しばらく詩集を出していなかった混沌のために、本人にはまったく知らせずに詩集『阿武隈の雲』を刊行してくれた。そんな彼らがいなかったら、せいの作品は世に出なかったのではないか。そう考えると、せいの文学を結実させたのは、混沌の見えない手が導いた、友への信を守り抜くために走ったメロスの群れであったかのように思えてくる。

著者について
小沢美智恵(おざわ・みちえ)
1954年 茨城県北茨城市生まれ。千葉大学人文学部人文学科国語国文学専攻卒業。
1993年 小説「妹たち」で第一回川又新人文学賞受賞。
1995年 評伝「嘆きよ、僕をつらぬけ」で、第二回蓮如賞優秀賞受賞。
2006年 小説「冬の陽に」で、第四九回千葉文学賞受賞。
著書に、『嘆きよ、僕をつらぬけ―評伝 原民喜』(河出書房新社 1996年1月)、『響け、わたしを呼ぶ声―評伝 干刈あがた』(八千代出版 2010年10月)、短編小説集『遠い空の下の』(シングルカット社 2015年11月)などがある。



☆ 70代半ばで人生を洗い直した作家といわれる。当然若い時から才能はあったのでしょうが、農民より農民詩人であった夫、山野混沌との確執を乗り越え、貧しさ故に9ヶ月の娘・梨花を失っている。「書くことが即ち梨花を抱いていることだ」と記すせいは、開拓農民であると共に、表現者であった。50年の開拓農民生活の中から、自分の道を見出し、それを結実させた力は、「怒を放し恕を握ろう」との色紙の言葉に込められている、という。 (つかさ)

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