あさねぼう

記録のように・備忘録のように、時間をみつけ、思いつくまま、気ままにブログをしたい。

『鳥』

2021-01-31 15:02:11 | 日記
『鳥』(The Birds)は、1963年のアメリカ合衆国の映画。ジャンルは生物パニックもののサスペンス。アルフレッド・ヒッチコック作品。原作はダフニ・デュ・モーリエによる同タイトルの短編小説。1970年代に量産された動物パニック映画の原点でもある。

若きソーシャライトのメラニー・ダニエルズ(ティッピ・ヘドレン)は、サンフランシスコのペットショップでミッチ・ブレナー(ロッド・テイラー)という弁護士に出会う。ミッチは、11歳になる妹の誕生日プレゼントにつがいのラブバードを探していたが、店内にはなく諦める。ミッチに興味を持ったメラニーは、カリフォルニア州ボデガ・ベイ(英語版)の彼の住所を探し出し、彼を驚かそうとつがいのラブバードを購入する。何時間もかけて運転し、モーターボートで湾を渡り、ミッチの家の中に手紙とラブバードをこっそり置いていく。しかしメラニーがボートで水上を走っているところを、ミッチに見つかってしまう。ミッチは彼女を追いかけるが、その途中、メラニーは突如カモメに攻撃され、額に怪我を負う。メラニーを捕まえたミッチは、彼女を夕食まで残るように諭す。

メラニーはミッチと次第に仲良くなり、子離れしないミッチの母親リディア(ジェシカ・タンディ)や妹のキャシー(ヴェロニカ・カートライト)を紹介される。またメラニーは、地元の小学校の先生であるアニー・ヘイワース(スザンヌ・プレシェット)とも友達になるが、後にアニーはミッチの元彼女だと判明する。その日の夜、メラニーがアニーの家に滞在中、カモメがドアに突撃してそのまま死んでしまう事件が起きる。さらに翌日のキャシーの誕生パーティで、子供たちがカモメの大群に攻撃され、夜には大量のスズメがブレナー家に侵攻する。さらに次の日、リディアは、近所の住民が鳥に殺されたのを発見する。リディアは連日続く鳥の脅威に怯え、メラニーに学校にいるキャシーの様子を見に行ってほしいと頼む。メラニーが学校の外で授業が終わるのを待っていると、背後に膨大な数のアメリカガラスが集まっていることに気付く。恐怖を覚えた彼女は、教室にいるアニーに警告し、子供達を避難させるために外へ飛び出す。鳥は逃げ惑う彼女らを攻撃し、何人かの子供が怪我を負った。

その後メラニーは、地元のレストランでミッチと落ち合った。何人かの客は、自分たちが遭遇した奇妙な鳥の様子を口々に語っていた。ある酔っ払いは、世界の終わりだと信じ、巡回セールスマンはあらゆる鳥は全ていなくなればいいと言う。アマチュア鳥類学者は、「違う種類の鳥は一緒に集まらない。鳥が攻撃したという報告は何かの間違いだ」と主張した。若い母親は、彼らの会話によって次第に不安を感じ、子供達を怖がらせるのをやめるように彼らを叱る。

その時、レストランの外で車に給油をしていた男性が鳥に攻撃されて気絶し、ガソリンが道に流れ出し始める。メラニーは、流れ出たガソリンに気づかずに近くでタバコを吸おうとしているセールスマンを発見する。メラニーたちは店の中から必死に叫んで警告するが、セールスマンに声は届かず、彼はタバコに火をつけマッチを地面を落とした。火はたちまちガソリンに引火し、セールスマンは炎に包まれ、ガソリンスタンドは大爆発する。人々を鳥の大群が襲いパニックになる中、メラニーは電話ボックスに逃げ込む。そこへ駆けつけたミッチが彼女を救助してレストランに戻ると、先ほどの若い母親がメラニーに詰め寄り、メラニーを鳥の攻撃の元凶だと罵る。メラニーとミッチがアニーの家に行くと、アニーがキャシーを鳥の攻撃からかばって亡くなっていた。

メラニーとブレナー一家は、窓やドアに板を打ちつけて家に立てこもった。次から次へと鳥が家を攻撃し、ドアや窓を突き破ろうとする。夜になり攻撃が収束し一同が眠る中、メラニーは上階から物音がすることに気付く。彼女が一人で上階のキャシーのベッドルームに行くと、大量の鳥が屋根を壊して入り込んでいるのを発見する。鳥の激しい攻撃にメラニーは気絶してしまうが、騒ぎに気付いたミッチが彼女を部屋から助け出した。酷い怪我を負ったメラニーを見て、ミッチは彼女を病院に連れて行くことを決意する。鳥が家の周りをびっしりと取り囲んでいたが、ミッチはなんとか車を車庫から出した。カーラジオでは鳥の攻撃は近隣に拡大していると報告し、市民レベルではこの怪奇な攻撃に対抗することが不可能なため、州兵の出動を提案していた。何種類もの、何千羽もの鳥がブレナー家のまわりに密集する中、メラニー、ブレナー一家、ラブバードを乗せた車はゆっくりと進んでいくのだった。

ロシア

2021-01-30 18:24:58 | 日記
ロシアのウラジーミル・プーチン(Vladimir Putin)大統領は25日、自身が宮殿のような豪邸を黒海(Black Sea)沿岸に所有しているとする野党勢力指導者アレクセイ・ナワリヌイ(Alexei Navalny)氏(44)の主張を否定した。

 ナワリヌイ氏は17日、毒殺未遂事件後に治療を受けていたドイツから帰国直後に拘束された。

 同氏は先週、ロシア各地で週末に抗議デモを行うよう支持者に呼び掛けるとともに、プーチン氏の豪邸に関する調査をまとめた動画を公開した。これによると豪邸は資産価値13億5000万ドル(約1400億円)相当で、地下のスケート場やカジノ施設などあらゆるものがそろっているという。

『海街diary』

2021-01-29 19:12:35 | 日記
『海街diary』は、吉田秋生による日本の漫画作品。『月刊フラワーズ』(小学館)にて、2006年8月号から2018年8月号まで不定期連載された[1]。『ラヴァーズ・キス』とのクロスオーバー作品である。また作者曰くこの二作品と今後描く作品で鎌倉三部作を考えている。番外編「通り雨のあとに」は次回作『詩歌川百景』に繋ぐエピソードになる。

第11回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞、マンガ大賞2013、第61回小学館漫画賞一般向け部門[2]受賞。

2015年に実写映画が公開。2017年に舞台化作品が上演。

神奈川県鎌倉市で暮らす三姉妹の元に、自分たちが幼いころに離婚して家を出て行った父の訃報が届いた。次女・佳乃は15年以上会っていない父の死を特に何とも思えず、三女・千佳も父との思い出が殆どなくて佳乃と同じ気持ちだった。それでも長女・幸の頼みで葬式に出るために山形へ赴いた佳乃と千佳は、そこで年齢の割にしっかりしている中学1年生の異母妹・浅野すずと初めて出会う。

既に母も亡くしていたすずは父の再々婚相手の家族と暮らしていた。気丈だが感情を見せないすずに対し、葬儀の打ち合わせで会った亡父の妻・陽子は頼りなく、佳乃はすずの今後について安請け合いする彼女に不信感を抱く。妹2人と違って記憶が確かな幸は父を許せず、夜勤を口実に欠席するつもりだったが、妹からのメールで事情を知ると徹夜を押して急行して葬式に出席する。葬式からの帰り、すずは幸から亡父のことで感謝の言葉をかけられ、堪えていた感情が爆発するように号泣した。幸はそんなすずに「鎌倉に来て一緒に暮らそう」と誘い、すずは快諾した。

そして、四十九日を済ませた翌週に、父を亡くした地を後にしたすずが鎌倉の異母姉たちが住む一軒家に引っ越してきた。異母妹を「四女」として迎えた香田家の新たな共同生活が始まる。

月日が流れ、鎌倉の生活に馴染んだすずの下を金沢から母の妹だという人が訪ねてくる。すずは不倫から始まった両親や自身の出生に関して負い目を感じており、特に自分の母の話題を香田家では避けていた。母の実家は自分達を嫌って縁を切ったと思い込んでいたため、叔母の訪問を受けても今更という気持ちが強かった。しかし叔母から母とその実家の事情を聞いて、お互いを大切に思い合っていたことを知り、遺産相続の話し合いのために姉たちと金沢を訪れた際に伯父から亡母の振袖を贈られる。

さらに月日が流れ、中学3年に進級したすずは高校進学について選択する立場になるが、普通の高校か奨学金を貰える女子サッカーのある高校かを決められず、ヤスこと井上監督を介して打診のあった静岡の掛川学院からのオファーにも戸惑うばかりだった。また、幸、佳乃、千佳の恋愛模様も新たな局面を迎えていた。


『三度目の殺人』

2021-01-28 18:56:21 | 日記
『三度目の殺人』は、2017年9月9日公開の日本映画。是枝裕和監督のオリジナル脚本による法廷サスペンス[2]。主演は福山雅治。

2017年8月30日より開催の第74回ヴェネツィア国際映画祭コンペティション部門への正式出品作品。


同僚の摂津から、殺人事件の減刑を目的に助けを求められた重盛は、殺人の前科を持つ三隅の弁護を引き受ける。減刑を勝ち取るために、真実よりも安易な方策を取ろうとするが、事件を調べるうちに、なにか違和感を感じて自分のやり方に不安を覚える。

面会を続けるうちに三隅の供述も二転三転する。三隅が週刊誌に暴露した記事が掲載され、事件は、被害者の妻・美津江と交際していた三隅が彼女に頼まれた保険金目当の殺人となり、世間の耳目を集める。

そんなとき、被害者の娘・咲江が、実父から性的暴行を受けていたことを告白し、それを知っていた三隅が自分を救うために父親を殺したのだと告白した。その方向で弁護を進めようとしたとき、突然三隅が自分は殺してない!と主張する。三隅にそれを信じてくれるのかと執拗に迫られた重盛は混乱する。

三隅は本当に殺人は犯していないのか!?

真実はどこにあるのだろうか!?

『勝手にしやがれ』

2021-01-27 13:58:20 | 日記
『勝手にしやがれ』(かってにしやがれ、À bout de souffle、英題:Breathless)は、1959年製作のフランスの映画。
ヌーベルバーグの記念碑的作品であり、フランソワ・トリュフォーが原案、クロード・シャブロルが監修、ジャン=リュック・ゴダールが監督・脚本を務めた。ゴダールにとっては初の長編映画である。

時間の経過を無視して同じアングルのショットを繋ぎ合わせるジャンプカットという技法を用いたり、手持ちカメラでの街頭撮影、高感度フィルムの利用、即興演出、隠し撮り、唐突なクローズアップなど、これまでの映画の既成概念をひっくり返し、映画の文法を壊した、映画史に残る作品となった。本作でゴダールはヌーベルバーグの旗手となり、アメリカン・ニューシネマなどに多大な影響を与えた。

また、カイエ・デュ・シネマ等に映画批評を寄稿していた立場を映画作品の内部でも継続するかのように、本作には、D・W・グリフィス『散り行く花』やハワード・ホークス『三つ数えろ』をはじめとする、多数の映画からの引用的演出が意外な形で散りばめられていたり、ゴダールが敬愛する映画監督ジャン=ピエール・メルヴィルの出演など、他の映画作品群そのものを主題の一部としたことも、旧来の映画作品と異なる大きな特徴として、その後の映画作家達に影響を与えた。

原題の「À bout de souffle」は、「息せき切って」という程度の意味のため、1983年にアメリカでつくられたリメイク版も仏タイトルのほぼ直訳の『ブレスレス』になった。 沢田研二の代表曲「勝手にしやがれ」のタイトルは、この映画が元になっている[1]。

ハンフリー・ボガートを崇めるミシェルは、マルセイユで自動車を盗み、追ってきた警察官を射殺する。パリに着いたものの文無しで警察からも追われているミシェルは、アメリカ人のガールフレンド、パトリシアと行動を共にする。だが、ミシェルが警察に追われる身であることを知ってしまうパトリシア。パトリシアは、パリで地歩を固めたい駆け出しの記者・ライターであり、ミシェルはどちらかと言うとフランスにいることに執着がない。このカップルの間にある立場の違いと、フランス語男と英語娘の言葉の差異によるすれ違いのロマンスという側面が、脚本的な主題として最後まで描かれる。

やがて2人の逃避行が始まる。2人が例えばケンカをすると、ミシェルはパトリシアが不得手なフランス語でまくし立てる。パトリシアはその単語の意味を訊ねる「ケス・ク・セ・○○? (○○ってなに?)」。この理解できないフランス語を訊き返す繰り返しが脚本的な仕掛けとなる。また、2人が自動車を盗んで逃げる際、駐車場の係員がいる出口でミシェルがパトリシアに対して「英語で今晩はと言うんだ」と指示を出し、「Good night!」とパトリシアが言うことで、2人は外に脱出することができる。

(ネタバレ)最後は、一緒に逃げることを断念したパトリシアが警察に通報してしまう。劇中も何度か出てきた「デグラス(最低)」という言葉を最後にミシェルが言う。「君は本当にデグラスだ」と、かすれ声で言われたその言葉が訊きとれず、パトリシアは「彼はなんて言ったの?」と刑事にたずねると、「あなたは本当にデグラスだと彼は申していました」と伝えられる。パトリシアは「ケス・ク・セ・デグラス? (デグラスってなに?)」と訊き返す。