大江戸日記帳

ソウルから帰国して、人生で初めて東京での生活を始めました。きっと楽しいこともいっぱいありそうです。

水道水から放射性物質

2011-03-26 09:43:40 | 大江戸生活
食品や水道水に影響が及び始めると生活には不安が高まる。
ミネラルウォーターは店頭からほぼ消えた。逆にラーメンは棚にいっぱい並び始めた。水がなければ食べられないし。阪神大震災から3日目。被災した宝塚の支店に支援に行ったさい、カップラーメンを段ボールで持っていったのだが「電気もガスもダメで、お湯が沸かせないんですよ」と悲しそうにいわれたことを思い出した。

我が家は地震翌日に蓄えておいた20Lの水道水を使い始めた。一時期、使うことはないだろうと思ったが、捨てずにとっておいてよかった。ちょっとずつ米を炊いたり味噌汁にしたり。歯磨きなんかは水道水。問題ないだろう。
非常用に少しはミネラル水のペットボトルは地震直後に購入できていた。謙一郎は小学1年生。乳児ではないがやはり心配である。今後、大気、食品、飲料、その他から僅かでもいつもより高い放射線にさらされることになる。無理しない範囲で適度のリスクを避けた行動が可能ならそうしたい、と思う。一方過剰に反応することは絶対に避けないと。そういう意味では、次にどんなことが起こるだろうと先を読んで準備をしておくのも悪くない。自分への頭のトレーニングというところか。そういう意味で、店頭から消える前に、水と非常食、ガス、懐中電灯などは用意していたが、水がなくなって思ったのは、「ああ無洗米を買っとくんだった・・・」。まだまだである。

ふだん外国人(主としてインド人、韓国人、中国人)であふれている我がマンションも、外国人のほとんどはすっかり東京を離れたようで、ほぼ日本人だけになった。我々が東京から退避しなければならないなんて日がきませんように。日々をあくまで普通に、一生懸命働き、節電をして、可能な限り寄付をして。
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浜松にて

2011-03-20 21:03:49 | 大江戸生活
連休を利用して浜松に帰省。
19日土曜日の朝、東京駅は大きな荷物を持った人が新幹線の切符を求めて長蛇の列。

浜松駅前では、地震への啓発と募金が行われていた。地震体験車が来ていて震度7を体験してくださいとPR。謙一郎はすかさず並ぶ。「お父さんもいかがですか?」「いいです。毎日揺れてましたから・・・」
多くの人が募金していて日本も捨てたものではない。

夕方、車で買い物で市内を走ってみる。
スーパーは明るく、モノであふれている。ラーメンはちょっと品薄気味でひとり3個までの規制あり。それでも卵、パン、豆腐、水、牛乳なんでもある。
コンビニやチェーン店などは外の照明・看板を消しているが多くの店は明るい。ガソリンスタンドは夜営業していてしかも車が並んでいない。
現在の東京では考えられない。電気があたりまえにあるというのはすごい幸せだ。

ゆっくりとご飯を食べたら急に眠くなり、早めに休む。なんだか夜、地震や緊急地震速報で眠りが中断することも多かったからリラックスできた。東北の方や原発の人が安心して眠りにつく日が早く来ますように。

日曜日、県立森林公園へ。浜松OLCが公園の委託を受けて初心者大会を開催。春らしい日差しの中、3kmのコースを家族で回る。やはり自然の中で体を動かすことはとても気持ちがいい。オリエンティアと会えたのもよかった。浜松OLCは若者も入って活気あるとか。ESも見習わないと。

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募金

2011-03-19 17:27:34 | 大江戸生活
何かしなければ。

会社のイントラネット上に募金コーナーができた。給与天引きで1000円か2000円を選択する。「なんで最高が2000円!?」とみんなが言う。即応募。会社は会社で2000万円を出すことになった。これらは日本赤十字を通すことになる。

ユナイテッドからメールで募金をしましょうと呼びかけがある。
米国赤十字のサイトがリンクされていて、クレジットカードで募金ができる。そして、その記録をユナイテッドに送れば最高500マイルがもらえるというもの。こういう仕組みもすばらしい。募金をしようかと思ってもなんとなく決断できない人にとっては背中を押してくれる。直接赤十字に募金ができるのもとても安心だ。これも即応募。200ドル。
興味がある方は、こちら

ちょっと怪しい募金もあるようだが、アメリカのやり方はとてもスマートだし、安心だと感心した。

あとは社内で被災された方がたくさんいる。その人たちにお見舞いをしたい。
それからオリエンティア。安否はどうだろうか。
オリエンティアの一人が福島第二原発でがんばっている。エールを送りたい。体に気をつけて!

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東村山へ

2011-03-19 16:34:13 | 大江戸生活
3/18計画停電で電車の運行が安定しない中、東村山の事業所に行くことにした。
朝、7時過ぎの新宿線に乗車、新宿線は比較的安定して運行されているが、この時間としてはやはり相当込み合っている。事前の情報収集で、東村山に入るには西武池袋線がどうやら一番よさそうだと判断した。西武線沿線は計画停電の実施地域が多く、その影響か残念ながら電車運行は安定していない。急行などは走らせておらずすべて各停。池袋に到着すると電車からものすごい人数の乗客が吐き出されてくる。逆に池袋からは乗客も少なく、座ってのんびり新聞読みながら所沢へ。時間かかるなあ。

事業所は、計画停電が毎日3時間予定されていて、仕事の段取りが大変。苦労されている物流の方に差し入れを渡す。電気がなければ本当に何もできなくなる。この日は12:20~16:00であったので、昼食は11:30からに。ここの事業所の食堂はとても美味しい、おふくろの味。そして梅干が割りとまともな皿をできるだけ減らして、洗い物が少なくなるように工夫されている。

12:20窓のブラインドを開けて、どきどきしながら仕事を再開する。しかし停電はない。おかげで順調に仕事は進み、15時には完了し、今度は東村山駅に向かい、築地の本社に向かう。電車は少ないが、順調に高田馬場へ。少しほっとする。

計画停電の地域の方、企業の方は大変だ。取引先の医薬品物流倉庫も、停電の有無のかかわらずシステムをダウンさせるため、荷受出荷に大きな負担になっているとか。特に東北向けの倉庫に影響がないように祈るばかりだ。

今日は自転車用のヘルメットを買った。首都圏でとにかく通勤時の自転車が増えた。自動車の運転も荒っぽくなり、怖いときもある。せっかくだから、赤でかっこいいのにした。自転車がママちゃりというのは若干残念であるが。
停電に備えて、かばんの中にはいつも登山用の懐中電灯、お菓子、水を入れている。不便だが、いろいろ考えて、その中で工夫はしていきたい。



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計画停電

2011-03-15 23:43:34 | 大江戸生活
月曜日、計画停電が始まる。
首都圏の電車運行がほぼマヒ。
7時20分ごろ家を出る。2本ほど電車を見送り、やっと乗車。痛いくらいの混雑。駅にとまるごとに皆が乗り込もうとするため、停車時間が長くなり、ふだん10分くらいで森下に到着するところ、20分もかかる。大江戸線に乗り換えるが、こちらは郊外と乗り入れなどがないので、だいぶ空いている。8時半に会社に到着。オフィスはがらーんとしている。地震のため社内で夜を過ごした人たちの雰囲気を感じる。かんぱんの缶詰が机に置かれていたり・・・。
金曜日はみな大変だったようだ。どうやら私が一番早く家にたどり着いたようだ。歩いて帰った人に聞いてみると、道がわからなくて遠回りした人が多かったこと。ふだん地下鉄に乗っているとわからないものですよね。自分も自転車通勤するまでは、最適なルートを探し出すのに時間かかりました。
そして月曜日、電車が動かず自宅待機を余儀なくされる人も多かった。社内では、整理、被害状況の把握、出荷の可否、顧客への連絡などやること多数。物流センターが計画停電の範囲に入ってしまったことも大変だった。帰りも大変だということで18時ごろには皆帰宅の途に。この日自転車を久しぶりに救出して自転車で快適に帰宅。途中スーパーに寄るが、節電で暗くて、ものすごい品薄。牛乳、ラーメン、パン、水、卵などほぼ全滅。

火曜日、ちょっと回復。今日は久しぶりにほぼ全員が出社。相変わらず暗い中仕事するが、ビル全体で照明を落とす工事をして最低限の明かりを確保した状態で働けるようになる。原子力発電諸問題でみな緊張。ものすごく心配する。仕事は早めに切り上げて、18時ごろ自転車で帰宅の途に。牛乳が足りなくなったので、探しながらいろいろな店へ。どの店もまったくの品薄。昨日と違うのはコンビニにわずかにおにぎりが入荷しているくらい。10店位まわるが牛乳は発見できず。途中、怪しげな雑貨店で、カセットコンロボンベ3本とヘッドランプ用の電池をゲット。気分よくなる。そして家まで5分くらいのところにある普段あまり流行ってなさそうなコンビニで小さなパック牛乳数本を発見。少し心が痛んだが買わせていただく(すいません)。あとなんと10個入りの卵も1パックゲット。やはりマイナーで人が行きそうにない店にひっそり残っているものですね。これで一息つけそうだ。

被災地域の人々のことを考えると、なんともいえない気分になる。
また東電のひとにも頑張ってほしい。
自分は自分でできることを最大限やろうと思っている。募金はしたい。

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備えあれば・・・

2011-03-13 17:36:30 | 大江戸生活
土曜日、震災の翌日。
夜中は、少し興奮状態で、また何度も携帯電話で震災警報がなり、熟睡できない。
朝、また震災の警報で目が覚める。
おきてすぐにセブンイレブンにいきお金をおろす。何があるかわからない。少しまとまった金額を身に着けているに越したことはない。
9時半ごろ、ホームセンターに向かう。昨日の震災で見た家具転倒防止用ポールが予想以上に力を発揮したのを目の当たりにして、買おうと。しかし、平井のホームセンターはなんと臨時休業。あわてて葛西橋近くのホームセンターに移動した。しかし欲しかった長いポールは売り切れ。PCテレビ用の転倒シートを買って帰る。店には人があふれ、防災グッズを買い込んでいた。ほうき等掃除用具が飛ぶように売れていた。あとから知ったことだが、新木場から清新町など海沿いでは液状化現象が発生したらしい。
家に帰り、玄関に停電、断水などに備えて物を準備。電池ランタン、懐中電灯、ヘッドランプ、ラジオ、キャンプ用ガス、コンロ、カイロなど。
一応、タープ、テントなども点検した。
午後になると荒川の河川敷で火事、家から100mのところ。一時大きく炎が上がるが、消防が消し止めて無事鎮火。
余震も強くはないが続いている。昨日の大きな揺れが脳裏に残り、なんとなく防災気分が高まる。こんなときにこそ、備えをしておくべきだろう。
そういえば、自分は会社でヘルメットを本棚に置いていた。ゆれる中で本棚を開けて取り出すのは困難だし、リスクも高い。邪魔に思っても、すぐに取り出せるようにしておかなければ。またラジオくらい用意しておくべきだろう。停電せずにインターネットにアクセスできたが、普段はどうなるかわからない。
一方、自転車通勤して、会社と自宅の道を熟知できていたことはとても役立った。
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震災

2011-03-12 18:53:17 | 大江戸生活
本社オフィスで地震。大きく、長い揺れ。家具を手で支えていたが、だんだん大きくなり、もう無理。あわててヘルメットを取り出し、かぶって、机の下にもぐりこむ。壁がミシミシ、モノが机から落下。部屋の扉がしまった。扉に近い女性がはって扉のところに行って開けて、座り込むように逃げ道を確保。冷静だ。
一旦落ち着いたと思っても、余震が続く。インターネットはしっかりとつながっていて、東北が震源とわかる。若い人はワンセグでNHKを見る。安否確認が始まるが、電話もメールもなかなかつながらない。オフィスは16Fだがゆれが大きく気持ち悪くなる。家具は先日つけたつっかえ棒が大きな威力。エレベータは停止している。
窓の外を見ると、晴海のほうのビルから出火、黒い煙がもうもうと出ているのが見える。消防車が走っていく。ビルの外は危険ということで待機命令。
家族にも連絡がやっと取れ、社員の無事も確認。しかし東北地区のオフィスが心配。
食堂には多くの社員が集まり、TVをみて情報収集。やがてカンパンと水が運び込まれた。交通機関がマヒしていることから帰宅困難者が相当いるようだ。
本日予定されていた会議は中止となり、月曜日は出張等は禁止、来れるものは本社に集まることが確認された。
本社から10キロ圏内で道がわかっている人は上司の許可を取った上で帰宅が許可された。
勝どき駅に自転車を置いていたが、人波のなか自転車が使えるのが不明。歩くことを想定して、ビル1Fの自動販売機で焼おにぎりを買う。案の定、近隣のコンビニにはほとんど炭水化物系がない。歩いて勝どき駅にいくと、なんと津波に備えて駅が封鎖、自転車置き場はシャッターが閉まっていた。黄を取り直し、歩き始める。風が強く、寒い。酒屋ではすごいアルコールくさい。すごい人波で裏道を通ることも考えたが、どんな危険が転がっているかわからないので、とにかく大きなとおりを歩く。歩く。木場公園を越えるとだんだん歩く人も減ってきた。反対に車の渋滞がひどい。
2時間掛けてようやく自宅にたどり着く。
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