一週間ほど前、高良大社にお参りしました。高良大社は標高312メートルの高良山中にあり、筑後一ノ宮です。高良山は耳納山地の西端に位置し筑紫平野に突き出ているので、古来より軍事上の要衝でした。古くは磐井の乱の時代から南北朝、戦国時代を通じて眼下で戦いが繰り広げられてきました。
高良大社は三の鳥居から石段を上った上に鎮座しています。
昨年末には階段の横にモノレールが出来ました。この階段は130段もあり、昔から高齢者には難所でした。料金所はなく、志でワンコインのお賽銭を入れるようになっています。
試しに私も乗ってみましたが矢張り楽ですね。軽便な乗物なので少し揺れます。
社殿は神社建築としては九州最大級の大きさで、国の重要文化財です。昨年、3年がかりの平成の大修理が終わったばかりです。中門の向こうに拝殿があります。杮葺きの屋根も葺き替えられて美しくなりました。
高良大社の屋根の葺き替え作業の模様は昨年、テレビで紹介されました。屋根の雨水が流れ落ちる部分は板に隙間があります。板同士が密着していると、毛細管現象で雨水が入り込むそうです。
拝殿の前から中門を見たところです。すぐ向こうは参道の階段で、市街地を見下ろすことが出来ます。この日は靄がかかっていて、視界は良くありませんでした。
社務所も大修理にあわせて建て替わっていました。中門や透き塀も塗り替えられ、神社全体が面目を一新しました。評判が悪かった会館のトイレも綺麗に整備されています。
高良大社の上、山頂付近に大きさが1メートルほどの切り石が並んでいます。神籠石です。明治期から神域説と山城説とで争われてきましたが、いまでは朝鮮式山城であるとされています。
数キロにわたり、1300個の列石が山を取り囲んでいます。神籠石と名がつく国指定の史跡は北部九州を中心に9か所あります。建造時期は白村江の戦いがあった7世紀と考えられています。当時どこから、どんな方法で山の上まで石を運んできたのでしょうか。
参道階段を下りたところに茶店があります。創業以来70年近くになりますが、対馬産のテングサからつくった自家製のところてんが名物です。まだ結婚前に家内と高良山に登った時に食べたことがあります。この日は久し振りに二人で食べました。
帰りに立ち寄った石橋文化センターで。サザンカ「勘次郎」です。
高速を走っていますとよく見えます
一度上がってみたいなぁと思っていました
よくわかります!
先日,耳納連山に区予定が別府に変わりました
<わらい>・・あちこち行きたいので調べてる
うちに
予定が変わりました~~(^_-)-☆
高良大社は近年、麓や山の上に駐車場が増えました。
下から歩いて登る人や、車での寄り付きが便利になりました。
耳納連山は3月になると花や観光客で賑やかになります。