ポリティカルセオリスト 瀬戸健一郎の政治放談

政治生活30年の経験と学識を活かし、ポリティカルセオリストの視点から政治の今を語ります。気軽にコメントして下さいね!

2大政党制って?~参院選の結果を読む。

2007-08-03 04:42:33 | 市議会議員として
※左側が衆議院、右側が参議院。日本の国会は議院内閣制と衆議院の優位性のために参議院での過半数が、政権交代に直接つながるわけではありません。しかし・・・。

■政党論と政治分析論~獨協大学白鳥令ゼミナールで学んだこと。

政党政治を比較研究の対象とした政治学者ジョバンニ・サルトーリ教授によれば、英国や米国の政治は「2大政党制」であり、日本は「1党優位型多党制」であると評されてきました。いわゆる55年体制の保守合同以来、自民党の1党支配のもとで、獨協大学名誉教授の白鳥令先生の著書にも著されているように野党は「分割統治」されてきたわけです。

■日本社会党衰退の理由(わけ)~国体を2分する議論の功罪。

当時、野党第一党であった日本社会党が現在の社民党のように弱体化してしまった原因は、日米安全保障や憲法問題のように国体を2分するような正反対の政治的な手法を彼らがとってきたからだと私は思います。

日本国民の多くはアメリカの傘の下で、順調に戦後復興を果たし、高度経済成長を実現してきたこの国の体制そのものは支持し続けてきたわけで、社会党や共産党が政権与党となって、その国体が変わることを望んではいなかったのではないでしょうか。

英国の2大政党制も米国の2大政党制も、国体そのものを2分する議論の中には存在していないという点が日本の1党優位型多党制とは異なっていたのです。

■民主党躍進の理由(わけ)~小沢一郎の戦略。

ただただ実直な岡田、前原と続いた民主党の歩みの上に、いよいよ真打登場とばかりに党首となった小沢一郎現民主党党首は、当然、この国の体制を覆すことなど思いもよらぬ自民党出身の豪腕政治家。国民が自民党と民主党を見比べる時、もはや過去の万年野党の社会党を見るような、国体そのものを左右する視点はいつの間にか消え去ってしまったのです。

白鳥先生がかつて論じておられたように、そのような理屈として、みなさんが捕らえておられるかは別として、国民も自民党に分割統治されてしまっていた野党勢力が政権政党にはなり得ないことを悟りきったのだと、私は今回の参院選の結果を見て思いました。

さて、いよいよ日本の政治も新しい時代を迎えようとしているのでしょうか。思えば、小選挙区制度を導入した時から、実はこのような議論はありました。様々な新党が生まれては消え、日本の政党政治の政治地図は少しずつ質的に転換し続けてきたような気がします。

■2大政党制の条件。~保守主義(継続) vs. 自由主義(変化)。

しかし、仮に国体を2分するような選択肢ではなくなったものの、自民党と民主党の基本的な違いが問題です。理念をそれぞれの政党がどこに置いているのかが問題だと私は思うのです。

英国の2大政党は長年、保守党と労働党でした。身分制度を含め、基本的な社会制度や社会秩序を守る立場の保守主義と、労働者の視点から古い慣習を改めて国民の自由を拡大していく立場の自由主義が同じ国体を維持する大前提のもとで、その時々の国民の支持を受けながら、政権交代を繰り返してきました。

米国の2大政党も、現代の皇帝たる国家元首の大統領と元老院を上院とする連邦議会の力のバランスの上に世界を民主的に統治せんとする共和党がどちらかといえば保守主義。一方の民主党はむしろリベラルな自由主義だと私は感じてきました。

つまり国体はそれぞれが合意の上で維持しながら、コンサーバティブ(保守)とリベラル(自由)がその時代その時代に「継続」か「変化」かを国民に問いながら、政権を担ってきたのではないでしょうか。

■日本のリベラル?~小沢一郎が決めたスタンス。

その意味で、私個人はどちらかといえば、リベラルな考えをしてきました。しかし、日本の政党政治が「リベラル」か「コンサーバティブ」かという区別にはよってはいなかったので、自民党に席をおいてきました。もっとも、自民党という政党名そのものが自由(リベラル)民主(デモクラシー)なのですから、当然であったと思っています。

民主党の現党首である小沢一郎氏は民主党に合流する直前まで自由党の党首でした。彼は、私がここで論じているような視点を初めから持っていて、これまで裏方の仕事に徹してきたのでしょうか。

末ついに 海になるべき山水も しばし木の葉の下くぐるなり。

この言葉は20年ちかく前に、早坂茂三さんが私に贈ってくれた言葉でしたが、実はこれは小沢一郎氏の師でもあった田中角栄氏が好んだ道歌の一節です。

■リベラリズムのいくえ。~民主党は保守政治の対極になりえるか?

今後、靖国問題などに見られるように自民党は日本の保守主義を標榜し続けていくでしょう。一方、民主党は日本の政党政治におけるリベラルとして自由主義の立場を明確にすることができるでしょうか?

■みんなの目を向けて!~憲法問題&安保問題。

憲法改正問題や日米安全保障条約に関わる議論を今後、しっかりと見つめていかなければならないと、実は、私は現状を危惧しています。それは、これまでの国体の議論そのものではあるのですが、日本のこれからを考えた場合、われわれ日本人が主権国家として、とるべき国際社会における立場がいかなるものであるべきかという全国民的な議論にはいたっておらず、自民党も民主党もその具体的なビジョンを選択肢として十分に示していないからです。

■国民主権が守られる条件。~2大政党のスタンス。

保守主義の立場と自由主義の立場。その立場を明確にしながら、その立場をうやむやにせずにとり続けていくことこそが、2大政党制が国民主権を尊重し守っていく唯一の条件であると私は思います。

※ひとはよく、「立場がある。」と言います。しかし、立場(スタンス)とは、「ある。」のではなく、「とる。」~つまり「立場をとる。」と言うべき時があるのではないでしょうか?自分の正しさに使われるのではなく、国民のために、国民主権のために、あえて、その時々に必要な立場をとることが政治家には必要なのだと思います。ディベートとはどんなに自分の主張する立場が不利に思えても、その立場を最後まで崩さないことで、争点が整理され、問題解決の糸口が明確に浮き出されてきます。そしてそれがぶれない時、その政治家は信頼を獲得する。私はそのように信じています。


■政治に理念とビジョンを取り戻そう!~デモクラシーを守る。

政治にイデオロギーや理念が失われてしまうことが私には一番の問題です。自分たちの立場を明確にするイデオロギー、理念、ビジョンを政治家が示せなければ、国民に選択の余地が失われ、それはデモクラシーの死を意味するからです。

是非、みんなでこの国の政治を、デモクラシーを共に考えてまいりましょう。8月10日に草加市文化会館レセプションルームで行われるシンポジウムにも、よろしければお出かけください。

だれもが幸せなまち~草加を創るために。

※地球的視野・地域的行動。私は常に世界に目を向けて、この国全体のことを考えてきました。日本のデモクラシーが天皇制軍国主義を経て、敗戦によって連合国の統治下で制度化され、この時初めて、地方自治という概念が日本に入ってきたのです。「地方自治はデモクラシーの小学校。」と言われていますが、日本には戦前、そのような価値観も概念も存在していなかったわけです。

※私が「だれもが幸せなまち~草加をつくろう。」というスローガンを昨年の選挙で掲げたのも、草加さえよくなればいいと思ったからではなく、草加がだれもが幸せなまちになったら、日本が幸せな国になるきっかけになると考えたからです。

※小泉政権以来、日本社会は長い政治的・経済的試練の中に立たされています。日本全体を動かすことはもちろん大事ですが、この国のデモクラシーを考えた時、「デモクラシーの小学校」たる市町村が、しっかりと住民自治の理念を建てあげていくことが、私はもっと重要なことだと考えています。草加から日本を変えていくことは「夢」ではないというのが、私の信念です。


瀬戸健一郎
Kenichiro Seto
草加市議会議員
Soka City Councilor


最新の画像もっと見る

コメントを投稿