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爺の前に道は無し。爺の後にも道は消えかけて…枯れた中年爺の独り言

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2016-08-23 21:39:40 | 教育
私は半分名古屋人、半分湘南人であることの中途半端さが、妙に気に入っている。
産声をあげたのが名市大で、伊勢湾台風の直撃を受け、うどんよりもきしめんを食することが多かったのは、私が正真正銘の名古屋人であることを証明する。

一方、幸か不幸か私は一時名古屋の下町を離れて「湘南」という、当時最先端のファッションストリートでキリスト教系の幼稚園に通ったこともあった。「そうざますね、オホホ」「ごきげんよう」などという「ざーます言葉」にすっかり名古屋人の牙を抜かれたのは、本来が象舌な私の母であった。彼女を驚くほどに無口にさせた湘南は、繊細な少年の心を傷付け、大きな田舎の名古屋人と後ろ指さされる(そんな輩は、名古屋人自身だけどねw)恐怖感で脅し続けたw

しかしながら、いつの日か日本の標準語を自分たちが用いている言葉に置き換えてやる、と言う野心を抱く関西人や九州人とは異なり、名古屋人はひたすらに権力者を崇め、弱気を挫き、強きを助ける太鼓持ち。価値観はコペルニクス的転回を遂げつつある今日ではあるが、頑なに権力者に媚びへつらう現実主義者でもある。よって、名古屋弁を堂々と語るのは、マスコミ受けを狙った何処かの市長さんなどの圧倒的少数派に限られている。そして、殊に嫁入り前の若い女性にとっては、名古屋弁を用いないことそのものが、正しく人気のある「花嫁修行」ということになるw

まあ、言葉を用いる時に、いささかでも謙虚ではある名古屋弁、嫌いじゃないけどw

※以下の玉置氏のFacebook投稿に「いいね」して、こうしてシェアさせていただきました。

玉置 真悟さん「自分は県外出身者なので、こういう分析には人一倍興味があります。」

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