やんちゃでいこう

5歳の冷めた男の子の独り言

神隠しの跡-30話

2010-05-29 16:26:41 | 小説
草履は用意していなかった。
裸足で歩き岩の前に立つ。
ここで自分の最後を迎える。
そう決めた場所だ。
今こうしてみれば、立派な大きな石だ。
全体を苔で覆われ、上面は平らな形をしている。
少しえぐれた場所には、小さな水溜りがあった。
石の上に座り、タオルを数枚取り出す。
それを腹に巻き、血しぶきが飛び散らないようにする。
このタオルの上から腹を指す。
そうすれば血はタオルにしみこむ。
それでも足りないのは足元のタオルに啜らせる。
これで死にざまは汚らしくなく、潔いものになる。

風が少し吹いている。
枝葉が少しだけざわついている。
怖い。
そんな感情はある。
しかし、潔くというのが武士としての教えだった。
私は逃げたりしない。
一呼吸をおく。
桶の水で小太刀を清める。
右手にティッシュを巻いた小太刀を握った。
「榊殿。世話になった」
大きく腹の正面に刃を向けて、手を伸ばす。
一気に腕を曲げる・・・。
そう思った時だ。
刃に何かが映った。
キラッと輝いたものを目で追っていた。

それは石の上ではなかった。
石の下の方。
地面に生えた草の中にあった。
切腹を中断して、石の上から下りる。
それは半分以上土に埋まったかんざしだった。
その柄の鉄の部分が輝いていた。
錆ついていないそのかんざしは、つい今しがた届いたもののように見えた。
覚えがある。
これもやはり、母上のものだった。
郷里で採れた水晶をあしらったものだ。
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