英語と書評 de 海馬之玄関

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さよなら韓国かな、やっぱり。

2019年12月10日 16時12分58秒 | 雑記帳

 

 

所謂「従軍慰安婦」なるものを巡る韓国の主張、あるいは、韓国の裁判所が、日本企業に対して戦前戦中の「強制徴用被害者」なるものに対する賠償を命じたこと、更には、同じく韓国の裁判所が対馬の寺院から盗まれた仏像の日本への返還を差し止める仮処分を行った件、もしくは、靖国神社の門に放火した中国籍の放火犯の日本への引き渡しを拒否する判決を下した件、等々を想起するに、例えば、朝日新聞などが夙に主張するような「粘り強い外交交渉を通じた日韓関係の改善」なるものは、確率的に困難などではなく、原理的に無意味ということになるの、鴨。

蓋し、コミュニケーション能力というべきか<言語能力>というべきか。「話せば分かる」といういうことは、根本的なイデオロギーを異にする、あるいは、お互いの国家の存続にとって死活的に重要な国益を巡っては成り立たない。分析哲学や現象学の認識を持ち出すまでもなく、このことは自明のことでしょう。だからこそ、逆に言えば、より価値中立的でより形式的な「相互の利害を調整するルール」としての実定国際法や確立した国際政治の慣習の値打ちが認められるのではないでしょうか。

・濫用される「国際社会」という用語についての断想

 https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/c3e3691fe42c9648d012251a71018c54

ならば、根本的な国家主権の正当性にかかわる歴史認識、ならびに、エネルギーや安全保障という国家にとって死活的に重要な国益、すなわち、そんなイデオロギーと国益を異にする国同士の対話の意味とは、皮肉ではなく真面目な話、①自国内の世論の動向や国際情勢の変化を睨んだ上での両国政府の時間稼ぎであるか、②どの地点までならイデオロギー的と国益的に折り合えるかの相互確認に収斂する。

敷衍すれば、「会議は踊る、されど進まず:The Congress dances, but it does not progress」と自嘲されたウィーン会議や「鹿鳴館の連夜の舞踏会」も満更無価値や無意味ではなかったのかもしれないということ。と、そう私は考えます。そして、残念ながら、支那はともかく韓国に対しては、これら①②さえも期待することなど到底(くどいですが、確率的にではなく原理的に)できないの、鴨です。

ここで大急ぎで言葉を足しておかねばならないことがある。

それは、本稿で韓国や支那の<言語能力>と私が呼んでいる事象は、個々の韓国の方々の発言や行動についての認識や表象ではなく、個々の韓国人が「韓国国民」として、就中、韓国の政府高官や政治家としてビヘィブする際に観察・抽出される傾向性のことだということ。このことは間違っても誤解なきようにしていただきたいと思います。

綺麗事? はぁー? 
本音も兼ねてますけど、それが何か?

繰り返します。畢竟、韓国が駄目なのはその国が駄目なのです。これリップサービスじゃなくて、人格といい心意気といい立派な韓国人は沢山おられる、素敵なアイドルさんやプロゴルファーさんフィギュアスケーターさん、なにより、本当に立派な在日の方はすくなくない。鶴橋でも阪急上新庄や左京区元田中でも上阿達町でも川崎市麻生区でも。

しかし、駄目なのは国なのだけれど、悲しいことにその国民も、人品卑しからぬ立派な方も少なくないのに、そんな立派な方もほぼ漏れなく「韓国人のユニフォーム」を着て、対外的に発言し行動する段になると、その駄目な韓国という国に負けず劣らず凄まじい<常識>知らずの田舎者になるのが問題なのです。このことは、このブログでもときどき書くことですが、

例えば、(Ⅰ)アメリカ人の男性と国際結婚した場合(アメリカの永住権はほぼ漏れなくもらえるけれど、アメリカの国籍はちょびっと難しい。)彼女達は努力して(?)可能な人はほぼ100%国籍を変える。で、大和撫子は? まー、半々がいいとこです。

(Ⅱ)韓国人の父母の、はい、これまたほぼ100%が経済的に可能なら我が子は欧米に留学させたいと考えている/その線で行動している。我が日本は? 言うまでもないでしょう。なんで、わざわざアメリカなんぞに行かせなあかねんてなのが世論の多数派です。これ間違いない。だって、私一応、留学研修のプロだものね(笑)

(Ⅲ)韓国系アメリカ人のほぼ100%が、韓国から来る旅行者が嫌い。ビジネスで仕方なく同席というのは除いて、個人的にはホテルの食事とかも「彼等とは時間をずらしたい」というのが<彼等>の世論。特に、大卒くらいからアラフォーまでの女性はそう切実に訴える。これ「賭けても、多分、いい、鴨」くらいは確かですよ。

ことほど左様に、①韓国という国はどうしようもないとして、②韓国人の問題は彼等が「ウルトラマン」じゃなかった「常識のないうぜいやつら」に変身する「韓国人のユニフォーム」を着用した状況下で生じる。畢竟、韓国にせよ韓国人にせよその作品自体の価値は、これら①②とは取りあえず無関係であり、ならば、それの好き嫌いは受け取る方の好みしだいなのです。

 

だから、衛生的に問題があろうが、

美味しい美味しい韓国のキムチは、

 

(≧口≦)ノ・・・韓国製キムチの禁輸はやめてほしい❗

 

私は、ルイジアナ州のケイジアン料理が大好きだし、琵琶湖の鮒寿司も好きだけど、それはそれで私の勝手でしょう。韓国のキムチが好きなのも韓国に行った宮脇さくらたんが今でも好きなのも、そうなのです。個人の自由、個人の好み。

而して、いずれにせよ、「ある集団に属しているからという理由だけである人やある作品を否定的に評価する行動パターン」(「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」シンドロームとか「敵性言語」シンプトンとも言う?)は、言葉の正確な意味での「現在の保守主義」の対極にあるものだろう思います。それは言葉の正確な意味での、そして、語源的意味での「社会主義」そのものである。これ、「安倍」がつくとなんでも噛みつく朝日新聞のようなもの、きっぱり。

なーに、日本にも、あれ、民主党でしたっけ。それも首相経験者にも、菅直人氏や鳩山由紀夫氏の如く--博愛ならぬ過剰な自己愛のゆえにでしょうか--根本的な<言語能力>を欠落している輩は珍しくない。繰り返しますが、他方、(大阪の鶴橋あたりの焼肉屋さんの店主のご家族との交流や米英での私個人のビジネス経験という狭い認識の範囲でさえも)人格高潔にして知性溢れる韓国人や在日韓国人の淑女紳士の方々はけっして少なくないのですから。ただね、再度? そんな立派な淑女紳士の韓国人も一度「韓国国民」というユニフォームを着て日韓関係に関する言説を展開する段になると・・・・(苦笑)。武士の情けで以下自主規制。

畢竟、ことほど左様に、個々の韓国の人々の<言語能力>や行動ではなく、それとは別の位相にあるものとして<韓国の言語能力>や行動を捉えるとき、これまた朝日新聞などがしばしば主張する「民間レベル、特に、若い世代の日韓の市民間の文化交流の裾野を広げることによって日韓関係を改善しよう」などは、机上の空論などですらなく原理的に成立し得ないファンタジーの類であることも明らかなのかもしれません。と、そう私は考えます。

 

・グローバル化の時代の保守主義☆使用価値の<窓>から覗く生態学的社会構造

 https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/808bbca35415efebac3a8fc3e75f9c9f

 ・いろんな意味で結構根深い日本語の韓国起源説
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/d8a7ec627fab192570817c9c7038e195

・小倉紀蔵『歴史認識を乗り越える』の秀逸と失速
 http://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/44889ea4b8a9aab1299a792e76857f80

 

 

 

・イギリス英語の入門書紹介――役に立つのにお洒落で楽しい「イギリス英語」の招待状のようなもの

 https://blog.goo.ne.jp/kabu2kaiba/e/2387050ede4ca0a2947e1c5783157128

 

 

 

 

 

 

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