醸楽庵(じょうらくあん)だより 

主に芭蕉の俳句、紀行文の鑑賞、お酒、蔵元の話、政治、社会問題、短編小説、文学批評など

醸楽庵だより 114号  聖海

2015-03-09 11:25:01 | 随筆・小説

   クロちゃんの昭和三十年代の思い出

侘助 クロちゃん、渥見清や関啓六と一緒に仕事したの。
クロ 俺は照明係だったから、話をしたことはないよ。
侘助 昭和三十年代、浅草フランス座にいたんでしょ。
クロ そうだよ。俺が二十代の頃だ。お客さんは、女の子の裸を見に来ているんだから、楽屋じゃ女の子が大事にされていたよ。男の芸人さんは皆、女の子に親切だったよ。俺らだって女の子が嫌がるようなライトを当てたら、いられなくなっちゃうから。えらく気を使っていたヨ。
侘助 女の子が嫌がるライトとは
クロ いろいろあるんだヨ。左向きの顔が気に入っている女の子には客に向って左を向いた時にライトを当てるようにするんだ。気に入ってもらえるとおこぼれが貰えるんだ。
侘助 「おこぼれ」って、何なの。
クロ 人気の女の子には客からプレゼントがあるんだ。果物なんかの場合にネ。
侘助 照明係は大変だね。
クロ N大の学生が照明係のアルバイトに来たことがあったナ。そいつは自分が舞台に夢中になっちゃってね。照明をじゃんじゃん回しちゃったんだ。女の子が凄い剣幕でそいつを引っ叩いた。そんなことがあったナ。
侘助 今じゃ、ストリップはほとんどなくなっちゃったネ。
クロ 当時は楽団さんがいたんだ。五・六人のネ。バンドに合わせて服を一枚一枚脱いでいくわけヨ。最後はバタフライ一枚になる。女の子のデルタにスポットライトを当て小さく絞っていって真っ暗にする。今から考えれば子供の遊びのようなもんだったナ。
侘助 それでもカブリツキの客がいたっていうじゃない。
クロ そうだネ。楽団さんも四、五十分も演奏すると草臥れるから十五分くらい休憩する。その時に男の芸人さんのお笑い芝居がはいる。その時が俺たち照明係も休憩だ。舞台は電気をつけっぱなしにして芝居をするからネ。
 渥見清らの芸人さんが出てくる。その後から女の匂いムンムンの踊り子さんが登場する。男の芸人の一人がパンティーを手に持って、あの子のものだよと、「お客さん、今日は特別奉仕、どうだい」。お客に売りつける。本当だよ。「オイ、マリア、スカートをめくつてくれ」。踊り子さんが恥ずかしそうに少しずつスカートを持ち上げる。すると真っ白なパンティーが見えてくる。突然、劇場全体が真っ暗になる。真っ暗な中でテナーサックスが甘く響く。孔雀の羽を背負い、高いヒールを履いた踊り子さんがスポットライトを浴びてご登場。
侘助 クロちゃんの話には臨場感があるネ。
クロ そうかい。踊り子さんたちは楽団さん側のお客さんにはサービスしない。恥ずかしがってネ。
侘助 サービスって、何なの。
クロ 扇で隠したバタフライを見せるだけヨ。
侘助 ヘェー、そんなことで当時のお客さんは喜んだんだ。
クロ 昭和三十年代というのはそんなことで男たちが喜んだ時代だったんだ。戦争中、抑圧された青春を送った者たちにとってストリップは心を開放するひと時だったんじゃないかな。常連のお客さんは楽団側の席には座らなかったネ。
侘助 プロのお客がいたんだね。
クロ スタイルが良く、踊りの上手な踊り子さんが何人もの踊り子を従えて舞台いっぱい華やかに踊る。その他大勢の踊り子さんも踊りながら脱いでいく。二、三枚脱ぐとバタフライになってしまう。裸になった五、六人の踊り子さんを後ろに従えてソロの踊り子さんが脱いでいく。胸を震わせ、腰を振り、最後は両足をつけ、右手を高く上げる。スポットライトがバタフライに当たり、絞られていく。
侘助 古き良き時代という感じがするヨ。
クロ 今や、ヌード劇場もなくなっちゃったけど、当時のストリップにはレビューの伝統が息づいていたように思うネ。陰毛を当時は絶対見せちゃいけなったからネ。それじゃお客が入らなくなったから徐々に法律に違反するようなストリップが流行ったけれども、それも今や、なくなっちゃったネ。俺が浅草・フランス座で照明係をしていた頃は合法的な人情味があったものだったヨ。

 

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