元横綱北の湖は時間いっぱいの仕切りに入る前に、自らの顔面を両手でバチンと叩く仕草が妙に印象的だった。
同じような癖は柔道の山下泰裕選手や、アマチュア相撲で二十八のタイトルを独り占めにして角界入りした久島海関などももっていた。
また世界最強のラグビーチームといわれるニュージーランドのオールブラックスは、試合に先立ちマオリ族の戦いの踊りを披露する中で、自らの腕や腿を激しく叩きながら雄たけびをあげる。
文字通り自らを「鼓舞」しているのである。
これは生理学的な立場から考察すると、目的にかなった動作だ。
顔面や身体各部を叩くことによる痛覚などの刺激は、脊髄、脳幹部、大脳へと伝わり、その他の情報と統合され、自律神経や脳下垂体系内分泌システムを活性化し、ストレスレベルを上げ、事態に対応するための行動を起こさせる。
また筋肉、特に手指などの筋肉には、筋紡錘とよばれる刺激受容器が多く存在しており、急激な筋の伸展を感じて信号を脳幹網様体に送る。
この脳幹網様体は意識レベルをコントロールする中枢で、筋紡錘からの刺激が伝わると、大脳皮質へめざめの信号を送り出す。
これから戦いに臨む力士やラガーメンにとって、より効率よく最大の成果を上げるために、ストレスレベルの上昇は必要である。
逆に鼓舞したり、されたりすることのない単調な仕事が続くと、倦怠感や意欲の減退、感情の鈍化、創造性の低下といった状態に陥り、活動的な生産性などは期待できなくなる。
だから仕事のうえで「ここ一番」の重大な折衝や会談に臨むときには、ストレスレベルを適度に高めておくのがよい。
顔面を叩くのもよいし、冷たい水で顔を洗うのもよい。
「エイエイオー」と雄たけびをあげるのも効果的。