:〔続〕ウサギの日記

:以前「ウサギの日記」と言うブログを書いていました。事情あって閉鎖しましたが、強い要望に押されて再開します。よろしく。

★ 無垢な人々の苦しみ ① =アウシュヴィッツ= 

2013-07-15 02:31:16 | ★ シンフォニー 《ポーランド》

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 無垢な人々の苦しみ ① 

=アウシュヴィッツ=

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私は通算何度アウシュヴィッツに足を踏み入れただろうか?

今回は 「新求道期間の道」 の創始者であるキコが作曲したシンフォニー

「無垢な人々の苦しみ」

アウシュヴィッツ他で演奏するツアーに参加するためだった。

私は一年前にも同様のツアーに参加した。

2012年5月のツアーはアメリカ東部、ボストン、ニューヨーク、シカゴだった。その時の体験は

このブログの 「アメリカレポート」 全20編 に詳しく紹介したので、あらためて見ていただきたい。

今回のツアーは、ポーランドのアウシュヴィッツ、ルブリン、

そしてハンガリーのブダペストでの公演が中心だ。

前回のアメリカツアーもそうだったが、

今回の東欧ツアーにも、オーケストラのメンバーでもなく、コーラスでも歌わない私が

なぜ紛れ込んでいるのか?

それは、キコが将来同様のツアーを日本でも行いたいと考え、

その時のマネージャー役に私を選び、あらかじめ雰囲気を掴ませておくためであるらしい。


 

ローマからアウシュヴィッツ最寄りのクラカウ空港に着いてみると、そこにキコはいた。

何やら打ち合わせに集中している気配。

 

 

共同体の兄弟の運転するマイクロバスの窓から見える標識には

Oswiecim にアクセントをつけた地名が見えるが、それがポーランド語で表記した

「アウシュヴィッツ」


その夜は宿でくつろいだ。


 翌朝、キコと一緒に朝の祈りを唱えた一行はアウシュヴィッツの

ホロコースト・ミュージアムに向かった。

 

 

ミュージアム前のベンチには、戦争を知らないポーランド娘たちが笑いさざめいていた

しかし、彼女たちが生まれる少し前のポーランドが

ソ連の衛星国として今よりはるかに貧しく暗く厳しい生活に喘いでいたことを彼女たちは知らない

 

    

 

ホロコースト(「焼き尽くす捧げもの」=燔祭=古代ユダヤ教の犠牲の祭り 「ナチスによるユダヤ人大虐殺」

博物館になっているアウシュヴィッツの強制収容所の入り口の左側で私たちを待っていたガイドさん

彼女の解説は要所要所でピリリとわさびが効いていて、ユダヤ人を迫害した者とその子孫の心に刺さってくる。

              彼女はユダヤ人なのだろうか? 

  

 

アウシュヴィッツの強制収容所のメインゲイトの上に掲げられた鉄文字のモットーはドイツ語で

"ARBET MACHT FREI"

「労働は自由にする」

私は今までここを訪れるたびに何度もこのモットーを写真に撮ってきたが、

いつも左の写真のようにどれかの文字が陰に入って完全に写せなかった。

それが、今回はどうだ! うんと離れて望遠で煉瓦の背景に全文字きれいに映し出すことに成功した。

まさにそのゲートをくぐろうとしているのは戦争を知らない世代の若者たちだ、

だが、70年近く前の現実は全く違っていた。

 

(博物館内の各所に立てられたパネルから)

 

囚人のユダヤ人画家が描いた強制労働に向かうユダヤ人たち。

何故労働に向かう時の絵か?それは上のローマ字が裏返っていないからだ。

画家は明らかにゲートの外から描いている。彼は命令で描かされている。

彼が命令通り絵を描いている限り、ガス室送りから猶予されているのだ。

生きるために必死で描いている気迫がこの絵から漂ってきませんか?

 

 

一日の強制労働で死ぬほど疲れて帰ってきた囚人たち。それを迎える同じ囚人たちのオーケストラ。

パネルの下の説明文によれば、キャンプのオーケストラは囚人たちがゲートを通過する時、

ここに集まって行進曲を演奏しなければならなかった。それは

囚人たちを整然と歩かせ、人数の点検をしやすくするためだった。

一人の脱走者もなく全員帰還したことを証明するために、過労死したものの屍も運び込まれねばならなかった。

音楽家はこの仕事をする限り、強制労働とガス室を免れてしばらく生き延びることが出来た。

 

ナチスのSSが写した実際のオーケストラの姿 (1941年)

 

 

囚人画家の手になる 何千人、何万人の囚人たちの点呼風景。手前左には死体も。

 

 

収容所の中と外界を隔てる高圧電流の流れていた二重のバラ線の囲い。

生きる希望を失った囚人が、ガス室を待たずにこの電線に触れて感電死を選ぶのだが、

その度にヒューズが飛んで故障するのに手を焼いて、実際には

ある一定距離以上この線に近づいたものは、その場で見張り塔から射殺されるようになったようだ。

 

(今日はお手柔らかに、シンフォニーの「序曲の序曲」、で終わりとしましょう)

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4 コメント

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Unknown (Unknown)
2013-07-17 11:35:22
谷口くん

アウシュビッツか !

人間は神様のように何でもできるんだなぁ と感じてしまうな。

J.K.
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Unknown (Unknown)
2013-07-17 11:37:06
神様のように何でもできるものになりたい、それが人間の誘惑、人間の罪ではないでしょうかね。

谷口
返信する
故司馬遼太郎の忠告 (瀬戸内寂聴)
2013-09-16 06:16:57
私が出家したのは、50の時でしたが、当時流行作家だった司馬遼太郎さんから、忠告を受けたことを思い出します。司馬さんは産経新聞の記者でしたが、自分が若い時、宗教担当で、宗教者と名乗る人たちが陰でどんなに悪いことをしているか知っているから、何か相談があったらしてほしいという有難いお言葉でした。谷口さんはキリスト教ですけど、本当に宗教界は裏はドロドロですね。
返信する
Unknown (谷口幸紀)
2013-10-10 00:29:15
瀬戸内寂聴さんと言えば、当代一の有名人の一人です。そんな方が私ごときのブログを見る時間をお持ちで、さらにコメントを書かれるなんて、信じ難いという思い、誰かが寂聴さんを語って私を試しておられるのではないか、など、揺れる思いが無いわけではありませんが、もしご本人だったら私ごときにコメントを送って頂いたことに対して真摯に向き合わなければいけないという強い思いもあります。
本当に宗教界の裏はドロドロですね。私もいつの間にかバチカンの奥ノ院にまで触れるようになって、その思いを深くしています。
しかし、神様は存在していて、そんなドロドロをも包み込んで、その摂理を実現していかれるという信頼を失わないように生きて行こうと思っています。逆境の中でも常に希望を失うことなく・・・。
コメント有り難うございました。
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