新古今和歌集の部屋

絵入源氏物語 葵 源氏の残した手習 蔵書

源氏五十四帖 歌川国政画 朝顔

 

 


も侍つらんを、中々いまはなにをたのみてかをこたり

侍らん。いま御らんじてんとていで給をおとゞみを
                 左大臣
くりきこえ給て入給へるに御しつらひよりはじ

め、ありしにかはることもなけれど、うつせみのむ

なしき心ちぞし給ふ。み丁のまへに御すゞりな
          源ノ
どうちゝらして、手ならひすて給へるをとりて、

めをしほりつゝ見給ふを、わかき人々゛はかなしき中

にも、ほゝゑむもあるべし。あはれなるふることゞも、か

らのもやまとのもかさけがしつゝ、さうにもまなに

もさま/"\めづらしきさまにかきまぜ給へりかし

この御手やとそらをあふぎてながめ給。よそ人゛に

みたてまつりなさんかおしきなるべし。ふるきま

くらふるきふすま、たれとゝもにかとある所に
   源
   なき玉ぞいとゞかなしきねしとこのあく

がれがたき心ならひに。又霜のはなしろしとある所に
   源
   君なくてちりつもりぬるとこなつのつゆう

ちはらひいく夜なぬらん。ひとひの花なるべし。
           大宮                 左大臣詞
かれてまじれり。宮に御らんぜさせ給て、いふかひ

なきことをばさるものにて、かゝるかなしきたぐひ、

世になくやはと思ひなしつゝ、ちぎりながゝらて、かく

心をまどはすべくてこそはありけめとかへりてつら

く、さきの世を思ひやりつゝなんさまし侍を、たゞ

ひごろにそへてこひしさのたへがたきと、この大゛将の君

のいまはとよそになり給はむなん。あかずいみじく

思ひ給へらるゝひとひふつかも見え給はず。かれ/"\

におはせしを、あかず、むねいたく思ひ侍しを、

あさ夕のひかりうしなひては、いかでかながらふべ

からんと、御こゑもえしのびあへたまはずなき

給に、おまへなかおとな/\しき人などいとかなし

くて、ざとうちなきたる、そゞろさむきゆふべのけ

しきなり。わかき人々゛は、所々゛にむれゐつゝ、をのがど
                 源又は左大臣とも
ちあはれなることゞもうちかたらひて、とのゝおぼ
見るへし      夕
しの給はするやうに、わか君゛をみたてまつりてこそ


も侍りつらんを、中々今は何を頼みてか怠り侍らん。今御覧じてん」とて、出

で給ふを、大臣見送り聞こえ給ひて、入り給へるに、御しつらひより始め、在

りしに変はる事も無けれど、空蝉の虚しき心地ぞし給ふ。御帳の前に御硯など

打ち散らして、手習ひ捨て給へるを取りて、目を絞りつつ見給ふを、若き人々

は、悲しき中にも、微笑むもあるべし。哀れなる古言ども、唐のも大和のも

けがしつつ、草にも真名にも樣々めづらしき樣に書き混ぜ給へり。「かしこ

の御手や」と空を仰ぎて眺め給ふ。よそ人に見奉りなさんか惜しきなるべし。

旧き枕故き衾、誰と共にかとある所に

 亡き玉ぞいとど悲しき寝し床のあくがれ難き心馴らひに

又霜の花白しとある所に

 君無くて塵り積もりぬる常夏の露打ち払ひ幾夜なぬらん

一日(ひとひ)の花なるべし。枯れて混じれり。宮に御覧ぜさせ給ひて、「言

ふ甲斐無き事をばさる物にて、係る悲しき類ひ、世に無くやはと思ひなしつつ、

契り長からで、かく心を惑はすべくてこそはありけめと、返りて辛く、先の世

を思ひやりつつなん、さまし侍るを、ただ日頃に添へて恋しさの耐へ難きと、

この大将の君の、今はと他所に成り給はむなん。飽かずいみじく思ひ給へらる

る一日二日も見え給はず。離れ離れにおはせしを、飽かず、胸痛く思ひ侍りし

を、朝夕の光失ひては、いかでか長らふべからん」と、御声もえ忍びあへ給は

泣き給ふに、御前なか大人大人しき人など、いと悲しくて、ざと打ち泣きた

る、そぞろ寒き夕べの景色なり。若き人々は、所々に群れ居つつ、己がどち、

哀れなる事共打ち語らひて、「殿のおぼし宣はするやうに、若君を見奉りてこ


和歌
旧き枕故き衾、誰と共にか
                 源氏
亡き玉ぞいとど悲しき寝し床のあくがれ難き心馴らひに

意味:亡くなった妻の魂も、とても悲しい二人の寝床を、私が離れ難く思っていると同じ樣に、去り難く思っているに違いない

備考:旧き枕故き衾、誰と共にか 白居易 長恨歌「旧枕故衾誰与共」より。ただし、現在流布されている長恨歌には該当部分が無いが、平安時代に渡来した詩にあったとのこと。

 

霜の花白し
                 源氏
君無くて塵り積もりぬる常夏の露打ち払ひ幾夜なぬらん

意味:君が居なくなって、塵が積もってしまった常夏の床の付いた露を打ち払って幾夜寝ているのだろうか?

備考:霜の花白し 白居易 長恨歌「鴛鴦瓦冷霜華重」よりで、重しを白しに改作したものと思われる。ただし、現在流布されている長恨歌には該当部分が無いが、平安時代に渡来した詩にあったとのこと。常夏(大和撫子)は、床を掛ける。本歌 塵をだに据ゑじとぞ思ふ咲きしより妹とわが寝る常夏の花(古今集 夏歌 凡河内躬恒)

 

参考

※国立歴史民博物館蔵、高松宮家伝来禁裏本コレクションには、

落葉滿階不紅掃。梨園弟子白髮新、椒房阿監青蛾老。夕殿螢飛思悄然、秋燈挑盡未能眠。遲々鍾漏初長夜、耿々星河欲曙天。鴛鴦瓦冷霜華重舊枕故衾誰与共

とある。

参考文献
平成23年度共同研究:高松宮家伝来書籍等を中心とする漢籍読書の歴史とその本文に関する研究

「例えば高松宮本の中に室町前期尊円親王筆と伝わる「琵琶行」および「長恨歌」があるが、これら白楽天の漢詩は、現在一般に通行している本文と著しい異同があるが、その本文系統の考察は本研究代表者静永および分担者の神鷹、山口、陳などがこれまでにも他の伝来資料をもとに随時分析をすすめてきたところである。」

国立歴史民俗博物館研究報告 第198集

  kenkyuhokoku_198_00.pdf   (1.56MB) [ 119 downloads ]

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