アイ!サラマッポ in バギオ

フィリピン人介護者のケアを受けながらの、フィリピンでのインディペンデント・リヴィング…、心の赴くまま、ここに記します。

少女エッツェル

2008-11-16 14:43:24 | フィリピン-マニラ

「床ずれ」で思い出しました…。

 マニラのラス・ピニャス市には、小さな友人のエッツェルがいます。彼女は、2000年12月に、ケソン市からラス・ピニャス氏に移った時、家の近くのピラール教会で「サンパギータ(Sampaguita)」というジャスミン系の香りの強い小さな白い花の首飾りを売っていました。3歳の時から家計を助けるために…。そのために学校も一年休学したという彼女は10歳でした。母親はいるが、父親は顔も知らないと言います。

 私は浄土真宗徒ですが、カトリック教会にはよく介護者たちと足を運びます。時々教会に通っては、ミサに、彼女から買ったサンパギータの首飾りや花を捧げたりしていました。サンパギータはフィリピンの国花で神に捧げられます。

 ところが、その2001年という年は、お尻右横にできたロウコウという床ずれの一種に悩まされていて、7月末にこちらで簡単な外科手術を受けました。その後一か月ほどでロウコウは完治したのですが、その間、エッツェルは「イッシンおじさんはどうして教会に来ないの?」と、私の介護者に住所を聞いて弟やいとこと花束を持ってお見舞いに来てくれたのでした。7年余り前のことですが、鮮明に覚えています。(写真-黄色のTシャツ)

 その後、よくお花を持って訪ねてくれるようになり、私も「メリエンダ」と呼ばれるおやつを用意したりしましたが、いつも10分といないのです。「教会に戻ってお花、売らないと…。」 それから約半年後、病弱の母親に会い、彼女がハイスクールを出るまで学費をサポートしたい、と申し出ました。フィリピンにも里親制度はたくさんありますが、彼女はその里子のような存在です。

 今年、彼女はめでたく、デビュー(Debut)という18歳の成人のお祝い(男子は21歳)をし、現在はラス・ピニャス市長ネネ・アギュラー奨学制度により、大学でコンピュターグラフィックを勉強中です。

 去年、日本からマニラに戻ってから「ラス・ピニャス市」を選んだのは、エッツェルや今借りているコンド・ユニットのオーナーで、フィリピンで最も親交の長いロレンツォという友人が近くにいたから…でした。

  そういえば、去年4月にダバオを引き払って日本に帰ったのも、床ずれによる体調悪化が最大の理由でしたが、本当に気をつけないと…。

  昼食後、もう一度コンピューターに向かいました。これからベッドに移り、体位交換してもらいます。夜は佳境に入った『篤姫』を…(^^)。ちなみに今日のお昼は、先日のマグロの刺身とレタスとオニオンのスープでした。

 ちなみに賄い(献立や買出し、料理)も、ほとんど自分でやります。もちろん、料理は介護者に作ってもらう訳ですが、野菜をあまり食べない(日本人の約6%)お国柄で、自分の健康を維持するためにも…。料理もたくさん覚えました。ほとんど「○○もどき」…ですが…(^0^)。

(フィリピン時間1時半過ぎ-日本より1時間遅れ)



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4 コメント

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アラレまじり (金沢から)
2008-11-18 11:57:48
おや、珍しくコメントなど増えてないですね。。。

こちらアラレ混じりの荒れ模様。予報どおりになってます。

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初雪です (金沢から)
2008-11-19 17:24:45
こんばんは。

朝から大荒れのお天気です。

金沢はきょう初雪を観測と、気象台が発表しました。

ウチのあたりは、午前中いちど真っ白になりました。

タイヤはまだ交換してないので、チョットこわいですね。

暖冬傾向ながら、初雪だけはエラく早い便りです。
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hailstone.....ヒョウ・アラレ (Isshin-管理人)
2008-11-23 16:28:43
初雪!?例年より少し早目やね。
(…と、もう4日も前のコメントに返事を書いてる自分…^^;)
こちらバギオのグリーンバレーでは霰(アラレ)や雹(ヒョウ)が降ることもあるとか…(^^;;)。「hailstone」という単語が分からず、「like a ice…が降ってくる」と説明されて理解。でも、ほんとかな・・・!?
「初hailstone」が来たらお知らせしますね。
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とけました (金沢から)
2008-11-24 12:25:23
雪はとけました。

タイヤも換えました。

細く 長く ゆっくり おねがいします。

郵便に切手はること思えば、4日は早すぎるくらい。。。。

アナログ世代らしくやりましょう
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