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「皇室問題INDEX」設立準備室

マスメディアによる皇室の偏向報道、ネットに流れる東宮家への誹謗中傷を検証しています。

■検証:雅子様のオランダご公務決定へのプロセス

2013-04-20 04:59:00 | 日記
検証作業をどう進めるか、いろいろな方法があると思いますが、
パイロットケースと言いますか、一つ試してみようと思います。
気になっていた雅子様のオランダご公務について。

・まず、関連記事(雑誌記事)を収集してみました。
・記事をそのまま載せるわけにはいかないので、これから少しずつ要約してみようかと思っています。
・ネットでこれらの記事がどう語られていたかをヲチします。(記事リンクまたは編集)
・ネットで妨害活動がどう行われていたかをヲチします。(記事リンクまたは編集)
・宮内庁官僚とアンチ東宮婆様たちの一致ぶりを浮き彫りにできるかも?

オランダは東宮ご夫妻の即位式参加を望んでくださり、ご夫妻ももちろん喜んで参加を希望し、
コメントを求められた医師(主治医ではないですが)も、「参加は治療に好影響」と評価しているというのに、
なぜ、こうもゴタゴタもめてしまうのか。
雑誌記事やTV番組では、「雅子様サイドがここまで引っ張った」というオチにしているようですが、
はたしてそう言い切れるのか。
宮内庁官僚が反対していたという取材記事もしっかり書かれており、要注目です。
これまで彼らが雅子様の海外公務を阻止してきた証拠が出てくるかもしれません。

即位式参加に費やすエネルギーよりも、こうした反対勢力のイヤガラセに耐えることのほうが、
はるかに雅子様のエネルギーを消耗させているのではと思えます。

以下の記事タイトルからは、天皇皇后の憂慮(反対)、税金ドロボーのバッシング、
宮内庁、外務省官僚の妨害、「早く決めろ」の大合唱、急転直下の決定、という流れが読み取れます。
決定してからも、ネットでは徹底妨害宣言がなされ、誹謗中傷活動が続いています。
雅子様の海外公務を阻止しなかったという理由で、皇后様バッシングまで始まったようです。
以前、2006年に静養でオランダ渡航したときも、2ch婆様と宮内庁は同じように大騒ぎで反対していましたね。
なぜ彼らはこうも方針が、志が一致するのか、その謎にも迫りたいです。

■週刊新潮(2013/04/25)
喜劇は終わった/園遊会は欠席でオランダには外遊という雅子さまの大義名分
:雅子妃、宮内庁・山本信一郎次長、風岡典之長官、園遊会

■週刊文春(2013/04/25)
<徹底取材>「雅子妃の精神状態は深刻だ」-オランダ新国王の憂慮
:雅子妃、皇太子、愛子内親王、オランダ・ウィレム皇太子

■女性セブン(2013/05/02)
雅子さま「茨の決断」直前、皇太子さまが両陛下に告げた「懊悩」
:雅子妃、学習院創立百周年記念会館、愛子内親王、皇太子

■女性自身(2013/04/30)
雅子さま涙の闘い!オランダご訪問へ奮起の決意を阻んでいた宮内庁の姑息
:雅子妃、宮内庁、東宮大夫・小町恭士、美智子皇后

■週刊文春(2013/04/18)
雅子さまオランダご訪問「葛藤」と「決断」-「早く!」と苛立つ宮内庁
:オランダ・アムステルダム、ベアトリックス女王、国立美術館

■ 女性セブン(2013/04/25)
雅子さまオランダご訪問「極限決断」に外務省の冷眼
:皇太子、雅子妃、オランダ新国王即位式、宮内庁、外務省

■週刊新潮(2013/04/18)
「オランダ王宮」ご招待を<放置1カ月>「雅子さま」の昼夜逆転
:オランダ国王即位式、雅子妃、宮内庁、小町恭士東宮大夫

■ 女性自身(2013/04/23)
雅子さま、負けないで。さあ今こそ、希望の第一歩を!
:雅子妃、オランダ新国王即位式、宮内庁、愛子内親王、皇太子

■女性セブン(2013/04/18)
雅子さま・愛子さま、東京駅改札口で凍りついた罵声 スキー旅行出発の朝に…。
オランダご訪問にも暗雲」
:雅子妃、愛子内親王、天皇、美智子皇后、皇太子、宮廷費他

■週刊新潮(2013/04/04)
散らない女の物語/賛否両論が渦巻いた雅子さまオランダ訪問はどうなった?
:雅子妃、皇太子、宮内庁、オランダ・ベアトリック女王

■女性自身(2013/03/19)
雅子さま「宮内庁は私の敵!」不満<爆発>長官と「面会拒否3カ月」
:雅子妃、宮内庁、皇室ジャーナリスト・松崎敏弥、天皇

■女性セブン(2013/03/07)
雅子さま-実現へ動き加速「オランダ訪問で状況は変わる」
:雅子妃、オランダ・ベアトリックス女王、ウィレム皇太子

■週刊新潮2月28日号
雅子さまのオランダ訪問に美智子さまの深い憂慮
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週刊新潮の特集記事の信憑性について (INDEX)
2013-06-15 01:23:50
Dianthus様、詳しい情報をありがとうございます。じつは、週刊新潮のこの特集記事を読んで、真っ先に思い浮かべたのが、Dianthus様がこのトピで詳しく追跡しておられた、「皇太子殿下を廃位に追い込もうとする一連の動き」でした。あの動きと、この週刊新潮の記事内容は、確かに、たしかに、重なるのです。

2月1日に行われた風岡宮内庁長官の官邸への要請、両陛下と安倍首相の会食が、6月の雑誌記事で、このような意味を持たされて暴かれるとは。

こうした背景(皇太子殿下を廃位に追い込もうとする陰謀)があったとしたら、雅子様のオランダ公務への妨害は、「殿下を廃位に追い込めるかどうか」を賭けた、熾烈なものだったと推測されます。なんとしても潰し、「公務ができない雅子妃」の大宣伝に使いたかったことでしょう。また、オランダ公務が急転直下で決定した後も、反東宮派が集う某所で、「雅子(様)の自信喪失を決定的なものにするチャンス。大恥をかくように妨害するのよ」と書いていたこともうなずけます。

雅子様のドレスに、ありえない大きなシワが刻まれていたのも、その意図のもとに行われた妨害(当日、シワだらけのドレスを見て雅子様の心が折れ、即位式出席ができなくなる)とする推測も、あながち考えすぎということでもないのかもしれません。

この新潮の記事の信憑性を追いかけてみたく、新トピを立てました。Dianthus様のコメントを第一コメントとして拝借しましたこと、事後承諾となって申し訳ないのですが、ご了承いただけますでしょうか。このトピと連動するものがあると思われます。どうぞよろしくお願いいたします。
返信する
週刊新潮6月13日発売(6月20日)号 (Dianthus)
2013-06-14 03:46:48
現在2chでも話題になっていますが。

今週の週刊新潮では、
特集:「雅子妃」不適格で 悠仁親王即位への道

という大見出しのもと

/ついに「雅子妃に皇后は無理」の断を下した美智子さまの憂慮
/「皇太子即位の後の退位」で皇室典範改正を打診した宮内庁
/「秋篠宮は即位すら辞退」が頂上会談で了解された深い事情
/「悠仁さま」電車通学を提案した「秋篠宮殿下」の未来図

の四つに区切って力を入れた特集記事が組まれています。

さすがに早速に官房長官、宮内庁長官から否定の声が上がりましたが、
皇太子ご夫妻「オランダ行き」の前、1月後半から相次いだ週刊誌報道と、この特集記事との間に、一貫した流れがあり、本当に事実無根??と思えるほどです。

まず第一に、皇太子殿下に退位をせまる理屈というのが、

「美智子皇后さまのように公務をしない雅子妃」=皇后不適格=そんな雅子妃を大切にする(そのため夫婦同伴の公務ができない)皇太子不適格
ゆえに秋篠宮殿下、悠仁殿下即位へ

というように、「公務をしない」雅子妃で理屈が一貫していること。
ずっと、まったくゆるがない理屈となっています。

文春の噴飯ものアンケートと、その記事も同様の理屈ですね。

そして、相次ぐバッシング報道の流れが、妙に日程的に符合する。

6月13日発売の週刊新潮によれば、1月半ばにまず官房長官と宮内庁長官が会い、
一代限り女性宮家創設が両陛下の内意であったこと、今後は生前譲位等の皇室典範改正が必要であることなどを説明したそうです。

一方で
●週刊文春 1月31日号(1月24日発売) 天皇「秋篠はわかっている」の衝撃
●女性セブン 2月14日号(1月31日発売) 天皇陛下がついに言葉にされた「懸念」
●週刊新潮 2月7日号(1月31日発売) 「皇太子殿下」御公務いささかで「雅子さま」スペイン外遊の風当たり

これらには、既述のように、東宮大夫の定例記者会見(1月18日、25日)の折に、宮内庁ベテラン記者が厳しく皇太子殿下の公務について追及したことに言及しながら、
皇太子殿下の御公務が少ないと疑問を呈する、という共通の話題があります。

官房長官への宮内庁長官の説明と、東宮大夫定例記者会見でのベテラン宮内庁記者の厳しい追及が、時期的に符合します。

この記者会見にひきずられるように、3誌が相次いで「陛下の内意は秋篠宮殿下に」と報ずるのです。

そして、6月13日発売の週刊新潮によれば、さらに
2月1日に再び宮内庁長官が内閣を訪れ説明、2日に両陛下と安倍首相夫妻が会食、
その際に「生前譲位と皇位継承権放棄を可能とする皇室典範改正」
「それによって皇太子殿下からただちに悠仁殿下へ譲位」
との両陛下の意向が伝えられた、と報じています。

この日程自体は、首相動静とも符合しているとのこと。

首相動静
2月1日
 【午後】0時10分、全員出る。52分、国会。1時1分、参院本会議。4時14分、官邸。
  50分、風岡宮内庁長官。←★
  5時4分、外務省の河相事務次官、斎木外務審議官、伊原北米局長。30分、杉山外務省アジア大洋州局長加わる。33分、伊原氏出る。48分、全員出る。51分、世界税関機構の御厨邦雄事務総局長。
  6時2分、平松外務省総合外交政策局長、深山法務省民事局長。25分、谷内内閣官房参与。
  39分、皇居。昭恵夫人とともに天皇、皇后両陛下と食事←★。8時53分、東京・富ケ谷の自宅。
(2chより引用)

そして、ついに2月18日に「皇太子退位論」が新潮45に載る。

また同時期に、
●女性自身 3月5日号(2月19日発売)「陛下&秋篠宮さまと極秘頂上会議20回の憂悶」が出ます。

これは、既述のように、公務しない雅子さま、ゆえに公務が少ない皇太子殿下、の話のほかに、「頂上会議」なるものが始めて記事になるのですが

これは6月12日発売週刊新潮によれば、一昨年秋から、本当は秋篠宮殿下だけを呼んで天皇の心得を話す予定だったが、それでは人目につくので、皇太子殿下も交えた形にしたもの、だそうです。
そしてこのなかで、秋篠宮殿下の皇位継承権放棄、皇太子殿下から悠仁殿下への生前譲位、というのが
天皇皇后両陛下のご内意として話し合われ、内閣にも伝えられている、そのための皇室典範改正に着手の動き、ということなのですが。

そしてこれについては、皇太子殿下の誕生日記者会見について記者の方から話を振り、
皇太子殿下の慎重なおっしゃりようにもかかわらず、象徴天皇をめぐっての三者会談が定期的にあったかのようなまとめがなされたのも、既述の通りです。

このように、週刊誌報道には一貫した流れと論理(理屈)があるようです。

日程的にも妙に符号が合いますし、どうも週刊新潮の単なるガセ記事ではなく
何らかの強い意向が背後に働いているとしか思えないのです。

なお、週刊新潮によれば、皇太子殿下御自身も上記のような両陛下のご内意については「納得されている話」だそうですが
皇太子殿下の誕生日記者会見のときのおことば
あれだけミエミエに記者クラブの方が「象徴天皇制の在り方をめぐる、天皇、皇太子、秋篠宮の三者会談」の存在について語らせようとしているのに
殿下御自身は慎重な言い回しに終始し、けっして秋篠宮と象徴天皇制の在り方について語っているなどとはおっしゃらなかったことを考えると
別に「納得」はされていないのだろうと推察されます。

にもかかわらず、こういう記事が出る。
ミスリードをねらうかのように。

困ったことです。
返信する
雅子様のドレス着回しと大きなシワ (INDEX)
2013-05-02 12:03:19
うずらちゃん様

雅子様のドレスについては、私も大きなショックを受けると同時に、
ご指摘のような疑問(意図的な?衣裳管理の責任放棄)をもちました。
別枠で取り上げたいと思い、専用トピを立て、
うずらちゃん様の上記コメントを、第一コメントとして転記させていただきました。
事後報告となってしまいましたが、あしからず、ご了承ください。
新トピックで、この問題を追及していきましょう。
返信する
印象操作? (うずらちゃん)
2013-05-02 09:09:58
今回のオランダ訪問では、皇太子ご夫妻の笑顔にこちらが勇気づけられることばかりです。
現地に行かれてしまえば…と想像していた通り、オランダ側の大歓迎に圧倒される形で、ほとんどのマスコミが好意的な報道に変えてきています。(細かい事は除いて)
そんな中、そういう事するか?というような報道が1件あり、記録しておかねばと思いました。

即位式に臨まれる皇太子ご夫妻のお姿は誰もがご覧になったと思います。
雅子さまのドレスが、何度かお召しになったものであり、また不可解な折りシワがついてたことも、女性なら皆お気づきでしょう。
この期にも衣装を新調されなかったのだという事実と、衣装を吊るして運ばなかったのかという疑問、たたんで運んだとしても、滞在ホテルにプレスをお願いしなかったのだろうかという疑問が浮上します。

そのようなお召し物で且つ満面の笑みを絶やさず歩かれる雅子さまの後ろに、不可解な女性がいました。
帽子と長服という正装に、真っ赤な口紅と3連パールをかけた女性です。
顔を上げ胸を張りいやに堂々と歩き、あまりにご夫妻の直後を歩くものだから、オランダ側の女性軍人に距離を取るよう歩みを止められる場面すらありました。
ネット上、リアルタイムで「皇后付き女官長の伊東さんでは?」という情報が出ました。

翌日のサンケイには「オランダから許可を得て女官が同席した」と記載されています。
この午前中には、伊東氏の顔写真とプロフィールが掲示板に貼られ、お顔からして女性は皇后付き女官の伊東典子氏だと私は確信しています。

ところが、同日19:23配信のfnn-nwes動画では、記者にこの女性は「東宮職の女官」で「オランダから声を掛けられて同席した」のだと言わせています。
しかも、この女官の一連の振る舞いの悪さを上手くカットした動画になっています。

「あの女性は?」「何かふてぶてしい」「女官が付いていて雅子さまのドレスのシワは何なの?」という問い合わせでも殺到したのではないでしょうか。
それで、評判の悪い事態はすべて東宮側という、いつもの法則を発動させたように感じます。
返信する
皇太子殿下お誕生日記者会見のわな (Dianthus)
2013-04-29 15:34:12
オランダ訪問決定の流れと、内々では深く関連があると思うので、皇太子殿下お誕生日記者会見がどのようにゆがめられたか、そこからどのようなきな臭い宮内庁ベテラン記者の思惑が透けて見えるかについて、以下述べたいと思います。


皇太子殿下誕生日記者会見について

これに先立ち宮内記者会との会見に応じ、秋篠宮さまを交えて天皇陛下と象徴天皇の在り方について意見交換していると明かした上で「大変有意義なひとときを過ごしています」と語った。近年、陛下と皇太子さまのコミュニケーション不足が指摘されていたが、昨年春ごろから皇太子さま、秋篠宮さまが月に1回程度そろって皇居・御所を訪れ、陛下と話をする機会を設けている。(共同通信)

と共同通信は書いていますが、これにあたる内容は、宮内庁のホームページに全文が公開されている皇太子殿下のおことばのうち、次の部分があたるのだと思われます。

 <関連質問>
問1 第5問目に関連しまして,先ほど臨時代行について,陛下から温かいねぎらいのお言葉があったと述べられましたが,どういうお言葉だったのでしょうか,さらに,陛下とのコミュニケーションに関して,昨年,一昨年くらいから,御所で陛下と殿下と,また秋篠宮殿下と長官も入って,懇談をされていると伺っていますが,その際どういった話題が話されているのか,また,今お述べになられた象徴天皇の在り方について,例えば陛下から直接お考えをお聞きになるような場面があるのかなどについてお聞かせ願います。
 皇太子殿下
陛下からは,具体的には,臨時代行のお仕事本当にご苦労様でしたというような非常に温かいお言葉を頂戴いたしました。もちろん私は臨時代行を務めた後は,必ず陛下の所に伺って,臨時代行としてどのようなことを私が行ったかといった個々のことをご報告申し上げておりますので,それに対して,いろいろご質問もあったりしましたけれども,その後で本当にいろいろご苦労でしたということをおっしゃっていただいて,本当に私自身も大変うれしく思いました。また,陛下の所でのいろいろな話合いについては,発表事項では特にないので,細かいことは申し上げるつもりはありませんけれども,私,それから秋篠宮が折に触れて,陛下の所で,陛下のご意見を伺ったり,あるいはいろいろな意見交換をするということは,非常に私自身も大切なことだと思いますし,私自身も大変有意義な一時を過ごさせていただいております。最後の質問については,陛下と折に触れてご質問の象徴天皇の在り方について,具体的にどういうことを話しているかは申し上げられませんけれども,陛下ご自身がいろいろ思われていること,あるいは体験されてきたことなどをお話しくださるので,私としても本当にいろいろと参考にさせていただいておりますし,大変有り難いことだと思っております。

 まず第一にここで気づくのは、「三者会談」について、マスコミの方が明かして、殿下のお話しを求めたと言うことです。皇太子殿下誕生日記者会見とは、予めマスコミ側から質問を差し上げ、それに対してのお答えを皇太子殿下が会見日に語られ、その回答を受けて当日「関連質問」がなされるという形です。なお、もともとの第5問目とは

問5 天皇陛下の心臓手術から1年が経ちました。陛下は昨年の会見で「しばらくはこのままでいきたい。病気になったときには,皇太子と秋篠宮が代わりを務めてくれますから,何も心配はなく,心強く思っています」と述べられました。今年80歳になられる陛下の公務の在り方についてどのようにお考えですか。手術前後やご回復の過程で,陛下や皇后さまとはどのようなお話しをされましたか。陛下は「天皇の務めには国事行為のほかに,公的に関わることがふさわしい象徴的な行為という務めがある」とも述べられましたが,将来天皇となられるお立場から,殿下ご自身は公務をどのようなものとお考えですか。

というものでした。ここでは、記者クラブの方から「皇太子と秋篠宮が」という陛下のおことばを引いて公務の在り方について質問しているのですが、皇太子殿下は、陛下の心臓手術へのお気持ち等を縷々述べられた後、公務については

陛下のご公務については,陛下ご自身が,昨年のお誕生日の記者会見に際して,「負担の軽減は,公的行事の場合,公平の原則を踏まえてしなければならないので,十分に考えてしなくてはいけません。今のところしばらくはこのままでいきたいと考えています。」と述べられています。このようにお仕事の一つ一つを心から大切にされている陛下のお気持ちを大切にしたいと考えますが,同時に,陛下のご年齢を考えますとご負担の軽減は必要と思われます。どのような形でご負担の軽減が可能なのか,ご出席になられる公的行事の数を大きく減らさないとしても,個々の行事のご負担を少なくする方法を考えるなど,周りがいろいろと考え,お助けしていくことは必要だと思います。私も,少しでもお役に立つことがあれば,喜んでお力になりたいと思います。天皇皇后両陛下には,ご公務で大変お忙しい日々を送っておられますので,くれぐれもお体を大切になさっていただきたいと思っております。

また,公務についての考えにつきましては,以前にも申しましたが,過去の天皇が歩んでこられた道と,そしてまた,天皇は日本国,そして国民統合の象徴であるとの日本国憲法の規定に思いを致して,国民と苦楽を共にしながら,国民の幸せを願い,象徴とはどうあるべきか,その望ましい在り方を求め続けるということが大切であると思います。同時に,これまで行われてきている公務を踏まえつつ,将来にわたり生じる日本社会の変化に応じて,公務に対する社会の要請に応えていくことが,重要であると考えております。私としても,常に学ぶ姿勢を忘れずに,他人への思いやりの心を大切にしながら,世の中のためにできることを心掛けてやっていきたいと思っております。

と述べられ、秋篠宮殿下には言及されませんでした。そのうえでの質問であることを思うと、何とかして秋篠宮殿下を話に絡め、三者会談についての皇太子殿下のおことばを引き出そうとしている宮内庁記者の意図を強く感じます。
 ただ、殿下は三者会談について質問されたものの「私,それから秋篠宮が折に触れて,陛下の所で,陛下のご意見を伺ったり,あるいはいろいろな意見交換をするということは,非常に私自身も大切なことだと思いますし,私自身も大変有意義な一時を過ごさせていただいております」と、三者会談の存在を認めながらも、その話と、陛下と「象徴天皇の在り方」について語る話(場)は切り離してご説明になり、あくまで「象徴天皇の在り方」については、陛下と皇太子殿下との話である、という姿勢を崩していません。
 なのに、宮内庁記者たちが書いた皇太子殿下記者会見のまとめは、奇妙なくらい、女性自身が先立って記事にした「ある宮内庁関係者」のことばとそっくりなのです。三者会談の内容について、女性自身の方はより「公務の在り方」と(公務がままならない)雅子様寄り、宮内庁記者クラブの方はより「象徴天皇の在り方」寄りというポイントの置き方の違いこそあれ、「雅子様」「公務」「象徴の在り方」を混融させながら、秋篠宮殿下が象徴天皇の未来に関わっている、三者会談での同席という形で皇太子殿下もそれを容認していいる、という論調を作り出そうという思惑が実にはっきりと見て取れます。
 この意図に、東宮大夫定例記者会見でのベテラン宮内庁記者の発言、山折氏の退位論が与し、流れを方向付けようとするものであることは明白でしょう。そして情けないことに、これ以後、週刊誌各社は、皇太子殿下退位?の流れを完全に形作っていくのです。
返信する
Unknown (Dianthus)
2013-04-29 14:49:35
1月前半の20周年のお祝い(ながらチクチク)記事がひとしきり終わった後に、1月後半に連続した皇太子殿下バッシング記事(+訪蘭あり得ない記事)の三つ

●週刊文春 1月31日号(1月24日発売) 天皇「秋篠はわかっている」の衝撃
●女性セブン 2月14日号(1月31日発売) 天皇陛下がついに言葉にされた「懸念」
●週刊新潮 2月7日号(1月31日発売) 「皇太子殿下」御公務いささかで「雅子さま」スペイン外遊の風当たり

に共通する話題があります。
 それは、東宮大夫の定例記者会見(1月18日、25日)宮内庁ベテラン記者の厳しい追及に言及しながら、皇太子殿下の御公務が少ないと疑問を呈することです。

 話題が逸れますが、御公務が本当に「少ない」のかについては、現在の「御公務」の在り方、イメージの問題と共に、重要かつ難しい問題と思います。例えば、皇太子殿下の「水」に関わる国際的なご活躍は、宮内庁ホームページの扱い、また新潮2月7日号ともに「大した御公務ではない」扱いなのですが、どうなのでしょうか。むしろ、天皇皇后両陛下の伝統的な、宮中晩餐会etcを伴う公式訪問という形の親善外交が、一回に2億円以上かかる(週刊新潮1993年9月9日号)ことを思えば、殿下の「水」公務の方が、安い費用で大変大きな親善外交に役立っているように思うのですが(国連本部での演説は、全世界に報道されます)。また新潮2月7日号ご推奨の赴任大使「ご接見」ですが、大使夫妻を御所および東宮御所に上がらせて、両陛下両殿下による長時間の「ご接見」に及ぶことが、求められる「御公務」像なのか、大変疑問です。

 とまあ、求められる「御公務像」について確かな検証もないまま、従来の(これはやはり現在の天皇皇后両陛下がつくられた、ということであると思います。両陛下による赴任大使夫妻「ご接見」[「拝謁」ではない]というのは、平成以降の宮内庁ホームページの記載混乱をみても、昭和天皇時代には確立していなかった公務像でしょう)公務像に照らして、ベテラン宮内庁記者が声高に「皇太子殿下の御公務が少ない」と追及した、そのことをわざわざ週刊誌3社が取り上げて、うち2社は天皇陛下が皇太子殿下に疑問を呈する発言をされたと「宮内庁関係者」の証言と共に書く、そこには大変意図的な仕掛けを感じずにはいられません。また、セブン文春ともに〆が皇太子殿下は誕生日記者会見で何と言及されるのだろうか、と、一ヶ月も先の皇太子殿下記者会見について言及するのもおかしなことです。

 1月末に、4月30日オランダ訪問という外交日程が明らかになったあと、不思議なくらい皇太子ご夫妻のオランダ行きの可能性に言及するメディアはなかった。つかい古しの小ネタ続きのなか、
●新潮45 3月号 (2月18日発売)  山折氏皇太子退位論
が出てくるのですが、これと同時期に
●女性自身 3月5日号(2月19日発売)「陛下&秋篠宮さまと極秘頂上会議20回の憂悶」
が掲載されます。

 この女性自身は、2月23日に迫る皇太子殿下誕生日記者会見の前振り記事なのですが

・1月18日の東宮大夫記者会見の話(一ヶ月前の話の蒸し返し)→公務が少ない皇太子殿下。誕生日記者会見で何とお答えになるのだろうか。

・皇太子殿下の日常がバッシングのなかも淡淡と不動のものであることを伝えつつ、「陛下&秋篠宮さまと極秘頂上会議」が、羽毛田宮内庁前長官の発案ではじまり、時に風間宮内庁長官や川島侍従長も同席しながら「一昨年夏から月に一回ほどのペースですから、すでに20回ほど開催されています」「天皇陛下も常々皇太子さま、そして秋篠宮さまに"天皇としての在り方"を伝えることを願っていらっしゃいましたから、非常に喜ばれたようです」「父子の対話を会議として定例化させたのは初めてのことです。非公式の会合という性質上、内容はつまびらかにされることはありませんが、テーマは今後のご公務のことなど、皇室の未来にかかわることが多く」ご家族の問題や雅子様のご体調などの話もしている(ある宮内庁関係者)

といった内容になっています。

 2月23日の皇太子殿下誕生日記者会見は

これに先立ち宮内記者会との会見に応じ、秋篠宮さまを交えて天皇陛下と象徴天皇の在り方について意見交換していると明かした上で「大変有意義なひとときを過ごしています」と語った。近年、陛下と皇太子さまのコミュニケーション不足が指摘されていたが、昨年春ごろから皇太子さま、秋篠宮さまが月に1回程度そろって皇居・御所を訪れ、陛下と話をする機会を設けている。(共同通信)

 のように報じられました。新聞各社もこれにならう形で
○毎日新聞社
陛下や秋篠宮さまと懇談の場を設け 「象徴天皇の在り方」などに関し、陛下から体験を聞いていることも明かし、「いろいろと参考にさせていただいております」と語った。
○読売新聞社
昨年夏から月1回、御所で天皇陛下と秋篠宮さまと懇談を重ねてきていることについては 「陛下のご意見をうかがったり、意見交換することは非常に大切なこと」と話し、象徴天皇のあり方を模索する上で「大変ありがたいことと思っております」と述べられた。
○朝日新聞社
天皇陛下と定期的に懇談していることを明かし、「大変有意義なひととき」と話した。昨年春ごろから月1回程度、秋篠宮さまとともに皇居・御所を訪れ、象徴天皇としての体験や考えなどを聞いているという。
○日経新聞
皇居・御所で定期的に陛下や秋篠宮さまと意見交換していることも明かし 「象徴とはどうあるべきか、望ましいあり方を求め続けることが大切。大変有意義なひとときを過ごしています」と述べられた。
とまとめています。

 女性自身が「ある宮内庁関係者」から聞いた話に近似したまとめが、新聞各紙を踊っています。すなわち、一昨年夏(女性自身)、昨年春(共同通信)、昨年夏(読売新聞)と開始時期はまちまちですが、すでに相当期間積み重ねられてきた秋篠宮殿下をまじえた三者会談の存在が明かされ、そのなかで皇太子殿下が象徴天皇の在り方についても語り合っていて、有意義等と振り返っているということです。女性週刊誌の皇太子殿下誕生日記者会見の前振り記事が、誕生日記者会見当日の新聞各紙の予告のようになっていること(まるでこの日にこの話題が公になることがあらかじめわかっているかのように)、またその際に1月18日の「ベテラン宮内庁記者」による「皇太子殿下の公務が少ない」怒号の東宮大夫定例記者会見に言及しているのも面白いです。
 そう思って同じく定例記者会見に言及する、1月後半発売の週刊文春、週刊新潮を振り返ると、三者会談には言及しないものの、「ある宮内庁関係者」によって、陛下から直接嘆きのお言葉を賜った(文春)とか、陛下と皇太子の極秘会談に同席してその場で陛下が「責任ある働きをしてほしい」とおっしゃったのを聞いた、と書かれていることも気にかかります。ベテラン宮内庁記者が東宮大夫記者会見で「皇太子殿下の御公務が少ない」と言ってバッシングに舵を切らせたことと、2月23日に三者会談が明かされたこと(どうも1年半以上前からの話をここで明かさせたこと)、ある宮内庁関係者が小出しに「陛下が皇太子の在り方を憂慮」「秋篠宮に期待」と漏らしていくこと、そして2月18日の山折氏の新潮45に寄せた論文?、どうも一連の動きがあり、だからこそオランダ訪問記事が週刊誌に踊ることが、4月に入るまでほとんどなかったのだと思います。
 皇太子殿下誕生日記者会見以降は、山折氏の退位論とも絡んで、皇太子殿下のご存在に疑問を呈する論調が相次ぎ、オランダ訪問記事どころではありませんでした。その当たりの流れを次に考えたいと思います。
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補足 (Dianthus)
2013-04-26 14:00:11
週刊文春 2月14日号(2月7日発売)
 ・小町東宮大夫と雅子妃の齟齬!
*この記事のまとめは、これじゃオランダ訪問も難しいだろう、というもの。
オランダご訪問は、2月前半は正面からは取り上げられないネタだったのですが、やはり当然のことながら、意識はしていたのですね。

そりゃそうです。だって、スペイン王室以上にオランダ王室と皇太子ご一家の縁は深いのですから。

小町東宮大夫と雅子妃の齟齬、一度以前に否定されているのに、またこの蒸し返しネタを仕掛けたのは、やはりオランダご訪問あり得ない、の匂いをただよわせたかったのでしょうか。

ご存じ、これは東宮大夫定例記者会見で真正面から否定されていました。(2月8日)
→2月9日づけ皇室ウィークリー(産経新聞)に載る

小町東宮大夫は、わたしのなかでは割合に仕掛ける方、という印象がありますが、それでも、毎回毎回続く妙なバッシング記事のすべてに反論なさるわけではありません。

それなのに、この時は、間髪入れず、自分からこの雑誌に言及して正面から否定。

自身のことについて書かれたからとも言えますが、逆に言えば、雅子妃を支えてオランダ訪問を実現させようという意欲が東宮大夫にあったからこそなんだろうか、と思ったりします。

2月21日発売女性セブンの記者は、たとえばこんなところから、周辺取材を決意したのかもしれません。

東宮職も、こういう女性誌をうまく使って欲しいものだなと思います。
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二つの流れ (Dianthus)
2013-04-26 10:36:44
INDEX様、詳しい書き起こし、有り難うございます。

スペインご訪問の憶測記事も同じ構造だったので、くわしく再確認して、比較してみることにしました。


●週刊女性 1月29日号   1月15日発売

・「皇太子ご夫妻でのスペインご訪問も非公式にですが検討されているようなのです。」(ある政府関係者)

・「結婚されてから20年の間に、海外にお出かけになったのは数えるほどです。」「お世継ぎを生んでもらうために宮内庁が制限してきたとも言われています。」(皇太子ご一家に近い関係者)

・スペインは皇太子ご夫妻に縁が深い、お二人の出会いはスペイン王女の歓迎レセプション(渡辺みどり氏)

・海外ご訪問は実現するかも知れないが、それなら国内をという声が出てくることを、精神科医として危惧する。そのことで雅子妃が心配して、けっきょく海外ご訪問自体がとりやめになるかも(和田秀樹氏)


●週刊新潮 2月7日号  1月31日発売

・1月18日東宮大夫定例記者会見にて、ある宮内庁記者が壮年の皇太子殿下の御公務が少なすぎると厳しく追及、小町氏は23日の学習院女子大講義でお忙しいと返答。(さる宮内庁担当記者A)

25日の記者会見では、講義も終わったのになぜまだ公務が少ないのか、海外での講演など大きな仕事でもあるのかと追及、小町氏は、あるけれどもいまはちょっと言えないと返答。(さる宮内庁担当記者A)
→ここで新潮の解説、国連本部での講演はNHKが元日のニュースで報道済み、でもすっぱ抜かれた宮内庁記者は不満で、あてこすり質問したのだろう。スペインご訪問もあるのだが、と以下続く

*上記二つの話にはさまるようにして
・水問題は日本人には関心が薄いので海外訪問ばかり。国民と触れ合う機会が少ない公務(山下晋司氏)

・皇太子殿下は公務の簡略化をはかる。赴任大使ご接見の際、御自身がお一人なので大使も夫人を伴わず、複数と一度に会うというスタイル。これではただこなされているという感じ(さる宮内庁関係者B)

・東宮大夫が「○○のようです」と答える場面があり、両殿下と東宮大夫の意思疎通はうまくいってないようだ(さる宮内庁担当記者A)

そしていよいよスペインご訪問について
・6月はご成婚20周年。ゆえにスペインご訪問の「憶測が」取り沙汰されている。(さる宮内庁関係者B)
→ここで新潮の解説。これまでのお二人の外遊例をたどる。

・スペイン王室は日本の皇室と深いつながり。天皇陛下と金羊草(勲章):要は無くしちゃって、昭和天皇の金羊草をもらいうけたという話(神田秀一氏)

・皇太子ご夫妻とスペイン王室の浅からぬ縁。エレナ王女レセプションの出会い。でも二回も訪問機会がありながらご夫婦の訪問は実現しなかった。(皇室ウオッチャーC)
→ここで新潮の解説。一回目は人格否定に言及されたとき。04年5月。二回目は水をテーマとした国際博覧会がサラゴサで開かれた際、殿下が基調講演をなさるために
・サラゴサの際は直前まで雅子妃の出欠が決まらなかった。それだけ雅子妃のスペイン行きへの思いは強いようだ(皇室ウオッチャーC)

・スペイン行きが実現すれば、11年ぶりの海外ご訪問で目出度いが、「快復宣言」があるかどうかがカギ。つまり、国内公務もままららぬまま、海外だけ行けば批判がでる。「『なぜなのか』と国民から疑問の声が上がっても何ら不思議はありません」(神田秀一氏)

・スペインへ同行して、殿下が式典に出ているのに、妃殿下だけホテルというのは許されない。ショッピングなど行ったら大変だ。(山下晋司氏)


<考察>
オランダ訪問記事と比較してみると、女性誌応援、週刊新潮足引っ張り、の流れは同じながら、記事内容の質が全然違うことに気づきます。

はっきり言って、スペインご訪問の週刊女性は、実質的な内容が全然ない。周辺取材もしていない。単なるスペイン行ったらいいなあ、だって縁が深いじゃん、って記事です。
ご成婚20周年振り返り記事が、しかし両殿下に対して批判的な論調でなくてはならない。それでは女性誌として、彩りがなくて寂しすぎる。
そんな気持ちで、特に取材もなく、それこそ「憶測記事」(と、あとで週刊新潮に出てきたさる宮内庁関係者Bに一刀両断されていますね)を書いている。

和田秀樹さんのコメントも興味深いです。皇太子妃よりのお気持ちでのコメントと感じるのですが、皇太子ご夫妻をdisるという論調に引きずられて、歯切れの悪いものになっている。
結果として、皇太子妃のスペインご訪問を阻止するための叩きどころはどこか、指南してしまったような。
実際その後、週刊新潮のスペインご訪問記事も、2月21日付けオランダ訪問記事も、そしていまオランダ訪問が決まってから週刊誌を賑わわせている論調も、すべてすべて和田氏が指南してしまった「叩きどころ」を叩きまくった記事になっていますね。

そして、週刊新潮スペインご訪問記事。2月21日記事との分量、質の差が歴然としています。力の入った記事。
1月前半のチクチク20周年振り返りの流れ(のなかに週刊女性はうっかり記事も入れてしまった)
それを覆すが如く、皇太子殿下叩き記事のうねりがはじまっていた1月後半。
その流れを加速させ、週刊女性の飛ばしをしっかり逆転させるための、取材たっぷり、構成も練りに練った記事という感じです。

でも、今読み返すと、興味深い突っ込みどころ満載です。

例えば、宮内庁記者クラブの雰囲気。何とかして東宮大夫の揚げ足を取ろう、皇太子殿下を非難しようと、手ぐすね引いて待っていることがよくわかります。
一方で、「陛下が漏らされた一言」「三者会談」という記事が別誌に踊っている。
この三者会談というのは、皇太子殿下お誕生日会見のときのようすからはっきりわかるのですが、だいぶ前から宮内庁記者はその動きをつかんでいて(宮内庁側が意図的に漏らしているのでしょう)、
「秋篠宮殿下が皇統の行く末に深く関わる」「象徴天皇の在り方について天皇陛下からともに話を承っている」という記事をかきたくてうずうずしている、というものです。
皇太子殿下の誕生日記者会見をよく読むと、そのような重要な会合ではないようですが。
ともかく、宮内庁記者クラブは、乗りたい、乗れと命じられている?流れに沿って、東宮大夫定例会見に臨んでいるわけです。

それから、公務の在り方、赴任大使ご接見の話も興味深い。これを見ると、平成のはじめごろ、
天皇皇后両陛下  拝謁(赴任大使夫妻)
という公務スタイルが一般的だった事情も推察されるというものです。
公務を軽減するな、妃殿下同伴こそが皇室の伝統、そう連呼する宮内庁幹部の強い意向が見て取れます。
真に言いたいのは、公務は重く、皇后陛下がいつもお出ましにならねば!ということなのでしょう。

それから、小町氏が25日の定例記者会見でことばを濁したというのも、何ともまあ、おもしろい。
この誌面では、宮内庁記者のあてこすりにひるんで、と言わんばかりなのですが。
オランダ女王が国民向けテレビ演説で、譲位の意向を明かされたのは、この3日後、1月28日のことでした。

皇太子殿下は、深く親密な外交ルートを実はお持ちなのかも知れません。

また、殿下の水関係公務を、皇室評論家たちがバカにして、つまらない公務だと叩く理由も、この週刊新潮を改めて読み返してみて、大変納得がいきました。

水関係は、国際的に大変大きな問題で、国際親善、皇室外交の柱ともなるものだから、叩いているのですね。

確かにオランダ王室、スペイン王室、どちらもこの水関係問題に熱心で、この部分も通じて、殿下は世界と繋がっておられる。海外の方々のまなざしも好意的になっている。

皇室の存在意義に、国際親善というものを置くとしたら、皇太子殿下こそ、その最適な方でいらっしゃるようです。

日本は、大変有り難い皇太子ご一家を戴いているのだということを、つくづく感じました。
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一枚岩ではない宮内庁の中の人たち (INDEX)
2013-04-26 06:42:03
Dianthus様の検証記事、非常に興味深く読んでいます。

秋篠宮家への皇位継承を確実にする「女性宮家」案が流れた後、
東宮ご夫妻へのバッシングが加速し、
殿下の誕生日会見前を狙って「退位論」がぶちあげられました。
このまま、ご夫妻を可能な限り叩いて追い込んでいこうとする大きな流れが、
挙げていただいた報道から読み取れます。
この流れに掉さしたのが、オランダ訪問の要請だったのですね。

>女性セブンは華やかな妃殿下記事の彩りが欲しくて、この流れに棹さす、皇太子ご夫妻の訪蘭に
>向けての動きを報じてしまう(週刊女性のスペイン記事憶測と同じ)。
>その動きをつかんだ週刊新潮は、同じ2月21日発売号のなかに、訪蘭は無理という流れを作るべく、
>記事を押し込む。同じ発売日ですが、女性セブンと週刊新潮の記事の量、周辺取材の内容が全然違う
>のは、そのせいではないか。

女性セブンの「雅子さまをオランダへ」記事をキャッチした「誰か(黒幕)」が、
週刊新潮に「雅子さまのオランダ訪問は許されないと皇后が憂慮している」と書かせたのでしょう。

このセブンと新潮の真逆の記事を読み、宮内庁も一枚岩ではないのだなと感じました。
雅子さまを病気のままにし、皇太子殿下の即位を阻もうとしている人たちばかりではなく、
雅子さまの回復を願い、殿下の即位を巡る憂いを払おうとしている人たちもいるようではないですか。
そう思わせる2つの記事の該当部分を書き起こしておきます。

-------------
■女性セブン:2月21日発売 3月7日号

(雅子さまの希望についての記述)
「あのとき雅子さまが見せられた弾けんばかりの笑顔は、日本ではなかなか拝見
できなかったものでしたので、印象に残っています。それだけオランダという環
境が疲れ切った雅子さまを癒したということでしょう。だからこそ皇太子ご夫妻
は、そのときの“返礼”も込めて、今回の式典への参列を強く希望されているよ
うですね」(前出・宮内庁関係者)

(宮内庁の意向についての記述)
 この思い(引用者注:雅子さまの回復のためにもオランダ訪問実現をという思
い)は宮内庁内部でも強くなっているという。
「これまではやはり海外となると後ろ向きな意見がほとんどでした。しかし、こ
のまま公務できぬお体の状態が続けば、たいへんなことになります。少しでも良
いほうに向かうのであれば、それを進めてみようという思いも強くなっているん
です。オランダ訪問実現への動きは加速している感があります」(前出・宮内庁関係者)

■週刊新潮:2月21日発売 2月28日号

(雅子さまの希望についての記述)
「ベアトリックス女王が4月30日に退位し、アレキサンダー皇太子に王位を譲るこ
とが1月28日に発表されました。この即位式典に東宮ご夫妻が招待される可能性が
高い。実は7年前、雅子さまを始め東宮ご一家は女王に招かれ、ひと夏を王室の離
宮で過ごし、静養させていただいた恩義がある。この時のお礼も伝えたいとして、
雅子さまは周囲に”同行したい”と漏らされているのです」(別の宮内庁担当記者)

(宮内庁の意向についての記述)
 しかし、これが問題視されそうなのだという。
「これまで病を理由に地方行啓など国内の公務は控えてこられたわけです。それを
一足とびに、より負担の大きいはずの海外へ足を延ばすというのは理屈が通らない。
式典へのご参加を希望しながら、ご体調を理由に断られてきた関係者たちはおかし
いと思うでしょう」と宮内庁幹部は嘆く。
 「フェアネス、すなわち公務の公平性を重視されてきた天皇皇后両陛下からすれ
ば理解し難く、深い憂慮の念を抱かれています」

----------
以上ですが、Dianthus様が書かれている通り、
女性セブンが紹介しているのは「宮内庁内部」の人の意見、
週刊新潮が紹介しているのは、「宮内庁幹部」の意見です。
その幹部は、「天皇皇后両陛下は深い憂慮の念を抱かれています」と、
雅子さまのオランダ訪問に、両陛下は反対の意向であると言い切っています。
両陛下の気持ちを代弁できる宮内庁幹部といえば、千代田と称される人たちですね。

雅子さまのご病気の治療に前向きな宮内庁役人もいるらしいこと、
しかし、両陛下に近い官僚=千代田派は心の病いに対する理解が全くなく、
国内公務が出来なければ海外には行くべきではないと考える人たちだということ。
このことは、記憶にとどめておきましょう。
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昭和35年の皇太子夫妻外遊>ゆっくりしたご旅程 (INDEX)
2013-04-25 23:24:48
auxilia様

50年以上も前の古い新聞記事の書き写し、ありがとうございます。

>この記事で考えてゆけば、宮内庁は療養中の雅子さまの為に、ゆっくりした余裕ある日程にできるはずです。

ほんとうに、その通りですね。
今回の雅子様のオランダ公務についての宮内庁の役人の言葉は、驚くほど冷たいものでした。

これまで諸外国から東宮ご夫妻に来ていたというお招きも、
「公務なのだから(体調に配慮したゆったりした日程など)許されない」という理由で、
潰されてきたようです。

書き写してくださった記事は、その理由がとってつけたものであることを示していますね。
ご病気であることを承知で、「どうぞ、ごゆっくり」と招待してくださった国の厚意、それに応じなかった外交上の損失を考えたら、
許されるものではないと思います。
いろいろな意味で、国益を損じていたことになります。

貴重な資料、ありがとうございました。
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Unknown (auxilia)
2013-04-25 22:56:39
INDEXさんへ


お役に立てるか分かりませんが、昔の新聞記事を、一部抜粋して、書き写します。




昭和35年10月5日 読売新聞

皇太子と美智子さまは3日シカゴに到着されたが、皇太子は有名なシエド水族館を一時間余り熱心にご見学。4種類のアメリカ産の魚をプレゼントされた。
この間、美智子さまはホテルでお休みされた。


昭和35年10月5日 毎日新聞

宮内庁でも日程に無理があったことを認め、ご帰国後の休養プランを練るとともに、11月12日から12月10日まで予定されているイラン、エチオピア、インド、ネパール訪問旅行には、かなり休憩時間を練り込み、ゆっくりしたご旅程にする方針を決めた。


昭和35年10月7日 朝日新聞

羽田空港には、天皇皇后両陛下のお使いとして三谷侍従長が出向くほか、各皇族、ご親戚や正田英三郎夫妻、池田首相以下閣僚、外交団代表など約100人がお出迎えされる。

いちばんお二人が楽しそうだったのは、やはりニューヨークでの3日間。
浩宮さまへのおみやげの買い物、遊覧船での島めぐり、美智子さまは同窓会へ、皇太子は動物園へとお気軽に出かけられ、ワシントンまでのお疲れをいやされた。




この記事で考えてゆけば、宮内庁は療養中の雅子さまの為に、ゆっくりした余裕ある日程にできるはずです。
検証の一つに利用して下されば幸いです。

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オランダ訪問がもちあがったとき (Dianthus)
2013-04-25 21:40:09
上記、検証対象と考察が交互になっていて、わかりにくいと思ったので、観点を整理します。

2013年は、
a皇太子同妃両殿下のご成婚20周年の節目、
b一代限り女性宮家創設が頓挫 
というふたつの前提条件とともに、年が明けました。

aについては、通常、ご成婚当時の華やかなお写真、お子様の愛らしいお小さい時の写真と共に、対象となる両殿下に好意的な記事が相次ぐのが通例です(結婚式のスピーチみたいなものですね)。
今年、なぜか美智子様ご成婚54周年などという女性誌報道もありましたが、当然、美智子様のうつくしいお写真と共に好意的に振り返る記事内容だったと思います。

ところが今回は、なるべく皇太子同妃両殿下に好意的に見せかけながらも、
「お幸せでしたか」「病気が治らないのは医者が悪い」「病気はこのまま治らないのではないか」「なぜ私的外出はできるのか」「ショッピングを楽しむ雅子様」「愛子さまのことにかまけすぎ」「公務ができないことを人々は疑問視」と、
延々とこれまでと同様の論調が続きます。せっかくの節目なのに。

ですが、この論調を見ていれば、逆にわかることがあります。
決して、「なぜ雅子様は病に倒れられたのか」を正面から書かない、ということです。
そこから目を背けて、病に倒れられた日々を、敬宮様の登校に苦しんだ日々を支えたことを、「いかがなものか」「疑問視」と書く。

理由は
①正面から問われて、「男系男子プレッシャーゆえに雅子妃は病まれた」と書くのがまずい。
*これを書いてしまうと、平成皇室の在り方、両陛下の姿勢を正面から問うことになります。日本国憲法下の象徴天皇制が、男系男子を金科玉条にまもって、人を追い詰めるのは、是か非か。追い詰めることを判断した両陛下は是か非か。
国民の7~8割が「非」と思っているだろうことがわかっているので、こちらに論議がいっては困るのです。

②正面から問い、「非」となることで、苦しむ皇太子ご一家への好感、共感が高まっては困る。
※好感・共感が高まれば、皇太子ご一家のお立場は盤石なものとなり、敬宮様立太子をのぞむ流れも生まれてくる。皇太子殿下が即位されたあかつきには、その流れをとめることはできないだろう。

そして、この②と深く関わっているのが、bの女性宮家頓挫という状況です。

一代限り女性宮家創設に安倍首相が反対したのは、これによって女性天皇女系天皇が実現する道筋を怖れたからのようですが、
「一代限り女性宮家創設」とは、けっきょくのところ、「秋篠宮家の女性皇族の女性天皇女系天皇を実現させるための法案」です。

なぜなら、再三説明されているように、「悠仁さまのご即位までは決まっている、だから一代限り女性宮家創設」「悠仁様が即位されたあとは、その世代の人々に判断を委ねよう」というのが趣旨の中心なのですから。

その意味では一代限り女性宮家創設は、秋篠宮殿下、悠仁殿下即位の流れを強める、確定にもちこむための法案でしょう。
なぜそれを急いだのか。

皇太子殿下が即位された以降に女性宮家創設が問題となれば、そのころには否応なしに敬宮さまにも光が当たり、敬宮様立太子の呼び声が高くなっていて、一気に敬宮様立太子、となるかもしれない。

だから、2012年のうちから、一代限り女性宮家創設が持ち上がったのです。しかし、頓挫した。


bの状況は、aの②の思惑とも絡み、皇太子殿下、皇太子ご一家の尊厳を傷つけ、あわよくば皇太子殿下が即位なさらないように、という論調を求めました。

そう考えると、1月半ばぐらいまでの、これまでの皇太子ご夫妻を振り返りながら、決して同情的ではなく、むしろチクチクと針を隠しながら、核心をはずした「国民は」「宮内庁記者は」の話が繰り返される理由がわかる。
1月後半~は、陛下のご懸念、三者会談という見出しで、皇太子殿下を疑問視するような流れになる。
女性誌がついうっかりスペイン訪問を期待するような記事を飛ばすと、国内公務もなさらないのに無理だろう、の記事を咬ませるのを忘れない。

こうやってせっせと1月後半から皇太子殿下を貶める記事を、忍び込ませていたところに、オランダの譲位と戴冠式のニュースが飛び込んできたのでした。

当然のことながら訪蘭の話は出さない。皇太子ご一家とオランダ王室ご一家との仲睦まじい姿は、そうとは知らず、1月前半のときに振り返ってしまいました。
ここで訪蘭について書けば、当然皇太子ご一家訪蘭?とかになってしまう。だから沈黙。
けれども、この先の話題をとりあげながら、訪蘭に触れないのもヘン。ゆえにどうも昔聞いたことがあるようなことの焼き直しの小ネタが続出、東宮大夫に会見で「事実無根」と明言されるような、うそとわかっていても、のネタが何度も出てきたのは、ほとぼりがさめるのを、そして皇太子殿下の誕生日会見までの日々を待っていたのでしょう。

そして皇太子殿下の誕生日会見の直前、満を持した形で、2月18日、皇太子ご退位を、という記事が出る。

この記事の流れに気づかず、ついうっかり「訪蘭」期待をにじませてしまった女性誌に、かぶせるように、同日発売の週刊新潮は、「国内公務もなさらないのに訪蘭は無理」と宮内庁幹部のことばを浴びせかけました。

このあと、しばらく訪蘭憶測記事は下火になりますが、その代わり、山折氏の皇太子退位論の反芻、
くわえて皇太子殿下誕生日会見を宮内庁記者クラブがゆがめたまとめによる「三者頂上会見」憶測報道が続きます。

訪蘭の可能性も、また国連本部でのスピーチの話からも、目を遠ざけさせる報道が続くわけです。
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オランダご訪問憶測記事登場の背景 (Dianthus)
2013-04-25 15:25:02
なぜ、オランダご訪問の憶測記事が出るまで、3週間もかかったのか。例えば初夏のスペインご訪問の憶測記事は
週刊女性 1月29日号(1月15日発売)
皇太子ご夫妻6月スペインご訪問?の憶測記事。和田秀樹氏のコメントで、ぜひ実現をの締めくくり。
週刊新潮 2月7日号(1月31日発売)
皇太子ご夫妻スペインご訪問?の憶測記事。国内公務もできないのに海外はダメという論調。
のように、相当早くから出ています。オランダ訪問は、その必要性が明らかになったのは1月末と遅いにしても、日程的にはスペインご訪問より前、4月末の話になります。もっと早く憶測記事が出ても良かったのではないでしょうか。
 最初の憶測記事が、訪問を期待する女性誌先行、訪問の足を引っ張る週刊新潮が後追い、という同じ構図になっている意味も含めて、オランダご訪問憶測記事が出るまでの、今年の週刊誌が何を報じてきたかを振り返りたいと思います。

振り返ってみると、2013年初頭は「皇太子殿下、ご退位」キャンペーン続きでした。

2013年は皇太子同妃殿下ご成婚20年の節目の年でもあり、お二人のあゆみを「療養生活ももう10年」という形批判的に振り返る記事が相次ぎました。
 女性セブン 1月10・17日号
 ・雅子様は適応障害ではない、と言う形で治療内容を叩き、完全ご回復に疑問を投げかけるもの。例によって、適応障害についてのミスリードを感じさせる内容。
適応障害とは、「皇室に適応できない障害」という意味ではない。あまりにストレスが過大な環境に身を置いたために、周囲の環境にあわせる調節機能(適応するための調節機能)が一時的に壊れてしまった、という意味。つまり、皇室という環境が過大なストレス環境だということ。それはそうだ。男子しか後継者として価値を認めない皇室に於いて、男子をもてない皇太子妃のストレスの大きさは想像を絶する。現代には受精卵段階での性別選択という便利な方法があるという向きもあるが、法的にはもちろん認められていない、倫理的に大きな問題のある行為を、「個人の判断として」受け入れることを強いられること自体、多大なストレスであろう。(いっそのこと、皇室典範に、「男子をもうけるために、皇室に限っては受精卵段階での性別選択を可とする」と書けば良い)
 とはいえ、治療の道のりのうち、敬宮さまのいじめ問題にからんで「担当記者が愛子さま優先を不安視」「いい加減いつ直るんだと宮内庁担当記者が罵声」、あるいは金澤医務主管の行為などが書いてあるのについては、読む人が読めば、わかるものがあるかも
 週刊文春 1月3・10日号
 ・雅子様、この10年はお幸せでしたかという形でさまざまな人が寄稿。どうも心配したフリながら針を隠してチクチクと。
 週刊朝日 2月1日号(1月22日発売)
 ・今年の歌会始めの雅子様の歌はまた愛子さま、と短く叩く
 女性セブン 2月7日号(1月24日発売)
 ・歌会始めの、雅子妃の御歌の8割が愛子さま絡みの衝撃!、と叩く記事

一方で前年度の政権交替を受け、「女性宮家」創設がほぼ見直しとなりました。(本当は、この女性宮家問題について、誰がどのように観測気球をあげ、流れを作ろうとしたのか、検証しても面白いと思いますが、今回は時間もないのでやめます)その未練タラタラの記事も少し。
 女性セブン 1月31日号(1月17日発売)
 ・女性宮家白紙に両陛下困惑! 宮内庁長官安倍総理に直談判、だそうです。

そして、こうした流れの中、はっきりと皇太子殿下に向けてのバッシング報道が忍び込んできたのです。それは、悠仁殿下が皇位継承者というのを強調する記事も伴っていました。
週刊文春 1月31日号(1月24日発売)
・天皇「秋篠はわかっている」の衝撃  宮内庁関係者がついに漏らした「お言葉」 皇位継承問題   公務が少なすぎるとか雅子様を気遣いすぎとか
週刊女性  2月12日号(1月29日発売)
・ゆうゆう帝王学
女性セブン 2月14日号(1月31日発売)
・天皇陛下がついに言葉にされた「懸念」  公務が少なすぎるとか雅子様を気遣いすぎとか

 先のスペインご訪問憶測記事は、1月15日に週刊女性。これはご成婚20周年に向けて、針チクチクながら皇太子ご夫妻を振り返る、その流れの中に出てきたもの。ご訪問を期待する、皇太子ご夫妻よりの内容。まあ、女性誌も華やかなネタがなくて(あとは皇后陛下の求愛ハプニングとか、イノリの何とかになってしまいます)、その願望もこめてということでしょう。
 でも全体を見て感じるのは、節目20周年で皇太子ご夫妻よりの記事を書かせてはなるものかとばかりに、女性宮家が頓挫したなか、皇太子殿下の皇太子としての「鼎の軽重を問う」記事がちらちらとまじっている、それは節目20周年の論調にも影を落としているようです。そして、スペインご訪問の憶測記事も、後追い記事は週刊新潮が1月31日発売のもので書き、内容的にも20周年の流れを振り返りながら、いかに妃殿下のスペインご訪問は無理そうか、国内公務もしないのに海外はあり得ないという流れを作ろうとするものです。
 そして、この流れの中に、オランダ女王譲位、新国王戴冠式挙行のニュースが1月30日に飛び込んできたわけです。

 このあと、週刊誌は、小ネタ報道にいそしんでいく。オランダ訪問という大変美味しい話題があるのですが、不思議なくらいそれは無視して
 女性自身 2月19日号(2月5日発売)
 ・ろうあ者のための美智子皇后から紀子妃への「慈愛のリレー」
 週刊女性 2月19日号(2月5日発売)
 ・海を渡る蝶を知っている敬宮様、国連大学に行く雅子様=皇太子殿下の国連会議出席と関わって
 週刊新潮 2月14日号(2月7日発売)
 ・雅子様銀座松屋でショッピングの衝撃!  →毎度おなじみショッピングねたバッシング
 週刊文春 2月14日号(2月7日発売)
 ・小町東宮大夫と雅子妃の齟齬!  →これも毎度おなじみ。東宮大夫で真正面から否定されました
 あと、紀子様のご配慮が雅子様を動かした(女性セブン)とか、美智子様命がけのテニス(女性自身)とか、悠仁様たくましき真冬のびしょぬれ(女性セブン。ぼーっとしてるようにしか見えない写真つき)とか。やっぱり小ネタという感じですね。

そして、ついにという感じで、2月18日発売「新潮45 3月号」で山折氏が、皇太子殿下退位論をぶつのです(これについては、「皇居の落書き」で縷々西田氏が述べておられます)。これと歩調を合わせた形で、2月19日発売「女性自身」が『「雅子さまの今後」「皇室の未来」 皇太子さま 満身の極秘3者頂上会議20回』と言う記事をのせます。この頂上会議なるものは、皇太子殿下のお誕生日会見(2月23日)あたりできな臭く宮内庁記者クラブが意図的なまとめを行った「三者会議」の存在を、先行的に明かすものでした。

 結論。2月21日になってようやく訪蘭記事が出てきたのは、マスコミ全体の雰囲気として、皇太子殿下ご退位という記事を書かせようという流れがあったからではないか。その決定形として、山折氏の退位論が、皇太子殿下の誕生日会見に先立って投じられた。しかし女性セブンは華やかな妃殿下記事の彩りが欲しくて、この流れに棹さす、皇太子ご夫妻の訪蘭に向けての動きを報じてしまう(週刊女性のスペイン記事憶測と同じ)。その動きをつかんだ週刊新潮は、同じ2月21日発売号のなかに、訪蘭は無理という流れを作るべく、記事を押し込む。同じ発売日ですが、女性セブンと週刊新潮の記事の量、周辺取材の内容が全然違うのは、そのせいではないか。
 オランダ訪問は、最初からきな臭い流れのなかに、突如飛び込んできた外交日程だったようです。
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海外王室の報道にみられるマスメディアの偏向 (INDEX)
2013-04-23 00:36:33
●ranteijo様

非公開希望でコメントをいただきましたが、書かれていることに全面賛成です。
また、貴重な情報、ありがとうございました。

海外王室のニュースを報じる日本のマスメディアの偏向姿勢は、
今からでも検証の対象になりえると思います。

今週中をめどに、「海外王室の報道にみられるマスメディアの偏向」というトピ(ブログ記事)を、立てたいと思います。
このトピ(ブログ記事)が立ちましたら、コメント欄への投稿の形で、ranteijo様も検証にご参加くださいませんか。

どうぞよろしく、ご検討ください。
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auxilia様へ (INDEX)
2013-04-22 01:35:56
温かいコメントをいただき、ありがとうございます。
一部、私信かもしれない内容が含まれていましたので、非公開として、
ここでレスさせてください。

検証作業についてですが、メーリングリストではなく、このブログのコメント欄で行うのが良いと考え、
いま、実際に始まっているという認識でおります。

auxilia様は、上のほうのコメントで、このように書いてくださっています。
>美智子皇后は東宮妃だった時の訪米中、明仁皇太子が外出している時に美智子妃はホテルで休んでいるし、次の外遊では、たっぷり休憩時間を取り入れた日程にすると当時の宮内庁は言っています。

>昭和の宮内庁ができて、平成の宮内庁が出来ないはずありません。だって前例があるのですから。

>これは当時の新聞記事として残っているそうなので、こういう事実も検証として使用してみてはどうでしょうか。

このコメントも検証のヒントになりますし、「当時の新聞記事」を探して転記することができれば、
すごい検証になるものと思います。
そのような形で、ぜひコメント欄を活用して、検証作業にご協力いただければ、大変ありがたいです。

また、auxilia様が「これを検証したい」というテーマがありましたら、それをコメント欄で連絡いただければ、ブログの記事として独立して立てて、それをauxilia様を中心に皆で検証していく(コメント欄を使って)、ということもできます。

どうか、これからもご参加のほど、よろしくお願いします。
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時系列の検証その① (Dianthus)
2013-04-21 12:10:07
1月29日、
オランダ新国王戴冠式が4月末に行われることが明かされる。

(この間、秋篠宮家あげの記事=ゆうゆう帝王学とか、秋篠宮殿下と天皇陛下の極秘会談とか、と山折氏ご退位なさいませ記事が出る)

2月21日発売
■女性セブン(2013/03/07)
雅子さま-実現へ動き加速「オランダ訪問で状況は変わる」
オランダ王室と皇太子ご一家の交流の深さを説明、小町東宮大夫と雅子妃の齟齬もと言いつつ、小町氏はだからこそオランダご訪問に向けて積極的に動いている。
「少しでも良い方向に向かうのであれば、それを進めてみようという考えも深くなっているんです」(宮内庁関係者)
※この「宮内庁関係者」は、「オランダご静養では雅子妃の笑顔が良かった」「小町氏は雅子さまとの信頼関係をより強固なものにするため、懸命に動いている」といった内容の証言もしている。

■週刊新潮2月28日号
雅子さまのオランダ訪問に美智子さまの深い憂慮
雅子妃ばかり心配して、皇太子殿下は公務量が少ないという話、両陛下はご自分たちの在り方が受け継がれないのに憂慮、の流れの後
「国内の公務は控えてこられた」のに「一足飛び」に「海外御公務」は「理屈が通らない」。これまで断られてきた関係者は「おかしいと思うでしょう」(宮内庁関係幹部は嘆く)
「公務の公平性を重視されてきた天皇皇后両陛下にすれば理解しがたく、深い憂慮の念を抱かれています」


<感想>
オランダ王室と皇太子ご一家の仲の深さを思えば、皇太子殿下のオランダ訪問という話を女性誌がとりあげるまで3週間もかかるのか、という印象が強い。

女性セブンの取材源は東宮に近い「宮内庁関係者」
週刊新潮の取材源は両陛下に近い「宮内庁幹部」

うがった見方をすれば、秋篠宮あげ、ご退位なさいませ蒸し返し等の流れとも関係なく、着々とオランダご訪問に向けて東宮職が動いており、そこを取材した女性セブンが上記の記事を書き
一方その流れを好まない宮内庁幹部が、新潮に上記の記事を書かせたか。
(山折氏の再燃記事は新潮45に掲載)
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Unknown (auxilia)
2013-04-20 09:12:19
新聞記事によると、雅子さまの体調を考慮して行事に出席されない事もありえるとか。

雅子さまが闘病中なのは、オランダ王室、オランダ国民だけでなく、他国の王室も知っています。
皇太子さまが「他国の王族から、雅子の心配をして下さった」と話していますから。

雅子さまが体調不良だと難癖つけるなら、宮内庁や外務省はオランダと相談して、行事は無理でしょうが、往復の日程に余裕を入れるべきですし、それはできるはずです。

美智子皇后は東宮妃だった時の訪米中、明仁皇太子が外出している時に美智子妃はホテルで休んでいるし、次の外遊では、たっぷり休憩時間を取り入れた日程にすると当時の宮内庁は言っています。

昭和の宮内庁ができて、平成の宮内庁が出来ないはずありません。
だって前例があるのですから。

これは当時の新聞記事として残っているそうなので、こういう事実も検証として使用してみてはどうでしょうか。
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小町さんのこと (うずらちゃん)
2013-04-20 09:01:07
今回の「オランダ訪問実現」には、小町さんの手腕も大きかったと思います。
昨年だったか、小町さんと雅子さまが上手くいっていないような記事が出て、小町さんが会見の中で否定していましたね。今思えば、東宮ご夫妻の力になりそうな人を、早めに潰してしまおうという画策だったのではないでしょうか。
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Unknown (dianthus)
2013-04-20 08:56:03
まず、一つ目の検証項目ですね。

気づいたこと。

①雑誌の発売日を書いた方が。また、古い→新しい、の方がわかりやすいと思います。

2月21日(木)  週刊新潮、女性セブン
3月5日(火)   女性自身
→3月6日 皇太子殿下、ニューヨーク国連本部で演説。ウィレム蘭王太子殿下と会う。
3月28日(木)  週刊新潮
→3月29日 東宮大夫、まだ正式な招待状はないと回答(皇室ウィークリー272)
4月4日(木)   女性セブン
→4月5日  東宮大夫、週初め(4月1日ごろ?)正式な招待状が来たと回答(皇室ウィークリー273)
4月9日(火)   女性自身
→4月9日  宮内庁次官より回答をとの苦言
4月11日(木)  女性セブン、週刊新潮、週刊文春
→4月11日 宮内庁長官より回答をとの苦言
→4月18日 東宮大夫より、オランダ側に事情を説明してある、週明け正式決定と明かす
4月16日(火)  女性自身
→4月17日(水)皇太子ご夫妻オランダ訪問決定
4月18日(木)  女性セブン、週刊新潮、週刊文春

こんな感じの流れですね。



②そもそも、オランダの譲位戴冠式があるらしい、と説明があったのは?
1月29日付け、ロイター通信からかな。

オランダ女王が皇太子に譲位、約1世紀ぶり国王誕生へ
2013年 01月 29日 09:20 JST
[アムステルダム 28日 ロイター] オランダのベアトリックス女王は28日、国民向けテレビ演説を行い、4月30日に退位し、王位をウィレム・アレクサンダー皇太子(45)に譲渡すると表明した。国王の誕生は約1世紀ぶり。
→国王の誕生、を強調するところがイヤな感じですが。

ここから、「誰がオランダへ?」になったわけですが、雑誌で観測気球が出るのは、ちょいと遅いですね。


雑誌や会見で「明かす」「報じる」こと自体が意味がある上に、そこで遡ってどう説明しているかも検証しないと、ですが。
でも、いつから喧しくなってきたか、駆け引きが何となく見えてきそうですね。

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