皇居の落書き

東宮家を応援するということを基本的なスタンスとしていますが、東宮派ではありません。

保阪氏と岩井氏の耄碌対談

2012-05-29 00:58:12 | 保阪正康氏批判
「週刊現代」平成24年6月9日号に,「天皇の苦悩−皇太子に後を任す不安について」と題する保阪正康氏と岩井克己氏の対談記事がある。

一読して,読まなければ良かったと,後悔させられた。
困った記事である。

先日行われた英国エリザベス女王の御即位60周年記念行事に,天皇皇后両陛下がご出席されたことは,筆者としても,すばらしかったと思っていたのである。

若干,テレビの報道で,当時19歳であった今上陛下の英国御訪問時の映像が紹介されると,今上陛下は,若いときにそういう機会を与えられていたのだな,皇太子殿下にも,そういう機会をお与えいただいても,いいのではないかな,と思うことはあった。

ただ,エリザベス女王との関係ということを考えると,今回は,天皇皇后両陛下での御訪問も実に感慨深いものがあるのだから,皇太子殿下については,またの機会ということでもいいのかなと,思い直し,あまり妙な方向には考えないようにしていたのである。

しかし,今回の「週刊現代」の記事で,まず,保阪氏は,以下のように述べる。
----引用開始----
'53年に,当時19歳の皇太子だった陛下がエリザベス女王の戴冠式のためにイギリスを訪問し,これから新しい日英関係を築いていきましょうと誓い合った。陛下にしてみえば,この大役が人生の大きなステップアップになったようですね。
----引用終了----

筆者としても同感であり,そうであればこそ,皇太子殿下にも,そういう大役の機会が,もう少しあればと思うのである。
しかしながら,そうはならない。

岩井氏は,以下のようにコメントしている。
----引用開始----
その通りだと思います。陛下にとって,エリザベス女王は君主として,そして一人の人間としてお互いの気持ちを最も理解しあえる仲。その女王に祝福の言葉を述べ,英国民に震災時の援助への謝意を表す。それを自分がやらずに誰がやるんだと。これだけは息子に代行させるわけにはいかない。手術を受けてでも,絶対に自分が行くんだという強い覚悟で臨まれたんでしょう。
----引用終了----

エリザベス女王との関係も考慮すると,天皇陛下の御訪問はすばらしかったと思うのであるが,岩井氏のコメントにあるような「これだけは息子に代行させるわけにはいかない。」というのは,どういうことなのであろうか。
どうも,お年寄りの意地のような印象があるのである。

この「週刊現代」の記事の冒頭で,岩井氏は,今回の英国御訪問に関する以下のエピソードを紹介している。
----引用開始----
石原慎太郎都知事がある式典で陛下と会った時,ご体調のこともあるし,皇太子殿下に名代で出席してもらってはいかがですかとお話ししたらしい。すると陛下は帰り際に石原さんに近づいてこられて,「やはり私が行きます」とおっしゃったそうなんです。
----引用終了----

この石原知事のように,あまり深く考えずに,息子さんに代わってもらってはどうですかと言う人が多いのかもしれない。
そのように言われるような機会が増えているのかもしれない。
そして,そういうことを言われたときのお年寄りの受け取り方として,まだまだ自分は現役なんだと訴えたいということにもなっているのかもしれない。
おそらくは,それ故のことなのであろう。

「それを自分がやらずに誰がやるんだと。これだけは息子に代行させるわけにはいかない。手術を受けてでも,絶対に自分が行くんだという強い覚悟」というのは,どうも,責任感ということのほかに,お年寄りの意固地というものが,多分に含まれているのではないか。

そうなってくると,皇太子殿下におかれて,天皇陛下の役割を奪い取ってやろうというような野心でもない限り(そういう「深謀遠慮」をめぐらすような方でない限り),一見控えめな感じとなるのもごく当然なことであり,それは親思い故ということなのではないのだろうか。

しかし,それに対して,岩井氏は,次のように述べる。
----引用開始----
自分の後を継ぐ皇太子に,何もかも安心して任せられるかといったら,正直,ご心配だと思います。まず,皇太子さまが何を考えておられるのか,いまひとつ分からないという問題がある。
----引用終了----

自分の後継者に安心して任せたいという確信を得たいのであれば,ある程度早い段階で,大きな役割の機会を後継者にどんどん与えてみればいい。
しかし,そうはならないわけである。
それは,今回の英国御訪問に限る話ではない。
天皇陛下の御負担軽減ということが問題視されてもう何年にもなるが,それがなかなか進展しないのは,まだまだ譲りたくないという御意向が強いからなのであろう。

そうしておきながら,「自分の後を継ぐ皇太子に,何もかも安心して任せられるかといったら,正直,ご心配だと思います。」というのは,それは皇太子殿下が悪いというよりも,別なところに問題があるという話なのではないのだろうか。

天皇陛下のスタイルの話について,岩井氏と保阪氏の以下のやりとりがある。
----引用開始----
岩井
昭和天皇は災害時にすぐ現地入りすることはせず,状況報告も原則,侍従を通して関係省庁から求められました。一方,今の陛下は積極的に被災地に行き,大臣や次官,場合によっては局長クラスまで呼んで直接話を聞かれる。

保阪
放射能被害を心配されて,役人ばかりでなく放射能の研究者をはじめ,いろいろな専門家も呼ばれていましたね。

岩井
そういうふうに,陛下は何事も個別に直接なさろうとします。

保阪
ただ,これは天皇の個人的なスタイルであって,皇室のあり方として確立したものではありません。

岩井
将来,皇太子がそれをどう受け継ぐか。あるいはまったく別の,ご自分のスタイルを持たれるのでしょうか。
----引用終了----

このやり取りを見て思うのは,天皇陛下のスタイルは確かにすばらしいとは思うのであるが,改めて,それは絶対的なものではないと思うし(この点は,岩井氏も保阪氏も同様の理解のようである),また,天皇の在り方というものについて,長く世襲により引き継がれることとなる象徴天皇制という観点で考えて見たとき,このスタイルというのは,非常に消費的度合いの高いものであるようにも感じられるのである。

天皇陛下の歩みは,戦後の日本社会の発展とともにあり,より民主的に,より開かれ,より国民に近く,よりリベラルに,という流れであったのではないかと思う。
この流れというものは,時代状況の変化の必然でもあり,意義深いものでもあったと思うのであるが,ある意味では,それまでの時代,先代の歴史までに蓄えられた巨大な権威の取り崩しという側面があったのではないか。

取り崩すことによって,その意義が発揮される。
それができる間はいいであろう。
しかし,貪欲に次々と手を伸ばしてしまい,取り崩しの余地があまりなくなってしまったら,どうなってしまうのであろうか。
取り崩した当事者は,新しい在り方の開拓者としての名誉を手にするとしても,後の世代の方々は,どうなるのだろう。

数年前に,那須御用邸の敷地の約半分が環境省に移管(皇室用財産ではなくなる)という大サービスがあったけれども,そんなことを代々やっていたら,あっという間に何もなくなってしまうであろう。

岩井氏は,「将来,皇太子がそれをどう受け継ぐか。あるいはまったく別の,ご自分のスタイルを持たれるのでしょうか。」などと言っているが,天皇陛下の歩みが日本社会の戦後の発展という上り坂と共にあったのに対し,皇太子殿下の場合には長い下り坂でのこととなるので,そういう中で,君主制を維持するというのは,何倍も難しいのではないかと思うのである。
そういう時にこそ,取り崩すことのできる資産の蓄えがあればよいのであるが,それはもうかなり,手をつけられてしまっているのである。

さて,今回の「週刊現代」の記事は,皇位継承問題にも言及されているが,これが何とも中途半端である。
以下のやり取りがある。
----引用開始----
保阪
とりあえず,秋篠宮家に悠仁親王がお生まれになって,これからの30年くらいは余裕ができましたが。

岩井
ひと安心になったことには違いない。ですが反面,皇位継承問題がかえって複雑化するという問題が起きてしまった。

保阪
そうですね。愛子内親王しかいなかった時は,単純に女性・女系天皇を認めるか認めないかという二択の議論でした。ところが,悠仁親王がお生まれになったことで,男性優先で女性も認めるか,旧皇族の皇籍復帰を認めるか,あるいは女性宮家の創設で乗り切るかなど,議論の余地がかなり広がった。

岩井
いくつもの選択肢があり,それぞれ一長一短で,一筋縄ではまとまらず,難しくなっているというのが現状ですね。
----引用終了----

岩井氏より,悠仁親王殿下の御誕生によって,「皇位継承問題がかえって複雑化するという問題が起きてしまった」という認識が示されているのであるが,そうであれば,そういう時期に懐妊という作為をされた方々が何を考えていたのか,どういうつもりであったのか,ということを問題視してもいいと思うのであるが,それは全くないのである。

この後,この記事を実際に読んだ方はおそらく実感されただろうと思うのであるが,保阪氏が男系維持派に対し「ある種の不気味さが感じられる」として批判を述べるのであるが,岩井氏により「逆に私は,女系天皇でもいいじゃないか,今の時代は男女平等で当たり前だと叫ぶ人には,男系天皇で続いた歴史をどう考えているのか,そうまでして世襲君主制を守る意味をどう考えるのかと問いたくなりますね。」と言い返されて,保阪氏は「同感ですね」などと述べてあっさり引き下がり,「さて,先のことはともかくとして」と話を切り替えてしまうのである。

何という情けなさであろうか。

それにしても,話の切り替えとして,天皇陛下と皇太子殿下のコミュニケーションという方向にもっていき,岩井氏とそろって,皇太子殿下は駄目だというようなことを述べるのであるが,保阪氏の以下のコメントは,これまた問題のあるものである。
----引用開始----
一方で,秋篠宮家は,両陛下との繋がりを一層深めていらっしゃいますね。陛下も,今後の皇室についてお話しになる時は,「次代を担う皇太子と,秋篠宮に」という言い方をなさっているんです。普通であれば,「皇太子に」と言うはずなんですが。
----引用終了----

おやっと思われた方もいるのではないか。
上記で,天皇陛下の御発言が示されているのであるが,平成21年11月6日における天皇陛下ご即位二十年に際しての記者会見において,天皇陛下は以下のように述べておられるのである。
----引用開始----
天皇陛下
皇位の継承という点で,皇室の現状については,質問のとおりだと思います。皇位継承の制度にかかわることについては,国会の論議にゆだねるべきであると思いますが,将来の皇室の在り方については,皇太子とそれを支える秋篠宮の考えが尊重されることが重要と思います。二人は長年私と共に過ごしており,私を支えてくれました。天皇の在り方についても十分考えを深めてきていることと期待しています。
----引用終了----

「皇太子とそれを支える秋篠宮」とあるのである。

保阪氏のいうように,「次代を担う皇太子と,秋篠宮に」という並列的な表現であれば,「普通であれば,「皇太子に」と言うはずなんですが」ということにもなるであろう。

しかし,天皇陛下の御発言は,「皇太子とそれを支える秋篠宮」となっており,そこにはきちんと皇太子殿下と秋篠宮殿下の序列が示されているのである。

ただ,以前,「秋篠宮が天皇になる日」などという記事を書いた保阪氏のような人間からすれば,「それを支える」という文言は,絶対に認めたくはないし,無かったことにしたいのであろう。
そして,その願望があまりにも強いが故に,保阪氏の頭の中では「それを支える」が抜け落ちることとなってしまい,「普通であれば,「皇太子に」と言うはずなんですが。」などという間抜けな発言をすることとなってしまったのであろう。

それを指摘できない岩井氏も,同じ穴の狢であろうか。

今回の「週刊現代」の記事の後半に「大きくなる秋篠宮家の存在」という文字が太字で掲げられている。
しかし,そのような実態というものは,本当にあるのであろうか。
どのような人々の集まり,集団において,通用している話なのであろうか。
かなり偏った少数の人たちの間でのことではないのだろうか。
もう何年も前から,AERAなど朝日系の雑誌で,「大きくなる」「大きくなる」と言われ続けているが,本当だろうか。
たまに物議を醸すような言動があって注目されるというぐらいであり,存在感そのものは,大して変わっていないのではないか。

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