皇居の落書き

ここに書いてあることを,検証することなく信じてはいけません。

西尾幹二氏と加地伸行氏の対談記事

2016-04-26 23:33:32 | 皇室の話(2)
「WiLL」という雑誌の平成28年6月号に,「崖っぷちの皇位継承「御忠言」から八年 いま再び皇太子さまに諫言申し上げます」と題する記事が掲載されている。

なるほど,8年ぶりとなるか。
かつて,筆者は,メディア上に皇太子同妃両殿下に対するバッシング記事が氾濫する中,何とか両殿下をお守りしたいというような情熱にかられ,このブログでもいろいろな記事を書いてきた。

今では,そういう役割は,誰か別の方がなさればいいのではないかと思いつつあるのであるが,久しぶりの御忠言という文言を目にして,ついつい読んでしまった。

内容は,西尾幹二氏と加地伸行氏の対談なのであるが,やはり,いくつか指摘しておくべき事項がある。

冒頭に,以下の記載がある。
----引用開始----
―雅子妃について相変わらず深刻な情報が相次いでいます。ご公務欠席の多い状況を心配する皇后陛下が昨年末の天皇誕生日の夜,宮中での食事の後に雅子妃を別室に呼び込まれる形で,「本当の病と,自分が病気と思っているものは違う」「小和田家と皇室というのは文化が違う」ということをお説きになったといいます。(『週刊文春』平成二十八年一月二十一日号)。ここからは皇后陛下のなみなみならぬご覚悟がみてとれます。この記事について宮内庁は抗議したそうですが,スクープ続きの有力週刊誌の記事だけに「ウソ」と断じることもできないでしょう。メディアが週刊誌以外にまともに取り上げないくせに,週刊誌の記事だからいい加減だと頭から決めかかるのは大間違いです。
----引用終了----

この文章は,対談を企画した「WiLL」の担当者によるもののようであるが,何も知らない者が読めば,あまり違和感を感じることはないのかもしれない。
「週刊誌の記事だからいい加減だと頭から決めかかるのは大間違いです。」というのも,雑誌メディアによる一般的な主張としては,分からないでもない。

ただ,上記における週刊文春記事の問題については,かなり特別な事案だということに留意するべきである。
上記の記事中でも,宮内庁の抗議について一応触れられているが,改めて,その内容をよく読んでみるべきである。

「週刊文春」(平成28年1月21日号)の記事について(1)
「週刊文春」(平成28年1月21日号)の記事について(2)
抗議が二段階で行われているわけであるが,筆者が驚いたのは,上記(2)の中に,以下の記載があったことである。

----引用開始----
1月14日の朝刊で,「12月23日天皇誕生日の夜に「お呼び出し」 美智子さまが雅子さまを叱った! 宮中重大スクープ「東宮と共に人々の前に姿を見せるのが最善の道です。小和田家とは文化が違うのですから」(美智子さま)「心に刻みつけるようにいたします」(雅子さま)」という週刊文春の大きな広告をご覧になった天皇陛下は,侍従長に対し,このような広告は一つ一つ気に留めることはないが,自分の誕生日のこととされ,自分にはあり得ないこととしか思えないが,何があったのかとご下問になりました。とりまとめご説明したところ,非常に驚かれ,皇太子同妃両殿下,秋篠宮同妃両殿下,黒田様ご夫妻を招かれた当夜,お祝御膳に引き続くお居間でのご団らんの間,皇后陛下は終始ご自身と一緒におられたので,皇后陛下と皇太子妃殿下がお食事が終わった後に別室に移られて話をされたというような状況は全く起こり得ないことであり,そのことは当夜同席した全員が承知のはずだと仰せになりました。
----引用終了----

もはや単なる役所の抗議という次元ではなく,天皇陛下が「全く起こり得ないことであり,そのことは当夜同席した全員が承知のはずだと仰せ」になっておられるのである。
それでなお,「「ウソ」と断じることもできないでしょう」とは,いったい,どういう了見なのであろうか。

この「WiLL」の記事は,皇太子殿下への諫言という体裁であるが,天皇陛下が明確に否定しておられることをさらっと無視しておいて,尊皇派を装うような諫言というものは,全くめちゃくちゃな話なのではないだろうか。

さて,西尾氏については以前度々取り上げ,加地氏についても一度だけ取り上げたことがあったが,今回の記事を読んで,加地氏というのは,いったいどういう人物なのだろうかと,非常に不思議な気持ちになった。

加地氏の最初の発言は,以下のような内容なのである。
----引用開始----
西尾さんが最初に皇太子ご夫妻について「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」を『WiLL』(平成二十年五月号)で発表してから,適応障害とされる雅子妃の状況を含め,皇室の様子は八年経っても努力の跡が見えませんね。
前出の『週刊文春』(四月十四日号)でも報じられていましたが,四月三日の神武天皇没後二六〇〇年関連の行事が象徴的でした。天皇皇后両陛下は奈良県橿原市の神武天皇陵に随行された秋篠宮ご夫妻とともに参拝されていましたが,皇太子ご夫妻は皇居の皇霊殿に参拝したにとどまりました。関西の新聞では,陛下や秋篠宮殿下が大きく扱われた隅に,皇太子ご夫妻の記事が添えられているという状況でした。
----引用終了----

自ら進んで神武天皇の式年祭に言及しているので,あたかも皇室祭祀の専門家であるかのように思われるかもしれないが,上記発言を見る限り,加地氏は皇室祭祀については全くの素人と断じざるを得ない。
このブログのリンク先に「中野文庫」というサイトがあり,そこにかつての皇室祭祀令も掲載されているのであるが,その中に,以下のような条文がある。

皇室祭祀令
第十八条 神武天皇及先帝ノ式年祭ハ陵所及皇霊殿ニ於テ之ヲ行フ但シ皇霊殿ニ於ケル祭典ハ掌典長之ヲ行フ

要するに,神武天皇の式年祭は,奈良県にある神武天皇陵と皇居の中の皇霊殿との二箇所で行われるのであって,皇太子同妃両殿下として,本来奈良県まで行くべきところそれができないから皇霊殿で済ませたというような話ではないのだ。

二箇所で行われるため,まず,天皇皇后両陛下は神武天皇陵に行かれることとなる。
それでは皇霊殿はどうなるかといえば,皇族の中の相応しい方が天皇皇后両陛下の代わりに御拝礼をされるということになる。
*皇室祭祀令の条文では「皇霊殿ニ於ケル祭典ハ掌典長之ヲ行フ」とあるが,これは皇族の中に天皇皇后両陛下の代わりを務める者が不在の場合の規定なのだろう。
 式年祭は,先祖への孝を尽くすという趣旨なのだから,子孫である皇族として相応しい方がおられれば,その方が代わりを務める方がよいと考えられるからである。

この辺りについては,さすがというべきか,神道政治連盟が頒布普及活動を行っている「皇室 Our Imperial Family」平成28年春号において,以下の説明がなされている。
----引用開始----
前回の神武天皇二千五百年式年祭が行われたのは,今から100年前の大正5年。宮内庁によると,天皇・皇后両陛下は大正天皇,貞明皇后の先例にならって,奈良の神武天皇陵(畝傍山東北陵)に赴かれ両陛下でのご拝礼を望まれたという。なお,秋篠宮・同妃両殿下も式年祭に同行された。これは前回は東伏見宮依仁親王が果たされた供奉(同行役)にならったものである。
(略)
通常,式年祭は「山陵の儀」だけではなく,皇居内の宮中三殿のひとつで歴代天皇と皇族を祀る皇霊殿でも「皇霊殿の儀」が行われる。皇霊殿では,両陛下のご名代として皇太子・同妃両殿下がご拝礼された。
(略)
このことは,前回の神武天皇二千五百式年祭で,皇霊殿では伏見宮貞愛親王,東伏見宮依仁親王妃が務められたことにならったものという。
----引用終了----

すなわち,先日の皇太子同妃両殿下の皇霊殿での御拝礼は,天皇皇后両陛下の「御名代」としてのお立場でのものである。
「御名代」なのだから,もちろん,奈良県に供奉された秋篠宮同妃両殿下よりも重要なお役目を果たされたということになる。
そして,「御名代」を務めるのに,皇太子同妃両殿下と秋篠宮同妃両殿下のどちらが相応しいかとなれば,当然,皇太子同妃両殿下となる。

上記「皇室 Our Imperial Family」に記されている伏見宮貞愛親王と東伏見宮依仁親王のお立場を比べてみても,明らかに貞愛親王の方が格上である。
貞愛親王は伏見宮の系統の中で本家の当主に当たる存在であり,皇位継承順位も上位であった。
*なお,当時の皇太子である昭和天皇は,まだ満14歳であった。

諄くなるかもしれないが,神武天皇の式年祭において,皇霊殿での御拝礼がどれだけ重視されていたかは,宮内省省報の記録を読むとよく分かる。
とても大きな規模で執り行われていたのである。

※宮内省省報(現在,復刻版が刊行されている。)における記載
----引用開始----
○神武天皇二千五百年御式年祭 四月三日 神武天皇二千五百年御式年祭ニ付キ同日午前九時三十分 皇霊殿ニ於テ御祭典ヲ行ハセラレ 天皇陛下御名代貞愛親王殿下御拝礼 次ニ 皇后陛下御名代依仁親王妃周子殿下御拝礼次ニ載仁親王邦彦王同妃守正王同妃稔彦王各殿下御拝礼次ニ大勲位以下勅任待遇ニ至ル二百三十人拝礼訖テ東游ヲ行ハセラレ午十二時ヨリ午後一時マテ伯爵以下門跡寺院住職ニ至ル千二百二十人同一時ヨリ二時マテ判任官同待遇九百九十七人参拝シ同五時三十分御神楽ノ儀ヲ行ハセラレ同十一時五十五分御神楽終リタリ又同日午前九時山陵ニ於テ御祭典ヲ行ハセラレ 天皇陛下御拝礼御告文ヲ奉セラレ次ニ 皇后陛下御拝礼アラセラレ次ニ大勲位総代以下各官庁奏任官総代ニ至ル五十人及当日畝傍ニ在リタル高等官一等同二等九人拝礼シ午後一時ヨリ三時マテ奏任官以下門跡寺院住職ニ至ル三十七人参拝セリ
----引用終了----

以上を踏まえれば,加地氏の「天皇皇后両陛下は奈良県橿原市の神武天皇陵に随行された秋篠宮ご夫妻とともに参拝されていましたが,皇太子ご夫妻は皇居の皇霊殿に参拝したにとどまりました。」という発言は,あまりに無知で恥ずかしいものということになろう。

今回のWiLLの記事で,加地氏は「雅子妃は外にお出ましになるのではなくて,皇居で一心に祭祀をなさっていていただきたい。」とも言っているが,同氏にそのようなことを言う資格はないのではないか。

しばしば,保守派の言論人が祭祀の重要性を口にするが,こういう記事を見ると,本当に理解した上で言っているのか,非常な疑問が湧いてくる。

加地氏は,以下のようなことも述べているが,少し調べれば分かるような事柄の検証もしないでよく言ったものである。
----引用開始----
これまでは「国民が皇室に無関心になることを恐れる」という問題が論じられていましたが,今はそれを超えて,内心では,国民は皇室を軽蔑しているのではないでしょうか。タレントの噂話と同じレベルで皇室の話をしている感じがあります。
----引用終了----



記事全体の感想として,西尾氏や加地氏のような人たちがどういう考えを抱くのかということはよく分かり,それが何も知らない人たちにある程度の影響を及ぼしたり,共感を得たりすることも理解できるところはある。
ただ,それは,無知やいい加減な情報に基づく皇室像から展開されたものということなのではないか。
諫言というのも確かに重要だとは思うのであるが,もっと真剣に,真摯になされるのでなければ意味がない。
(念のためですが,特に皇太子同妃両殿下に対しての諫言が必要だという趣旨ではありません。)

筆者はかつて,象徴天皇制は素晴らしいものであるという立場にあり,その前提で多くの記事も書いてきたのであるが,こういう記事を目の当たりにすると,あまり無邪気に素晴らしいとも言えなくなってきた。
諫言という名目での好き放題のこき下ろしにさらされるのである。
罪深い制度というのが,今の思いである。
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