宮内庁のホームページについて、「フェアではない」という声があります。
「秋篠宮家のほうが多くの公務をしている」ように見せかける記載の仕方をしている、
というものです。
「皇室の構成図」というページでは、天皇皇后と皇族方の写真を掲載していますが、
秋篠宮家だけが「修正が疑われるほど映りの良い写真」が使われている、
という指摘もあります。
ほかにも、さまざまな「フェアではない」編集がなされている可能性があります。
宮内庁ホームページは、秋篠宮家の関係者が受注して作成している、という噂もあります。
これらの指摘や噂が本当なのか否か、検証していきたいと思います。
このテーマについて思うところがある方、調べたい方、情報をお持ちの方、
コメント欄に投稿する形で、検証にご参加ください。
何気ない一言がヒントになったりしますので、ちょっと一言、という方も、
コメントをお寄せください。
「秋篠宮家のほうが多くの公務をしている」ように見せかける記載の仕方をしている、
というものです。
「皇室の構成図」というページでは、天皇皇后と皇族方の写真を掲載していますが、
秋篠宮家だけが「修正が疑われるほど映りの良い写真」が使われている、
という指摘もあります。
ほかにも、さまざまな「フェアではない」編集がなされている可能性があります。
宮内庁ホームページは、秋篠宮家の関係者が受注して作成している、という噂もあります。
これらの指摘や噂が本当なのか否か、検証していきたいと思います。
このテーマについて思うところがある方、調べたい方、情報をお持ちの方、
コメント欄に投稿する形で、検証にご参加ください。
何気ない一言がヒントになったりしますので、ちょっと一言、という方も、
コメントをお寄せください。
皆さんよくご存じでしょうから、宮内庁ホームページのURLは貼りません。
宮内庁の「ご日程」のところに、「天皇皇后両陛下」「皇太子同妃両殿下」に並べて、筆頭宮家に過ぎない秋篠宮同妃両殿下の項目が立てられていること自体が、まず驚きです。
平成16(2004)年7月からです。つまり、皇太子妃殿下が療養に入られ、「秋篠宮殿下に第三子を」発言が明らかになり、秋篠宮殿下が誕生日会見で、皇太子殿下の姿勢や、妃殿下が病に倒れられたことを暗に批判したころから、にわかにこのお二人の日程がシルされるようになります。
ちなみに、天皇皇后両陛下については、平成元年からご日程が載っています。
皇太子同妃両殿下は平成14(2002)年正月からです。これもおかしなことと思います。皇太子殿下は平成元年から皇太子になられたわけですし、ご成婚も平成5(1993)年6月のことです。
穿った見方をすれば、敬宮愛子内親王殿下ご誕生までの、多忙を極めた御公務の姿と苦難のみちのりを、人々に知られたくないからなのではないかと思われます。このため、意図的に途中から記載しているのではないでしょうか。
また逆に、秋篠宮同妃両殿下のご日程が変則的な時期から始まっているのは、まさにこの頃からご日程が把握され始めたからなのではないでしょうか。つまり、それ以前の詳細な記録がない。
ほかの宮家の方々のご活躍は、節目節目のものはホームページに載るものの、ご日程として全体が把握されていません。宮家の方々のご活躍というのは、そういう位置づけなのだと思われます。
それが、にわかに秋篠宮殿下に光をあてようと宮内庁が考えた。
変則的なご日程の取り上げ方からは、そうした意図が感じられます。
なお、呼び名について。
宮内庁ホームページは、秋篠宮同妃両殿下のご日程の見出しを「文仁親王同妃両殿下(秋篠宮)」とはせず、単に「文仁親王同妃両殿下」として、「天皇皇后両陛下」「皇太子同妃両殿下」と並べています。
この辺りも、単なる宮家ではない、と人々に錯覚させたいという意図が感じられます。
平成25年4月1日(月)
天皇皇后両陛下 拝謁(人事異動者)(御所)
皇太子同妃両殿下 ご会釈(人事異動者)(東宮御所)
文仁親王同妃両殿下 宮内庁及び皇宮警察本部人事異動者ご会釈(宮邸)
平成25年4月3日(水)
天皇陛下 神武天皇祭皇霊殿の儀(皇霊殿)
天皇陛下 皇霊殿御神楽の儀(皇霊殿)
皇太子殿下 神武天皇祭皇霊殿の儀(皇霊殿)
皇太子殿下 皇霊殿御神楽の儀(皇霊殿)
文仁親王同妃両殿下 神武天皇祭皇霊殿の儀ご参列(皇霊殿)
平成25年4月5日(金)
天皇皇后両陛下 拝謁(人事異動者)(御所)
皇太子同妃両殿下 ご会釈(人事異動者)(東宮御所)
文仁親王同妃両殿下 皇宮警察本部人事異動者ご会釈(宮邸)
平成25年4月8日(月)
天皇皇后両陛下 ご会見・午餐(メキシコ大統領閣下及び同令夫人「公式実務訪問」 )(宮殿)
皇太子殿下 午餐(メキシコ大統領閣下及び同令夫人)ご陪席(宮殿)
文仁親王同妃両殿下 宮中午餐(メキシコ大統領閣下及び同令夫人「公式実務訪問賓客」)ご陪席(宮殿)
<考察>
※同じ人事異動に関する行事(4月1日、4月5日)を比べると、秋篠宮殿下の分だけ長いです。
これは、天皇皇后両陛下は「拝謁」、皇太子同妃両殿下は「ご会釈」という一つの行事名として確立した行為であり、ゆえにそうした書式が決まっているのに対して、宮家にはそういうものが存在しないからではないでしょうか。
ゆえに、「○○氏にご会釈」という一つの文を省略した形で記載するしかなく、上記のような記載となる。
文そのものでなく省略形を使うのは、その方が簡潔で立派に見えるからでもあり、また皇太子同妃両殿下の行事である「ご会釈」と混同させる(同じような行為だと誤認させる)ためではないでしょうか。
※また、宮中祭祀において、秋篠宮殿下のみ「○○の儀ご参列」とあるのも、「○○の儀」を執り行う当事者(祭祀者)でなく、あくまでそこに参列する側に過ぎないからでしょう。
また、神楽殿での行事は、宮家は参列すら許されていません。
※4月8日、天皇皇后両陛下が「ご会見・午餐」の主体で、皇太子殿下は午餐のみご陪席となっています。天皇皇后両陛下に「公式実務訪問」の付記があるのは、「ご会見」の中味と関わるからでしょう。
秋篠宮殿下だと「宮中午餐」となるのも、宮家には「午餐」という公式行事がないからと思われます。
秋篠宮殿下の場合、単に宮中の午餐に陪席しただけなのに、両陛下と同様に「公式実務訪問」と付記があるのは重々しく見せるでしょう。
なお、写真には、両陛下や大統領夫妻から遠い席に座っていたためか、秋篠宮同妃両殿下の姿は写っていません。
同じ陪席でも、「午餐・陪席」の皇太子殿下と、「宮中午餐・陪席」の秋篠宮同妃両殿下では、その重みが違う、位置づけがちがうことがわかります。
(主賓の近くに座っておもてなしに及ぶことはない)
※なお、大使等の赴任に際して
平成25年4月4日(木)
天皇陛下 拝謁(赴任大使)(御所)
天皇皇后両陛下 ご接見(赴任大使夫妻(ベネズエラ,カナダ兼国際民間航空機日本政府代表部,ウルグアイ)(カナダ兼国際民間航空機日本代表部大使からは併せて前任地のエジプトからの帰国報告をご聴取))(御所)
平成25年4月12日(金)
皇太子殿下 ご接見(赴任大使(ベネズエラ,カナダ兼国際民間航空機関日本政府代表部,ウルグアイ))(東宮御所)
という記載があります。
思うにこれらは、赴任大使についての、確立した一連行事なのではないでしょうか。
「拝謁」…天皇陛下お一人にお目にかかる。
「ご接見」…天皇皇后両陛下にお目にかかる。
「ご接見」…皇太子同妃両殿下におめにかかる。
この表記と扱いを考えると、本来「拝謁」というのが公式行事としてあり、そこに「ご接見」が恒例行事として定着していったものではないか。
また、ご高齢の天皇陛下の御公務のご負担を考えた場合、「拝謁」「ご接見」の二段階を踏むのは、二度手間になり、おいたわしいなと感じます。
それから、本来御公務というのは、やはり天皇陛下お一人でなさるものだったのかとも思えます。
そして、秋篠宮殿下は宮家なので大使の赴任に関わる公式行事は存在していません。
※全体として、天皇皇后両陛下がひとと会う時は「ご会見、ご引見、拝謁、ご接見」という、四種類の行事に分類されるようです。
「ご会見、ご引見」は海外からの人、「拝謁、ご接見」は日本人と会う場合で、大使赴任の場合は「拝謁」は天皇陛下のみの公式行事、「ご接見」は皇后陛下も加わっての行事。
また皇太子同妃両殿下の場合は、海外国内区別なく、人と会う場合は「ご接見」となっています。
秋篠宮殿下には、そうした個別の行事名がないので、「○○ご進講」「○○ご説明」という形で記載されているようです。
平成25年4月からの事例は少なかったので、平成25年1月からのものも含めると、以下のような法則が見て取れました。
1. 天皇皇后両陛下の場合
海外からの要人の場合は「ご会見(○○)」「ご引見(○○)」と記す。ご会見は首相クラス以上か。
国内の人物の場合は「拝謁(○○)」「ご接見(○○)」と記す。「拝謁」は赴任大使の場合は天皇陛下単独で望む公式行事である。その他、宮内庁の職員、講書始や歌会始関係者と会うときは「拝謁」で天皇皇后両陛下お二人で望む。
2. 皇太子同妃両殿下の場合
海外国内立場を問わず、「ご接見(○○)」と記す。
3. 秋篠宮同妃両殿下の場合
「○○○ご引見」「○○○ご接見」と記す。これらは、天皇皇太子の場合と違い、一つの公式行事名ではなく、「○○○に引見した」という文を省略した形式と推察される。
(つまり、公式行事としての定型をもっていない)
天皇皇后両陛下の書式を真似て、海外からは「ご引見」国内は「ご接見」としている?しかしそうでない場合もあり、要は書式が確立しておらず、恣意的に見える。
※全体として、赴任大使は、天皇陛下に「拝謁」のあと、天皇皇后両陛下の「ご接見」がある。その後、日にちを変えて皇太子同妃両殿下の「ご接見」がある。これは、赴任大使全員に行われるもので、定式化した一連の行事。
一方、秋篠宮殿下にも赴任大使が「ご接見」というものがあるが、書き方から見ても、また全員ではなくごく一部に過ぎないことからみても、これは定式化した行事ではないと思われる。(個人的に会った?)
具体的な事例。(外交関係にしぼる)
平成25年1月9日(水)
天皇陛下 ご引見(離任レバノン大使)(御所)
平成25年1月31日(木)
天皇陛下 拝謁(赴任大使(スロベニア,キルギス,マダガスカル,スイス兼リヒテンシュタイン))(御所)
天皇皇后両陛下 ご接見(上記赴任大使夫妻)(御所)
平成25年2月14日(木)
天皇陛下 ご引見(離任ウクライナ大使)(御所)a
平成25年2月21日(木)
天皇陛下 拝謁(赴任大使(カンボジア,ウズベキスタン,エジプト,ルワンダ,ブルキナファソ))(御所)
天皇皇后両陛下 ご接見(上記赴任大使夫妻)(御所)
平成25年2月26日(火)
天皇陛下 ご引見(スペイン上院議長)(御所)
平成25年2月27日(水)
天皇皇后両陛下 ご会見(キルギス大統領閣下及び同令夫人)(御所)
平成25年3月1日(金)
天皇陛下 ご会見(ベナン大統領閣下及び同令夫人)(御所)[皇后陛下には,ご不例によりお取りやめ]
平成25年3月14日(木)
天皇皇后両陛下 ご会見・午餐(スリランカ大統領閣下及び同令夫人「公式実務訪問」)(宮殿)
平成25年3月21日(木)
天皇陛下 ご会見(バーレーン皇太子殿下)(御所)
※この他、「お茶」(主に帰朝大使)「午餐」といった形で帰朝大使や在京大使と会う。
平成25年2月6日(水)
皇太子殿下 ご接見(離任ウクライナ大使)(東宮御所)a
皇太子同妃両殿下 ご接見(国連難民高等弁務官(UNHCR))(東宮御所)
平成25年2月7日(木)
皇太子殿下 ご接見(赴任大使(スロベニア,キルギス,マダガスカル,スイス兼リヒテンシュタイン))(東宮御所)
皇太子殿下 ご接見(国際移住機関(IOM)事務局長)(東宮御所)
平成25年2月14日(木)
皇太子殿下 ご接見(スペイン外務・協力大臣)(東宮御所)
平成25年2月22日(金)
皇太子殿下 ご接見(赴任大使(カンボジア,ルワンダ,ブルキナファソ))(東宮御所)
平成25年2月27日(水)
皇太子妃殿下 ご接見(国際連合大学学長夫妻)(東宮御所)
平成25年3月4日(月)
皇太子殿下 ご接見(国際オリンピック委員会(IOC)関係者)(東宮御所)
平成25年3月14日(木)
皇太子殿下 午餐(スリランカ大統領閣下及び同令夫人)ご陪席(宮殿)
平成25年3月15日(金)
皇太子殿下 ご接見(赴任大使(ウズベキスタン,エジプト))(東宮御所)
平成25年3月21日(木)
皇太子殿下 ご接見(バーレーン皇太子殿下)(東宮御所)
平成25年2月21日(木)
文仁親王同妃両殿下 在スロバキア日本大使ご接見(宮邸)
文仁親王同妃両殿下 在クロアチア日本大使ご接見(宮邸)
平成25年2月25日(月)
文仁親王同妃両殿下 赴任カンボジア大使夫妻ご接見(宮邸)
平成25年3月4日(月)
文仁親王同妃両殿下 帰朝カンボジア大使夫妻ご接見(宮邸)
平成25年3月5日(火)
文仁親王同妃両殿下 新任在京オランダ大使夫妻ご引見(宮邸)
平成25年3月19日(火)
文仁親王同妃両殿下 赴任ルワンダ大使夫妻ご接見(宮邸)
平成25年3月21日(木)
文仁親王同妃両殿下 離任在京ウガンダ大使ご引見(宮邸)
平成25年3月28日(木)
文仁親王殿下 サウジアラビア王族 ハーリド・ビン・スルタン・ビン・アブドルアジーズ・アール・サウード殿下とお会い(宮邸)
まあ、外国政府、あるいは王族の招待を受けての外遊ではないため、従来の御公務のカテゴリーに入らないからかもしれません。
でも、上記の書き方は、あまりに残念すぎます。
6日に国連本部に行かれたと載せるか、あるいは「おことば」の該当ページとリンクを貼るだけでも良いのに、と思います。
この書き方だと、スキーにご家族で行かれた「長野ご静養」と同じ形になってしまいます。
総じて、皇太子殿下は国外に出られた時はその感想等を必ずおことばとして述べられており、それを読むことで、皇室が、また皇太子同妃両殿下が、どのように国際親善に寄与されておられるかが、よくわかります。
同じ宮内庁ホームページ内の記事なのですし、関連するものには相互リンクを貼るべきだと思います。
なぜか、この頃は、秋篠宮殿下にも「ご接見(○○)」「ご引見(○○)」形式の書式が使われています。
天皇皇后両陛下には「拝謁(○○)」「ご接見(○○)」「ご会見(○○)」「ご引見(○○)」、皇太子同妃両殿下には、誰に会う場合でも「ご接見(○○)」
この原則は守られているのですが、秋篠宮殿下は、天皇皇后両陛下と同じ書式、使い分けが為されています。さすがに「拝謁」と「ご会見」はありませんが。
また、赴任大使との一連行事について、このころは
平成18年4月17日(月)
天皇皇后両陛下 拝謁(赴任大使夫妻(南アフリカ共和国兼ナミビア兼ボツワナ兼レソト,ロシア兼アルメニア兼トルクメニスタン兼ベラルーシ,ルーマニア,モザンビーク,スロベニア,バングラデシュ))(宮殿)
平成18年4月25日(火)
皇太子同妃両殿下 ご接見(赴任大使(南アフリカ共和国兼ナミビア兼ボツワナ兼レソト,ロシア兼アルメニア兼トルクメニスタン兼ベラルーシ,モザンビーク,スロベニア,バングラデシュ))(東宮御所)
となっており、なぜか天皇皇后両陛下で「拝謁」であって、「ご接見」はありません。
もしかすると、「赴任大使夫妻」がミソなのかもしれません。
ともかく、行事としては「拝謁」「ご接見」二段構えでなく、「拝謁」のみのほうがすっきりですね。
また、赴任大使と秋篠宮殿下が会うという公式行事はなく、「ご接見(○○)」とあっても、上記のような一連の公式行事ではないことがわかります。
個人的には、むしろ近年のくだくだしい書き方の方がまだしも格をまもっているわけで(両陛下両殿下との違いがはっきりしている)、この平成18年ごろの書き方は、僭越甚だしいと思います。
書き方の変化がいつ起こるのか、次は遡って確認してきます。
「博士(お茶ノ水女子大)」となっているようですが、紀子妃が博士号を取得したという報道は一切されていません。
同大学の研究者というふれこみではありましたが、博士課程に入ったという話は聞きませんので、課程博士のはずはありませんし、かといって論文博士の条件にもあてはまりません。
通常どの大学でも、修士以上の学位授与に際して、図書館のホームページに研究論文の題目と執筆者が掲載されます。
お茶大は3月修了者の名前はまだ掲載されていませんので、観察していく必要があります。
宮内庁ホームページを確かめましたら、おっしゃるとおり、
紀子妃の「ご学歴など」について、
>平成25年 博士(人文科学)(お茶の水女子大学)
と記載されていました。
>紀子妃が博士号を取得したという報道は一切されていない
>「課程博士」でもなく「論文博士」の条件にもあてはまらない
ということで、この学歴には大きな疑問符が付くということですね。
宮内庁ホームページの怪しさということとはまた別に、
紀子妃の学歴への疑問が浮上して参ります。
研究論文は、お茶大の3月修了者の名前はまだ掲載されていないということで、
それを待つ、ということもあろうかと思いますが、
皇室特権の濫用を感じさせる、こうした博士号の扱いには、
真面目に学問に取り組んでおられる方々には、
耐えがたいものがあるのではと思います。
うずらちゃん様、もしよろしかったら、この紀子妃のお茶大の博士号について、
検証トピックを担当していただけませんか。
OKをいただけたら、この「検証:宮内庁ホームページについて」とは別に、
新しく「検証:紀子妃のお茶大の博士号について」という項目(トピック)を立てます。
そこで、この件に関する経緯や疑問点をコメントしていってもらえればと思います。
他の参加者のコメントも期待できると思います。
どうぞ、ご検討ください。
上記のような書式があるという推定の補強になるのが、皇太子殿下の国事行為臨時代行時の書式です。
平成23年11月16日(水)
皇太子殿下 歓迎行事・ご会見(天皇皇后両陛下のご名代として)(ブータン国王陛下及び王妃陛下「国賓」)(宮殿)
皇太子殿下 宮中晩餐(天皇皇后両陛下のご名代として)(ブータン国王陛下及び王妃陛下「国賓」)(宮殿)
平成24年3月21日(水)
皇太子殿下 歓迎行事(天皇陛下のご名代として)(クウェート首長殿下「国賓」)(宮殿)
皇太子殿下 宮中晩餐(天皇陛下のご名代として)(クウェート首長殿下「国賓」)(宮殿)
平成24年4月9日(月)
皇太子殿下 天皇皇后両陛下に代わり,ご引見(ブルガリア国民議会議長及び同夫君)(東宮御所)
2, 秋篠宮殿下の「ご接見」「ご引見」の書式の変化について
秋篠宮殿下のご日程という項目が、秋篠宮殿下に第三子を、発言が明らかになった後、にわかに作られるのですが、その後の秋篠宮殿下の書式はむちゃくちゃです。皇太子殿下にも使わない「引見(○○)」も含め、「接見(○○)」のように、まるで天皇皇后両陛下と同格のようです。これは午餐の陪席も同様で
平成17年1月19日(水)
天皇皇后両陛下 ご会見・午餐(ザンビア大統領夫妻)(宮殿)
皇太子殿下 午餐(ザンビア大統領及び同令夫人)ご陪席(宮殿)
文仁親王同妃両殿下 午餐(ザンビア大統領夫妻)(宮殿)
と、天皇陛下と秋篠宮殿下が同格であるかのようなものもあったりします(途中からさすがに気づいたのか、「ご陪席」と付すようになりましたが)。ホームページ記載者のおつむのレベルが察せられます。なお、皇太子殿下の「午餐 ご陪席」は、皇太子としての公式の行事でしょう。可能な限り「午餐 ご陪席」されているようです。平成16年10月~12月の三ヶ月間に限っても、 10月21日(木)午餐(フィンランド大統領及び同夫君)ご陪席(宮殿)、 16年11月22日(月)お話・午餐(総務大臣始め)ご陪席(宮殿)、12月6日(月)午餐(アルジェリア大統領)ご陪席(宮殿)、と三回ご陪席があります。この期間秋篠宮殿下にはありませんでした。
さて、秋篠宮殿下の書式の変化ですが、平成21(2009)年正月から現在の形に急に切り替わっています。ホームページ担当者も少しは賢くなったのでしょうか。
担当する事はやぶさかではないのですが、実は私もこの件については詳しくないのです。
某巨大掲示板で、年度末に「紀子さま博士号取得」「ご夫妻で博士号をお持ちに」と騒いでいる人がいました。
私は、そんな報道は一切されていないのに何なんだろうと、あまり気にせず読み飛ばしておりました。
ところが先日のオランダ苦言の頃、再び「博士号をお持ちの秋篠宮ご夫妻が訪蘭した方が相応しい」と言う書き込みがありました。
それに対する「またバカなこと言ってるけど本当なの?」という、改まってたずねる書き込みがあったのです。
それに対して、報道は無いけど宮内庁のHPにだけ「博士号を取得された」と書いてあったのを見たという、半ば中立的な書き込みが返っていました。
それを見てHPを確認した人(私を含め)が見たのが、現在表示されている記載です。
だとすれば、当初「取得された」と記載されていたものが修正され、「取得」が消え今の曖昧な形になったようなのですが、その辺のところははっきりしません。
この「ご学歴」欄を常に観ていて、一連の動きを始めからご存知の方がいらっしゃると心強いのですが…。
ご返信ありがとうございます。
なるほど、そういう経緯だったのですね。
そういう経緯を見ておられて、「何が問題か」を承知しておられるわけですので、
ご担当いただく資格十分だと思います。
>この「ご学歴」欄を常に観ていて、一連の動きを始めからご存知の方がいらっしゃると心強いのですが…。
「検証:紀子妃の博士号取得について」というトピックを立てておけば、詳しい方が気付いて、
書いてくれるかもしれません。
それを、淡く期待しつつ待ちながら、
うずらちゃん様がこれまでに把握していること、また今後把握するだろう情報を、
コメント欄に書いていってくださればOKです。
もし、OKいただけたら、明日の夜をめどに、このテーマで新しいトピック(ブログ記事)を立てますね。
何もかも初めての試みで、検証の進め方自体、このように手探り状態ですが、
初めてなんだからうまくゆかなくて当たり前、失敗は成功の元、というようなつもりで、取り組んでみませんか。
この試みに参加していただけたら嬉しいです。
どうぞよろしくお願いします。