メディカル・ヘルスケア☆いのべーしょん

医療と健康(ヘルスケア)融合領域におけるイノベーションを考察するブログ

デジタルヘルスの未来聴講

2010-09-30 00:57:55 | ヘルスケア
日経エレクトロニクス主催の「デジタルヘルスの未来」を聴講した。
参加者数は約350人程、会場は満席で、関心の高さがうかがえた。

演目は全部で6演目あったが、何といってもハイライトは「韓国のスマートヘルスケアの現状と今後」と題した韓国におけるICT活用の事情の発表で、その内容の具体性とスピード感に圧倒され、センセーショナルで迫力があった。発表者はITジャーナリストとのことだが、博士課程の学生でもあり、その他の演者のビッグネームに比しノーマークに近かったものの(おそらく会場もそうではなかったか)、とても流暢な日本語でよどみなく説明される韓国の実情に引き込まれ、その後のセッションの市場創出のカギと題されたパネルディスカッションでも興味の対象は韓国の状況であり圧倒的な存在感を示していた。

その内容における特記事項を簡単に要約すると、、、

<スマートフォンの普及、情報化インフラの確立>
日本よりも遅れていたものの、パソコンからスマートフォンへの急速な切り替えに奏功した。98年の国家的危機を機に行政の情報化を積極的に進めていた背景がある。
スマートフォンは社会へインパクトを与え各方面に浸透している。年寄りや主婦もPCは敬遠してもスマートフォンは好適に捉えている。
住民登録票(総背番号制のようなもの?)に行政機関のどこからでもアクセスでき日本の保険証のようなものは不要。電子カルテ化などの情報化におけるメンテなども国がバックアップし普及を優先。

<強力な国家戦略>
ICTは目的ではなく手段であるものの国家戦略の中心的な役割に掲げられており、医療機器特区や盛んな美容整形に税制優遇するなど様々な施策が実施されている。
知識経済部という日本の経産省にあたる組織が様々なスマートヘルスの実証実験を行っており、そこで得られるデータを下地としてビジネスモデルにつなげていく体制をとっている。
大統領の命令といった強力なリーダーシップにより省庁の縦割り論争を排除し、トップダウンでアグレッシブに推進されている。
将来的にはEMRからEHRへとクラウド化して政府が管理することになる。


政府が強烈なイニシアティブをとり、情報化をドライブしている様子がうかがえ驚かされた。特にデジタルヘルスのような産業は、異業種の連携が必要だが、韓国の財閥系の大会社は傘下に様々な異業種を有しているため推進しやすいといった背景もあるのかもしれない。
しかしながら、ヘルスケア領域での本格的なビジネスが生まれない要因は次の言葉に集約されるように、国家的な施策が重要であり、韓国は国を挙げての取り組みとして邁進しているのだと改めて感じた。
「技術の壁よりも法規や制度、医師会の壁が大きい」
これは今回のセミナーにおいても何人かの発表者が異口同音に口にしていた言葉である。
「医療健康領域にて新規の事業や産業を、単独の機関や企業が生み出すには法規などの限界があり、行政や政府などの公的機関がトリガーをかけて、そのサポートの中で医療機関とベンダー、自治体とがアライアンスを形成するというのがよい」と演者の一人の言である。
正に韓国における国家による推進は注目すべきである。

経産省の方も2030年に向けたビジョンを発表されていたものの、総花的、概念的で漠としており、対して韓国のそれは具体的でスピード感があり、その差異に危機感さえ覚えた。

技術の進歩に伴う下位層へのシフト

2010-09-26 15:40:33 | 医療
クリステンセン著の「医療ビジネスのジレンマ」によれば、技術の進歩により専門医でなくてもユーザーが求めている診断、治療が可能となることが主張されている。このことは従来の医師の専権領域を下位の医療従事者が肩代わりする流れを創ることを意味する。たとえば、かつて医師の処方箋が必要だった薬は大量の大衆薬としてドラッグストアで入手し服用できるようになってきているように、時間を経て技術が進歩するにつれて、対象すなわち提供者や受給者が下位の階層へシフトする。

旧来の医療では医師が絶対的権限を持っていたが、現在では、コメディカルと呼ばれる各スタッフが担当領域にて自立し必要不可欠な働きをすることでそれぞれの役割を果たし医療が成立している。このような医療現場の実情を、技術進歩に伴う下位層へのシフトとみれば、これまで医師だけが持っていた医療行為上の権限はコメディカルを始めとするより下位の医療従事者に移譲、分業する流れが進むことが予測される。

米国では医療サービス提供者における階層化の概念が確立されているのに対して、日本ではようやく大衆薬によるセルフケアの意識が芽生えてきたものの、すぐに病院や専門医にかかってしまい、階層構造が出来上がっていない。日本では国民皆保険制度により安価で専門医療サービスを享受できるのに対し、米国では民間保険が主流なので、保険額により受けられるサービスの高低があるといった保険制度の違いはあるものの、ナースプラクティショナーやセルフケアなどより底辺の階層の充実を図ることが医師不足に対して効果があるものと考える。同様に医療施設についても、かつては総合病院でしか診断、治療ができなかった病気の診療方法が定型化されることによって診療所でも診断、治療が可能となり、やがては在宅でも可能となる日が来るかもしれない。

下位の階層へのシフトは医療機器ビジネスにおいても生じる。時間の経過とともに技術が向上し、ある時点で、市場の要求レベルに達すると、それまで技術レベルでトップにあった企業は、さらに上位の要求に対応する技術開発する結果、ボリュームゾーンは価格競争力のある、より下位の技術レベルの企業群に奪われ、いつしかボリュームゾーンから外れたニッチなマーケットを相手にしている状況に陥る。しかしながら技術のレベルを維持向上することを止めるわけにはいかない。
これをクリステンセンは’医療ビジネスのジレンマ’と語っている。

同様にこの概念は民生ハイテク機器にも当てはまる。
10年以上前にデジタルカメラが民生用として世に出たときはCCDの画素数は30万画素だった。それから数年は90万画素、200万画素、300万画素、、、と画素数が増えていくことによって格段に画質が改善し、画素数の多さが商品力であった。その後競争軸は、画素数から他に移り、顔認識や連写機能と様々な技術が搭載され、画素数は今やコンパクトカメラでも1000万画素を超える。 500万画素を超えるとPCのモニタ等一般的な観賞方法ではその差は判らないという。すなわち現在の競争技術レベルはマーケットにおけるボリュームゾーンのニーズをはるか上をいってしまっており、そのニーズはコスト競争力のあるより下位の台湾、中国製で十分満足しうるといった状況になっているといった具合だ。

このように書くと、非常にマイナスにとらえているようだが、悪いことばかりでない。そればかりか、医療健康領域におけるイノベーションが勃興する状況を描くことができる。

階層の中で、医療機器や診断方法の進歩によって、スクリーニングがより簡便にできるようになれば、専門医から一般医、そして看護師へ、やがては医療従事の経験者ならば簡易的な診療ができるようになると考える。また病院の処方薬から市販の大衆薬へと間口が広がるにつれて、元薬剤師が効果的な服薬法などのアドバイスする場面がでてくるかもしれない。さらに、簡便な機器を用いて、セルフで診断ライクなことが行える状況が近い将来訪れるかもしれない。
朝日新聞に掲載された神戸大学医学部の杉本氏によれば、「技術や知識を医師の領域に抱え込むのではなく、解き放って、人々が自分で病気の判断や予防ができるのが理想。たとえば一人ひとりが自分の医療データを持ち、ipad等を操作して判断できるようになれば不安は大幅に解消される」という’医療解放構想’を語っている。
当然ながら、権限のみならず医師のみが負っていた責任をも移譲するよう、同時に法の整備、改正が伴わなければ事は進まないが、いずれにしても、今後医療健康領域において下位層へのシフトは医療機器や診断方法の進歩によって加速するだろう。

出典
「医療ビジネスのジレンマ」ハーバードビジネスライブラリ クレイトンM.クリステンセン
朝日新聞2010.7.10付

巨竜の今後を憂う

2010-09-26 10:49:40 | 日記
日中関係がややこしくなっている。
中国は船長の釈放に対し、謝罪と賠償を求めてきたという。盗人猛々しいとはこのことか、と思う。重大な決断だったはずの今回の釈放という行為が、無為になってしまった。それどころか、強大な経済力と軍事力を背に圧力をかければ屈するという前例を作ってしまった。日本の防波堤が決壊してしまったと感じる。それは日本のみならず海洋権益の拡大戦略の対象のベトナムをはじめとする南シナ海の防波堤の決壊をも意味する。既に実効的な支配権を拡大させているようであり、もはや力の論理に待ったをかけることができるのは米国しかないのか。
昨今の傍若無人な振る舞いを耳にするにつけ、どうもどう見られているかの意識が低い国なのではないかと思わざるを得ない。
アジアの眠れる強大な竜が、目覚めとともに急速に経済力を増し、ネットによって作り出された世論が強硬な外交姿勢に拍車をかけ世界を呑みこもうとしている今、日本はどうプレゼンスを保っていくのか。
中国が世界の工場から世界のマーケットへ転化していく中、節度を知らない竜はいずれ資源問題や食糧問題に行き詰まる。そして急速な経済発展の陰で汚染された環境と、一人っ子政策によって歪められた人口構成によって、急速に高齢化社会を迎え、早晩医療問題が訪れると予測する。
強大な医療マーケットとなる中国において、医療機器やヘルスケア機器をどう展開していくか。液晶ディスプレイなどのハイテク機器が韓国や台湾勢の台頭に屈した事例の二の轍を踏まないように、日本に残された環境技術同様、安売りせずに世界に伍していけるようなビジネスとして成長を図る方法を模索しなければならない。

iPS細胞がパンドラの箱を開ける

2010-09-23 17:12:24 | 医療
医療革命が起こると題して、NHKスペシャルでiPS細胞を取り上げていた。

長い間科学の世界で生物学は物理学や化学と比べてわき役的存在であり、近代社会の発展は物理や化学に負ったところが多いが、エレクトロニクスが成熟を迎えている今日、生命科学はサイエンスの花形となっており、バイオメディカルや遺伝子工学は一大産業となりつつある。
ノーベル賞最有力候補と目される山中氏は、正にエポックメイキングな発見をし、今や世界が注目する日本の科学界のエースである。ところがテレビでみる氏は、目をつぶり慎重に言葉を選びながら驚くほど柔らかい物腰で話す。その姿勢は、飛ぶ鳥を落とす輝かしい経歴にも決して足元を見失わない、氏の真摯な人柄をよくあらわしているように思う。

iPS細胞は、様々なポテンシャルをもつ正に医療に革命を起こす発明であり、SF小説で語られてた夢を現実のものとする力を秘めている。再生医療やオーダーメイド治療などの道を創り、医療業界にインパクトを与えると同時に、副作用と薬効を検証するのにも有用であり製薬業界への影響も絶大である。
それと同時に生命の神秘という神の領域に足を踏み出したことを意味する。
クローンをはじめとする倫理的問題だけでなく、再生医療が進めば自分の皮膚細胞から臓器を作り出し、悪くなった臓器を取り換えるといった夢のようなことが現実味を帯び、寿命にあらがうことが可能となる。
実際、研究の中で生み出された成果である臓器を見て「すごい、と思うと同時に怖くなった」と吐露している。もはや社会に与える影響を考えれば研究の域を超えているが、氏は「研究者は知らないではすませられない。研究が与える影響までも意識してあらゆることを考えていかなければならない」とその決意を語っている。
研究成果が画期的であればこそ、研究を社会のために役立てようとする一方で、悪用する企業や輩も出てくるだろう。
だからといって歩みを止めるわけにはいかない。日本の頭脳が世界に流出する中、山中氏は日本に残った。資金が日本に比し1~2ケタ多いとされる米国はその潤沢な資金を背に開発競争にしのぎを削る中、日本は完全にワンノブゼムである。ただiPS細胞の生みの親である山中氏は、開発競争だけに目を奪われることなく、両刃の剣を如何にいい方に導いていくかも考えている。
 
iPS細胞の発見は間違えなく、人類の歴史上すごい発見である。と同時にいまだかつてない状況を創りだしたことも事実である。パンドラの箱は開けられてしまった。
原子爆弾を創りだしたオッペンハイマーをはじめとする当時の最高の物理学者たちと同じ苦悩を当世最高の生物学者の山中氏たちを取り巻いているに違いない。
社会全体でその開発動向に目を光らせて、その先に想像力を働かせて、そうなる前に適用のガイドラインやルール作りなどまでを考えていかなければならないと考える。

そういえば、iPS細胞は、induced pluripotent stem cellを略した用語だが、最初のiが小文字なのは、発見された2006年当時ヒット商品だったiPodにあやかったというのは興味深い。

ヘルスケア産業への期待

2010-09-22 01:39:18 | ヘルスケア
 ヘルスケアと一口にいっても、広義には大衆薬から健康食やフィットネスに至るまで幅広く、その意味するところは非常に漠としているが、当方が興味を持って注目しているのは、最近話題となっているデジタルヘルスとかポケットドクターなどICT技術を活用した医療健康融合領域である。
 米国ではコンビニエンスストアに併設した15分くらいで健康診断が受けられるminutes clinicという、医者ではなくNPが対応する半セルフスタイルのサービスが普及している。日本でも、わずか500円で保険証なしで健康診断ができるワンコイン診療なるものがひそかに話題になっており、健康意識の高まりを感じずにはいられない。
 今後医療費高騰や社会保険の逼迫により、健康維持は今以上に’自己責任’の時代の到来が予想される。また、医師不足という状況下では、普段のヘルスケアやある程度の疾患に対する診断は、医者にかかるのではなくセルフに求められる流れになると考える。センサ技術やICT技術、インフラの発展により、近い将来、医者にかからなくてもそのようなことが個人レベルで可能となると予測する。
 「医師不足に対する処方箋」にて、遊休にあるコメディカルの活用というソフト面における対策案を提言したが、パーソナルな機器の活用というハード面からのアプローチは、より健康に近い領域において有効である。
 キーワードは’手軽さ’であったり’日常生活の中へ’なのだと思う。技術の向上に依るところが大きいが、エレクトロニクスメーカやIT企業が環境分野と並び注目される医療分野へ軸足をシフトしつつある昨今、意外と早くそのような機器の実現がなされるのではないかと思う。またヘルスケア産業の隆盛が予測されても中々大きな事業が成立しなかった原因の一つである通信インフラも整備され、今まさにタイムウィンドが吹きつつある状況と認識する。
 医療機器分野と家電を始めとするエレクトロニクス分野との間には、薬事法という大きな境界が存在し、それぞれの産業における文化や風土、特性の違いに寄与していると考える。パーソナルなより医療機器に近いヘルスケア機器の開発は、厳格な医療機器メーカよりもむしろ、エレクトロニクスメーカがそのスピード感によって医療の側へ歩み寄る形の方が進展するのではないだろうか。
 たとえば、今では各家庭に当たり前にある体重計や体脂肪計は、技術屋からみれば非常に精度の悪い、商品化を考えにくいシロモノだったと推察するが、体重や体脂肪という目に見えないものを数値として’見える化’することによって、各個人が日々の変化をモニタできるようになったことは非常に大きな意義を持つのだと思う。同様に医学的に意味のある生体指標をモニタ、見える化することによって治療に頼った医療から予防へとシフトすることができるのではと思う。今までない商品、ひいては新しい産業や文化を創造しようとする場合、とりあえず商品化してみるといったスタンスであったり、或る程度エイヤっといった思いきりも必要だとすれば、やはりエレクトロニクス業界の感覚が産業の興隆を支えるのだと考える。
 医療/健康領域は、中国、韓国、台湾勢の台頭でジリ貧となっているエレクトロニクス産業に変わる、新たな研究開発の、またビジネスのフロンティアとして注目しており、近い将来、本格的なイノベーションが訪れるかもしれないと期待している。どのような指標が健康維持において有効なのか、どのような技術がキーとなるのか、あるいはヘルスケアという期待されつつも大きなビジネスが未だ成立していない要因は何なのか、ウォッチ、考察していきたいと思う。