久しぶりに、川を渡り、山を歩いた。
ラーが入院している間に生まれた牛の赤ちゃんを見に行ったのである。
甥っ子ジョーの案内で気持ちのいい草原を登っていくと、草の向うに茶色の小さなかたまりが見えてきた。
「あれかな?」
声をかけると、ジョーが笑いながらうなづいた。
近づいていくと、母親が警戒して体の陰に赤ん坊を隠そうとする。
距離をおいて遠回りすると、やっとその愛らしい姿が現れた。
牛の仔というよりも、なんだかバンビみたいである。
産み落とされてから、すでに1週間。
足元もしっかりして、こちらの顔をじっと眺める顔つきがなかなかいい。
名前は、「翔太」に決めた。
*
少し離れたところでは、10ヶ月ほど前に生まれた“龍馬”が草を食んでいる。
約2年前に牛を飼い始めたとき、とりあえず雌牛だけをそろえることにした。
“龍馬”はその中で唯一の雄牛だったので、いびられていじけはしないかと心配していたのだが、しばらく見ないうちにずいぶんとたくましくなったものだ。
母親を誘惑したのはタイラーンナーウア(北タイ牛)の色男だったようで、すでに首のあたりに独特の黒いこぶが盛り上がっている。
北タイ牛の雄牛は、実に精悍でたくましい。
「5年もしたら、立派な雄牛になって高い値段がつきますよ」
「俺は、こいつに早く子どもを作ってほしいなあ」
「・・・それは、まだちょっと無理です」
ジョーが、ちょっと複雑な顔をする。
*
実は、今日はこのあとに雄牛を一頭見に行く予定なのである。
すでに触れたようにウチの牛は雌ばかりで、この2年間よその牛と雑居している間に、すでに3頭が仔牛を産み落としている。
しかし、一番体格のいい雌牛は気性が激しく、雄をよせつけないので、まだ不妊のままだ。
そこで、わがハーレムに君臨する強い雄牛を探していたのであるが、なかなかいい候補が見つからない。
息を呑むほどに立派な雄牛はやたらと値段が高いし、少し安いと凶暴だったりする。
実際に世話をするのは甥っ子なので、彼のめがねに適わなければ、いくら私が気に入っても駄目なのである。
そして最近、やっとその候補が見つかった。
値段は、5,000バーツだという。
*
“翔太”と“龍馬”に別れを告げて、もうひとつ小さな山を越した。
緑濃い田んぼの中の作業小屋の床下(高床である)で、その“ハーレム王”候補はむしゃむしゃと草を食んでいる。
白い体毛で丸々と太り、なかなかいい体格だが、顔はまだ幼い。
これに較べると、隣りにいる黒毛の方がたくましそうに見える。
「クンター、白毛はまだ2歳ですが、黒毛はもう4歳です。でも、白毛の方が背は高いし、足腰もしっかりしている。こっちの方が、ずっと大きくなりますよ。それに、黒毛はすぐに角を突き立てるんですが、白毛はとってもおとなしいんです。ほら、触ってみてください」
腰のあたりに手を伸ばしてみると、確かに平然として餌を食べ続けている。
満腹になるとこちらに顔を向け、「あんた、誰?」とでもいう風にこちらの顔をしげしげと覗き込む。
鼻先に手を伸ばしても、警戒する素振りすらみせない。
ウチの牛たちですら、こうはいかない。
世話係のジョーが気に入るのも、むべなるかなである。
この落ち着きのある“ハーレム王”がリーダーになれば、これに付き従う“姫たち”のコントロールも容易だろう。
問題の気の強いジャジャ馬も、なんとかなだめすかしてわがものにしてしまうのではなかろうか。
「よし、これに決めよう」
5,000バーツなら、いい買い物だ。
名前は、とりあえず“ハーレム・キング”でどうだ?
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