「クンター、おみやげだよ!」
キノコ採りから戻ってきたラーが、小さなビニール袋を差し出した。
キノコかと思って受け取ると、手のひらの上で何かが動く。
「ワッ!何だ、なんだ?」
取り落としそうになりながら透かし見ると、焦げ茶色と薄茶色のかたまりがうごめいている。
全長5センチほどの雄のカブトムシが、4匹。
カレン語では、“チュイ”という。
だが、3男のポーが“闘虫”用に飼っている全身焦げ茶色のものではなく、羽の部分だけ薄茶色である。
しかも、角の数が多い。
中央に反り返って突き出している長い角の左右に、短い補助角が2本ずつ、合計5本の角である。
これに指をはさまれたら、たまらない。
*
「こっちは私が料理するからね」
ラーがもうひとつのビニール袋を隠すようにしながら、台所に移動した。
「キノコ、採れたのか?」
「う、ううん・・・」
いつもなら店開きして自慢するくせに、どうも挙動不審である。
しゃがみ込んだ背後に忍び寄ると、
「ワッ!なんだ、こりゃあ!」
同じ種類のカブトムシが、およそ20~30匹もからまり合ってうごめいているではないか。
しかも、すべて逃げないように手足がちぎられている。
「どうしたんだ、これ?」
「電力会社の友だちが、夜勤のとき電灯に集まってきたのを捕まえたんだって。一匹2バーツくらいで売れるだけど、キノコが全然採れなかったから、みんなあたしにくれたの」
「ふーん、日本で売れば一匹300バーツくらいになるかも知れないぞ。俺は詳しくないけど、珍しい種類だったら3,000バーツを超えることもあるらしい。でも、お前さん、どうして俺に全部見せないんだ?」
「だって、前にコオロギを料理したとき、手足をもいで一晩も放置するなんて可哀相だと言ったでしょ?だから、クンターには見せたくなかったの」
「ああ、あの時はまだ俺も村の暮らしに馴れていなかったからな。今じゃあ、すべての生き物が大切な食糧だって分かっているから、別に隠すことはないさ」
「ホント?ああ、よかった」
*
今朝目覚めると、ラーはさっそく台所にあぐらをかいて、カブトムシの首をちぎり取り、羽をむしりとって料理の下準備を始めていた。
5本の角が突き立った兜のような首を並べていくさまは、戦国時代に敵将の首級を打ち取って検分する“首実検”のようでもある。
改めて見ると、実に立派な兜である。
“兜虫”とは、よくも名付けたものだ。
*
首、羽根、手足をもがれたカブトムシは、ころんとした茶色の小判焼き、といった風情である。
これにナンプラー(魚醤)、コショーなど各種調味料を振りかけ、唐揚げにした。
コオロギはまだ抵抗がなかったが、カブトムシはちと図体がでかい。
特に、腹の部分がふくれているので、中からジュルッと汁が出てきそうな気がして、不気味である。
ラーがまず、胸の部分をむしって飯にからめてくれる。
覚悟を決めて口に入れると、実に香ばしいいい味だ。
ただ、殻が固く噛むのに苦労する。
次ぎに、腹の部分。
噛むときに思わず目をつぶったが、少しぶよぶよした食感があるだけだ。
あえて言えば、胸の部分の香ばしさがややあいまいになって、何とも形容しがたい雰囲気(味ではない)が舌に残り、その雰囲気が「一匹で充分だな」という指令を脳に伝える、といったところだろうか。
なんだかややこしい書き方になったが、これを焼酎の肴にすれば、酔った勢いもあってかなり高評価に転じるのではあるまいか。
そして、これまで敬遠してきた子供たちの大好物“セミの唐揚げ”にも、いちど挑戦してみようかと思った次第である。
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