「クンター、強い雄鶏を探してくるね!」
ラーが、そう言いながら家を飛び出して行った。
てっきり村中を探し回るのだろうと思っていたら、なんと5分もせずに戻ってきた。
胸には、とさかの立派な黒羽の雄鶏を抱えている。
「あれ、早いな。それに、でかいぞ。いったいどこで買ったんだ?」
「これ、ウチの雄鶏だよ」
「ん?どういうことだ?」
「もうずっと前に、長姉のバナナ畑から盗んできたやつを甥っ子のジョーに預けていたんだけど、すっかり忘れていたんだ」
*
そういえば、一時期、ラーはよく夜中に長姉のバナナ畑にジョーと一緒に出かけて行き、木の上で眠っている鶏を捕ってくるということがあった。
もちろん、その鶏鍋は私の胃袋にも収まっている。
まあ、盗むといっても一種のいたずらみたいなもので、姉が理不尽なことを言ったりしたときに鶏を捕ってきて、翌日その反応を見て楽しむというたわいないものである。
姉の方もそれはよく心得ていて、たいていは「またか」という顔をしてそれでお終いである。
その代わり、姉の方もこっそりとわが家のナマズを盗んで知らんぷりをしている(これは同居している母親の食卓にのぼる)。
まるで子どもどおしの喧嘩であるが、二人にとっては独自のコミュニケーション法らしく、それでお互いに気持ちがスッキリするらしい。
*
さて、忘れられていた「わが家の」雄鶏は、体重3~4キロはあろうかという大物であるが、ラーの胸の中で静かにうずくまっている。
鶏を捕まえるとき、ラーは決して追いかけようとはせず、何かを小声で話しかけながらそっと両手を伸ばす。
すると、まるで催眠術にでもかかったように彼らはその腕におとなしく抱かれるのである。
「古老から教わったから、あたしは鶏と話せるんだよ。それに、鶏を抱くときはこうやって股の下から手のひらを伸ばして心臓を暖めてやるの。それから、背中を撫でてやると鶏はあなたを好きになる。ほらね、全然暴れないでしょう?」
試しにやってみたが、暫くはおとなしくしていたものの、雌鶏がそばをうろつき始めるとたちまち羽根を散らして暴れ始めた。
「クンターには、やっぱり無理か・・・。ほらほら静かにして。今日からは、ここがあなたの家なんだよ。美人の雌鶏がいっぱいいるから、しっかり頑張って大きな卵を産ませるんだよ」
そう語りかけながら、右足にひもを結びつける。
そして、昨日完成したばかりの鶏小屋に運び、ひもの一方を小屋の柱に結びつけた。
ここを自分の住み処だと認識するまでの応急措置であるという。
*
急遽鶏小屋を作ることにしたのは、母鶏のほかの雌鶏にも妊娠の兆候が現れたからだ。
目のまわりのとさか肌(?)の部分が、赤く変色したのである。
父親は、母鶏をはらませた美形の“通い夫”に違いない。
まったく、手の早い奴だ。
私は半ばうらやましい思いでこの雄鶏を見守っていたのであるが、ラーはこの「小さな卵しか産ませられないノーパワーの駄目男」を嫌っており、これを放逐するために忘れていた“大物”を投入したというわけだ。
それに、いまは母鶏と“通い夫”、2羽の黒羽、3羽のうずら模様、母親が見捨てた3羽のヒナ・・・と4つの派閥が寝籠をめぐって抗争を繰り広げており、どうにも収拾がつかない。
そこで、静かなる“大物”にハーレムを統率してもらい平和裡のうちに一族の繁栄を勝ち取るべく、全員が同居できる“ハーレム宮殿”を建造しようということに相成った次第だ。
“静かなる大物”は、犬たちもうらやむほどのひんやりとした小屋の中で、静かに米粒をついばんでいる。
人を恐れない鷹揚さといい、悠々とした立ち居振舞いといい、雄牛の“ハーレムキング”にそっくりである。
異変を感じたのか、いつもはわが物顔で庭を歩き回っている鶏たちが、“通い夫”も含めてすべて庭の外に出てしまった。
さて、彼らが飯時に戻ってきたら、お互いにどんな反応を示すのだろうか。
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