親戚の家から、嫁のラーが大量の干魚を強奪してきた。
そこの旦那が何日もかけて川魚を獲り、手間暇をかけて天日干ししたものだ。
村の中でも、こんなにマメな人は滅多にいない。
齧ると、サクサクした歯触りで実に香ばしい。
人のいい旦那がラーの横暴を阻止できず、困ったような泣き笑いをする様が目に浮かぶようである。
*
油で揚げ出したので、唐揚げにしておかずにするのかと思いきや、保存食にするのだという。
乾燥させた大量の赤唐辛子。
庭から掘ってきた根生姜。
にんにく。
香草、薬草もろもろ。
これらを順々に小臼に放り込み、すりこぎに似た搗き棒でコンコンと搗いてゆく。
日本でならスライサーなどで簡単に砕けるのだろうが、ここはカレン族の村である。
料理は、すべからくこの「搗く」という行為から始まるのである。
とりわけ、薄切りにした根生姜はなかなか手強くて、やたらと時間がかかる。
暫くすると私もラーも疲れ切り、隣家の嫁を焼酎で買収して搗き方を任せることにした。
*
1時間。
2時間。
蘭の花棚への水やりを終えても、裏のベランダキッチンから聞こえてくるコンコンコンコンという響きは終わることがない。
むろん、合間に焼酎のやりとりがあり、手を休めての世間話があり、鶏の世話があり、皿洗いをさぼろうとする息子を叱る行為があり、訪ねてきた近所の衆を手伝いに引き込むなどなどもろもろの時間が混じるのではあるが、この村で食にありつくまでには相当の辛抱が必要だ。
さてしばらくすると、ようやく臼を搗く音が途絶えた。
やれやれ。
腹を空かせて様子を見にいくと、まだ仕上げが残っているという。
搗きあげたものをさっと炒めて、最後に微妙な味を調えるのだそうな。
搗きあがった満足感と仕事の合間に酌み交わした焼酎の酔いでなかなか腰を上げようとしないラーの尻を叩いて、仕上げを急がせた。
*
「さあ、できましたよ!」
皿に盛った飯に載せてくれたものは、赤唐辛子色のふりかけ状のものである。
あれだけ搗いたというのに、ところどころ骨の形も残っている。
カルシウムたっぷりの天然ふりかけのできあがりだ。
「作るのに時間はかかるけど、これがあれば急にお腹が空いたときに簡単にご飯が食べられるでしょ」
確かに。
それに、私なんぞは少年時代、テレビCMに煽られてふりかけメーカーの急成長に大いに貢献した世代なのだ。
つまり、ふりかけには目がないのである。
口に運ぶと、干魚を初めとする各素材が渾然一体と成った香ばしい薫りが鼻腔を満たす。
はふはふ。
う、うまい!
と言いかけたところに、辛みの衝撃が脳天にドンと来た。
一瞬後、頭のてっぺんから汗が吹き出す。
こりゃあ、凄いわ。
「どう、おいしい?」
「ペ、ペッ テー アロイ(か、辛いけどうまい)!」
辛うじて、答えた。
*
しかし、舌が徐々に辛さに慣れてくると、やはり食は進む。
これは、いいものを作ってくれた。
かなりの量だから、当分は楽しめるし、タイミングがあえば辛いもの好きなゲストにも試してもらえるだろう。
ところが、2日も経つとその甘い胸算用は無惨にも砕け散った。
残りが、ほとんどなくなっているのだ。
「どこかにお裾分けでもしたのか?」
「ううん、息子たちがうまい、うまいって何度もご飯を食べてるみたい」
「あの辛いのを、たった2日でか?」
「うん。あたしの料理はおいしいからねえ」
「・・・」
く、くそお~!
息子どもに根こそぎにされる前に、全部食っちまうかあ。
はふはふ。
う~。
「ペ、ペ、ペッ テー アロ~イ!」
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