【秋の彼岸供養】

　おとといから昨日にかけて、オムコイでは「ターン・カーオサラーク」と呼ばれる北タイランナー朝の伝統仏教行事が行われた。
　この呼び名は各地で異なるようだが、わが家のタイカレンダーには、23日に満月のマークと「秋分」という漢字が書かれており、秋の彼岸に合わせた先祖供養の日であるらしい。
　ラーの解説によれば、仏様や僧侶、亡くなった祖先や家族、これまでに殺生してきた生き物たちの霊などにご馳走を腹一杯食べてもらい、自分たちの現世での幸福や平安をお祈りするのだという。

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　敬虔な仏教徒であるラーは、22日の朝から鶏をつぶし一日がかりで「ホーヌンカイ」という供物料理を作った。
　食材や調理の手順は、「ゲーンケー」と呼ばれる野菜スープ作りに似ているようだが、とにかく呆れるほど手間と時間がかかる。
　夕方になって、「ゲーンケー」よりもさらにどろどろになった状態で私は晩飯を喰ったのだが、まだ料理は終わっておらず、これをさらにバナナの葉に包んで蒸し上げなければならない。
　そこで、最近では自分たちで編んだ竹籠に「天上生活に必要な日用品＝僧侶への寄進物」を詰めたタンブン（功徳）セットで済ませる家がほとんどになったという。
　このタンブンセットは各家庭でも用意するが、村で用意する巨大なセットもあり、これは村の衆が集会所に集まって手作りする。その籠の上には竹で塔のようなものを伸ばし、各家庭から集まった寄進の20バーツや100バーツ紙幣を竹ひごの先にはさんで、花のように飾り立てるのである。





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　翌朝（昨日）の朝９時、集会所の前から太鼓と鉦の音が聞こえ始めた。荷台にタンブンセットと村の衆を載せたピックアップを連ねて、町の寺に向かうという合図である。
　しかし、わが家のタンブンセットはまだ完成していない。
　なにしろ、ラーは５つものタンブンセットを用意しているのである。
　去年は、確かひとつだったはずだし、私は運転手役も頼まれているので少しイライラしてきた。
「なんで５つも作るんだ？」
「今年はホーヌンカイを作ったから、みんなにきちんと行き渡るようにしているんだよ」
「みんなって？」
「亡くなった祖父母と父と兄、それに仏様とこれまで殺してきた生き物たち」
「・・・」
　実は、ラーは私の亡き妻の分も含めて６つ作ると言っていたのだが、こちらは来月に命日が控えているので、そのときに改めてということにしたのだった。
　やっと５つが揃って家を出ようとすると、まだ寄進する紙幣を入れた封筒の上書きが済んでいないと言いつつ５枚の封筒（タイではなぜかエアメール用の封筒を使う）を取り出した。さほど大した額ではないのだから、ひとつにまとめてもよさそうなものだ。
「一枚じゃ駄目なのか？」
「だって、供養してもらうそれぞれの名前とお祈りの言葉をお坊さんに読み上げてもらうんだから、分かり易いようにしておかなくっちゃ」
「・・・」

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　結局、集合時間には間に合わず、わが家のタンブンセット作りに巻き込まれた隣家のプーノイと３人で寺に向かった。
　露店がずらりと並んだ駐車場は、クルマとバイクで隙間もない。
　少し離れた田んぼの脇に停めて境内に入ると、ここもすでに寄進されたタンブンセットと人で埋め尽くされている。


　
　本堂に入り、順番を待って、やっと僧侶の前にたどりついた。
　他の組と一緒に台の上に寄進物を置き、持参した水を器に注ぎながら短いお経を聴く。マイクを握った僧侶が、積み上げられた封筒や祈りの言葉を書いた紙を手に取り、それを節をつけながらひたすら読み上げていくうちに、何度も私の名前が呼ばれて恥ずかしくなった。
　ご丁寧にも、寄進者としてすべての封筒に私の名前を書いたらしい。
　それにしても、この一括供養はどうもあわただしい。
　僧が堂内の３カ所でマイクを握っているので、うるさくもある。
　それでもラーは「ああ、すっきりした」とさっぱりした顔になって、顔見知りたちと談笑を始めた。
　そして、しばらくして家に戻ると、緊張がほどけたように昼寝を始めた。
　先祖供養も、なかなか大変である。



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