11月18日、水曜日。
開店1週間目である。
今朝は、珍しく曇り空で久々の雨を期待したのだけれど、9時頃には晴れ間が出て、カッと暑い日差しが照りつけてきた。
*
さて、昨夜のことであるが、仕込みやタニシ料理の晩飯を終えて9時半ごろ家に戻ると、ベッドの様子が妙である。
ラーがさっそく蚊帳の中に潜り込んで調べると、乱れた掛け布団の上に鶏の糞を発見。
さらに、ベッドマットと竹割り壁の隙間に、割れた卵がころがっているではないか。
「悪い鶏め。どうやって、ここに入り込んだんだろう?」
ラーは、かなり怒っている様子だ。
そういえば、夕方家の冷蔵庫を店に運んだとき、寝室から5羽のひよこを育てている母鶏が飛び出してきたっけ。
思い当たって、寝室と台所の境目の天井の梁の間に、やはり卵が一個。
「やっぱり、あいつだよ。今朝、あいつが屋根の上から飛び降りるのをあたしは見たんだから。隣りのプーノイに頼んで、絞めてしまおう」
「待て待て。寝籠の中にも卵はあるんだから、あいつだけが産卵中というわけじやないだろう。それに、あいつはいま子育て中で、それどころじゃないと思うよ。とにかく、明日の朝に確かめればいいさ」
「確かめるのは、簡単だよ」
ラーがそう言いながら、寝籠で眠っている疑惑の母鶏を引っ張りだした。
「クンター、お尻の穴に指を入れてみて」
「尻の穴?」
「そうだよ。お腹の中に卵があるかどうか確かめてよ」
「俺がか?仕様がないなあ」
おそるおそる肛門に人差し指を突っ込むと、キュッと締め付けて、すぐに緩んだ。
人差し指を下に向けると、あ、あった!
確かに、小さな卵の形が指に触れる。
「卵だ」
「ほうらね」
「お前さんも確かめて見ろよ」
「あたしは、いいよ」
なんだか、逃げ腰である。
「いいから、やってみろ。俺だけにやらせるつもりか」
夫婦して、鶏の肛門に指を突っ込むという奇妙な行為を成し遂げたあと、ラーがおもむろに宣告した。
「カレン族にとって、寝籠以外の場所で卵を産む鶏は災いをもたらします。だから、明日の朝、プーノイに絞めてもらうけど、分かってくれる?」
「まあ、寝室や屋根を荒らされるのは困るから、仕方ないな。でも、俺が絞めるからプーノイに頼むことはないさ」
「だって、絞めるだけじゃなくてお祓いもしなくちゃいけないんだよ」
「・・・」
*
今朝目覚めると、ラーがさっそくプーノイを呼び込んだ。
確かに、絞める前に鶏を抱いて庭にしゃがみこみ、何やら長い長い祈祷の言葉を呟いている。
そのあとの処置と調理を甥っ子のジョーに任せて、私たちは店に向かった。
シャッターを開けると、停電で、水道も出ない。
せっかく冷蔵庫を移したのに、なんてこったい。
水浴び場に貯めた水を裏庭に運ぶことを思うと、憂鬱になってくる。
仕込みにかかると、大工のノイヌックの女房がやってきた。
ラーは彼女にスープやクッティアオの作り方を教えて、一日120バーツの賃金で助手として雇う腹づもりらしい。
確かに、朝の仕込みから夜の仕込みにまで至る12時間を超える労働をふたりだけでこなすのは、かなり大変だ。
それに、仕入れでチェンマイに出るときなども、店を閉めずに済む。
さっそく、彼女にニンニク搗きの仕事を任せて、私は昨日移し終えた裏庭のテーブルと椅子の掃除やゴミ処理に取りかかった。
*
しばらくすると、ジョーとプーノイが調理を終えた鶏鍋を抱えて店にやってきた。
我が家の鶏の中で初めて卵を産んでくれた母鶏の変わり果てた姿に合掌してから、まずはゆがいた肝臓にかぶりつく。
これは、長老としての特権である。
まだ若鶏だけに、以前隣家の太っちょ氏から売りつけられた老鶏とは違って、肉がとろけるように柔らかい。
そういえば、夕べ天井裏から取り出してすすった小さな卵も、品のいい甘みがとろりと舌を包み込んで、一瞬、陶然としてしまったほどだ。
スープもちょうどいい味加減で、掃除を終えた竹のテーブルの上でこれを啜りつつ裏庭からの眺めを見やっていると、誰にともなく「ありがたいなあ」という感謝の念がわいてくる。
焼酎を数杯ひっかけたプーノイも、上機嫌である。
「それじゃあ、クンター。これから、牛の世話に行ってきます。この間生まれた赤ちゃん牛も、たくさん餌を食べて元気ですよ。今日は牛に塩をやって、それから食糧の藁を積んでおくための小屋づくりに取りかかります」
「そうか、いつもありがとうな。俺は行けないけど、よろしく頼むよ」
牛の世話が終わったあとも、必ず店にやってきて夜遅くまで手伝いをしてくれるこの甥っ子には、いくら感謝してもしきれないほどだ。
*
さて、今日はチェンマイの定宿タイウエイ・ゲストハウスに長逗留している仲間たち、Kさんと以前田植えの手伝いにきてくれたこともあるJさんがオムコイにやってくる。
明日か明後日、彼らと親戚数人を交えてメーサリアンの向日葵群生地の見物に出かけ、その足でチェンマイに仕入れに行こうという算段である。
かなりの強行軍だが、まあ、たまには息抜きも必要だろう。
さて、そろそろ客がやってくる時間である。
☆応援クリックを、よろしく。
開店1週間目である。
今朝は、珍しく曇り空で久々の雨を期待したのだけれど、9時頃には晴れ間が出て、カッと暑い日差しが照りつけてきた。
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さて、昨夜のことであるが、仕込みやタニシ料理の晩飯を終えて9時半ごろ家に戻ると、ベッドの様子が妙である。
ラーがさっそく蚊帳の中に潜り込んで調べると、乱れた掛け布団の上に鶏の糞を発見。
さらに、ベッドマットと竹割り壁の隙間に、割れた卵がころがっているではないか。
「悪い鶏め。どうやって、ここに入り込んだんだろう?」
ラーは、かなり怒っている様子だ。
そういえば、夕方家の冷蔵庫を店に運んだとき、寝室から5羽のひよこを育てている母鶏が飛び出してきたっけ。
思い当たって、寝室と台所の境目の天井の梁の間に、やはり卵が一個。
「やっぱり、あいつだよ。今朝、あいつが屋根の上から飛び降りるのをあたしは見たんだから。隣りのプーノイに頼んで、絞めてしまおう」
「待て待て。寝籠の中にも卵はあるんだから、あいつだけが産卵中というわけじやないだろう。それに、あいつはいま子育て中で、それどころじゃないと思うよ。とにかく、明日の朝に確かめればいいさ」
「確かめるのは、簡単だよ」
ラーがそう言いながら、寝籠で眠っている疑惑の母鶏を引っ張りだした。
「クンター、お尻の穴に指を入れてみて」
「尻の穴?」
「そうだよ。お腹の中に卵があるかどうか確かめてよ」
「俺がか?仕様がないなあ」
おそるおそる肛門に人差し指を突っ込むと、キュッと締め付けて、すぐに緩んだ。
人差し指を下に向けると、あ、あった!
確かに、小さな卵の形が指に触れる。
「卵だ」
「ほうらね」
「お前さんも確かめて見ろよ」
「あたしは、いいよ」
なんだか、逃げ腰である。
「いいから、やってみろ。俺だけにやらせるつもりか」
夫婦して、鶏の肛門に指を突っ込むという奇妙な行為を成し遂げたあと、ラーがおもむろに宣告した。
「カレン族にとって、寝籠以外の場所で卵を産む鶏は災いをもたらします。だから、明日の朝、プーノイに絞めてもらうけど、分かってくれる?」
「まあ、寝室や屋根を荒らされるのは困るから、仕方ないな。でも、俺が絞めるからプーノイに頼むことはないさ」
「だって、絞めるだけじゃなくてお祓いもしなくちゃいけないんだよ」
「・・・」
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今朝目覚めると、ラーがさっそくプーノイを呼び込んだ。
確かに、絞める前に鶏を抱いて庭にしゃがみこみ、何やら長い長い祈祷の言葉を呟いている。
そのあとの処置と調理を甥っ子のジョーに任せて、私たちは店に向かった。
シャッターを開けると、停電で、水道も出ない。
せっかく冷蔵庫を移したのに、なんてこったい。
水浴び場に貯めた水を裏庭に運ぶことを思うと、憂鬱になってくる。
仕込みにかかると、大工のノイヌックの女房がやってきた。
ラーは彼女にスープやクッティアオの作り方を教えて、一日120バーツの賃金で助手として雇う腹づもりらしい。
確かに、朝の仕込みから夜の仕込みにまで至る12時間を超える労働をふたりだけでこなすのは、かなり大変だ。
それに、仕入れでチェンマイに出るときなども、店を閉めずに済む。
さっそく、彼女にニンニク搗きの仕事を任せて、私は昨日移し終えた裏庭のテーブルと椅子の掃除やゴミ処理に取りかかった。
*
しばらくすると、ジョーとプーノイが調理を終えた鶏鍋を抱えて店にやってきた。
我が家の鶏の中で初めて卵を産んでくれた母鶏の変わり果てた姿に合掌してから、まずはゆがいた肝臓にかぶりつく。
これは、長老としての特権である。
まだ若鶏だけに、以前隣家の太っちょ氏から売りつけられた老鶏とは違って、肉がとろけるように柔らかい。
そういえば、夕べ天井裏から取り出してすすった小さな卵も、品のいい甘みがとろりと舌を包み込んで、一瞬、陶然としてしまったほどだ。
スープもちょうどいい味加減で、掃除を終えた竹のテーブルの上でこれを啜りつつ裏庭からの眺めを見やっていると、誰にともなく「ありがたいなあ」という感謝の念がわいてくる。
焼酎を数杯ひっかけたプーノイも、上機嫌である。
「それじゃあ、クンター。これから、牛の世話に行ってきます。この間生まれた赤ちゃん牛も、たくさん餌を食べて元気ですよ。今日は牛に塩をやって、それから食糧の藁を積んでおくための小屋づくりに取りかかります」
「そうか、いつもありがとうな。俺は行けないけど、よろしく頼むよ」
牛の世話が終わったあとも、必ず店にやってきて夜遅くまで手伝いをしてくれるこの甥っ子には、いくら感謝してもしきれないほどだ。
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さて、今日はチェンマイの定宿タイウエイ・ゲストハウスに長逗留している仲間たち、Kさんと以前田植えの手伝いにきてくれたこともあるJさんがオムコイにやってくる。
明日か明後日、彼らと親戚数人を交えてメーサリアンの向日葵群生地の見物に出かけ、その足でチェンマイに仕入れに行こうという算段である。
かなりの強行軍だが、まあ、たまには息抜きも必要だろう。
さて、そろそろ客がやってくる時間である。
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