隣家の雌犬が数匹の子犬を生んだ。
様子を見に行った嫁のラーが「中の一匹が雄太にそっくりだ。きっと彼の息子に違いない」と騒ぎ出した。
出産の因となるべき雄太の不埒なる行為も、確かに目撃したという。
これは危険な兆候である。
わが家にはすでに、雌の元気、雄の雄太、それに厄介な居候犬の3匹がいる。
工業専門学校に進学した3男ポーの学費と、嫁が後先も考えずに貰いすぎてきた白色レグホンの食欲および凶暴性に日々頭を痛めている身としては、これ以上の扶養家族を増やしてはならない。
そこで、敵がいくらその子犬を私に見せても、日本語の名前をつけてくれと訳の分らんことを言い出しても、完全無視を決め込んできたのだった。
*
ところが、数日前。
ゲストを送って家に戻ると、嫁がその子犬にシャンプーをしているではないか。
さらに、ミルクのごちそうだ。
さらにさらに許せんことには、勝手に「ジュン」という名前を付けて、焚火には当たらせるわ、買い物には抱いてゆくわ、あげく夜には毛布にくるんで裏のベランダに眠らせるわ、まるでわが家の飼い犬のような扱いを始めたのであった。
「こらこらこら! 犬はこれ以上絶対に要らんと言っただろうが!」
「でも、もう貰ってきたんだよお。ジュンはもうウチの犬だよお。ほらほら、ジュン、クンターに挨拶をしなさい」
「バ、バッカモ~ン!?」
血圧、急上昇。
ま、まったく、もう。
完全に、してやられたわい。
*
ところで、なぜに「ジュン」かといえば。
一月に生まれたからだという。
そんならジャニアリーであるからして、ジャンやジャニが妥当なのだが、それじゃあ名前にならない。
ジュンならば、漢字も当てやすい(おいおい、何を言ってるんだい)。
むろん、怒り心頭に発する私には名前なんぞ付ける気持ちはさらさらない。
見かけからすると「コロ」なんぞという安易な名前が似つかわしいが、それは発音しにくいし、第一、すでに「ジュン」という名前が刷り込まれているという。
ええい、もう勝手にしやがれい!
*
よくよく顔を眺めてみれば、なんとなく雰囲気が雄太の子犬の頃に似ていないでもない。
目覚めると、機会仕掛けのぬいぐるみみたいに足元にまつわりついてくるところもそっくりだ。
試しに、雄太の子供の頃の写真を引っ張り出してみると、うーん、なんだか似ているような、似ていないような。
第一、鼻のまわりは真っ黒でちっともハンサムじゃないし。
母犬が、よっぽどひどい顔をしてるんだろうなあ。
自慢じゃないが、雄太は私に似て村一番のハンサム犬として知られているのだ。
おい、お前!
本当に雄太の息子なのかい?
*
肝心の雄太は、ややこしい認知問題についてはまったくの無関心。
ただ、珍しそうにその闖入者を遠くから眺めているだけだ。
それに引き換え、元気の方は子犬が近づくと鋭く威嚇する。
ラーが焚火のそばの一番良い場所に子犬を置くと、うらめしそうな顔で一瞥し、尻を向けてふて寝を決め込む。
数ヶ月前の発情で、一時はラーが「妊娠した」と大騒ぎしてしきりに「孫」の誕生を期待して労っていたというのに、その兆候が見えぬとなると掌を返すように「雄太の息子」を引き取って猫可愛がりする。
そんな移り気な母ちゃんを恨み、心の中は嫉妬で燃えたぎっているのではあるまいか。
*
さてさて。
一応のケジメをつけるために、私はジュンの世話は一切しないと宣言した。
ところが、昨夜。
激しいジュンの鳴き声がした。
慌てて飛び出すと、寝ぼけでもしたのか裏のベランダから転落しているではないか。
救いあげると、怪我はしていない様子。
ブルブル震えているの背中を撫でさすって、もとの毛布にくるみ込んだ。
やれやれ。
寝床に戻ると、この騒動を引き起こした張本人は高鼾。
こ、こらあ!
思い切り、敵の尻に平手打ちをくらわした。
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あんまり小さいので、蹴飛ばすわけにもいかず。
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ishiさん
イヤです(笑)
でも、由来が1月生まれだということでホットしました。
よく食べてよく飲むワンちゃんに育ちそう。
たくさんかわいがってください!
私もエグチさんの名前を取ったのかと思って「どうせならUJ(雄太ジュニア)はどうだ?」と言ったら、「それは友だちのジュニア(エグチさんのこと)に失礼だ」と申しておりました。