佐々木俊尚の「ITジャーナル」

佐々木俊尚の「ITジャーナル」

"ゲーム感覚"でビジネスを遂行できる時代

2005-10-03 | Weblog
 キーワード広告企業のオーバーチュアが、同社の「スポンサードサーチ」広告に出稿しているクライアントを対象にした「オーバーチュア サーチマーケティング・カレッジ」(SMC)を開校した。

 9月22日にオープニングのイベントがあり、私も参加してきた。約100人も集まっていた出席者は全員がキーワード広告のクライアントだが、大半は個人事業主や中小企業である。地方の商店も多い。そしてイベントで多くの参加者の方々に会ってみて、こうしたスモールビジネスの世界で、急激にネットビジネスのリテラシーが高まっていることを実感した。

 オープニングイベントで会場の最前列に座り、熱心にゲストスピーチに耳を傾けていた中年女性は、各種測定器のネット通販を行っている会社の営業担当だという。要するにB2Bのビジネスである。

 「もうたいへんだったのよ! 最初は化粧品とか健康食品を売ってたんだけど、なかなか売れなくてねえ。それがお肌の状態を調べる測定器を売るようになったら、けっこう当たったものだから、だんだん測定器をやるようになったのよ」
 「パパママ会社だったからねえ、なーんにもわかんなくて苦労したの。でもキーワード広告をやってみたら、けっこうお客さんが来るのよね。それでサイトを一生懸命作って……もちろんどう作ったらいいかわかんないから、ほかの通販サイトの文章をこっそりコピーとかしちゃったり(笑)」
 「毎日毎日パソコンにしがみついてやってたら、いつの間にか社員は10人に増えて年商も3億ぐらいになっちゃった!」

 と陽気に話すのだ。そのうち急にしんみりしはじめたかと思うと、「でも会社の経営ってどうやったらいいのか全然わかんなくてねえ。うちなんか会社のカネはいっぱい溜まってきたんだけど、私らは全然オカネがなくて。会社の社長って、どうやってみんなあんなにいい車に乗ってるの?」と真顔でいう。

 私は思わず「それは社有車にしてるからですよ。会社の経費で買うんです」と口を挟んでしまった。女性は驚いて、「ええっ? そうだったの!?」と叫ぶ。ベンチャーなどではごく当たり前に行われていることだと思うが、この人はそんなことも知らないでここまでやってきたのである。これ以外にも女性はビックリするような話をたくさん打ち明けて、無邪気というか純粋というか、何とも驚かされた。

 インターネットが登場し、ネットビジネスが隆盛を迎えるようになって、ビジネスの有り様は大きく変わった。「ゲーム感覚」というとネガティブなイメージで語られることの多い言葉だが、本当にゲーム感覚でビジネスを遂行できる時代になってきたのである。たとえばかつてはB2Bの法人向けビジネスであれば、営業マンは「どぶ板」を強いられた。取引先の部長や課長をカラオケに連れて行き、果てはソープランドまで接待したりしていたのである。そんな時代にあっては、営業マンの資質はいかに自社の製品をきちんと理解し、コアコンピタンスを見抜いているかといった高尚なことではなく、酒がどれだけ飲めるかとか、どれだけうまくお追従が言えるかとか、そういった泥臭い素質がもとめられたのだ。

 しかしいまやB2Bであっても、電子調達は当たり前になりつつある。営業マンの接待で調達先が決まる時代ではない。ネットで調達し、もっとも価格が低いか、それとも品質がよいか、あるいはアフターサポートがきちんとしているかといった点が基準となる。わざわざ面会する必要さえないことが多い。そこでB2Bビジネスを手がける側も、SEOやキーワード広告などに力を入れることになる。Googleやオーバーチュアが提供しているキーワード広告は入札制で行われ、もっとも高い価格を入札したサイトがランキングの上位に掲載される仕組みになっている(ただし、Googleは入札額に加えてクリック率も加算されてランキングの掲載位置が決まる)。そこでこの入札額を決めたり、コンバージョンレート(アクセス数に対して、実際に資料請求や購入などをしてくれた人の割合)をきちんと把握するといった、さまざまな操作が必要となってくる。一日中ぴっちりとパソコンの前に張り付いて、まるで株のデイトレーダーのようにキーワード広告に没入する経営者(もしくは担当者)もいるほどだ。

 オフィスのまわりの人間から見れば、「外回りの営業にも出ないで、いったい社長は何をしてるんだ?」ということになるのだが、その実、キーワード広告に取り組むことで売り上げが急増しているケースも存在するから、決してバカにはできない。最終的には周囲からのお墨付きも得て、一日中パソコンの画面を眺めることで、どんどん売り上げを上げて利益を増やしていくという先端的な企業経営者が現れてきている。

 こうした経営者のあり方を「情けない」「嘆かわしい」と見るか、あるいは「企業が変わりつつある」と好意的に見るかは、その人の文化的バックボーンによるだろう。しかし着実に、普及したブロードバンドのもとでネットビジネスは新たなパラダイムを迎えつつあるように思う。