昨年は台風で泉州地域にも大きな被害が出ました。そのような中でも奇跡はあったようです。
●泉穴師神社(アクセス)
ここで主に話題にするのは、泉大津市の泉穴師神社です。主な沿革は例によってうぃきべで●あで見てください。
入り口です。主な祭神は、天忍穗耳尊(あめのおしほみみのみこと)と栲幡千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)の夫婦神です。天神が地に降りてきて始めの神で天皇家の直属の祖先ということになります。

↓拝殿から撮ると、鳥居が二つあります。一つの拝殿に二つの門の神社は阪南市の波太神社にもありました。

本殿をとると、これも波太神社と同じように中心部をあけて、その両横に神座へと通じる階段がみえます。この本殿が二つに分かれている形式は泉州によくあるのでしょうか。


本殿をとると、これも波太神社と同じように中心部をあけて、その両横に神座へと通じる階段がみえます。この本殿が二つに分かれている形式は泉州によくあるのでしょうか。

↓こちらは以前にも掲載した波太神社の本殿です。

●なぜ楠が、、植えられているのか。
この記事の題名にある通り、この神社では楠の大木が何本かあり市の天然記念物にもなっています。ところで、なぜ大木まで育てる木に楠が選ばれたのでしょうか。
下の写真は拝殿の中心から撮った写真です。本堂の中心全部に古い灯籠が安置されています。

↑上の灯籠は楠正成が河泉地域で挙兵するときに奉納されたものと伝わっています。
本殿中央という最も重要な位置を自身の寄進灯籠が配置される楠正成の苗字の木を大切に育てる文化が醸成されたのか、楠があったから楠公伝説ができたのかは分かりません。しかし、今の楠の重用は楠公伝説と関連していることは言えるでしょう。
●奇跡の楠
そのような楠はあるものは樹齢数百年を超えると言います。その楠の一本も台風で倒されてしまいました。地元の方々は、台風の恐ろしさを忘れないための戒めとして自然災害遺産として保存することを決めました。そしてよく見ると、、、

木は命を繋ぎとめ、再び枝葉をつけていました。自然の恐ろしさと共に、祭と共に生きる方々のたくましさを思い起こさせる遺産になったようです。



●祭のつながり
SNSなどでは、青年団員たちが近所の家を回って手伝いを申し出ていて頼もしさを感じたこと、自分たちの町を守るための活動をする祭関係者の存在がわかる書き込みが度々ありました。
また、かの阪神淡路大震災でも、だんじり祭で培われた結束力が、避難所などでの生活や復興への活動でも大きな力を発揮したと言っていました。
ベタな結論になりますが、祭の結束力の強さをかんじます。
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