ひじきごはんを食べましょう(sorry, this blog is UNDER CONSTRUCTION←おー

どうもひじきごはんです。ほんとに食べちゃだめですよ、俺のことをね。

春と修羅

2009-09-21 20:13:08 | Weblog
産経新聞に

宮澤賢治が自身に修羅を感じていたくだりを明確に確認する


東京出奔について詳しく調べたくなった。注文の多い料理店はおそらくはその折の経験を基にしているはづといふ直感である。当時1930年代であらう。

自身に抱えてる得体の知れないもの・今号のいおりょぎの影

それをなんとか飼いならし・破壊衝動破滅願望を創造活動に(言葉を選ばなければ)ねじまげてゆくこと。それを修羅と呼ぶのかもしれない。



あれっ異を唱えられた 今回の合格画像はしげきてき もうそうならおしかけにやうばうでいいのよん。
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マージンの話

2009-09-21 19:47:14 | Weblog
をれがしきりと しきい値しきい値 というのお どーすてもようわからむナ とをもつてながめてぃたかたがをらつさてももんくわゆいにくいが

もうそっと巷間なじむ言葉がこれにつかわりているおみかけた

そりがマージンである。


マージンというと勢い第一義にをれなんかは仲介料を浮かべてしまうが

つまりは車のハンドルの遊び

これおマージンと呼ぶかたがおるらし。これは頭いいと思う伝わりやすい。


人生において、マージンとマージンのすりあわせ、どこまであゆみよれるかそれでいて初心お忘れないにはどうすればよいか

創造活動ぬわひっすのかんがえであらう。
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勝者 そして敗者

2009-09-21 18:58:45 | Weblog
週刊文春を読んでうなったという話。

週刊朝日がここんとこまあたうわっすべりになってきた かな?という一方、今号(先週号 の週刊文春は堅かった。

敗北をかみしめているが故の締まりとでもいうのだろうか

記事がいちいちすばらしい。中国のグラビアタレントもいいのをひっぱってきた。日本の俳優で注目してるのは松ケンというそこまで完璧な美女。ウラジオストックで日本車が若者のばか騒ぎの中心という

おいこれ今のアカピじゃひつぱつてこれんな というそういう。


「自民が野に下っても民主に媚びることは断じてありえない」という断乎たる決意表明をみた。それは好もしい。B級グルメはすばらしい今のテレビ番組にも確実にDNAを遺譲してゐる名企画であったが

「野党グルメとはどういうものか」を呈された思いがする。きっちり出すものは出すぜ。

えっそ、そうなの?と狼狽しかけると 俺たちを誰だと思ってやがるんだ とボギーなみに決め込む隙オアたいるからちゅういがひつようだぃある。


やあ怒った怒った。
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サーフィン

2009-09-21 13:13:32 | Weblog
どちらかというとまだ

ネットサーフよりは出版界で波乗りするほうが感じ入ることは多い。

「お前ら画伯のとき間違えたんだからいい加減にしろよw」(祖母および幼姉妹殺人事件で山下清(同姓同名 がめちゃくちゃあやしいが けいさつてきには ヤツは被疑者容疑除外

というネットの書き込みは未だにある。「やつら」がいまだ活動中で、一定の目的達成をいまだ見込める認識の下そうふるまっている証左だ。マスコミ人だとこれにおおやけから異を唱えることが出来ない、それが現状限界である。をれは必ず

はよせんか

と書き込むことにしている。さておいて

それ以外の領域では今までどおりにマスコミ人がふるまうようになったのはうれしいというか ほっとする。やれやれである。ただ


なんかをれ以前みたくなれなれしぃく此処から呼びかけることにためらいが。とっ としとりたくないぃぃぃぃぃい  うるちゃいっ(ちぺこむけ

ボクゎずうっとのほほんひじきでいたいのっ。
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