喉が渇いたのでペットボトルのジュースを買おうと、コンビニに入った。
本来ならばスーパーなど安い店で済ませるのだが生憎、周辺にそれらしき店はなかった。
レジで小銭を出した。ジュースを飲むことで頭がいっぱいだった。
「あの・・・10円足りませんが・・・」
若い女性店員がちょっと申し訳なさそうに言って来る。
その仕草はちょっと可愛らしいが彼にそんな事に構っている余裕はない。
「あ!すいません」
千円札はある。が、10円の為に千円札は使いたくない。
小銭入れを見るが1円や5円が見えるが10円が見当たらない。
「くっそ!確かどっかにあったはずだ。かなりの枚数、10円があったからな」
手で探っていてもしょうがないので財布をひっくり返してみた。小銭が落ちた。
しかも、10円玉がレジから落ちて床に転がった。
と、その中でポロッと指輪が落ちた。
「あ!そうだ!コイツは・・・」
「はぁ・・・」
背後から注がれるため息混じりの苛立ちの視線。
「すいません。じゃ、これで・・・」
仕方なく千円札を取り出した。
床に落ちた10円玉を拾いに行くにはいらだっている客の間を屈まなければならないからだ。
それは非常に気まずい。
お釣りをもらって客が動いた所で10円玉を広って外に出た。
彼はその指輪を手にとってこう考えたのだ。
以前、お祭りで不思議な少女に出会った。霊かも知れない少女であった。いや霊であろう少女であった(第三話参照)。
下駄を池に落として取れないと言うので取りに行ってあげたのだ。
そのお礼として女の子からもらったプラスチック製のおもちゃの指輪。
過去の事を調べてみると1年前の祭りの日に事故があった。それは痛ましい事件であった。
4歳の祭りに来ていた少女が池で溺死したというものであった。
彼は去年、その少女と思しき子であったのだ。
だから、彼は
「言わばこれはあの子の形見といえるものだ。俺が持っているよりも家族が持っていたほうがいいだろう」
という決意の元でその子の両親がいる家に行く事に決めたのだ。
先日、両親の事を祭りをやっていた池がある神社の周辺の人に聞き込みをすると両親は引っ越したのだと言う。
幸い、事情を伝えると住所を教えてくれたのでそこに向かう事にしたのだった。
おかしなばあさんがいた民宿(第六話参照)から出て走り出した。自転車は風を切り、特に問題もなく順調に進んでいく。
本人はもっとかかると思っていたのに午前10時ぐらいに少女の両親がいる町に入り目的地直前までやってきた。
「さてと・・・ここからはっと・・・」
住所は分かっているが住所まで載っている地図は持っていなかった。
携帯でナビを使う手があるが、携帯での地図は全体が把握しづらいため極力使わなかった。
「交番はっと・・・」
かなり田舎である。周囲を見れば木々が多い茂り木造の民家が疎らに見えるだけだ。
たまたまそこに通った方に交番の場所を聞いて、そこに行って見た。
警察官がいなかったらどうしようかと思っていたがいてくれた。
「あの、すいません。一宮(いちみや)さんのお宅に行きたいんですけど・・・この近くということは分かっているんですが何分、始めて来た場所ですから・・・」
「一宮さん?丁度、町内を一回りしようと思った所だ。一緒に行かないかい?」
「いや、申し訳ないですよ。地図はありますので場所だけ教えていただければ自力でいけます」
「まぁそういう連れない事言わんでくれや。パトロールの途中の道だから一緒に行こうや」
無理に断れば怪しまれると思ってその警官のオッサンと共に一宮さんの家に向かう。
自転車を持っていたが自転車を押して歩いていくようである。
「あんた、どこから来たんだい?見た所、遠くから来たみたいだが・・・」
『やっぱり来たか・・・』
一緒に行動していれば自ずと聞かれる質問だろう。
自転車旅行をしていればそこで出会った人に尋ねられる物であるから特に問題は無い。
だが、今回の相手は警官である。自然と固くなってしまうのは致し方ない事である。
「どこから来た」とか「どれくらいかかった」などの比較的聞かれやすい質問を答えていく。
「一宮さん!?一宮にどういう用だい?」
目的などを聞かれるとまるで面接でも受けている気がする。
正直、マズイと思った。一宮さんには完全に面識が無い。その家まで行った時、自分を知らないという事になれば確実に怪しむだろう。
かと言って、女の子の形見かもしれない指輪を持ってきたなどと言って信用してくれるだろうか?
彼は一瞬悩む。
「近くを通ったので寄ってみようと思っただけです。目的地は岩手ですから、
いとこだったんで昔、遊んでもらったんですよ」
咄嗟に考えた嘘にしてはなかなかいい出来だと思った。
しかし、もしこの人が家まで来れば一宮さんと面識が無いことがバレる。
だったら、あの非現実的な話を素直に言うべきかとちょっと思った。
「岩手まで?まだまだ先は長いじゃないか?頑張ってくれよ~」
「はい」
「この先の十字路の手前右のうちが一宮さんの家だよ。それでは私はこっちに行くから・・・それじゃ、旅の無事を祈っているよ。そうだ!」
オッサンは自動販売機でスポーツドリンクを1本買ってきた。ただ、その警官のおっさんはその家を見るや避けているような気がした。
「これ、やるよ」
「いやいや・・・申し訳ないですよ」
「気持ちだよ。気持ち。そいじゃな!」
「ありがとうございました!」
返品など出来ないのだから断れば逆に失礼だから受け取ってお礼を言って頭を深々と下げた。
嘘をついて缶ジュースをもらったのだから申し訳なさがいっぱいとなる。ここまで来たら日なき直るしかないだろう。
一宮さんの家に着いて、妙にドキドキする。
「どういう顔をすればいいんだろうな。ええぃ!ままよ!」
彼はインターホンを押した。
『なせばなる なさねばならぬ 何事も ならぬは人の なさぬなりけり』
そんな事を頭に思い浮かべ強く意識した。
あれこれ考えていても仕方ないと勢いのままに任せることにしたのだ。
自転車での旅も結構、勢いでやっている所が多いからだ。
「は~い」
女性の声がした。少しすると20代ぐらいの綺麗な女性が現れた。
「どちらさまでしょうか?」
「はじめまして・・・ええっと自分はですね」
こんな田舎だったからてっきりオバちゃんが出てくるものだと思っていたからドキドキして体が堅くなって来ているのが分かった。
一応、自分の事を話して怪しい者ではない事をアピールした。
だが、顔は日に焼けて、汗の匂いを発散させている男が何故うちに所に来るのか。
セールスでない事は確実だろう。だったら何の目的で?怪訝な顔をするのは当然であった。
「主人のお友だちですか?それでしたら今、呼んできますよ」
「そういう訳じゃないんですよ。自分がここまで来たのは娘さんの事で話したいことがありまして・・・」
「娘!?」
「嘘みたいな話なんですが~。あれ?」
突然、ビクッと震え、顔色がみるみるうちに変わって来た。彼はリュックの中の下駄が気になっていたので女性の顔を見落としていた。すると、女性は家の奥のほうに入っていった。
『真剣な話だからお茶でも出してくれるのかな?』
そんな事を思いながら気長に待っていた。玄関を見ていると結構シャレていて、小さな置物やら花瓶に花が生けてあってほのかに香りがした。そして、ようやく女性が現れた。
「本当、嘘みたいな話なんですが聞いていてくださいね」
「出て行きなさいよ!」
「は?」
さっきとは打って変わって目を血走らせ、叫んだ。
驚いてよく見るとなんと女性の手には包丁が握られていた。
「お!奥さん!落ち着いてくださいよ!別に俺は何かしようって訳じゃないんですよ!俺は娘さんの事で!」
完全に頭に血が上っている状態で「落ち着け」は逆効果であった。
こちらをたしなめようと企んでいると思われたようだ。更に、彼女は激昂した。
「そんな話、聞きたくない!出て行け!でないと、警察に通報するよ!」
警察にしたら捕まるのはお前だという状況であったがそんな事は考えていられなかった。
彼はまだ伝えなければならない事を伝えていなかったために玄関に止まっていると遂に彼女は包丁を振り回し始めた。
「危ない!危ない!」
彼は玄関から飛び出した。
それ以上いて怪我をするのはゴメンだし、包丁の振り回し方がおかしかった。
手に握っている包丁に振り回されているといった感じだ。
下手をすれば彼女自身を傷つけかねない。
「わぁぁ!」
家から見えないところにやってくると、今頃になって体がガクガクと震え始めた。
赤の他人に包丁を向けられるなどというのは始めてである。
子供の頃、調理実習の時に友人が包丁をふざけてこちらに向けた事があってその際に友人は先生に怒られていたが今回は知らない人である。
暫くして震えが収まってから思った。
「どうするか?コレ」
リュックの中の指輪。今、行けば同じ事になるだろう。その際に指輪だけ置いて逃げるという事も考えたがそんな渡し方で果たしていいのだろうか。
「無策で行った結果がこのザマか・・・」
ガックリと肩を落とす。
今、冷静に考えれば予想出来た事かもしれない。
1年前に娘を失う悲しみを負った人である。その辛さは彼には想像できないだろう。
いきなり現れた男が忘れたい話を蒸し返してくれば気が動転してしまうかもしれないという事とを・・・
『俺がバカだったか・・・』
一応、住所を教わった方からは電話番号も教えてもらっていたのだ。
まず、電話をするという方法もあったかもしれない。手紙を送る事も出来たかもしれない。色々な方法があったはずである。
『ちょっとしたサプライズを狙った俺は本当にバカだった。もっと慎重にならなければならなかったんだ』
今更後悔したところで後の祭りである。
だが、手元に残った彼女の指輪。本来、彼が持っていていい訳がなく両親に返すべき品である。
『ポストにでも入れておくか?手紙でも添えて・・・」
最初に会った印象が最悪だから今更取り繕っても快く会ってくれるとは思えなかった。
郵送にするか直接ポストに入れるか考える。
『郵送・・・だったら俺は何のためにここまでやって来たんだ?』
1泊してここまで来たのだから今、帰ったとしてもまた1泊しなければならないのである。
いくら対応がおかしかったにしてもそれだけは避けたかった。
『直接渡すのは難しいから、ポストの中に俺自身の手で入れるとしよう』
指輪だけ入れておくわけにはいかないから手紙を書こうと思った。
それからすぐにコンビニに向かった。ペンと紙は持っていたがくしゃくしゃで自分がメモれる程度の紙でしかないので人様に見せるような物ではなかったからだ。
自転車を走らせコンビニを探した。田舎なので駅前まで行くのも結構な道のりである。
そして、コンビニに入ろうと自転車を止めたときであった。
「あの~先ほど、うちにいらした方ですよね?」
「え?もしかして一宮さんですか?」
30代ぐらいの男性が声をかけてきた。恐らく、さっきのヒステリー女の夫だろうと思って少しばかり身構えた。
女性に言われて、こちらに因縁をつけに来たのだろうか?
「先ほどは妻が無礼な事をしてしまいすいませんでした」
意外にも頭を深く下げて謝ってきたので夫の方は常識人かという印象を受けた。
「いえ・・・自分が無神経すぎたんですよ。奥さんの気も知らずに急に伺ってしまったからです」
「そう言っていただけると助かります。少しお話したいんですが場所を移したいのですが宜しいですか?」
「いいですけど・・・どこでですか?」
「うちにお招きしたい所ですが妻があ~ですから、あちらなどいかがでしょうか?」
男性が指差したのは駅前のお団子屋であった。店内で食べられるようにテーブルと椅子が用意してあった。
そこなら良いと移動して店内に入ると古臭くそれが風情があるように思わせた。
だが、店内は綺麗であった。団子等が見えるガラスケースはピカピカに磨いてあって美味しそうであった。席に着くとおばあちゃんがやってきて男性は団子と饅頭を頼んだ。
「何か食べたいものはありますか?」
「自分は結構動いてあまり食欲もないので水さえあれば・・・」
おばあちゃんは水を持って来てすぐさま飲み干した。初対面の人で話の内容は重いから緊張していた。
「先ほども言いましたけど、妻がとんだ失礼をしてしまいまして・・・」
「いえいえ・・・気にしないで下さい。まず自分はですね・・・」
軽く自己紹介を済ませた。
「あ、君、年下だったんだ。何だ。私はてっきり年上かと・・・」
年下だと分かった瞬間に敬語をやめた。
日焼けして少し疲れているように見えたのが年上に見られた理由かもしれない。
「それで、嘘みたいな話ですけど、最後まで話を聞いてください。先に出しておこうかなと・・・」
話に真実味を出すために、最後に取っておくような真似はせず早速、指輪を取り出した。
「こちらです」
子供用でプラスチック製の安っぽい指輪であった。
「特に見覚えがないねぇ・・・」
驚いた。彼と女の子との接点はこの指輪しかない。これを覚えてないとなると証拠がまるで無いことになる。
嘘で完全にでっち上げた話と思われても仕方ないのだ。必死に思い出してもらおうとした。
「え!?先日、お祭りの日に池に行って下駄が片方だけの女の子がいてそれを取ってあげたらお礼にってコレをくれたんですよ」
「下駄が片方!?」
指輪よりもこっちの方に関心があったようだ。
「はい。着物を着た女の子でした」
「君の話が本当かもしれないって思えてきたよ」
「そうですか?」
男性はガタガタと震えて、頭を振る。額から汗がにじみ出ていた。出されたお茶を飲み込んだ。
彼は男性に当時の事を全て包み隠さず伝え始めた。すると男性は頭を軽く押さえた。
「少し間をおきましょうか?体験した自分でさえ嘘だと思える出来事でしたから・・・」
「いや、話してくれ。話は聞いているから」
そう言われて、話した。男性は店員に更に注いでもらった目の前のお茶を見つめ続けている。
本当に聞いているのかそれとも何か考えているのか気になって仕方なかったが話は続ける。
「それで、自分もこれを一宮さんに届けなければならないと思いましてここまで来た訳です。わざわざ自転車で来たのはただ単に自分は自転車が好きなだけなんですけどね」
「・・・」
男性は無言であった。昔を思い出していたのかもしれない。
「これで自分の話は終りなんですけど・・・」
「あ!あ、はい。そういうことだね。分かった。分かった」
「信じられますか?自分の話」
「信じたいところだけど・・・正直に言えば信じられる訳ないね」
「ですよね・・・」
「だけど、あなたが言った事は全て本当だと分かったよ」
「え?」
「娘の遺体には下駄が片方見つからなかったんだよ。警察が探してもダメだった。恐らく、池に落とした下駄を取ってもらいたかったんだろうね。前日から着物を着てはしゃいでお祭りに行くのを楽しみにしていたぐらいだから・・・」
当時の事を思い出すようにしていた。彼には少し重々しく見えた。
「それで、君に取ってもらって嬉しかったんじゃないかな?」
「・・・」
ここで何か言っていいものなのかと躊躇する。けどもここで黙っていてはあの子は悲しむだろう。
「はい。ありがとうってとてもいい笑顔でした。あれだけ嬉しそうにしていた顔は見たことがないです」
「そうか・・・そう言ってくれると、娘の父親として嬉しい」
目をつぶってその時の表情を思い浮かべているのだろう。とても満足げであった。
「そうだ。妻の事は出来れば許して欲しいんだ」
「それは、勿論」
「ありがとう。あれでも今は前よりもマシだったんだよ」
懐かしそうに話し始めた。
「あの時は酷かった。妻の自暴自棄には本当に手を焼いた」
当時のエピソードを聞かせてくれた。
遺体と対面した時は少し泣いていたぐらいで葬儀の時もバタバタして気丈に振舞っていた。
しかし、事故の件が一段落してからだった。
緊張の糸が切れたのか今まで認められなかった事故を自分の中で呑み込んだのか奇行が見られるようになった。ずっと泣き続け、静かになったと思ったら急に大声を上げたり、狂ったように笑ったり我が子と同じ歳ぐらいの子供を見るだけで涙した。
娘の話を出すだけで発狂し、一時、水恐怖症に陥り、風呂に入るのさえためらったという。
それはまさに壮絶だったと男性は当時を振り返った。
『あれでもマシになったのか・・・』
包丁を突きつけられたことなどないから思い出しただけで震えた。
「しかも、当時の警察がね。職業柄仕方ないのかもしれないのけどね。事故ではなくて事件だったんじゃないかって妻の身の回りの事を調べた事もあってね。それも酷くした原因の一つかもしれない」
「・・・」
さっきの警官のオッサンがあまり一宮さんのうちに快い印象を持って無いように見えたのはその所為だろうと今分かった。
迂闊に相槌など打てないし、話題を変えるのも失礼だろう。黙って話を聞いていた。
そんな男性はホッとした顔になって団子を頬張った。
「でもね。今、思えば妻がそうなって感謝しているんだ」
「?」
「感謝という言い方はおかしいな。結果的にそれで良かったんだなって実感しているんだよね」
そんな状況を経験などしたくない。この人もおかしいんじゃないかと思えてきた。
確かに1年前に奥さんがそのようになってしまったらまともではいられないだろう。
少なからず影響を受けている事も考えられた。
「妻はガーッと騒ぐタイプだけど私は溜め込んでしまうタイプだから
もし妻が粛々と受け止めていたのなら私の方が溜め込んで溜め込んで最悪、自殺していたかもしれない。
発狂していたか良くてもうつ病かな・・・当時、妻がそうなってずっと傍にいたからな・・・
でないと、妻が何をするか分からなかったしな・・・
だから私がしっかりしないと妻はどうなるのかという使命感が正気を保たせたとそう思うんだよ」
そういう事であれば、男性の言っている事も理解できた。
「すまないね。つまらない話をしてしまって」
「いえ・・・話を聞けば聞くほど自分が無知で無神経であったか痛感させられます」
「いやいや君が気を落とすことはないですよ。誰もが経験するような話じゃないからね・・・私から見てもそれに妻の反応も過剰と思うくらいだから」
「そういっていただけるとありがたいです。ところで奥さんにコレを見せられるんでしょうか?」
「今は難しいだろうけど、必ず・・・。向き合わなければならない時が来ると思うし」
「・・・」
「さて、出ますか?お代の方は私の方が払っておくよ」
「いや、悪いですよ」
「いや・・・ここまで自転車で来たという事での奢りだよ」
会計は男性が全て支払って外に出た。
「これから君はどうするんだい?」
「帰ります。明日中に自宅に帰るには今からじゃないと間に合いませんから」
「そうか・・・連絡先を教えていただければ後でお礼か何かするけど」
「いえ、自分がやったのは長いサイクリングのついでに来ただけですから・・・奥さんにも申し訳ないことをしましたし・・・それでは・・・サヨナラ」
「ついでっていうレベルじゃないよ」
「そうですか?ハハハ」
「すまんね。気の利いた冗談の一つも言えればいいんだが・・・」
「そんな事ないですよ」
少し間を置いて、少しの沈黙が続いたので自転車のハンドルに手を置いた。
「それでは・・・」
「確かにコレを受け取ったよ。わざわざ届けてくれて本当にありがとう」
包みから少し開けて指輪をこちらに見せながらそういった。
「当然の事をしたまでです」
「帰りも長いからお気をつけて」
「はい。慣れてますから大丈夫です。ではさようなら」
彼は1度振り返り軽く頭を下げて走り出した。
これで良かったのだろうと彼は思った。いや、これ以外にはないだろう。
下手をすれば何も出来ず指輪を持って替える羽目になったのだから・・・
ペダルに少しずつ力をこめて走っていった。
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