京都中央信用金庫(中信)被害者の会

このブログは、京都中央信用金庫(中信)被害者の会を立ち上げるに当たり開きました。

京都地裁6民訴訟判決のおかしさについて(その⑪・「知っていた」論のおかしさ・その4)

2020年06月29日 11時02分08秒 | 日記

今回の記事では,6民判決は,COMに払戻の記録があることを理由に,③Hさん個人名義の通帳への入金・返済があったと判断しているのですが,そのおかしさについて解説します。

 

6民判決では,「同じ預金口座に入金があったり,その口座からの返済があったりする取引」があったと,COMをもとに判断しています。

ここで,COMというのは,中信側が提出してきた取引に関する電算記録のことです。

 

しかし,金融機関が作成した電算記録については,東京スター銀行に関する最高裁平成19年4月24日判決という判例があります。

その原審である東京高裁平成17年1月19日判決では,「金融機関が定期預金払戻等(債務の弁済)をした旨の取引明細表等,当該金融機関の取引に関する電算記録は,当該定期預金の払戻しをうかがわせる記録があっても,当該金融機関において作成されたものであるから,これのみによっては、弁済の事実を認めることはできない。」とされています。

 

したがって,そもそもCOM自体,払戻が有効になされたことを証する資料でもなければ,ましてや,預金者本人に対して払い戻されたことを示すものでもないのです。

 

しかも,中信側は,定期預金消滅について,COMの記録以外,なんらの主張・立証もしようとしていません。

 

こんな状況の下,6民判決は,COMに払戻の記録があることだけを理由に,③Hさん個人名義の通帳への入金・返済があったと判断したのです。

 

この判断は,上記の東京スター銀行判決と,明らかに矛盾します。

 

 

これで,11回にわたる京都地裁6民判決のおかしさの解説については,以上となります。

これらの記事からも明らかなように,6民判決は上訴審で取り消されるべき判決です。

大阪高裁によって,正しい判断がなされることを,私たちは期待しています。


京都地裁6民訴訟判決のおかしさについて(その⑩・「知っていた」論のおかしさ・その3)

2020年06月24日 12時41分13秒 | 日記

この記事では,②完済時から10年以上経過していることを理由に「Hさんが知っていた」と6民判決は判断していますが,それがおかしいということについて,説明します。

平成13年から中信の不正が発覚しました。その後,長期間にわたって,何度も何度も,問い合わせや話し合いが両者で重ねられてきました。

 

このことは,当事者双方から提出された多数の証拠からも明らかな事実です。

 

つまり,多数の証拠から明らかになった事実というのは,

・筆跡確認のため示された債権書類の写しはすべて偽造筆跡で作成されていたこと

・長期間の中信での内部調査の結果,Hさんと面談したという職員も現れなかったこと

・中信側が契約瑕疵を認めて謝罪し,M社不動産に無断で設定されていた1.5億円の担保設定を無条件で解除するとの示談案を提示していたこと

などです。

 

これらの証拠は,「Hさんが知っていた」ということとは,明らかに反します。

 

それだけではありません。

 

Hさんらの定期預金について,中信東山支店T支店長はHさんや同席していた弁護士に「債務の返済に困ったAさんが勝手に解約してT商会やAさんの返済に充てられたのでしょう。中信側は事情を知らないのでAさんに聞いて下さい」との虚偽の説明していました。そこで,Hさんは,6民訴訟では,裁判官の目の前で,13年に上記のような虚偽主張を行っていたのはなぜなのかと追及していました。

 

「Hさんが知っていた」のであれば,こんな追求をするでしょうか?

 

ですから,原審の藤田裁判官は,Hが中信側に対して,平成13年の話し合いや問い合わせに対して,中信側の説明の虚偽を追及していた事実を,誰よりも認識していたはずなのです。

 

にもかかわらず,6民判決は,完済時から10年以上経過していることを理由に「Hさんが知っていた」と判断したのです。

 

6民の裁判官は,こうした事実や経過を忘れてしまったのでしょうか?そんな疑問を抱かざるをえないほど,この6民判決は,事実や経緯を無視した判断をしているのです。

 

 

次回は,COMに払戻の記録があることを理由に,③Hさん個人名義の通帳への入金・返済があったと判断していますが,そのおかしさについて解説したいと思います。


京都地裁6民訴訟判決のおかしさについて(その⑨・「知っていた」論のおかしさ・その2)

2020年06月19日 13時20分31秒 | 日記

まず,この記事では,①返済金額が大きいこと,つまり,本人は担保提供の手続を行っていないが定期預金が多額であるから是認していたと6民判決は判断していますが,それがおかしいということについて,説明します。

まず,Hさん本人は,高額預金者でありかつ担保提供者です。そんなHさんに,なぜ一度も会わなかったのでしょうか?

 

そもそも,誰と担保提供の手続を行っていたというのでしょうか?

 

ちゃんとした金融機関であれば,担保提供者がどんな人間なのか,どんな仕事をしているのか,健康なのかそうでないのか,経営している会社はどんな状況かなどについて,定期的に,ルーティンワークとして面談や電話で確認するのが当たり前です。

 

しかし,中信はそうではありませんでした。

 

実際は,Hさんが経営していたM社のホテルには中信職員は一度として訪問したことはありませんでした。

 

M社のホテルには,電話連絡帳や面談(訪問)記録簿,業者リストというものがありました。例えば,実際に取引がある金融機関については,週2回はホテルを訪問して新券や硬貨を持参していたという記録が残っています。担当者の連絡先まで記録されていました。その記録にも,もちろん,中信職員が訪問をしたという記載は一切ないのです。

 

つまり,Hさんが担保提供していることを知らなかったのは,Hさん本人だけでなくM社のすべての従業員も同様ということになります。

 

このことから分かるのは,多額の定期預金担保提供者であるはずのHさんとの接触を,中信側が敢えて避けていたということです。

 

その理由は,明らかです。

 

すなわち,中信が,Hさんらに無断で担保設定したり解約していたからに他なりません。

 

そして,このことはHさんが,長年にわたる京都地裁での裁判において,中信側に対して,繰り返し釈明を求めていたのでした。

 

それだけではありません。判決が言おうとしていることを言い換えると,自らの多額な預金が収奪されていっていることを,黙って見ていながら特段何もせずに,「黙示的にせよ是認した」ということになります。

 

しかし,自らの多額な預金が収奪されていっていることを目の当りにしながら,黙ってなにもしないということなどあり得るでしょうか?

 

こうした判断は,極めて常識に反していると言わざるを得ません。

 

 

次回の記事では,「②完済時から10年以上経過していること」がおかしいということについて説明します。


京都地裁6民訴訟判決のおかしさについて(その⑧・「知っていた」論のおかしさ・その1)

2020年06月15日 10時09分10秒 | 日記

次に,6民判決が根拠とする「Hが知っていた」論に対するおかしさを説明していきます。

 

もう一度,判決文を引用してみましょう。

 

6民判決は,

 

以上の認定事実を前提にすると,原告らが有効に成立していると認めている融資及び返済は,いずれも本件普通預金口座(証拠は省略しますが③Hさん個人名義の通帳です。)を通じて行われているところ,同じ預金口座に入金があったり,その口座からの返済があったりする取引につき,原告H(原告M社の当時の代表者であり,現在も実質的な代表者といえる立場にある者)が全く知らなかったということは,およそ考え難い。しかも,原告らの主張する無断融資に対する①返済金総額の大きさやそれに気付かなかったと主張する期間の長さ(少なくとも融資の②完済時からでも優に10年以上経過している。)に鑑みると,原告らの与り知らない融資契約及び入出金が行われていたとは尚更考え難い。

 

というものでした(下線部と番号①~③は筆者)。

 

つまり,Hさんが当該契約を「知っていた」ということの根拠として,

 

①返済金総額が大きいこと

②完済時から10年以上経過していること

③Hさん個人名義の通帳であったこと

 

の3つをあげているのです。

 

しかし,この①~③の項目は,むしろ,私たちが,長年にわたる訴訟で中信側の違法を断罪するため引用してきたものです。

 

むしろ,Hさんが「知らなかったこと」の根拠となるものです。

 

したがって,この①~③が私たちを敗訴させる理由にはなりえないのです。

 

にもかかわらず,裁判所がこれらを原告側敗訴の理由としてあえて選択した理由を考えると,前回述べた真相に加えて,さらに意味深だといえます。

 

 

次回からは,この①~③が私たちを敗訴させる理由にはなりえない,ということについて説明していきます。


京都地裁6民訴訟判決のおかしさについて(その⑦・6民判決のおかしさ~その4)

2020年06月08日 10時24分17秒 | 日記

これまで,京都地裁6民判決のおかしさについて,触れてきました。

では,何故,6民の裁判官はこのような判決を書いたのでしょうか。

 

 

私たちは,こう考えています。

 

6民判決を書いた藤田昌宏裁判官は,30年もの長いあいだ職業裁判官を続けてこられました。

経験豊富なベテランの裁判官です。

 

その藤田裁判官は,判決に至るまでに,自身で争点整理をされてこられました。

にもかかわらず,中信が本人構成を主張しているということを,失念するはずがあるでしょうか?

また,中信側が「Hは知っていた」との主張や「知って了解していた」との主張も行っていないことを,失念するはずがあるでしょうか?

それから,本人がおこなった契約ではない場合に,事前の「代理権の授与」も事後の「追認」もどちらの主張・立証もないとき,法律論として,本人が「知っていた」ということだけでは契約有効とはならないことを,失念するはずがあるでしょうか?

 

そんなことはあり得ません。


これまでの訴訟の経過をおさらいすると,
・中信側の行う「本人構成」は弾劾され,
・資金使途の虚偽主張も自白し
・中信元職員Oらが違法を告白する自白証言を行い,
・大阪高裁・最高裁の判断後は、中信の刑事事件に該当する違法の隠蔽を最優先に,民事訴訟は争うことすらなく、認諾状態であり,
・その結果、書証認否さえも一切回答拒否を貫き二段の推定が働く余地もなく,
という状態でした。

 

このような状態の中で,ひとつひとつの契約を具体的に検証していくと,どうなってしまうでしょうか?

 

もう,お分かりでしょう。

 

中信側を勝訴させる方法がなくなってしまうのです。

 

そこで,中止側の全ての虚偽を塗り込めるための手法として,「知っていた」論を持ち出すしかなかったのです。

これが原判決の真相だと,私たちは考えています。