石垣島の戦跡シリーズの第3弾は、石垣の市街地にある戦跡です。
台風銀座と言われる南西諸島。その気象観測の要である石垣島地方気象台は、米軍からも軍事上重要な拠点として攻撃を受けました。
気象台の南側に残るコンクリート製の石塀、1928年(昭和3年)に造られたものですが、現在約80mが残されています。その塀には多くの銃弾の跡が現存します。
大きいものだと直径30cm位あります。上部が欠けた部分もあります。
塀の内側にコンクリート造りの小屋があります。エンジン小屋と呼ばれているこの建造物も当時のもので、壁に被弾した跡が残されています。
これらの弾痕は、艦砲射撃によるロケット弾の痕だと思われます。
さて、この石垣島地方気象台ですが建物自体の老朽化のため建て替えられるということです。画像を撮ったのはしばらく前で、ここ何年かは石垣島を訪ねていません。もしかしたら、石塀も撤去されてしまっているかもしれません。
こうした戦争遺跡は物言わぬ証人です。適切な保存が求められます。
こういう内容のことは何も書いてないようですね。
気象台のHPとは、気づきませんでしたが、書いてありませんか。
戦跡とはそんな扱いです。
撤去されないように願うばかりです。
これ、もしかしたらもう無いかも知れません。
なかなか石垣に行く機会が無くて、確かめられていません。