私は、この言葉を残された方に
直接会った事はありません。
私がこの言葉を知ったときには
その方は、すでにお亡くなりになっていました。
でも、この言葉を大事にしながら
仕事をしています。
言葉だけじゃなく
自分を表現しきれない人に対して
いつもいつもこの言葉を自問自答しながら
考えていかなければならないと思います。
それは、障がいを持った方々だけではなく
小さな子供もそうです。
お年よりもそうです。
病気で意識が薄れている人もそうです。
『本人さんは、どう思ってはるやろか?』
可能な限り、その人の個性を重んじ
その人の人権を尊重し
様々な決断をしたいものです。
その決断は
家族という立場での決断もあるでしょうし
医療チームの一員としての決断もあるでしょうし
介護チームの一員としての決断もあるでしょうし
教師という立場での決断もあるでしょうし
友人という立場での決断もあるでしょう。
たとえ立場が違っていても
『本人さんは、どう思ってはるやろか?』
という問いをいつも持って決断していこうと思います。
直接会った事はありません。
私がこの言葉を知ったときには
その方は、すでにお亡くなりになっていました。
でも、この言葉を大事にしながら
仕事をしています。
言葉だけじゃなく
自分を表現しきれない人に対して
いつもいつもこの言葉を自問自答しながら
考えていかなければならないと思います。
それは、障がいを持った方々だけではなく
小さな子供もそうです。
お年よりもそうです。
病気で意識が薄れている人もそうです。
『本人さんは、どう思ってはるやろか?』
可能な限り、その人の個性を重んじ
その人の人権を尊重し
様々な決断をしたいものです。
その決断は
家族という立場での決断もあるでしょうし
医療チームの一員としての決断もあるでしょうし
介護チームの一員としての決断もあるでしょうし
教師という立場での決断もあるでしょうし
友人という立場での決断もあるでしょう。
たとえ立場が違っていても
『本人さんは、どう思ってはるやろか?』
という問いをいつも持って決断していこうと思います。
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