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響けブログ

音楽コドモから「音楽コドナ」へちょっと進化。ドラムとバイオリンと小鼓を弾く、ヒビキの音楽遍歴。

追悼、ピアニスト、アリシア・デ・ラローチャさん

2009-09-27 | ピアノ
スペインのちょっと西陽の強くあたって風景全体がオレンジ色に見えるような曲をリッチに弾くピアニスト、アリシア・デ・ラローチャさんが亡くなったと、朝刊に書かれていた。ネットで検索すると、

YOMIURI ONLINE
スペインのピアニスト、ラローチャさん死去

 アリシア・デ・ラローチャさん(スペインのピアニスト)25日、スペイン・バルセロナで死去。86歳。

昔よく、NHKの朝のクラシック番組で、中河原理さんが、例によって棒読みの司会で、「アリシア・デ・ラローチャの演奏」をやたらプッシュするので、薦められるままにテープに録音したものだった。グラナドスやアルベニスやファリャなどだ。そういうものを聴こうと思ったら、彼女以外の選択肢はほとんどない。

アルベニス:イベリア 全曲
ラローチャ(アリシア・デ)
ユニバーサル ミュージック クラシック

このアイテムの詳細を見る

ギターの一撃。

2009-08-26 | ピアノ
ギターという楽器には、実はあまり馴染みがないのだけれども、それでも弦楽器で和音楽器というのはいいなあ、とうらやましく思うことは多い。とくに弦を手指で直接弾くというのは、魅力的である。アタックが、いくらでも直に、表現できるような気がするからだ。

そこで、どうしたことか、曲でも演奏でもないただの不協和音に、非常に感銘を受けてしまったりする。たとえば、この冒頭。

The Beatles - Hard Day's Night
http://www.youtube.com/watch?v=cQwwqajZXD8


それから、この冒頭とおしまいのふたつの一撃。

PRINCE
june 13 2006:special feature from Rocketboom
The 10th Webby Awards
http://www.rocketboom.com/rb_06_jun_13/


しかしこれは誰が弾いてもいいわけでは決してない。どころか、天才ぶりが露呈する瞬間といってもいい。なんと違う音なんだろう(同じ楽器なのに、とか弾いたことある楽器なのにィとか)、なんて天使のような響きなんだろう、というわけで、とてつもなく感動してしまうわけである。しかもその一撃に、弾いた個人がゆるぎなく埋め込まれているのである。

そう思うと、下記のクリップの後半で、なんてことない矢野顕子さんの調律チェックのための音階に、清水ミチコさんがふいに涙するのだが、これもギターの一撃と近いものに思われる。

矢野顕子&清水ミチコ ひとつだけ
http://www.youtube.com/watch?v=G0N1GKgFXBw


「JOURNALSAKAMOTO+」を読んで、教授の著書が……当たった!

2009-07-16 | ピアノ
音楽は自由にする
坂本龍一
新潮社

amazonへ

「JOURNALSAKAMOTO+」(じゃーなるさかもとプラス)というメールマガジン──「日本語ニュースレター」だそうだ──を購読している。

詳細及び購読方法等は下記ご参照ください↓
響けブログ、sakamotoの記事
http://blog.goo.ne.jp/hibikeblog/s/sakamoto


で、去る、ある日のこと、環境問題へのアクションという一環で、コクヨで環境アンケートをやっているから、答えてね、ということが書かれていた。

じゃ、答えてみるか。

そう思って、私は答えることにしたのだが、これが案外……たいへんなアンケートだったように記憶する。

どうしてそういう律儀なリアクションになったのかというと、もちろんサカモト教授のメルマガで、こういうこともファッションであったとしても、環境問題につながるわけでということで、推しているわけだから、ということがあった。

もうひとつの理由は、個人的なもので、折しも私は『週刊リョーシカ!』というサイトでアンケートを募っていて、これがもうぜんぜん集まらないのである。アンケートってきびしーと思い、世の中のアンケートには答えようという気持ちになっていたのである。

そんな偶然が重なって、昨日ポストに本が入っているから、おやと思ったら、なんとたった20名という坂本龍一著『音楽は自由にする』当選者に入っていたのだそうです、私ことクラシックイタチが。

実はもうちょっと読んで(9/11の話とかね)いたんだけど、せっかくだからこれを機にちゃんと読んでみようっと。

音楽とはかなり関係ないとはいえ、マトリョーシカコンテンツ、始動!

2009-06-06 | ピアノ
わたしだけのマトリョーシカ。

クラシックイタチこと私が、あろうことかリョーシ猫と名(?)を変えて運営しておりますウェブサイト『週刊リョーシカ!』で、金曜(2009/06/05)からマトリョーシカの特集が始まりました。。。

「マトリョーシカ Special コンテンツ 2009」
「わたしだけのマトリョーシカ。」
第11週:オリジナルマトを作る!

2009-06-05掲載

よろしかったらご覧ください。

うーん、しかし音楽にあんまり関係ないしな。
では、こんなマトリョーシカ案はいかがでしょう。題して、プリペアードピアノマト、でございます。(だめか)

プリペアードピアノマト

ピアノを新鮮に感じるとき。

2009-05-18 | ピアノ
今回はなぜかえらくうんちくぶった話から。

たとえばエレクトーンが多彩な音色で演奏されるのを聴いたとき、どういう感じがしました、というように「~とき」という言葉を使いますね。けれども、これはイギリスのE.M.フォスターという人の小説のタイトルで、

『天使も踏むを恐れるところ』

という時や、これとほんとに似た使い方で、糸井重里氏の著書のタイトルで

『小さいことばを歌う場所』(私家版)

この例のような「~ところ」とか「~場所」に似ている「~とき」もあると思うんです。時よりも、もうちょっとスペースがあるというか、そこに新しい空間が開けるような感じ。

坂本龍一公式サイト「siteSakamoto」が発行する日本語ニュースレター「JOURNALSAKAMOTO+」で紹介されていたのをきっかけに訪れた以下のピアノ&ピアニスト・サイト、まさにちょっとしたピアノの新しい局面が開けるここち。

ヤマハPianist Lounge「ピアニストNow!」
http://www.yamaha.co.jp/product/piano-keyboard/pianist-lounge/now/


まさに「ラウンジ」という新しい場所(site)が、拓かれてますね。もちろん教授のインタビューも掲載されています。

うちのトイピアノ
でもウチはまだ、相変わらずトイピアノ。

天使も踏むを恐れるところ (白水Uブックス―海外小説の誘惑)
E.M. フォースター
白水社

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ヤロン・ヘルマン、未来の語り方。

2009-04-16 | ピアノ


ジャズ・ピアノの新星、初来日! ってことで、CD聴いてよかったんで駆けつけた、という波ならぬ、いや並ならぬつう揃いのすみだトリフォニー。ジャズうさぎこと夫の大プッシュで、行ってまいりました。

キース・ジャレットだとあんなに高いチケットが、ヘルマンさん(YouTubeにアップされてたフランスのテレビでは思いっきりエルマンって言ってましたが)、たったの3,000円。信じられない。

しかもYouTubeでもたくさん聴けますよ。
Yaron Herman "Message in a bottle"
http://www.youtube.com/watch?v=gkLmlDzTDaE&NR=1


イスラエルのテル・アビブという街で生まれたというヘルマンさん、まだ20代という若さでこの活躍とあっては、「未来」としか言いようがないうえ、今回はピアノソロプログラムとあっては、「未来の語り方」なんぞは定石中の定石、同考多数のキャッチ(タイトル)と思われるのも無理はありません。

ですが、この人のコンテンポラリーぶりには、ほんとうに驚きましたです。

基本情報的なコンテンポラリーとして、まずはイスラエル。Wikipediaによれば国家としての面積は、だいたい岩手県と千葉県を足したぐらいの大きさ。Google Mapsによれば、彼が生まれたというテル・アビブから、エルサレムまで約30km、ニュースでよく出てくるガザ地区まで約40kmという近さです。

現在はパリ拠点で活躍しているとのことですが、なるほどフランス近代から綿々と続く現代音楽的不協和音の響きや、アドリブというかアクシデントというか、クラッシュ音というか、とっても現代音楽な響き──があるかと思えば、イスラエルといえば爆撃などもあるのだろうなあ、などとやや探っていると、本当に爆撃のような音が響いたり──かと思えば、繊細で感受性の強い彼のこと、日本滞在中に桜なんかも見て、さぞうす桃色のいろいろと不思議な気持ちになっただろうに違いないなどと憶測していると、ちらり(これはヒッキーのTravellingの「若さ ゆえに すぐに ちらり」の「ちらり」ですね)と伝統的な和なメロディーのかけらが挿入されたり。

最初に、ヘルマンさん、あなたは「未来の語り方」を示してくれているんですよね、と思ったのはいいけれど、それはただの思いつきだし、もっと言えば私が今知りたいことやりたいことを、たまたま舞台の上にいるあなたに当て嵌めただけなのに、ヘルマン氏はそれをどうしたことか、次々と論証していってしまうのであります。

この方は今後もいろいろ、音楽的に変遷されると思う。ぜひ機会を捉えて聴きに駆けつけてみてください。ちなみに今月18日にはなんと!ローマのコロッセオで、ピアノソロだそう。

ふう。コロッセオについてはまた機会をあらためて。

プロフィールなどはこちらから↓
Yaron Herman Web site
http://www.yaron-herman.com/


ヤロン・ヘルマン・デビュー
ヤロン・ヘルマン
ビデオアーツ・ミュージック
amazonへ


WBC、清塚、漢和辞典。メジャー3題。その1

2009-03-28 | ピアノ
こんばんわ。
ピアニストの新星として、これまでとはだいぶ違った、しかもアーティストとしての風格においては非常に老成した存在感で意欲的なコンサート活動を続け、デビューからずっと疾走している、清塚信也氏。その著書がついに、出ました。

ショパンはポップスだ ―清塚信也のクラシック案内 (CD付き)
清塚 信也
世界文化社

amazonへ


amazonでは、清塚信也氏自身による本の紹介動画も見ることが出来ます。ファンの方、必見。テレビ的にはというか、インターフェイス的には(悪く言うのではありませんよ)ちょっとつまらなそうな顔もしながら話す清塚氏ですが、あれはアドリブで考えながら話している証拠。たとえばそのビデオでは清塚氏、本を出すのは「むずがゆい」と言っていらっしゃるのですが、こんな言葉、なかなかライブでなくては出てきません。そういう意味でもかなりライブ感のある動画になっているので、ライブのMCではちょっと遠くてよく見えなかった、もう一度みたい、という方にはじっくり見られるよいチャンスだと思います。

ところでこの本をアマゾンでクリックしたら、
「この商品を買った人はこんな商品も買っています」
という欄に、なんと私が掲載したかった画像が載っているではありませんか!
これです↓

鹿男あをによし DVD-BOX ディレクターズカット完全版

ポニーキャニオン

amazonへ


私はこの鹿の正面写真を、「奈良」の観光旅行広告ポスターで見たのです。ですからまったく同じ写真というわけじゃない。バスの中でみたんですね。まあバスの中の写真ということではこの程度なら掲載してもokかと思います。

バスの中の鹿

これを見て、何かに似てる。そう、いまをときめく、もう新人ではないフィギュアスケートの浅田真央さんです。まっすぐで、翳りのない瞳。しかもこのDVDのキャッチは「神は使いに、鹿を選んだ。」なんですね、よく見ると。ですから、もう偶然の一致とは思えません。

いやあ、びっくりした。天才が天才を呼ぶってやつですよ、これは、絶対。

(脱線しすぎました。他のお題はまた改めて。)

寒さが続くほどに、深まるバロック。

2009-03-05 | ピアノ
Deutsche Harmonia Mundi: 50 Years (1958-2008) [Box Set]
Deutsche Harmonia Mundi
amazonへ

それが、買ってしまったのですよ、いきおいで、ハルモニアムンディのボックス。これすごいです。このみかけだと、昔、やのあき(矢野顕子)ボックスを買った時は12枚組、という勢いだったと記憶するのだが、なになに、紙パッケージです。従って収録枚数は、なんと50。

Deutsche Harmonia Mundi

クラシックイタチは、もちろんバッハが好きで、それもこどものバッハという、コドモ向けのために音符のひとたま1cmもあるようなピアノ曲集が好きで、大人になってもしばらく弾いていたものだが、その次はインベンションで、それっきりその先のバッハについては詳しくはわからない。思い出すのは、矢野顕子さんのソロピアノをキーボードマガジンが譜面に起こしてくれたりしたのを見たりしたときに、低音がきいているなあ→バッハみたいだなあ。それからポールマッカートニー氏のベース。ま、これも低音ということで→バッハみたいだなあ。建築物のように見える。

バッハというと、なぜか森鴎外も思い出すんだよなあ。

今朝は早よから、脱線しまくっておりますが。

で、バッハについて語りたいとかたいそうなことを思ったわけではなくて、そもそもは、私は案外テレマンとかハイドンが好きなのだ、ということがちょっと言いたかったのであった。坂本龍一氏のアルバムが発売になって、村上龍氏が興奮して「BGMのように聞き流せない」と──これですごく褒めていることになるのが、他流試合の面白いところと言うべきか──語っていらしたが、私のこのテレマン、ハイドン好きは、若干聞き流せるというところがおつなのである。(笑)

やれやれ、今朝は勝手な話ばかりで、失礼いたしました。

*なお、今朝ほど、響けブログのレイアウトが一時不具合になっていました。現在は復旧しています。こちらも失礼いたしました。

TENORI-ONは鍵盤楽器の最新型、かも。

2009-02-27 | ピアノ
渋谷スクランブル交差点

一般に、平均律というものが攻撃されると、がぜん、ピアノというものの旗色が悪くなるわけなんだけれども、ピアノという楽器が特に、歴史的に作曲にあずかってきただろうことは、間違いないだろう。もちろんツィゴイネルワイゼンのサラサーテもいれば、ギターで作曲するロックミュージシャンだっているわけだが、現代だけで考えても、商業的な音楽のほとんどは鍵盤楽器で作られているだろう。CMソングからちょっとした映像ビデオにつける音楽まで、その数は売れている音楽とは比較にならない数のすそ野を形作っているはずだ。

その鍵盤楽器というのが、シンセを経て、いまやコンピュータ・ミュージックへと変遷してきているだろうことが容易に想像できるのは、コンピュータ・ミュージックをやるための資金というものが、劇的に安くなったことは本当だからだ。

で、よくよく考えると、なんらかのスイッチで音楽制作・演奏が可能になるという考えは、やはり──それが当初はいかにアナログなものであったにしても──ピアノ、特に平均律のピアノから始まったと思うし、するとピアノ、シンセ、コンピュータ・ミュージックへというのはひとつづきのツールであるように思われる。

そこで特にアナログにフィーチャーしたり、人間に別の記憶を呼び覚まさせたりするものとして、トイピアノとか、フェンダーとか──響けブログでは「亜ピアノ」などと呼んでおりますが──があるわけだが、これらは同時に作曲ツールとしては一歩さがって、むしろライブ演奏に輝きを与えるようなフィールドで活躍しているように思われる。

これとは反対に、作曲ツールとしての鍵盤楽器としてはまさに王道というフィールドで、楽器の形が、いわゆる鍵盤楽器というかたちから逸脱していく、という現象が起こっているように思う。つまり古い世代があんなものでちゃんとした作曲ができるのか、と思うようなツールから、新しい音楽が生まれてきても不思議じゃない感じになってきている。

ただし、ツールだから使い心地がよろしくないと、生き残らない。TENORI-ONは、そんな試金石を生きるファンタスティックなツールのように、見えるのであった。

そうそうベーゼンについて語らなきゃ。

2009-02-07 | ピアノ
新宿・白龍館のバッサーハウス

なぜ、新宿の白龍館で、こんなにすごいライブが毎年行われるのか、というと様々な由来があるようなのですが、その理由のひとつには、このお店にはヴィンテージもののベーゼンドルファーのグランドがあるということがある。

このグランドはたぶんフルグランド言われる長さのあるやつで、ヴィンテージものってのはどういうのかな、と思ってフタの中を覗いてみたら、なるほどいわゆる工場からやってきた感じのちりひとつない、若い木の感じ(10年やそこらは十分「若い木の感じ」である)かというとさにあらず、おお、たしかにアンティークな感じになっているのだった。ベーゼンには通常の88鍵に加えて、低音にキーが加えられているモデルがあるが、白龍館のベーゼンは低い「ラ」で終わっていたから、たぶん88鍵である。調律もきれいにされていた。

ベーゼンドルファーは、現在ヤマハが日本での代理店である。そのホームページに掲載されているこのモデル

Artisan Model
http://boesendorfer.jp/products/special/artisan.html


が、ベーゼンドルファーというとイメージに近いのではないだろうか?

いや、しかしベーゼンドルファーというのは名器と言われながら、非常に生産台数の少ないピアノであるので、ふつうは滅多にお目にかからない(中古ピアノフェアのようなところにでることはまずない)。

ところがどういう巡り合わせか、クラシックイタチは弾いたことがあるのだ──そう、狛江のエプタザールで。(ヒビキのバイオリン発表会の会場がエプタザールなのである。その時のポストはこちら。ちなみに今年もエプタザールでの開催が決まったそうでございます!)

そしてベーゼンドルファーが写っているポストはこちら

クラシックイタチごときが弾いて何がわかるかとは思うけれども(それでも語るわけなのだが)非常によく鳴るのに、その音色がやわらかく、少し音が低いのではないかと思うほど落ち着いていて、といって大きくならした時はとても華やかな感じがする。

山下洋輔さんは、このピアノを最初はとてもやさしく弾いていた。そのやさしさと、ポンタさんのマレットが和したのである。一方、強い音、特に高音で強く弾くと、ほんとうに抜けて響いてくる。そのあたりは笛と競うところである。

というわけで、また来年。

あ、そうだった言い忘れてた。白龍館のベーゼンの塗装は黒です。

[Big Trio Live 山下洋輔・村上ポンタ秀一・坂井紅介@白龍館]
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2008年、今年グッと来た音楽アイテムって?

2008-12-27 | ピアノ
今朝の東の空

以前アンデスを購入したネットの楽器店からDMのメールが届いたのだが、まあ定石通り「ジャンクメール」に振り分けられていたのだが、タイトルが少し気になって開いてみた。

楽器店による「今年、グッときたアイテム総覧」
http://www.rakuten.ne.jp/gold/reckb/contents/best_2008/best_2008.htm


この「楽器店で話題である」という話は、楽器好きの方にはお馴染みの通り、なかなかスジのいい情報であったりする。

たとえばパチカというけん玉じゃなくてなんていうんだろう、振り子の実験装置みたいな玉がふたつひもでつながっていて、かちかちならす楽器があるでしょう? ああいったものが売れたりするということと、何らかの音楽ジャンルが流行るということは、きちんとつながっているし、ヒットする商品が演奏のなんらかのツボを押さえていたりするということも多いものだ。

しかし、楽器屋さんのチョイスはそんななまゆるいものではなかった。たとえば鍵盤楽器で推されているのは、マイク内蔵鍵盤ハーモニカ(ハモンド製)、電子チェンバロなど。なんでしょ一体。値段が高いものばかりがラインアップされているわけではなくて、レコーディングアイテムではギターを弾いてMIDIを出すという不思議なツールも載っていたり。そこで私もあれっと思ったのですが、このお店は鍵盤とレコーディングアイテムしか置いていないんですね。

楽器店の話題といえば、商品情報だけでなく、メンテ情報、楽器のお手入れ情報なんかもたいへん役に立つ。そのことならば、このサイトがおすすめ↓ ときどき私も書かせていただいております。
ヤマハサイト「音遊人」
楽器のお手入れ道|バックナンバー


今朝の西の空
こういう風景に立ち会うと、クラシックイタチ、つい、ペールギュントの「朝」がどこからか流れてきて、そのメロディに満たされてしまう。小学校の時に「登校の音楽」だったんですよね。。

清水ミチコに憧れて。

2008-12-25 | ピアノ
ミニピアノ

なんでまたクリスマスに清水ミチコに憧れるかというと、クリスマスとなると、クリスマスらしい幼年期の思い出がないらしい夫は、幼年期を飛ばして「恋人がサンタクロース」のモードへ入り、するとプレゼントにはさてギターを取り出してと(ぃよっ、伴奏楽器!)、うちのリビングは「ウクレレクリスマス」ならぬギターの弾き語りによるクリスマスソング歌いまくり大会、と言う様相になり、しかも夫がやるとなんとなくフォークな色彩が濃くなっていくという次第なのである。(あ、そっち違いますから。)

というわけでみんな元気に歌う(階下にはなんと合唱隊もくるのである)のだが、クラシックイタチが歌うとこれがどうも、ものまねを帯びてくるという困った問題があるのである。

「それが、音楽性のなさを露呈しているのだ」

と夫は言うのだが、本当だろう。

さて、ここからが応戦である。表現といえば「にのせん!」一本道な夫とちがって、私はコメディアンが好きなのである。ピーター・セラーズに始まり、ラビットならぬ関根勤、コロッケという芸人さんも好きである(徳川家康のまねまでしてしまうことによって時代考証してしまうというすごさ)。でもって女性のぴかいちが清水ミチコさんというわけなのだ。

音楽性のなきゆえ、と夫は言うのだが、私は歌おうとするとものまね、というより、より正確に言うと、「清水ミチコさんのものまね」になってしまうのである。

お笑い性(なもんありましたっけ)のない夫は、「それやれば、おもしろいかもよ」などと言っているのであるが、面白いわけないでしょう。

HASYMOのライブに出てくる卓上ピアノ

2008-12-19 | ピアノ
卓上ピアノ・ミニピアノ

YoutubeにアップされているHASYMOのライブで、坂本龍一氏がミニピアノを弾いているよ、と聞いて、見てみたら、確かに弾いていた。「RYDEEN 79/07」という曲である。だがおそらく著作権の問題がありそうなので、ということは、Youtubeの映像を指定してもすぐリンク切れになることが予想される。そこで、これが入っているアルバムというかCDを紹介しておこう。ウチではダウンロードで購入し、最近よく聞いている。(近景についてはこちらのポスト「SFは音楽に限る。」をご覧ください)

GIJONYMO-YELLOW MAGIC ORCHESTRA LIVE IN GIJON 19/6 08-

commmons

amazonへ(視聴もできます)

しかしこのミニピアノは、一見したところ、ウチにあるKAWAIのミニピアノによく似ている。天板を開くと、フタのようなのがネジ留めされていて、中には音源にあたる金属のパイプが、おそらく入っているはずだ。ところがこのネジが案外頑丈にとまっていてうまく外れない。

坂本龍一氏は、このピアノのフタをしめたまま使っているが、ウチのピアノで弾いてみると、決定的な違いが1つある。それは、電子ピアノなどでも若干同様なのだが、鍵盤を上げ下げするカタカタした音がバカにならないほど大きいということだ。CDを聴いてみればわかるように、YMOの録音ではその音が入っていない。だからヒビキがライディーンを聴いて「トイピアノだ」と看破したときも、大人はシンセだろうと思っていた。音だけがきれいに入っているからだ。Youtubeの粗い画像ではとてもわからないが、もしかしたらトイピアノの中にうまくマイクを仕込んであるのかもしれない。カタカタはアクションが本物のピアノほどうまくできていないために起こるから、打鍵によって発音した音だけをうまく拾えばいいわけである(理屈からすれば、ですが)。

Youtubeのその他の映像でも、トイピアノを録音したものは、紛れもなくそのカタカタした音が入っていて、速弾きのトイピアノが聴きずらいのは、そのためでもある。なんとも優雅じゃないし、かえって神経質な感じがしてしまう。あれだけたくさんの映像がみんなカタカタ鳴っているのだから、音だけをとりだす、というのは案外たいへんなことのように思えるのである。またジョン・ケージのトイピアノのための作品でも、そのノイズを活かそうというわけだろうから、きっとカタカタするに違いない。なんというか、静寂の水面の上を、カタカタという「環境音」を含めたピアノが鳴る、というのが、トイピアノの独擅場といったところなのではないだろうか。

いやあ、あのトイピアノはどうなっているんだろうなあ、と思いながら聴く「RYDEEN 79/07」なのである。

RESCUE/RYDEEN 79/07
SHIHO SHIBAOKA,HARUOMI HOSONO,YUKIHIRO TAKAHASHI,HASYMO,YELLOW MAGIC ORCHESTRA
commmons

amazonへ(視聴もできます)

上達は楽しい、の魔力。

2008-11-20 | ピアノ
学校見学

このところクラシックイタチこと私は、クラシックバレエを少々習っておるのだが、そのプロセスで、かつてクラシックピアノを習っていた時の「レッスンとは何だったのか」に、改めて気付かされることが多い。

かつてタレントの清水國明さんが「好きなことと得意なことは違う」と言った。仕事でも人はわりと得意なことをやりがちで、得意なことはやれば人よりできるし、うまくいく気がするけれども、よーく考えると別にたいして好きじゃなかったりするのである。そりゃキライじゃないよ、と開き直っちゃったりしても、「好きなこと」は誰にもあるもんじゃないところが、むしろ「得意」と違うのだ。「得意」なんて、探せばある。開き直っちゃった人は、たぶん、自分が好きなことがまだよく意識されていないのである。

クラシックバレエで帰りがけによく話をする方がいらして、自分は「生まれてこの方からだが硬かった」と。今このようなレッスンを受けていて「とても楽しいです」と言った。得意じゃないものを、一万光年も遅れて始めたことは、さぞ好きなことであろう。私も、生まれてこの方からだが硬かった。少しでも「クラシックバレエ」ができるようになることは、たいへんうれしい。少しでも柔軟性がアップしてはいないかどうか、毎日チェックしてしまう。好きでやれたら、夢で逢えたらである。

そしてここでも簡単に、つまり「上達してるからいいんだ」というふうに安住しがちだが、もちろんそういう付き合い方もあるけれども、自分が好きなことで何かの役に立つということは、好きなことを続けていくうえでプラスである。私はとりあえず今日習ったことを家族に教えて柔軟性のあげかたという情報伝達してるんだけど、こんなのはまあ、はた迷惑の部類である。

そういう積み上げ型の発想をしていると、いつまでも「表現」が見えてこない。だが、表現は自覚的に行ったほうがよい。いや、「表現からしか入らない」ぐらいの気骨が必要だ。その意味ではクラシックイタチのクラシックバレエは撤退、クラシックピアノは瀕死である。

言ってみれば音楽そのもの、踊りそのものは、「上達」とは何の関係もない。だからほんとうは、レッスンの課程というのは、「ついでに必要な上達がついてくる、達成される」というのがきっといいのかな、と思う。それでもあることが出来ていなければなんともならんことはあるのだが、そこは我慢のしどころなんだということがお互いわかっているだけで、だいぶ違うよな、である。やっぱり何事も──おいおい、最近年寄り臭いのである──自分が何をやろうとしているのか、ばかりが頼りである。

なんてまあ、朝っぱらから、ですが。

※写真は“工夫大魔王”ヒビキの「ひかる色のセバーくん」(って何かは不明)。最近の小学校の図画工作は、このような透明のビニールにカラフルなものを入れて光あるところに吊した(あれ?もしかしてそれで「ひかる色」なのかなあ?)らおもしろい、というところを独自に発想するのが大事だと私は思うけれども、そういう技術的なアイデアをぼんぼんコドモに与えてしまって、そのアイデアがあまりに大きいので、コドモはみーんな似たよーなもんを作るというのが流行りのようです。そんななかでヒビキのは、モールでねじり上げたり、題を工夫したりしてるのが光ってたよ!

清塚信也氏のMCとは何か。

2008-10-25 | ピアノ


昨日のつづき)

私がそういったことに気付いたのは、実は暗に、ピアニスト自身の解説がヒントになっている。清塚信也ピアノリサイタル@ルネ小平大ホールのステージで清塚氏が話したことのうち、特に語り始めの部分を、クラシックイタチは、よく覚えている。

ひとつはまず、清塚氏が「きみ、漫談うまいね」と言われたという話。「べつに漫談ではないんですけれどもね」

もうひとつは「クラシック音楽」と呼ばれているものは何を指し、あるいはどうしてそれが日本で「クラシック」と言われるようになったのか。(具体的な内容はこちらの中盤を参照)

こういったことは非常に、ていねいで、静かで、見通しがよく、といって観客の領域に踏み込んでこない解説になっている、と私は思う。

そういえば(ぜんぜん違う話で恐縮ながら)昨今盛り上がっているプロ野球のクライマックスシリーズのラジオ中継を聞いていて思ったのだけれど、現役の選手の解説というのは、いわゆる解説とは違った何かですよね(だいたい解説者ではなく「ゲスト」と呼ばれている)。でもって、その選手がもし自分が出場した試合の終了後にインタビューを受けたのだったら、さらに言葉少なに語りますよね、きっと。「はい、思い切っていきました」とかね。だけど野球の真実は、そりゃあ当のバッターなりピッチャーなりキャッチャーなりが体験したことのなかにあるわけでしょう、やっぱり。そして私たちの中には、また別の野球がある、というわけです。

清塚信也氏のMC(ステージ上でのトーク)を考えるうえで、野球の解説の例が役に立つかどうかは依然としてはなはだ心許ないのだけれども、つまり、野球で言えばこれから結果を出そうという人が、その当の事柄について語り得る内容には、当然、限りがありますよね? だって「今日はホームランを打ちます。外角直球を狙っていくんで、そこんとこ応援よろしくお願いします」とは言わないでしょう、きっと。

で、やっとリサイタルへ戻りましょう。そうそう、コンサートの終わりに、清塚氏は実にきっぱりと、こう付け加えたのだった──

「今日の演奏が、僕がなぜピアノを弾くかの答えになっています」と。

そこで、またしてもクラシックイタチは思ったのだが(私はしつこいのだ)、すべてを演奏に託した清塚信也氏がなぜ語らなければならなかったのか、「そんなことしなくてもいい人なのに……」と思うのが古くて、「そういうことをしてもいいんだ!」と思うほうが、クラシックに新しい道を拓くのではないか?

このように考えてくると、クラシックイタチの清塚信也ピアノリサイタルの感想は──「そういう、別の人が現れたんです。」ということになる。

ちなみに新しいといえば、(今日は話があっちこっち飛んで恐縮)現代物理学の主要な概念のひとつである「量子」は、現在すでに理解されるのに100年かかっている(20世紀初頭、物理学者たちに理解されるのにさえ20年もかかっている)。量子の理解の例がいったいどれだけ役に立つかは、依然としてはなはだ心許ないのだけれども。

[清塚信也ピアノリサイタル@ルネこだいらを聴いた]
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