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*HEAVENLY SHEEP/徒然記*

管理人・伽澄綾の不定期更新日記。ただいま子育て奮闘中のため、更新鈍亀です…^^;

作家活動情報

2011年08月30日 23時00分26秒 | 日常
ごく近い方にはもうお知らせ済みだったのですが、たて込んで連絡が遅くなってしまいましたι

8/26からザ・モール仙台長町 Part.2 二階の『one leaf』さんにてハンドメイドアクセサリー・雑貨の委託販売をさせて頂いておりました。
急遽決まって搬入等バタバタしてしまい、事後報告になりました。
店内すべて手作り品、アクセサリー・雑貨・洋服の他に親子でも楽しめそうなワークショップもされている、かわいいお店です。

立ち寄られる機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。


LOFTの委託先『TIME & TIDE』さんには、今日新作のしおりとピアスを郵送致しました。
来月もしおりを多目に納品予定。秋ですしね♪


イベントへの参加は、今までの会場はやはり津波で完全にダメになったようで(そりゃそうだよね…完全に水没したハズだもん…)、イベント自体は別の会場で開催を始めたようなんですが、色々あって現段階ではイベント直参再開は予定にありません。

青森への疎開予定もあるのでまだまだバタバタしそうですが、少しずつでもちゃんと作家としての活動を続けていきたいと思っています。
今後ともどうぞ、よろしくお願いいたしますm(__)m

久し振りの手縫い

2011年08月17日 23時22分12秒 | 日常
明後日が一歳の誕生日の息子の幼なじみちゃんにママとお揃いのシュシュを作りました♪

取り外し可能な、その子の誕生石を使ったプチチャームをつけて…まだ小さくて誤飲とかあるから、夫婦でお財布とか携帯に着けてくれないかなと願いを込めて。
これとお店で買ってきたキャミワンピをセットにするんだ(*´ω`*)
もう夜遅いから、ラッピングは明日。
お子さんちょっと体調不良中だから、明後日にポストに投函するのだ!

気に入って貰えるといいなぁ。

当たり引いたぁ~!!

2011年08月13日 23時19分06秒 | 日常
震災の影響で上下繋がってない秋・冬服が買えず、つなぎのアイテムは大きくなったから使えないし、と多少高くついてもそろそろ秋服を買っておかなくちゃと悩んでいた今日この頃。

先日財布も壊れて気落ちしていた所にフェリシモからバーゲンメールが来て、気晴らしにネットでウィンドウショッピング~とアクセスしてみたら、見つけてしまいました。
コートやジャケットも入る男の子のセット(3~5点)\2500円が\1500!?
マジで?
3点しか入らなくても一枚\500じゃん!
内容選べないけどフェリシモの子供服は好きなデザイン山盛りなので、速攻頼んでしまいました。

そしたら…


なんと!

5点入ってた!!!!

一枚あたり\300だよ!!?
しかも赤毛であんまり青系似合わない息子にすごく似合いそう&着こなしやすそうな色ばかり!!
その上、デザインは大好きだけどお値段が高くて絶対手を出せなかったブラウが二枚とモン・シュー・べーが一枚入ってた~!!!!

息子に似合わなそうな色は逆に甥っ子が似合うので、いざとなったら震災見舞いやらのお礼に使おうと思ってたんだけど、何かの間違いではと問い合わせをした方がいいんじゃないか?と不安になるくらい、すごいいい買い物しちゃった(*´∇`*)
つなぎも一枚入ってたけどサイズ大きいの頼んだからアウターとして使おう♪
もう嬉しすぎて猛暑日続きなのにファッションショーさせたい気分です。

早く涼しくなれ~!!(`人´)


ちなみに撮影用に使った布は息子にズボン作ろうと思って買ったんだけど…
一枚入ってたし、ゆっくりでいいかな…。

今日で5ヶ月。

2011年08月12日 00時28分34秒 | 日常
息子の誕生日には日記あげなかったクセに、毎月11日には必ず日記更新しなきゃ!ってなるようになりました。
息子のお祝いは身内だけで十分だけど、震災の事、それに対する今の自分の思いや状態は誰かに発信しなきゃと思うんだよね。
自分の精神の安定のためと言うのがもしかしたら一番の理由かもしれない。

あれから5ヶ月。
行方不明者数がやっと五千を割りました。
また大切な人の元に戻れた人が増えてよかった。毎日捜索してくれている人達には本当に感謝…。
先日仙台市は避難所が全て閉鎖されたそうです。とりあえず、みんな屋根の下で家族だけの生活を出来るようになったのかな。これからの生活が大変な人まだまだ多いだろうけれど…これも大きな一歩だよね。

でも、今日は14:46の黙祷、地元もそれ以外の局もテレビはリアルタイムでは一切流れてなかった。
なんか忘れ去られてる気がして切なかった。
国会中継ではちょうど必死な顔で野党に言い訳している菅首相。
このまま復旧対応もズルズル引き延ばしでどんどん被災地は置いてかれていくんじゃないかと思えて仕方なくなってしまった…。

この1ヶ月で思ったことは…
…やっと、震災がきて生活が一変したという自覚が出てきたことかな…。

息子が気管支炎になって看病でバタバタしてたのもあるかとは思うけど、最近は、市内で一番被害の酷い場所を3月のうちに目の当たりにしたけど(むしろそのせい?)、まだ映画の撮影でも見ていたんじゃないかみたいな、妙に現実感がない毎日で。
それが今月に入って色々聞いたり見たりして。
お姑さんの仲良しだった同僚さんが夫婦揃って津波で亡くなられていたとか、津波で家と財産を全て流された亘理の親戚の親戚さんがやっと仮設住宅に入れたとか、ついこの前まで建設中だった割とよく行くスーパーのそばの仮設住宅が完成してたくさんの人が住んでたとか、お舅さんが好きだった名取の海鮮料理屋が実は津波で全壊しててうちの近くで再出発の営業を開始したとか、去年旦那さんのバッグ盗難事件で行った山元町が人口の3分の2くらい亡くなっていたとか、お出掛け時に高速から見たら沿岸部はまだまだ瓦礫の山だったとか…
良い話題も悪い話題も、確実にあの地震で前の日常は完全に壊されて、一歩一歩自分達で再構築しなきゃいけないのだと改めて胸に杭を打たれた気がした…。

家の中も、息子の初めての誕生日とか一升餅背負わせたりとかお祝い事で賑わってはいたけど、
後半は旦那がとうとう過酷な労働状態+心ない上司に精神的にトドメ刺されてノイローゼになりリアルに二週間ニート状態。
今はなんとか持ち直して仕事出来るようになりましたが、もう家の内情ぐちゃぐちゃで、久々に死にたい衝動に駆られたよ…。
おかげで息子が私の生きる意味だと再確認した。

これから先の問題も山積みでまだ片付いてないのでまたいつ鬱状態に陥るかわからない…。
とりあえず私と息子で青森に避難って話は未だに保留状態。
これから旦那の仕事と精神状態がどうなるかで決まるようです。
私は息子の命に関わる問題だから、自分達が大変でも青森に避難するつもりで準備はしてるけど、旦那はそこまで頭が回らないと言うし、お姑さんは息子が心配だから孫とここに居るようにしろ、と。自分も子供が小さいとき旦那が単身赴任で一人で見てたとき大変だったから、二人だけで行かせるのは心配だと。
そちらから母子疎開を提案しておいて、私の実家も既に巻き込んでおいて、結局自分の事なんだなぁと呆れてきました…。
単身赴任と放射能汚染は全然違うでしょう…。

他にも色々ありましてね…。お姑さんとの同居も、この家での子育ても、その先の未来も希望が持てない気分でいっぱいです。
こんな状況だからこそ、少しでも早く青森に母子疎開したくなってきた。(お姑さんはこれを機に離婚されるんじゃないかという心配もしてるみたいだよ)
もう原発どうこうより家の中の方が耐えられん。

息子の気管支炎も治るまでまだかかりそうだし、また悶々とする1ヶ月になりそうだ…。


毎日小さな幸せ見つけて頑張ります!

3.11より4ヶ月

2011年07月11日 22時46分00秒 | 日常
今日は息子の一歳の検診で、震災の時間に黙祷出来ず。
この日記をアップしたら外に出て、星と月を見ながら黙祷しようと思ってます。

震災から4ヶ月経ちました。
宮城県だけなら行方不明者が3000人切ったそうです。
大切な人の元に帰れた人がまた増えてよかった。
まだの人が一日でも早く見つかりますように…。

この1ヶ月はテレビや新聞…というか政治の動向とにらめっこしてた気分です。
最初から民主党は信用してなかったし票も入れなかったからか、個人的には腹立たしいを通り越して諦めてきた感じ。
テレビ見てると忘れ去られてる感じですけどね、被災地は全然復興どころか復旧も足踏みしてますよ。
現地の自治体は死に物狂いで頑張ってくれてますよ。
だけど、お上が動かないから動きたくても動けないでいるんですよ。
政治のニュース見てると泣きたくなる…。
今年も猛暑になりそうだけど、暑さ対策できなくて亡くなる方が出ませんように…。


さて、先月下旬から八戸に行きまして、先週帰ってきました。
一週間前なんですが、なんだかんだ忙しくて家のこと以外手が回らず。
八戸にいる間は天気はあんまりよくなかったけど気分も爽快で体も軽かったんですが、色々あって帰仙早々からもう鬱状態です。
八戸恋しい…。

八戸にいる間色々調べものとかしてて、結局友人に会う暇は作れませんでした。
けど、多分八戸に母子だけで行くのは決まりそうなので、もっとゆっくり時間取れたら連絡してみようと思った次第。
いつになるかはわからないけど…なるべく早くしなきゃな…。
こっちにいる間もハローワークで職探しとか、また多忙になりそうです。

八戸にいる間海のすぐ近くの親戚の家にいたのですが、息子のお散歩でちょっと歩いて行ったら5分程度で港に着き、津波の爪痕をたくさん見てきました…。
あと少し低い場所だったら妹一家危険だったんだな…。
津波で陸に打ち上げられた船もやっと片付けられたところで、港には被害に遭った船がまだそのままの姿で居ましたし、浸水したり津波に叩かれて壊れた家屋もありました。
荒浜で見た凄惨な風景に比べればまだ見ていられましたが、やはり怖くなりました…。
仙台で見られるニュース、特に全国版では、どこを見ても八戸は被災地なのに忘れ去られてるんですよね。
その事もひどく痛感させられました。
でも、他県より被害が少なかったからなのか、八戸の人たちの復興への意気込みというか、熱さもすごかった。
毎日息子と散歩しててたくさんの人に話しかけられたのですが、みんな頑張ってたし、他県の被災地をすごく思ってくれてた。
負けずに頑張らなくちゃって気持ちを貰った。

実家に帰って十年以上振りに会ったご近所のおじさんやおばさんにも色々話を聞いたけど、やっぱり同じ東北だから親戚が居たとか子供たちがそっちに出張で住んでたとか、そういう話も多かった。
私も家族も相当心配して貰っていた。
本当にありがたいです。
その中で、幼稚園の頃からお世話になってたおばさんは、旦那さんの親戚が石巻にいて、そこの孫さんだかが奥さまと子供二人(三歳と七ヶ月)を亡くされたそうです…。
下の子はちょうどうちの息子と同じくらい…。話ながら息子を見て目が潤んで居ました。
遺体は幸い見つかったそうですが最近のことだし、火葬が出来ず土葬されているとのことでした。
=まだみんな家族の側に居られてないんですね…。

奥さまも下の子も私たちと殆ど変わらず、うちの上の子も無事生まれていたなら三歳…。
切なくて、苦しくなりました。
この家族の分も、頑張って生きていかないとと思いました。

周りの状況は変わらないけど、帰省したことで迷っていた気持ちが固まってきました。
私もうだうだしてないで、頑張れることを精一杯やろうと思います。

がんばろう、東北!
大切なふるさとのために、微力でも出来ることをしたいと思います!


またしばらくオフラインに潜ります。
また何か状況が変わったら日記書きたいな。
それでは、みなさんお互い体に気を付けながら踏ん張りましょう!

青森へ

2011年06月19日 22時08分57秒 | 日常
地元へ今日から二週間の帰省というか、疎開です。
お世話になる妹夫婦宅には息子と一歳四ヶ月違いのお兄ちゃんがいて、仲良く遊んだりやきもち妬いたりで大わらわι
忙しくも楽しい毎日になりそうです。

こちらはやっぱり空気もいいし、夜空も綺麗☆
家族離れての暮らしは寂しいけど、こちらなりの楽しみを見つけて毎日仙台にメールしたいなと思ってます。
明日は周辺のお散歩に勤しみたい。

しばらくブログはお休みになるかと思います、時間がないかと思うので。
また二週間後仙台に戻るときには少しでも原発の事態がよくなってるといいな…。
明るい気持ちで報告ブログが書けますように。

納品準備中

2011年06月16日 13時20分24秒 | 日常
予定では先月末~今月初旬の筈だったんですけどね…
るるる~…。

やっと息子の通院が一段落しましたよ。
お薬あげなくていいの、何ヵ月振りよ!?
まだ鼻水出てるし油断すると目やにも出るんで要注意だけど、とりあえずね、お医者さまより大丈夫宣言戴けました…(*´△`*)―3
ここ二ヶ月くらい(もう正確には思い出せん)昼寝はもちろん無しで毎晩30分~一時間置きで起こされてたんですが、一昨日から3~4時間、長いと5時間夜寝てくれるようになりました。
やっと私も寝れる…体力回復が望める…。
自分自身の風邪がまだ治りきってないのと鬱が出てきたのとで体調は良くないですが、このまま二人とも良くなれば自然と快調になるはず…と願う。

で、
予定通り19日から実家へ帰省する事になりました。
色々やることもありますが、学生時代からの友人と会う機会も作れそうだし、ここ数年家に縛られてがんじがらめで息が詰まってた分、爽やかな八戸の空気を堪能してこようと思います。
息子といっぱいお散歩するぞー!!

そんなわけで、帰省前に納品すべく、必死で準備中です。
写真はなんとか作った赤ちゃん用防災頭巾(サイズ的には大人も使えます)。
結局三つしか作れなかった…。
あとは先月作った、本物の桜の花びらを入れた和柄の樹脂ブローチと帯留めを納品します。

実は久しぶりの樹脂の加工で失敗品もたくさんできて、実はそっちの方が柄の出方や組み合わせが気に入ってる物が多くて、ブログ上でアウトレット品として通販募集してみようか悩んでます…。
あと時間出来たら集合写真載せてみますね。

八戸に帰省したら&もし長期疎開になったら、材料持っていけないし、また作家業続けるか辞めるか考えないといけないなと思ってます…。
個人的には勿論続けたいけど、子供が生まれてからの状態を考えると、なかなか難しいなと…。
同居の家族も協力してくれるって約束をしてくれたから続けようと思って頑張ってきたけど、どうやらそれは望めないことがわかったので。
子育てへの協力すら、厳しいんですもの。今までしてくれなかったことをこれからしてくれるとは到底思えないものね。
やっと諦めがついてきましたよ。

鬱のせいだけならいいんですけどねー。

さて、出発まであと二日ちょっと、頑張るぞー!

本震から三ヶ月

2011年06月11日 15時10分38秒 | 日常
今、本震の起きた時間におばあちゃんと二人で黙祷しました。
あの日と同じ場所に、同じように私と息子とおばあちゃんの三人。
あの日はまだハイハイもおぼつかなかった息子はすっかり掴まり立ちが得意になり、片手をあげて立っていられるようになりました。
その息子は、おばあちゃんが手を合わせて黙祷する姿を見て、真似て笑顔で両手を合わせました。
何だか、涙が溢れそうになりました…。

今日の段階で行方不明者は8000人。
先月から2000人ほど減ったけれど、それでもまだこれだけの人がわからないのだと思うと…。

三ヶ月たったけど、多少再開したお店が増えたりしたけど、この1ヶ月は今までで一番変化が感じられない。
何も前に進んでない…。
早く、復興に、生活に関する法案が採決されますように。
早く義援金が配られますように。
早く、生き残った人たちが前向きに歩ける道筋が出来ますように…!

あれから

2011年06月06日 21時57分16秒 | 日常
まずは前回の日記でご心配をお掛けしましたみなさま、ごめんなさい。
本当にありがとうございました。

あれからすぐ、放射能関係は通りすがりの方や詳しく調べていた友人より情報を貰えて、欲しかった知識や情報を手に入れることが出来ました!
私は昔からとにかく調べて何パターンも考えた上で自分に合うと思うものを取捨選択するという方法でしか物を決められないもので…
悪い情報ばかりでテンパっちゃったけど、ちゃんとしっかりとした安心情報もやっぱりあったのね。
混乱しすぎて探し方も間違えていたのだと、冷静になってようやく気付きました。

そんなわけで、冷静にじっくり考えて、私なりの今の見解は
「仙台は今のところ大丈夫。」
になりました。
空間線量も食べ物も。
内部被曝は詳しくはわからないけどちゃんと自分が気を付ければ呼吸以外の分は気にしないで大丈夫そう。
外部被曝に関しては、今の空間線量で年間1ミリシーベルト行きそうだけど、私自身が高校の三年間毎年ギリギリの年間被曝量浴びて心臓の治療して、15年経った今も元気で無事子供も産めてるので、これを根拠に大人は大丈夫と言えます。
でも子供には影響は三倍になるという話だったので、呼吸による内部被曝のリスクもわからないし、乳幼児はやっぱり多少リスクあるかも?と思うので、行けるときは出来るだけ息子と実家に遊びに行くようにしようかと思います。
離れればその分体に蓄積した分も抜けるしね。

ますば今月の下旬に2週間ばかり、情報収集に帰って、それからどれくらい避難をするか検討することになりました。
私はまだ何年も行かなくてもたまに一ヶ月くらいまとめて帰るとかでいいかなと考えてるんですが、旦那さんはどうしても何年、下手すると何十年って考えだそうです。
放射能の情報がどうこうより、政府が信用できないから、今出来る限りの最善を尽くして、数年後もし何でもかなったのならその時に、なんだ杞憂だったなって後から思う方がマシだという考えからだそうで、それも確かに否定できません。
あっちでの情報収集で和解策が作れるといいな。

まず、今回の情報収集のお陰でリンゴと酵素、海藻類が内部に取り込んだ放射線の排出に効果があるとわかったので、家族みんなでなるべく味噌汁を毎日食べてます。
味噌汁大好きだから苦にならないし、時間がないときは震災前からいっぱいあった即席わかめ味噌汁作ればいいし、けっこう楽に出来る対処法ってあるもんですね。
息子もリンゴはもともと好きだし、味噌おじやも気に入ったようだし、海藻類は鉄分も豊富だし、なんか栄養面でもむしろ安心できる離乳食献立になってきてます(*´ω`*)
あとヤクルト…乳酸菌もいいらしいけど、こっちはまだ信用できる裏付けが得られてない。ヨーグルトも好きだから効果があったら嬉しいんだけどな。


まず、実家に行くことは決めたので、あとは息子と私の体調だけが問題。
息子、熱が下がったと思ったらまだ具合悪くて、どうやらとか突発性湿疹だったようで…。
風邪→胃腸炎→風邪→突発性湿疹→風邪って次々やってた形のようです。
今は鼻水ズビズバ~ってなくらいで超元気なんですけど、また来週念のため来院してくださいとの医師からのお達し。
そして私も息子から風邪貰っちゃったよ…。

そんな訳で二人とも治らないとまず動けない事態ι
頑張って早く治さなきゃです( ┰_┰)

実家に行くまでに先月作った樹脂の帯留めとか、赤ちゃん用の防災頭巾を委託先に納品したかったんだけど、間に合うかなぁ…。
こっちも頑張らなきゃなあ(´-ω-`)


まず大事な決断のためにも、早く体を治して、私自身の覚悟と地盤を固めたいと思います。
頑張るぞ!

頭がパンク寸前です。2

2011年05月29日 00時08分04秒 | 日常
■文字数オーバーにて分割。

しかしそんな生活にももしかしたらもう少しでさよならかも知れません。
それが今一番夫婦で頭を悩ませている事…。
原発による諸問題。

宮城県は地震で放射線測定などしていた公的設備が被災して使えないため、現在情報がほとんどありません。
大学や企業、個人で測定しているところがネットで掲載しているのを自力で探す日々です。

先日、宮城県南や岩手県の牧草から基準値の五倍の放射線が測定されたのを受けて、夫とお姑さんから「ママと赤ん坊だけでも青森の実家に避難した方が…」という意見が出ました。
私もずっと気にはなっていたけど気にしすぎると自分も追い詰められるとわかっていたからギリギリまで目を背けようとしてたんですが、耐えられなくなってその日から携帯から集められるだけ情報を集めました。
旦那さんは仕事で仙台を離れられないし実家の方の雇用情勢を見るにあちらで再就職なんて無理だろうから、家族離ればなれになって暮らすなんて嫌だから、少しでも避難しないで済む明るい情報を探したくて…。

でも探せば探すほど、一刻も早く仙台を離れないといけないと余計に不安になり、焦るばかり…。

仙台市(青葉区)の空間放射線量はここ数日の平均で、一時間あたり0.10マイクロシーベルト。
365日この数値として一年で約900マイクロ。
1年の大人の被曝量上限が1ミリシーベルトに対し0.9ミリシーベルト。
子供は大人の三倍の影響を受けるらしい。なのに政府は子供の被曝上限20ミリシーベルトを撤回してくれない…。

空間線量がこの値に対して、呼吸するだけでもする内部被曝が含まれたら、この仙台もどれだけ被曝してるんだろう?
既に大人だって基準超えてるはずだ。

野菜や水の線量は市内は出ても低め。でもすぐ近くの県南はこちらの2~3倍。
どれも政府の基準値では健康に影響なし。
でも世界、例えばWHOやドイツの原子力委員会の基準より日本の基準は300~2000倍の値。
こちらの基準から考えれば、どこもかしこも「検出されなかった」以外は全部数十倍以上。
これって一体どういうこと??!
これまで地域復興のためになるべく宮城県含む被災地の産品を食べようと努力してきたけど、これじゃ怖すぎて息子には何も食べさせられない!

大人はまだいい、と思えるけど、どう考えても子供には危険すぎる状況なんてとっくの昔になっていたとしか思えない。
今の政府が20マイクロを言い出した時点で福島や近隣の子供たちは見放されたのだと思ったけど、見放されたんじゃなくて死んでくださいと言われたとしか思えない…。

海外の原子力関係の団体や日本の専門家の見解では、福島原発から100km~200km圏内も子供は避難させた方がいいという意見が出ているそうです。
ちなみに我が家は90km圏内。

もう何が正しいのか、どう判断していいのか、どうしたらいいのかわからない。

考えてる暇があったら、例え政府の発表が正しくて万が一しか影響が出ないとしても、とにかく出来る限りこの仙台を離れるべきなんだろうけれど、
経済的な問題とかも色々あるけれど、
何よりも私の周りの宮城・福島在住のママ友さんと子供たちは県外に出たくても出られない人ばかりで、私だけ避難していいのか、そんなことが許されるのか、考えてしまいます…。

私が逆の立場なら許せるだろうけど、きっととても切なくてやりきれなくなる。
子供のためには仕方ないけど、この先その友達に何かあれば、私は多分一生自分を許せないと思う…。


実家に相談したら実家もお嫁に行った妹家族も「いつでも受け入れるよ!」って態勢を整えてくれてるけど、
私も旦那も頭がもうぐるぐるで、どうしたらいいんだろうって自問自答する毎日です…。

でも行動しないとどうしようもないから、とりあえず涙を拭いつつ、仙台を少しでも離れるための準備をしなくてはいけません…。
息子の体調がよくなったら、すぐにでも行動開始。
6月中に情報収集のために息子と二人で一週間から二週間実家に帰って、それからその間に原発がどうなるかも含めて、数ヶ月になるか、何年という期間も想定して移住するか、それとも仙台から出ないか、結論を出す予定です。


宮城県沖地震は想定してたけど、まさかこんな形で人生が狂うなんて想像もしてなかった…。
福島の人や被害の甚大だった人はきっともっと痛切に思ってるんだろうしもっと追い込まれてる人もたくさんいると思うとやりきれなすぎる…。

せめて、補償金とか出さなくても、子供たちはみんな少しでも安全なところに行けるように、政府で命令出してくれないかな?
そうすれば家族が離ればなれになっても、暖かい手で支援してくれる場所が増えたり、不安要素を少しでも減らしてくれる状態になるだろうに…。
今の政府じゃどう考えても絶望的にしか思えない…。


考えても考えても考えても迷うばかりだけど…
こうやって文にしたら少しは霧が晴れました…。
子供を守れるのは私たち親なんだから、頑張って頑張って、踏ん張ろうと思います。
歯を食いしばって、行動しようと思います。


少しでも、日本の未来に、子供たちの明日に、光が射しますように…!