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*HEAVENLY SHEEP/徒然記*

管理人・伽澄綾の不定期更新日記。ただいま子育て奮闘中のため、更新鈍亀です…^^;

頭がパンク寸前です。 1

2011年05月28日 23時27分06秒 | 日常
3月から風邪やら胃腸炎やら家族で繰り返している我が家ですが、
息子が先週からまたしても風邪+胃腸炎になり、そして長引いております…。
しかも今回は40℃寸前まで熱が出て、ご飯も吐きまくり、鼻水酷くて呼吸が辛くて寝てもしょっちゅう起きるため夜中もほぼ寝ずの看病の毎日で私も倒れそうです…。
とりあえず昨日で熱は落ち着いたようなので、後は鼻水と痰と吐き気か…。
我が家、特に息子は地震の後一度体調を崩してから2ヶ月ほど、ほとんど健康元気って日がありません。
よっぽど体も心も疲れてるのかな…。

熱は息子がくしゃみをすると厚着をさせるお姑さんのせいで多分上がりっぱなしだったんだとわかったときには本気で頭にきました…。
熱が逃がせなくなるからやめてって何度言っても聞いてくれず、一番ひどい症状になった時は私が御飯の支度で預かって貰っている間に気温が20℃越えた日に関わらず上四枚、下二枚、靴下にレッグウォーマーと完全装備させてくださって息子の熱は39.7℃、薬も食事も吐き、大泣き!!
慌てて脱がして薄着にして、病院も閉まってる時間だったので子供の受診ホットライン的電話に問い合わせしたら、電話中に息子がニコニコ近づいてきて…計ったら約30後で37.4℃。
アドバイス聞いたらやっぱり私がたまひよとかで事前に仕入れて実行してた事ばかり言われて、お姑さんのしたことはやんわり完全否定してくれて、それを聞いてお姑さんやっと厚着をさせるのやめてくれたらみるみるうちに熱下がった…。
人災…だったんじゃん…。

正直に言わせてもらうとね。
お姑さん二人の子供を育てたから「育児経験あるから私の言うこと・やることは正しい!」って自信があるみたいなんですけど、
研究が進んでて昔のやり方と病院の指導も違うとはいえ、
母乳育児をしたことがなくて、赤ちゃんが二ヶ月にならないうちから保育所やご近所の知り合いに日中は預けてて、帰宅したら赤ちゃんの世話は全部何もかも旦那さんがやってくれて体のケアも何もしたことがなかったって言ってる人が、どこからそんな自信と根拠が湧くのでしょうか?
って思わずにはいられない。

他にもmixiで友達に愚痴りまくってましたが、初めて息子に誤飲させたのもお姑さん。
初めて火傷させたのもお姑さん。
全部「それって完全にお姑さんのせいですよね?」って理由。側に危険なものを置きっぱなしで息子から離れたとか。
家事が忙しくて目を離さざるを得なくてその間は任せてる私が悪いとは思うけど…それにしたって、息子が起きてようが寝てようがやること山積みだし…(お姑さんは炊事・掃除・洗濯も苦手)
もう助けて天国のおじいちゃん!!( p△q)

二ヶ月

2011年05月11日 15時11分08秒 | 日常
また先月末から家族で風邪引いて、順番に重症化し、やっと昨日今日で落ち着いて来ました。
育児日記見ながら計算したら、先月30日のうち20日以上風邪引いてました…。

今日は午前中バタバタしたおかげで久し振りにまったりした時間を送ってます。
先ほど息子と遊んでて、ふと時計を見上げたら、ちょうど本震から二ヶ月ぴったりの時間だったから黙祷しました。
あの日も同じように息子と遊んでたんだよな…。
状況がダブって、ふとまた大きな地震が来るような気がして一瞬怖く思ったり…。
現実が一変するのなんて、本当に一瞬だったんだな…。

だいぶ日常が戻ってきたけど、震災前と同じ事は殆どありません。
そして、我が家がとても恵まれていて、まだまだ大変な生活をしている人がいる状況も変わりません。
ただ、今朝の新聞の見出しを見て、岩手・宮城・福島の行方不明者が一万人を切ったと書いてありました。
やっと桁が一つ減りました。その分の人は家族に会うことが出来たんだなと、少しだけ、嬉しく思えました。
また来月にはもっと数字が減っていますように。
少しでも多くの人が家族に、大切な人に会えますように。

青葉祭りは中止になったけど、鎮魂の意味も込めて七夕はやるそうです。
七夕祭りは戦災復興のお祭りなんだったっけ…。
お祭りという気分にはなれないけど、七夕は静かに楽しめるからいいな。
今年は息子と一緒に、行けたらいいなぁ。

色々と。

2011年04月17日 21時52分17秒 | 日常
今日のことやこれからのこと。

今日は朝ご飯を食べ終えて寝てしまった息子をよく観察してみたら、右手親指がめっちゃ腫れ上がっててびっくりして、念のため休日当番の遠いこどもクリニックまでお姑さんにも付き添って貰って行ってきました。
道中車運転しながらナビ見て走ってたら、どう見ても、進めば進むほど先月見た被害の甚大な荒浜地区に向かってて、電話確認したけどまさか半壊状態で開院してるとかないよなと心配になったんですが、ギリギリ手前の地区で綺麗で新しくてすごくアットホームな病院で、着いたら超安心しました…。(でもこの辺りも先月通ったとき瓦礫だらけだったはずなんだよな…。住民の皆さん本当に頑張ったんだなぁ(T-T))
息子の怪我?は案の定、単に自分でたくさんカミカミしたせいでなったようで処置も全くなし。ただ、色々聞かれて今月2日からひいてる風邪がまだ治らなくて今朝薬も切れた話をしたら、そっち見てくれて薬もくれた。
これから先の為に熱冷ましの座薬もくれて、小児科専門医院って対応きめ細かいしすごく親切なのね。今まで近くの大人も掛かり付けの所にしてたんだけど、見直してみようと思いました。
一番近いところが感じよければそっちにしたいけど、そうじゃなければ今日お世話になったところは候補に入れようっと…。

帰り道、前から被害の大きい地域を見ていなくて気になると話していたお姑さんに「ここから5分もしないくらいで行けるけど、チラッとでも見てみる?本当に酷いから、覚悟しないとだけど…」と話したら、真剣にそれでも見てみたいと行ったので、荒浜の方へ車を走らせました。
旦那さんと一緒に先月回った場所は警察官の方々が道を塞いでいて住民や関係者以外入れなくなっていました。あの惨状だったんだから、それが本来当たり前でしょうね。
そこまで病院から10分も行かなかったんですが、先月より瓦礫は随分片付いていたものの壊れた家屋は勿論そのままだし、まだまだ流されて畑や道端に転がっている車はそのまま残っているものもあり、それだけでもお姑さんがショックで体調が悪くなるには十分でした。
5分もその地区に居ませんでしたが、お姑さんも納得してくれたし、私も正直辛かったので、交通規制の場所でUターンさせて貰い、そこで頑張って下さっていた山形県警の方々に少しだけでしたがお礼を言って帰りました。
帰り道はやはり、二人で「この光景を忘れないで、語り継いでいかないといけないね」という話になりました。
先月見てから3週間、その間にも薄れていたショックをまざまざと思い出して、記憶が廃れることも早いことにもショックを受けました。
忘れないためにと取っている震災翌日からの新聞とか…本当に大切に保管して、度々見ないと、ちゃんと伝えてはいけないなと思いました…。

帰宅してからは息子のためにもいつもの日常。
この震災で、どんなに小さな赤子でも家族の感情がダイレクトに伝わることを、それで子供が異常を来すとも痛感したので、できる限り笑顔で、大丈夫を合言葉に息子の前では生活しています。
親は強くなきゃ、いけないですね…。頑張らなくちゃ。


今日の昼過ぎに、アクセサリーを委託販売頂いている仙台ロフトのお店より、委託再開のご連絡を頂きました。
忙しくて全然準備してなかったので、納品はまだ先ですが、日常を取り戻すためにも、またこちらのお店に出品させて頂こうと思っています。
で、ずっと考えてた、作品作りを通して私に出来ること。
まだ具体的には決めてないですが、先方が大丈夫なら、売上の一部をこの震災からの復興の義援金等に寄付したいなと考えています。
あと、子供用防災頭巾も何個か作って納品しようかと…。売ってるの見ないし、保育園とかに常備はされてるらしいけど、行ってない人は多分見たこともなかったりしそうだから…(実際私がそうだったし、元職場も全員そうだったんだ…)。
こんなことくらいしか出来ないけど、ささやかでも出来ることをしたい。

イベントはずっと参加未定。調べてる暇もないし。
でも委託でお願い出来たときや、通販してくださる方が出たときは、その分の売上からも一部募金します。
まずは震災前後の売上が今月入る予定なので、そこから。
毎月一回ずつ月末頃、ブログで報告させて頂きたいと思います。
長く、続けていきたいな。

息子の夜泣きもまだあるのでまだまだ作品はあまり作れなそうですが、目標も出来たし、また気合入れて、日常を頑張りたいと思います。

頑張れ日本、踏ん張れ東北!
私も頑張って大好きなこの東北のために出来ることをするぞ!
あと息子を頑張って人の痛みがわかる優しくて強い子に育てるぞ!!

感動しすぎて

2011年04月17日 15時39分23秒 | 日常
涙と鼻水出た…。

http://m.mixi.jp/view_diary.pl?id=1700339052&owner_id=29157455&guid=ON&guid=ON&&guid=ON

http://m.mixi.jp/view_diary.pl?guid=ON&id=1704462733&owner_id=29157455

このアドレスで見れるかしら。

ARIGATO作戦…
ニュース読んで知ってはいたけど、まさかお一人でされたことだったとは!
ありがとうの連鎖が止まりません…!!

甚大な被害があった隣の名取市の閖上港と近辺は、我が家からも見えるし、朝市や花火大会、美味しい魚料理のお店など、亡きお義父さんとの思い出がたくさんあった場所でした。
忙しいからっていうのが一番だけど、家から見えるのもあり、色んな人の九死に一生体験もたくさん聞いて、思い出深い場所が変わり果てているのを目の当たりにするのが怖くてまだ行けていません。
先月荒浜は見たけど…多分あんな感じなのだと思うと本当に怖くて…。

でもその場所の一つを早いスピードで復旧させてくれたアメリカ軍の方々にも、その方々にこんな方法で感謝を伝えてくれたこの方にも、心から、本当に心から感謝したい。
ありがとう、ありがとう!!


mixi見れない方は[ARIGATO作戦]で検索してみてください。
ご本人様が転載許可出されてるので、どこかの転載文にヒットすると思います。
是非、読まれてみて下さい。

ライフライン復旧!!

2011年04月12日 22時29分16秒 | 日常
震災から1ヶ月…
やっと、我が家のガスが復旧しました!!
ライフラインが全部復旧しました!!
ありがとう、ありがとうガス局及び各地から応援に来てくれた方々!!
電気関係も水道関係も、みんなみんなありがとう…!!(T∇T)

案の定、うちの地域は市内では復旧が最後の方だったようです。
だけど、たくさんのひとが頑張ってくださったお陰で、予定より10日以上早い復旧だったんです。
なんと有り難いことか…!

今日は本当に久し振りにおうちのお風呂に浸かれました。
息子と一緒に感謝しながら堪能しました。
まだ下水道の完全復旧まで三年くらいかかるから、節水のため大人は我慢して数日に一回&お湯はとことん再利用ですが、とりあえず息子は毎日体洗ってあげられる!
肌荒れもひどくて皮まで剥けちゃったりして本当に可哀想だったけど、これからはなんとかケアはしてあげられる!
本当に感謝以外出てこないよ!

でも、また余震で止まることもあるだろうから、まずいつでもライフライン全滅しても慌てないように、気を抜かずに生活しなくちゃね。
で、節約が節約から日常になるように生活して、毎日あたりまえにエコな生活にしていきたいな。
節水・節電・節ガスファイト☆

明日は天気もよくなるようなので、震災前に図書館から借りてた本を返しに行きたいです。
そのついでに崩落で休んでたはずが一部だけ営業再開したらしい近所の大型スーパーの様子見に行くかね。
日常食べるものとかはなんとかなってるんだけど、区内の赤ちゃん用品店が軒並み営業再開未定で息子のオムツや服、怪我防止グッズなんかが車で30分以上圏外へ行かないと買えないのが困りものです。
今はオムツやおしり拭きは買い置きで十分間に合ってるし、服も息子が小さめサイズ+従姉妹たちがお下がりを送ってくれて間に合ってるけど、この1ヶ月で掴まり立ちまで出来るようになったお陰で危険地帯が広がってアタフタしてます…。ハイハイのスピードも先月の比じゃないし、検診で医師にも言われたけど、今月中にでもたっち出来ちゃいそうですよ…子供の成長はえぇ…。

少しずつ、震災前の生活に戻ってきてる実感が増えてきました。
まだ全然進まなくて大変な所はあるから手放しでは喜べないけど、
でも自分が日常を取り戻せれば、それだけ復興のために出来ることが増えるのだとも考えられる。
一歩一歩確実に頑張って、また大好きな仙台の街で、みんなと笑顔を交わせますように。
長期戦だけど、みんな、頑張っていきましょう!

東日本大震災の本震より、1ヶ月。

2011年04月11日 21時15分32秒 | 日常
はぁ…もう1ヶ月なんですね。
もう…。

つか、今日でっかい余震多すぎだよ…。何回息子ギューしながら大丈夫って唱えたかわからないよ…。

震災から、ってテレビは言うけど、正直東日本大震災ってまだ終わった気がしないので、
「あの日から1ヶ月」はともかく
「震災から1ヶ月」って言われると???って感じになる。
なんというか、1日が長い日があんなに続いたハズなのに、振り返ってみるとまだ3月11日のような気さえしてしまうのです。
まだ、津波で瓦礫の山と化した場所に行けば、もとの町並みがあるんじゃないか、夢だったんじゃないかって、現実を受け止めきれないでいる自分がいます。

確かに違うものは目の前にたくさんあるのにね…。

今日は買い物でバタバタしてしまって、あの地震が来た時間に黙祷ができなかった。
あとからゆっくりはしたけど、余震続きで集中できなかった…。
ここ一週間ちょっと、家族全員で風邪を引き、だるいは高熱出るわ、息子は元気すぎて大変だわ、本当に体力の限界で毎日ギリギリチョップで生きてたせいか、余計に余裕もなかったし…。
今日の夕方くらいから体はだいぶ本調子に戻ってきたし、明日は今日の分、あの時間に思いを馳せようと思う。

1ヶ月経ったけど、正直何も進んでないところもまだまだ多い。
でも、それでも周りの人たちは前を向いて頑張ってる。
この1ヶ月に再会でき、話ができた人で何も失わなかった人なんで殆どいなかった。
改めて私たち家族が運がよかったことを感謝するとともに、だからこそ、たくさんの人に出来る限り手を差し伸べようと家族で決めた。

まだまだ苦しみの中に立つ人は山程いる。
また一月経つ頃には、一人でも多くの人が、悲しみの海から抜け出せますように。
一人でも多くの人が、微笑むことが出来ますように。

自分に出来ることを精一杯頑張りながら、毎日祈り続けます。

急遽

2011年04月08日 13時26分08秒 | 日常
昨晩の余震を受けて、作るつもりでのひのびになっていた息子の防災頭巾を完成させました。
本人が寝てしまったので、モデルは息子より顔のデカイ我が家の梅吉。

案外簡単だけど、ミシンの馬力の問題で入れられる綿が薄い…。
まぁ無いよりはマシと言うことで…。

出掛けてる家族が帰ってきたら、お向かいの息子と1ヵ月違いの女の子の分を完成させるんだ!

久々の手作り、かなり楽しいです。

こちらは無事です。

2011年04月08日 09時20分44秒 | 日常
昨晩の余震、我が家は家族も家も大丈夫でした。
地盤が弛んでいるせいか本震より揺れが大きかったのもあってか、物が散乱したり割れたり、本震より被害がひどいけど、誰一人怪我もしてません。
友人の住む他の地域ではこの余震で再び電気・水道が止まり、ライフラインが完全に寸断されたようです。
我が家は幸い止まらず、引き続きガスが使えないだけ。
念のため地震直後に水の汲み置きもできたし、気付いたら止まっててもなんとかなる。

余震の最中は息子に覆い被さっているだけで精一杯で何も出来ませんでした。
一緒の部屋で寝てたお姑さんが私の座布団を防災頭巾にしながらギャーギャー叫んでましたが、息子は全然目を醒まさず。
さすが生まれてすぐから二ヶ月間家の目の前で道路工事しててもすーすー寝てただけある…。
この子将来寝てるとき大地震来たら起きれるのかしら…。
しかし地震よりもその後大騒ぎで家中駆け回るお姑さんと旦那さんの足音と怒号で(何か言い争ってた?)起きてしまったので、地震情報も津波も気になって仕方なかったけど、電話もネットもパンクしてたから完全に割り切って、授乳したりだっこしたり息子を全力であやし、落ち着いたら自分も疲れ果てて眠ってしまいました。
早めに連絡くれた方ありがとうございました、こんな理由で返信遅れてすみません。
あと息子が泣いて何度か起こされて、急ぎっぽかったからとその間の真夜中に返事送った人、起こしちゃってたら本当ごめんなさい。

まず、覚悟はしてたけど、これでまた少しマイナスになっての1日のスタートです。
でも、三歩進んで二歩下がるじゃないけど、こんなことで被災地は凹みません。
前進あるのみです!
今日もみんなで頑張って、確実に一歩進むのですっ!
エイエイ、オーっ!!(≧皿≦)O

風邪っぴき

2011年04月07日 07時24分47秒 | 日常
一週間ほど前からおばあちゃんが、五日ほど前から私と息子が風邪引いてたんですけど、病院行ってお薬も飲んでたのに、息子以外みんな悪化しました…。
そして今朝起きたら昨晩遊びに行き別室で寝てた旦那から「いぎなり(宮城の方言でのとても、だろう)熱が出たので会社休んで寝込みます」とメールが…!
一家で病院行くしか!!orz

つーか花粉症の旦那とおばあちゃんに配慮してなるべく窓を開けないようにしてるから、暖房に対して換気が足りないので加湿器のプラズマクラスターと空気清浄器を稼働させているのに、私以外つける癖がない+おばあちゃんは何も考えずにいつの間にか止めた上ご丁寧にコンセントまで抜きやがるので、気付くと室内の空気が恐ろしく淀んでるんだ…!!

頭に来たので今日は家中の窓全開にして空気総入れ換えしてやる!!
私と息子は花粉症じゃないし、とにかく息子を治すのが先だ。第一節電しなきゃならんのに贅沢しすぎなんだよ!!マスクもいっぱい県外から貰ったんだから一日中花粉対策して耐えろ!!
花粉症なんか知るかぁ~!!(#`皿´)

温度差…

2011年04月06日 22時59分03秒 | 日常
最近ニュースとかSNSとか見てて、被災地と被災地外に住む人の距離が開いてきているように感じてきました。
最近、こんな出来事があって…


被災地関連の情報収集の為だけに最近登録したママ向けSNSで、被災地の情報をやりとりするコーナーに、被災地外の方が被災地の親戚に会いに行って「津波から生還した親戚にこんなことがあったそうだ」という書き込みがあり、それに対し「こんなところに書くのは適当でない」と返している方がいました。
正直、私は最初それを読んで、どちらかというと後者の意見に賛成でした。その話を読んで、この人の親戚は助かったのなら良かったと思いはしたものの、文章の中に「親戚はこうしたから助かった。でもしなかった人は助からなかった。」捉え方によってはそう切り捨てて終わっているようにも感じる部分があったから。

その後者の意見を汲み取ってくれたらしい発言者さんはすぐに謝り、スレを閉じる宣言をされました。
それで丸く収まったのだなと思ったのですが…、半日後くらいに見たとき、そのスレは「適当でない」と発言された方を責める言葉がたくさん意見されていました。そしてその責める意見を書かれた方は、恐らく被災地外の方ばかりと思われました。

最初はあーあ、くらいにしか思わなかったけれど、時間が経つにつれ、またその「適当でない」と言った方の発言が消されたことで、この人がもし津波で被害にあった現地の人やその家族だったら?、もしそうだったらその人はこの責める言葉の数々にどれだけ苦しめられてるの?
とどうしても頭から離れなくなり、意を決して、自分は被災地で暮らす立場としてこう思う、これ以上責めないでと書き込んでしまいました。

これでもう責める書き込みが増えないようにただ祈るだけでしたが、驚いたことに、私の意見を見た「適当でない」発言をした方がありがとうとメッセージを下さり、やはり被災地で暮らす方で悪意があっての発言ではなかったこと、誤解を解きたくても言葉が見つからなくて途方に暮れていたことを教えてくださいました。
一方的にしか受け取れないメッセージなので、お返事は出来ませんでしたが、少しでもその人の心を軽くできたことが嬉しくて涙が出ました。
この方は本当に、私と限りなく近い立ち位置にいる人だったから。


最近ニュースを見てても思います。
被災地で生活したことのある人や親戚や友人がいる人は被害の甚大さや今なお大変な状況にある方がいることを肌で感じていると思いますが、そうでない方は、中にはもう過去のように感じている方がいること。
観光気分で被災地を見に来て記念写真を撮ったり路駐をする人が増えていて、緊急車両が邪魔をされ物資が届けられるのに時間がかかる、捜索に支障が出ている、なんてニュースもありました。(それは私の友人と遠縁が九死に一生を得た町でした。)

もうすぐ一月経ちますから、ある程度復旧してるだろうとか、ある程度もう以前の生活なんだろうとか、そう感じられるからなんだろうと思います。
私も無知な学生だった頃あった阪神淡路の大震災に対して、半年後くらいにはそう感じていたのを思い出しました。

震災の後初めて怖々テレビで震災の報道を見たとき、誰かが言っていました。
『復興には時間がかかります。現地の復興のために私たちが一番しなければならないのは、現地がこれから先もずっと頑張っていることを忘れないこと、そして今この時だけでない息の長い支援です。』

被災地が、被災者が今もなおたくさん苦しんでいるのに、忘れられるのはこんなに早いのかと愕然としました。
でも仕方がないとも思うんです。
だって、ライフラインが途絶えている間何が起きているかもわからずに、とりあえずは安全な自宅や近辺でただ怯えていた私には、テレビで見た光景は凄惨であればあるほど、映画のようで現実を見ている気がしなかったから。
それが何度か訪れている場所でも、思い出の場所でも。
その痕を直に見るまで…。
そしてそこから運よく生還してくれた友人や親戚の前向きに過酷さを語るその言葉から、やっとやっと、現実が現実として形を成して残るようになったのです。
被災地で被害を受けたけど、被害が少なかった私には。

だから、想像したって想像できるものじゃないのもわかります。
その分だけ現実感が薄いのもわかります。

だから、被災地外の方にどうかお願いします。
まだまだ、ライフラインも寸断され、今日を生きるにも大変な方がいます。
たくさんのものを失い、これからの生活に途方に暮れながら、それでも踏ん張って未来を見据える人たちがいます。
被災地と、被災地外の考えの温度差は開くばかりです。
どうかどうか、あなたが被災地の話をするとき、被災者と話をするとき、
その方の思いに少しでも寄り添ってあげてください。
少しでも長い間、そこで頑張っている人がいることを憶えていてください。
それが少しでも被災地の、被災者の力になると思います。
どうかどうか…お願いします。