理恵子達三人が、上京後の近況を語り合ったあと、奈津子が
「アァ~ラ、色々お話しをしていたらお腹が空いてきたヮ」
「近所に、こじんまりしていて綺麗なお店があるので、案内しますので行かない?」
と言い出すと、江梨子は
「わたし、洋食よりありきたりの和食の方がいいヮ」
と返事したが、その理由について、彼女は
近い将来一緒になる小島君のために、少しでも喜んでもらえる料理のことを考えると、本当は時間を都合して料理学校に通えばよいのだが、会社の同僚の奥さんから、自分達は共稼ぎなので時間と経費を節約して、毎日会社の社食に出されるお昼のお惣菜を記録しておいて参考にしているが、お陰で何とか彼にも満足して貰える献立を覚えた。 貴女も、日々の日常生活の中で切角の機会を利用されてはどうかしら?。 結講、学校では得られ難い貴重な勉強になっている。と、教えられたことがあり、近頃、自分も真似していると話した。 彼女は続けて
その奥さんは、証券会社に勤めているので、わたしから、無理にお願いして、時々、今は全然判らない株式のことも親切に教えて貰っている。 将来、会社の株式を母から引き継ぐことに備えて・・。とも話した。
江梨子らしい合理的な生活の知恵を披瀝され、理恵子も
「わたしも、その真似をさせてもらうヮ」 「それに、幕の内弁当や普通の定食屋さんには、そのお店のご主人によっては、なんとなく故郷の味が懐かしく想いださせるものがあり、わたしも、定食屋さんに行きたいヮ」
と、江梨子の意見に賛同したら、奈津子は
「ウゥ~ン 成るほどネェ~。流石に生活意欲旺盛な江梨子ちゃんは、わたし達より生活感覚が断然大人になったわネェ~」
と感心して、三人は街の定食屋さんに出掛けて行った。
店に入り、窓際に席を占めた奈津子が二人に対し、窓越しに見える街路を行き交う人達の中から、自分達と同年代と思われる女性を見る度に、髪型とか靴や服装それに手に提げている鞄や袋を勝手に呟くように評論していたが
「あの学生さんやOLの人達も、わたし達同様に将来の希望を胸に描きつつも、その反面、現実に直面している悩みを抱えていると思うが、誰もがそんなことを少しも顔に出さずに取り澄ました顔をして黙々と歩いているけれど、都会ではいまどき、きっと半数近くの人達は性を経験しているのではないかしら・・」
「見知らぬ多くの人達が集まる都会では、無性に頼れる人が恋しくなるものョ。 そこが、狭い世間の中で身をちじめて暮らす田舎の人達とは違うのネ」
と、自分のいまの生活を織り交ぜて、その様な生活を肯定するかの様に話していた。
食事後、店を出ると三人はそれぞれに、今日は本当に楽しかったし、お互いに貴重なお話を聞かせて貰った。と、笑顔で握手を交わし、また機会をみて逢うことを約束して、駅前で別れた。
理恵子は家に帰ると、大助にオコシと孝子小母さんと珠子さんにはお煎餅のお土産を差し出し、今日の感想を簡単に話したあと、お風呂に入りそのまま自室に行き、すぐにベットに横たわり彼女等の話を想いだしていた。
江梨子の話を聞くまでは想像もしなかった、彼女の目的に向かって着々と自分の生活を築きあげてゆく逞しい生活振りを、羨ましく思い感心してしまったこと。
それとは対照的に、すでに完成されたかの様な、奈津子の精神的に満ち足りた、落ち着いた生活態度にビックリすると共に、彼女等に比べて自分の生活の甘えを胸に刺さるように厳しく諭されたことが、一語一語想いだされ、今後、自分はどの様に行動すればよいのか考え込んでしまった。
それにしても、二人が物凄いスピードで、街の色に染まって行くことに驚いてしまった。
理恵子は、織田君がアルバイトで忙しいとゆうことで、メールの交換や電話での会話だけでは、或いは奈津子の言う通り、顔を合わせて話をしないと感情が伝わらず、彼との距離が離れて行く様にも思え、若しかしたら、もう自分とは別の人と愛しあっている人がいるのかしらと妄想が浮かび、そうだとしたら、今までの自分達の愛はなんであったんだろうと寂寞感に襲われた。
そして自分の将来は、彼と似たような人を愛して過ごすことになるのかと思うと、たまらなく悲しくなったが、そんな人生も時が過ぎるに従い、自然と心の傷もいえてゆくのかしらとも考えた。
けれども、その前にもう一度彼の心を知っておきたいと思った。
そのために、今後、自分から積極的な行動に出て無理をしてでも彼に逢った際、彼との心の繋がりが変わりなく継続していたとき、必ず男女の愛情の自然な発露として、肉体を求めあう段階に至ることになるかも知れないことは、二人の年齢と成熟した体からは、当然の成り行きだろうし、そうなったとき、わたしは生理的な制約に縛られていることから、迷いが生ずると思うが、熟し柿が落ちる様に自然の流れの中で機会が訪れれば、織田君に肌を許すことになっても構わないと心に決めた。
確かに未知の世界に挑む怖さもあるが、何時かは越えなければならない道である以上、今こそ迷いを断ち切る時だとも考えた。
そうすることが、織田君に真実の愛を伝え彼との絆を一層深めることのになるのだとすれば、今の自分にとっては冒険的ではあるが、やがてはその感激が時を経て、自分の幸せにつながる道でもあるとも考えた。
そのあとは・・? わたしは、そこまで考えないことにした。 先さきのことばかり考えて目先の生活をためらうことは、老人のすることで、若い自分達は、一通り考えたあとは悔やまぬ様に実行した方がいい。 そうすることにより、前途に新しい道が開けてくると色々と思案を重ね塾考したあと、その様に実行する勇気を授かることを心の中で神仏に祈った。
何故か目を閉じ掛け布で顔を覆うと瞼の裏に微笑む節子母さんの顔が浮かんだので、「お母さん、許して」と思わず小声で叫んでしまった。
そこまで決意したあと、心が多少楽になり、あとは、わたしが積極的に忙しい織田君とどの様にして逢えばよいのか、その理由と方法を考えているうちに自然と静かな眠りについた。