日々の便り

男女を問わず中高年者で、暇つぶしに、居住地の四季の移り変わりや、趣味等を語りあえたら・・と。

山と河にて (28)

2023年10月28日 03時51分44秒 | Weblog

 二人姉弟である大助の姉、城珠子は、老人介護施設に勤めてから2年目となり、最初は戸惑った仕事の運びも、入所者の心情を少しでも理解仕様と日々努力したことが実を結び始めてきて、悩みと障害を抱えるお年寄りの人達とのコミュニケーションも、どうやら上手くとれるようになり、職場でも人気が出てきて、それにつれ仕事にも幾分心に余裕を持って臨める様になった。
 そんな珠子の周辺では、永井君との結婚話が秘かに進んでいた。
 彼女は毎日お年寄りを見ているためか、自分が嫁いだあと、一人身である母親の孝子に、将来、必ず訪れる介護のことが時に触れ脳裏をよぎり、確かに結婚するには若すぎる弟の大助と、日頃、まるで親戚同様、お互いが家族的な付き合いをして気心が知れ、実の妹の様に可愛がっている奈緒との交際関係が、自分が望んでいる様に進んでいないことが、唯一、心残りであった。

 都立病院の看護師をしている母親の孝子は、珠子に対して、「大助は大学を卒業して歳相応になれば、家や自分の老後のことは自然に考える様になるので、永井君と生涯暮らしてゆける自信がついたならば、女には適齢期があり相手に望まれているうちが花で、相手に御返事をするためにも、決心がついたら教えておくれ。」と、ことあるごとに言うことが多くなった。
 奈緒は、珠子を真似る様に介護士になるべく、介護の専門学校に通い、課業を終えると、珠子の家に寄る日が以前より多くなり、珠子も仕事から帰ったとき、奈緒の顔が見えるとホットして、その日の苦労や疲れも忘れ、夕方二人で買い物したり夕食の仕度をするのが楽しみであった。
 母親の帰りを待って、三人で和気藹々と食卓を囲んで、明るい話が弾んだ。
 夕食後、奈緒もリラックスした気持ちで、珠子や看護師である孝子の介護現場の話を聞いたり、周囲の人達の噂話の雑談に花を咲かせていたが、その様なとき、何時も、珠子が気を揉んで奈緒に対し
 
 「大助とは、手紙や電話で連絡がとれているの?」
 「皆で山に遊びに行ったあと、大助は私達に、からっきし何の話もしてくれないが・・」
 「奈緒ちゃんが、此処の家にお嫁に来てくれれば、母さんも私も大歓迎で、大助にも、せめて口約束でも良いから、奈緒ちゃんに、はっきりと意思表示をしておきなさい。と、言っておいたのだけれども」
 「ときには強い口調で、まごまごしていて、奈緒ちゃんに、逃げられて悔やんでも、わたし、知らないからね。と、強く言い聞かせておいたゎ」
と、機を見て話を振り向けると、奈緒は途端に俯いて黙り込んでしまい、孝子がみかねて
 「珠子や。奈緒ちゃんに、何時も同じことを言うんでないよ」
 「母さんは勿論大賛成だが、奈緒ちゃんには、奈緒ちゃんの考えもあることだし・・」
と、珠子の話を遮ってしまうが、珠子は、そんな母親に、人の心配も考えないで。と、チョッピリ不満を感じていた。
 その実、孝子も奈緒の母親とは顔を合わせる度に、さして根拠もない「西郷星」になぞらえて変革の願望を込めて、大助と奈緒のことを気にして、互いに遠慮することもなく話あって、二人が一緒なってくれることを、人生の最大の楽しみにしてた。

 厳しい酷暑や集中豪雨の夏を過ぎて、朝晩の風がひんやりと感じられ、時々、澄んだ青空に鰯雲が見られる様になったころ、永井君の母親の熱心な話を受けて、珠子と永井君の挙式の段取りが進んでいた。
 二人の挙式をむやみに急いだのは、プロポーズのときもそうであったように、永井君よりも彼の母親だった。
 少し我侭で軽はずみなところがある一人息子を、安心して任せられるのは珠子さんしかないと思いつめ、彼女の決意が翻ってしまうことを恐れていたからである。

 確かに、珠子が永井君とデートする度に、将来の生活設計の話を持ち出すと、彼は自動車の性能や営業の話には熱の入った話をするが、彼女の問いかけには、彼女が期待することを満足に答えることもなく、彼女も、仕事に生きる男とは皆そうゆうものかと思い、深く気に留めることもなかった。 
 ただ、登山旅行から帰ったあと、以前の様に、機会を見ては、身体を求めることがなくなったのは、自分の言うことを聞いて理解してくれ、浮いた話も耳にしなくなり、それなりに精神的に成長したのかなと思い、彼の素直さが不思議でならなかった。
 珠子が、永井家の急な申しいれに対し、自分も母親と足並みを揃える気になったのは、彼女自身、迷ったり躊躇ったりする自分に愛想ずかしをして、確実に訪れる当てもない自分の描く理想的な生活に目をつぶって、周囲の人達が祝福してくれる今が潮時で良縁かもと考え、目の前の現実的な生活を選択するのが正しいのかなと思ったからである。

 珠子と永井君は、クリスチャンではないが、花嫁が文金高島田に髪を結い、重い衣装を着て、神主の勿体ぶった祝詞で、エスカレーターに乗せられた様に、次々と新夫婦が作られてゆく職業的な神前結婚よりも、教会形式の式を望み、両家の親達も二人の希望を聞き入れてくれ、婚約者の永井君の母親の手配で、知り合いの牧師と相談して、古びたホテルに急造の会場を作り、挙式することになった。

 挙式の準備も、永井君の家の方で手際よく進められ、明日は愈々挙式かとゆう前の夜、珠子は怖い夢を次々と見て、安眠できなかった。 
 荒れた海を小船に乗って漂流し、いつひっくりかえるかと怯えている夢で、目を覚ますと肌に軽く汗をかいていた。
 彼女は、そんなとき、どうしても心から離れない一人暮らしとなる母親の生活や老後のこと、大助と奈緒のすっきりしない交際、それに、今迄親切に付き合ってくれた八百屋の昭二さんに対する未練等を次々に思い浮かべては、この期にいたっても悩んでいる自分が悲しくなった。

 挙式の招待状は、いつも顔を合わせている町内の健太夫婦や六助とマリーに、それに昭二にも届いた。  
 挙式当日の早朝。 昭二が健ちゃんの店に沈んだ表情で現れ
 「健ちゃん、俺、今日は悪いけど欠席させてもらうわ」
と、御祝儀袋に招待状を添えて差し出したので、健ちゃんは
 「俺の力量不足で、お前と珠子さんを結ばせることが出来ず、本当に済まない気持ちで一杯だ」 
 「お前の気持ちを察するに、悲しみは充分過ぎる位に判るが、だが、今日はそれを乗り越えて、是非、恋の戦いに敗れたとはいえ、吉田松陰の辞世に

 ”身はたとへ 武蔵野の野辺に朽ちるとも 忘れおかまじ大和魂”

と、あるように様に男昭二として勇気を発揮して、お前の心の広さを皆に知らしめ、堂々と潔く出席し、彼女の門出を祝ってやってくれ」
 「これは、親友としての俺の心からのお願いだし、それが友人として仲良く過ごした彼女への最大の花むけだと思うよ」
 「また、嫁に行ったとしても、今後もお前の店に買い物に来ることだし・・。お得意様には変わりないしなぁ」
と、如何にも健ちゃんらしく、大袈裟な表現で、昭二を勇気ずけるために励ましているのか、気合を入れて諭しているのか、自分でも判らないくらい声を強めて、無理矢理嫌がる昭二を説得し、昭二もその剣幕に圧倒されて、渋々ながら出席する旨返事をせざるをえなかった。
 健ちゃんの傍らでは、彼の愛妻の愛子が、朝から玄関で大声で話している夫の声に触発されて顔を覗かせ
 「私の様に再婚して大輪の花を咲かせることもあり、人の運命は判らぬもので、悲しいでしょうが、一度躓いたからといって落ち込まず、元気を出してね」
と優しく話しかけて、自らの経験に基ずき、夫である健ちゃんの言葉足らずを補い、一緒になって励ましていた。

 

 

 

 

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