カウライ男の随想 三十三
次郎にしては革命的事件だったろうと思う。大金持ちの息子として自由気ままに過ごしている時、突然現われた赤の他人に今まで経験しなかった叱責をうけたのだからそのショックが凄かったに違いない。 そんな事件が過ぎてから、次郎は何故か急に私に接近と言うか、甘えというか、とにかく私からはなれないのである。
その頃読んだ思想全集で特にデカルトとかカントの哲学に興味がわいて一人で過ごしたい時間が欲しかった。四時頃に学校からS家に戻るとすぐ着物に着替え、裏の雑木林を散策するのが日課になっていたが、次郎はそんな私の後についてきて離れない。
先生は考え事しとるから暫く離れておれ!と命令すると素直に沢に降りて川蟹を二、三匹つかまえてくる。ある日、飼っている小鳥籠を持ってついてきた。
籠にはヤマガラが一羽、飛び回っていた。
次郎が長さ四十センチほどの小枝の先に鳥黐(とりもち)をつけて止まり木に見せかけ、次郎に促されて姿を樹蔭に隠すと、ほんの五、六分もしないうちにほかのヤマガラがどこからともなく飛んできて、小枝にとまった瞬間、黐に足がからまってそのままひっくりかえって枝にぶら下がって羽をばたつかせるがそれまでの運命だった。
丁寧に羽をふいて別籠にそれを飼うのである。屋敷のすぐ裏に小曽木川が流れているが鬱蒼とした欅の樹が水面に蔭を落とし、ウグイが時々ぴしゃっと跳ねたりする。次郎は按摩釣りの名人だ。 川虫を針にひかけ、按摩よろしく川に餌をつけた竿を出し入れするとぐいっとした手応え、たちまちぴちぴち跳ねるウグイが釣れるのだ。 たまにS婦人に誘われて次郎と裏山にのぼることがある。
名目は私が教えた柚とりだった。
裏山にはおおきな柚の木が二本、谷の斜面にはえていた。
私が柚の絞り汁を酢として使うことを教えたのである。
次郎にしては革命的事件だったろうと思う。大金持ちの息子として自由気ままに過ごしている時、突然現われた赤の他人に今まで経験しなかった叱責をうけたのだからそのショックが凄かったに違いない。 そんな事件が過ぎてから、次郎は何故か急に私に接近と言うか、甘えというか、とにかく私からはなれないのである。
その頃読んだ思想全集で特にデカルトとかカントの哲学に興味がわいて一人で過ごしたい時間が欲しかった。四時頃に学校からS家に戻るとすぐ着物に着替え、裏の雑木林を散策するのが日課になっていたが、次郎はそんな私の後についてきて離れない。
先生は考え事しとるから暫く離れておれ!と命令すると素直に沢に降りて川蟹を二、三匹つかまえてくる。ある日、飼っている小鳥籠を持ってついてきた。
籠にはヤマガラが一羽、飛び回っていた。
次郎が長さ四十センチほどの小枝の先に鳥黐(とりもち)をつけて止まり木に見せかけ、次郎に促されて姿を樹蔭に隠すと、ほんの五、六分もしないうちにほかのヤマガラがどこからともなく飛んできて、小枝にとまった瞬間、黐に足がからまってそのままひっくりかえって枝にぶら下がって羽をばたつかせるがそれまでの運命だった。
丁寧に羽をふいて別籠にそれを飼うのである。屋敷のすぐ裏に小曽木川が流れているが鬱蒼とした欅の樹が水面に蔭を落とし、ウグイが時々ぴしゃっと跳ねたりする。次郎は按摩釣りの名人だ。 川虫を針にひかけ、按摩よろしく川に餌をつけた竿を出し入れするとぐいっとした手応え、たちまちぴちぴち跳ねるウグイが釣れるのだ。 たまにS婦人に誘われて次郎と裏山にのぼることがある。
名目は私が教えた柚とりだった。
裏山にはおおきな柚の木が二本、谷の斜面にはえていた。
私が柚の絞り汁を酢として使うことを教えたのである。