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セブン・イヤーズ・イン・チベット  ~チベット問題を考える~

2008年04月27日 11時08分53秒 | Weblog
セブン・イヤーズ・イン・チベット〈ニューマスター版〉

角川ヘラルド・ピクチャーズ

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聖火ランナー、各地で混乱、騒乱の火を振りまいてますね。


日本の場合も例外では無かったようです。



スタート地点が「牛に引かれて」善光寺→労働者福祉センター(空き地、実は元長野刑務所)はさすがに驚きました。
中国に対する嫌がらせかと。
自分の予想ですが候補地がもうこういうところしかなかったのかも。
あんなに各地で問題を引き起こしているのを考えると企業も文化施設も手を引かざるをえません。
長野県としては苦渋の選択だったのかと思います。

ちなみに辞退した善光寺は世界平和祈祷(チベット、中国関係なく)をしていたようです。




しかし欽ちゃんのときに紙くずが投げ込まれたり人が飛び込んできたり、トマトや卵投げ込まれたり、、平和の祭典とは程遠いですね。

誰もが嫌なもやもやした感情だったのではないかと思います。

なんでこんなに混乱しているの?と思う方もいるので映画「セブンイヤーズ・イン・チベット」を引き合いに出します。


 


●セブン・イヤーズ・イン・チベット
これは登山家ハインリッヒ・ハラーの自伝を映画化された話です。

もう10年も前の映画ですが中国政府の対応も、現状のチベットも何の違いもありません。
それだけ虐げられてきたということになるのでしょうが。

・ストーリー
第二次世界大戦中、ハラーはヒマラヤ登山中にイギリス軍に捕虜になるも脱獄し、逃亡の先に当時外人は入れなかったチベットのラサにたどり着く。
ラサの人々はハラーたちを受け入れ、異文化に戸惑いながらも生活を始める。
ダライラマ14世とも交流し7年がたったある日、中国人民解放軍がチベットに侵攻。
別れを余儀なくされるといった話です。


前半は世情もありますがざらついたアクション多めですが後半のチベット生活は逆に人間性が重視されています。

前半のハラーの独りよがりな考えから後半の皆のためにと意識変化が現れますがこれは宗教というよりは人々の自然な流れなのかもしれません。人間の成長と言った方が正しいかもしれません。


・中国の反応
中国国内では発禁になりました。
この映画の関係で主演のブラット・ピットは中国に永久に入国できなくなりました。


●中国とチベット
簡単に言うと毛沢東という人が「チベットを開放する!(誰から?と突っ込み入りそうですが)」と言ってチベットに侵攻、占領してしまいます。
このときに武器を取らないチベット人は大量虐殺、文化施設も破壊されてしまいます。

そのため指導者ダライラマはインドに亡命、亡命政府をたてることになります。

ダライラマがNo1とすればパンチェンラマというNo2の地位があります。
ダライラマ、パンチェンラマは各々次のダライラマ、パンチェンラマを決めるのですがここに中国が政治介入。
現在ダライラマが指定したパンチェンラマ、中国が決めたパンチェンラマの二人が存在します。
かくしてチベットは混乱の極みになります。

現在ダライラマ14世は健在ですが、亡くなるとなると二人のパンチェンラマが次のダライラマを探す事になり、チベットに二人の指導者が出来る事になります。
そういった意味でチベットには時間が無いとも見れます。
ダライラマは今までの言動からしてそういうことする人には見れませんが、今回の聖火リレーの混乱は諸外国にチベット現状をアピール絶好の機会とみて行動した人がいると思います。
でなければこの時期に暴動、聖火リレーの騒乱が起こるとは考えづらいと思います。
聖火リレー阻止側は別に聖火をどうこうしたいとは思っていないと思います。
世界各地で「国内のゴタゴタを外に出てしまう未成熟な国」「平和と言いつつも武力に頼る国」といったマイナスイメージを植え付け「世論を味方につける」のが目的だと思います。
そういった意味では目的は達成されたと見ても良いかもしれません。

これに対し中国はフランスからカルフールの不買行動など自分で自分の首を絞めるようなことを実行し、余計に「未成熟な国」を露呈させたように思います。
中国軍人が僧の格好をし、暴動した写真がネットに流れて「あれは以前のものだ、今回は関係ない」と以前でも実行したことを認めるよう発言もそうですが・・・なんと言うか思慮がないと言うか、拙いというか、行き当たりばったりな感じがします。


●中国のアキレス腱
中国からの独立しようとする地域にはチベット以外にも台湾、新疆ウイグル自治区(東トルキスタン)も存在します。
特にウィグル自治区はチベットと状況と似ています。
イスラム教の禁止、モスクの破壊行動、ロシアに亡命する人たちと何処かで聞いたシチュエーションがあります。


●まとめ
オリンピック開催国の経済は開始前は空前の好景気になりますが開催すると一気に不景気となります。
これは今まで開催国全てにいえます。
そのため中国の夏以降の景気は後退すると思います。
カルフールの件もそうですが資本が流れなくなったら困るのは誰か?をもう一度考えてもらいたいところです。

最後に平家物語から

おごれる人も久しからず、 唯春の夜の夢のごとし。
たけき者も遂にはほろびぬ、偏に風の前の塵に同じ。


D4

2008年04月21日 00時33分11秒 | Weblog
自分ウィルコムユーザーでかつZero-3ユーザーなので当然のごとく回りからD4の話題をふられます。

Windows Vista搭載、スライド+チルトスタイルの「WILLCOM D4」を発表

いろいろと話題になっていますが自分のイメージだとこれの延長線だと思います。


2000年にはこのようなアイデア&商品化されていましたね。

元々ウィルコムの前身DDIポケットは端末の付加価値を上げることには意欲的でした。
これはベース技術、装置の「速度的なリミット」のため他キャリアとの「トラフィック量競争」から競争点をずらすためにとった方策なのかもしれませんが。

例)
・オプションでカメラ
・着メロの時代にPHSをMP3端末にするオプション(マンボウ)追加
・iモード等独自規格のサイトの中いち早くPCサイトの閲覧を可能にした

・・・まぁザウルスにPHS機能を追加したZero3もそうですが、日本の通信業界には異質な存在なのかもしれませんね。
尤も日本の通信業界は「ガラパゴス」と揶揄くらい閉塞的であって独自形態、発展してきました。
実は世界規模で見ると異質なのは「日本の通信業界」の方と言えなくもないですね。


今回のD4、ベースはこれだと思います


EeePCです。
世界的に売れに売れてますね。
確かに3Dバリバリのゲームなどを抜かし、現状の普通にPCを使う環境下ではこのぐらいのスペックでも十分使えます。

EeePCは2007年10月発売なためベースの考えのOLPCの方かもしれません。

どちらにせよ世界的な流れを見ていないとこの時点での発売にこぎつけないと思います。


バッテリーは測定中とのことでしたがEeePCを比較すれば実働時間3時間で一応合格でしょう。
問題は待機時間のほうですかね。
ブルートゥースで電話端末を放すのは結構電力使いそうですが。

ここのあたりが解消されると法人顧客は増えそうです。
外回り等の社員に電話+PCの支給するのを考えると一つにまとめたいと思いますから。


ビスタが入っているのはマイクロソフトの意向でしょうか。
実質ビスタはこけてMSも時期OSを手がけているのを考えるとわざわざ「重い」のを入れる必要もないと思いますが。

PCベースになっているためインタフェース類が分かればヘビーユーザーはXPやリナックスなどに変える人もでてきそうです。

「Centrino Atom」はどのくらいのスペックを出せるかが分かりませんが多分一世代前のPCにビスタをインストールした「もっさり感」はあると思います。
メモリも1GとOS入れて終了な量ですし。
これにまた大容量+重い+仕様が違うoffice2007を使うと間違いなくスワップに走って遅くなりますね。

しかしスペック的にはXPにダウングレードすればかなりサクサク動くはずです。


金額的には12万は高いと思います。
これもEeePCと比べたら10万以下に抑えないと・・・と思ったらWバリューセレクトで9万台でしたね。この価格設定は結構ギリギリの線なのかもしれません。


顧客層ですがエスやアドエスを使っていたユーザーの中でもヘビーユーザー、PCヘビーユーザー、法人が多いと思います。
かなりセグメントを絞った感じですね。

あ、あと個人では9やXなど2台目を持っている人になるでしょうね。
正直ブルートゥースで飛ばすより手軽ですし。
ヘッドセットはZero3ユーザーで見かけますが短い会話や突然来た電話には不適だと思います。

赤外線など携帯サイドのフォローもほしかったですね。

MONGOL見てきました

2008年04月07日 00時51分13秒 | move
モンゴル見てきました。

ネタばれ多いです。


総評から言えばこれはいいです。
見て損はありません。


●歴史
この話は後に世界の半分まで版図を広げたモンゴル帝国初代王チンギス・ハーン(テムジン)の部族間の抗争時の話です。


テムジンと妻のボルテ、そして盟友ジャムカの人間関係が見ものです。

元朝秘史にもジャムカはちゃんと出てきてます。

ジャムカ視点で書いてみます。

ジャムカは子供の頃にテムジンと盟友(アンダ)の誓いをするもメルキト族に囚われてしまいます。その後開放されモンゴルに戻り頭角を現します。

事実として薄いテムジンがボルテをメルキトにさらわれ、奪還にジャムカが手を貸したという話はジャムカの長い逗留生活を考えるとあながちウソとは言い切れない部分です。

その後暫くテムジンとジャムカは近くで遊牧生活をしてましたが、ジャムカの弟がテムジンの家畜を盗もうとして殺されたところから二人は袂を分かつことになります。

十三翼の戦いでテムジンが負けるもテムジン側将兵を釜茹、勝利後の戦利品の独り占めなどで離反者が増えました。
勝利したジャムカの方が次第に力を弱くしていくのは皮肉ですね。

さらにテムジンは部族をおわれたオン・ハン(トグリル、テムジンの父の盟友)を助け、再びジャムカと対峙します。

オン・ハン、テムジン同盟軍はジャムカ軍を破り、今度はジャムカが流浪者になります。

その後ジャムカはテムジンの敵対勢力に付き戦いますが敗戦を繰り返します。

メルキトに付いたときについに囚われてしまいます。

テムジンは救命しようとしましたが、ジャムカは拒否しました。
ジャムカは大地に血をながさない死に方を望み、袋に入れられたまま馬に轢かせるといった処刑方法になりました。

しかし最初は囚われ、一度は戦ったメルキト族の滅亡がジャムカ自身の処刑に繋がったと思うとなんと言うか皮肉ですね。


その後の話はオン・ハンの蜂起、鎮圧、テムジン、チンギス・ハーンになる。
部族平定後、世界へ
1子ジュチは実子ではない疑惑があり、チンギスが生前望んでいたオゴデイがハーンになる。


●映画について
テムジン役は浅野忠信。
自分のイメージは浅野忠信は「エレクトロリックドラゴン8万ボルト」とか「殺し屋1」とか、、、自分変なのしかみてませんね。
変なイメージばっかり。

成人テムジンが最初から浅野だったのは無理があると思いますが肌のざらつき、画面のざらつきがいい感じでした。


結構最初から過酷です。
子供のテムジンが何も無い大平原の中を逃亡するシーンは涙があふれてきました。
この子役すごいよ。

ボルテも「女の強さ」が出てきて、男も女も逞しいストーリーでした。
過酷な環境の中で暮らしていくにはあのくらいの逞しさが必要なのかも。


ただ、残念なことは十三翼の戦い以後からテムジン、オン・ハン連合軍の勝利までのいきさつがすっ飛ばされている&不明瞭なため、見ているほうは分かりません。

なんだかボルテが体売って軍隊整備したようにも見えますよ。


何度も戦い、逃亡といった不撓不屈の精神がよく描かれていると思います。
モンゴルの大地の逞しさを感じる作品でした。

花見行ってきました

2008年04月06日 11時15分14秒 | 旅、風景
以前から予定してた代々木公園で同僚と花見をしてきました。




10寺に原宿集合で園内はこんな感じでした。
桜の下のブルーシートの場所取り組がいましたが、まだ場所が空いていたのでいいところを確保。
桜の真下ではないですが三方から桜の見えるところです。



桜自体は先週の方が見ごろでしたね。
今週は葉もでてきて華ははらはらと散っていました。
これはこれで趣きがあるのですが。



100円ショップのブルーシート4枚ほどの場所を確保して早速開始です。
最初5人だったのですが開始30分でお酒が枯渇してきました。ペース早すぎ。
後から来る人にお酒買ってくるように指示してたり。



昼過ぎから人がかなり込んできました。当然トイレも。
ギリギリでいったらアウトか。
10分以上はまたされます。

おまけに園内のトイレは使えないのあったりとトラップが。


トイレの前には売店があったのですが何故か「冷し胡瓜」なんてものがありました。
胡瓜に割り箸を刺して冷しただけのもの。
味噌とか塩とか一切無し。
これで150円也。


嫌がらせで同僚に買って行きましたよ。
・・・たぶんこんな客が買っていくんだろうな。



1時ごろにはこんなになっていました。
このごろになると変な人も増えてきます。
なぜか縄跳びする人とか。
花見客に合わせて芸をする人もいましたがツマンネ。



当然お酒ばかり飲んでいたわけじゃないですよ。
ちゃんと花も見てました。



四季を愉しむって結構重要かもしれませんね。

桜見てきました

2008年04月02日 00時47分24秒 | 旅、風景
同僚の方と「花見しよう!」と話し合ったものの全然決まらないまま時間が経ったので花見予定の代々木公園の様子を見てきました。


●原宿駅

原宿駅は竹下通りの方はよく行っていた(渋谷区の図書館があるため)のですがこちらはあまりなじみのない表参道口。


●明治神宮前

明治神宮前。原宿駅から徒歩1分。
実は来たのは初めてです。
よく年始の参賀で映ってますけどね。

「近くの神様より遠くの神様がありがたい」ってやつですか?
近すぎるとかえって行かないのは何も自分だけじゃないようです。
ちなみに御祀りしているのはその名のとおり明治天皇です。

途中外人さんがゴスロリな人を写真とっていましたが気にしない。
ここは原宿だ。
・・・秋葉じゃないがこの間のことちょっと思い出した。


●明治神宮内1

境内はやはり厳粛な雰囲気があります。
広い道、東京とは思えない木々。
あと外人の参拝客が多いですね。比率としては4割越えていたように思えます。


●明治神宮内2

日も傾いてきた頃に行ったのですがこんな感じでした。


●明治神宮内3

ドコモビルが見えます。
ここはちょっと拓けたところなのでなんだか日本じゃないような錯覚を覚えます。


●明治神宮前4

なんだかこういった神々しいのもいいのかも。


●オリンピックセンター前1

見事に満開でした。
花見の期間中は一般にも施設公開しているようです。

●オリンピックセンター前2

分かりづらいかもしれませんが見事な桜吹雪でした。
肩についた桜の花で春を感じるってこんなことを言うのかもしれません。
風が強かったのですがその風には桜の香りがしました。


●代々木公園1

公園内は満開でした。
ただ、前日までの雨が見事にぬかるみを作ってました。
花見やっぱり先週の花見は無理でしたね。


●代々木公園2

代々木公園に桜は800本あるらしいですが以外にかたまっている場所が少ないためかそんなにあるようには見えませんでした。
まぁ、代々木公園自体渋谷~新宿までと広大な土地ですから本当にありそうですけどね。


●代々木公園3

祭りの後。
よくあんな雨の中やった人たちがいるなと感心してしまいます。
ボランティアの人はごみ処理大変そうでした。
ごみは持ち帰りましょう。
こちらは感心できません。


●渋谷

久しぶりに渋谷あるいてみました。
昔はホーム的な街でしたが、専門校卒業後は殆ど行ってなかったので今ではもう別の町でした。
その中でも昔のかけらを見つけるとなんだか嬉しくなりますね。

思い出を感じるくらいなったのかと思うと自分もいい加減いいオッサンになったなと感じてしまいます。


世の中に留められるのは何一つもない。

良くも悪くもそれが真実のようです。
街も桜も変わっていく様を感じながら自分も変わらなければと感じた一日でした。