日々の寝言~Daily Nonsense~

夏目漱石「抗夫」

一つ前のエントリーに書いた
柄谷さんのインタビューと、
さらに前に少し書いた
村上春樹さんの「街とその不確かな壁」
とに刺激されて、漱石の「抗夫」と、
柄谷さんの「畏怖する人間」の中の
最初の漱石論を読み返した。

個人的には、
ここでの柄谷さんの言説が、
結局一番面白い。

見田さんの時間論や、
柄谷さんの交換様式論は、
もちろん、素晴らしい達成だが、
わかりやす過ぎるところに
罠があるようにも感じられる。

「漱石試論」の柄谷さんの、
そうしたもののさらに前にある
「人間存在に内在する恐ろしさ」
そうしたわかりやすい理論や社会を
作ってしまう背景に、
語りえぬながらも迫ろうと
もがく中から紡ぎ出される言葉は
何度読んでも心が動かされる。

漱石が、「死ぬか(こころ)、
気が違うか(行人)、
宗教に入るか(門)しかない」
と書いたもの。

明確には意識できないから
語りえないのだが、常に
すぐ近くに、自己を取り巻いて
存在するもの。

そこに向けての最初の作品、
とされる「抗夫」は、
朝日新聞に入社した漱石が、
「虞美人草」の次に書いた新聞小説で、
実際に抗夫のような経験をした人からの
話をもとにして書いたと言われている。

昔読んだときは、
もっと短い作品という印象だったのだが
新聞に連載されただけあって
それなりには長い作品だ。

19歳の主人公は、
女性関係のもつれから
世の中が嫌になって
自殺しようと思っているところを、
銅山の働き手をつかまえる
手配師に出会って
抗夫になろうとする。

「F + f 理論」に準じるように、
見聞きするものに対して
あれこれと揺れ動く
主人公の心理が細かく
描写されていて、
くどくどと続く。

以下、ネタバレあり。

鉱山につくと、翌日に
まずは、鉱山の中を案内されて、
死にそうな経験もするのだが、
教養のある抗夫の安さんと出会い
なんとか生還する。

安さんに、帰る方が良いと
説得されるが、それが逆に、
安さんがいる限りはここで生きたい、
という気持ちにつながり、
それによって、失われていた
(あるいは、最初から無かった)
世界とのつながりも、
一瞬だけ回復される。

ところが、その翌日、
抗夫になるための
健康診断を受けると、
気管支炎と診断されて、
抗夫にはなれず、
それでも親方に頼み込んで、
飯場の売店の帳簿係を5カ月務めたあと、
主人公は東京に帰る。

帳簿係になった後についての
描写はほとんどなく、
安さんとの交流についても、
東京に帰った後の後日談もなく、
ほんとうにあっけなく
突如として小節は終わってしまう。

面白くないから
打ち切りになったのでは?
と思わせるほどだ。

漱石としても、
書き続けることが
嫌になったのかもしれない。

異世界の迷宮を彷徨って、結局、
主人公は何か変わったのか?

それもよくはわからない。

物語の最初
「ふわふわ」としていた
現実感のない主人公の心は、
安さんとの出会いの後、
一瞬だけ切実な感覚を持ち、
世界を美しいと感じるのだが、
病気と診断されて、
ニヒリズムのより固い殻の中に
這入ってしまった感じだ。

そうした捉えどころのない人の心、
が、そのままの形で、意識の流れ、
として描かれようとしている、
という点において、この作品が
後に続くもののはじまりである
ということになるのだろうか?

などと思いながら、
amazon のレビューを眺めていたら、

> 岩波文庫版の解説で、紅野謙介氏が以下のように述べる。

> 村上春樹の『海辺のカフカ』に、
> 家出したカフカ少年が図書館で夏目漱石の全集を
> 読みふけるという話がでてくる。
> カフカ少年と司書の大島さんは、漱石の作品の中でも
> 「評判がよくないもののひとつ」である『坑夫』について対話する。
> この小説には「なにか教訓を得たとか、そこで生き方が変わったとか、
> 人生について深く考えたとか、社会のありかたについて疑問を持ったとか、
> そういうことはとくには書かれていない」。しかし、不思議に
> 「なにを言いたいのかわからない」ところに惹かれると少年は語る。
> これに応じて大島さんは、『坑夫』は「不完全」ではあるものの、
> 「不完全であるが故に人間の心を強く引きつける
> ――少なくともある種の人間の心を強く引きつける」
> と興味深い言い方で答える。

やはりそういうことになるのか・・・

漱石が小説を書き始めたきっかけは、
神経衰弱の治療の一環だったらしい。

つまり、何かを書きたくて、あるいは
何かを主張したくて書いていたというよりは、
書かざるを得なかった、という面もあるのだろう。

職業的作家として書いていた面と
裏腹にある、何か切迫した
書かざるを得なかった感じが、
ある種の人間を引き付ける
のかもしれない。

見えてしまう心の動き、
そして、その先にある
見えない、言葉にできないもの。

「海辺のカフカ」も読み返さないと
いけないのだろうか・・・
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