日々の寝言~Daily Nonsense~

日々の出来事への感想、雑感、思いつき、ぶつぶつ・・・

ユニクロ、エアリズムのトランクス

2018-07-28 16:08:33 | 好き
ユニクロの AIRism のインナーは
シャツを愛用してきているのだが、
最近、ふらっと駅の近くの店に寄ってみたら、
トランクスが置いてあった。

AIRism のステテコが出たときに、
もう少し短い、七分くらいの
トランクスが欲しい、と書いたのだが、
期待していたものにかなり近いので買ってみた。

かなり良い!

私の〇〇〇は、どうやら
「下つき」の部類らしく、
普通のトランクスだと、
履いているうちにはみ出すことがあるのが
悩ましかった。

それを解消するために、
普通のブリーフにすると、
やはり蒸れる感じがする。

ハンモックタイプのものは
少しましで良いのだが、
それでも、夏はちょっとつらい。

しかし、このトランクスは、
少し長めなので、ほとんどはみださないし、
はき心地肌もエアリズムなので素晴らしい。

8/2 までセールで 790円なので、
さっそく、ネットで買い足した。

ユニクロさん、ありがとう。

望むらくは、もうちょっとだけ
丈が長いとさらに良い。

〇〇〇のついている位置は
個人差があるようなので、

短いタイプ
普通タイプ(現行)
ちょっと長め
膝下のステテコ

と4種類くらいでラインナップしていただいて、
色や模様ももっと増やしていただけると、
とても嬉しく思います。

引き続き、ご検討をよろしくお願いいたします。
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桜とブルームーン

2018-03-31 19:01:52 | 好き
今日は満月で、
1月のスーパー・レッド・ブルームーンに続いて、
またまたブルームーン!

東京はもうだいぶ散ってしまったが、
月明かりの桜が楽しめるところはいいなぁ。
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源平桜

2018-03-30 21:41:34 | 好き
家の近くにある桜の木は、
一本の木に、白い花とピンクの花が
一緒に咲いていて、とても風情がある。

ちょっと桜の木が、
羞ずかしがっているような。

検索してみたら、
「源平桜」と言うようで、
梅や桃では多いが、
桜は珍しいらしい。


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スーパー・ブラッド・ブルームーン

2018-02-01 00:14:17 | 好き
今日の皆既月食では、
赤い月=ブラッドムーンを
長時間にわたって見ることができた。

この満月は、1月の2度目の満月で、
ブルームーンだった。

それに月と地球の距離が近づいている
スーパームーンも重なっていて、
かなりレア度の高い状況だったのだ。

前回ブルームーンを見たのは
ギリシャでだったような。

はや1月が終わりだが、
何かいいことがあるといいなぁ・・・



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月と金星

2017-01-03 14:41:53 | 好き
昨日(1/2)の晩に、
三日月と金星が大接近していた。

新年早々、なんだか不愉快なことが
続いているところだったのだが、

仲良く話をしているような月と星を見ていると、
少しだけ気持ちが暖かくなった。

人間は面白い生き物だ。
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手描染屋眞水

2013-09-03 21:26:53 | 好き
水口真奈さんの
手描き染めのTシャツのお店。

ベニシアさんの番組で紹介されていた。

1枚1枚、手描き。
全く同じものは一枚だけ。

Tシャツも、作っている人も、
すごく素敵だ。

HPにあるデザインの中では、
オリーブ、がいいかな。

欲しい・・・
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エリザベート王妃のゆかりの地

2012-02-01 22:41:32 | 好き
日本テレビの「心に刻む風景」で、
エリザベート王妃を特集していた。

少女時代を過ごしたドイツのポッセンフォーフェン

お妃教育を受けたウィーンのラクセンブルグ宮殿

別荘のあったオーストラリアのバードイシュル

王妃となったハンガリーのゲデレー城

家族と宿泊したドイツのフェルダフィングのホテル(Keiserin Elizabeth)

いつか行ってみたいなぁ。

番組の最後に紹介されていた

> どこかの陸地から来たものでもなく
> どの浜辺にも私の故郷はない
> ただ波から波へと私は飛び続ける

というのはエリザベートの言葉なのだろうか?
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誕生日と命日

2012-01-29 00:04:14 | 好き
Franz Schubert 1797/1/31, 1828/11/19
Clara Haskil 1895/1/7, 1960/12/7
Sergiu Celibidache 1912/7/11, 1996/8/14
Rosalyn Tureck 1914/2/14, 2003/7/17
Glenn Gould 1932/9/25, 1982/10/14
Jacqueline du Pré 1945/1/26, 1987/10/19
五島みどり 1971/10/25,
平沢進 1954/4/2,

小津安二郎 1903/12/12, 1963/12/12
Andrei Tarkovsky 1932/4/4, 1986/12/19
Theodoros Angelopoulos 1935/4/27, 2012/1/24
Julia Elizabeth Wells 1935/10/1,
Diane Hall 1946/1/5,
Emir Kusturica 1954/11/24,

Johannes Vermeer 1632/X/X, 1675/X/X
Nicolas de Staël 1914/1/5, 1955/3/16
菱田春草 1874/9/21, 1911/9/16
岩崎知弘 1918/12/15, 1974/8/8
有元利夫 1946/9/23, 1985/2/24

夏目漱石 1867/2/9, 1916/12/9
萩原朔太郎 1886/11/1, 1942/5/11
宮沢賢治 1896/8/27, 1933/9/21
石川淳 1899/3/27, 1987/12/19
Pamela Lyndon Travers 1899/8/9, 1996/4/23
渡辺一夫 1901/9/25, 1975/5/10
Paul Adrien Maurice Dirac 1902/8/8, 1984/10/20
Gregory Bateson 1904/5/9, 1980/7/4
朝永 振一郎 1906/3/31, 1979/7/8
Arthur Charles Clarke 1917/12/16, 2008/3/19
福永武彦 1918/3/19, 1979/8/13
加藤周一 1919/9/19, 2008/12/5
星 親一 1926/9/6, 1997/12/30
Kazuo Ishiguro 1954/11/8,
伊藤 正子 1956/2/19, 2000/12/19

Elisabeth Amalie Eugenie von Wittelsbach 1837/12/14, 1898/9/10
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月の虹

2012-01-11 19:51:22 | 好き
時事通信の記事から。

月の光でも虹ができるのだ・・・
見てみたい。
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Another

2011-11-05 18:29:32 | 好き
一方、これらの2作の真ん中に位置する「Another」では、
月並みな言い方をしてしまえば「都市における疎外」が描かれている。
それは、「他者とのコミュニケーション」からの疎外であり、
都市の「祝祭」からの疎外である。

こうして、自らの存在への「うたがい」は、
その一つの根源としての「都市」を発見し、
それに向かって運動したことが見て取れるわけだが、
それにしても、なぜ「都市」だったのだろうか?
「都市」とはどういうものなのだろうか? について、
連想のままにしばらく考えてみよう。

「都市」の本質を一言でいってしまえば、
如月小春もその作者ノートの中で言うように、
「全体性の不在とそれを隠ぺいする局所の充実」であろう。

トータルに世界を認識したいという欲求は、われわれの
根本的な欲求の一つであると思われるが、都市は、
基本的にそれを不可能にする場所である。
なぜ、トータルな認識が重要なのかといえば、
物事の意味を決める一つの方法は、
それが全体の中で占める位置によって決めるということだからであり、
この方法によれば「意味」とは「布置」に他ならないからである。

現在でもきわめて濃密なコスモロジーが存在するといわれている
バリ島の子供は、自分の村から離れた場所に行くと、
引きつけを起こしたり、何もできなくなったりすることがあるという。
一歳になる私の子供も、よその場所に行くと、
しばらくはまったく歩けない状態になったりする。

われわれの世界認識は、一つにはトータルフレームとその中における
要素の位置づけという形をとるのであり、フレームが確定できないと
すべての意味が希薄な、浮遊するものになるのである。

境界がなくなることによって、境界の向こうに鬼を見ることも
無くなるが、それと同時に、境界の内側もまた、ぼやけたものになる。

世界の情報化は、世界を必然的にボーダーレスにしたが、
そうしたボーダーレス化が情報的な意味と同時に物質的な意味でも
進行したのが「都市」なのである。

後に、史家によって Poly-Cultural-Environment と定義されるであろう都市は、
共同体内価値をもたない空間となった。家単位の価値は、
従来「むら」によって担われていた価値のかなりの部分を代替したが、
しかし、それには限界がある。
こうした変化を現象的に反映したものが、たとえば「祭の衰退」である。

東京の「都市」化は昭和30年代に始まるといってよい。
それは昭和39年の東京オリンピックで一つのピークを迎える。
そして、この期間はまた、家庭の第1次的な情報化の
主役であったテレビの普及の進行とも一致している。

そして、「都市」の生活者は「日常」を失った。
そして、その代わりに「多様な日常」を手にいれた。
1980年代後半の「記号論」の異様な流行、すなわち、
記号の消費の進行は、そうした「日常」を形作る記号たちが
崩れ行くことの予感が成したものでもあった。
保護運動やコレクターの出現は、その種が滅びることを予言する。

こうして物質的にも裏付けられた「多様な日常」の実現によって、
都市の時間と空間とは、いわゆる「メタ・オブジェクトの貫入」を
おこして、ハレとケとが混じりあったカオス的な状態となる。

そして、その中を「日常化した希薄な祝祭」と「祝祭のマニュアル」とが横行する。
多くの記号が濃密な意味を失えば、コミュニケーションもまた
危機に陥る。濃密なコミュニケートはその可能性をほとんど失い、
表層的なもののみが増える。

「他者」は失われ、コミュニケートの失敗からの防御反応と
しての適応的引きこもりと、表層的でインスタントな
「面白さ」への耽溺とが、さらに追い打ちをかける。

TVでは空前の漫才ブームが起こり、
アイドルたちは希薄な祝祭の巫女となる。
小柳ルミ子、南佐織、天地真理にはじまり、山口百恵によって
完成に到るアイドルという存在は、自らの存在感を押しつけるのではなく、
逆に、あらゆる視線を受け入れることによって
カリスマ性を獲得したのである。

「他者」の喪失はまた「自ら」の喪失でもある。そこに、たとえば
「世界が無いといられない自閉症」というような奇妙な状態も現れる。

始まりは、といって原因を一つに押しつけてみたところで仕方ない
はなしではあるが、主な因子は、やはり「通路」の拡張だったのだと思う。

その「通路」を「情報」という香りが流れた。どのような方角に?
好奇心の方角といえばよいだろうか。

好奇心が有効であるのは、奇なるものが少ない世界においてである。
しかし、麻薬の発見が、ある種の天授の苦痛除去系を災いの元に
変えたように、情報の、それもある意味での麻薬的な偏りを持つ
人工的な情報の流通は、好奇心を災いのもとに変えたかもしれない。

そして「都市」が生まれ、如月小春はまことに「都市」の「辺境の」子である。
柄谷行人が、その「村上春樹論」の中で村上春樹について主張するのと同様に、
この3つの芝居は、如月小春にとっては、その「全体性」への希求と
超越論的な視座の確保への通過しなければならない努力であり、
そしてまた、作者をそれらの希求から解放するものでもあったと思われる。
ちょうど、この如月小春をめぐる文章がまた、
そうした希求からわたしを解放するための一つの手段であるように。

この、柄谷の「村上春樹論」は、その「固有名詞の不在」
を軸とした論考であり、如月小春論として読みかえる
ことができる部分も多い。しかし、村上春樹と如月小春の
最大の違いは、前者が、柄谷も指摘するように、アイロニーを
込めて「記号の崩壊」を文章にするのに対して、
如月小春においては、それは、既にアイロニーの対象ではなく、
自分にとっての切実な現実であるということであろう。
従って、如月小春には、村上春樹のように超越論的な地位を
確保してそこに安住することはできない。

この3つの戯曲は、やはり「都市」の辺境に
生まれ育った私にとって、決して忘れることの
できないものであり、折りに触れて、
そのいくつかのシーンが背景となる音を伴って頭の中に蘇る。

「Another」の中の、「吃立する自動販売機たち」というイメージは、
誰も通らないのに点滅する信号機を、クリスマスツリーの
飾りに見立てて、地球上のすべての信号機に思いを馳せたり、
暗闇にぽつねんと立つ電話ボックスに愛しさを感じていたりした
私にはとても好ましいものであったし、
そこにある宮沢賢治のフレーバーもとても楽しかった。

また、この作品を私にとってより美しくしているのは、
セリフにおけるリフレインと対位法の多用である。
元来、如月小春の戯曲は、作者の趣味によって音楽性の強いものになっている。
それは、セリフの響きとともに、BGMにも現れており、特に、
後期の作品においては、非常に効果的なものになっているが、
この「Another」はそうした後期の作品におけるそうした効果の
萌芽となるものといえるだろう。
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「都市」についての三部作

2011-11-05 18:22:17 | 好き
さて、提起された疑問は、必然的にさらに深く、
その根源を探る方向へと運動する。
そして、そこに現れたのが、「都市」である。

1980年の「家、世の果ての…」から83年の「工場物語」に至る三部作は、
消費社会と都市をモチーフとしており、
これらの作品によって、以後しばらく、如月小春は都市の専門家と
呼ばれるようになる。

再び、Vonegatt を引けば、Mother Night の扉には、
次のような詩が引用されている。

異国の岸辺をさまようことをやめて
足を故郷のほうへ向けたときに
心の燃えあがるのを感じないような男
「これは俺の国、俺の生まれた土地!」
と自分にむかって言ってみないような男
それほど死んでしまった魂の持主がいるだろうか?

もちろん、これはVonegatt一流の反語であるが、
如月小春の問題もまた、その強さはともかく、
これと同質のものであったと思われる。

如月小春が自らの出発点という「家、世の果ての…」、そして
それとほぼ同型の構造を持ち、その、より洗練された形での
パラフレーズであるともいえる「工場物語」は、いずれも
主人公の少女(そして、犬)が次のようなシュプレヒコールをして終わる。

「都市よ、老いたる都市よ!」

この二つの作品には、「《少女と犬》型都市を記述する試み」
という副題がついているが、ここにおいて「少女」が意味することは、
すでに「光の時代」について述べたのと同じだろう。

一方、「犬」は少女の介添えであるが、たぶん、一種の「知恵」、
あるいは「自我」を象徴しているだろう。

いずれの作品においても、「都市」は、その内部の生活者に、
その全貌を見せることのないまま、その生活者を自分の標本として
「生かす」という存在として描かれている。

これは、たとえば、庄司薫の都市論である「ぼくの大好きな青髭」
にも共通する視線である。個々の生活者に見えるのは、自分の身の回りの
辺境の風景であり、そうした風景にとけ込むことによって、
自らを失ってゆく。都市とは、あたかも、生活者の欲求を吸い上げる
ことによって脈動する巨大な生命体である。

生活者はいつのまにか、自分の欲求が、自らのものであるのか、
それとも、都市によって欲求するように仕向けられた結果であるのかを
見失う。もちろん、これは、もともと区別することができない
ものではあるのだが…。

柄谷行人の言葉をかりれば、これは、都市による欲望の
(すなわち、存在の)「転倒」といってよいだろう。

ポルノグラフィや売春の、あるいは、低俗なTV番組の議論
で必ずでてくる、「買う人(見る人)がいるから作るのだ」
「作るから見たく(買いたく)なるのだ」という水掛け論。
どちらも正しく、またどちらも正しくない。
こうした「鶏と卵の命題」にいまだに惑わされてしまうという
ことは、そうした責任所在を明らかにしようという
われわれの線形な因果的認識が、
因果的循環に満ちた有機的な世界を全体として捕らえることが
できないということをよく示しているのだが、それは
わかっていても、この「転倒」に気づいたとき、
世界は突如リアリティの無いふわふわとしたものに変わる。

私とはなんだ? 他者とはなんだ?…
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光の時代

2011-11-05 18:19:10 | 好き
ロミオが比較的あっさりと「演じさせられる自分」を引き受けて
スケープゴートになるのに対して、
「光の時代」では、「自分を持たない少女」はな子によって
世界のほうが崩壊する。

この戯曲の魅力の一つは、世界史に対して一人で立ち向かう主人公
(最後には殺されるが)という構造であるが、この構造は、
ジャンヌダルク、ロリータ、そして山口百恵などによってに典型的に
象徴される「少女」のイメージの裏付けによって、説得力を強めている。

多くの文化において、なぜか、少女には、どこにも属さないもの
となることが許される瞬間がある。
そのときそれは、どこにも属さないが故にオールマイティであるが、
シンデレラ伝説が示すように、その時間は限られているのだ。

この瞬間こそは「光の時代」である
(後に、この無所属性は、女子大生とオカマによって
マスメディア上で典型的に体現されることに
なったが、これによって彼らは自らを大衆化、商品化し、
それとともに最大の武器であった無所属性を失った。
一方、後でも述べるように、
この無所属性自体の人工的な商品化が、アイドルである。)

「光の時代」のもう一つの魅力は、「死の舞踏」のイメージである。
この素材は、基本的には、「人間は死をも演じることができる」ということの
一つの象徴として使われているのであるが、「舞踏」という
モチーフの潜在的な強力さによってこの劇全体の一つの基調と
なっている。陰をつくらない人工的な真昼の光の中で、
人々が死を踊り続けるという、退廃と活力とが
奇妙に混じりあったイメージは、世紀末的風景として
十分にありきたりではあるとしても、
やはり強烈であり、以後の作品の中でもしばしば現れる。

はじめに示した二つの世界認識を両極とする座標軸の上で、
いつしか人は一定の位置に収まってゆく。

いつのまにかそうなっていることもあるし、
意識して、ある位置を掴み取ることもあるであろうが、
その過程は、自分を知り、そして、世界を
(少なくとも自分に関係する範囲の世界を)知る過程でもある。

そうした意味では、両極端の世界認識は、そこに到る過程の
1ステップとして不可欠な防御的過剰反応の一種であるとも言える。
そして、この忘れてしまいがちな両極端を明確に
形に残しているという点において、この二つ戯曲
「ロミオとフリージアのある食卓」と「光の時代」
は私にとって永遠の価値を持つ。
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ロミオとフリージアのある食卓

2011-11-05 18:12:32 | 好き
我、うたがう、故に、我、あり。

如月小春の初期の二つの戯曲「ロミオとフリージアのある食卓」と
「光の時代」を強く彩るのは、「わたし」および「この世界」への疑いである。

「わたし(特に自由意志としての)とはなにか?(わからない)」
「わたし、とはどこまでがわたしなのか?(わからない)」
「世界は、どうしてつくられた書き割りではないといえるのか?(いえない)」
という、素朴な、しかし、深刻な形而上的疑問をそのまま
芝居にしたのがこの二つの戯曲であるといってよいと思う。

「劇場としての都市」、「ゲームとしての人生」などといった言葉が
象徴的に現している、この「つくられた私、演出された私」への
「うたがわしさ」は、「自分が世界のごく一部でしかない」という
認識とともに現れる、ごく普通の感情である。

我々の世界認識(自分を含む)には大きくわけて二とおりの方向があり、
ほとんどの人は、その両方を適当に混ぜ合わせた状態で
生活していると思われる。

その一つは、上に述べたような、
「世界という石垣を構築する素材としての自分」
であり、もう一つは
「自分の能力を発揮し、自分の世界を構築する素材供給所としての世界」
である。もっと簡単にいってしまえば、
「わたしは世界のためにある」か「世界はわたしのためにある」かだ。

この一見正反対に見える世界・自分の関係認識は、
世界を自分の側から見るか、世界=他人(自分以外)の側から
見るかという視点の違いであり、
いずれが正しくていずれが誤りということはない。

たぶん、自分と自分以外の世界との区別をはっきりとつけない
(つけたくない)ような傾向のもとでは、
自分は(自分を含む)世界のためにある、という
見方に親しみやすいであろうし、逆に、自分と自分以外とを
はっきりとわけるような傾向のもとでは、自分以外の
世界は自分のためにある、という見方が親しいものとなるだろう。
従って、これらは、世界の Connectivity に関する評価の差異でもある。

いずれにしても、極端になれば、さまざまな不都合を生み出す。
たとえば、「ロミオとフリージアのある食卓」は、
前者の見方をつきつめた場合に訪れる悲劇を明確に描き出しているし、
後者の立場を徹底すれば、独裁者に到るだろう。

石垣の石としての自分を少しでも認識すれば、
世界という石垣が調和を保つために、それぞれの個には、
「かのように(als op)」振る舞うことが要請されることが論理的に導かれる。
世界が崩れれば、自分もまた存在しないのであるから、
共同的な幻想を維持することはきわめて重要である。

しかし、もしも、この世界を外から眺める観客=神の視点にたてば、
こうした世界の一構成要素である個人とは、きわめてロボットに似たものであろう。
「これは決して本当の私ではない、本当のわたしはまだどこかに眠っている」
と思いながら、かのように振る舞い、時間を消費してゆくロボットたち。

「ロミオとフリージア…」が、人形劇仕立てになっていることは、
この劇の本質と、そして、われわれの深層にある「うたがい」と
密接にかかわってきわめて効果的である。

この劇の中では、何度も文脈の、というよりは
Batesonの意味での論理階形の、転換(メタ化)が行なわれるが、
最終的に、演じられたカーニバルの中で、
スケープゴートとなったロミオだけが人形であり、
それをいたぶった人々は、自由意志でいたぶる役を演じていた
というふうに落ち着くかと見えた視点が、
最後に登場人物全員がまた人形化するところでくつがえされた
時の鳥肌が立つような興奮は、今でも忘れられない。

心から拍手していた自分もが、実は(何が実はだ?)
無理矢理劇に参加させられていた、というめまいのような認識。
とても秀逸な演出。

もちろん、この、自らを演じる(演じさせられる)自分という
モチーフはそれほど珍しいものではない。
たとえば、演劇でもつかこうへいはこのモチーフを強力に用いているし、
Kurt Vonegatt はその印象深い作品 Mother Night について、
「Mother Night は、ある MORAL を意識して書いた唯一の作品だ。その
モラルとは、『われわれはなにかのふりをするとそのものになってしまう、
だからなにのふりをするかは慎重に選ばなくてはいけない。』」
と述べている(Mother Night 邦訳、池沢夏樹による訳者あと書きより)。

新興宗教の信者が「あなたは、本当のあなたを生きていますか?」
と問いかけるとき、理性は罠にかけられる。
この問に対する理論的な答はない。これは、
「自由意志」に対するダブルバインドを導く問である。

「人間は目を開けて世界を凝視する能力と同時に、まぶたを閉じて
己が想像力の世界に遊ぶ能力もあるのである」と福永武彦の
精神的後継者としての大林宣彦が1990年6月4日の朝日新聞朝刊13面で
も言うように、「わたし」はprospective であると同時に retrospective
なのであり、「わたし」は自らを演じつつそれを逸脱する。
波にもて遊ばれているのか、波に乗っているのかは
誰にも区別できない。

(つづく)
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1991年6月23日

2011-11-05 18:05:40 | 好き
最近書きたいネタもあまり無いので、
昔書いた雑文を掘り起こしてみた。

1991年6月23日の日曜日、午後1時45分。

とても暑い日だった。
僕は、やっとのことでつかみ取った3時間を右手に握りしめて、
下北沢の本多劇場の入口に並んでいた。

その日、当日券を求める客の列は天文学的な長さとなり、
絶望的な気分で並んでいた僕の背中に
午後の太陽からの熱線は容赦なく降り注いだ。

と、背中から声がかかった。

「チケット、買ってくれませんか?」

振り向けばそこには、小学校4年生くらいであろうか、
とってもかわいい少女が立っている。

「あの、お母さんが来れなくなっちゃって…、でもって、これ…」

一瞬の戸惑いの後に、僕は力強くうなづいた。

長い列を離脱してもぎりのところにゆくと、
これまたとってもかわいい姿の山本浩子さんが
なぜかエスカレーターガールをしていた
(そっか、今回は出ないのか)。

劇場の中は、とても涼しかった。
座席はとてもきれいに並んでいた。
にもかかわらず、舞台向かって右側の前の方であった僕の席からは、
左側の袖近くで、すわりこんだまま演じられる芝居は
ほとんど見えなかった。

あの女の子は、あるいは、女の子のお母さんは、
このことを知っていたのだろうか?

という疑問を理性で抑えこみながら、首を苦しい角度に曲げて、
隣の人の頭のすき間から、人物の影を見、声を聞いていた。

芝居は、見にくいという以外は、ほとんど昔のままで、
滝川真澄さんは、とても若かった。
はな子のお母さんはいいキャラクターだった。
ブラッキーもよかった。
昔はここで笑いが出たけどなー、という部分もいくつかあって、
僕は所々で涙を流しながら、ラストまで一気に見た。

頬に残っているであろう涙の跡を隠すように、あるいは、
100kmの彼方で待つ二人の操る糸に引かれるように急ぎ足で
劇場を後にした僕は、下北沢の駅のプラットフォームで、
井の頭線の上り各駅停車に足を踏み入れながら、
「あっ」と小さくつぶやいた。

アンケート書くの忘れた。

1991年6月「家、世の果ての…」(NOISE@本多劇場)


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1日中が朝焼け-夕焼け

2011-06-07 20:49:47 | 好き
北極圏の初夏の風景の動画について。

太陽がずっと低いところを移動して、
一日中が朝焼け-夕焼けらしい。

行って見たいなぁ・・・
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