さいごのかぎ / Quest for grandmaster key

「TYPE-MOON」「うみねこのなく頃に」その他フィクションの読解です。
まずは記事冒頭の目次などからどうぞ。

TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体

2022年02月14日 02時21分23秒 | TYPE-MOON
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TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 筆者-Townmemory 初稿-2022年2月14日 02時21分23秒


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●6つの魔法の内訳を考える会

 皆さん、お久しぶりです。
 今回はTYPE-MOON作品の「魔法」に関する説を持ってまいりました。

 TYPE-MOONさんというのは(説明不要とも思うが)、『月姫』『空の境界』『Fateシリーズ』『魔法使いの夜』等の作品を発表している、ゲームディベロッパー……というより「創作集団」といったほうが合いそうな方たち。

 TYPE-MOON作品は、各作品においておおむね同一の世界観を採用しており、「魔術」「魔法」というものが存在している世界を扱っています。

 TYPE-MOON世界観においては、「魔術」とは、「超自然的な力だが、テクノロジー等の代替手段によって同等のことが実現できるもの」。
 一方「魔法」とは、「超自然的な力で、なおかつ、他の代替手段では実現不能なもの」」
 というふうに、区分けがされています。

 TYPE-MOON世界観では、現在のところ、

「魔法は第一魔法から第五魔法までの5つが存在している」
「まだ実現していないが、第六魔法の存在が予見されている」


 という感じになっていて、その内訳について、断片的な情報がいろんなところでちりばめられています。

 かなり多くの情報が公開されている魔法もあるし、その一方で、ほとんど何も情報がない魔法もあります。
「なんか、考えればわかりそうな感じなんだけれど、ギリギリはっきりしない」
 くらいの寸止め状況になっている。

 なので、TYPE-MOONファンの人々は、

「6つの魔法って、具体的には、どんな内容なんだろう」

 ということを知りたがっており、各人がいろんな想像をめぐらしているのです。

 さて、こないだの正月あたりに、私ふと「そういえばTYPE-MOONの魔法関連ってどんな感じだったっけ」と気になりだして、情報をまとめたファンサイトなどをめぐったり、作品を読んだときの印象を思い返したりしておりました。

 そしたら、
「あ、だいたいこういうことかな」

 という大づかみな仮説が立ちました。
「全部を説明できるわけじゃないけど、方向性としてはおおむねこういう感じじゃないかなあ」くらいです。

 その仮説が、自分でいうのもあれですが、なかなか興味深かったので、みなさんにちょっとおすそわけしたいと思います。長いですし、個人的なドリームですが、まあ、どうぞ……。


●根源中心世界観

 まずは本論に入る前のセッティングから。
(新しいことはもうちょっと後で言い始めます)

 TYPE-MOON世界観では、世界の外側に「根源」というミステリアスな何かが存在することになっています。

「根源」というのは、どうやら、「この世のすべての事象や現象が発生する大もと」みたいなものであるらしく、いってみれば、「この世の究極の秘密」です。

 TYPE-MOON世界の魔術師たちは、だいたい全員、「根源に手で触れる」ことを最終目的としています。
 根源に触れると、莫大なエネルギーをわがものにできるらしいふしがあります。また、触れると「魔法」(魔術ではなく)が手に入ったりするらしい。

 各作品にちりばめられた情報によれば、第一魔法と第五魔法は「根源に到達したことによって手に入った魔法」。
 第二・第三・第四魔法は「根源に到達するための手段として開発された魔法」らしいです。

 どっちみち「根源に触れた人物は魔法が手に入っている」状態になるので、「根源に到達する」ことと「魔法使いになる」ことはほぼ同じ意味のこととして語られています。

 また、「根源に触れたら魔力を引き出せたり魔法が手に入ったりする」とされる一方で、「根源に触れた人間は即座に消滅する」みたいなことが言われることもあり、そのへんはっきりしていません。


●ほぼフルオープンされている第二・第三魔法

 もうちょっとセッティングが続きます。

 第二魔法と第三魔法については、各作品(主に『Fate/stay night』)において、おおむね内容がフルオープンになっています。
 そして、オープンになっている通りの内容で良いと思っています。

 第二魔法の魔法使いはゼルレッチで、その内容は「平行世界の運営」。ようするに、パラレルワールドをのぞき見したり、パラレルワールドからエネルギーをかっぱらってきたりできる。

 第三魔法の魔法使いは「アインツベルンの師匠筋の人物」。内容は「魂の物質化」

 TYPE-MOON世界観では、魂は無限に等しいエネルギーを持っていて、ほぼ永久機関なのですが、「むき身のままで現実世界に存在できない」というルールがあります。
 人間は魂をもってるのですが、魂そのものは幽冥界という場所にあって、遠くから肉体をあやつることで現実に干渉しています(だったかな?)。
 なので、肉体が壊れると、魂は現実への干渉能力を喪失して無力になる。

 この「魂はむき身のままで現実世界に存在できない」というルールをガン無視するという技法が第三魔法「魂の物質化」。
 魂を魂のまんまでこの世に置いておけるので、そこから無限のエネルギーをくみ出すことができる。TYPE-MOON世界観では、「無限に近いエネルギーを持っていたらだいたい何でも願いがかなう」とされているので、シェンロンが常に自分の隣にいるような状態になる(たぶん)。

 また、魂が物質化された人間は、不老不死、不滅の存在になるようです。


●「無の否定」とは何か

 ここからが本論。

 魔法の内訳を解明するにあたっての最重要情報といえるのは、『Fate/hollow ataraxia』における、女魔術師バゼットのこのセリフ。

 死者の蘇生には時間旅行、平行世界の運営、無の否定、いずれかの魔法が絡む。
『Fate/hollow ataraxia』



 魔法についての情報が3つのキーワードとして露出しています。

 このセリフは何をいってるかというと、

「死んだ人間を生き返らせるためには魔法が必要である。第一から第五までの5つの魔法のうち、いくつかの魔法がそれに該当する」

 その「いくつかの魔法」を特定するヒントが、このセリフにキーワードとして出てきている。

 このうち「平行世界の運営」はゼルレッチの第二魔法で確定しています。
 また「時間旅行」は第二魔法で実現可能だということになったらしいので(ひっそりとTYPE-MOON内部で設定変更が行われたのかもしれない)、3つのキーワードのうち、前の二つはゼルレッチの第二魔法のことをいってることになります。

 最後のひとつ。「無の否定」。この謎めいた文言はいったい何なんだということを、TYPE-MOONの謎ハンターたちがいろいろ考えているわけです。

 第二と第三は魔法名も内容もほぼ確定していますから、第一か第四か第五の魔法名が「無の否定」である、ということになる。

 で、多くの人が、「第一魔法が無の否定である」と考えています。私も賛成です。

 でも「無の否定」っていったい何のこと? 謎かけすぎてさっぱりだ。

 さっぱりですが、このあとじわじわと解明していきます。


●第一魔法とジーザス・クライスト

 第一魔法については、重要な周辺情報がいくつも発表されています。まとめると以下のようになります。

・第三魔法は、第一魔法よりも先に存在した。
・第三魔法の使い手(アインツベルンの師匠筋)は、AD(西暦)前夜にこの世から去った。
・第一魔法の使い手はAD前夜に誕生した。


 ようするに、紀元前1年ないし西暦1年(または0年)に、第三魔法の使い手が消滅し、入れ替わるように第一魔法の使い手が誕生しているのです。
 西暦ゼロ年ないしは元年に生まれた有名人といえば……。

 これらの情報をひとくくりにして、素直に解釈すると、自然と以下のようなストーリーになると思うのです。

(1)第一魔法の使い手とは、ジーザス・クライストその人である。
(2)ジーザス・クライストは、第三魔法「魂の物質化」によって誕生した、「物質化された魂をもつ超人」である。
(3)ジーザスを産んだ聖母マリアの正体は、第三魔法の使い手である。
(4)聖母マリア=第三魔法の使い手は、何かの事情で消滅(別の回で取り上げます)。


 TYPE-MOON世界には、第三魔法を血まなこになって再現しようとしている「アインツベルン」という一族がいます。
 この一族は、女性型ホムンクルスをやたらめったら大量生産しています。『Fate/stay night』のイリヤや、『Fate/Zero』のアイリスフィールが、アインツベルン製ホムンクルスです。

 アインツベルンの魔術師は、たまたま、まったくの偶然に、第三魔法の実現が可能な奇跡のホムンクルス(ユスティーツァ)の製造に成功しました。

「なんとかして、ユスティーツァの2号機以降を製造できれば、第三魔法を会得したことになる」

 ということで、必死で研究を続けたのですが、どうしても再生産が不可能だった。
 その研究の過程でむやみやたらに女性型ホムンクルスを作ることになった。
(で、これはだめだ、とあきらめて、代わりに冬木市の聖杯戦争の聖杯を作ることにしたわけですね)

 ……という下地のイメージをみていくと、こういうふうにしか思えない。

「第三魔法は、《物質化された魂人間》を、女性の胎内から生み出す技法である」

 そして、第三魔法の使い手の消失といれかわりに、第一魔法の使い手がこの世に誕生しているのですから、

「聖母マリアは、第三魔法の使い手である」
「彼女が第三魔法で産んだ《物質化された魂人間》こそが、第一魔法の使い手=ジーザス・クライストである」

「アインツベルンの目指していたものとは、聖母マリアを再生産することである」


 さて、そうだとすると。

 第一魔法の使い手ジーザス・クライストは、物質化された魂そのものなので、「永久機関クラスの無限エネルギーを内包し、不老不死にして不滅の存在」であったことになります。
(おおなんと、キリスト教の伝説で語られていることとおおむねイメージ一致だ)


●無限のエネルギーの使いみち

『Fate/stay night』で登場した、冬木の聖杯システムは、

「莫大なエネルギーを蓄積して、放出し、世界の外殻に風穴をあける」

 ということを目的としたものでした。
(厳密にいうとちょっと違うんだけど、だいたいこういうイメージのもの)

 なぜ風穴をあけたいかといえば、「根源」が世界の外側にあるからです。「とてもすごいエネルギービーム」で世界に穴をあけて、その向こうにいる根源にタッチしちゃおう、というのが大目的だったわけです。

「とてもすごいエネルギー」があれば、世界の天井にボコッと穴をあけて、その向こう側をひょいとのぞき見ることができる。

 さて、いまここに、「めちゃんこつおいとてもすごいエネルギー」を持ったジーザスさんという超人がいます。

 ジーザスさんは、この「とてもすごいエネルギー」を使って第一魔法「無の否定」を実現したことになる。

 ジーザス・クライストが実現した「無の否定」とは何なのか


●無の否定=「根源の発見」

 私の解はこうです。

 第一魔法「無の否定」とは、
「根源を発見したこと」
「根源を(人類史上初めて)観測したこと」だ。


 ジーザス・クライストは、自己の内部に蓄積されていたありあまるエネルギーをビームに変え(多分)、世界の外殻にガツンと穴をあけ、世界の外側をのぞき見たのです。
 そして、そこになんと「根源の渦」が存在することを世界で初めて発見・観測したのです。え?

 根源を発見(観測)することが、なぜ「無の否定」といえるの?


●夢の中の人の夢の中の人の

(……ここから、ひじょうにフワッとした観念的な話になるので覚悟していただきたいのですが)

 根源が発見されるまで、「この世界(宇宙)が本当に存在するのかどうか」、誰にも証明できなかったのです。

「この世界は、誰かが見ている夢にすぎず、実際には存在しないかもしれない」

 このテーゼを、なんと、誰も否定できない。

 こんな例え話はどうでしょう。

人物Aは、人物Bが見ている夢の中の登場人物である。
人物Bは、人物Cが見ている夢の中の登場人物である。
人物Cは、人物Aが見ている夢の中の登場人物である。

・すべての人物は、誰かの見ている夢の中の登場人物である。
・その夢を見ている誰かも、別の誰かが見ている夢の登場人物である。
・この世界は、誰かが見ている夢である。
・世界の夢を見ている誰かも、別の誰かの夢の登場人物である。


「そうではない」ということを、いったい誰が証明できます?

 私たちが、循環する夢の中の登場人物AやBやCではないとなぜわかる?

 このことを、ひとくくりに言い換えるとこうなるのです。

「私たち自身や、私たちの宇宙が、じつは《無》であり、存在しないかもしれないことを、どうして《否定》できる?」

 それまで誰にも否定できなかった。

「この世界が存在することをこの世界の中からは証明不可能である」
 これはTYPE-MOON世界だけの話ではなく、われわれが生きている現実の世界においてもそうだと思います。

 余談ですがこの話は「ゲーデルの不完全性定理」に発想が近い。数学が正しいことを数学では証明できない。ひとつの同じ系のなかでは「無矛盾である」とまでしかいえない。

 奈須きのこさんは本格推理小説や新本格推理小説に造詣が深いし、笠井潔さんを読んでいる。だから当然、きのこさんは「後期クイーン問題」を知っているし、「後期クイーン問題」がゲーデルの不完全性定理を援用して論じられた経緯を知っている。

 なので、「この世界が存在することをこの世界の中からは証明不可能である」という発想にたどりつく下地を彼は完璧にそなえている。


●無を否定する方法

 さて、ここに、無限エネルギー超人ジーザス・クライストがいます。
 かれは、「この世界が無ではないことを証明するにはどうしたらよいか」と考えた。

「この世界が存在することをこの世界の中からは証明不可能である」

 ならば話は単純だ。この世界の外側に出ればよい。

 人物AやBやCを、実在の人物だと証明するにはどうしたらいいか。

 その答えはこうです。

 この世界を外側から見ることができればよい。

 この世界を外側から見ている視点が常に存在していればよい。

 人物A・B・Cに対して特権的、かつ超越的な人物Xが存在し、人物XがA・B・Cをじっと見つめている……という構造があればよい。

 世界の外側に人物Xがおり、その人物XがA・B・Cの存在を保証すればよい。

 この形があれば、(少なくとも、人物Xが存在するという条件のかぎりにおいて)人物A・B・Cや、この世界は、「無ではない」と言い切ることができる。

 人物Xのいる場所は、この世界の外側でなければならない。世界の内側にいるならば、それは、同じく世界の内側にいる誰かの夢かもしれない話になり、無を否定したことにならないからだ。

 ジーザスは、超越的人物Xの存在を確かめようとする。
 方法としては簡単だ。この設定におけるジーザスは無限のエネルギーを持っているので、それを発射して世界に風穴をあけ、その穴に首をつっこんでひょいと向こうを覗けばいい。

 はてさて。この世界の外側に、人物Xは「いる」のか「いない」のか


●シュレディンガーの「人物X」

 この世界の外側に人物Xが「いる」か「いない」かの二択なので、単純なモデル化をすれば、確率は五分五分だ。
 穴の向こうに人物Xがいる可能性が50%。いない可能性が50%だと考えることにしましょう。

「箱のフタを開けたら、五分五分の二択になっている」

 といえば、これはもう、皆様おなじみ、「シュレディンガーの猫」のたとえ話。

「シュレディンガーの猫」の解説を、今さらするかしないか迷ったのだけど一応ごく簡単に(単純化のうえ)しておきましょう。これは量子力学における一見ふかしぎな現象を説明するための例え話。
 量子の状態は確率的にしか定められない。量子は「いまどんな状態にあるか」を(基本)定めることができない。
 そして、量子の状態は、人間が「観測」した瞬間に定まる。

 これを説明するうまい例え話が「シュレディンガーの猫」。

 箱の中に、猫が一匹入っている。フタがしまっていて中身の状態は一切わからない。そして箱には、50%の確率で毒ガスが噴出し、50%の確率で何も起きないという仕掛けがほどこされている。
 この場合、50%の確率で猫は死んでおり、50%の確率で猫は生きている。猫は「生きている」か「死んでいる」かの二択である。

 常識的にいえば、この猫の生死が決定されるのは、毒ガスが噴出した瞬間であるはずだ。
 しかし量子力学では、なんと、そうはならない
 フタが閉じていて中身が観測できない条件下では、「猫が生きている状態」と「猫が死んでいる状態」が「重なり合って」箱の中に両方入っている、というのです。
 まだどっちかには決定しておらず、可能性が可能性のまま、両方箱の中に入ってる。

 そして、生きているか死んでいるかは、箱のフタを開けて、我々が状態を「観測」した瞬間に決定するというのです。パカッと開けて中身を見た瞬間に、どちらか一方に現実が確定される。「それは人間の《見る》という行為によって決まる」。

(これに関して詳しく知りたい方は、科学系のガイドブックなどを読まれることをおすすめします。また、上記はあえてのザックリした説明です。「厳密にはここが違う」等のご指摘は不要です)

 これは非常に不思議な感じがしておもしろいので、SF小説などにさかんに取り入れられていきました。運命や人生の分岐をあつかうような作品で、この論理がゆるく活用されてきました。

 それをふまえてジーザスと人物Xの話にもどりましょう。ジーザスは世界の内側におり、世界の外側のことは観測不可能です。
 ジーザスにとって、世界の外側は「中身がみえない箱の中」のようなもの。
 ジーザスにとって、世界の外側に「人物Xがいるか」「いないか」の二択だ。

 この条件下では、「世界の外側に人物Xがいる」と「世界の外側に人物Xなどいない」が重なり状態になっている。つまりは、「いる」が50%で、「いない」も50%。そして、どっちなのかは「まだ確定していない」。

 箱のフタを開けて(世界に風穴をあけて)、世界の外側を「観測」してみよう……と、この物語におけるジーザスは思い立った。


●そこには「根源」があった

 世界の外側という「観測できない場所」に、人物Xはいるかもしれないし(50%)、いないかもしれない(50%)。
 いまのところ、両方の可能性が重なり合って同居している。

 もし世界という卵の殻に穴をあけ、その外側に頭をひょいと出してみて、そこに人物Xがいたのなら。
 人物Xの保証にもとづき、われわれの世界は実在する(「無」であること「の否定」)。

 もしそこに誰もいなかったら。
 われわれの世界は無かもしれない(「無」であること「を否定できない」)。

 ふたつの可能性は五分五分であり、どちらかはまだ確定していない。
 世界の殻に穴をあけ、ジーザスが外側を観測した瞬間に、どちらか一方に確定する。

 無限のエネルギーをもつ不滅的存在ジーサス・クライストは、その無限エネルギーを、「宇宙の外殻に穴を開ける」ことに使った。
 そして世界の外を見た。

 そこでかれが見たものは……。
「根源」だった。

 根源こそが人物Xその人だ。


●根源はわれわれを見ている

 複雑な例え話をしているので、誤解されるかもしれないが、根源はべつだん人間ではありません。
 ですが、「人物X」に相当する機能をすべて備えている。

 TYPE-MOON世界観では、根源はすべての存在・事象の源すべての存在が流れ出す大もとだ、というようなことがいわれています。

 おそらく、根源からは、エネルギーなり波みたいなものが放出されていて、それに照らし出されることで宇宙のすべては存在できる。「存在力」みたいなものの供給源。そんなイメージだと思います。
 根源の波動から照らし出されなくなったものは存在をやめる

 われわれも、われわれが立っている地面も、それどころか分子や原子のひとつひとつも、根源からの照射をうけて、はじめて存在する。

 これを量子SF小説的に言い換えるとこうなる。
「根源はわれわれを見ている」

 根源はいわば、世界を見つめる巨大な目だ。根源はわれわれを観測している。生きた猫を観測すれば、生きた猫が確定するように、根源に観測されていることにより、われわれの存在は確定しているのである。根源は、われわれの世界の外側にいてわれわれを見ている超越的人物Xに等しいものである。

 ようするにこれは、
「人間が誰一人見てないところに世界は本当に存在するの?」
 という疑問に対する解答なわけです。
「人間が見てないところでは世界は《無》に等しいのではないの?」

 ジーザスは、その疑問に答えを出した。
 人間が見ていないところでも、世界は無ではない。なぜなら、根源が世界を見ているからだ。

 これが、私の考える「無の否定」です。

 ジーザスは根源を観測したので、根源は存在が確定し、根源は存在する(無ではない)。
 根源はわれわれを観測しているので、われわれは存在が確定し、われわれは存在している(無ではない)。

 第一魔法の正体は「ジーザスによる根源の観測(および存在の確定)」、それに伴う「われわれおよびわれわれの世界の存在の確定」である。

(「人物X=根源も、誰かの夢の登場人物にすぎなかったらどうするんだ」というような疑問をもった方、それについてはいずれ(別の投稿で)回収しますのでお待ちください)

     ☆

 長くなったので続きは別の投稿にて。
 次回は、根源が発見されたことで世界に何が起こったか。ジーザスはその力で何をしたか。第一魔法がわかると冬木の聖杯戦争がわかる話。ユミナ関連。など。


 続きはこちらです。「TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する」


※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。

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