さいごのかぎ / Quest for grandmaster key

「TYPE-MOON」「うみねこのなく頃に」その他フィクションの読解です。
まずは記事冒頭の目次などからどうぞ。

FGO:続・置換魔術(確率化する私たち)

2023年12月24日 12時43分42秒 | TYPE-MOON
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FGO:続・置換魔術(確率化する私たち)
 筆者-Townmemory 初稿-2023年12月24日



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●前回のまとめ

 前回の内容を前提としたお話です。ので、前回をまずお読みください。こちらです。
●FGO:置換魔術で置換されうるもの(私たちとは何か)

 さて。
 読んでくださいといいつつ、いちおう雑な要約をしておきますが、FGOの世界観には置換魔術というものがあって、それは、
「よく似たものは距離を全く無視して入れ替えが可能である」
 というもの。

 この理論を使って、面白いことを仕込もうとしたら、どういうことが考えられるかな、と私の頭が考えた結果、
「ぐだと我々プレイヤーは置換可能っぽいな」

 私たちは、ぐだと全く同じ経験を積んでおり、しかも、自分のことをぐだだと思い込んでいるのです。ひょいと入れ替えたところで、ぐだも入れ替えに気づかないし、我々も入れ替えに気づかないでしょう。

 おそらくこの物語には「ぐだが道半ばで死んだり倒れたりした場合、人理保証は失敗する」という条件がありそうだ。
 なので、ぐだが死にそうになったりリタイアしそうになったら、それを監視していた自動置換魔法システムみたいなものが、ぐだと私たちの一人を、ひょいと入れ替える。
 いわば「無限残機・無限コンティニュー」でゲームをしている状態になる。
 こういうシステムが組まれていれば、ぐだはほぼ絶対に物語を完遂するので、事実上、人理を「保証」できる。

 そしてこの置換魔術を運営しているのは、おそらくFGO冒頭で描かれた「資料館としてのカルデア」ではないか。つまり「資料館としてのカルデア」は未来の存在で、その実態はぐだの足跡を大勢の人間に疑似体験させるシミュレーターであり、目的は「ぐだのスペアを大量にストックする」ことではないか。私たちはそのストックではないのか。

 というようなお話で。
(くりかえすようですが、ご興味を持った方は先行の記事を読んでくださいね)

 私は、あーこれは意外性があっておもしろい、と自分の発想を自分でほめちぎったのですが、「この説は心につらい」と感じた方も少数いらっしゃるようで。


●ぐだの絶対性がゆらぐ

 一言でいうならば、「自分のところのぐだの絶対性がゆらぐ」といった方向性のことのようです。

 このゲームには多数のプレイヤーがいて、その一人一人の世界に各人のぐだちゃんがいる。それはわかっている。
 けれども、「私の世界」においては、「私の世界のぐだちゃん」がたった一人の、唯一の、絶対の存在なのである。

 自分には自分なりのぐだちゃん像があって、「私のカルデア」という箱庭の中で、自分のぐだ像を思い切り展開させて楽しんでいたのに、それを急に「よそのうちのぐだと取り替え可能な存在です」「唯一性なんてものはありません」「ほかのぐだとの差異なんてないし、かりにあったとしてもほんの誤差程度のことです」なんて言われたら困ってしまうし悲しくなるではないですか。

 というようなことだと私は読みました。

 なるほどというか、言われてみるともっともだ。そういう感覚があることは、よくわかります。

 ただ思うのですが、「もし仮に」私が提唱したような「置換魔術によるぐだ無限残機説」が、本当にこの物語に採用されていたとしたらですよ。
(繰り返しますが、「仮に」ですよ)

 このアイデアを思いついて採用した人は、「このアイデアを採用することでみんなを喜ばせよう」という気持ちだったはずだと思うのですね。

 それはなんでかというと……という話をごちゃごちゃ頭の中で揉んでいたらまたいろんなものが出てきたので、以下それをダラダラ書いていきます。よろしくどうぞ……。


●コフィンとレイシフト

 急に話は飛びますが、コフィンとレイシフトのことから始めたいのです。

 いわゆる考察界隈で、コフィンやレイシフトがどう解釈されているのか、よく知りません。でも、私の理解のしかたはこうですよというのをまずは語ります。

 ご存じのとおり、コフィンとは棺桶みたいな密閉された箱。ぐだがコフィンに入り、外でオペレーターがなんらかの操作をすると、ぐだは時間と空間をこえて特定の過去世界にワープする。

 これって私が思うに、「シュレディンガーの猫」の理屈を使っていると思うのです。

 説明不要かも、とも思うのですが、一応「量子力学? シュレディンガーの猫って何」という方もいると思うので、「SF小説を読むのにだいたい不都合がないくらいに」説明しておきますね。
(わりとふわっと述べるので、細部でおかしくても見逃してください)

 素粒子の分野では、電子や原子の位置ないし運動量は「確率的にしか把握できない」そうです。

 素粒子は、位置を「今ここにいるよね?」と決めようとすると、そのかわりに運動量が測定不能になってしまう。
 運動量を「今このくらいよね」と決めようとすると、そのかわり位置が測定不能になってしまう。

 大谷翔平が打ったホームランボールは、「位置はここで運動量はこれこれ」と数値で表すことができますが、素粒子ではそれができない。

 そして、「位置を観測すると運動量がわからなくなり、運動量を観測すると位置が分からなくなる」のですから、位置や運動量は、

「観測するという行為によって決まる」

 という、ちょっとびっくりするようなことを量子物理学者はいうわけです。

 このビックリな話をイメージとして理解するのにわかりやすいといわれているのが、「シュレディンガーの猫」というたとえ話。

 箱の中に猫を入れる。この箱は外部からの観測は一切不可能であるとする。
 この箱には二分の一の確率で内部に毒ガスが噴射されるボタンがついている。
 そのボタンを押す。

 毒ガスが噴射されたかされないかは、50%:50%の確率なので、二分の一の確率で猫は死んでおり、二分の一の確率で猫は生きている。でも、内部を観測することは不可能なので、生きているか死んでいるかは外からはわからない。

 これ、普通の考え方では、
「猫は死んでいる」(が、外からはそうとはわからない)
「猫は生きている」(が、外からはそうとはわからない)
 のどちらか片方ですよね。

 しかし、量子物理学の世界ではそうはならない。どうなるかというと、
「猫が死んでいる状態と、猫が生きている状態が、重なり合っていて、まだ決定されてない」
(両方が半々ずつ箱の中に入ってる)

 こういうのを、(猫が生きているか死んでいるかは)「確率的にしかとらえられない」(この場合は50%:50%)というのです。

 じゃあ、猫が生きているか死んでいるかはいつ決定されるのかというと、
「箱を開けて、中身を確かめた瞬間だ」

 つまり、猫が生きているか死んでいるかは、箱を開けて観測したときに決まる。

 さてそれをふまえて、コフィンとレイシフトの話に戻ります。


●観測できたものは存在する

 FGOにおけるコフィンは密閉された箱で、ようするに猫の入った箱のようなもの。中に入った人物のことは、外からは一切観測できなくなる。

 観測できないってことは、「コフィンの中に、ぐだがいるのか、いないのかはわからない。可能性は50%:50%だ」ということになる。
 つまり、この箱の中にぐだが入ったのだが、観測不能状態に陥ることで、「この中にぐだはいない」という可能性が50%発生したことになる。
(発生したことにして下さい)

「50%の確率で、コフィンの中にぐだはいない」のだとしたら、ぐだはいったいどこにいったのか。

 それは、「コフィン以外のこの世のどこか。時空のどこかに50%の確率で存在する」

 さて次に、カルデアのシステムとオペレータは、技術と魔術とエネルギーを使って、レイシフト先の特定の地域において、「ぐだの存在」をむりやり観測することにする。

 シュレディンガーの猫の理屈では、観測することによって、観測対象の存在や状態が「確定」します。
 FGOの世界には魔術がありますから、もし仮に、「絶対に猫の生存を観測する」という魔術が存在すれば、50%の確率で死んでるかもしれなかった猫の箱から「100%の確率で生きた猫を救出できる」。

 その魔術を応用して、「レイシフト先において絶対にぐだの存在を観測する」ということを実現すれば、「レイシフト先の地域にぐだがいるかも」という可能性は、単なる確率論ではなく真実となります。

 つまり、コフィンの中に入ったぐだを、レイシフト先に出現させることができます。

 魔術によって、「コフィンの中にぐだはいないかもしれない」を作り出す。
 魔術によって、「レイシフト先にぐだがいるにちがいない」を作り出す。

 すると、「コフィンの中にぐだはいません、レイシフト先にぐだがいます」ということが現実として確定します。これでレイシフト先にぐだを送り込んだことになります。

 細部で多少違っていたり、もっと細かい理論的な設定があるかもしれませんが(魂を情報化して云々みたいな設定があったよね)、大づかみにはこのようなことだ、これを考え出した人の発想の大もとはこのあたりだ、というのが私の考えです。

 本来の論理でいえば、そこに本当にぐだがいるからこそ、そこにいるぐだを観測できるのです。
 ぐだがいる、という現実が先に存在してから、ぐだを観測したという事象が発生する。これがふつうの論理です。
 ですが技術や魔術で、それを転倒させるわけです。

 まず、ぐだを観測した、という事象を先に発生させます。
 ぐだが観測できた以上、そこにぐだがいないというのはおかしい。
 だから、そこにぐだは存在しはじめる。

 ちょっとあやふやな話になりますが、この「むりやりに観測を先行させる」のを、カルデアは「存在証明」と呼んでいるんじゃないかな……。
 カルデアのオペレーターやマシュが、レイシフト直後に「存在証明を確立、維持に集中します」みたいなことをよく言います。
 ようは、カルデアのシステムやエネルギーを使って、「レイシフト先の地域にぐだがいます」という観測を維持しているかぎり、「レイシフト先にぐだがいる」という状態が現実となり、ぐだの存在がレイシフト先で確定する。(コフィン内にはいないことになる)

 しかし、もし仮に存在証明を維持できなくなった場合、「コフィンの中にぐだはいないかもしれないし、レイシフト先にもいないかもしれない」という状態になり、ぐだの存在はきわめてあやふやなものとなる。
 ようするにぐだはどっかに消え失せて、どこにも存在しない人になってしまう危険がある。
 だからカルデアは、ぐだの存在証明を最優先で維持しようとする。

 ちなみにこれ(存在と観測の転倒)は宝具ゲイボルグの能力に近しい。ゲイボルグは「まず対象に命中したという結果を発生させてから、槍を投げる」という転倒を可能としました。それと似ている。
 私独自の説にひきつけていえば、第五魔法の効果にも近しい(まず根源に到達したという結果を発生させてから、根源に向かう。原因と結果を入れ替える)。

 あ、今気づいたさらなる余談ですが、だとするとゲイボルグや第五魔法は、シュレディンガーの猫の理屈で成立している(発想の大もとはシュレ猫だ)のかもしれないですね。

 普通の考えでは、対象の状態が確定してから(原因)、対象の状態を観測することができる(結果)。
 でも量子力学の分野では、その逆のことが起こる。
 まず対象を観測する(原因)。すると、対象の状態が確定する(結果)。

 これをつづめると、「原因と結果の逆転」。

 つまり自然界でも、場合によっては、原因と結果は逆転しうるのである。これを恣意的にコントロールすることができるなら、因果というものは操作可能であるはずだ。

 というところから発想をすすめていき、これをエンターテインメントに落とし込むと、ゲイボルグみたいな必殺武器が出力されてくる。


●クラウド的な私たち

 なんで急にこんな話をしだしたか、という説明をいまからします。

「ぐだと無数のプレイヤーは置換可能である」「そして本当にときどき置換されている」という本稿の説が、もし仮に、実際にFGOに採用されているとした場合。

 それを実現している「ぐだ置換システム」も、実は大づかみ、シュレディンガーの猫ちゃんの理屈でフワッと(モフっと)包み込まれているんじゃないかと思ったのです。

 前回の「ぐだ無限残機説」では(しつこいですが前回をご覧くださいよ)、本物のぐだ一名に対して、予備のぐだが順番待ちのようなことをしていて、たまに一対一ですげかえる……というようなモデルで説明をしました。

 これはわかりやすいし、基本の発想としてはこれでいいとは思っています。
(つまり、これが思いつかれた瞬間の、最初の形はこうだっただろうということ)

 が、
 これをちょっと修正したくなりました。

 もっと、なんというか「クラウド的」なモデルで考えたほうが理にかないそうだ。

「ぐだのスペア」である私たち、大量のプレイヤーは、個々の人間というより、群体のようなものとしてとらえられている。……ような気がするのです。


●大量のぐだが入った鉄の箱

 どういうことかというと、こういうモデルです。

 巨大な鉄の箱がひとつあって、この中に、オリジナルぐだと、無数のぐだスペアが入っていると思って下さい。
 箱の中に、大量のぐだがうじゃうじゃうじゃうじゃうごめいている感じ。

 この鉄の箱は、中身の状態を外部から知ることは一切できないものとします。

 箱の中に、一か所だけ、ピンスポット(一人だけ照らし出すスポットライト)が当たっている場所がある。
 このピンスポットの中に、常に必ず一名のぐだが入っている(スポットがあたっている)ものとします。

 この「ピンスポットの中のぐだ」が、現在、「現実世界においてアクティブになっているぐだ」です。

 今、ちょうどスポットが当たっているぐだが、外の世界で「たったひとりしかいないぐだ」として、白紙化地球をなんとかしようと戦っていると思って下さい。
 一名のピンスポぐだが、現実世界で矢面に立って戦っている。

 そして、この巨大な鉄の箱は、わりと頻繁に、シャカシャカしゃかしゃかシェイクされるものとします。すると、「いまピンスポあたってるアクティブなぐだ」はランダムに入れ替わる。
 今までピンスポあたってたぐだは、ピンスポの外に出る。そのかわり、別のぐだがピンスポの中に入る。その「別のぐだ」が、現在アクティブになっているぐだとして、世界を救う大事業の矢面に立つ。

 現在のピンスポぐだになんか不都合が起こると、カルデアシステムは鉄の箱をシャカシャカして、別のぐだに交代させる。
 だけど、特に不都合が起きなくても、わりと定期的にこの箱はシャカシャカする。


 ……つまり、一機死んだら二機めが出現する残機型モデルではなくて、「いま戦っているのはこっちのぐだ、次の状況に対応しているのはあっちのぐだ」というように、かなりめまぐるしくとっかえひっかえが起こっている。

 そしてこれは置換魔術の話なので、一人一人のぐだの認識では、自分の物語を走り抜けているだけなのです。
 いま自分にピンスポ当たってるか当たってないかは、ぐだたち本人にはわからない。

 そして、この箱は、「外から中身を観測不可能」という条件があるので、「いまどのぐだがアクティブなのか」は外からもわからない。ようするに、誰一人としてそれを識別できない。

 以上のことを、一言でまとめるとこうなるのです。

「いま、どのぐだがアクティブになって現実に対応しているのかは、『確率的にしかとらえられない』
 ああ、なんて量子力学(奈須さん風の言い回し)。

 シュレディンガーの猫のたとえ話では、「生きた猫」と「死んだ猫」という、二種類の猫が、「確率的な重なり状態」にありました。

 これがぐだの例では、「何万人か、何十万人という大量のぐだが、確率的な重なり状態にある」ということになるのです。


●オリジナルとコピーの区別はもうない

 このように、「無数のぐだたちの誰がいまアクティブなのかは確率的にしかとらえられない」とする場合、こういうことがいえます。

「どのぐだがオリジナルのぐだなのか、という疑問はもはや無効である」

 その疑問が無効になるように、構造ができている。

 箱の中にはオリジナルぐだとスペアぐだが入っていて、もはやごちゃまぜになっている。箱の中の全員が「自分はオリジナルだ」と思っているし、ぐだ全員が同等の能力と記憶を持っているので、本人にも他人にも、区別はいっさいつかない。

 そして、それら大量のぐだは、確率的にピンスポの中に入るので、

「確率的にいって、ぐだ全員が、世界を救う唯一の戦いの矢面に立っている」

 オリジナルとコピーの差は何なのか、という問いはもはや無効である。全員に差がなく、全員が「世界を救う唯一の戦いの矢面に立っている」のだから、全員が本物であり、「全員で本物」なのである。

 一機死んだら二機めが出てくる残機説に比べて、こちらのモデルが明らかにすぐれている点がひとつある。
 それは、

「あなたの世界のぐだは、あなたの世界限定の単なるぐだコピーなのではなく、世界を救った本物のぐだなのである」

 という結論が発生するところだ。

 ここまで書いてきたようなモデルが、「もし仮に」この物語に採用されているのだとしたら、それは採用した人が、

「あなたのぐだが本物であり、あなたたち全員がひとまとまりで本物なのである」

 という形をプレゼントしてくれようとしたからだと思う。私はこの形を美しいと思うのだけど、でもまぁ、こういうの別に恩寵とは思わない、という考え方もよくわかるのだった。


●なぜ、ぐだはレイシフト適性が100%なのか

 与太話の先に与太話を接ぎ木するのが続いておりますが、さらにまた接ぎ木。

 なぜかはわからないが、ぐだはレイシフト適性を100%持っている、という話がありますね。

 この話を書いていてふと思ったのですが、「ぐだという人は、そもそも存在自体が確率的だから」という前提を置くと、腑に落ちる感じがするのです。

 本稿の話では、「確率的にいって、レイシフト先に存在する可能性がゼロではないぐだを、量子論的観測によって強制的に存在させる」のがレイシフトでした。
(そうではないといえそうな根拠もいっぱいあるけどまあ横に置いといて下さい)

 そしてまた本稿の話では、「ぐだという人は、一人の人間というより、無数のぐだが確率的に重なり状態になった存在である」ということでした。

 たとえるなら、ぐだは、ペットボトルに入った水のような存在ではなく、大気の中の水蒸気のような存在で、本質的には同じ水ではあるんだけど、後者は確率的にしかとらえられないようなもの。

 この世にはじつは大量のぐだが存在する、という話は、「この世にあまねく存在する」という言い換えが可能なんじゃないか。

 だとすると、カルデアのシステムが、レイシフト先の世界においてぐだを強制的に観測することがものすごく容易そうにみえる。ぐだが遍在的な存在なら、「そこ」に存在する確率は高くなるので、強制観測がしやすい。

 コフィンの中に、通常の人間が入り込んでフタを閉めた場合、「この人物がコフィンの中にいるかいないか」は「50%:50%」なのです。

 でも、ぐだは存在自体が確率的重なり状態の人間ですから、事情がかわってくる。

 わかりやすく、「ぐだは、1万人のぐだが重なった存在だ」としましょう。

「ぐだはコフィンの中にいない確率」は50%です。でも、「コフィンの中にいる確率」は、50%÷10000×10000なんです。

 つまり、50%÷10000=0.005%の確率で「ぐだ00001番」がいる。
 0.005%の確率で「ぐだ00002番」がいる。
 0.005%の確率で「ぐだ00003番」がいる。
 0.005%の確率で「ぐだ00004番」がいる。

 そういうのが一万回ずらっと続いて、最後に0.005%の確率で「ぐだ10000番」がいる。

 そういう計算になります。

 そして、「コフィンの中にぐだがいない確率が50%」ということは、「コフィン以外のこの世の全時空のどこかにぐだがいる確率」が50%ということです。

 これも同様に、
 コフィン以外の全時空のどこかに0.005%の確率で「ぐだ00001番」がいる。
(中略)
 コフィン以外の全時空のどこかに0.005%の確率で「ぐだ10000番」がいる。

 こんな感じで、ぐだは全世界の全時空に「遍在」しうる。

 全世界の全時空に遍在する存在は、単に「いる」か「いない」かの二択ではない捉え方をすることができる。

 そういう特性を持った人間は、「そこにいる」可能性をつまんでひっぱりあげることが、おそらく容易だろうと想像できます。

 通常の人間をコフィンに放り込んで観測不能にしたところで、その人間が「特定の特異点の特定の場所」で存在確認される可能性は限りなくゼロに近いでしょう。この場合はレイシフト適性はほぼゼロだということができる。

 ところがぐだは存在自体が確率的重なり状態で、この世にうっすらと無限に散らばることができそうなので、「特定の特異点の特定の場所」にたまたま存在確認できる可能性が爆発的にあがる。

 レイシフトの成功率が100%というのはそういうことなんじゃないか。


 例えばこういう言い方。
 個の唯一性(非・確率性)が高いほどレイシフト適性が低く、個の遍在性(確率性)が高いほどレイシフト適性が高い。
 くだいていうと存在があやふやな奴ほどレイシフトしやすい

 みたいなことを考えると、わりと心地よくつながるので、おもしろいかなっていう話でした。まあ、こんなん出てきましたので、ここにそっと置いておきますね……。


●余談・なぜフレンドのサーヴァントを借りられるの?

 このゲームでは、フレンドからサーヴァントをレンタルすることができます。自分がまだ召喚していないサーヴァントを、まるで自分ちのカルデアに召喚したサーヴァントのようにあやつることができます。

 自分が召喚していないサーヴァントをなぜ使えるのか。それは、自分のぐだとフレンドのぐだは重なり状態にあるからだ。
 箱の中で一匹の猫が「生きた猫」と「死んだ猫」という、二種類の状態に分岐しつつも、全体としては「一匹の猫」でありつづけるように、わたしたちぐだは、「何万人か何十万人か」という、ほとんど無数の状態に分岐していながら一人のぐだであるからです。
 わたしたちぐだは、ひとりのぐだでもあるのだから、別のぐだが召喚したサーヴァントを、自分のもののように使役できるのはそんなにおかしくないのです。


●余談2・廃棄孔

 ぐだの心の中(だったかな?)には廃棄孔という謎めいた場所があって、よくないものがうごめいていたり、世界のなんか怪しい場所とつながっていそうだったりする、というような設定があります。巌窟王エドモン・ダンテスが掃除してくださってる場所ね。

 ぐだにかぎってなんでそんな廃棄孔なるものがあるのか、の原因が「無数のぐだが確率的に重なり状態になった一人のぐだ」という構造にある……なんていうことがあっても面白いなあと考えたので、ここにメモっておきます。

 ようするに、一人の人間を人為的にここまで多重化した例なんて他にない。本稿の説では、ぐだという人間の唯一の特異な特徴とはこの重なり状態にあるのである。廃棄孔というのも、ぐだ個人に紐づけられた特異なポイントなので、その二つは結びついていると考えるのは自然な流れです。

 存在を多重化したことによるゆがみが出ているなど考えればよい。
 例えば、無数のぐだの中には、旅の途中で死んだり、動けなくなってリタイアしたぐだもいるわけですね。

 そういうぐだを、ぐだをストックしている鉄の箱の中にいつまでも入れておくとさしさわりがあるので、別のところに取り出してため込んでおく。
 その死にぐだ捨て場が煮詰まってああいう場所ができた、などでもいい。

 また、無数のぐだが、一人のぐだとして多重化状態になるためには、やはり、ぐだスペア各々の固有性みたいなものを振り捨てないといけないのかもしれない。
 そういう「振り捨てたもの」を置いておく場所がブラックホール化したなんていうかたちでもいい。


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FGO:置換魔術で置換されうるもの(私たちとは何か)

2023年10月15日 12時15分44秒 | TYPE-MOON
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FGO:置換魔術で置換されうるもの(私たちとは何か)
 筆者-Townmemory 初稿-2023年10月15日


 FGO(Fate/Grand Order)に関する記事です。

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●置換魔術とは何か

「オーディール・コール 序」という場面に、「置換魔術」というものの説明があります。

 作中の説明によれば、置換魔術とは、「よく似た二つのものは、距離をまったく無視して入れ替えが可能である」という魔術理論。

ダ・ヴィンチ
「だろうね。
 魔術世界には置換魔術というものがある。」
ダ・ヴィンチ
「たとえば、ここにゴルドルフくんAと
 ゴルドルフくんBがいたとして、」
ダ・ヴィンチ
「彼らがまったく同じ構成・情報量である場合、
 どんなに離れた場所でも入れ替える事ができる。」
ダ・ヴィンチ
「なぜか? それはもちろん、第三者から見て
 『なんの違いもない』事だからだ。」
ダ・ヴィンチ
「置換された者にしか『入れ替わった』事は分からない。
 いや、場合によっては本人たちでさえ分からない。」
ダ・ヴィンチ
超常的な事が起きたというのに世界に異常はないんだ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 こういう条件の時、魔術はとてもよく働く。」
『Fate/Grand Order』オーディール・コール 序



 作中では、この魔術理論を使って、
「カルデアス(地球のコピー)の表面と、真の地球の表面が入れ替えられたのではないか」
(地球表面が一瞬にして白紙化されたのはこのためではないか)
 という推測が語られていました。

 これはおもしろい理屈で、いろんなところに使えそうだと思いました。

 いや、使えそう、というか、「この理屈を使っておもしろい展開を導く」ということがプランされていて、その準備として説明されているのかなと感じます。

 なので、
「この物語上で、何と何を入れ替えたら、いちばんドラマチックになるだろうか」
 ということをボワーと考えていました。そしたら、ひとつ思いついたことがあります。

 それは、

「この物語の主人公(ぐだお/ぐだ子/藤丸立香)と、私たちプレイヤーは、入れ替えが可能そうだな」


●ぐだではない私たち

 わたしたちプレイヤーの大半は、自分のことを「ぐだ」だと思い込んでゲームをプレイしているものと思います(基本、私もです)。

(注:藤丸立香という名前をあんまり好まないので、以下、物語上の主人公のことを「ぐだ」と呼称します。ちなみに「ぐだ」とは、「グ」ランドオー「ダー」をつづめたもので、ユーザー内で自然発生したあだ名)

 だけど思い返してみると、この物語には、「プレイヤーとぐだは別人ですよ」ということをほのめかす情報がしっかり置かれています。

 それは、まさにFGOの冒頭。
 FGOは、私たちプレイヤー(らしき人物)が、カルデアの正面ゲートで自動化された検問を受けるところから始まります。

アナウンス
「―――塩基配列  ヒトゲノムと確認
 ―――霊器属性  善性・中立と確認」
アナウンス
「ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。
 ここは人理継続保証機関 カルデア。」
アナウンス
「指紋認証 声紋認証 遺伝子認証 クリア。
 魔術回路の測定……完了しました。」
アナウンス
「登録名と一致します。
 貴方を霊長類の一員であることを認めます。」
アナウンス
「はじめまして。
 貴方は本日 最後の来館者です。」
アナウンス
「どうぞ、善き時間をお過ごしください。」
『Fate/Grand Order』第一章 プロローグ ※下線部は引用者による



 どうやら、この時代のカルデアは、人理保証を達成したカルデアの事績を記念する資料館のようなものになっているもようです。
(引用部5行目にある通り、「ここは資料館でござい」とアナウンスで言っていますものね)

 ようは、物語がすべて終わったあと、「主人公と仲間たちはこんなにすごいことをしたんだ」ということを広く人類に伝える施設になっているっぽい。

 このあと、入館手続きの完了まで180秒の待ち時間が発生し、その間、「模擬戦闘でマスター体験をお楽しみください」ということになり、最初の戦闘シーンになる。

 その戦闘シーンがおわると、私たちの視点はぐだのものとなり、カルデアの廊下でぶったおれていたところをマシュに見つかる。

 そういう流れでした。

 なので、まずひとつめの大前提として。
 私たちプレイヤーの本当の立場は、人理保証が成立したずっと後の時代に、人理保証資料館をおとずれた無名の人物である。
 ということになる。
 少なくとも、そう強く推定されることになります。


●なぜ我々は自分をぐだだと思ったのか

 前述のとおり、カルデア資料館に入館した我々は、自分がぐだになって、人理焼却直前のカルデアでぶったおれているという状況にあることを発見します。

 この時点で、我々は自分をぐだだと思い込み始め、そのまま現在でも物語が続いて行っています。

 なぜこのような視点のすりかわりが発生したのか。
 それは、このカルデア資料館が、
「世界を救ったぐだの事績とまったく同じものをバーチャル体験できるという施設」
 だからだと思います。

 さきほどの(FGO冒頭の)引用部の続きはこうなっています。

アナウンス
「……申し訳ございません。
 入館手続き完了まであと180秒必要です。
アナウンス
「その間、模擬戦闘をお楽しみください。」
アナウンス
「レギュレーション:シニア
 契約サーヴァント:セイバー ランサー アーチャー」
アナウンス
「スコアの記録はいたしません。
 どうぞ気の向くまま、自由にお楽しみください。」
アナウンス
「英霊召喚システム フェイト 起動します。
 180秒の間、マスターとして善い経験ができますよう。」
『Fate/Grand Order』第一章 プロローグ



 このように、英霊召喚シミュレーターが起動して、模擬戦闘体験ができるという仕掛けになっている。

「どうぞ気の向くまま、自由にお楽しみください」なんていうのは、およそマスター候補生に対して言う言葉ではないように思います。もっと気楽な立場の人への言葉、いうなれば観光客向けのような言葉です。

「スコアの記録はいたしません」とアナウンスが言っているところにも強く注目します。

 今回はスコアの記録をしない、ということなのですから、通常時にはスコアの記録をしているということになります。
 では通常時とは何か。
 それはこの資料館のメインコンテンツだろう。
 もっと複雑で難易度の高い模擬戦闘シミュレーターがあり、そちらではスコアを記録していて、リザルトを他人と比較できるようになっているのだろうと推測できます。

 そして、この施設のメインコンテンツは、単に戦闘を疑似体験できるというだけにはとどまらないだろう、とも推測できます。

 なぜなら、我々は、入館直後にはすでにぐだになりきっていたのだからです。
 これを、「ぐだシミュレーター」が提供している疑似体験だと考えることにするのです。
 単に戦闘を体験できるということにとどまらず、ぐだの境遇をまるごと全部追体験できる、というのがこの施設の趣向だと思います。

 単に戦闘がすごかったんだ、という側面を体験させるだけでなく、ぐだがどんな人間関係を築いたか、どんな場所にいって、どんな経験をしたか、そこでどんな思いをしたのか。
 そういうことを自分のことのように体験してまるごと知ってくれ、ということが、この資料館では意図されている。

 つまりこのFGOというゲームは、ぐだシミュレーターによって提供されている、英雄ぐだの足跡を、我々が疑似体験しているものだ……というふうに考えられるのです。


●カルデア資料館の真の目的

 さて。
 未来のカルデア資料館が、「ぐだの足跡を大勢の人に疑似体験させる」という性質のものである場合。

 ぐだと同等の能力を持ち、ぐだとまったく同じ経験を経ており、自分のことをぐだだと思い込んでいる人物、が、この世に大量に存在していることになります。

 そこで置換魔術の話になる。

 ぐだとまったく同等の能力と経験と記憶をそなえた人物は、ぐだ本人との入れ替えが可能そうだ。
 資料館の真の目的はそれではないのか。

 もっとはっきりいうと、ぐだシミュレーターを装備したカルデア資料館は、「ぐだのスペアを大量に確保する」という裏の目的をもって設置されてはいないか。


●無限残機による人理保証

 ここからは大きく推測が入ってきますが、おそらく、
「ぐだが死んだり、途中で心が折れてリタイアしたりして、物語を完走しない場合、人理保証は絶対に成功しない」
 という大条件があるのだと思います。

 そういう条件が、トリスメギストスなりシバなりの計算や、周りで見ていた人たちの実感として、完全に判明したと考える。

 でもこの物語はむちゃくちゃに過酷なので、ふつう、常人には完走は無理。ぐだは常人なので、よくがんばってはいるのだけど、ふつうに考えたら無理。

 そこで、ぐだとの間に置換魔術が成立しうる、ぐだと同等の存在を大量にストックしておく。
 ぐだの心がポッキリ折れたり、死んだりした場合、その直前のポイントで、ぐだ本人と、ぐだスペアを「置換」する

 私たちぐだスペアは、シミュレーターにかかっており、シミュレーターの中の体験を現実だと思っていて、自分のことをぐだ本人だと思い込んで一切疑っていない。
 なので、急に「現実のぐだ本人」と入れ替わったとしても、それに気づかない。置換されて以降は、私たちぐだスペアが「本人」として、物語を走っていくことになる。

 いっぽう、死んだぐだ本人は、ハッと目覚めるとシミュレーターの中にいて、
「ああ、夢か。死んだかと思った」
 そうして、人理保証がはるか過去のことになった未来世界で、「ぐだスペアの」日常に帰っていく。

 そのようなことが繰り返される。「本人」の立場に置き換わった元ぐだスペアがリタイアすると、また別のぐだスペアが送り込まれてくる。

 卑近な言い方をするならば、このアイデアは「無限残機・無限コンティニュー」で人理保証を完遂しようという方式なんですね。

 無限に残機があって、無限にコンティニュー可能なら、どんなに困難なゲームでも、いつかは絶対クリアできます。
 そのような形で、人理を「保証」している。

 資料館カルデアは、資料館となった後でも、「人理継続保証機関」を名乗っています。

アナウンス
「ようこそ、人類の未来を語る資料館へ。
 ここは人理継続保証機関 カルデア。」
『Fate/Grand Order』第一章 プロローグ



 資料館カルデアは、人理の危機に対して「英雄の無限残機」を提供しており、これあるかぎりほぼ絶対に人理の継続は保証されますから、この施設が人理継続保証機関を名乗るのは納得なのです。


●いくつかの傍証

 プロローグ部分で、カルデアの検問は、訪れた我々に対していくつかのチェックを行っています。

 たとえば、ヒトゲノムを確認して人類であることを調べ、属性が善性・中立であることを確認しています(先の引用を参照のこと)。

 これは、「ぐだスペアになりえない個体の入館を阻んでいる」と考えるのも興味深い。

 ぐだは霊長類・人類なので、そうではない入館希望者を拒む。
 たとえば虞美人みたいな、高度な知的生命体ではあっても人類ではない存在をはじく(のかもしれない)。

 ぐだの属性は善性・中立なので、そうではない入館希望者を拒む。
 属性がちがうと、ぐだが選択しないような大きな選択をする可能性があるし、そもそも置換が成立しないのかもしれない。

 そしてカルデア入館検問は、性別を識別しない。ぐだは男性でも女性でもよいからだ。


 ……といったような、「置換魔術によるぐだ無限残機説」は可能かなと思っています。

 この説におけるいちばん大きなポイントは、
「この説では、我々プレイヤーとは何者か、が定義されうる」
 というところです。

 我々はぐだ本人ではないが、いつか何かの拍子に、ぐだ本人とすげかわる可能性のある存在のひとりだ。

 いや、ひょっとしたら、もうすげかわっているのかもしれない。すげかわっているかどうかは本人にもわからないそうですからね。


●追伸・別案

 ここまで書き終わった直後に、ふと思いついたことがもうひとつあったので、追記。

 もう少し大きく捉えて、こうでもいいですね。

・実は、現実世界は人理保証に失敗し(ぐだが敗れて)滅んでいる。
・この世界滅亡を撤回したいと思った何者かが、カルデアスなり並行世界なりに、資料館カルデアを作った。
・大量の人間をシミュレーターに放り込み、ぐだの事績をそのまんま体験させる。
・もしもその中に、冒険に成功して汎人類史の人理を回復する者が出てきたら、「シミュレーター内の世界」と「滅んだ現実世界」を置換する。

(了)

 ちょっとした続きを書きました。
 FGO:続・置換魔術(確率化する私たち)

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※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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TYPE-MOONとマイケル・ムアコック、そしてジーザス(TYPE-MOONの「魔法」(8))

2023年09月16日 05時05分31秒 | TYPE-MOON
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TYPE-MOONとマイケル・ムアコック、そしてジーザス(TYPE-MOONの「魔法」(8))
 筆者-Townmemory 初稿-2023年9月17日


 こないだ寝てる間に思いついた(よくあることです)ちょっとした話を。

 最終的には「第三魔法って、いつ、だれが実現したの?」という話につながる予定です。

 これまでの記事は、こちら。
 TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する
 TYPE-MOONの「魔法」(3):第四魔法はなぜ消失するのか
 TYPE-MOONの「魔法」(4):第五の継承者はなぜ青子なのか
 TYPE-MOONの「魔法」(5):第六法という人類滅亡プログラム
 TYPE-MOONの「魔法」(6):「第六法」と「第六魔法」という双子
 TYPE-MOONの「魔法」(7):蒼崎青子は何を求めてどこへ行くのか

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●マイクル・ムアコック

 マイクル(マイケル)・ムアコックというイギリスのSF・ファンタジー作家がいます。作品に英国への憎悪が見られるので、ひょっとしたらルーツはスコットランドかアイルランドかもしれない。

 日本のファンタジー・シーンに絶大な影響を与えた人だと言い切っていいと思います。堀井雄二も芝村裕吏も河津秋敏も、たぶん坂口博信も強い影響を受けている(栗本薫はたぶん受けてない)。

 わかりやすい功績をひとつあげるとするならば、「異世界転生というアイデアを決定的な形でプレゼンテーションした人」
 初めて異世界転生を書いたというわけではないが、「これ以降のこのジャンルは彼の影響を検討せずに語ることはできないだろう」というような作品を書いたということです。私見では、日本の異世界転生もののルーツはナルニアよりはむしろムアコックであることが多いと思います。
(独自の意識を持つ魔剣、というアイデアも、決定的にしたのはムアコック)

 さて。
 80年代~90年代のファンタジーブーム&シーンを、若いころにバキバキに浴びまくっていたと推定されるTYPE-MOONの人たち。
 彼らもムアコックからむちゃくちゃに影響を受けている。奈須きのこさんは間違いなく読んでいるといいきれる。


●英雄の介添人

 TYPE-MOON作品を読んでいると、「あ、これはムアコックだな」と感じられるポイントが、けっこうあります。

 ものすごく端的な例をひとつ挙げるならFGO、ブリュンヒルデのスキルに、
「英雄の介添 C++」
 というのがある。

 英雄の介添(英雄の介添人、英雄の介添役)というタームの初出はムアコックの翻訳なんです(最初にそう訳したのはたぶん斎藤好伯)。私はそれ以前の用例を知らない。

 ムアコックバースにおける英雄の介添役は、「主人公の相棒になって、助力をしたりガイド役を務めたりすることをあらかじめ運命づけられた人」。ブリュンヒルデは設定的に「英雄の助力者」なので、ムアコックの設定に沿っている。

 なお芝村裕吏さんも芝村バースにおいて、「英雄の介添人」「夜明けの船」なんていう、そのものずばりに近い用語をなんの屈折もなく採用されていますね(こういうそのまんまの使い方、私は大好き)。


●「指揮をとれ、ストームブリンガー!」

 TYPE-MOON作品を読んでいて、私が最初に「おおお、なんてムアコックなんだ」と思ったのが、『Fate/stay night』で、ギルガメッシュが王の財宝を展開するシーン。

 空中に無数の穴があき、そこから、古今東西ありとあらゆる英雄譚に登場する聖剣・魔剣のたぐいがぬうっと出現し、そのまま水平に浮かんで、主人公をねらう。

「おおお、なんて、これはなんて『指揮を取れストームブリンガー』なんだ!」

 ムアコックの『エルリック・サーガ』には、持ってるだけでたいがい不幸になるストームブリンガーという魔剣が登場します。最終巻『ストームブリンガー』にて、主人公エルリックは、
「百万もの並行世界から無数のストームブリンガーを召喚し、敵に向かっていっせいに投射する」
 という奥の手を披露するのです。

「ストームブリンガー――」エルリックは言った。「いよいよおまえの兄弟たちの出番だな」
(略)
 やがてかれのまわりにいくつもの、半ばこの次元に、半ば〈混沌〉の次元に属している、影のような姿があらわれてきた。それらがうごめくとみるまに突然、あたりはびっしりと百万もの剣、ストームブリンガーと瓜二つの剣に満たされたのである!
(略)
「指揮をとれ、ストームブリンガー! 公爵らにかからせろ――さもないとおまえのあるじは滅びて、おまえも二度と人間の魂をのめなくなるぞ」
マイクル・ムアコック『永遠の戦士 エルリック4 ストームブリンガー』早川書房 井辻朱美訳 P.328~329



 この百万もの魔剣は、いっせいに射出されて、敵をめった刺しにするという攻撃方法を見せます。
 ギルガメッシュの王の財宝は、私には、エルリック・サーガの明確なオマージュにみえました。オマージュというか、「かっけえ! 俺もこれやりたい!」という感情が伝わってきた。

 ムアコックのこの部分、「無数の並行世界から、同一存在を無数に召喚してくる」というアイデアになっているのも、興味深い。

 なぜなら『Fate/stay night』に出てくる遠坂凛の宝石剣が、まさにそういうアイデアだからです。

 凛が組み立てた宝石剣ゼルレッチは、「無数の並行世界から、同一現場に満ちている魔力を自分の手元に集める」という秘密兵器でした。その力でピンチを脱したのです。


●主人公は全員同一人物

『Fate/stay night』については、その重要な設定の大部分が、ムアコックの影響下にあると感じられます。
 というか、「ムアコックから得た発想や気づきを、自分なりに再構成して、独自の世界をつくりたい」という欲求にもとづいて、『Fate/stay night』は作られている(そういう部分が多い)、というのが私の考えです。

 ムアコックは、剣と魔法のファンタジー小説を量産してきたのですが、あるときから、「私の書いた主人公はすべて同一人物だ」と言い出しました(たぶんジョセフ・キャンベルを読んだんだと思う)。

 いろんな並行世界に、さまざまな顔や出自を持った主人公が配置されているのだけど、それらはみな「同じ魂を持つ」という。

 さまざまなヒーローが全部同一人物って、どういうことなのか。それが『エレコーゼ・サーガ』で語られます。
 それぞれの並行世界には、主人公である英雄が、あらかじめ存在しています。
 だけども、それはいってみれば、「まだ中身が入っていない英雄」と言ったような状態であるらしい(注:これは私の解釈コミです)。

 運命(フェイト)が、「この英雄に重要な役割を果たさせたい」と考えたときに、ヨソの世界から「中身」(魂)が召喚されて、この英雄に入り込む。
(運命と書いてフェイトも、ムアコック作品でよく使われる言葉)

 この「英雄の中身」は、現代人のジョン・デイカーという男なのですが、かれは突然、自分の世界から引きはがされ、異世界に転移させられ、気づくとその世界の英雄となっており、「英雄なんだからなにがしかのクエストを達成してこい」と強要されることになる。

 このクエストを達成したからといって、かれには何のほうびもないし、メリットもない。でも、やらないといけない状況に追い込まれて、しかたなく、命がけで戦わされる。そして元の世界に帰るみこみはまったくない。

 ムアコックの主人公のだいたい全員が、こういう成り立ちになっている、とムアコックは設定した。
 主人公たちのなかには、ジョン・デイカーとしての意識を持っている者も(少数)いるし、大多数は持っていない。だから、自分が異世界転生者であるとは、ほとんどの主人公は気づいていない。
 なので、「全員同一人物設定」を思いつく前に書かれた主人公も、問題なく、この設定に組み込むことができた。


●ガワが先行し、中身がついてくる

 以上のようなムアコックバースの設定から、TYPE-MOONに話を戻すと、上記の話から、重要なポイントをふたつ(つきつめればひとつ)、取り出すことができます。

 ひとつめ。ムアコックのヒロイックファンタジーは、「自分の意思とは関係なくどっかの世界に転移させられて、望んでもいない戦いに駆り出される」という悲哀がトーンになっているという点です。この悲哀がムアコックの魅力なんですね。

 これはTYPE-MOONでいえば、英霊、とりわけエミヤのような守護者を想起させます。エミヤは自分の意思とは無関係に、とつぜんどっかの場所に現界させられ、虐殺にちかい戦いを強要される……という気の毒な境遇にありました。

 そしてその延長上にあるふたつめの重要なポイントは、「ガワが先行しているところに中身が送り込まれてくる」という構造です。

 ムアコックの主人公(特にエレコーゼ)は、その世界にあらかじめ存在していた人物(ガワ)の中に、本体である魂が放り込まれて、はじめて「英雄」になるというしくみでした。

『Fate/stay night』の聖杯戦争では、ゲームの舞台に、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカーという、7種類のひな型(ガワ)があらかじめ先行して用意されています。

 その7種のガワにちょうどよく入る「中身」が、英霊の座から送り込まれて、サーヴァントとして活動可能になるというしくみになっていました。

 この「ガワが先行しているところに中身が送り込まれてくる」という構造は、Fate系統の作品の設定におけるキモ(のひとつ)といってよく、佐々木小次郎みたいな「本人が実在したかどうかはっきりしない英霊」を召喚するときの理屈としても使用されます。

 佐々木小次郎は、ほぼ伝承のみの存在で、実在しない。実在しない存在をサーヴァントとして召喚するとき、どんなメカニズムになっているのか。
 まず「伝説上の佐々木小次郎のイメージ」が、ガワとして用意される。
 次に、佐々木小次郎というガワに入る資格を持つ複数の(無名の)人物の中から、一人が選ばれてそこにスポっとおさまる。

『Fate/stay night』と『FGO』で召喚される佐々木小次郎は、「自分は生前、佐々木小次郎と名乗ったことはなく、ただ愚直に剣の修業をしたただの農民である」と言っていますよね。
 おそらく「燕返しを得意とする佐々木小次郎」というガワがまず用意され、そのあとで、英霊の座に登録された剣士の中から「燕返しを習得した者」がリストアップされ、その中の一名がガワの中に入って「佐々木小次郎」として冬木市なりカルデアなりに出現した。

 ここまでが前置き。


●『この人を見よ』

 ムアコックに『この人を見よ』というSF小説があります。1968年にネビュラ賞をとってます。

 あらすじを一言で言うと、「ノイローゼをわずらった精神科医が救いを求めてタイムマシンに乗り、キリストに会いに行く」というお話です。
(おっと、ジーザス・クライスト)

 ちょっと面白い指摘を先にしておきます。主人公グロガウアーは、タイムマシンで西暦28年にタイムスリップし、気を失って、洗礼者ヨハネに助け出されます(ちなみにこのヨハネさんは、ほら、サロメが首を切りたがっている人、ヨカナーンさんと同一人物)。

 ヨハネは主人公のことを、魔術師と書いて「メイガス」と呼ぶんです。

 ヨハネがいま、洞窟の外に立っていた。彼はグロガウアーに呼びかけていた。
「時間だぞ、魔術師(メイガス)」
マイクル・ムアコック『この人を見よ』早川書房 峯岸久訳 P.136



『Fate/stay night』に、印象的なシーンがありますね。セイバーと凛の初邂逅。凛が宝石魔術でセイバーを攻撃し、セイバーが対魔力スキルで無効化する。剣をつきつけ、セイバー、一言。

「今の魔術は見事だった、魔術師(メイガス)」
『Fate/stay night』



 私のとぼしい読書体験の範囲内でいえば、魔術師と書いてメイガスとフリガナを振る作品は、『この人を見よ』と『Fate/stay night』しか知らない。たぶんこのへんは、奈須きのこさんがムアコックから直接的にひっぱってきた表現だと思います。

 さて……。これ以降は『この人を見よ』のネタを全部割りますから各自ご対応下さい。


●「ガワが先行し、実体が後を追う」の元ネタ

 主人公とガールフレンドのあいだに、こんな会話があります。

「きみはこれまで、キリストという概念・・のことを考えたことはないのかい?」
(略)
「だが、どっちが先に来ただろう? キリストという概念だろうか、それともキリストという現実だろうか?」
(略)
「人びとがそれを求めている時には、とても考えられないような糸口からだって、偉大な宗教を作りあげるわ」
「ぼくのいっているのはまさにそれだよ、モニカ」彼の身振りに思わず熱がはいったので、彼女はちょっと身を引いた。「概念・・がキリストの現実・・に先行したんだよ
マイクル・ムアコック『この人を見よ』早川書房 峯岸久訳 P.104~105 ※傍線は引用者による



 引用部はこういうことを言っています。設問は「キリストという存在はいかにして発生したのか」。

 イエスという実在の人物がまず先行して存在し、実在のイエスのまわりにさまざまな伝説がくっついていって、現在キリスト教で語られるような救世主ジーザス・クライスト像が発生したのだろうか?(これが通常の考え方)

 主人公グロガウアーは、そうじゃなくて、こうだ、と言うわけです。まず最初に、我々が知っているような救世主キリストのイメージが実体よりも先にあの時代に存在し(「概念」として「先行」し)、その概念にあてはまるような人物が後付けであてはめられたんだと。

 概念が先行し、実体はそのあとでやってくる……。

 奈須きのこさんは絶対に読んでいる、と強く推定できる『この人を見よ』に、Fateシリーズの設定の肝といえる「ガワが先行し、中身がついてくる」というアイデアが、そのものズバリ、直接的に書かれている。

『この人を見よ』に、なぜこういう会話(概念が先行し、実体が追い付く)が書かれているかというと、この作品がまさにそういう事件を書いた物語だからです。

 主人公グロガウアーは、心を病み、キリストに会いたくなって、タイムマシンに飛び乗る。
 洗礼者ヨハネと出会う。
 洗礼者ヨハネは世界を変革する救世主を待ち望んでいる。
 ヨハネだけでなく多くの人々がそれを待ち望んでいる。
 主人公は、救い主であるナザレのイエスを探し求めて苦難の旅をする。
 だが、「伝説で語られているようなナザレのイエスはいない」ということがはっきりと確かめられてしまった。
 主人公は現代医学の知識があったので、傷病に苦しむ人々を助けてやることがあった。
 悩める人々に助言を与えることもあった。

 キリストの事績として語られていることが、自分の身の回りで起こりつつあることを、主人公は自覚し始める。そのあたりから、主人公も読者も、ある予感を胸に抱きながら、この物語を先に進めていくことになる……。

 主人公グロガウアーは、最終的に、ピラト総督によってゴルゴダの丘で処刑されます。人生をなげうってでも会いたいと思ったイエス・キリストとは、自分自身だった……という思い切った真相がどんとのしかかってくるのです。

 60年代という時代にキリスト教圏でこういう挑戦的な作品が書かれたのもけっこう驚きですし、『ゲド戦記』の一巻の内容を想起させる感じなのも興味深いですが(『影との戦い』と『この人を見よ』はともに1968年発表)、TYPE-MOON論的に注目したいポイントはふたつ。

 ひとつは前述のとおり。
 このお話は、「救い主というガワが先行しているところに、その中身として主人公が送り込まれる」物語だということです。

 主人公は、「実際にどんな人かはわからないがとにかくイエスに会いたい」ということで会いに行く。
 でもイエスはいない。
 西暦28年のヨルダン川流域には、「救い主があらわれてほしい」という機運だけがひたすら高まっている。
 でも救い主はいない。

 実体はまだないけど「こういうものがほしい」という願望だけがまず先行している。
 そこに、遠くから実体となるもの(主人公)が送り込まれてきて、救い主として、イエスとして機能しはじめるという仕掛けになっているのです。

 先にのべたとおり、「ガワが先行し、実体が後を追う」は、Fateシリーズの重要な部分を担う設定です。TYPE-MOONが(奈須きのこさんが)この設定を獲得するにあたって決定的な影響を与えたのはこの作品にちがいない。

 重要なポイントのもうひとつは、『この人を見よ』は「ジーザス・クライストはどこから来たのか」という問いに対して、これ以上ないくらい鮮烈な答案を出してきているということです。


●第三魔法タイムスリップ説

 このブログを通読されている方はご存じでしょうが、私の説では第一魔法の魔法使いはジーザス・クライストです。

 それに関しては以下の2記事を読んでいただくのが一番間違いありません。

 TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体
 TYPE-MOONの「魔法」(2):初期三魔法は循環する

 いちおう要約を書いておきます。
(でも繰り返しますけど元記事を読んだ方がよいです)

 第一魔法の前に、まず第三魔法が存在したということになっています。

 第三魔法の使い手が西暦1年前後に姿を消し、第一魔法の使い手が西暦1年ごろに誕生したという設定があります。
 西暦1年というのはジーザス・クライストが誕生した年です。
 だから、第一魔法の使い手とジーザス・クライストは同一人物だろう、という素直な理解をしています。

 第三魔法は、魂の物質化……魂をむき身のままでこの世界に存在させるという魔法です。魂は無尽蔵のエネルギーを持っているので、だいたい望むことがなんでもできる。

 第三魔法の魔法使いは、西暦1年に、「魂が物質化された人間」を生み出した。このとき生まれたのがジーザス・クライストで、この人は生まれながらに無尽蔵のエネルギーを持った超人だった。

 ジーザスは、生まれ持ったエネルギーを使って、人類で初めて「根源の観測」に成功したので、人類は根源の力であるエーテル(真ではないほうのエーテル)を利用できるようになった。また、同様にエネルギーを使って「各地でまちまちだった地球全体の物理法則を一意に固定する」ということをした(この一連の事績が第一魔法)。

 というような話なのですが。
 私は基本、この理解でOKだと思っているので、これを前提に話を進めます。

 TYPE-MOONの魔法関連の設定には、「第三魔法は第一魔法より先行して存在した」という、ちょっと不思議な設定があって、微妙にひっかかっていました。

 ひっかかっていたので、「初期三魔法循環説」みたいなものを模索していたわけです。
(これは今もありだと思っています)

 だけど、今ここに、「奈須きのこさんに決定的な影響を与えたと強く推定される『この人を見よ』」という強力な補助線があります。

『この人を見よ』は奈須きのこさんに強い影響を与えたと推定され、なおかつ、「ジーザス・クライスト誕生の秘密」を語る物語だ。

「ジーザス・クライストが第一魔法を実現した」という仮定をOKとする場合、この設定において『この人を見よ』の影響がなかったとは考えにくい。

・『この人を見よ』は、ジーザスの中身が未来からやってくる物語である(事実)。
・TYPE-MOONの第一魔法はジーザスが編み出した(推定)。
・ジーザスは第三魔法の産物である(推定)。
・第三魔法は第一魔法よりも先に存在していた(事実)。
・現代では、第三魔法は実現不能であり、再現のための研究が続けられている(事実)。


 これらの条件を足し合わせると、自然にこういうストーリーが組み立てられそうなのです。

・第三魔法は(現代からみて)これから実現される。
・第三魔法の魔法使いは、紀元前にタイムスリップする。
・第三魔法の魔法使いは、西暦1年ごろ、第三魔法の産物としてジーザス・クライストを生む。
・ジーザスは第一魔法を実現する。


 バリエーションとしては、こうでもいい。

・第三魔法は、神代の魔力がないと実現できないことがわかったので(などの理由で)、紀元前にタイムスリップする。

 ようするに、今後、第三魔法が実現したら、その魔法使いは過去のイスラエル周辺にタイムスリップし、魔法使い本人かその後継者が、のちに聖母マリアになる。そしてジーザスを生む。

 世界が第一魔法を実現する救世主を必要としたので、はるか未来という遠くから、それを実現しうる存在がその時代に送り込まれてくる。
(そういう存在の必要性が先行し、あてはまる者が後付けでやってくる)

 このアイデアのメリットは、

・「第三魔法は第一魔法に先行する」という設定の理由が説明できる。
・第一から第三はサイクル構造になっており循環する、という「初期三魔法循環説」がよりスマートになる。

 このアイデアを以後「第三魔法タイムスリップ説」と呼称することにします。

「第三魔法タイムスリップ説」の問題点……というか、ヒヤっとする点は、
「もし今後、第三魔法の開発が完全に途絶えたら、キリストの事績(第一魔法)が全部不成立になるので、世界はロジックエラーを起こして破綻する」
 ということです。

 でもたぶん、研究が続けられているかぎりは「それがいつかはわからないがそのうち成功するかもしれないので」ということで世界は存続しそうです。「いつかは必ず死ぬがそれは遠い先なのでまだ死なない」理論で静希草十郎が生き続けているのとおなじ。


●これってホントに採用されてる?

 以上のようなことを考えたので、こうして皆さんにお知らせしているわけですが、ちょっと自分で首をかしげているのは、
「これって、実際にTYPE-MOONの設定に採用されてるかな?」

 どうも感覚的に、採用されていない気がする。

 ただし、採用されていないにしても、奈須きのこさんはこういうアイデアを思いついていて、採用するかどうか検討しただろう……というところまではありえると思っています。そうするつもりだったけど、やめた、くらいの感じはありそう。

 第三魔法が第一魔法に先行するという設定は、「第三魔法タイムスリップ」を検討していたときのなごりだと考えると腑に落ちやすい。

 関連してもうひとつ、「検討された結果採用されなかったのかな」と思えるアイデアがあるので、以下それについて。


●衛宮士郎という名のキリスト

『Fate/stay night』の衛宮士郎は、「人々を救おうとして自己犠牲のかぎりを尽くした結果、救おうとした人々によって死刑に処される」という未来が予言されている男です。

 こちらで詳しく述べましたが、これは完全にイエス・キリスト伝説の語り直しです。
 衛宮士郎は「おまえはやがてキリストのような死に方をするだろう」と、未来の自分から予言された男です。

 そんな衛宮士郎、『Heaven's Feel』のラストで命を落としますが、イリヤの第三魔法(もどき)によって魂を保存され、のちに新しい身体を得て生き返ります。

 キリスト伝説では、イエス・キリスト(ジーザス・クライスト)は、ゴルゴダの丘で死刑になるものの、生き返るのです。
「死んだけど生き返った」は、キリスト伝説およびキリスト教の教義における神髄です。衛宮士郎はキリストのように生きて死ぬことを予言され、キリストのように生き返った男なのでした。

 このことと「第三魔法タイムスリップ説」を足し合わせると、以下のようなストーリーもひょっとしてありえたんじゃないか。

 イリヤ(か桜)は士郎の魂を持ったまま西暦前夜のヨルダン川流域にタイムスリップする。
 そこで士郎を再生させる。
 士郎はキリストになる……。

 つまり、その時代、その土地において、キリストに相当するような救世主を「世界が」必要としている。
 ところが、キリストに該当する実体はそこには存在しない。
 そこで、遠い未来から、キリストという「ガワ」に入り込む資格を持つ人物の魂が召喚される……というようなイメージです。
 セイバーというひな型にアーサーが送り込まれるように、佐々木小次郎というひな型に燕返しの農民が送り込まれるように、キリストというひな型に衛宮士郎が送り込まれる……といったようなアイデアですね。

 だけど、実際には物語はそうはなっていません。だから、もし仮にこういうアイデアを奈須きのこさんが発想していたとしても、採用はされていません。

 採用はされていませんが(私でも採用しない。話が飛躍しすぎるし、元ネタの形が残りすぎている)、『Fate/stay night』の結末をどのようにしめくくろうか、というとき、いくつも浮かんだはずのアイデアの中に、これはあったんじゃないかなあ……というようなお話でした。以上です。


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#TYPE-MOON #型月 #月姫 #月姫リメイク #FGO #メルブラ #MeltyBlood #Fate
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魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか

2023年07月15日 11時45分13秒 | TYPE-MOON
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魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月15日



 固有結界を実現している魔術理論“世界卵”という理論があるとされています。
 月姫リメイクに関して研究していた際に、「この世界観ではどのように宇宙創生がなされたか」ということを考える必要に迫られました。
 さまざまな情報を順列組み合わせしていたら、「あ、世界卵ってこういうこと?」という思いつきがポロッと落ちてきたのでかきとめておく次第です。

 当記事は「月姫リメイク」の研究に関連しています。

 以下の記事を、できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題
 月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び

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●森博嗣『笑わない数学者』

「月姫リメイク」シリーズ記事の第五回および第六回で取り上げた、天体の卵とビッグバン関係の話を、頭の中でゴチャゴチャ揉んでいたら、ハタと思いついたことがあったので書いときます。

 世界卵という謎のキーワードがあるでしょう。固有結界の魔術は、魔術理論「世界卵」に基づいている、という情報がありました。

(説明不要とも思いますが固有結界とは、人間の心象風景、ようは個人の中にある心理的イメージを、自分の周囲(現実世界)に上書きする魔術。自分の周りが自分に有利なルールになる。英霊エミヤの「アンリミテッドブレードワークス」など)

 心象風景の具現化とは、右下の図によって示した魔術理論“世界卵”によって説明される。つまり自己と世界を、境界をそのままにして入れ替えたものが固有結界だ。この時、自己と世界の大きさが入れ換わり、世界は小さな入れ物にすっぽりと閉じ込められる。この小さな世界が世界卵であり、理論の名前にもなっている。
『Fate/complete material vol.03 World material.』P.45



 右下の図というのはこれです(引用。著作権法第32条に基づく)。


『Fate/complete material vol.03 World material.』P.45


 私は、わりと長いこと、頭の中に「???」を浮かべたまま、「ははぁ、自分の内と外を入れ替えるのですね、なるほど」と、わかったようなわからないような感じのまま棚上げしておりました。

 が、このあいだふと思ったのが、
「あれ、奈須きのこさんて、森博嗣を読んでるよな?」

 奈須きのこさんが京極夏彦先生の熱心なフォロワーだというのはご自分でおっしゃっている通り。
 そして京極先生と森博嗣先生は同時期の作家で、並べて語られることが多い二人だ。
(以下、京極、森については敬称を略す)

 奈須きのこさんは森博嗣も読んでる可能性が高い。蒼崎橙子や阿良句寧子のような、「マッド研究者でもあり建築家でもある」というキャラクターの型は、たぶん森博嗣が書く真賀田四季博士から影響を受けているものと思う。月姫には「四季」というそのものずばりのネーミングも出てきますしね。
(余談だけど西尾維新さんの書く四季崎記紀も原型は真賀田博士だと思う)

(●2023年8月22日追記。『TYPE-MOON展』で奈須きのこさんの本棚を再現したコーナーに、『笑わない数学者』を含む森博嗣作品が並んでいたという情報が寄せられました。お知らせいただけたことに感謝! https://twitter.com/motumotion/status/1693926623601709504


 森博嗣の初期長編『笑わない数学者』の結末に、ほんっとうにすばらしいなぞなぞが書かれています。今からそのなぞと答えを、つまり物語の結末を引用によって明かしてしまいますから各自対応してください。私はこの作品大傑作だと思っていて、できたらご自分でフルサイズで読んだ方がいい。
 以下の引用は全て講談社ノベルズ版『笑わない数学者』のP.342~344からです。

 問題はこうです。

 お爺さんはまたにっこりと微笑んだ。そして、立ち上がり、地面に大きな円を一つ書いた。
 少女が呆れてみていると、お爺さんは円の中心に、きをつけの姿勢で立った。
(略)
「円の中心から、円をまたがないで、外に出られるかな……」お爺さんがゆっくりと言う。



 出題者のお爺さんが教えてくれる答えはこう。

 それから、指を一本立てる。そして、大きな円の中に立ったままで、
「ここが外だ」と言った。



 なぜそういう答えになるのか。お爺さんは円の中心に立って、こう説明する。

「この円を、大きくするんだよ。どんどん、どんどん、大きくしてごらん。地球はまるい。円はどうなるね?」
 少女は想像した。
 円がどんどん大きくなる。
 公園よりも大きくなる。街よりも……、そして、ついに地球の直径と同じ大きさになる。
 それから……?
 それから、地球の反対側に向かって、今度は円は小さくなる。
 あれ……?
「そうか! 中よりも……、外の方が、小さくなるんだ」少女はその発見に嬉しくなった。
「あっ! そうか……それで、そこが外ってことに……?」



 最後の一文がキマっていて、私はいろんなところで何度もマネしました。

「ねえ、中と外はどうやって決めるの?」
(略)
「君が決めるんだ」



●内と外は誰が決めたのか

 自分の外と、自分の中身を入れ替える固有結界の魔術理論「世界卵」の正体はこれじゃないかと思ったのです。

 さっきまでは「内側」だと信じて疑わなかったものが、認識を広げることひとつで、瞬時に「外側」になった。どちらが内でどちらが外かは、面積の大小とは関係ない。

 いま地面に描いた円が、「狭いほうの地面を閉じ込めたものなのか」「広いほうの地面を閉じ込めたものなのか」は、一意に決めることはできない。不定である。

 この話がすばらしいのは、内側と外側というのは絶対的な基準があるものではなく、相対的な概念にすぎないということを、最強にわかりやすく例示しているところだ。

「物体をいっさい動かさずに、内側にあったものを外に出すことは可能だ」

 その方法とは「概念を変更する」
 面積の広いほうが外側だ、というのは、単なる人間の思い込み、概念にすぎない。面積の狭いほうこそ外側だ、という形に概念を変更すれば、さっきまで内側にあったものは、即座に外側に存在することになる。

「内とか外とかいうのは、人間の認識が決めている概念にすぎない」

 おっと、概念?
 TYPE-MOON世界観で概念といえば、概念のレイヤーに作用する魔術や武器。

 たとえば、切っても突いても一切外傷を受けない無敵の怪物がいたとする。
 この怪物を倒すにはどうすればいいか。

 TYPE-MOON世界観では、あらゆる物体には、実体とは別のレイヤーに「概念」が先行して存在する。
 ここでいう概念というのは、たぶんですが、「この存在はこういうものです」ということを決めている定義書みたいなもの、情報。
 すべてのものは概念が先行していて、実体は概念に沿ったかたちで、後付けで作られる。

 なので、実体ではなく「概念」を直接壊すことができる武器や魔術があれば、この例における無敵の怪物は倒せる。「切っても突いても死なない」と決めている概念をじかにぶっこわしちゃうから。

 絶対に死なない怪物を倒すには、「絶対に死なない」と書かれている怪物の概念に「おまえはもう死んでる」とでも書き込んでやればいい。「私はもう死んでる」と書かれた概念を後追いして、実体も死ぬので、絶対に死なない怪物は死ぬ。


 ここに卵の殻がある。
 卵の外側と内側は、殻によって完全に遮断されている。
 殻の内側には白身と黄身が、殻の外側には世界がある……と、みんな思い込んでいる。

 だけど、卵の内と外って、空間の広さしか違いがないよね?
 卵の殻は、ふたつの空間を遮断する機能しかないのだから、見方によっては、「卵の外側が殻に包まれている」ともいえる。
 本質的なことを問うたら、卵の中身が殻によって包まれているのか、外の世界が殻によって包まれているのかは一意には決められない。

 だから、概念を、つまりものの見方を操作したら、「世界のすべては殻の中にあり、白身と黄身が殻の外にある」という状態は作れるのである。

 魔術を使って概念をそのように操作したら、あとは実体がついてくる。


 ここに人間のガワがある。
 人間の内側に心象世界があり、人間の外側に世界がある。
 しかし、「内と外というのは相対的な概念にすぎない」。
 よって、概念を操作することで……つまり「どちらが内でどちらが外なのかは私が決めることだ」とすることで、現実世界と心象世界をまるっと入れ替えることが可能であるはずだ。

 というのが「魔術理論“世界卵”」の正体だと思います。


●なぜ固有結界は「魔法に限りなく近い」のか

 この話はもっと広げることができそうだ。

 人間のガワを卵の殻に見立てて、外的世界と心象世界を入れ替えることが可能だということは……。

 一方では「自分の外部に心象世界を展開する」ということになるが、
 他方では、
「私の内部に世界の全てがある、私が世界である」


「宇宙の中に地球があり、地球の中に私がいる」という包含関係のモデルがあるとしよう。

 でも、内と外とは相対的な概念であり、入れ替えが可能であるとするのなら。

 私と地球の包含関係を入れ替えることができる。
 地球の中に私がいるのではなく、私の中に地球があるのである。

 地球と宇宙の包含関係も入れ替える。
 宇宙の中に地球があるのではなく、地球の中に宇宙があるのだ。

「私の中に地球があり、私の中の地球の中に宇宙があるのだ」。

 すなわち私こそが宇宙だ

「内と外とは相対的な関係にすぎない」というマジカルワードは、「今ここ」と「宇宙の最深部」を、概念の操作ひとつでまったく同一のアドレスに置くことを可能とする。

 宇宙の果てに存在する私という人間と、宇宙の最深部に存在する宇宙の中心は、内と外の関係を入れ替えることによって、重なることになる。入れ替えたら、私のいる今ここが、宇宙の中心となる。

 ここは向こうである。彼岸は此岸である。宇宙の果ては宇宙の中心である。

 そして、もし宇宙の中心に「根源」があるのなら。

 私の中心に根源がある。ここが根源である

 現状、「固有結界」の魔術は、自分の周囲のかなり限定された領域にしか展開できません。
 でも、もし仮に、「人間の内と外を入れ替える」を文字通り宇宙規模で行うことができたら。

 それは根源をまるごと手に入れたことになる。
 だから世界卵の理論を使った固有結界は、「魔法に限りなく近い魔術」と言われる、なんてのはなかなか平仄があっている感じです。


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月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び

2023年07月08日 11時58分04秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月8日



 わたくし、阿良句博士が好きすぎてどうにかなりそうでしてよ。このページでは、阿良句博士を集中的に取り上げます。「なにもかも全部、阿良句博士のせいにする」という荒業をお見せいたします。


 できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題

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●やらなくていいことをする女

 わたくし阿良句博士が大好きなので、フランス事変についても、「あの中の誰が阿良句博士なのか」というところに興味が集約されています。

 阿良句博士はどうみても死徒ないしは死徒関係者。ひょっとしたら二十七祖。

 
 →少年ジャンプ的な発想だが、この時点で屋敷に二十七祖の一人が食客としていたら、君はどうする? 新ヒロインの予感。あと遠野家ルート大改訂の予感。
『TSUKIHIME TSUUSHIN R』P.7



 奈須きのこさんは月姫リメイクの準備段階でこういうメモを残している。遠野邸の食客といえば阿良句博士だ。……という連想はすでにメジャーになってますよね。
(なんで日光が平気なの? という疑問については、アルクの吸血鬼講座に出てきた「カゲムシャ」くらいの想定でことたりる)

 阿良句博士が二十七祖の一人なら、フランス事変に居合わせていた可能性がある。あそこにずらっと居並んでいた死徒のうち、誰が彼女なのか知りたくてたまらない。


 ところでロアは、阿良句博士が志貴に打った怪しい注射のことを指して、「あの女はやらなくていいことしかしない」と言っています。どうやら以前にも、やらなくていいことをやってロアを困らせたことがあるようです。

 想定より早く目が覚めた。
 よからぬものが混じったからだろう。
 左の上腕に右手を置き、肌の上から血管を圧迫する。
 痛みはない。人間であればあっただろう。
 効果はない。既に必要がないので当然だ。

 余計な事を。
 やらなくてもいい事しかやらないのが、あの女の悪癖だ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 11/後日談。 Note.カルマの清算



 そして、エレイシア時代のロアの回想で語られたところによれば、「呼ばれもしないのに来た6人目」のせいで儀式が失敗したそうです。

 アルクェイドはわたしの手に落ち、あと少しで彼女を丸呑みにできるところだった。
 なのに、
 呼ばれもしないのに現れた六人目が、あっさり天秤をひっくり返した。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.ルナ・ボウ



 この「呼ばれもしないのに現れた六人目」が阿良句博士で、「天秤をひっくり返した」が「やらなくてもいいこと」じゃないかと思うのです。



●フランス事変で勢ぞろいした死徒

 六人目が「呼ばれもしないのに現れた」のですから、ロアによって正規に招待された祖は5名ということになります。それに加えてエキストラが1名。

 フランス事変の回想シーンには、祖らしき人物のシルエットが勢ぞろいするシーンが描かれます。


『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変


 手下を大勢引き連れてる奴もいるので、人数を確定しにくいものの、おおむね6体の祖がいるように見えます。

 手前に5体。
 左から、槍持ち長髪、帽子とステッキの紳士(と女たち)、クモ
 背後に1体。
 メカっぽい足がたくさん生えた巨大な女性っぽいやつ。

 背後の巨大メカっぽいのは、暫定的に「多足戦車」というコードネームで呼ぶことにします。
 並びを簡単に示すとこうなります。

 多足戦車
 槍持ち 女 長髪 紳士 クモ



 フランス事変の回想では、どの祖が何をやったのかが、ある程度まで特定できるようになっています。

 たとえば一面の展覧会。
(略)
 そのサボテンには真っ赤な花が咲いていた。人間を苗床にして咲く吸血花。血液で咲く深紅の薔薇(ルージュメイアン)。
(略)
 たとえば一面の舞踏会。
(略)
 六本脚の昆虫。八本脚の蜘蛛。多足類のわじわじしたもの。
 みんな泣き叫びながら、モドシテクレ、と合唱している。
 それらはやっぱりよく見なくても人間で、体中のいろいろなところから新しい部位が生えていた。
(略)
 凍りついた街並み、地面に空いたいくつもの穴、逃(い)きる事を諦めた人だけを襲う美しい鳩の群れ。
月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変



 引用部の最後の行が表示されたあと、画面には、「槍持ち」「紳士」「長髪」のシルエットが順繰りに表示されます。

 なので、

「凍りついた街並み」が「槍持ち」、
「地面に空いたいくつもの穴」が「紳士」、
「逃げることを諦めた人を襲う鳩」が「長髪」、

 の能力ということになりそうです。

 人間を昆虫に変えてた祖のくだりでは、「クモ」が表示されてて「なぜワタシの愛が分からない!?」みたいなことを言っています。なので、人間を改造するのは「クモ」の能力ということになります。

 槍を持ち、周囲を氷結させるといえばこれはヴローヴですから、「槍持ち」はヴローヴでいいでしょう。
 人間に薔薇を咲かせて血を吸うという能力は、薔薇姫というあだなを持つリタ・ロズィーアンを強く連想させます。祖の大集合シーンに明らかに女性のシルエット(「女」)があるので、「女」をリタ・ロズィーアンであるとしておきます。

 ここまでの条件をまとめます。

・槍持ち :街が凍る :ヴローヴ
・女   :吸血花  :リタ・ロズィーアン
・長髪  :人を襲う鳩:???
・紳士  :地面に穴 :???
・クモ  :人間を虫化:???
・多足戦車:?????:???

 名称不確定の祖が4名いて、そのうちの一人が阿良句博士かもしれない。そうであってくれ。


●よくいわれる説まとめ

 巷間いわれている説では、「人を襲う鳩をあやつる長髪の人物」は、「白翼公」のあだなを持つトラフィム・オーテンロッゼではないかとされています。これは私も、今のところそうだと思います。

 また、フランス事変の冒頭に、「街を城壁で囲む。大勢の人間を城壁で押しつぶす」という虐殺シーンがありました。
 多足戦車がこの能力者で、その名前は「城、即ち王国」という異名を持つクロムクレイ・ペタストラクチャではないかともいわれています。

 クモについては、これが阿良句博士じゃないかというのは、多くの人が指摘するところです。ノエルを改造してますしね。

(ほかにも、女=スミレ説や、紳士=リタパパ説など見ましたが、ここでは取り上げません)

 巷間いわれている説をまとめると、槍=ヴローヴ、女=リタ、長髪=トラフィム、紳士=???、クモ=阿良句博士、多足戦車=クロムクレイとなります。

 いちばんバランスがいい説はこれかなあと思ってはいますけれど……。
 バランスがいいというのは、つまり、これが「奈須きのこさんが出す真相と一致してたら100万円もらえるクイズ」だったら私もこの方向の答えを出します、くらいの意味ですけれど。

 もうちょっとだけ、意表をつかれた真相があったらいいなという個人的な欲望がめばえました。
 なので少しアイデアをずらしてみます。こんなのはどうでしょう。

 阿良句博士=多足戦車説。


●与太話

 この段は余談ね。
 ようは、私、阿良句博士が大好きだから、なるべく大きなビックリを抱え込んでてほしいという個人的な欲望があるわけです。

 重ねて申しますけれど、この先は私の趣味の話ですので、妥当性とかをとろけるチーズみたいにびよんびよんに伸ばしてどっかに放り投げてるものと思って下さい。

 阿良句博士は志貴から「クモみたいだ」という感想を持たれていますし、月姫リメイクには、誰が作ったかわからない謎のクモ型怪人が2体でてくるし、博士がノエルを吸血鬼に改造するシーンで、クモのシルエットが意味ありげに表示されます。

 だから阿良句博士は、人体を虫っぽく改造する趣味を持ったクモタイプの祖である、というのはすごく妥当だ。びっくりするほど普通だ。

(重ねて重ねて言い訳しておきますが、これは奈須きのこさんに難癖をつけているのではなくて、私の身勝手、かつ個人的な原理に基づくしょうもない願望をのべているのです)

 フランス事変には、能力がハッキリと確定していない祖が二人います。一人は「女」(吸血花のシーンに女のシルエットは描写されていない)。もう一人は「多足戦車」。

 そしてフランス事変には、足がいっぱいある奴が2体いるのです。「クモ」と「多足戦車」。

 阿良句博士が「招待されていない6人目」であり、それゆえに能力をあの街にぶちまけていない、と想定する場合。
 能力をはっきりと見せてはいない、そして足のいっぱいある奴、つまり多足戦車さんが阿良句博士であるなんていう答案が導かれる……といった感じです。彼女が自分を改造したら、ああいうメカっぽい外見になりそうだし、多足戦車の人体部分は女性の体形ですしね。

 私は基本的に、「フランス事変で大々的に街を襲っていた連中は、“六人目”とは思いづらいなあ……」という偏見的印象を抱え込んでいます。六人目が阿良句博士なら、大々的に街を襲っていたクモさんは阿良句博士だと思いにくいのです。

 この答案の場合、ノエルに吸血鬼化の注射をするシーンに出てきたクモだとか、シエルルートでシエルを襲うクモっぽい改造人間については、「オリジナルであるフランス事変のクモ」からコピーした能力を発露させてる、くらいの想定をする。

 なにしろ阿良句博士は、祖の能力のレプリカを作ったり、それを他人に与えたりするトンデモ能力の持ち主。
 ノエルに与えたロズィーアンの能力についても、阿良句博士がロズィーアン本人でないとしたら、ロズィーアンからかすめとってきた見当になる。どこでかすめたのかといえば、それはフランス事変でしょう。

 なら、同じようにクモちゃんから能力をかすめてきて自分で使ったりすることも不可能ではないのかなというくらいの想定です。

 この想定の場合、なんと、阿良句博士が作中でどんな能力を使ったとしても、それを根拠に彼女の正体を導くことができないという、大問題を抱え込むことになります。でも私個人としては、阿良句博士の正体にビックリしたいので、これでいいわけです。

 与太話おわり。この後はもうちょっと根拠っぽいものに基づく話をします。


●阿良句博士が志貴に打った注射

 シエルルートで、阿良句博士は志貴に二種類の注射を示し、どちらか片方を選ばせます。

 一方は痛くて効かない注射、他方は痛まずよく効く注射。
 前者を選ぶと志貴はロアに乗っ取られてバッドエンドになります。後者を選ぶとロアは志貴を乗っ取ることができず、のちにカーナビロアが発生します。
 おそらく前者は吸血鬼化を促進する薬で、後者は吸血鬼化を抑制する薬でしょう。

 この話は「注射を志貴に選ばせている」というのがポイントで、彼女は「どっちに転んでもよい」と思っていることになる。

 促進薬のほうを打てば、ロアに肩入れすることになる。抑制薬のほうを打てば、秋葉に肩入れすることになる。
(全校生徒が打たれた注射は抑制薬のほうであり、それを志貴含めた全校に接種するというのは秋葉の指示だろう)

「アタシ、どっちに肩入れしようかしらぁ? どっちに転んでも面白いことになるしぃ?」
 というような、トリックスター的な役割を彼女は務めている見込みだ。
 どっちでもいいし、自分では決めかねるので、志貴に選ばせた

 私の見立てでは、たぶん阿良句博士は「面白くなるほう」を選びたいと思っていただろう。

 だが、この注射イベントの段階で、ロア派と反ロア派のパワーバランスは五分五分だ(ロアの悪だくみの成功率は50%だ)、くらいに、阿良句博士は評価していたんじゃないか。

 もしパワーバランスが一方向に傾いていたのなら、逆方向に傾け直すのが「面白い」。自分が勝ち確だと思っていた奴が右往左往するところが見られる。

 でもこの段階ではどっちともいえない状態だったので、赤か黒かのルーレットを志貴に回させた。そんなくらいに想定できます。

 さて。
「パワーバランスが一方に傾いてるのを、逆転させるのが面白い」

 アルクェイドはわたしの手に落ち、あと少しで彼女を丸呑みにできるところだった。
 なのに、
 呼ばれもしないのに現れた六人目が、あっさり天秤をひっくり返した。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.ルナ・ボウ



 天秤をひっくり返した。
 つまりフランス事変でも、阿良句博士は同じような行動式で行動していたのではないか。

 阿良句博士は、「どう転んでも面白いことになるわぁ」という、ある意味いちばんやっかいな思惑で、フランス事変に乗り込んだ。

 ロアのたくらみが成功しても面白いし、成功しなくても面白いわね、くらいのことを思っていた。

 状況を静観していたら、パワーバランスはロア側に一方的に傾いていた。つまりこのまま推移すると、ロアはアルクェイドを捕縛し、その力を自分のものにし、「世界を殺す毒」は完成して世界は滅びます。

「それって……ちょおっと面白くないんじゃないのぉ?」

 世界が滅ぶのが面白くないのではなくて、ワンサイドゲームなのが面白くない。それよりは「私のワンサイドゲームだ」と思って勝ち誇ってる奴が、状況をひっくり返されてオロオロするほうが面白い。

 ロアが創世の土を使ってアルクェイドを捕まえようとするのを、「えい」とか言って邪魔してやるだけでいい。

 そういうわけでエレイシアロアはアルクェイドにやられて死亡。悪だくみは次代のロアに持ち越しだ。
 阿良句博士は次にロアがどこに転生するのかをあらかじめ知っていた(ロア本人に聞いていたなど)。
 次はもっと面白いといいわねぇ……。


●遠野家における阿良句博士の暗躍

 阿良句博士がなんで日本にいたのかといえば、ロアの次の転生先がそこだと知っていたからでしょう。

 ロアの転生先は異能を持つ大富豪。となると、鬼種との混血で財閥家でもある遠野家ですよねぇ、となる。

 阿良句博士が遠野家に出入りするようになったのは、阿良句博士が遠野槙久の大学時代の後輩だからだ、という説明がありました。これが本当なら、阿良句博士は「あらかじめ」遠野家とのコネクションを作っていたことになる。でも年表にすると合わなくなるので、これはウソ情報だと思います。

 遠野槙久が、阿良句博士を自邸に引き込んでいた理由は、鬼種混血である遠野一族が先祖がえりをしなくてすむようにしたいから。先祖がえりを抑制する方法を研究してくれ、という思惑だったと思います。
(お互い「こいつはまともな人類じゃないな」というのは一発で見抜いていたと思います)

 というか、もっと積極的に「四季や秋葉が反転してしまったときのために、戻す方法を編み出してくれ」ということだったでしょう。

 ところがどっこい阿良句博士は、四季の中のロアとはズブズブだ。ロアに適度にちょっかい出して面白がることが目的だ。むしろ四季なんか反転させちゃって、今すぐ自我をなくしてもらったほうがロアの覚醒が早い。
 だから彼女は、こっそり「四季が反転しやすくなる」薬を投与する。なんと阿良句博士は、八年前の事件の黒幕だ……。

 遠野四季は反転して人を殺したので、槙久によって殺処分されるはずでした。それが掟です。
 なのに、四季は八年間ずっと生存していました。
 これは遠野槙久の親心だ、と普通に理解できますし、私もその意見ですが、「四季は生かす」という判断になった要因として、
「アタシが四季チャンを元に戻せるようがんばってみるわ。だから槙久チャン、殺すのやめとかない?」
 という提案が阿良句博士からあった、という想定はすごくしやすい。

 阿良句博士としては、四季を殺してもらっては困るのです。次世代のロアの行方がわからなくなるからです。それに、「面白い見世物」を見られるのが、最低でも12年後になってしまいます。

 そういうことがあって、四季は地下で生き延びる。じっくり時間をかけて、吸血鬼としての勢力をかため、公園の敷地を買収してその地下で儀式魔法の準備をする。
 半覚醒くらいの状態だったのでアルクェイドに感知されなかった、などの置き方でいいと思います。

 なんとこの説では、現状の総耶市の状況を作ったのは、おおむね全部、阿良句博士です。


●さらなる暗躍その1・水が濁ってる

 シエルルート7日目に、志貴の部屋にやってきたアルクェイドは、去り際にこんなことを言います。

「でも気をつけて。この屋敷、良くないわよ。水気が濁ってる」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆 Note.屋敷に帰ろう。



 このセリフ、どういう意味なのか作中では説明がありません。ありませんが、直感的にこれは阿良句博士案件だろうと考えました。

 水気が濁ってるというのは、ようは本来澄んでいるべきものに、変なものが混ざってるという意味でしょう。あの遠野邸で異物といえそうなのは阿良句博士か斎木業人くらいだからです。

 特に根拠はないので直感ベースの話ですが、阿良句博士は遠野邸の貯水タンクに何らかの混ぜ物をしてるんじゃないかな……。
 阿良句博士は遠野家の主治医ですが、同時に屋敷のメンテナンスを任されている建築家でもあります。上水の貯水タンクに、常に一定の濃度になるように何らかの薬物を流し込む装置を取り付けるくらいはお手の物でしょう。

 仮にそうだとしてその薬物とは何か、という話になりますが、「混血の一族の先祖がえりを早める薬」ないしは「人間を妖怪化する薬」のような方向だと思います。

 阿良句博士はただの人間を即座に吸血鬼化する薬を持っていました。同様に「ただの人間を妖怪化する薬」を作って持っていてもおかしくない。

 阿良句博士は秋葉のことを、「一万人に一人ではきかないくらいレアな才能の持ち主」だと評価していました。ふつうに考えてそれは、「通常では考えられないほど鬼種の血が強く出ている」という意味だととれます。

 阿良句博士のようなトリックスターは、そんな秋葉の先祖返りを「抑制」したいのか「促進」したいのか。その二択だったら後者だろう……。なぜならそっちのほうが面白いからです。究極まで鬼種化した秋葉がどうなっちゃうか見てみたいし、ロアまわりの総耶の状況がもっと波乱含みになって目が離せなくなる。

 こうした仮説を是とするなら、首をへし折られた琥珀が生き返る現象が説明できるようになります。
 シエルルートで吸血鬼化が進んだ志貴は、様子を見に来た琥珀の首をへし折ってしまいます。ところが琥珀は首が折れてるのにゆらりと立ちあがってこっちを見てくる……というシーンがありました。
(具体的な場所は『月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.決壊[左])

 琥珀は阿良句博士に盛られてた薬によってゆるやかに鬼種化(吸血鬼化でもいい)が進んでいたので首をへし折られたくらいでは死なない……などの想定をすればよい。


●さらなる暗躍その2・エンカウンター

 さらにいろんな事象を阿良句博士のせいにしますが。

 8日目、アルクと夜のあいびきをして、遠野邸に帰る途中の志貴が、謎の人物に襲撃されるという事件があります。その人物はなんと、死の線か命の線のどちらかを見る能力があるようでした。
(『月姫 -A piece of blue glass moon-』 8/直死の眼II Note.エンカウンター)

 同人版の月姫を読んだことがあるか、アルクルートを読み終えた人が見ると、この人物は四季ロアのように見えるのですが、それにしては弱い。シエルならともかくノエルに圧倒されてしまう程度の強さでした。
 また、その時点で、アルクェイドとシエルが総耶市じゅうを大々的にパトロールしてまわっている状況があります。そんな状況で、取られたら詰む王将であるロアが、単独でフラフラ出歩くというのはどうもかしこくない。

 じゃああの人物は誰なのか。現状では「不定」ですが、私の直感的な答えでは斎木業人です。
 斎木業人は阿良句博士の改造を受けてるんじゃないのという発想だと思って下さい。

 阿良句博士は原理血戒のレプリカを作れるほどのトンデモ研究者です。そして彼女は、志貴および四季の体をいいだけ調べまくれる立場にありました(志貴の場合は八年前の話になる)。
 ようするに、何らかの「線」を見る能力を抽出して他人に移植する技術と立場を持っていると考えてもそうおかしくない。

 この想定の場合、どうして斎木業人は人体改造を受けたのかという話になる。それはたぶん、

「遠野一族を根絶やしにする戦闘能力がほしかった」

『歌月十夜』の『赤い鬼神』で語られたところによれば、斎木家は混血の家系における盟主のような存在でした。遠野槙久は斎木家に従属する立場でした。

 斎木の当主が反転して人を食い殺すようになったので、遠野槙久は斎木を退魔の一族に売り飛ばしました。斎木の当主は退魔の暗殺者七夜黄理に殺され、斎木財閥は衰退。
 それによって、遠野家は混血同盟の盟主となり、遠野グループは斎木の残党を吸収して、経済的にも巨大な存在になった……というバックグラウンドストーリーがあります。
(旧設定が今も生きているならですが)

 遠野家と斎木は、いってみれば徳川幕府と豊臣家残党のような関係だ。
 斎木業人は斎木一族の生き残りだと推定できます。
 そうなると、普通に考えて、斎木業人は遠野家に対して恨み骨髄だ。

 どうにかして遠野家を滅ぼして、昔の地位に返り咲きたいものだ……。

 ところが現当主の遠野秋葉は鬼種のなかの鬼種みたいなとんでもない存在で、アルクェイドとタイマン張れるくらいの強さがある。
 パワースケールとしては、米軍特殊部隊を雇って襲撃したとしても返り討ちにあうくらいでしょう。
 現状では、遠野秋葉を討ち取るなんてことは夢のまた夢だ……。

 と、そこにクモみたいなわじわじした髪の女が現れるわけです。

「力が欲しいのぉ?」

 斎木業人が必要とするのは遠野秋葉を屈服させる力だ。それが目的なら、混血の力を強めるというのはうまくない。単なる力比べになってしまう。それでは究極の混血である秋葉を確実に倒すことはできない。
 カードゲームにおけるジョーカーみたいな力が必要だ。

「じゃあこれね。超能力

 超能力は退魔の一族が鬼退治に使っていた力。七夜黄理も超能力を持っていた。つまり最強の鬼種を打倒しうる能力だ。

 斎木業人はそういう改造処置を受ける。阿良句博士はとりあえず「線を見る」超能力のサンプルを持っていたのでこれを移植する。ついでに身体能力を上げるような処置も受けたかもしれない。

 だがその副作用で肌が変形してしまい、包帯でぐるぐる巻きにしていないと人に会えないような状態になってしまった。私の答案はそんな感じ。

 業人が志貴を襲う理由は「斎木を滅ぼした七夜の末裔だから」くらいでいいと思います。


●元ネタ探し・穴をあける祖

 この記事の序盤で取り上げましたが、フランス事変には、「地面に穴をあける祖」が出てきます。

 凍りついた街並み、地面に空いたいくつもの穴、逃(い)きる事を諦めた人だけを襲う美しい鳩の群れ。
月姫 -A piece of blue glass moon-』 13/蜃気楼 Note.フランス事変



 繰り返しになりますが、引用部の直後、「ヴローヴ」「ステッキ&帽子の紳士」「長髪の人物」のシルエットが順繰りに表示されるので、

「地面にいくつも穴をあける能力を持つのは紳士タイプの祖である」
 と強く推定できます。

 このシーンを見たとき、私は、
「これは諸星大二郎先生、妖怪ハンター『蟻地獄』じゃないか?」
 と反射的に思いました。

(『妖怪ハンター1 地の巻』に収録されています。以下諸星について敬称略)

 ネタばれですが『蟻地獄』のギミックを説明しますと、洞窟の地面に、底の見えないたくさんの穴があいているのです。
 その穴は「当たり」と「外れ」の二種類ですが、見分けはつきません。
 当たりの穴に飛び込むと、なんでも願いが叶います。
 外れに飛び込んだ人は、二度と出られず、中にいる謎の存在によって体に穴をあけられ、生きたまま永久に体の中身を吸われ続けます。

 ヴローヴにしろロアにしろ、吸血鬼は基本、血を吸うことによって人間を殺してしまいます。生き延びるために常に狩りをしていなければならない寸法だ。
 そこで、
「狩りをするより農業のほうが持続性があるんじゃないかね」

 人間を殺しちゃうから、次の獲物、次の獲物と、狩りに汲々としていなきゃならない。
 人間は、生かしておけば血液を作るのだから、ずっと生かしたまま血を絞り続ければいいじゃないか。乳を搾るたびに乳牛を殺すなんて馬鹿のすることだ。
 そこで、人間を穴に閉じ込める。人間の体に穴をあけて、生かしたまま半永久的に血を吸う。

 私、『Fate/stay night』で、教会の地下にあるものを見たときも、「これ蟻地獄」と思ったのです。
 子供を大量に閉じ込めて動けない状態にして、10年にもわたって生かしたまま、命を吸い取る電池にしていた。

 奈須きのこさんが諸星大二郎を読んでても読んでなくても話はおなじで、彼は「人間を生きたまま何らかの苗床にする」というグロテスク表現の素を持っている。それを月姫リメイクでも使った可能性がある。

 この構造を「王が臣民を搾取する」という見立てにすれば、この能力はいわば「王国」になるわけで、「城、即ち王国」のクロムクレイ・ペタストラクチャなんじゃないかという連想もはたらきましたが、どうかわかりません。


●再説・ロアの転生は16回か17回か

 第3回で、「ロアの転生回数は16回という情報と17回という情報があるがどっちだ?」という話題を取り上げました。志貴は16回とも17回とも言っているんですね。

「余計なお世話だ、16回も死んでるヤツは黙ってろ!」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.顕現


 17回にも及ぶ転生。
 その度に“新たな魔術の最奥”を築いてきた天才は、
 先輩の奥の手を“無駄が多い”と嘲笑った。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 逆行運河/天体受胎



 第3回を書いた当時には「わかりません」としていたのですが。
 これに関してちょっとした考えが浮かんだので書き留めておきます。

 旧設定ですが、『月姫読本』のロアの項を読んでいたら、こういう記述につきあたりました。

以後、自らが選抜した赤子に転生を繰り返し、実に十七回もの間、アルクェイドと終わりのない殺し合いをするに至る。
宙出版『月姫読本 Plus Period』P.191



 おっと、十七回。
 それも「アルクェイドとの殺し合い」の回数が十七回。

 言い換えれば、ようするに、17回というのは「アルクェイドに殺された数」を数えているのである。
 ロアはアルクが大好きなので、アルクに殺された記憶は大事に次代に持っていく。逆にいえば、アルク以外の死因で死んだ回は記憶を次代に引き継がない。

 第3回の時点では、「四季→志貴の乗り換えを転生回数と数えるのは腑に落ちないなあ」としていたのですが、こうなると話は変わってくる。
 なぜなら、四季ロアは作中でアルクェイドに殺されたからだ。

 エレイシアロアが四季ロアに転生した段階で、転生回数=アルクに殺された回数=16回。
 その後、作中で四季ロアがアルクに殺されたから、ロアは志貴に乗り移って生存をはかる。この時点で、ロアがアルクに殺された回数が17になる。
 その結果、カーナビロアが発生して、「17回転生したカーナビロアはシエル先輩の魔術を未熟だと笑った」という記述が出る。

 この話、「志貴とロアがひとつの体に同居してバディになった」その段階で17回だということに意味が出てくる。

 17回というのは、志貴がアルクェイドを切った回数でもある。つまり「志貴がアルクを殺した回数」だ。
 そして17回は、「アルクがロアを殺した回数」だ。

 この物語、「アルクェイド」と「アルクェイドに17回殺された男」と「アルクェイドを17回殺した男」の三角関係なんですね。

 物語の始まりでは、「アルクに16回殺された男」と「アルクを17回殺した男」だった。その数値が17と17でそろった瞬間に、ふたりの男はひとつの体の中に同居し、共犯関係になる。アルクを救うためにアルクに刃を向けるという行動に出る。そうして志貴は光体アルクを殺し、ロアは死ぬ。

 そういう符合をつくるために、「四季ロアの段階で16回。志貴&ロアの段階で17回」という設定がなされているのだと考えると腑に落ちる。

 ということを思いついたので皆さんに共有しておきます。


「月姫リメイク」シリーズは今回でいったん終了します。
(また何か思いついたら続きを書きます)

 が、来週も1記事更新します。別シリーズを立てて(といっても全1回ですが)、
「魔術理論“世界卵”とはいったいどういう理論なのか」
 ということを思いついたのでそれを書きます。

 ということで「終わり」ですが「続く」。


 続き。
 魔術理論“世界卵”はどういう理論なのか

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※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題

2023年07月01日 11時59分34秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題
 筆者-Townmemory 初稿-2023年7月1日



 前回(第5回)の後編です。直接的な続きとなりますので、少なくとも前回を読んでからここに来られることを強くお勧めします。

 前回、「ロアが時間を巻き戻したい理由はいくつか考えられる」としましたが、そのいくつかの続き。
 それと、マーリオゥ/ラウレンティス同一人物かそうでないか問題を別のアングルで再び取り上げます。

 できれば順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア

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●ビッグバンの前にあったもの

「ロアさんはなぜ時間を逆行させたいのか」というお話の別案、というかバリエーションその2です。

 前回は、「ロアはビッグバンの瞬間に何が起こっていたか知りたい。それこそ宇宙の秘密そのものだからだ」という話でした。

 それはいいとして別の考え方もあります。
 ロアが到達したいのは、

「ビッグバンが起こるよりさらに前、ビッグバン以前である」

 という考えも魅力的だと思うので、そちらも掘っておきます。
(思いついたのはこちらの案が先でした)

 ロアが遡行したいのはビッグバンの先。宇宙が始まるより前のところ。

 宇宙はビッグバンのときに始まったのですが、じゃあビッグバン以前には何があったのか。これはだれしも思うような疑問ですよね。
 現行の答えとしては、ビッグバン以前に宇宙はなかったので、その答えは無である……というか、無は有を前提とした概念なので無ですらないのですが、最近では「ビッグバン前にもなんかあるんじゃね?」という研究もあるそうです。

 聞きかじりで適当なことを言いますが、最近の宇宙物理学では、ビッグバン以前はべつだん無ではなく、「古い宇宙があった」という説があるらしい。

 古い宇宙がふくらみすぎ、年老いすぎて限界までくると、こんどは収縮を始め、どんどん小さくなり、最小まで圧縮される。
 するとそれが爆発してビッグバンになり、新しい宇宙ができる。

 どうやら宇宙は、ふいごみたいになっていて、最大までふくらむと最小まで縮むのである。
 最小まで縮むたびに新たなビッグバンが起こって、宇宙が更新される。

 もしこういう宇宙モデル(説)を、ロアが採用している場合、彼は何を思うだろう。


●宇宙の終焉

 もしも時間をビッグバン「以前」まで巻き戻すことができるのなら、ロアは「古い宇宙の終わり」を見ることができる。

 古い宇宙が終わりを迎えた姿は、考え方によっては「宇宙の究極の姿」「宇宙が最後にたどりつく究極のかたち」だろう。
 そこにもし人がいるのなら、そのありかたは「人が最後に到達する究極の姿」だろう。
 そこに世界があるのなら、「究極の世界のかたち」だろう。

 そうではないかもしれないのだけど、ロアは、そうであってほしいと願って、それに賭ける可能性がある。

 このまま鈍行列車に乗るような気持ちで、何千億回と転生を繰り返していけば、「現行の宇宙の最後の姿」を見ることもできるのかもしれない。
 けれどロアはおそらく、転生に飽いてしまってる。もうそろそろ、転生を続けるのは無理そうだという感覚を持っている。(第3回を参照)

 このまま鈍行列車に乗って、いまの宇宙の終点に行くことはできないなと思ったロアは、「ここらで一発、いっきに目的達成してやろう」と考える。

 宇宙が始まる前まで逆戻りして、まえの宇宙の終点を見ようとする。

 ロアがそういうことを考える可能性も、ありうるんじゃないかしら。


●もし時を戻せるなら

 そして。

「いまの宇宙が生まれる前には、前の宇宙があった」

 というのは、

「いまのロアが生まれる前には、前のロアがいた」

 というのと、構造がまったく同じだ。

 ロアがもし、「まえの宇宙を見ればいい」というアイデアを思いつくのだとしたら、思いついた理由はロアが転生者だからだ。

 おそらくロアは、転生者になったことをものすごく後悔している。なるんじゃなかったと思ってる。
 だからなるべく転生しなくてすむよう死徒になったし、四季が死んだら転生せずに志貴に乗り移ろうとする。

 ロアはきっと、
「できることなら、転生を始める前の、最初の自分に戻りたい」
 と思ってそうな気がする。

 もし戻れたら、決して転生者になったりはしないのに。

 彼が本心ではそう思っているのなら、
「時を戻したい。戻そう」
 そういうたくらみを思いつくことができるし、そういう手法で見たいものを見ようという実験を考えつくことができる。


●ロアは朱い月に会いたいのか?

 ロアは時間逆行して何をしたいのかシリーズその3。
(アイデアがどんどん発散してしまってますが、いいことにする)

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』ロアルートのロアは、憧れのアルクェイドがいつのまにか世間並みになっちゃってるせいでガッカリする。

 ところがその後、アルクェイドの中から朱い月の側面が顔を出したとたんに歓喜するのです。

(真祖アルクェイド)
戯れだ、一撃(くちづけ)を許す。
その血、その魂を捧げるように、
最期の生を叫ぶがよい。

(ロア)
は―――それでこそ、それでこそだ!
八百年前、私は確かに永遠を見た。
あの時よりいささかも色あせない月の姫よ―――!
十八度目の死、最期の転生を、ここで燃やし尽くして
ご覧に入れよう!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 ロアルート



(どうもこのセリフを見ると、ロアはこれ以上転生できないという条件があるっぽいのですがそれはさておき)

 このシーンを見ると、どうもロアの本命は朱い月なんじゃないかという感じがある。
 彼がアルクェイドに執着するのは、彼女が朱い月を内包しているから、という読みができる。

 そういえばロアは幼少時に、満月を見上げて「ああ、宇宙のすべてを知りたい」という動機を持ったのです。(たぶんこれが「八百年前に見た永遠」だろう)

 ―――それは、彼が他人(ひと)の人生を学ぶ前。
    まだ幼い、子供の頃の話。
(略)
 私は今でも覚えている。
 父の目を盗んで、一夜だけの旅に出たあの時間を。
 たかくたかく、
 何の支えもなく私を見つめていた、あの石の不思議さを。

 空に輝く白い円盤と、その円盤を霞ませる雲。
 あれはなんなのか。
 どのような意図で、どのような仕組みで在るものなのか。
 手の届かないものに対する期待、興味、恐怖。
(略)
 彼はこの時、宇宙のすべてを論理的に明かしたいと、天上の主に願ったのだ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫



 ロアにとって、月は「宇宙におけるすべての秘密」を象徴するものだ。

 月は「宇宙のすべての秘密の象徴」なので、千年城で「人の形をした月」(朱い月の側面を持つ女)に出会って、脳みそが沸騰してしまう。この女と永久に紐づいていたいと思って血を吸わせてしまう。

 そういう感じだとしたら、ロアが真にフォーカスしているのは朱い月だということになる。

 地球(この世界)と月は、いってみれば双子のようなもので、発生した瞬間から、お互いを見つめあってきたような間柄だ。
 月は、人類の知らない世界の秘密を知っている
 だから、月にアクセスする。月の意思である朱い月に触れて何かを知ろうとする。

 というようなことは、ロアがやろうとしてもおかしくはない。

 で、前回仮説を立てた「地球ビッグバン理論」てのがあったでしょう。
 宇宙を開闢したビッグバンがあるのなら、「小規模なひとつの宇宙」である地球を開闢した、地球ビッグバンがあってもいいんじゃないか。その地球ビッグバンの瞬間にアクセスできたら、地球の秘密は全部わかるんじゃないか。というような話。
(詳しくは前回を参照してください)

 で。

 地球のビッグバンまで遡行しようとすると、朱い月に会える可能性がある、と私は思っています。

 これを説明するの、ちょっといろいろ寄り道が必要でややこしいのですが、まあ順繰りに読んでいって下さい。


●天体の卵とは何か

 くりかえしますが前回推論した「地球ビッグバン説」を前提とした話になりますので、そちらを読んでからおいで下さることを強く推奨します。

 シエルルートエクストラ、アルクェイドが肉体をぶっこわされて、その直後に光体となるシーン。
 赤白い光が、一点からぶわっと広がっていく表現とともに、以下のような地の文があらわれます。

 それは、言ってみれば原理の種だった。
 10のマイナス15乗メートルの極点に圧縮された、この領域の全情報。
 星の内海、概念次元にあるかぎりは何の異常も呼び起こさない天体の卵
 だが、それが物質として出現してしまった時、膨大なエネルギーは極点では抑えきれなくなり、急速に膨張する。

 天文学において膨張現象(インフレーション)と呼ばれる
 宇宙の始まりを示す現象
 極小ではあるがそれに類似したモノが、この領域で起きようとしている―――!

『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.白亜の雪
※傍線は引用者による



 傍線部分を取り出すとこうなります。

・天体の卵は通常、星の内海にある
・天体の卵は、宇宙の始まりを示すインフレーションを起こす


 宇宙の始まりを示すインフレーションというのは、ふつうに読んだらビッグバンのことなので、

「天体の卵の正体は、地球を発生させた“地球ビッグバン”の核である」

 ようするに、本稿の説における「地球ビッグバン」と、作中に出てくる用語「天体の卵」は、同じものである……と推定するわけです。

 上の引用部によれば、天体の卵は、通常、星の内海にあるということなので、「地球ビッグバンは星の内海で起こった」と推定する。
 ようするに、「地球ビッグバン」とは何なのか。べつだん、物体としての地球が大爆発によって発生したわけではない。
 そうではなくて、「概念としての地球」が、「概念次元」(星の内海)において、「概念的大爆発」によって誕生したんだというような……。
 まず地球という概念が爆発によって発生し、物体としての地球が、概念を覆うようにして後付けで出来てきた。

 自分でも何言ってんのって感じなんですが、そうとしか言いようがない……。


 ロアは「天体の卵」を求めている、と自分で言っています。

 ―――さて。
 それでは、カレとの約束通り宴を始めよう。
 天体の卵。
 永遠の証明。
 大いなる主の愛に応える為―――

 ―――私のパンティオンを、起動させるのだ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 11/後日談。 Note.カルマの清算



 本稿の説では、ロアは「時間を逆流させることで地球を誕生させたビッグバンの瞬間に行きたい」。
 ロア本人が言ってることによれば、彼は天体の卵を求めている。
 その意味でも、天体の卵と地球創生ビッグバンは重なります。

 で、さらに論理はツイストしていくのですが、

・時間を逆流させると地球創生ビッグバン(天体の卵)にたどりつける
・天体の卵は、星の内海にある


 これを足し合わせると、
「地球創生ビッグバン(天体の卵)に向かおうとすると、自然に星の内海に行ける」

 そして、星の内海には、天体の卵のほかに何があるのかというと、「月」がある見込みなのです。


●そこには彼がいる

 月姫リメイクのヴローヴ戦のあたりで、星の内海に関する謎めいた地の文が出てきます。
 画面に月が大写しになったうえで、以下の文章が挿入されます。

 星の内海、ソラを覆う天蓋は謳う。
 祖に呪いあれ。
 人の世に呪いあれ。
 いまだ原理は定着せず。この星の礎(いしずえ)はあまりに脆い。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 5/絶海凍土 Note.凍土のワルツ



「ソラ」というのは、見上げる空と「時空」とのダブルミーニングのように読めます。
「ソラを覆う天蓋」というのは、「空ないし時空にフタがされている」くらいの意味に読めそうですね。
「空にフタをするもの」という文字表現とともに、月のビジュアルが表示されるのですから、ソラを覆う天蓋は「月」のことでいいと思います。

 その「月」が、「星の内海」にあって、歌っていると地の文は語る。

 この引用部、私に翻訳させると以下のようになります。

 月は星の内海にいる。
 地球のテクスチャーはまだ完全に貼られておらず、ブカブカ浮いちゃったり剥がれたりしてる。
 月はそれを嘲笑ってる。
 人間が人間向きのテクスチャーを必死で固定しようとしたり、二十七祖がそれを邪魔してひっぺがそうとしたり、ごちゃごちゃやってる状況を笑って見てる。


 ……ところで、
 月は星の内海にあるの?
 月はお空に浮かんでいますけど……。

 でも、星の内海は概念次元なのですから(そう書いてありますから)、星の内海にいる月は実体のない「概念としての月」なのでしょう。

 そういえば、TYPE-MOON世界には、実体を失って概念的な存在になるも、復活のときを待っている、月そのものと同一視されるような人物がおりました。

 そいつは、地球の表面で人間と吸血鬼がごちゃごちゃやっているのを、コメディーとして笑って見てそうな人物だ。それは朱い月だ

 つまりロアは、この世の秘密を全て知りたいと願って時間を逆回しし、地球創生ビッグバンの瞬間まで遡行すると、その過程で、「彼にとっての宇宙の秘密の象徴」である朱い月に出会う可能性がある


●「???」って誰なのよ

 ロアに関してはいったんここまで。
 続きまして、もういっかいマーリオゥ/ラウレンティス問題を取り上げます。

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』のマーリオゥルートにおけるラスボスは蒼崎青子です。

 マーリオゥの目的は、ロアから不老不死の秘法を入手することです。

 ところがゼルレッチから依頼を受けた蒼崎青子が、ロアを工房ごと爆破してしまったので、マーリオゥは重要なものを何も手に入れられなかった。なので破れかぶれになって青子に戦いを挑む、というお話でした。

 いっぽう、蒼崎青子ルートは、マーリオゥとまったく同じ声でしゃべる謎の人物「???」が、青子に仕事を依頼するところから始まります。
 依頼内容は「ロアを見つけて捕まえろ。工房は保全しろ」。青子はこの条件を受諾します。

 青子は手加減がきかない人なので、結局こっちのルートでもロアと工房をまとめて爆破してしまうのですが、彼女は「これじゃあ報酬がもらえない!」と後悔していました。

(蒼崎青子)
あ。やば、倒しちゃった――!?
不老不死の秘術とやらを
聞き出さなきゃいけなかったのにぃぃ――!
グッバイ、私のボーナス!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 このお話、両方とも「青子の行動とマーリオゥの思惑が背反する」というふうに要約できるっぽいので、一見、ほとんど同じに見えます。
 でも実はぜんぜんちがうふたつの物語なんじゃないかという疑いを指摘したいのです。

 この二つのお話が、同一に見えるのは、青子ルートの依頼者である謎の人物「???」が、マーリオゥの声でしゃべり、マーリオゥが依頼しそうなことを依頼するからです。

 だけど、この人物がマーリオゥなら、「マーリオゥ」と書けばいいじゃないか。なんでハテナマークでぼやかすのだろう。

 蒼崎青子は、マーリオゥのことを「司祭代行」と呼びます。

(蒼崎青子)
―――何か問題ある、マーリオゥ司祭代行?
吸血鬼を退治するのがアナタたちのお仕事だもの。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 いっぽう、青子ルートでは、謎の人物「???」氏のことを、彼女は「司祭」と呼ぶのです。

(蒼崎青子)
あら、守りが薄いと思ったら、
司祭様におかれましてはお忍びだったんだ。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート

(蒼崎青子)
司祭ともあろう方がイライラしちゃってさー。
あ。その体質のせいで怒りっぽいの?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 こうなると。
 マーリオゥと、謎の人物「???」は、別人なのではないか。

 マーリオゥ「司祭代行」は、ラウレンティスの代行を務めている人だ。

 じゃあ、青子に「司祭」と呼ばれている人物は?
 ラウレンティスその人なんじゃないか。


●ラウレンティスは阻止しなくてよい

 以下、「???」司祭がラウレンティス本人ならば、お話はどんな様相を呈するのかを示します。

「???」司祭(暫定ラウレンティス)が登場するのは蒼崎青子ルートです。

 青子は、「不老不死の秘術を聞き出す前にロアを倒しちゃった」ことを後悔しています。「???」司祭からお金がもらえないからです。
 このルートの青子は、「不老不死の秘術を聞き出すつもりだった」ことになります。

 いっぽう、マーリオゥルートでは、青子は意図的にロアと工房をぶっこわします。
 なぜならゼルレッチから「マーリオゥとロアを取引させるな」「ロアの文献をマーリオゥに渡すな」と厳命されていたからです。
 このルートの青子は「マーリオゥに不老不死の秘術を与えない」ことを目的としていたのです。

(蒼崎青子)
感謝こそされ、
煙たがられるなんて事はないでしょ?
たとえば―――死徒が残した文献を残らず秘匿しよう、
なんて考えでもないかぎりは。
(略)
でも、ちょっとだけ虫の知らせはあったかな。
ゼルレッチの爺さんから電話があってさー。
なんでも、このまま貴方がロアと取引すると、
何もかも悪い方に転がっていくんだとか。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 蒼崎青子ルートでは、「???」司祭に不老不死の秘術を与えるつもりだった。
 マーリオゥルートでは、マーリオゥに不老不死の秘術を与えないつもりだった。


 これらの条件を素直に受け取るなら、こうなるんじゃないでしょうか。

「???」司祭=ラウレンティスがロアから不老不死の秘術を入手しても、世界はべつだん滅びない
 よってゼルレッチは、秘術の入手阻止を蒼崎青子に依頼しない。

 マーリオゥがロアと取引をする(秘術を手に入れる)と、世界が滅びる
 だからゼルレッチは、その阻止を蒼崎青子に依頼する。

 前回、詳しく検討しましたが、

 マーリオゥは若返りの呪いを受けているので、「時間は戻るもの」という原理を持っている。
「時間は戻るもの」という原理をロアが入手してしまうと、時間を宇宙開闢まで巻き戻そうとするロアの儀式は成功してしまう。

 という推定ですので、
 ここまでの流れを是とするなら、

「マーリオゥは際限なく若返る」
「マーリオゥは『時間は戻るもの』という原理を持っている」
「この原理をロアが入手すると、世界中の時間が巻き戻り、滅ぶ」
「だからマーリオゥとロアを取引させてはならない」

「ラウレンティスとロアを取引させても(不老不死の秘術を入手させても)かまわない」
「ということはラウレンティスは『時間は戻るもの』という原理を持っていない」
「ならば、ラウレンティスにかけられた呪いは若返りではない」
(たぶん際限なく老衰する呪い)

 という感じになりそうです。

 ところで、この二つの物語にはもうひとつ大きな違いがあります。


●青子と橙子の呪い対応

「???」司祭が出てくる蒼崎青子ルートでは、蒼崎青子は、呪いの進行を「自分が」抑制してあげられる、と受け取れる発言をしています。

(蒼崎青子)
司祭ともあろう方がイライラしちゃってさー。
あ。その体質のせいで怒りっぽいの?

(???)
そうだよ。分かってんじゃねえか。
これが最後のチャンスだったってのにな!

(蒼崎青子)
? 応急処置でいいならできるよ?
ようはそれ、止めればいいんでしょ?

(???)
なん―――だと―――?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 いっぽう、マーリオゥルートでの青子は、マーリオゥの呪いの進行を「蒼崎橙子が」抑制できるというのです。

(蒼崎青子)
それなんだけど。
現状維持でいいなら手が無くもないわ。
ようは………しなければいいんでしょう?
ならうちの姉貴に相談してみて
そういう小ずるい逃げ道を考案することに関しちゃあ、
右に出るヤツはいない変人よ。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート



 どうもこれ、

・ラウレンティスの呪いを青子は止めることができるが橙子はできない。
・マーリオゥの呪いを橙子は止めることができるが青子はできない。


 みたいな条件があるっぽいですね。
(ラウレンティスのほうは「青子も橙子も」止められる、でもいいが)

 ラウレンティスの呪いとは肉体時間に関するものである、という現状の推定をよしとするなら、
「呪いを受けたという原因と、呪いの効果が肉体に反映されるという結果を結んでいる糸をびよんびよんに伸ばして放り捨てる」
 ことで、青子は時間の呪いを止めることができそうではあります。
「現在のラウレンティスという結果と、過去のラウレンティスという原因を、定期的に入れ替える」でも現状維持が可能かもしれない。

 だけどそれなら、マーリオゥの時間の呪いも同様に抑制できそうな気はするんですよねぇ……。
 いろいろ前提が間違っているのかもしれない。

 マーリオゥと橙子のほうは、「マーリオゥをもう一人つくる」みたいなインチキで対応できそうな感じはしています。
 若返りの呪いの作用はマーリオゥのもう一つの体のほうが受け持つので、マーリオゥ本人は若返りをしなくなる、とか。
「マーリオゥの体のスペアを作り、マーリオゥ本人の若返りが限界にくるたびに新しい体に魂を乗せ換える」
 などでもいい。

 いまのところどうも、パキッとした答えにはならないのですが、そのうちぽろっと解けそうな気もするので、宿題として保持しておくことにします。


 今回はここまで。
 次回、阿良句博士の所業をあばく。および、もう一度フランス事変。その他こまかい謎。


 続き。
 月姫リメイク(7)すべてが阿良句博士のしわざ・ロアの転生回数再び


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※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア

2023年06月24日 10時29分33秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア
 筆者-Townmemory 初稿-2023年6月24日



 最初にロアのパンティオンについて語り、次にマーリオゥ/ラウレンティスの話になり、もっかいロアの話に戻ってきます。
 総耶でロアは何をしたいのか、というのを、ラウレンティス問題を材料に詰めていきます。フランス事変の別案も提案する予定です。

 順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ

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●やらかしちゃったロアさんの自白

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』の青子ルートのラスボスはロアです。

 このルートのロアはなかなか愉快な人で、聞かれもしないのに自分の計画についてべらべらしゃべり、「あれ、ひょっとして自分、やらかした?」と自己批判を始めます。すき。

(ロア)
これはこれは。
まさか最新の魔法使いの登場とは。
いずれやって来るとは確信はしていたが、
この段階でやって来るのは予想外だ。
まだパンティオンは起動していない。
もしや未来からの客人かな? となると―――
は―――はハ、ハハハハハハハハ!
やはり彼の、私の理論は正しかった!
ソラを暴くロアの企みは、
いちおうの成功を見たというコトか!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 私の解釈コミで意訳してみると、以下のような感じです。

・これは世界を滅ぼすたくらみなので、正義の味方蒼崎青子が来そうだと思ってた。
・ひょっとして蒼崎青子は未来から来たのか?
・だとしたら、これからやろうとする悪だくみは、未来において成功してるってことだ。



 もっと縮めていうと、
「蒼崎青子が未来から来たのなら、この悪だくみは成功だ」

 だったら、「蒼崎青子が未来から来たのなら成功となる悪だくみとは何か」と考えていけば、ロアの狙いがわかる可能性がある。

 で、私は考えたのですが。

 そんなに意外な方向性ではないのですが「この宇宙の(地球のかな?)時間を巻き戻して宇宙誕生の瞬間を見に行く」かなと思いました。

 ロアのパンティオンが起動したら、宇宙の時間が巻き戻りはじめる。
 時間が未来から過去へと流れるようになるので、未来の人間が過去に現れるようになる。
 時間が巻き戻りはじめ、「これは一大事だ」と思った蒼崎青子が、パンティオンを襲撃しにくる。
 その場合、いまここに現れた蒼崎青子は、「時間を巻き戻す悪だくみが成功した未来から来た」ことになる。
 なるほど私の計画は成功したのか!

 ところが蒼崎青子さんは謎の司祭「???」さんに雇われたただの壊し屋で、ロアをやっつけて工房を占拠するのが目的で、当然、現代の人なのです。未来からは来てません(少なくとも今回は)。
 自分の悪だくみを自分の口で全部ばらしちゃったロアは、青子から「ああこれ、終末案件ね」と認知され(たぶん)、やっつけられちゃう。

 そこまではOKとして、なんでまたロアは時間を巻き戻したいのか
 それを考えるまえに、ちょっとした必要があってマーリオゥとラウレンティスについて取り上げておきます。


●マーリオゥ/ラウレンティス同一人物なのか問題

 マーリオゥはラウレンティスの実子なのか?
 それともマーリオゥはラウレンティス本人なのか?

 という問題があります。

 ようするにマーリオゥとラウレンティスは同一人物なのかそうでないのか。
(というかなぜ同一人物説が出てきているのか)


 前提となる情報を手早くまとめておきます。

・まずマーリオゥは外見12歳のわりに権力が強すぎる。
・ラウレンティス枢機卿は大勢の養子をとっている(作中では20人くらいとされる)。
・対外的にはマーリオゥはラウレンティスの養子の子、つまり孫だとされる。
・ラウレンティスの養子たちは、実は実子ではないかと噂される。
・マーリオゥ本人は、「自分はジジイの実子だ」とぶっちゃけている。

 ここまではいいですね。
 次に、シエルがらみの情報。

・マーリオゥの兄とシエルが、以前、仕事で一緒になったことがあった。
・シエルはマーリオゥの兄に尊敬の念を抱いた。
・マーリオゥいわく「ラウレンティスの一族はシエルに恩がある」。
・志貴は「マーリオゥとマーリオゥの兄は同一人物ではないか」と推測し、マーリオゥはこれを否定しなかった

 最後にロアがらみで。

・マーリオゥはラウレンティスのために、ロアから「不老不死の秘術」を入手しようとしている。
・ロアは不老不死の研究をしたことがあるが「失敗だった、これではまるきり退化だ」といって研究を捨ててしまった。

 以上が条件でした。

 ここから先が巷間よくいわれる(ネット上でよく語られている)推測。

「マーリオゥとその兄が同一人物」なら、マーリオゥは昔より若返っていることになる。
 マーリオゥの年齢が見た目通りではなく、たくさんの経験や実績を持っているのなら、歳のわりに権力や能力が強すぎることが疑問ではなくなる。

 ここで、「若返り」というキーワードが発生しました。

・ラウレンティスの一族は「若返り」に関する秘密をかかえていそうだ(推測)。
・ラウレンティスは不老不死の秘術を求めている(事実)。


 このふたつを足し合わせたとき、

「ラウレンティスは何らかの事情で、ロアの不老不死の秘術を受けた」
「その結果、年老いるかわりにどんどん若返ってしまうようになった」


 というアイデア(推測)が広まることになりました。

 じゃあ、ラウレンティス本人だけでなく、養子もしくは実子であるマーリオゥまで若返っているのはどういうことかという話になる。

 そこで、
「マーリオゥは実子でも養子でもなくラウレンティス本人である」
 偽名を使って外部で活動しているのである……というアイデアが生じたのですね。

 その一方で、まだ同一人物と断定するには早いよねという慎重な意見もあります。私も慎重な立場です。

 直感的には「その中間あたりにちょうどいい落としどころがありそうかな」と思っているので、これからそれを書きますが、そのまえにひとつ。


●ラウレンティスは本当に死にたくないのか?

 マーリオゥが不老不死の秘術を求めているので、マーリオゥ及びラウレンティスは「自分を死なさないことを目標にしている」というのが、物語のすなおな受け取り方だと思います。が。

 私はひねくれているので、その逆のほうがドラマチックかなっていう印象も持っています。

「ラウレンティスは、不老不死の法を受けてしまったので、絶対に死ねない
 そこで、なんとかして死にたいので、ロアの知識がほしい。

 そんなことありうるのって感じもするかと思いますが、なぜ死にたいのか。死なないということは、神のみもとに永久に行けないということを意味するからだ……といった方向の話です。

 聖堂教会のモデルであると強く推定されるキリスト教カトリックでは、人は死んだら神のもとに迎えられて永遠の存在になるんだったはずです(たぶん)。
 この世で善行をつんで、生をまっとうして、その後おむかえがきて神のもとに行くのが望みなのに、絶対にそこには行けないということになる。
(これはシエルにもいえる)

 自殺すればいいんじゃないのということなら、キリスト教は自殺を禁じている。自殺者は天国には行けないそうなので神のみもとには行けません。

 こういう(死にたいのに死ねない)想定の場合、
「マーリオゥ兄とシエルが以前、互いに話をして、互いに敬意を持った」
 というのは、

「絶対に死ねないという境遇にあるわれわれふたりは、いったいこの世において、どう生き、なにをなすべきか」

 というテーマについて意見を交換しあい、互いに感ずるところがあった……。
 なんていうストーリーとして読めるようになります。

 アルクェイドルートで、シエルが体に仕込んだマイクごしに、マーリオゥ(らしき人物)とロアが会話するシーンがあります。

「徒労だったな。不老の解決法はない。せいぜい健やかに、死ぬまで苦しめ・・・・・・・
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、
※傍点は原文ママ



 この場合、ロアが傍点つきで「死ぬまで苦しめ」というのは、「まぁ、死ぬことができるならの話だが」という皮肉として読むわけです。

 ようは、「この物語は死ねない人たちの話だ」というアングルの一部に、マーリオゥとラウレンティスを組み込めるんじゃないかというアイデアだと思って下さい。
 このお話には、死のうにも死ねない人物がたくさんいる。
 ロア、シエル、アルクェイド。ここにマーリオゥとラウレンティス。
 かれらがいかにして死という結末を「獲得」するのか。もしくは、「死ねないが、もういい」という悟りに到達するのか。

 このお話は、「絶対死ねないピープル」たちが集まってごちゃごちゃごちゃごちゃやっているところに、「何でも絶対殺すマン」が飛び込んできて、一同ザワッとする物語だ……という見方は可能そうだ。

 私はそういうお話が魅力的だと思うけれど、ごく素直に受け取って、「ラウレンティスは死にたくない」でももちろんいい。

 この場合は、
「ラウレンティスは、何らかの事情で、いま死ぬわけにはいかない」
 という条件を置けばいい。

 たとえば、あくまで一例だけど、
「ラウレンティスは原理血戒を自分の体の中に封印している。彼が死んだら封印が解けて、原理血戒がどっかに飛んでいってしまうので、絶対に死んではいけない」
 というようなことでもいい。


●ラウレンティスと時間の呪い

 これからマーリオゥとラウレンティスの話を書いていきますが、私の思考手順をそのまま書いていきます。
 考えていって、つごうの悪いところが出たら戻って修正するという作業をしますので、書かれていることがそのまま結論ではないかもしれません。そんな感じで受け取っていただけると助かります。

 まず最初に、
「ラウレンティス枢機卿は際限なく若返ってしまう」
 という前提条件を仮置きします。
 この条件は仮置きなので、考えが破綻したら動かす。

 ロアの不老不死の秘術は、「肉体年齢を一定にできない」という欠陥を抱えていた、ラウレンティス枢機卿はそれを知らずに秘術を受けてしまった、ということになりますね。

 で。

 もしラウレンティスが際限なく若返ってしまうなら、若返りすぎたらどうなるのだろう? これはもっともな疑問でしょう。

 私は『火の鳥 宇宙編』を読んだことがあり、その読書体験から絶対に自由になれないので、
「ラウレンティスはゼロまで若返ったら、こんどは歳を取り始める」
 のではないかというアイデアが出てきました。

 極限まで若返ったラウレンティスはそこから歳を取り始め、老衰までいくと再び若返りはじめる。
 その繰り返しで、絶対に死ねない。

 そんな秘術は可能なのか? どういう理屈で成り立っているのか。

 たとえば、その若返りないし老衰が、「時間の逆行」で成り立っているのだとしたらどうでしょう。

 ラウレンティスの肉体が際限なく若返ってしまうのは、かれの肉体時間が逆向きに流れているから。時間が逆戻りしているからだ。
 仮にそう考えることにする。

 じゃあラウレンティスが老衰していくときは? そっちのターンだけ、不老不死の法は無効になっているのか?
 それはどうもうまくないと感じるので、老衰時にも呪いっぽい効果が欲しい。

 こういうのはどうでしょう。

 ラウレンティスの肉体時間が逆向きに流れていたとき、世界の時間は正しく流れていたのです。
 じゃあ、ラウレンティスが老衰していくときは? つまりかれの肉体時間が正しく流れていくときは?

 そのとき世界の時間は逆行するのである。


●世界への影響を減らすには

 この想定の場合、世界中がラウレンティスを中心として、時間順行と逆行をくりかえし、折り返し運転でループしているということになる。

 これはこれでおもしろいので、これでもかまわない。

 ただ、ちょっとギミックとしての規模が大きくなりすぎるので、ちょっとコンパクトにしたくなりました。

 たとえば、時間の逆行はラウレンティスの周囲に限られるとかね。本来の世界からの修正力が働く、くらいの想定でいい。
 ラウレンティスの近くにいる人は時間が戻って若返っちゃうなどです。

 これでもラウレンティスおよび周囲の人にとっては大ごとだ。ラウレンティスは周りの人々の時間を吸って長生きしているようなもの。

 もし仮に、ラウレンティスがこういう境遇に置かれたのだとしたら、かれは周囲への影響を最小限にしたい、その方法はないものかと考えるはずだ。

 例えば、周囲にまき散らしてしまう時間逆行エフェクトを、誰か一人の人間の中に閉じ込められないか、とか……。


●固有結界の理論

 月姫リメイクには出てきてないけど、TYPE-MOON世界には「固有結界」という魔術があるでしょう。

 固有結界というのは、自分の中の心象風景を外の世界に表出する技術。一定範囲、一定時間、その心象風景は外部の世界から干渉を受けずに存在することができる。
 ふつうは干渉を受けちゃって存在できない。
 どうも人間の心象風景は、自分の中かぎりのものであって、自分の外側には存在させられないという決まりがあるらしい。

 ということは逆にいえば、人間の体の中にあるものは、外部世界からの修正を受けない
 なんで修正を受けないかといえば、たぶんそれは、人間というのはそれ自体がひとつの世界であるからだ。世界は自分の世界を自分のルールで修正することはできるが、ヨソの世界を自分のルールで修正することはできない。
(余談だけどそれを可能にしそうなのが原理血戒)

 人間はそれ自体がひとつの世界である。

 なのでラウレンティスは、周囲の世界の時間を逆行させてしまうというエフェクトを、一人の別人という「ひとつの世界」の中に「閉じ込める」

 人体という「別のひとつの世界」の中に時間逆行を閉じ込めたので、ラウレンティスの周囲は時間逆行しなくなる。

 それはいいとして、時間逆行エフェクトを体の中につっこまれた別人さんはどうなるのか。

 ひとつの世界であるその人物は、「時間逆行するラウレンティスの周囲の世界」とイコールになるので、肉体が時間逆行する……ようするに無制限に若返っていくのじゃないか。

 ラウレンティスが年老いていく(時間順行)あいだ、
 相方は若返っていく(時間逆行)。

 ラウレンティスが若返っていく(時間逆行)あいだ、
 相方は年老いていく(時間順行)。


 ひとことでいうと呪いを半分ひきうけてるってことなんだけど、その「半分引き受ける」のメカニズムは上記のようなことではないか。

 ここまでをOKとするなら、「相方」はもちろんマーリオゥだ。

 この想定の場合、いま外部で(総耶で)活動しているのがラウレンティス本人なのか、マーリオゥなのかは「わからない」。
 どっちか片方が交代で活動するようになっていそうだ。
 ラウレンティスがよぼよぼすぎて外部での活動に耐えられないときは、若いマーリオゥが活動する。マーリオゥがじいさんすぎるときはラウレンティスが外に出る。

 上記はマーリオゥが実子であった場合の想定だけど、バリエーションとして、こうでもいい。
 マーリオゥは時間逆行の呪いを引き受けるためだけに製造されたクローン人間かホムンクルスである。ラウレンティスが遠くから操り糸で(生霊的な憑依でもいい)遠隔操作している。この場合は同一人物説に近くなる。
 入れ替わりについては前案と同じ。

 同一人物説の是非に関していえば、「実子に呪いを肩代わりさせ、ついでに呪いを解く方法を探させている」と想定する場合は「同一人物ではない」。

 マーリオゥを遠くから操っていて、言動はほぼラウレンティスのもの、と想定する場合は、同一人物説に近い。

 マーリオゥは、マーリオゥ本人として活動している瞬間もあるし、ラウレンティスに操られている瞬間もある、というような想定にする場合はその中間になる。
 私はこの中間説がいいのかなと思っています。


●呪い・下僕・吸血鬼

 と、ここまで考えて、暫定採用しているのですが、似たようなことをもうちょっとシンプルなギミックで実現できそうな気もします。

 一番シンプルに言おうとするなら、
「ラウレンティスは際限なく老衰していくが、絶対に死ねない。ふつうなら絶対に死ぬほどの老衰なのに生きているのは、マーリオゥから生の時間を吸い取っているから。そのためマーリオゥは決して歳を取れず若返ってしまう」
 こんな感じでもいい。

 前段で、「マーリオゥは極限まで若返ったら歳を取り始めるのか?」ということを検討したんだけども、
 物語を虚心に読んでいくと、マーリオゥはわりと「死にたくない」という感情をダイレクトに出してきているので、「マーリオゥは極限まで若返ったら消滅する」とするほうが、物語との整合感は高いです。

 その場合、「マーリオゥが消滅したら、誰か別の実子に呪いが移り、その人物が若返り始める」などの想定でいい。「ラウレンティスが実子を大量に作ってる」という現象に説明がつくようになる。

 ともあれ、どの想定を取っても動かないのは、
「マーリオゥはラウレンティスによって呪われている」
 という点です。

 マーリオゥはラウレンティスと運命の紐づけがされていて、自分からは切り離せない。ラウレンティスが救われるとき自分も救われ、ラウレンティスが破滅するとき自分も破滅する。だからラウレンティスのために活動せざるを得ない。
 ひょっとしたらときどき体の主導権を奪われてることだってありそうな感じだ。

 だとすると、こういえる。

 これはほとんど吸血鬼と下僕の関係だ。

 彼らのストーリーにおいて、彼らは、吸血鬼を絶対に滅ぼすという行為をしていながら、「自分たちと吸血鬼は、いったい何が違うのか」という致命的な疑念を抱えていることになる。

 この話、「ラウレンティスは死なない」という仮定を導入するならますます吸血鬼じみてくる。

 マーリオゥは作中で「死徒は例外なく殺す」という明確な殺意を述べるのですが、「その前にロアから必要なものを拾う」といっている。ロアから何かを受け取るほうが優先なんですね。

 つーか安心しろ、死徒は例外なくブッ殺す。その前に拾っておかなきゃならねぇお宝があってな。ジジイの密命と言えばお利口なテメェも納得だろ?”
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、



 死徒は「不死の人間なんてものは存在しないのだ」という主の大規定に反する存在だ。だから教会は「死徒をブッ殺す」。不死なので真祖も討伐対象だ。
 だが、「ラウレンティスはロアの秘法を受け直さないかぎり死なない」と仮定するとしたら。ラウレンティスこそが教えに反する不死の存在だ。

 仮に教会が、すべての死徒と真祖を抹殺できたとしても、ラウレンティスがずうっと生き続けるのだったら意味をなさない。深刻な矛盾を発生させてしまう。
 だから、死徒ロアを殺すより前に、ラウレンティスが死ぬ方法を確保しないといけない……。

 こういう皮肉めいたアングルが私は大好物ですし、たぶん奈須きのこさんもこういうの好きそうだ。なので、こういう方向性がおもしろいんじゃないかなって思っています。


●ロアとマーリオゥは何を取引するのか

 ともあれここに、
「みんなの時間は順行しているなか、オレの時間だけ戻る」
 という強烈きわまる境遇に置かれているマーリオゥという人がいます。
(いることにします)

 これが人格に影響しないとか、魂に焼き付かないとか、嘘だろう。

 なので、現状のマーリオゥには、こういう偏った世界観(=原理)が刻まれていると考えることにしましょう。

「時間は戻るもの」

 さて。

 そんな希少な原理を持ってる奴がもしいるなら、ぜひともほしいものだと思いそうな人物が、この物語にはあらかじめ配置されている。
 ロアさんです。

 前述のとおり、ロアは「時間を巻き戻す儀式」を実施しようとしている推定だ。

 マーリオゥに「時間は戻るもの」という独特きわまる原理が刻み込まれているのなら、その原理はロアの儀式のパーツとしてもってこいです。

 つまりマーリオゥとロアの間には、何らかの取引が成立する余地がある。

『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』において、ゼルレッチは青子に対して、
「マーリオゥとロアを絶対に取引させるな」
 という緊急指令を出しています。

(蒼崎青子)
でも、ちょっとだけ虫の知らせはあったかな。
ゼルレッチの爺さんから電話があってさー。
なんでも、このまま貴方がロアと取引すると、
何もかも悪い方に転がっていくんだとか。
でも“何”が“悪い”のかは
教えてくれなかったから、ほら、

(略)
(マーリオゥ)
実際の話、ロアと取引をしていたら、
オレはこの街を差し出していただろうしな。
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 マーリオゥルート


 マーリオゥがロアから手に入れたいのは自分にかけられた「呪い」の解除
 ロアがマーリオゥから手に入れたいのは「時間は戻るもの」という原理

 こいつをとりかえっこしようじゃあないか。

 ロアは、自分で言っている通り、ラウレンティスの「呪い」を解除する秘法は持っていない。
(注:ロアはアルクルートで、ラウレンティスにかかっているのは「呪い」だと自分で言っている)

 しかし、そのかわり、他人の原理やそれに由来する能力を奪いとる能力は持っている。不老不死研究に失敗して、「次は死徒から異能を奪い取る研究をしよう」と思い立った、あれです。

『XV あらゆる呪い、負債の継承と、その利用』
『あるいは。自らの異能、運命力の強制的な譲渡』
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 6/朱い残滓I Note.不死の証明



 ロアは二十七祖から異能を奪うという能力を「あらゆる呪いの継承」と表現する。だったら、ラウレンティスおよびマーリオゥにかけられた「呪い」の譲渡を受けることもできる推定だ。
 つまり「時間は戻るもの」という原理あるいは呪いを奪って自分のものにすることができる。

「私がその呪いを譲り受ければ、おまえは呪いから自由になれるだろう」

 たぶんその譲渡の結果、マーリオゥは死んでしまうのだけど、ロアはもちろんそのことは黙っている。

 なので、今後こういうストーリーが想定される。

 マーリオゥはロアに対して「おい、オレたちにかかった呪いをなんとかしろ」と要求する。
 ロアは「じゃあ取引をしよう。私がその呪いを引き受けてやる。そのかわり総耶市から一切手を引け。たとえこの街が全滅するとしても目をつぶれ」

 マーリオゥはこの取引に応じる。

 ロアは彼の「時間は戻るもの」という原理と、「若返る能力」を奪い取る。
 マーリオゥは、この呪いから自由になる。
 ただしロアの「能力を奪う能力」は、相手の死亡を条件とするので、彼は死ぬ。

 ロアは、こうして奪い取った「時間は戻るもの」という原理を儀式のコアにして、世界中の時間を地球誕生かそれ以前のところまで巻き戻す。
 この原理は、なくても儀式は可能だが、あれば成功率が格段にあがる。

 というか、「あれば成功してしまう」のだと思う。

(ロア)
今回はなかなかの手応えだ。
あと一手が上手くいけば・・・・・・・・・・・残り百手は必ず成立する・・・・・・・・・・・
うまい話すぎてそそられるだろ?
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 巌窟王ルート
※傍点は原文ママ


 この「あと一手」が、「マーリオゥの原理の入手」なのではないか。

 だからゼルレッチは、「この取引が成立したらやばいので絶対に阻止してくれ」と青子に依頼する。


●ビッグバン

 ロアの話に戻ります。
 かれはどうやら、総耶で時間を逆行させるたくらみをしているようだ。
(おそらく月の裏側=月姫リメイク続編で「逆行運河・なんとかかんとか」という儀式名が明かされそうな気がする)

 なぜ時間を逆行させたいのか。たぶんですけど宇宙創生の瞬間を見たいのでしょう。以下のところに、それっぽいことが書いてある。

(ロア)
やはり彼の、私の理論は正しかった!
ソラを暴くロアの企みは、
いちおうの成功を見たというコトか!
天体の卵! 開闢の原子配列!
運河は収束し天堂に「 」(から)は鎮座する!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



「彼の、私の」というのは、普通に考えれば「ネロ・カオスとロア」かなあと思います。
 この二人は、彷徨海の工房で会合を持ったとき、互いが持ってるアイデアを出し合い、「これらを実践するときには互いに協力しよう」という同盟を結んだくらいの考え方ができる。

 たとえばフランス事変は、ロアが元から持っていた計画。アルクェイドを拘束する術が必要だったので、ネロはロアに創世の土を貸与した。

 それが失敗したので、「今度は私のアイデアを実践してくれ」とネロ・カオス。総耶ではネロとロアが共同で開発した儀式が行われようとしている。
 ただ、ネロはどうやらアルクェイドによってすでに滅ぼされてしまったようなので、ロアは弔い合戦のような気持ちで計画を進めている……。

 さて、引用部に「天体の卵! 開闢の原子配列!」と書いてあります。開闢の原子配列はビッグバンの直前ないし直後をイメージさせますし、「天体の卵」は月姫作中に何度か出てくる言葉だ。

 天体の卵。
 惑星の記憶。
 全てを知ろうとした少年(ミハイル)。
 神の愛を、永遠を定義しようとした男(ロア)。

 機会は既に失われたが、その望みの一端が、いま、この地表に表れる。

 空間が上書きされる。
 全天が燃えている。目映い光を放っている。
 それはあり得ない。
 この惑星から見上げる景色ではありえない。
(略)
 だが―――もし、まだ宇宙の広がりが僅かであると仮定したら。
 ■■■■■■というものがあるとすれば。

 何よりも未(あたら)しい、何よりも移(とお)ざかる、
 深紅の宙(ソラ)が放出される。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.逆行運河/天体受胎
※■は原文でも伏字



 引用部、私の解釈コミで要約すると、
「天体の卵と、惑星の記憶と、そして今見えているこの景色は、ミハイルやロアが見たがっていたもの、そのものだ」

 そして、その景色とは、「全天が真っ赤に燃えている」
「もし、まだ宇宙の広がりがわずかなら、こういう真っ赤な宇宙が見られるだろう」

 この「赤く見える」というのはいわゆる赤方偏移ですよね。
 あまり専門的なことは知りませんが、遠ざかる物体から発せられる光はドップラー効果によって赤く見えるそうです。
 地球から観測できるすべての別銀河の光が赤色をしているので、すべての銀河は地球から遠ざかっていることになる。このことから、宇宙はたえず膨張(インフレーション)していることがわかる。
 この発見が、のちに「ビッグバン理論」につながっていった。

 これも専門的なことはお手上げですがビッグバンとは宇宙開闢のときに起きたイベント。もともと宇宙は点のような高密度に圧縮されたもので、それが大爆発を起こして一点から急膨張をおこし、四方八方に広がっていって、いまの宇宙になった。そして宇宙は今でも膨張しつづけている。

 さて、
「もし、まだ宇宙の広がりがわずかなら、こういう真っ赤な宇宙が見られるだろう」

 もしも、今がビッグバンの直後であり、ここがビッグバンの中心であるのなら、すべての原子、粒子、いずれ星になるすべての質量が、自分を中心として球状に広がり遠ざかっていくさまが見られるだろう。
 そのすべての質量が、光を放っているのなら、離れていくそれらから放たれる光は赤方偏移によって真っ赤に見えるだろう。

 シエルエクストラルートの光体アルクェイドの中では、そういう「ビッグバンの再演」が行われていて、ロアは「まさにこれを見たがっていた」ということになる。

 ビッグバンを見たい……。

 なら、時間をビッグバンの瞬間まで巻き戻すことができればいい。時間が戻るとき、宇宙に散らばっていた全粒子が一点に向かって集まり、収縮するさまが見られるので、青方偏移して視界は青に染まるだろう。


●ビッグバンに何があるのか

 なぜロアがビッグバンを見たいのかについては、考えられることがいくつかあります。今回はそのひとつについて語ります(それ以外は次回以降に)。

 たとえば、宇宙が膨張しつづけ、エントロピーが増大しつづけているなら、「宇宙は壊れ続けてる」という言い方が可能かもしれない。

 だったら、ビッグバンの瞬間は、エントロピーが極小の状態、いってみれば、「宇宙がいちばん整っていた状態」といえるかもしれない。

 これをもっと恣意的に言い変えると、ビッグバンの瞬間というのは、まだ壊れていない理想の宇宙。「宇宙のまことの姿」「宇宙というもののイデアの姿」なのかもしれない。

 ロアみたいなインテリは、そういうことを考えてもおかしくない。

 ビッグバンは現行の物理法則を決めた瞬間だし(注:現実では)(注:たぶん)、宇宙におけるすべての粒子が「いま、こうある」のもビッグバンのときに決まったことになるでしょう。

 ならば、ビッグバンの瞬間に何が起こっていたのかを知ることができれば、それは、宇宙の秘密をすべて知ったに等しい。人間が知りたいことの全てがそこにある。いってみれば、現行の宇宙における永遠の真実だ。

 さらにつっこめば「物理法則がそこで決まった」「宇宙の形を決めてる」「すべてのもののイデアがある」といえば、これはもう根源だ。ロアはおそらく、ビッグバンの瞬間に行くことができればそこには根源があるはずだと考えていると思う。

 もういっかい引用しますが、

(ロア)
天体の卵! 開闢の原子配列!
運河は収束し天堂に「 」(から)は鎮座する!
『MELTY BLOOD:TYPE LUMINA』 蒼崎青子ルート



 時間の運河を逆行させて、宇宙開闢の場所にいけば、そこには「 」(根源)があるはずだ。
 だけどロアはたぶん魔法を獲得するために根源に行きたいわけじゃない。彼が知りたいのは、「世界は、宇宙は、人間は、なぜこのようなものとしてあるのか」「それらは最終的にどうなっていくのか」
 ビッグバン/根源にたどりつけば、それがわかるはず、それをわかりたい。


●地球のビッグバン

 ちょっと余計なとこに筆をのばしますが、地球と直接アクセスしている光体アルクェイドのコアに向けて志貴が落ちていくと、ビッグバン近似の現象が見られたわけですね。

 宇宙のコアに向かっていくとビッグバンが見られるというのはわかるんですが、地球のコアに向かっていくとビッグバンが見られるというのは、うまく理解できなかった。

 理解できなかったんだけど、むりやり理屈をつけてみると、宇宙を誕生させたビッグバンがあるように、「地球を誕生させた小ビッグバン」がある、というような設定があってもおかしくないんじゃないか。

「宇宙がひとつの宇宙であるように、地球もまた、ひとつの宇宙である」

 というふうに考える。
 地球もまたひとつの宇宙であるのなら、地球というひとつの宇宙を誕生させた「地球ビッグバン」というものもある。
 志貴が光体アルクの中で見たのは地球のビッグバンである。

 そしてロアが(ひとまず)到達しようとしているのは地球のビッグバンである……くらいに考えると、作中のさまざまな要素と接続しやすくなる。

 で、固有結界のところで先述したように、「人間というのはそれ自体がひとつの世界である」。
 この「世界」を「宇宙」と言い換えることがもし可能なら。

「人間もひとつの宇宙なので、その人間ひとりひとりを誕生させた極小ビッグバンがある」

 そのくらいの想定があってもいいのではないだろうか。

 この想定を仮にOKとするならば、

 アルクェイドにも当然、アルクェイドを発生させた極小ビッグバンがある。
 アルクェイドの核の部分に遡行していくと、アルクェイドビッグバンにアクセスできる。
 光体アルクェイドは地球と直結しているので、光体アルクのビッグバンに降りていくと、地球のビッグバンに到達できる

 フランス事変でロアが目指したものって、これであってもいいなあ……という発想が浮かんだので、皆様におすそ分けしておきます。
 アルクェイドを創世の土で捕縛して、彼女の殻をぶっこわして光体状態にする。エレイシアの魔力を使って光体を揮発させ、コアに向かって飛び込んでいくと、地球のビッグバンの瞬間に立ち会える。
 だけども、そもそもアルクェイドの捕縛に失敗したから計画も失敗。これはたぶんだめねということになって、総耶ではネロ・カオス教授の理論に基づく別の計画にトライする……なんていう感じで。
 それはさておき……。

 人間と地球と宇宙は、マトリョーシカみたいな包含関係になってて、それぞれのコアにビッグバンがある。
 人間と地球と宇宙は、存在としての規模が違うだけで本質的にはおなじものだ……。
 なんていう考えは、わりと私好みです。

 人間と地球が本質的に同じものなら、人間に原理があるように、地球にもその原理があってもいいですね。地球に原理があるのなら、ロアはそれを知りたいと思うでしょう。なんていう方向性も面白い。


 続きます。
 次回は「ロアがビッグバンに向かう目的」の別案。再びマーリオゥ/ラウレンティス問題。
 それと、「本稿で存在を推定した地球ビッグバンの正体は“天体の卵”なんじゃないかというお話。

 続き。
 月姫リメイク(6)天体の卵の正体・古い宇宙・続マリ/ラウ問題


※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ

2023年06月17日 11時28分04秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらから→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
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月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ
 筆者-Townmemory 初稿-2023年6月17日



 第三回からひきつづいてロアの話です。
(月姫はだいたい全部ロアの話なんだけど)

 順番にお読みいただくことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式

Fate/Grand Orderランキングクリックすると筆者が喜びます


●イデアブラッドって何よ

 原理血戒は「血」の文字が入ってますし「イデアブラッド」と読むので、こいつの正体は朱い月の血だ、ということでいいと思います。普通の考え方ですね。

 朱い月は、朱い月の血を持っているので、「原理血戒を持つもの」という祖の定義を満たす。なので、二十七祖リストの二番目あたりに仮に朱い月の名前が書いてあったとしても問題はない。

 原理血戒は、なぜイデアブラッドと呼ぶのでしょうか。
 というか、イデアって何?

 これを仮にギリシャ哲学のイデア論のイデアだとすると、「ものごとの真の姿」「ものごとの原型」という意味になる。
(あんまり詳しくないのでウィキペディアを見て書いている)

 古代ギリシャの哲学者の考えでは、世界でも人間でも、すべてのものには「理想の姿」「真の完全な姿」というものがあり、これをイデアという。ただしイデアは霊界(だかなんだか実体のない世界)にあるので我々は見たり触ったりできない。

 そして現実世界にあるものはすべてイデアの影にすぎない。それも不出来な影なので、死んだり壊れたりいろいろ不備があるのである。
 本物は完全無欠で絶対的(そして文字通り「永遠」)なんだけど、我々がみてるのは不出来なコピーなのでいろいろ不備な点がある。
 みたいなことでした。

 どっかで聞いたことある話だ。
 朱い月は、地球産の自分のコピーが欲しいと思って、真祖を作った。
 ところができあがった真祖はたいがい不出来なコピーにすぎなかった。がっかりだ。

 この例の場合、朱い月はイデアにあたり、真祖は現実世界における不出来な影
 そういう構造で見ることはできそう。

 真祖のイデアが朱い月なら、真祖の劣化版である死徒のイデアも朱い月といえそうです。
 原理血戒は吸血鬼たちにとってのイデアの血である。
 イデアから来てイデアに戻るものだ。

 だからイデアブラッドと呼ばれる。
 という説明はわりときれいにまとまるのかなあ、と一応私は思っています。

(注:でもしばらくあと、自分で別の解を書き始めます)

 そういえば私は、
「全人類の血と命と遺伝情報をひとつにまとめて、究極の一つの人体をつくり、朱い月はそこに乗り移ろうとしている」
 という説を提唱しています。
第二回参照)

 これって、
「全人類の人体の情報をすべて重ね合わせて、その中に“人体のイデア”を見出そうとする」
 そういう試みだ、という言い方はできそうだ。

 朱い月は、イデアと呼べる域に達するほどクオリティの高い人体が欲しい。

 ここまでが前置き。


●ロアが求めた人間のイデア

 15世紀末、ルネサンス時代にあらわれた神学者ロアは、「大量の人間に会ってその記録を取った」とされます。

 見知らぬ誰かと語り合い、その人生を知る事が彼の喜びだった。

“一人の人生には、必ず一つの真実がある”
(略)
 学友たちは“十人で充分だ”と彼を笑った。
 教師たちは“百人に留めなさい”と彼をたしなめた。
 司祭たちは“万人を知りなさい”とうそぶいた。
 唯一、親友だけが“地獄の始まりだ”と先を予見した。

 親友の言う通り、千人分の人生を丁寧に記録した時、彼は壁に突き当たった。
(略)
 彼は人をもっと知りたかった。千や二千では足りない。もっともっと多くの真実を集めたかった。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫



 これって、
「大量の人間のサンプルを元に、人間のイデアを見出そうとしている」
 そういう行為かもしれない。

 少なくとも、「人類の命と遺伝情報をまとめてイデアとしての人体を作る」という私の説と、構造は同じだ。

 イデアというのは不滅のものなので、「永遠」ですしね。ロアは自らが求めるものを観念的にしか表現しないのですが、その観念的表現のなかに「永遠」という言い方がありました。

 ロアが知りたいと思った「人類の最終結論」みたいなものの正体(の一部)は、

 究極の未来に到達するであろう理想にして完全な人間の姿(イデア)は、どんな形をしているのか。
 そのとき理想の人間たちは、どんな形の世界を理想の世界(イデア)として、テクスチャーを貼っているのか。


 そういうものなんじゃないか。
「そういうもの」そのものではないにしても、そういった方向性の欲望だったんじゃないのか。

 だから本稿の説にしたがうなら、ロアと朱い月は、とてもよく似た二人なのかもしれない。

 その後ロアは、アルクェイドに出会って、「人間の最終結論はこれだ」と思い込みました。
 アルクェイドの体は、朱い月が降臨できるほど完璧なものなので、「人体のイデア」に限りなく近い。
 だから、人間のイデアを追及していた(推定)ロアは「これだ」と思ってしまうのでしょう(たぶん)。
 これこそ完璧な人の姿だ。人間のイデアだ。

 ロアがアルクェイドを「これが最終結論」と思ってしまうのは、こういう仕組みじゃないかなと思います。

 さあ、となると、もし私がロアだったら、こういうことを考えると思います。

「この女が世界をどういうかたちで見ているのか知りたい」


●アルクェイドの原理

 ロアは大量の人々からインタビューを取って、人のありかたのサンプルを取り続けてきた人です。

 それって、ちょっと恣意的に言えば、
「それぞれの人が、どういう世界観を持っているのか知ろうとした」
(それを集めて、人類にとっての究極の世界観を知ろうとした)


 そしてここに、「これが究極の人間だ」と思える女がいる。

「この女がどんな世界観を持っているのか知りたい」

 より恣意的に言えば、この女の原理を観たい。
 この女の原理は、きっと、人類にとっての究極の世界観だろう。

 そこで「フランス事変」なんじゃないか。


 フランス事変については前回も取り上げましたが、そこでは私はロアの目的として、
「アルクェイドを自分のものにする」
「アルクェイドの能力で全地球のテクスチャーを総没収し、人類を滅ぼす」
「あとはアルクェイドの抜け殻をどうしようと朱い月にまかせる」
 くらいのことだろうと考えました。

 でも、ちょっと修正したくなりました。

 こっちのほうが魅力的そうだ。

 まず、
「儀式に必要な六人とは、5人の祖とアルクェイドのことである。ロアは自分を頭数に含めない」

 そして、ロアは、
「アルクェイドがどんな世界観を持っているのか見たい」

 だから、
「地球の全表面を、アルクェイドの原理で上書きしようとする」

 彼は、世界のすべてがアルクェイドの内面にある世界観で満たされるのを見たい。それはきっと、人類が最終的に見出すはずの世界のありかたに等しいだろう。

 だから彼は、既存のテクスチャーをひっぺがす。
 アルクェイドにはそれができる(事象収納)。

 そのうえで、全地球を、アルクェイドの持ってる世界観(原理)で満たした状態をつくりたい。
 それこそが人類の最終結論、「世界のイデア」であるだろう。

(注:でも今後、いろいろ別案を提案する予定)

 だがフランス事変の儀式は失敗してしまった。
 もう一度、やってみよう。
 ロアは四季の体に転生し、総耶にやってくる。ここでもう一度やろう。今度こそ成功させるのだ。
(注:『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』では、ロアは時間を逆転させたい的な意味にとれることも言ってます。それについては5回目以降で)

 ところが。


●百年の恋も醒めた話

 総耶市のロアは、シエルエクストラルートで、アルクェイドが事象収納を発生させるのを見ました。
 彼女の心のカタチである千年城が現出するのを見ました。

 ロアがフランス事変で見ようとしていたものは、総耶市で発生した「まさにこれ」だと思うのです。

 が。

 たぶん彼は、これを見て幻滅したと思います。

 運命の女アルクェイドがブクブクにふくらんでヒステリーのかぎりをつくすのを見ちゃった(気の毒だ…)。
 まあ、それだけならいいとしても。

 アルクェイドが既存のテクスチャーを没収したのち、新たに地上に築き上げるものが「千年城」である(でしかない)ことを知ってしまった。

 人類が最終結論とする世界の形はたかが千年城なのか?
 そんなわけはないはずだ。

 でもアルクェイドが既存のテクスチャーの代わりに地上に置いたのはまぎれもなく千年城なのです。

 それは、よく考えればあたりまえのことでした。
 アルクェイドは千年城以外の世界のことを知らないのです。

 だから彼女の中に原理として刻み込まれているものは「千年城でしかない」。

 ロアはこうなったアルクェイドを見て「百年の恋も覚める、幻滅だ」的なことを言っていました。
 それはヒステリーのかぎりをつくす姿のせいもあるでしょうが、「中身に千年城くらいしか入ってない」ことへの幻滅かもしれません。

 ひょんなかたちで、見たかったものを見てしまったが、全然感銘を受けなかった。

「わかった、じゃあもういいです」

 だから、あんなにあっさりと、ロアは自ら成仏できたんじゃないのだろうか。

 私はフワッとそんなことを思い、このストーリーはわりと魅力的だなと感じたので、自分の中で採用して、それをおすそ分けする次第です。


●イデア論と根源と橙子

 余談。
 さっきもちょっと書いたのですが、ギリシャ哲学では(というかプラトン哲学?)、イデアは、見えない触れないどこか別の場所にあるとされます(されるそうです)。

 その「どっか別の場所」ってどこなんだ。
 TYPE-MOON世界観では、それは「根源」なんじゃないか。

 根源にあらゆるもののイデアが詰まってる。
 根源から照射される「存在力」みたいなものが、この世界や私たちやすべてのものを、「イデアの影身」として存在させている。
 我々の実体と根源はとても遠いし、根源から存在力が届いてくるまでにいろいろ揺らぎなんかが生じて、結果的に実体というのは不出来なコピーになる。

 で。
 TYPE-MOON世界には、「完全な人体」を作ることで根源に到達しようとしている蒼崎橙子という人がいます。

 完全な人体。真の完全な姿としての人体。
 それって「人体のイデア」をこの世に創出しようとしてるってことでよさそうです。

 ほんとうの人体のイデアは、根源のなかにある(たぶん。橙子はそう考えてる)。
 本来根源のなかにあるものを、今ここに取り出すことができるなら、それは「今ここ」と「根源」がつながったことになる。

 蒼崎橙子はそういう仮説をもとに、人体を作っていそうだ。


 で、今ここに、アルクェイドに人体のイデアを見た(ような気がした)ロアという人がいる(本稿の推定)。
 ロアが「人体のイデアだ」と思ったアルクェイドを、蒼崎橙子が見たらどうなるのだろう。

 私の考えでは、橙子は「人体を作る」という方法を捨ててしまいそうな気がする。
 アルクェイドはイデアそのものでは決してないし(だって実体があるし)、だいいち、根源と接続している感じが全然しません(その気配や描写がない。地球と接続している描写はたっぷりありますが)。

 橙子さんは「あれだけ整った人体でも、根源には接続できんのか」といって、別の分野に行ってしまいそう。そうなると、その後のさまざまな運命が変わってきそうだ。
 なので、何とかいうあの特殊な喫茶店(名前忘れた)で「アルクと橙子は絶対会えない」みたいな扱いになってるのかもしれない。

 アルクに出会うと橙子はイデアの創出に成功して根源に接続してしまう、でもかまいません。でも、「理想を追い求めていた人たちはアルクに出会うとだいたい幻滅しちゃう」のほうが私は個人的に愉快です。


●「原理」のほうをイデアとする場合

 ところで、冒頭で、「イデアブラッドのイデアというのは究極の存在である朱い月のこと」といった説明をしたんだけど、イデアブラッドのイデアが何か、については、別の解もありそうなのでそれも書いておきます。

 ロアの吸血鬼としての能力。
 転生体として活動する為の原理(イデア)。
 それらはすべてアルクェイドを拐(かどわ)かして奪ったもの。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 名残の夢、月の光。



 これ、シエルエクストラ。カルヴァリアが光体アルクを吹き飛ばしてロアが消えたあとの、志貴の内面の地の文です。

 ここでは、原理と書いてイデアと読ませている。
 この書き方をそのまま真に受けると、原理がイデアであることになる。

 本稿の説では、原理とは「魂を縛るレベルで当人を支配しているもの」(それに基づく世界観)のことなので、
「魂を縛るレベルで当人を支配しているもの」(世界観)こそがイデアだということになります。

 このアプローチで原理とイデアの関係を説明するなら、以下のようになります。

 一連の投稿の第一回で論じたのですが、本稿においては、

 圧倒的に偏った世界観が「原理」。
 それを周囲の現実世界に押し付ける力が「原理血戒」。

 何度も例に挙げますが、私の論におけるヴローヴは、「生命を一瞬で凍りつかせる絶対零度の凍土こそが真の世界である」という妄念をいだいていて(これが彼の「原理」)、「そうでない世界など偽物だ」と思っている。
 そんな彼は原理血戒を持ったので、そういう偏った妄念的世界観を、現実の世界に強要する力を手に入れた。

 これを恣意的に原理イデア説にあてはめると、

 生命を一瞬で凍りつかせる絶対零度の凍土こそが「世界のイデア」である。

 そうでない世界などは、イデアから発した「世界の不出来なコピー、影」にすぎない。

 と、彼は思っている。
 そういう表現が成立する。

 絶対零度の凍土が本当に世界のイデアなのかはさておく。
 本当かどうかはともかく「彼にとっては」それが世界のイデアである。

 だから、イデアブラッドのイデアとは、各人の持つ原理のことである。
 原理血戒は、各人の持つ原理(世界観)を現実にしてしまう力をひめた血なのでイデアブラッドと呼ばれる。

 ……どうも、こっちのほうが作中のほかの部分といろいろ接続しやすそうね。作中で採用されていそうなのはこっち寄りかな?
(もちろん、朱い月がイデアだから彼の血はイデアブラッド、という考え方とのダブルミーニングとしても一向かまわない)


●イデアをめぐる冒険

 本稿の説では、朱い月とロアには似た者同士の側面があります。

・アルクェイドに何らかの理想を見ている。
・アルクェイドが欲しい。
・テクスチャーをひっぺがして別のものを敷きたい。
・人類は滅んでよし。

 自分のスペアボディをあらかじめ用意しておいて、死んだらそこに乗り移る、という生き返りの手法も酷似しているし、最終的にやろうとしていることもほぼ同じ(本稿の説では)。

 じゃあ、この二人は何が違うのかというと、
「これこそが世界のイデアである、と思うもの(ビジョン)」
 が違う。

 この人たちはほとんど同じ手法で世界の心臓を握ろうとしているのだけど、握ったあとで世界をどんな形にするつもりなのかだけが違う。

 ロアはアルクェイドの原理、より厳密には、将来人類が開発するであろう究極のテクスチャーを貼りたい。
 朱い月は、自分の原理を貼りたい(推定)。

「この物語は、世界のかたちは私が決めるのだ、と思ってる者たちの闘争だ」
 という話を以前しましたが、

 この物語は、
「世界のかたちを最終的に決めるのはロアか、朱い月か」
 という、最も大きな枠組みが全体をかこっていて、

 その大枠から派生したものとして、「私にも世界に関するビジョンがある」と思ってる祖たちの対立や駆け引きがあって、それを阻止したい代行者たちとの戦闘などがある。

 そういう構造になっていそうだ。

 総耶市でロアのパンティオンが起動しそうになったら、それを横からかすめて朱い月寄りの結論を導きたい祖たちが暗躍して、大決戦、なんてことは、わりと起こりそうな感じだ。

 あの総耶市には、

 儀式を完遂して理想とする原理を世界中に敷きたいロアと、
 その儀式を横取りして別の原理を敷きたい朱い月一派がいて、

 その両勢力が儀式のパーツとして必要としているアルクェイドがいて、
 どっちの勢力の陰謀も阻止したいシエルがいて、

 アルクェイドとシエルの肩を持ちたい遠野志貴がいる。

 そして遠野志貴を危険にさらすものをまとめて敵視する遠野家があって、
 遠野家からバケモノ同盟の主導権を奪い返したい斎木一族などがいて、
 斎木業人の暗躍から遠野志貴を守りたい(っぽい)斎木みおがいる。

 そういうセッティングになっています。

 これらの要素が、全部アクティブになって、一大決戦をする「グランドルート」みたいなものが、あるんじゃないかな、あってほしいな、という願望を私はちょっと抱きました。
 そのグランドルートでは、アルクェイドの中に仮説として存在している朱い月の登場、なんていう場面があったりするとうれしい。

「耶」というのはもともとの異体字で(確か。うろ覚え)。
 総耶市というのは「邪」悪なバケモノ魑魅魍魎が「総」決算大集合する街という意味に受け取れる。

 そういう怪獣総進撃的なストーリーがあってくれるとうれしいな、という幻想をふわっと取り出したところで、次回に続きます。


 次回は『MELTY BLOOD: TYPE LUMINA』のロア。マーリオゥ/ラウレンティス問題。

 続き。
 月姫リメイク(5)マーリオゥ/ラウレンティス同一人物問題・逆行運河したいロア


※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式

2023年06月10日 11時42分15秒 | TYPE-MOON
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月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式
 筆者-Townmemory 初稿-2023年6月10日



 今回と次回で、ロアについて集中的に取り上げます。

 一連の投稿は続き物です。
 第1回から順序よく読むことを推奨します。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上
 月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下

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●転生八百年/十五世紀問題

 ロアについては「八百年/15世紀問題」というのがあります。

 ロアの回想に、普通に読めば初代ロアだと思われる人物が登場します。
 豪族出身で、神学者になり、埋葬教室を設立し、アルクェイドに血を吸わせた人です。

 この人は「15世紀末に」生まれたといっています。

 十五世紀の終わりに彼は生まれた。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫



 ところがロア本人やマーリオゥは「八百年転生した」と言っているのです。

 素晴らしい、それでこそだ。八百年繰り返しての転生だ。一度や二度の特例が、ようやく発生した訳か!」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、


「そうだ。ロアは真祖に殺され、そのたびに転生し、また真祖に殺される。そんな繰り返しをもうずっと続けてきた。
 その年数、実に八百年。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 10/朱の紅月I 情けは人のためならず



 なお、志貴は1000年とも言ってますね。

 決して相容れない吸血鬼ではあったが、ヤツにはヤツなりの道理があった筈だ。俺のように数年のものじゃない。1000年にも亘る、譲れない執念が。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.名残の夢、月の光。



 でもややこしいので、とりあえず15世紀末と八百年の齟齬として考えます。
 15世紀末なら西暦1500年ごろなので、ロアの人生は500年なの800年なのか。

 私は原則として、理屈と膏薬はどこにでもつくと思っていて、齟齬を齟齬でなくする解釈法はいくらでもあると思っています。そして、説明できていればどんな解釈でもいいと思います。
 あとは奈須きのこさんの設定との一致があるかないかという些末な問題にすぎない。

 たとえば(これはあくまで一例ですが)15世紀末ルネサンス時代に生まれた初代ロアは、最初の転生先に「八百年前の」他人を選んだ、とかね。
 ロアは初期には「わたしが世界の秘密と究極の答えを解明したい」と言っていた。でもルネサンス期にはだいたいぜんぶ仮説がたっちゃってる(と書いてある)。あとは実証するだけだ。
 なので、自分が解明に参加できる過去の時代に転生した、などの受け取り方。
(可能かどうかについては、奈須きのこさんが「可能である」と決めれば可能)

 一例の続きだけど、時間をさかのぼっての転生というのが可能なら、「ロアは同時に二人以上の人物に転生することが可能だ」とか言い出しちゃってもおもしろい。ロアは15世紀に生まれたが、同時に二人以上の人生を経験しているので、重複分も合算すると800年くらいになるなどの消化方法。コピーロボットみたいに「自分のコピー」を作って二人分活動しているとかでもいい。

 で、私好みの膏薬こうです。

 初代ロアは八百年前に誕生した魔術師である。
 自分の魂を他人に転生させる魔術を開発し、ここから転生を始めた。
 何回も転生をしたのち、15世紀末に豪族出身の神学者に転生した。
 この15世紀末神学者ロアの時代に、アルクェイドに自分を噛ませて死徒になり、以降アルクェイドに付け狙われるようになった。

 ああ、バリエーションとして、こうでもいいですね。

 初代ロアは八百年前に誕生した、「記憶を持ったまま転生してしまう」という特異体質を抱えた人物である。
 15世紀末までの200年間に何回か転生して、その間に魔術を学んだ。
 15世紀末に豪族出身の神学者に転生。
 この代のロアが「転生先や転生タイミングを自前でコントロールできるようになろう」と画策した。
 その手段としてアルクェイドに自分を噛ませて死徒になった。

 月姫には、「いったん死徒にならないと転生術が使えない」という理屈が希薄なので、こういうことも言える状態にあると思うのです。

 ようするに死徒にならなくとも特異体質や魔術があれば転生はできるという考え方。

 天体の卵。
 惑星の記憶。
 全てを知ろうとした少年(ミハイル)。
 神の愛を、永遠を定義しようとした男(ロア)。

 機会は既に失われたが、その望みの一端が、いま、この地表に表れる。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.逆行運河/天体受胎



 この説にのっかっていくなら、上記の引用部。
 全てを知ろうとした少年ミハイルが「800年前生まれの初代ロア」。
 神の愛と永遠を定義しようとした男ロアが、「十五世紀末神学者ロア」。

 となりそうだ。

 十五世紀の神学者ロアが初登場する回想で、子供のころに月を見上げて、「すべてを知りたい」と願うシーンがある。

 私は今でも覚えている。
 父の目を盗んで、一夜だけの旅に出たあの時間を。
 たかくたかく、
 何の支えもなく私を見つめていた、あの石の不思議さを。
(略)
 事の始まりにして原動力。

 あまりにも罪深く、あまりにも愚かしい。

 彼はこの時、宇宙のすべてを論理的に明かしたいと、天上の主に願ったのだ。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫



 この「子供の頃の話」は、「800年前のミハイルの記憶」だったりしてもいいのではと思っています。

 800年前、ミハイル少年は、「宇宙のすべてを論理的に明かしたい」という願いを持った。
 当時全てを知るためには魔術師の弟子になるのが早い。
 そして偶然か意図的かはわからないが、かれは転生能力を持った。
 何度か転生し、200年かけて大魔術師になった。
 15世紀末に生まれ直した彼は、豪族出身の神学者になり、魔術師としての知見を駆使して、埋葬教室(埋葬機関の前身)を設立した。その当時かれが考案した(と推定の)死徒の階梯分類は今でも使われている。
 この神学者時代にも、「宇宙のすべてを論理的に明かしたい」という願いを彼は持っていた。ところが。

 あらゆる不思議は、既にその概要が解き明かされていた。
 名も無い賢者はこう記していた。
“この後の千年は、これらの証明をするだけの時代だろう”
(略)
“あきらめていたからこそ許せたのだ”

“だがなんだ。これはなんだ。この結論はなんなのだ”

“人間はこのように、いずれ全てを知り得る日が来る”

“だというのに―――この体にはあまりにも時間がない
(略)
 思考を切り替える必要があった。
 地上にはいまだ“永遠”はなく。
 増え続け、変化し続けるのなら“完成”を待つしかないと。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/孵化逆I Note.憐憫
※傍線部は原文では傍点



 ロアは宇宙の全てを知りたいと思っていたし、そのために転生もしていたのだけど、「本当に全てを知ることができるとは思っていなかった」(あきらめていた)。この時までは。

 しかし宗教者になって、神の家の禁書を読んだら、重要なことがわりといろいろ解明されている。
「この調子だと、時間さえあれば、人類はぜんぶの秘密を解明できちゃうぞ」

「人類がぜんぶの秘密を解明する瞬間がみたい!」

 だったら死徒になっちまえばいい……。


 ただ、この想定の場合、ひとつ問題がでてくる。
 死徒にならなくとも転生ができるのなら、ロアはなぜ死徒になろうとしたのか。ならなくてもよいのでは。

 その問題を解消してくれそうなのがこれ。

 今までの資料に目を通して分かったよ。テメェはできれば転生なんざしたくねえのさ。失われるものが多すぎるからな。
 だからーーーまだその時代に残れる術があるのなら、そっちに賭けると信じてたぜ」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 11/後日談 Note.夜歩く



 マーリオゥの見立てでは、「ロアは転生したくない」のです。

 転生すると、転生先のパーソナリティに影響されてしまって、元の自分がどんどん希薄になってしまう(みたいなことが書かれていたはず)。
 自己そのものが希薄になるのはともかく、「人類の答えが知りたい」という願いがすりきれてしまっては困る。

 もうひとつ。ロアは「転生するときの感覚がすげーイヤ」だとおっしゃる。

 人間は死ぬ。こればかりは避け得ない結末だ。
 恐れているものがあるとすれば、それは目を覚ます時の感覚だ。終わりのない暗闇から這い出るような感覚。アレだけは、何度経験しても慣れない不快感だった。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 6/朱い残滓I Note.不死の証明



 あの感覚、スゲーいやだから転生したくないなぁ……。

 ダメ押しでもう一つ。

 生まれつき体が弱かった為、肉体の寿命を延ばす研究に没頭してしまった。不老という一つの成果には辿り着いたものの、結果は失敗に終わった。永遠の若さというのは、やはり肉体には備わらない。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 6/朱い残滓I Note.不死の証明



 ロアは「体が弱くてすぐ死にそうだったので自分を延命させる研究をした」。でもロアはすぐ自殺して健康な次の体に転生すればいいのです。
 なぜそうしないのか。転生がイヤだからなるべくしたくないから。

 物語に書かれていたところによれば、「転生するのがイヤ」だからこそ、四季が殺されたとき次の転生をするのではなく志貴に乗り移ろうとしたのですよね。

 だから死徒になる。
 死徒になる最大のメリットは、血を吸ってる限り死なないので、「転生しなくてすむ」
 代行者に殺されたりはするだろうけど、そのときこそしかたなく転生すればよし。転生回数をなるべく少なくできる。

 簡単に年表をまとめると、こうなります。

12世紀初頭
 初代ロア(ミハイル)誕生。転生術を開発(か?)。転生開始

15世紀まで
 何回も転生し、転生がイヤになる

16世紀
 神学者ロア、転生やめたくて死徒になる

20世紀まで
 アルクェイドに殺されまくり、前より転生が増える
 何とかしてアルクを手に入れて人類滅ぼして死のう

1987年
 フランス事変でそれを試して失敗


 私の頭のなかにあるいくつかの解釈のうち、いまのところこの形が(私にとって)いちばん魅力的です。が、「ロアの初代は15世紀末」とした方がすっきりするよなあ、という感じもあるので、もうちょい頭脳のメモリのなかでゴニョゴニョ揉んでみるつもりです。


●キャーンズ問題

 キャーンズ問題については、自分の中で採用できるほどの答えはまだありません。

 何の話かといいますと、
 アルクェイドがシエルのことを「15(キャーンズ)」と呼んだり、シエルが志貴を生き返らせるとき「キャーンズの秘蹟を使った」と発言している。
 quinze は、フランス語で15。

 シエルって15番なの? なぜ15番なの?

 これについては、「ロアの転生回数である」とか「ロアが15回目に持った体ということだ」といった方向の推論をよくみかけます。
 私もそうかなと思ったんですが、それっておかしいよねという反論もすでに大量になされている。

 今代のロア(四季ロア)の棺にはローマ数字で17と刻まれている。
 四季ロアが17なら、その一世代前のシエルは16のはず。

「体の弱かった代のロア」の棺の番号は14だ。
 次世代で「祖の能力を奪う研究をしよう」と計画しているので、それが15だとする。
 その直後がシエルだとしてもシエルは16番になる。

 ただまあ、私はまだ採用できていないけど、現状の情報でつじつまがあう解釈もありはする。

 マーリオゥは「ロアは十六回転生した」と言っている。

 ロアが今まで転生した回数は十六回。
 そのことごとくを、真祖は消滅させている」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 10/朱の紅月I 情けは人のためならず



 四季ロアは十六回転生して17番だ。
 だとするとシエルは十五回転生しての16番。

 シエルは16番だとしたら、「15(キャーンズ)」と呼ばれるのはおかしいですが、「十五回転生経験がある」を指してキャーンズと呼ぶのは、まあ、つじつまはあう。

 ロアは転生のたびに、何か一つ新たな研究をするみたいなことを言っている。
 なので15回転生してシエルに宿ったロアは15のワザを持っている。
 このワザの数が「キャーンズだ」とすれば、「キャーンズの秘蹟」の意味がとおる。

 通るんだけど、なんとなくしっくりこなくて、まだ私は「これでいい」とは思えないでいます。

 たとえば志貴のセリフだけど、彼はロアの転生回数を「16回」といったり、「17回」といったりしている。

 17回にも及ぶ転生。
 その度に“新たな魔術の最奥”を築いてきた天才は、
 先輩の奥の手を“無駄が多い”と嘲笑った。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 逆行運河/天体受胎



「余計なお世話だ、16回も死んでるヤツは黙ってろ!」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 14/果てずの石 Note.顕現



 四季ロアが17回転生なら、シエルは16回転生になるのでたちまち15に合わなくなる。エンドロールをみると月姫リメイクにはプロの校正会社が入っているし、これがミステイクだとは思いにくい。

 結論としてはまだわからない、なのだけれど、このへん関係ありそうよねという要素がいくつかあるのでそれを以下にあげておきます。


●ロアの転生はたった16回なのか?

 ロアの転生回数がたった16回というのがそもそもおかしいです。

 ロアの誕生が八百年前だったとしても、15世紀末からの五百年だったとしても、少なすぎます

『TSUKIHIME Material I』には、ロアの年齢が12~60歳と書いてある。これを「最短では覚醒直後の12歳でアルクに殺される。殺されず最長で生きたのが60歳である」と考える。
 ロアの誕生が八百年前で、すべてのロアが60歳ていどまで生きたと想定するならば、16回は妥当ですが、12歳で殺された回がいくつもあったと想定すると合わなくなります。

 参考として、江戸時代は260年のあいだに15人の将軍がいました。これをモノサシにすると、八百年なら45回ていどは転生していそうなものです。

 じゃあ16回という数字は何なのか。
 私の解はこう。

「たいした経験や実績のなかった回の記憶を、ロアは次代に持っていかない」

 なぜなら純度が下がるし転生の感触を持っていくと心底ゲーってなるから。転生イヤすぎて生きるのをやめそうになるから。

 ロアの回想の中に、「いらんものはここに置いといて次には持っていかない」と仕分けする場面があります。

 この先も使う技能(もの)と、使わない技能(もの)。
 必要なモノと不要なモノ。
 現在の私と明日の私。
 そういったものを整理しては、古いものを工房に置いていく。もう読む事のない回顧録を作っているようなものだ。
 人間は誰しも、過去の自分を切り捨てている。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 6/朱い残滓I Note.不死の証明



 例えば、12歳で覚醒して即座に殺されたロアは、その記憶や経験を次世代にもっていかない。得るものがなくデメリットしかないから。

 長生きして、魔術研究ができた場合のロアでも、その研究成果がスカだったときは記憶をもっていかない。
 たとえば、「不老不死の研究をした」ロアは、この研究失敗だったな、といっている。
 ロアはこの代の記憶と研究成果を次代に持って行かない。

 持っていったのなら、マーリオゥは、シエルを問い詰めて不老不死の秘密を手に入れることができるはずだ。
 そういう状態になっていないのは、シエルがその知識をまるきり持っていないから。ロアがシエルの代にその知識を持ってこなかったから。

 ロアはおそらく、ほとんどの世代の記憶を「無駄だった」といって捨てている。

 こと■回目の転生にして、私はようやく、その真実にたどり着いた。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 8/孵化逆II Note.1989年



 ロアが回想時に「これまでの何回の転生で…」と言おうとして、数字が伏字になってしまったのは、回数を言おうとしたが何回なのか自分でも思い出せなかったからかもしれない。

 そうなると「16回の転生」という情報は何なのか。

 ロアは、転生の記憶のほとんどを捨ててきている。
 研究成果のあった有意義な回の記憶だけ持ってきている。

 その持ち越し回数はエレイシアロアの段階で15回、とするのはどうでしょう。

 エレイシアロアは15回分の人生の記憶と15の必殺技を持っている。(そこに不老不死は含まれていない)
(前述通りその回数がキャーンズだ、という理解の方法はひとつあるよね。技の数を数えているというのでもいい)
(マーリオゥがロアの転生回数を16回だと思っているのは、シエルが「私の知る限りロアの転生は15回です」と証言したからだろう)

 エレイシアロアはフランス事変を主催した経験があり、その知見は重要なので、ロアはこの記憶を次代の四季ロアに持っていく。
 エレイシアロアの記憶は重要なので、「この記憶はずっと持っておく」と決める。エレイシアロアは16番の番号が振られて永久保存扱いになる。エレイシアロアの棺には16番が刻まれる(推定)。

 四季ロアは16回分の人生の記憶を持った17番だ。ロアはこれも永久保存とする。なぜなら「命の線を見る」という素晴らしい能力を獲得したからだ。
 おそらく次代に持ちこせる能力ではないだろうが、それが見えたという経験は役に立つにちがいない。棺に17番を刻む。

 ……というような方向性かなあと思っていますが、ちょっと腑におちきらないところもあって、もう少し考えるつもりです。

 四季ロアはシエルと初対面して、

「そうか、そういう事か女! 想定すらしていなかった、こんな事態(ケース)もあるのだな!
 素晴らしい、それでこそだ。八百年繰り返しての転生だ。一度や二度の特例が、ようやく発生した訳か!」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 12/凶つ夜 Note.もうひとりの、



 っておっしゃってる。
 でも16回に1回起こる事例って、そんなに驚嘆するほどレアとはいえないでしょう。
 なのでまあ、ほんとはもっと転生しているよ、というくらいまではOKだと思います。

 転生が八百年なのか1000年なのか、16回なのか17回なのかという問題はさっぱりです。後者は四季→志貴の移動をカウントしているのかなあ……(腑に落ちない)。


●ロアがヴローヴに与えた術式

 不老不死研究に失敗したロアが、「次回は祖の能力を奪ったり、逆に与えたりする研究をしよう」と思いつきます。

 ええとですね……。

 この研究成果をヴローヴで人体実験したのである、だからヴローヴは、「アッフェンバウムの持つ」「氷結の能力」を奪うことができたのである……。

 という考えの人を、わりあいたくさん見かけました。私はそれとは違う考えを持っています

 そうではない、というか、こっちのほうがドラマチックなんじゃない? と思える別のストーリーがありそうよねって感じ。

 根拠はここ。

 もっとも、原理血戒を動かすには千年クラスの土台がいるわ。数百年活動した程度の死徒が継承しても、その呪いで潰される」
「ヴローヴのように?」

「そうなんだけど……今にして思うと、アイツ、ちゃんと耐えきっていたみたい。
 ……死徒としては6階梯クラスだったのに、なんであそこまで自我が残っていたのかしら……」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 7/直死の眼I Note.……二十七祖ってなんだ?
※「6階梯」の6は実際にはローマ数字



 アルクェイドがいうには、若い吸血鬼は原理血戒をもてあましてつぶれる。まずは千年生きないとダメ。

 となると、
「400年クラスのヴローヴが“祖の能力を奪う能力”を手に入れ、それを使ってアッフェンバウムから原理血戒を奪ったとしても、通常つぶれて死ぬ
 というのが、まずは話の流れじゃないかと思うのです。

 ヴローヴが仮に能力継承の改造を受けたとしても、彼は400年クラスなので、原理血戒に耐えられない。
 けれどなぜかヴローヴは耐えていた。アルクェイドはそれを不思議がっていた。

 となると、継承能力以前に、まずはこういう能力を想定すべきだと思うのです。

「若い新参の吸血鬼であっても、原理血戒に耐久する能力」

 ロアはあらかじめ、そういう能力を開発しておいた。開発に成功したので、ヴローヴでそれを試した。

 反面、原理血戒を動かすには千年クラスの土台が必要となり、数百年活動した程度の死徒が継承してもその呪いで潰されてしまう。本来であればヴローヴに耐えきれる物ではなかったが、ある死徒から施された術式とその相手による復讐心により、彼の正気は最後まで残される事となった。
『TSUKIHIME Material I』P.100



 とある「術式」によって「耐えた」というのだから、その術式とは「耐える能力」である。
 そういうふうにすごく素直に受け取っています。

 ヴローヴはある死徒=ロアからそういう術式をほどこされた。
 そしてヴローヴはロアに復讐したくなった。

 なぜ復讐を?


●ロアがヴローヴにちょっかい出す理由

 ストーリーとしてはこうです。
(以下わたしが「こうなら魅力的だな」と思うストーリーです)

 ロアはのちにフランス事変と呼ばれる、「吸血鬼5人+1人で物理法則をひっくりかえして世界を滅ぼす」計画を立てた。

 祖が5人必要なので、二十七祖にかたっぱしから手紙を書いて協力をあおいだ。

 ところがロアは人望がないのかなんなのか、がんばっても4人しか協力者がでてこなかった。
 あと一人足りない。どうしよう。

「誰か適当な下級の死徒に、祖の位を簒奪させよう」
 そいつを使って儀式を行おう。

 ただ、そいつが原理血戒に耐えられなかったら話にならないから、『下級死徒でも原理血戒に耐える』という人体改造技術を開発しておこう。
(阿良句博士に研究協力してもらってたなどの事情があっても面白い)

 その開発に成功したのち、「さて、誰に使うか」。

 主である祖を殺しそうな奴でないといけない。
 このヴローヴって奴は、話のもっていきかた次第ではうまくいきそうだ。


 ……この話、視点はヴローヴ側へと続きます。


●ヴローヴの物語

 一方ヴローヴ。
 極寒の地に流刑された男。

 食べ物もなく、寒さを防ぐすべもなく、今まさに凍死しようとしていたそのとき、祖ゼリア・アッフェンバウムに見いだされ、憐れまれ、吸血鬼にしてもらえた男だ。
 吸血鬼にはなったが、生き延びた。

 生き延びたが、「寒い」「冷たい」「苦しい」という極限の経験は、彼の「原理」に深く刻み込まれた。
 生き延びた。だが、ここは寒すぎる。耐えがたく寒い。

 その寒さに耐えることができた理由は、アッフェンバウムのまわりだけはあたたかかったからだ。
(注:という想定)

 一時の春があった。
 男は雪原に咲く花を愛し、鳥を愛し、歌うように人を殺した。
5/絶海凍土 Note.凍土のワルツ



 トラウマになるほど冷たい環境なのに、雪原に花が咲き、鳥が飛ぶのは、アッフェンバウムの能力が「あたたかい」に属するものだからだ。
 自分を救い、あたたかさを与えてくれる「ご当主」に忠誠を誓った。

 ここは寒くていつも死にそうだが、ご当主のそばにいれば耐えられる……。

 そこにふらっと、ロアが現れる。

「寒かろう。痛かろう。魂まで凍りつくほどだろう」
「おまえは生きているあいだは永久にその苦痛を味わうのだ」

「だが、ゼリア・アッフェンバウムはあたたかな力を持っているぞ」

「アッフェンバウムを殺して原理血戒と能力を奪えば、おまえの体はあたたまるだろう」

「そのための力を与えてやろう」

 ロアはヴローヴに、原理血戒に耐える力を無理やり付与する。

 ところヴローヴは、「アッフェンバウムを殺さない」
「愚弄するな!」と言ってロアを追い払ってしまう。

 ロアは工房に逃げ帰ってきて、そのことをネロ・カオス(推定)にぼやいた。

 君が北海で何を企てたか、いささか興味もある。貴重な逸話として拝聴したい」

「いやあ、その件については本題の後に。そう面白い話にもなりませんでしたしね。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 Note.不老不死



 そう面白い話にもならなかった。ヴローヴはもくろみ通りには踊ってくれなかった



 さて、ヴローヴ。
 ロアを追い払ったものの、寒さと苦しみは増すばかりだ。
 だんだん、苦しみに耐えられなくなっていく。
 拷問のような冷たさのなかで、ロアのささやきが思い出されて……。

「アッフェンバウムを殺せば、あたたまるだろう」

 今から数えて約100年前に、ついにご当主を殺してしまった。
 これで俺は、あたたまるのか……。

 ところが、これはロアの陰謀だった。
 ロアは、新参でも原理血戒に耐える能力は与えてくれたが、「祖の能力をそのままに奪う能力は与えてくれなかった」

 原理血戒は持ち主の原理を外部に表出するもので、ヴローヴの原理は絶海の凍土である。(注:第一回をご覧ください)

 よって、ヴローヴが原理血戒を奪った瞬間、絶対零度の吹雪が吹きさらした。アッフェンバウムの温かさは消え去った
 領地はより寒く、ヴローヴはより凍えた。

 人間どもも一世紀前に逃げ去った。貴様ら狗ですら、おれの国には近寄らん。
 まさに草一つない不毛の地。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 5/絶海凍土 Note.限界だ、一度呼吸を……!



 ヴローヴがご当主を殺したのはちょうど一世紀前。その時点を境に、領地は「絶対に人が住めない環境になり(人間は逃げ出し)」「雪原の花は枯れた(草ひとつない)」。

 話がちがう!
 だましたな!

 ヴローヴはロアに復讐を誓った。どこにいようとも、見つけ次第、殺しにいってやる……

 そのときロアはほくそえんでいた。
 つまり、「私はここにいるぞ」と教えてやれば、「原理血戒を持った祖が一人、どこからでも駆けつけてくる」

 これで五人目の祖がきまった


 ……という話のほうが魅力があると思うし、なぜヴローヴは総耶に来るのかが、流れのなかで自然に説明できるので、私はこっちを取っている。

 第一回で語りそこねた、「なぜ氷結系能力をアッフェンバウム由来とも原理血戒由来とも思わないのか」の理由がこれです。


 次回もロアの話。続きます。

 続き。
 月姫リメイク(4)ロアのイデア論・イデアブラッドって何よ


※ご注意●本稿は現実に存在する筆者(Townmemory)の思想・信条・思考・研究結果を表現した著作物です。内容の転載・転用・改変等を禁じます。紹介ないし引用を行う際は必ず出典としてブログ名・記事名・筆者名・URLを明示しなければなりません。ネットで流布している噂ないし都市伝説の類としての紹介を固くお断りします。これに反する利用に対して法的手段をとる場合があります。
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月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下

2023年06月03日 09時49分42秒 | TYPE-MOON
※TYPE-MOONの記事はこちらにまとめています→ ■TYPE-MOON関連記事・もくじ■
※『うみねこのなく頃に』はこちらから→ ■うみねこ推理 目次■

月姫リメイク(2)原理血戒と大規定・下
 筆者-Townmemory 初稿-2023年6月3日



 後編です。
 前半を読んでからここにお越し下さい。

 前編はこちら。
 月姫リメイク(1)原理血戒と大規定・上

Fate/Grand Orderランキングクリックすると筆者が喜びます


 死徒社会は人の命を上位者につぎつぎ献上していくねずみ講になっている。
 このねずみ講システムで、全人類の命を最終的に一か所に吸い上げる。
 そうしてできた命のかたまりを人型に成型したら、朱い月は「余は満足じゃ」かなんか言ってそこに乗り移るだろう……という話の続きから。


●遺伝子を吸うという新しい設定

 死徒たちは人間の血が食料なので、手下たちに人間の血を集めさせる。
 という基本設定が、月姫リメイクのホテルのシーンで、アルクェイドによって語られました。
 これはだいたい既存の吸血鬼のイメージ通りだし、同人版の月姫のころからある設定だと思います。

 が、同シーンで、
「吸血鬼が血を集めるのは、人間の遺伝子を集めるという側面もある」
 という新たな説明が追加されました。
 ねずみ講システムで、血と同時に遺伝情報を集めてる。

「彼らの肉体を構成する遺伝子は、長生きすればするほど、力を付ければ付けるほど原子の増大に耐えられなくなる。力を増やし続けないと崩壊してしまうクセに、力をつけすぎると自己のカタチーーー“秩序”を保てない」

「それを補うためにはどうするか?
 簡単よ。他から、自分のような異常な秩序ではない、正常な秩序をとりこんで、失われていく秩序を補完していけばいい」
(略)
「ようは、人間の血を吸って、その遺伝情報を取り込むことで自身の肉体を固定してるってコト。
 死徒にとって吸血は食事や力の貯蓄(プール)であるのと同時に、存在のために必要不可欠な行為なの」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 4/火炎血河Ⅰ Note.吸血鬼と長い話の続き。



 吸血鬼は食事として、人間の血を集める。
 吸血鬼は肉体を維持するため、人間の遺伝情報を集める

 なぜ、後者の設定が必要なのか、疑問に感じました。

『月姫』という作品は、前者の「食事のため」という設定だけで、じゅうぶんに物語を支えられます。
 じっさい、同人版の旧『月姫』は、遺伝子うんぬんの設定がなくても成立していました。

 これについて私は、
「最終的に、集めた全人類の遺伝情報を元にして、朱い月の肉体を生成する予定だからだ」
 というふうに想像します。

 死徒社会ねずみ講システムは、血を一か所に集めると同時に、全人類の遺伝情報を一か所に集めることもできそうです。

 人間の遺伝情報が、壊れていく死徒の体を補って再組成することを可能とするなら、過剰に集められた人間の遺伝情報が、新たな架空の人体ひとつをまるごと組成することも可能であるはずだ。
 それは人類全部の遺伝子を材料に作った人体だ。ただの人体じゃない。

 朱い月は、過去と現在の、全人類の全遺伝情報を持つ1個の人体を作りたい。それはいってみれば究極の一つの人体であろう。
 そこに自分が乗り移りたい。

 遺伝情報の一か所には一つの情報しか入らないのであって、そこに「全人類の遺伝情報」が入るなんておかしくない? という感じもしますが、しかし、奈須きのこさんは、「マルチ遺伝子存在ですが何か」くらいのことは平然といいそうな人だ。


●フランス事変

 1989年、フランスのとある町で、原理血戒を有する祖が5名ロアが一度に集まるという事件が起こりました。

 主催はロアで、目的は何らかの儀式とされている。
 ロアはアルクェイドが来るのを待っていたと思われるふしがある。
 アルクが来るのを待つあいだ、街では祖たちによる大虐殺が行われた。

 ロアの中からこれを見ていたシエルは以下のように言っている。

 ……崩壊の時間まで、あとわずか。
 崩壊とは街の事ではなくて、もっと大きなものに向けられたものだった。
 わたしの中にいる「私」がずっと積み上げてきた事業の結実。
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 8/孵化逆II Note.1989年



 ロアの儀式は、ロアがずっと(何回もの転生の中で)計画してきたことで、これが実現すれば、この街ひとつどころではない、もっと大きなものが崩壊することになる、と彼女は言う。

 この儀式は、アルズベリで予定されているものとほぼ同種のもので、大目的は「現行の世界のありかた=テクスチャーのひっぺがし」でいいと思います。ひっぺがしたらこの世はおおむね崩壊するでしょう。
 アルクェイドが光体になったとき、足元にブラックホールぽいものができて、地表にあるものがどんどんしまっていかれちゃう現象が起こったでしょう。

事象収納:EX
星の地表で育ったモノを概念的、かつ物理的に収納する能力。
惑星の地表に発生したあらゆる創作物―――テクスチャーの没収。
神霊でいうのなら『権能』レベルの異能だが、惑星が持つ機能なのでスキルというよりシステムである。
光体になったアルクェイドの足下に表れた重力圏は地球全土のテクスチャーを収納するだけの規模を持っている。
『型月稿本』P.42



 ようはあれを人為的に起こそうとした。
 地球上を全部サラ地にして、人類も全部滅んでしまえという悪だくみを実行しようとした。

 本稿の説では、原理血戒は「現行の世界のありかた(テクスチャー)を書き換える能力」としている。
 テクスチャーを書き換える能力を持った存在が大勢集まって、テクスチャーをひっぺがす恐ろしーい悪だくみをするという想定なので、いろいろ話の筋を通しやすい。

 祖が5名(ないし6名)集められているのは、「あの街一帯のテクスチャーを大勢でよってたかって別の原理で塗りつぶす」必要のためだろうと思えます。
(それ以外にも別の理由はありそう)

 たとえば、儀式には、街ひとつぶんくらいの面積をまるごと別の原理で書き換える必要がある。それによって、現状の世界で一番強固な「現行のテクスチャー」の力を弱める。
 そしてこの「書き換えられた部分」を切れ込みにして、全地球のテクスチャーをひっぺがすとっかかりにするとかね。

 他の考え方では、現行のテクスチャーが朱い月の復活を妨害しているので(という仮定)、いったん別の原理で塗りつぶしておく必要があった、とかでもいい。
 ロアはたぶん、朱い月などどうでもいいと思っているかもしれないけれど、集めた祖たちは「朱い月の復活のために」という建前のもと集まっているだろう。
 もちろん、祖としては単純に朱い月に血と遺伝情報を献上したいから、でもいい。

(あ、いや、ロアは朱い月をどうでもいいと思ってないほうがいいかな? このへんは後の課題としておきます)


 月姫リメイク以前の旧設定に基づくアルズベリ儀式関連の話題はこちらで詳しく語っていますので、意欲のある方はどうぞ。
 TYPE-MOONの「魔法」(5):第六法という人類滅亡プログラム


 ところで。
 なぜロアはそれをしようとしたのか。


●ロアがフランス事変で求めたもの

 稿をあらためて別のページで取り上げるつもりですが、『歌月十夜』をはじめとする旧設定資料で、「儀式には祖が六人必要」と書いてある。

 ロアが呼びよせた(と推定の)祖が5人。
 それにロアを足して六人なのだと思います。
(注:別の説を第四回で提案します)

 ロアは原理血戒を持っていないし祖でもないのですが、アルクェイドをつかまえて能力ごと自分のものにし、原理血戒を持ってるのと同じ状態になろうとしたんじゃないかな。

 繰り返しになりますがアルクェイドにテクスチャーを剥がす能力があるのはシエルエクストラルートで明らかになっている。
 本稿の説では、祖が5人も6人も必要なのは「現実を侵食する能力者がたくさんほしい」からなので、それに類する能力をアルクェイドから奪うことができればロアを6人目として頭数に入れられる。

 ロア本人の大目的は「アルクェイドを自分のものにする」だったと思います。

 ロアの人生の目的は「人類が最後に出す結論を知ること」。
 ところが道半ばで「その最終結論とはアルクェイドの姿だ」と思ってしまった。
 なので、彼の動機は「アルクェイドを手に入れること」にすりかわっている。

 そして「人類が最後に出す結論とはアルクェイド」なので、アルクェイドさえ手に入れたら、「もう人類はべつに存続しなくてよい」。

(「手に入れる」が具体的にどういうことなのかについてはのちのエントリにて)

 さらに。ロアさんは、物語の端々でほのめかされることですが、「そろそろ転生、やめたい」と思ってるふしがある。マーリオゥが「あいつたぶん転生したくないんだわ」みたいなこと言ってましたでしょう。

 ロアは別人に転生することで生きながらえる吸血鬼なので、人類が滅んで転生先が存在しなくなったら、みごと転生やめて死ぬことができます。
 かれの謎めいた回想(ネロらしき人物との会話)でも、そういった思想を語っていました。「人類が滅んだら、私の転生も終了で結構だ」と。

 ロアはアルクェイドを手に入れて人類を滅ぼせば、「人類の最終結論を手に入れて」「死ぬ」という、かれの二つの望みが同時にかなうことになる。

 あとは、抜け殻か何かになったアルクェイドを朱い月がどうしようと別段どうでもよろしい。

 私はロアをそういう人物とみています。

 なんと、ロアが抱えていたのは
「絶対に死ぬことができない境遇にある自分が、いかにして人生をまっとうし、死ぬか」
 というテーマだったことになります。

 これはシエルが抱えていたテーマとまったくおなじものだ。
「絶対に死ぬことができない呪いを抱えた人物が、どういう答えを出すのか」

 そういうテーマが、この物語には伏流水のように流れており、同じテーマを持った人々が別々の答えを出すところに、味がある。
 私の読みはそのようなものです。

 そして、マーリオゥもじつはこのテーマを持ってるんじゃないか、と私は思うのですが、これについても稿をあらためることにします。


●現行のテクスチャーはだれが敷いたの?

 なんとここからが本題。これまでは前置き。

 原理血戒とは、「現行の世界のありかた(テクスチャー)」を、自分の原理で上書きする能力のことである。
 死徒および朱い月は、最終的に、「現行の世界のありかた(テクスチャー)」をぜんぶ新しいものに敷き直すことを目的としているのである。

 という、
 ここまで語ってきた仮説を、ひとまずOKだとして下さい。

 とすると、自然とこういう疑問が浮かんでくる。

「いま敷かれている“現行の世界のありかた(テクスチャー)”は、いつ、だれが敷いたの?」


●誰が決めるのか

 これを、「誰が敷いたとかはない。自然に発生したものだ」と考えて済ませることもできます。
 だけど、

「いまある世界のありかたや、物理法則は、特定の誰かの『原理』が地表にびっしり貼り付けられたものである」
「死徒二十七祖や朱い月がやっていることは、それに対する異議申し立てである」


 とするほうが、ストーリーとして魅力的だと思うんですね。

 このストーリーの場合、以下のような言い方が可能になります。

「この物語は、『世界のありかたを誰が決めるのか』という闘争の物語である」


●大規定

 今ある世界のありかたや物理法則は、いつ、誰が、どうやって決めたのか。

 私が思う答えは、「主の大規定」です。

 シエルルートで、シエルに「黒鍵って何?」と尋ねると、黒鍵がなんであるのか、どうして吸血鬼に効くのかをスゴイ勢いで教えてくれます。
 そこに「主の大規定」というワードが出てきます。

 偉大なる主の『大規定』……その文言を読み上げ、聞かせる事で亡者は主の愛を知り、この地上から消え去ります」

「あれは刃のように見えますが、実際は『聖言』なんです。
 死者を悼み、葬(おく)る規定(ことば)を基にして作られた、教会の秘蹟。
 日本風に言うと、そうですね……ありがたいお経と思ってください」
(略)
「死徒をはじめとする『完全に人間ではなくなった』モノたちには、言葉による退去は敵いません。
(略)
 ですのでーーー私たちは魂ではなく肉体そのものに聖言を刻みつけ、正しいルールに書き換える。
 汚染された魂は救えませんが、肉体だけは聖言によって人に戻る。
 『不死』という虚無の孔(ドア)に鍵をさして、回すように。
 聖典武装を受けた死徒は、その部分だけでもかつての肉体を『思い出し』、消滅します」
『月姫 -A piece of blue glass moon-』 10/空の弓II Note.黒鍵ってなに? と訊いてみる



 まとめると「主の大規定」というものがあり、それを物理的にたたっ込むと吸血鬼は死ぬ。

 なんで主の大規定をたたっ込むと吸血鬼は死ぬのか。

 それは、主の大規定の正体が、「主という人が自分の原理をもとにして世界中に敷いた、“現行の世界のありかた=テクスチャー”」だからである。
 という考えです。

 主の大規定は、現行の世界のありかたや物理法則を一意に定めたものである。
 その既定の中に、「不死者などというものはこの世に存在しない。人間は死んだらただ死ぬのである」と書いてある。
 だからふつう、人間は死んだらただ死ぬ。生き返ったり死体のまま動いたりしない。

 ところがこの世界はたまにちょっとバグることがあって、吸血鬼や屍鬼がうっかり存在してしまうことがある。
(ノエルが祖のことを「この世の故障(バグ)みたいなヤツら」と表現している)

 そういう「この世のバグ」に対して、「大規定では、不死者などありませんぞ」という「現行の正しいルール」を物理的にたたきこむ。
 すると、叩き込まれた部分が「現行のテクスチャーの物理法則」に即したものに直る。

 現行のテクスチャーの物理法則は「不死者などない」と規定しているので、不死性が消滅し、吸血鬼にダメージがとおる。


●主とはだれか

 シエルは聖堂教会という宗教の吸血鬼狩りエージェントです。
 そのシエルが「主」と呼ぶ人物は、聖堂教会の創始者、教祖でしょう。

 すなわちこの説では、
「現行の世界のありかたを定義したのは聖堂教会の教祖であり、現行の物理法則は教祖の原理が元になっている」
 ことになる。

 この想定の場合、シエルの属する聖堂教会が吸血鬼退治をおこなっているのは、ただ単に「人類にとって脅威だから」ということにとどまらない。

 シエルたちにとって、

「この世のありかたは、私たちの主が定めたもうたものである」
「しかるに、主の定めに反した吸血鬼というものがいる」
「その吸血鬼たちはあまつさえ、主の定めた世界の形を自分好みに改造しようとしている」

 ノエルに「この世のバグみたいな奴ら」と呼ばれた祖たちは、現行の世界=主の大規定をひっぺがして書き直し、「バグこそが正しい世のありかたである」という状態を作ろうとしている。

「そのようなことは許してはおけない」

 というのが、聖堂教会にとっての真の動機だということになる。

 シエルたち聖堂教会、とりわけ代行者が、本当にフォーカスしているものは、
「現行の世界のありかたを、現行のまま守ること」
 彼女たちが守ろうとしているものは、いま人類たちがこうだと思い込んでいる世界そのものである。そういうことがいえそうです。

 さて。
 そうなると、シエルたちの「主」は、たった一人でこの世のありかたを確定させたとんでもなくすごい人だったことになる。

 祖ですら不可能なそんなことをひとりでなしとげるその人物はいったい何者だ。

 聖堂教会はあきらかにカソリックのキリスト教を参照した存在ですから、主とは現実世界でいうところのイエス・キリスト。ジーザス・クライストだ。
(以下、シエルのいう「主」のことを「ジーザス・クライスト」と呼称します)

 ジーザス・クライストはどうして、「この世のありかたや物理法則を一意に定める」なんてことができたのだろう。

 それは、ジーザスが「第一魔法」の魔法使いだからだ。
 というのが私の解です。


●第一魔法ダイジェスト

 第一魔法の正体が何で、ジーザスはどうやってそれを獲得し、獲得した力でいったい何をしたのかについて(の私の説)は、以下の記事に全部まとめてあります。

 TYPE-MOONの「魔法」(1):無の否定の正体

 こいつを読んでいただくのが一番確実で誤解がないのです。なので意欲のある方はどうぞ。
 ですがまあ、大変なので、以下ダイジェストで記述しておきます。

(注:後半、月姫リメイク仕様にちょっとアレンジしています)

 まず大前提として、第一の魔法使いは紀元(西暦1年)ごろ生まれたという情報がある。ジーザスさんも西暦1年生まれ(伝)だ。

 私たちの(現実の)世界というものは、つきつめていえば、「本当に実在する」のかどうかわかりません。
 私というものは、実は誰かの夢の登場人物かもしれない。その夢を見ている誰かは、別の人の夢の登場人物かもしれない。その夢を見ている別の誰かも、さらに別の人の夢の人物かもしれない。その別の人は、の見ている夢の登場人物かもしれない。
 我々は、「現実というものはある」と思い込んでいるが、上記のようなものであることを誰も否定できないのです。
 これを一言で言うと、「この世は夢まぼろしにすぎず、実は無かもしれない」。

 ジーザスは、世界が実在することを証明しようとした。
 この世という閉じた系の「外側に出て」世界を見ることで、実在を確かめようとした。

 ジーザスがそうしてみると、世界の外側に「根源」があるのを発見した。

 TYPE-MOON世界観の「根源」は、存在を存在させている力そのものです。ジーザスは、根源がこの世を「確かに存在させている」のを確認した。
 この世はたしかに存在することがわかった。
 この世が無ではないことがわかった。

 だから第一魔法は「無の否定」と呼ばれる。

 さて、ジーザスは根源に到達したので、根源由来の巨大な(ほぼ無限の)エネルギーを自分のものにできました。

 その巨大なエネルギーを使って、地球上の全表面にまんべんなく広げたのが「大規定」、すなわちジーザス本人の原理を全地球のテクスチャーとしたもの、だと考えます。

 ジーザスは根源接続者なので、根源のエネルギーを使ってテクスチャーを一意に定めることができた、という解法なのですね。

 ジーザス以前の世界は、(字義どおりの)物理法則としてはいまの世界と似ていたと思いますが、はっきり定まってはおらず、ときどきゆらいでいた(と想定)。
 また、世界中のさまざまな地域で、それぞれ独自の世界観が地表に貼り付けられていて、ある地域で絶対に不可能なことが別の地域ではだれでもできる基本技能だったりするなんてことがあった(だろう)。

 ジーザスは、世界中でゆらぎ、まちまちだった「世界のありかた」「世界のルール」「法則」をひとつに統一した。
(ついでに根源を父なる神として擬人化した宗教を広げた)

 それらのルールは基本的に、人間が生きやすく、発展しやすい方向性になっていた。
 その統一ルールの中に、「人間を含めた生き物は生きて死ぬものだ。不死人というものはありません」と書いてある。
 だからその文言を物理的につっこんでやると吸血鬼は死ぬか傷つく。「不死人というのはあるんですよー」という勝手な原理で動いてる奴に、「不死人はない、おまえはもう死んでる」という原理を打ち込むわけだから。

 だから黒鍵はちゃんと刺されば真祖も傷つけられる。
(と思う)


●この物語は何であるのか

 この月姫リメイクの物語は、

「この世界が何であるのかを私が決める」

 と思っている者たちの闘争の物語である、というのが私の考えです。

 約2000年まえ、ジーザス・クライストが
「この世界が何であるのかを私が決める」
「すなわち人が決める」

 と言って、世界のかたちをひとつに定めた。

 いまも、ジーザスの弟子たちが、その世界のかたちを守ろうとしている。

 しかしこの世界には、ジーザスの定めた決まりに真っ向から反する吸血鬼という存在がいて、ジーザスの決めた世界のかたちに異議申し立てをしている。

「私が、私たちが、世界のかたちを別のものに決めなおすのだ」

 そういってさまざまな暗躍をしている。その暗躍のひとつの形がフランス事変であろう。

 フランス事変は失敗したが、吸血鬼たちは同じことを何度でもやろうと考えているだろう。
 アルズベリで同じことをやる予定があるし、ロアは月姫の舞台である2010年代の日本で、人類にとって致命的な何らかの陰謀を実現しようとしているだろう。

(ロアのいう「私のパンティオンを起動させるのだ」のパンティオンはローマの万神殿。神々が集う場所。「世界とはこういうものだ」と決めるのが神だとしたら、「世界のありかたはこれから私が決めるのだ」と思ってる祖は神のようなもの。もし仮に、ロアの陰謀がフランス事変の再現なら、祖が6名集う場所は「万神殿」といえるだろう)
(ただ、このシリーズの後の回で提示しますが、ロアの陰謀はフランス事変の再現ではない可能性も高いです)

 以上が、私の目にうつった、この物語の世界観です。


●私たちと奈須きのこさんの世界観

 吸血鬼たちは、それぞれ自分の偏った世界観で、現実の世界を書き換えようとしている者たちだ、という話をしました。

 ならこういうことが言えるんじゃない?
 ちょっと失礼な表現になってしまうかもしれませんが、

「我々の現実世界において、いちばん偏った世界観を持ってるのは奈須きのこさんだ」

 なんせ、ここに出てくるような独特きわまる月姫の世界観を、たったひとりで考えたと推定されるのですものね。

 奈須きのこさんは、我々が見知っている現実の物理法則やしくみをほとんどまるごと無視して、独自の「原理」……世界観にもとづいた物語をつくりあげて発表する。

 それは、
「この現実というのは実は誰かに押し付けられたまやかしかもしれなくて、本当はこうなんじゃない? というか、こうであってもいいって思わない?」
 という悪魔のささやきとともに、われわれに影響力を行使して、新たな原理の版図を広げようとしているようにも見える。

 構造が同じなんだ。

 じつは我々も
「この世界が何であるのかを誰が決めるのか」
 という闘争を、行っているのではないか。

 たとえば、私たち読者にしても、『月姫リメイク』を読んだ結果獲得した解釈がひとりひとり違うし、謎に対する答えもちがう。原作を読んでそこから作った同人誌の内容も、解釈違いで人々が戦争しちゃうくらいちがう。

 なぜ違うかといえば、私たちはひとりひとり持ってる原理が違い、それぞれ偏った世界観を持ち、自分の原理に支配された状態で作品を受け取っているから。

 私たちの読みや、私たちの作品作りは、それぞれの原理を押し立てて広げようとする、祖たちの国盗り合戦みたいなものだ。コミックマーケットは万神殿だ。

 同人出身の奈須きのこさんは、ひとつの原作から無限に異なる同人誌がひろがっていくさまを見てきた作家だ。
 そういう人が、「それぞれ違う世界観がせめぎあいをする」という「世界観」をもって、それを作品化するのは、必然かもしれないというのが、私の世界観です。

 まずはこんなところで。細かい謎については別の投稿にて。


 続きます。

 続き。
 月姫リメイク(3)ロアの転生回数とヴローヴに与えた術式


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コメント (2)
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