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赤柳初朗の正体(刀之津診療所から)
筆者-初出●Townmemory -(本記事が初出)
おひさしぶりなうえ、唐突ですが。
森博嗣のミステリィ小説群に関する話。
(わたしは森博嗣先生のハードコア・ファンです)
森博嗣作品の多くは、舞台と登場人物を共有しています。あっちのシリーズにでてきた登場人物が、こっちのシリーズでも顔をだしたりして、ファンをよろこばせるしかけになっています。
『Gシリーズ』という一連のシリーズに、赤柳初朗という、ひげづらで初老の私立探偵がでてきます。この人がどうやら、以前のシリーズに登場した誰かが変装した姿らしいということになっていて、大勢のファンが、
「赤柳初朗の正体は、いったい誰なんだ」
ということを考えています。
いろんな人が、いろんな説をもっていて、だいたい、候補は数人くらいにしぼりこまれているものの、はっきりした定説はありません。もう十年くらい宙ぶらりんなのかな。
わたしは何年かまえに『刀之津診療所の怪』という短編をよみかえしたときに、「ああ、赤柳の正体、こうかな」と思いました。
同じ結論に達している人は大勢いるのですが(意外な人物ではないので)、同じルートをたどってその結論にたどりついた人が、ネットでみあたらないので、「これを書いておけば、読んでトクをする人がいるかな」と思い、いちおう書きつけておきます。
さて、以降、森博嗣作品のさまざまなネタを割りますので、各自対応してください。あと、森ミステリィを読んでることを前提にした文書です。細かい説明をはぶきますので御免下さい。
*
赤柳初朗のもっとも特徴的な部分は、「ひげはつけひげであり、実は女性である」という部分です。じっさい、『ジグβは神ですか』という作品で、変装をといて水野涼子という初老の女性として登場しますので、これはまちがいない。「男装した女性探偵である」というのが、赤柳初朗のミステリィに関する入り口。
そして、『刀之津診療所の怪』では、香具山紫子が「(見た目の上では)黒衣の男性」として登場し、「孤島である白刀島ではできない仕事」をしていることが語られます。
この情報だけでふつうに判断すると、赤柳は紫子さんだということになってしまいそうですが、それを否定する情報が、作中でどんどん、くりだされてきました。
まず、佐々木フランソワ睦子は赤柳が男装家であることを見破るのですが、赤柳がもし知人だったら、その正体も一発でみやぶるでしょう(だって、刀之津診療所の一件で、会ったばかりなのですしね)。
ですから、赤柳の正体は香具山紫子ではないし、小鳥遊練無でもありません。
赤柳初朗は、保呂草との会話で露呈するのですが、那古野で出会った犀川創平の正体が「へっくん」=「瀬在丸紅子の息子」であることに気づきません。その点でも、香具山紫子説、小鳥遊練無説が否定されます
かれらはへっくんや瀬在丸紅子とそうとう親しい間柄です。もしかれらが気づかなかったとしても、へっくんのほうが気づくはずです。
赤柳初朗(水野涼子)は、「瀬在丸紅子は自分のことなどおぼえていないだろう」という認識をもっていて、それを語っています(瀬在丸紅子は天才なので、覚えていましたが)
ということは、赤柳初朗は瀬在丸紅子に、はるか昔に、それこそ1回か2回ていど会ったことのある仲だということになります。そういう点でも、紫子さんやれんちゃんはちがうということになります。「森川素直の姉」は、ぎりぎり、成立しそうですけどね。
このへんの描写は、森先生が「赤柳は紫子さんやれんちゃんではないですよ」というガイドを与えてくれている部分だと思います。
*
さて、ここでわたしが提出する答案は、「赤柳初朗=稲沢真澄」です。
すくなくとも、「すでに登場している誰か」のなかでひとり選ぶなら、わたしの選択はこれです。
(赤柳=稲沢説は比較的メジャですので、結論だけ取り出せば、意外性がないということになります)
なんでかというと、さきほども述べましたが、『刀之津診療所の怪』で、香具山紫子が「男か女か、見た目ではわからない人物」(というか、目撃者全員が男性と認識した人物)として登場し、「島にいてはできない仕事をしているため練無と同居していない」からです。
稲沢真澄は『夢・出会い・魔性』で登場した、保呂草の知り合いの探偵で、男性のように印象づけられていたがじつは女性であるというキャラクターです。
(保呂草の知り合いという条件がクリアされますね。この事件で瀬在丸紅子と会い、その後は不明なので、「瀬在丸紅子にむかしちょっと会っただけ」も成立しそうです)
香具山紫子はもともとミステリィ小説のファンで、探偵になりたい、くらいのことを思っていました。そして、『夢・出会い・魔性』のラストで、紫子は「探偵という仕事に関して、稲沢にいろいろなことを尋ねまくっている」ということが語られるのです。
ここからが、私が想像で埋める部分。
香具山紫子が探偵という仕事に興味をもったとき、同じアパートに住んでいる保呂草探偵ではなく稲沢に電話インタビューを敢行した理由は、稲沢が女性だからでしょう。
つまり、
「女性が、個人で私立探偵を営むというのは、どういう感じなのか」
をききたくて、保呂草ではなく稲沢に尋ねていることになる。
紫子に探偵という仕事について問われた稲沢は、こんなことを答えそうだ。
「女性が一人で、フリーランスの私立探偵をやるのは、きわめて危険なことだ。女性というだけで、あまくみて、暴力という手段に出る者がたくさんいるからだ」
「だから、探偵をやるなら、見た目をいつわって男性のふりをするのがいいのかもしれない」
香具山紫子はそれをきいて、「なるほど、それは、その通りだ」と考えた。
なので、紫子さんは、のちに探偵だか調査業になったとき……まあ、はっきりしないからそういう職業ではないかもしれないが、とにかく「女ひとりで各地をとびまわってなんやかややる職業」についたとき、
「自分が女性であることが、はっきり見えないようにしたほうがよい。少なくとも、性別不詳な人物に見えるような恰好をすべきだ」
という認識をもった。
だから、二十年くらいたったのち、刀之津診療所のある白刀島にあらわれた香具山紫子は、だれがみても一見男性にみえる謎の人物として人々の目にうつった。
さて、この話の流れでいえば、稲沢真澄という女性探偵が『夢・出会い・魔性』において、男性のようにみえるのは、
「探偵という危険な職業において、自分の身をまもるためだ」
という考えをもっているから、ということになります。
(おっと、『夢・出会い・魔性』における、稲沢の外見描写はあやふやなので、男性のようにはみえていないかもしれませんが、それはさておき)
そういう考えをもっていて、人に教え、その教えられた人もずっとその方法でやってきているのですから、稲沢本人も「自分のほんとうの性別を意図的に隠して」探偵を続けている、と考えるのが自然でしょう。
まとめると、
・香具山紫子は探偵という仕事がどんなものか、稲沢真澄に根掘り葉掘りきいた(事実)。
・香具山紫子は約二十年ののち、性別をいつわるような姿で登場する(事実)。
・稲沢真澄は、「女が探偵をするなら、男のふりをするのがよい」という助言を香具山紫子に与えた。香具山紫子はそれを実践している(推定)。
・稲沢真澄は、自分自身もそのアイデアを実践しているのではないか(推定)。
ということになります。
さて、ここに、正体不明の赤柳探偵がいます。この人はじつは女性なのに、男装をしています。この人の正体をしりたい。
ここに、「探偵か、それに類する仕事をしている、意図的に性別を隠した女性」がふたりいるわけです。稲沢真澄と香具山紫子ですね。
赤柳の正体が香具山紫子「ではない」ことは、さまざまな条件から確定しているので、消去法で、「赤柳初朗は稲沢真澄であろう」という結論がみちびかれました。
*
【追記】
ぼうっとした頭で書いてたので重要なことを書き落としました。追記します。
当推理の重要なポイントは、赤柳初朗の正体が稲沢真澄かどうか【ではない】のです実は。
じっさい、「正体が稲沢真澄」は意外な結論ではない。
意外な結論でないものを、ここまでひっぱっているのはなぜか。
赤柳初朗の正体それ自体は、謎の核心ではないからだ。
じゃあ、赤柳初朗に関する謎の核心ってのは、何なんだ。それはこうです。
赤柳初朗の正体を、男装した女性探偵・稲沢真澄だと仮定する場合、
稲沢真澄探偵は、香具山紫子に強い影響を与えた人物であるので、
「男装して各地で働いている香具山紫子」の職業を「探偵」だと推定可能である。
ようは、赤柳初朗という謎めいた人物をポン、と登場させることは、
「ああ、Vシリーズの主要キャラだった香具山紫子さんは、探偵になるっていう夢を叶えたんだね。憧れを憧れだけで終わらせずに、ついに現実にしたんだね」
という「真相解明」として機能する(機能しうる)のです。
赤柳初朗という謎の人物に関するミステリーの「出口」は、私はここだと思っています。
【追記終わり】
*
この一連の話に、問題があるとすれば、「赤柳と保呂草は船で一緒になったことがある」という情報があること、くらいでしょうか。
この情報を重視する人々は、
「Vシリーズに『阿漕荘』というアパートがでてくるので、『漕』の字を船に例えたものであり、赤柳探偵の正体は阿漕荘関係者だ」
というふうに考えますし、また、『恋恋蓮歩の演習』という作品には豪華客船が登場するので、そちらに登場した人物ではないかという説をとる人もいます。
この「船」という条件がクリアされていないので、稲沢説は正しくないのではないか、と考える人もけっこういそうだ、と想定できます。
でも、単純にこう考えてしまえばいい。保呂草と稲沢は、海外で知り合ったのだという情報があるので、その海外で一緒に船にのったことがあるんだろう、と。
この「船」情報は、森先生が真相にたどりつきにくくするためにまいたデコイ情報、くらいに考えてしまってはどうでしょう。
たとえば、森作品の多くは那古野(名古屋にきわめて近似した都市)を舞台にしていて、赤柳初朗探偵も那古野を拠点にしています。
名古屋には青柳ういろうという有名なういろうの老舗があって、赤柳初朗という名前はほとんど明白に青柳ういろうのもじりです。
青と赤をまぜれば紫になるのですから、これは「紫子」を暗示しているもので、赤柳初朗の正体は香具山紫子だ……という推論は、ひじょうに端正で、りくつが整っていますよね。
でも、様々な情報により、香具山紫子は赤柳初朗ではないわけです。つまり、青柳ういろうをもじって紫子を暗示させるというギミックは、森先生がまいたデコイなわけです。
デコイ情報をまいておけば、全部の情報をつかって答えをとこうとする人を真相から遠ざけることができる……というのは、ミステリィの基本のひとつだと思います。
もちろん、わたしが「使うに足る」と思って採用した情報も、実はデコイかもしれません。ですがまあ、何が本筋で何がデコイかは判断しようがありませんから、
「わたしの頭で、総合的に考えると、答案はこう」
ということになり、それ以上のものではないって感じです(まあ当然そうなりますよね)。なので、他の真相を希望しているかたは、あんまりきつい当たり方をしてこないで下さい。そんな感じで、よろしく……。
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赤柳初朗の正体(刀之津診療所から)
筆者-初出●Townmemory -(本記事が初出)
おひさしぶりなうえ、唐突ですが。
森博嗣のミステリィ小説群に関する話。
(わたしは森博嗣先生のハードコア・ファンです)
森博嗣作品の多くは、舞台と登場人物を共有しています。あっちのシリーズにでてきた登場人物が、こっちのシリーズでも顔をだしたりして、ファンをよろこばせるしかけになっています。
『Gシリーズ』という一連のシリーズに、赤柳初朗という、ひげづらで初老の私立探偵がでてきます。この人がどうやら、以前のシリーズに登場した誰かが変装した姿らしいということになっていて、大勢のファンが、
「赤柳初朗の正体は、いったい誰なんだ」
ということを考えています。
いろんな人が、いろんな説をもっていて、だいたい、候補は数人くらいにしぼりこまれているものの、はっきりした定説はありません。もう十年くらい宙ぶらりんなのかな。
わたしは何年かまえに『刀之津診療所の怪』という短編をよみかえしたときに、「ああ、赤柳の正体、こうかな」と思いました。
同じ結論に達している人は大勢いるのですが(意外な人物ではないので)、同じルートをたどってその結論にたどりついた人が、ネットでみあたらないので、「これを書いておけば、読んでトクをする人がいるかな」と思い、いちおう書きつけておきます。
さて、以降、森博嗣作品のさまざまなネタを割りますので、各自対応してください。あと、森ミステリィを読んでることを前提にした文書です。細かい説明をはぶきますので御免下さい。
*
赤柳初朗のもっとも特徴的な部分は、「ひげはつけひげであり、実は女性である」という部分です。じっさい、『ジグβは神ですか』という作品で、変装をといて水野涼子という初老の女性として登場しますので、これはまちがいない。「男装した女性探偵である」というのが、赤柳初朗のミステリィに関する入り口。
そして、『刀之津診療所の怪』では、香具山紫子が「(見た目の上では)黒衣の男性」として登場し、「孤島である白刀島ではできない仕事」をしていることが語られます。
この情報だけでふつうに判断すると、赤柳は紫子さんだということになってしまいそうですが、それを否定する情報が、作中でどんどん、くりだされてきました。
まず、佐々木フランソワ睦子は赤柳が男装家であることを見破るのですが、赤柳がもし知人だったら、その正体も一発でみやぶるでしょう(だって、刀之津診療所の一件で、会ったばかりなのですしね)。
ですから、赤柳の正体は香具山紫子ではないし、小鳥遊練無でもありません。
赤柳初朗は、保呂草との会話で露呈するのですが、那古野で出会った犀川創平の正体が「へっくん」=「瀬在丸紅子の息子」であることに気づきません。その点でも、香具山紫子説、小鳥遊練無説が否定されます
かれらはへっくんや瀬在丸紅子とそうとう親しい間柄です。もしかれらが気づかなかったとしても、へっくんのほうが気づくはずです。
赤柳初朗(水野涼子)は、「瀬在丸紅子は自分のことなどおぼえていないだろう」という認識をもっていて、それを語っています(瀬在丸紅子は天才なので、覚えていましたが)
ということは、赤柳初朗は瀬在丸紅子に、はるか昔に、それこそ1回か2回ていど会ったことのある仲だということになります。そういう点でも、紫子さんやれんちゃんはちがうということになります。「森川素直の姉」は、ぎりぎり、成立しそうですけどね。
このへんの描写は、森先生が「赤柳は紫子さんやれんちゃんではないですよ」というガイドを与えてくれている部分だと思います。
*
さて、ここでわたしが提出する答案は、「赤柳初朗=稲沢真澄」です。
すくなくとも、「すでに登場している誰か」のなかでひとり選ぶなら、わたしの選択はこれです。
(赤柳=稲沢説は比較的メジャですので、結論だけ取り出せば、意外性がないということになります)
なんでかというと、さきほども述べましたが、『刀之津診療所の怪』で、香具山紫子が「男か女か、見た目ではわからない人物」(というか、目撃者全員が男性と認識した人物)として登場し、「島にいてはできない仕事をしているため練無と同居していない」からです。
稲沢真澄は『夢・出会い・魔性』で登場した、保呂草の知り合いの探偵で、男性のように印象づけられていたがじつは女性であるというキャラクターです。
(保呂草の知り合いという条件がクリアされますね。この事件で瀬在丸紅子と会い、その後は不明なので、「瀬在丸紅子にむかしちょっと会っただけ」も成立しそうです)
香具山紫子はもともとミステリィ小説のファンで、探偵になりたい、くらいのことを思っていました。そして、『夢・出会い・魔性』のラストで、紫子は「探偵という仕事に関して、稲沢にいろいろなことを尋ねまくっている」ということが語られるのです。
その香具山紫子であるが、意外にも、その後、何度か東京の稲沢真澄と電話で話をしているようだ。紫子はこの手の職種に対して、ある種の憧れを抱いているようだ。
(森博嗣『夢・出会い・魔性』)
ここからが、私が想像で埋める部分。
香具山紫子が探偵という仕事に興味をもったとき、同じアパートに住んでいる保呂草探偵ではなく稲沢に電話インタビューを敢行した理由は、稲沢が女性だからでしょう。
つまり、
「女性が、個人で私立探偵を営むというのは、どういう感じなのか」
をききたくて、保呂草ではなく稲沢に尋ねていることになる。
紫子に探偵という仕事について問われた稲沢は、こんなことを答えそうだ。
「女性が一人で、フリーランスの私立探偵をやるのは、きわめて危険なことだ。女性というだけで、あまくみて、暴力という手段に出る者がたくさんいるからだ」
「だから、探偵をやるなら、見た目をいつわって男性のふりをするのがいいのかもしれない」
香具山紫子はそれをきいて、「なるほど、それは、その通りだ」と考えた。
なので、紫子さんは、のちに探偵だか調査業になったとき……まあ、はっきりしないからそういう職業ではないかもしれないが、とにかく「女ひとりで各地をとびまわってなんやかややる職業」についたとき、
「自分が女性であることが、はっきり見えないようにしたほうがよい。少なくとも、性別不詳な人物に見えるような恰好をすべきだ」
という認識をもった。
だから、二十年くらいたったのち、刀之津診療所のある白刀島にあらわれた香具山紫子は、だれがみても一見男性にみえる謎の人物として人々の目にうつった。
さて、この話の流れでいえば、稲沢真澄という女性探偵が『夢・出会い・魔性』において、男性のようにみえるのは、
「探偵という危険な職業において、自分の身をまもるためだ」
という考えをもっているから、ということになります。
(おっと、『夢・出会い・魔性』における、稲沢の外見描写はあやふやなので、男性のようにはみえていないかもしれませんが、それはさておき)
そういう考えをもっていて、人に教え、その教えられた人もずっとその方法でやってきているのですから、稲沢本人も「自分のほんとうの性別を意図的に隠して」探偵を続けている、と考えるのが自然でしょう。
まとめると、
・香具山紫子は探偵という仕事がどんなものか、稲沢真澄に根掘り葉掘りきいた(事実)。
・香具山紫子は約二十年ののち、性別をいつわるような姿で登場する(事実)。
・稲沢真澄は、「女が探偵をするなら、男のふりをするのがよい」という助言を香具山紫子に与えた。香具山紫子はそれを実践している(推定)。
・稲沢真澄は、自分自身もそのアイデアを実践しているのではないか(推定)。
ということになります。
さて、ここに、正体不明の赤柳探偵がいます。この人はじつは女性なのに、男装をしています。この人の正体をしりたい。
ここに、「探偵か、それに類する仕事をしている、意図的に性別を隠した女性」がふたりいるわけです。稲沢真澄と香具山紫子ですね。
赤柳の正体が香具山紫子「ではない」ことは、さまざまな条件から確定しているので、消去法で、「赤柳初朗は稲沢真澄であろう」という結論がみちびかれました。
*
【追記】
ぼうっとした頭で書いてたので重要なことを書き落としました。追記します。
当推理の重要なポイントは、赤柳初朗の正体が稲沢真澄かどうか【ではない】のです実は。
じっさい、「正体が稲沢真澄」は意外な結論ではない。
意外な結論でないものを、ここまでひっぱっているのはなぜか。
赤柳初朗の正体それ自体は、謎の核心ではないからだ。
じゃあ、赤柳初朗に関する謎の核心ってのは、何なんだ。それはこうです。
赤柳初朗の正体を、男装した女性探偵・稲沢真澄だと仮定する場合、
稲沢真澄探偵は、香具山紫子に強い影響を与えた人物であるので、
「男装して各地で働いている香具山紫子」の職業を「探偵」だと推定可能である。
ようは、赤柳初朗という謎めいた人物をポン、と登場させることは、
「ああ、Vシリーズの主要キャラだった香具山紫子さんは、探偵になるっていう夢を叶えたんだね。憧れを憧れだけで終わらせずに、ついに現実にしたんだね」
という「真相解明」として機能する(機能しうる)のです。
赤柳初朗という謎の人物に関するミステリーの「出口」は、私はここだと思っています。
【追記終わり】
*
この一連の話に、問題があるとすれば、「赤柳と保呂草は船で一緒になったことがある」という情報があること、くらいでしょうか。
この情報を重視する人々は、
「Vシリーズに『阿漕荘』というアパートがでてくるので、『漕』の字を船に例えたものであり、赤柳探偵の正体は阿漕荘関係者だ」
というふうに考えますし、また、『恋恋蓮歩の演習』という作品には豪華客船が登場するので、そちらに登場した人物ではないかという説をとる人もいます。
この「船」という条件がクリアされていないので、稲沢説は正しくないのではないか、と考える人もけっこういそうだ、と想定できます。
でも、単純にこう考えてしまえばいい。保呂草と稲沢は、海外で知り合ったのだという情報があるので、その海外で一緒に船にのったことがあるんだろう、と。
この「船」情報は、森先生が真相にたどりつきにくくするためにまいたデコイ情報、くらいに考えてしまってはどうでしょう。
たとえば、森作品の多くは那古野(名古屋にきわめて近似した都市)を舞台にしていて、赤柳初朗探偵も那古野を拠点にしています。
名古屋には青柳ういろうという有名なういろうの老舗があって、赤柳初朗という名前はほとんど明白に青柳ういろうのもじりです。
青と赤をまぜれば紫になるのですから、これは「紫子」を暗示しているもので、赤柳初朗の正体は香具山紫子だ……という推論は、ひじょうに端正で、りくつが整っていますよね。
でも、様々な情報により、香具山紫子は赤柳初朗ではないわけです。つまり、青柳ういろうをもじって紫子を暗示させるというギミックは、森先生がまいたデコイなわけです。
デコイ情報をまいておけば、全部の情報をつかって答えをとこうとする人を真相から遠ざけることができる……というのは、ミステリィの基本のひとつだと思います。
もちろん、わたしが「使うに足る」と思って採用した情報も、実はデコイかもしれません。ですがまあ、何が本筋で何がデコイかは判断しようがありませんから、
「わたしの頭で、総合的に考えると、答案はこう」
ということになり、それ以上のものではないって感じです(まあ当然そうなりますよね)。なので、他の真相を希望しているかたは、あんまりきつい当たり方をしてこないで下さい。そんな感じで、よろしく……。
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