さいごのかぎ / Quest for grandmaster key

「TYPE-MOON」「うみねこのなく頃に」その他フィクションの読解です。
まずは記事冒頭の目次などからどうぞ。

Ep7をほどく(補遺)・Ep7は『Land of the golden witch』そのものでは?

2010年12月09日 09時41分24秒 | ep7
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Ep7をほどく(補遺)・Ep7は『Land of the golden witch』そのものでは?
 筆者-初出●Townmemory -(2010/12/07(Tue) 18:43:07)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=57480&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


     ☆


「Ep7をほどく」シリーズの補遺です。直接的な続編ですので、このシリーズをお読みでない方には理解できない可能性があります。そして以後、自分の説につごうのいいことだけをひたすらべらべら述べますので、覚悟して下さい。


 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
 Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)
 Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)
 Ep7をほどく(10)・すべてのベアトリーチェのために
 Ep7をほどく(11)・そしてアンチミステリーへ


「Ep7をほどく」について、ざっと、乱暴な要約をしますと、「Ep7が紗音犯人説に見えるのは実はヒッカケじゃない? Ep7というひとつの物語から、2つの真相が導き出せるように設計してあって、紗音説はその2つのうちのわかりやすいほうなんじゃない?」みたいなことを言いました。真実を見るには、片目ずつではなく両目で見なければいけないというEp6のアレです。ふたりの犯人像を両方読めて、はじめて正解なんじゃないか、「クローゼット」と「ベッド下」と、両方のカードを持ってないと駄目なんじゃないか。Ep5でいえば、夏妃説と戦人説と両方提示できないと合格じゃないんじゃないか。というようなことです。

 あ。そうやって要約してみると、Ep5~7の流れは、マスタリングとして流麗ですね。

 Ep5では、いったん夏妃犯人説が真実認定されたあと、「ちょっと待った!」といって戦人犯人説が出てくる。対立しあうふたつの犯人説は「どっちも真実としての資格がある」というスゴイ認定がなされる。
 Ep6では、それを一歩推し進めたような、嘉音が「クローゼットに隠れている」のか「ベッド下に隠れているのか」という問いがなされる。「クローゼット」だけ気付いて、「ベッド下」の可能性に気付いていない場合は不正解となる。もちろん、「ベッド下」だけ気付いても不正解。両方の可能性を同時に検討していなければ正解できないという展開がでてくる。
 そしてEp7では、「あなたは果たして、Ep7の物語から、紗音犯人説と、朱志香犯人説の2通りを抽出できますか?」という問いかけがなされているのだ……というようなことを、最後のはわたしが自分勝手に主張しているわけです。


 さて、ところで。『Land of the golden witch』の話をします。

 あの、本編しか読まれていない方には、『Land of the golden witch』何なのかわからないと思うので、ざっと説明します。「本来、Ep3として公開されるはずだった“Land of the golden witch”というシナリオが存在する」ということを、竜騎士07さんがいろんなところで言及しておられるのです。それは究極に極悪で、読者を完全にミスリードしてしまうので、やばすぎてお蔵入りにした、みたいなニュアンスのことを竜騎士さんはおっしゃるのです。

『Land of the golden witch』の正体については、Ep5当時にこのような推理をしていて、考えは今でもほとんど変わっていません。→ 『Land of the golden witch』の大ネタって何?


 内容が前の書込みと重複するのですが、竜騎士さんは『Land of the golden witch』をこう説明するのです。

KEIYA:今発表したとしても、これまでのシナリオのなかで最高の難易度になるのでしょうか?
竜騎士07:うーん。今の段階だと、ヘタすると思考停止どころか、真相だと思われかねません。『ひぐらし』で例えれば、『目明し編』のない『綿流し編』みたいな。「魅音が犯人なんだ」で終わってしまうくらい致命的です。
――それを危惧して一度『Land of the golden witch』を止めたのでしょうか?
竜騎士07:恐らく第3話で発表していたら、その段階にも至らない方が続出したと思います。

【うみねこEP4対談】謎解き部と物語部を両立させられたらいいなと思っています
 http://news.dengeki.com/elem/000/000/147/147660/
 http://news.dengeki.com/elem/000/000/147/147660/index-2.html

 ここでの「今」とは、ep4発表直後のこと。
 ここで言及されていることをまとめると、

・Ep4直後の段階で『Land of the golden witch』を公開した場合、真相でないものを真相だと思われてしまうだろう。
(「ひぐらし」の「綿流し編」だけを公開した場合、「魅音が犯人だ」とみんな思いこんでしまう。そのような状態が発生するだろう)
・Ep3で『Land of the golden witch』を発表していたら、「真相でないものを真相だと思う」段階にすら至らないだろう。
(「ひぐらし」で例えれば、「魅音が犯人だ」という間違った結論にすら到達できない人が続出するだろう)

 以上のような要約ができるように思うのです。

 つまり『Land of the golden witch』の正体は、
「真相でないものを、あたかも真相そのものであるかのように思いこませるギミック」
 である。
 より詳しくいえば、
「もっともらしいウソの真相を用意し、ユーザーがそこに行き着くように誘導する。ユーザーはその真相に満足するので、本当の真相は覆い隠される」

 というようにわたしは推理しました。
 このことはEp1~3の流れをみると、多少裏打ちできるように思います。『Land of the golden witch』は、本来Ep3として提示されるはずのものでした。

 Ep1では、事件が発生する。
 Ep2では、事件の真相にたどり着けなくする隠蔽工作がなされる。(幻想描写というノイズが入り出す)
 Ep3の『Land』では、「ニセの真相」が提示され、そこに向けて読者が誘導される。(本当の真相は隠蔽される)

 この流れを想定すると、「ホップ・ステップ・ジャンプ」という感じで、美しくミステリーが成立するのです。きっと、当初はこんな展開がプランニングされていたと、わたしは想像します。

 ところが。Ep2を公開した時点で、幻想描写に負けて、「こんなの推理できねーよ」というユーザーが続出してしまった。竜騎士さんがインタビューでそんなニュアンスのことを言っています。
 このまま『Land of the golden witch』をやっても、「ニセの真相」に気付いてもらえない。それではこのギミックはご破算だ。だから、Ep3で『Land of the golden witch』をやるというプランはお流れになった。だいたいわたしはそんな感じのことを考えています。


 さて。
 だいたいわたしが、これから何をいおうとしているのか、おわかりになったかと思いますが。


 わたしはこの「Ep7をほどく」シリーズで、
「Ep7からは2通りの真相が抽出できる。わかりやすい紗音犯人説の裏側に、もうひとつ別の犯人説(朱志香犯人説)が隠されている」
 ということを論述してきました。

 わかりやすい犯人説の裏側に、もうひとつの真相?

 つまり、ひとつの物語に対して2通りの真相があり、片方がわかりやすい場合、ユーザーはそれに飛びついて満足するので、もう一つは結果的に覆い隠される……。
 というカタチでEp7をみた場合、これはわたしの想定する『Land of the golden witch』とまったく同じ構造なのです。

 竜騎士さんはインタビューで、「『Land of the golden witch』をやってみようかな、という気になりはじめている」といった意味のことを言い出しておられます。(http://news.dengeki.com/elem/000/000/147/147660/

 ということで、この記事のタイトルのような結論がえられる。
「Ep7が『Land of the golden witch』だったのではないか」


 そのようにいったん仮定してみると、いくつかピースがはまる感じがあるのです。

『Land of the golden witch』には、ウェルギリアスという男性キャラクターが登場する予定だったそうです。それがお蔵入りになったので、名前だけ借りた「お助けキャラ・ワルギリア」に変更された。

竜騎士07 いえ、当初の「Land of the golden witch」では、全然違う位置づけのキャラだった。名前もワルギリアじゃなく、ウェルギリアスだったんです。
――どんな位置づけだったのでしょうか?
竜騎士07 「Land of the golden witch」を発表する可能性があるかもしれないから、詳しくは言えませんが……。確か、当初は今のワルギリアとは似ても似つかない風貌。男だったこともあって、設定が迷走していました。
『うみねこのなく頃に Episode3 真相解明読本』P103

『うみねこのなく頃に』が、ダンテの『神曲』から、いくつかイメージをひっぱってきていることは有名ですが(そしてわたしは『神曲』を読んだことがありませんが)、ウェルギリアスというのは、『神曲』にでてくるキャラクター、「プブリウス・ウェルギリウス・マロ」さんのことでしょうね(実在した詩人でもあります)。ダンテをベアトリーチェのもとに導く案内人です。

 Ep7には、クレル・ヴォーブ・ベルナルドゥスというキャラクターが出てきます。彼女は「犯人のアバター」、いわば仮面をかぶって正体を隠した犯人として、告白をします。
 このネーミングは明らかに、「クレルヴォーのベルナルドゥス」を下敷きにしています。この人も実在の聖職者ですが、『神曲』にでてくるキャラクターです。役回りはウェルギリウスとまったく同一で、「ダンテの案内人」です。『神曲』は、前半をウェルギリウスが案内し、後半をベルナルドゥスが案内するような感じになっているそうです(あの、伝聞情報なので、正確には違うかもしれませんが)。

 つまり、ザックリしたいいかたをすると、ウェルギリウスとベルナルドゥスはおんなじ役割のキャラなんだ。

 だから、こういう想定ができる。

「Ep3で登場するはずだったウェルギリアスは、Ep7のクレルとまったくおんなじ役回りで使われるはずだったにちがいない」
「ウェルギリアスは、Ep3で登場した場合、“私が犯人である”と言い出して、事件の告白をする予定であった」
「しかしその内容は、魅音にソックリな別の誰かが“犯人は私です”と言うような感じのものであった」
「そういうEp3が想定されていたが、諸般の事情でお蔵入りになった」
「その後“今ならもうコレをやっても大丈夫”という判断がなされた」
「そこで、ウェルギリアスをクレルというキャラに変更し、Ep7で、『Land』とほぼ同等のギミックが展開された」


 そんな感じに合わせてみると、だいたい綺麗。というお話でした。


 ちなみにこの推理は、偽書オリスクシリーズの英恵さんのエントリに影響を受けて書きました。→ http://kisaragi48.blog27.fc2.com/blog-entry-33.html
 たとえばウェルギリアスが告白する内容が「霧江犯人説」であったりする、というのは納得度が高いと思います。Ep3で霧江犯人説が提示された場合、Ep4からの縁寿の活躍とのつながりが良い、という議論は納得です。(これ自分で気づきたかったなあ!)



■目次1(犯人・ルール・世界設定)■
■目次2(碑文・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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Ep7をほどく(11)・そしてアンチミステリーへ

2010年09月28日 20時07分38秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(11)・そしてアンチミステリーへ
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/28(Tue) 20:04:45)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52924&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。


     ☆


 細かいところをちょっと合わせて、まとめを書いて、ひとまずおしまいです。


●ヤスシャノン世界で起こっていない殺人

 些細なことで、かつうまい検証もないのでサッと指摘だけ。

 クレルとウィルの、白黒切り分け合戦で、言及されない殺人がいくつかありますね。
 あれなんですが、
「ヤス・シャノン・ベアトリーチェが犯行を行なう世界では、その殺人は起こってない」
 という受け取り方はどうでしょう。発生してないんだから、言及されるはずもないっていう思い切ったとらえかたです。

 Ep1で、紗音は、べつに儀式に必要もないのにあえて夏妃と決闘する必要はない。爆弾でふっとばせばすむのですからね。
 だから、ヤス・シャノン・ベアトリーチェは、第9の晩に「夏妃を射殺していない」。

 逆に、「ジェシカ・ベアトリーチェにはあえて夏妃と決闘する理由がある」とわたしは考えているわけです。それは長くなりますから、 ■目次(全記事)■ から「●犯人特定」の欄の「サファイア・アキュゼイション」というシリーズを読んで下さい。


●貴賓室のフランス人形のミステリー

 朱志香が貴賓室に肝試しに行ったら、電気が消え、電話が鳴って真里亞が歌をうたい、フランス人形が消えます。
 電気消し係と電話鳴らし係と人形係の3人が必要だってことになってます。

「ヤス・シャノン・ベアトリーチェ世界」でそれをやったのは、源次・熊沢・紗音でいいんじゃないでしょうか。ヤス紗音が、源次・熊沢に命令を下し、「朱志香にベアトリーチェを信じさせる」目的でコトを起こしたっていう形です。とくにそれで困ることもないので、あまり深く考えないことにします。

「ジェシカベアト世界」ではどうでしょう。こっちはちょっと困ります。だってこの想定では、朱志香がベアトリーチェなんですからね。こっちの世界では紗音は当主様ではないので、源次への命令ができないのです。

 ひとつの考え方は、朱志香が「そういう事件があったんだよ」と言い張っただけ、というミもフタもない推理。

 けど、思い切ってこんな考え方もできる。

 朱志香にドッキリを仕掛けたのは、源次・熊沢・「金蔵」

 まさかの金蔵生存説。じつはこっちの世界では、この段階で金蔵はまだ死んでなかったという想定です。

 わたしは「金蔵生存説」は、「もう一回のどんでん返し」候補として、ちょっと本気で考慮してもいいと思ってるのです。


 さて。以上はじつは前置き。ここからが言いたいこと。

 貴賓室にフランス人形が置いてあるそうです。
 このフランス人形が、もし「球体関節」を持ってたら、ちょっとおもしろいことになるなあと思うのです。

(フランス人形が球体関節を持つことはありえないのかな? その場合は人形全般のことを朱志香がよく知らなかったことにしますね)

 フランス人形は、ベアトリーチェそのもののように扱われていたわけですね。

 フランス人形は、ベアトリーチェさまである。
 ベアトリーチェさまを粗末にあつかうと、罰があたって不幸になる。
 だから、ベアトリーチェさまのお人形に、お菓子をおそなえして、熱心に拝みなさい。
 そうすると、ベアトリーチェさまは平伏した者には優しいから、被害を与えないでくれるのである。

 さて、そんな貴賓室に、「黄金を見つけてベアトリーチェになった朱志香」が現われた、と考えて下さい。
 あ、べつに「黄金を見つけてベアトリーチェになったヤス」でも良いです。ようするにベアトリーチェの中の人、ほんもののベアトリーチェがそのフランス人形を見たと思って下さいな。

 このフランス人形は、ベアトリーチェさまだと考えられているらしい。
 いや、私がベアトリーチェだ。
 私がベアトリーチェなのだから、この人形はベアトリーチェではない。

 じゃあ、この人形は何だ?
「熱心に拝むと魔女の被害を受けなくなる」という機能を持つフランス人形が、ベアトリーチェでないとしたら、この人形の正体はいったい何になるんだ?

 そこで「世界が変更」されたんじゃないかと思うのです。

 昨日まで「拝めば慈悲心を起こしてくれるベアトリーチェさま」だった人形。
 それが今日からは、
「ベアトリーチェを撃退してくれる守り神」
 なのである、という整合がとられたんじゃないか。

 守り神は、ベアトリーチェを追っ払ってくれるので、魔女の被害を受けなくなる。

 祇園さんとして知られる牛頭天王という神様は、もとは「疫病をもたらす神様」だったそうです。だから人々は熱心にお参りして、「うちには疫病を運ばないで下さい」とお願いしていた。
 ところが、何かの拍子に、解釈が変わってしまった。
「祇園さんを拝んだら、病気にかからない」
 というところだけが伝わっていった結果、牛頭天王は、
「疫病を打ち払ってくれる荒ぶる神様」
 というふうに属性が変化してしまったそうです。聞いた話なんですが、そういうことがあるそうです。

 そんなふうに、お人形は、「魔女狩りの神」という属性で解釈されるようになる。ベアトリーチェの中の人は、そういう設定で整合をとる。

 たとえば……。
 十個の戒律を必殺技として持ち……
 魔女幻想を赤と青の剣で打ち破る……
 天界の裁判官。

 ドラノールは、Ep5では「大理石で出来た球体関節人形」のようだと描写されたり、Ep6ではヱリカに「お黙りなさい殺人球体関節人形」となじられたりしています。

 つまり、ドラノールや、その他の天界キャラクターは、すべて「ベアトリーチェの中の人」が創造した幻想キャラクターだったんじゃないかと思っているのです。

 ヤスは、もしくは朱志香は、ようするにベアトリーチェの中の人は、このドラノールという新キャラクターを得て、
「天界大法院ミステリー」
 というフィクションの推理シリーズを構想したんじゃないかな。

 彼女の中には、最初から、
「密室の魔女ベアトリーチェ」シリーズ
 という構想があって、ベアトリーチェが密室を作って人々を翻弄するミステリーシリーズを考えていた。
 それと同じ世界観を使って、立場を逆転させ、魔女を追いかけて捕まえるシリーズも展開できるじゃないかと気づいた。

 魔女シリーズは、魔女ベアトリーチェが鮮やかに犯罪を犯すシリーズ。
 天界シリーズは、裁判官ドラノールが魔女を逮捕するシリーズ。


 怪盗キッドの『まじっく快斗』と、江戸川コナンの『名探偵コナン』の関係みたいな。


●ウィルの中身

 ミスター・ヴァンダイン。ウィル君の中身は、じゃあいったい何なんだという話になりますね。
 これ、戦人でいいと思います。ベアトリーチェの中の人が、戦人を「モデルにして」、ウィラード・H・ライトというキャラクターを創造した。
 そして、ホワイダニットを重要視する“かっこいい”ヒーロー探偵として、「天界大法院シリーズ」の中に配置した。
 大好きだからヒーロー役にするわけです。

 ホワイダニットに異常にこだわる性格。髪の毛の赤メッシュ。すぐにお腹をこわすかんしゃく持ちの小さな生き物との生活。

「ベルンカステルのミステリーが気に入らないから、そいつをファンタジーにしてやる!」
 というのと、
「古戸ヱリカの推理が気に入らないから、そいつを不成立にしてやる!」
 というのは、まったくおんなじ構図です。

「共通点があるから、ウィルと戦人は同一人物なんじゃないか」みたいなことを想定するよりは、いったんフィクションの世界を設定して、
「戦人をモデルにしたキャラクターを幻視して、配置した」
 というほうが、通りがいい気がするのですね。


●「No Dine,No Knox,No Fair」

 ドラノールが「ベアトリーチェの創造物だ」というのには、ちょっとした傍証があります。

 Ep5で、「ベアトが許可した者しか入れない薔薇庭園」に、ドラノールがやって来て、ワルギリアや戦人とお茶会をするのです。
 ワルギリアと旧知の仲だという設定も明かされました。
 そして、「心を閉ざしたベアトがあえてドラノールをここに呼び寄せたのだ」「それは戦人とドラノールを会わせるためだ」ということが語られます。

 これは「ドラノールは私が作ったキャラだから、悪いことはしない」「私がドラノールに付与したものの考え方や情報は、戦人の役に立つはずだ」という取り方をすると、なんとも整合感があるのです。


 そこで。「No Dine,No Knox,No Fair」という、OPムービーの宣言文の話になるのです。あれにはベアトリーチェの署名が入っていた。

「私の作った世界観の中には、ノックスやヴァンダインというキャラクターも存在していて、彼らなりの論理や特殊能力を持っている。けれども、今回の事件には、ノックスやヴァンダインは登場しない。登場しない範囲のルールで事件を起こすものである。すなわち、十戒や二十則から逸脱するような条件もゲームに含まれることを宣言する

 という意味に読めるような気がする。

 ところがベアトリーチェがゲームマスターをやめたとたんに、ノックスが出てきて、ヴァンダインまで出てくる。

 これは、ベルンカステルかラムダデルタが後付けで連れてきた。
 ベアトの作った設定を隅々まで調べたベルンかラムダが、

「ベアトったら、こんなにおもしろいギミックも用意してあるんじゃない。どうして使わないの? え? 今回のトリックと矛盾するの? いいじゃない、面白いから出しちゃいましょうよ。戦人が混乱する顔が見たいわ」

 とかいって、無理矢理つっこんだ。わたしは「このゲームはノックスには準じていない」という説をずっと採っています。


●何度めかの「赤字」

 わたしは、Ep1~4の犯人を朱志香だと考えています。

 朱志香がEp1~4の犯人であるためには、いくつかの赤字を盛大にキャンセルしなければなりません。
 ですから、「右代宮朱志香は殺人を犯していない」という赤字をキャンセルして、右代宮朱志香が犯人であることにしています。
 わたしは、「赤字は真実でないことも言える」という説を提唱しています。

 人を騙すというのは、つきつめれば、
「真実でないことを真実だと思いこませる」
 ことなんだ。

「この条件下で、どう考えたら、正解にたどり着けるだろうか」という思考法を、わたしはとりません。
「この条件下で、もっとも効率的に、大量の人間を騙す方法は何か」
 という考え方です。

「ありもしないルールを、あると思いこませる」

 たったこれだけで、ほとんどの人間を真相から遠ざけることができる。
 このギミックに騙されなかった人のために、セカンドトリック、サードトリックを撒いていけばいいのです。そうして最終的には、ゼロにしぼりこむ。

 みんな「未知の薬物を出してはならない」とか「犯罪組織が犯人であってはならない」とかいった、ありもしないルールをあると思いこんでひぐらしを読んでいましたからね。これが効くのは保証付きです。
 そんなルールないんです。みんなが「そういうルールがあるものだ」と思いこんだだけです。「エスカレーターに立つときは右(左)側をあけなければならない」というのはちょっとそれに近いかも。「みんなたいていそうしている」という現象の観測が、「そうでなければならない」にすりかわったのです。夢枕貘さんの安倍晴明なら、「ミステリーのお約束という呪にかかっている」とでも言いそうなところ。

 かくいうわたしも、「そういうルールがあると思いこんで」ひぐらしを読んで、盛大に騙され、呪がとけました。中禅寺先生に憑き物を落として貰った気分だ。

 少なく見積もっても万単位のユーザーを、4年間にわたって、手掛りを出し続けながら騙し続けなければならないのです。しかも半年ごとに、平均3個の不可能殺人を提出しつづけるという難題。
 そんな無茶な条件が与えられたら、騙す側は全力でなければならない。もっとも高効率な手が選ばれねばならない。

「赤字を真実だと思いこませ、しかし真実ではない」
 わたしが出題者の立場だったら、これを思いついた瞬間、絶対に採用します。

 わたしがこの「合理性」を語ると、それはもう、みなさんモニターの前で嫌な顔をされる。

 赤字が本当でなかったら、基準がなくなり、どんな可能性もとれるようになってしまい、解明なんかできないではないか。

 解明はできるように出来ているはずだから、基準はあるはずであり、その基準となる赤字は本当であるはずだ。

 まあそういったことを百万回くらい言われております。(いや、百万回は大げさすぎですね。「千年の魔女」というのも言い過ぎだ)


 百万回くらいいろんな答え方をしましたが、新しい答え方を開発しましたので、披露します。

 このシリーズの最初の話題に戻ります。『うみねこ』はミステリーなのかファンタジーなのかアンチファンタジーなのかアンチミステリーなのか。


●残されたキーワード

 この物語は、魔女が現われて、密室殺人を「魔女のしわざだ」と言い張るところから始まりました。
 魔女犯人説という「ファンタジー」から始まった。

 それに対して戦人が、そんなわけはない、人間が物理法則の範囲で犯行したはずだと主張して、対立のゲームになりました。
 戦人は、人間の犯行で物理法則内であれば、どんなナンセンスな主張でもするというアプローチをとりました。これは作中で「アンチファンタジー」の態度だと説明されました。
 ファンタジー対アンチファンタジー。

 さらにそれに対して、ベルンカステル(古戸ヱリカ)がとったアプローチが「ミステリー」
 ミステリーにはさまざまなルールが所与のものとしてあるのであって、すべてはそのルール内で行なわれているはずだ、と、彼女は決め打ちします。
 これはファンタジーに対抗する立場なので、アンチファンタジーに近いですが、より狭く限定するアプローチです。アンチファンタジーが許容していたナンセンス主張も否定します。

 この、ベルンたちの「ミステリー」が、戦人は非常に気に入らなかった。戦人は彼女たちのミステリーを撃退したいと願望しました。
 そこで彼が取った方法は、
「魔術師になって、超自然の方法で手に入れた手掛りを使って、ミステリー説を否定する」
 というものだったのです。
 つまり、アンチファンタジーだった戦人は、ミステリーを撃退するために、自らファンタジーになったのです。
 ファンタジー対ミステリー。

 そして今回のEp7。
 ミステリープロパー、ベルンカステルが、再び謎を仕掛けます。すべてが「ミステリー」でした。
 それが気に入らないミステリー探偵のウィルは、ベルンカステルを撃退しようと試みました。
 ミステリー対ミステリー。


 最後にひとつ、キーワードがまだ使われていないのです。

 ミステリー探偵のウィラードには、ベルンカステルを倒せなかったのです。
「そんな手掛りはない以上、その結論をとることを禁ず!」
 といった、いかにもミステリー的な戦い方では、彼女には勝てないらしい。

 ベルンカステルのミステリーを撃退するもの。

 それはきっと、
「アンチミステリー」。


●そしてアンチミステリーの世界へ

 赤字が本当でなかったら、基準がなくなり、どんな可能性もとれるようになってしまい、解明なんかできないではないか。

 という疑念への答え。

 そうです。
 それで良い。

 それではミステリーにならない。

 なりません。
 それで良い。

 解けないじゃん。

 なぜいけない?


 つまり、ミステリー的な構えで物語が始まっていながら、
 ひとつの真相が最終的に解明されることなく、
 さまざまな考え方ができるという状態のままで放り出され、
 想像力にたよるほかなく、
 真実はただ、無限の可能性のなかに拡しつづけていく、

 たとえるならそう、『ドグラ・マグラ』みたいな作品になる。


 そういうのを、「アンチミステリー」というのです。


「赤字の真実性を疑う」
 というアプローチを取った瞬間、

 この物語は、急激に、「アンチミステリー」的な様相を呈してくるのです。


     *


 この物語が、ミステリーであってほしいなら、ヤスが犯人で良い。
 この物語が、ファンタジーであってほしいなら、魔女が犯人で良い。
 この物語が、アンチミステリーであってほしいなら、物語をミステリーたらしめているものを拒否しなければならない。
 この物語が、アンチファンタジーであってほしいなら、人間の誰かを犯人として提示しなければならない。

 だからわたしの推理は、「そういう前提」をとり、「そういう結論」になっていってるらしいのです。


     *


 小冊子をみると、竜騎士07さんは、アンチミステリーという言葉を、

「ミステリーがミステリーとして高潔であろうとした結果、自らの存在を否定するに至ったこと」

 というふうに説明しています。これが「竜騎士用語」としての「アンチミステリー」なのですね。
「ミステリーがミステリー自身を否定する……」


 赤字というのは幻想混じりの物語の中で、ミステリーを成立させるギミックなわけですね。
 それを作中で自ら否定していく。
 自己内のミステリー性を自ら瓦解させてしまうことになる。

 そういうのを何と呼ぶのか。


 赤字を疑ったら、ミステリーになりません。ミステリーの否定です。
 ミステリーが依って立っている「手掛り」それを全部、疑わしいものに変えてしまうのだからです。
 つまりそれは、ベルンカステルの足場をぜんぶ奪ってしまうことができるということ。

 赤字という、ミステリーが依って立つ根拠を奪う。
 ミステリーが自らのミステリー性を否定する、アンチミステリーなら、ベルンカステルの提示する「ミステリー的な真実」をまるごとリジェクトすることができそうなんです。
「これは全て真実」なんていう赤字も、リジェクトだ。だって赤字だから。
 赤字がないのなら、無限の可能性がある。
 誰だってベアトリーチェになりうる。誰だって殺人犯になりうる。
 霧江犯人説なんて、無限のなかのひとつにすぎないのだ。

 すべては猫箱の無限可能性のなかに。

 赤字が真実でなかったら。

 あらゆる可能性をその手に取ることができる。

 閉ざされて決して開かない猫箱のように。



 わたしはこのシリーズを通して、ベルンカステルがほのめかす真相とは異なる、「もうひとつの真相」を、なんとか提示できているんじゃないかと思うのです。
 この「別の真相」は、赤字を疑わない限り生まれてこないんです。

 ファンタジーと戦っていた戦人は、自ら「ファンタジー」になることによって、ミステリーを撃退したのでした。

 わたしたちのほとんどは、基本的にミステリー寄りの人間です。ミステリーではベルンを倒せない。
 牽強付会な言い方かもしれないのですが、
 赤字を疑い、自ら「アンチミステリー」になることによってのみ、ベルンカステルの真実を撃退できる――彼女の真実を「さいごから2番目の真実」に、「並列に存在する無限の真実のたったひとつ」に変えることができる。


 可能性が無限なら、真実をひとつに特定できません。
 けれども、たとえばわたしは、その条件でも犯人をひとりにしぼりこんでいます。

 アンチミステリー作品で、真相にたどり着けるかどうかは、出題者のさじ加減で決まるのではなく。
 読む人の想像力しだいで決まる。


「このゲームに、ハッピーエンドは与えない」

 ベルンカステルはそう宣言しました。
 真実が、ベルンカステルの持っているひとつしかないのなら、そうなるでしょう。

 真実が、無限の可能性の中に拡していくものならば。
「辛い話でも、悲しい話でもない」ものを、無限の中から好きなだけ取り出すことができるでしょう。

 ひとつの真実が欲しいのか。
 無限の真実の中から、好きなものを取る自由が欲しいのか。


 真実は、ひとつなのか。
 真実は、無限にあるのか。

 お好きなほうを取れば良いと思います。どっちも猫箱に入っています。
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Ep7をほどく(10)・すべてのベアトリーチェのために

2010年09月27日 17時50分24秒 | ep7
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Ep7をほどく(10)・すべてのベアトリーチェのために
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/27(Mon) 17:46:08)

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 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
 Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)
 Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)


     ☆


●「恋もできない身体」の人は誰?

 真っ赤な画面の中で、源次と南條にむかって、

「どうして私を助けたんですか! こんな大怪我で、恋もできない体で生きていたくない!」

 と絶叫した人がいました。誰?

 この人……。潜水艦でやってきたイタリアンベアトさん、ベアトリーチェ・カスティリオーニ嬢じゃないのかな……と思うのですが、どうでしょう。

 つまりこういうこと。

 金蔵はじつはとんでもない悪党だった。潜水艦から出てきた10トンの黄金に目がくらんだ。
 山本中尉をそそのかして、「イタリア人を殺して黄金を山分けしましょう」とそそのかした。
 人格者の山本中尉がそれに反対したので、金蔵は、イタリア人の部屋に独自に襲撃をしかけ、「日本軍が黄金めあてに我々を殺しに来た!」というフィクションをイタリア側に信じ込ませた。
 イタリア軍が反撃に出て、日本軍との戦闘が発生する。双方がほぼ全滅し、生き残った負傷者を金蔵が射殺していく。これで黄金はすべて金蔵ひとりのものだ。

 ところがもうひとり無事に生き残った人物がいた。それがベアトリーチェ・カスティリオーニだった。彼女は金蔵を激しくなじる。
 金蔵は例えばベアトリーチェ嬢の足を撃って動けなくする。顔などをさんざん殴って抵抗する気持ちを奪ったかもしれない。鼻がつぶれたり眼球が損傷したかも。そのあと金蔵はさらなる暴行を加える。

 そうしてから金蔵は、新島の南條医師のところにベアトリーチェを担ぎ込む。南條診療所で意識をとりもどした彼女の第一声は「どうして助けたんですか! あのまま死にたかった!」。

 その後、金蔵とベアトリーチェが別荘で暮らしたというのは、
「金蔵が体の不自由なベアトリーチェを監禁した」
 と見るわけです。
 ベアトリーチェは自殺しようと思ったが、そんな折り、自分が妊娠していることに気づいてしまう。お腹の子には罪はない。
 そこで、出産まで待って、その直後に自殺する。


 このろくでもない仮定をとると、あの「赤い画面の三場面」が、

・イタリア人の黄金を横取りしようとするひどい金蔵
・イタリアンベアトを暴行したひどい金蔵
・実の娘である九羽鳥庵ベアトを性的に搾取するひどい金蔵

 というように、「ひどい金蔵シリーズ」で揃うのです。


 あの真っ赤な画面で語られたことって、クレルのおなかをベルンカステルが引き裂いたら出てきたことでした。
 Ep7では、運命に翻弄されたものの、基本的には善良な金蔵像が語られました。

 クレルという猫箱の中には、

「金蔵が善人である」可能性と、
「金蔵が悪党である」可能性が、

 両方含まれていたっていうことです。生きた猫と死んだ猫。重なる2つの可能性。


 なのにベルンカステルは、「金蔵が善人である」ほうだけを、選んで語ってた。

 ベルンカステルはそんなふうに、いろんなことを、「選んで語ってる」んじゃないかな……。


 わたしはなんとなく直感で、ジェシカ世界の金蔵は大悪党で、ヤス世界の金蔵は善人なんじゃないかな、と思っているんですが、これはうまく説明がついたら、また別の機会に合わせてみることにします。


●霧江の大量殺人世界

 霧江がライフルを手に入れて、絵羽以外の全員を殺害してしまうシナリオが描かれ、ベルンカステルはご丁寧に、
「これは全て真実」
 という赤字をくださいました。

 いまここで展開している推理では、「パラレルワールド」を大々的に想定しています。ベルンカステルは「別の人間がベアトリーチェになっちゃうパラレルワールド」を見つけてきて、「その世界の真相」を、これが真相ですよという顔で披露している。そういう推理なのですからね。

 というわけで、「霧江殺人鬼世界」も、「広いカケラ世界には、そういうことになる可能性だってあるよ」という受け取り方で良いと思います。ベルンカステルはそういう世界を見つけてきて上映しているという解釈です。
 なにしろカケラの海には無限の可能性があるんだから、当然そういう可能性だってある。

 そのカケラ世界には、霧江が大量殺人するという真実はたしかにあるんですから、「これは全て真実」です。
 縁寿のカケラ世界で起こった「六軒島の真相」が、これである可能性は充分にあります。これであっても全然おかしくない。
 けれども、「そうでない可能性」もたっぷりあるのだから、愛をもってそちらを選べばよいのです。無限の可能性の中から、どれを手に取るかは、だいたい愛の有無によってきまる。ベルンカステルは縁寿に対してアイがないから、こういう悪趣味なことをする。

 ただ、全然悪趣味かというと、そうでもないふしがある。

「殺すまえに長々と喋るのは三流悪役よね」という合理的思考をもってる霧江が、絵羽のまえで長々としゃべるのは、これはあきらかに意図的だ。
 多くの人が同じ考えだと思うのですが、霧江の前に絵羽が現われた瞬間、霧江は留弗夫が殺されたことを察して、彼女は絵羽に射殺されようと思ったんだと思う。留弗夫がいなかったら生きててもしょうがない。

 ただひとつ、心残りといえば愛娘の縁寿だ。縁寿を須磨寺送りにはしたくない。
 となれば、右代宮家で唯一生き残ることになる絵羽に引き取ってもらうしかない。
 けれども、夫と愛息を殺した霧江の娘をひきとって育てようなんて、絵羽が思うはずがない。

 そこで、霧江は殺される前に、
「自分がどんなに縁寿を憎みきっているか」
 というエピソードを、迫真の演技で披露する。

 絵羽は家族愛のかたまりのような人です。「縁寿ちゃんもあの霧江の被害者だったんだ。なんてかわいそうな子だろう。私が愛をそそいで育ててあげなければ」というふうに思うだろう。
 そうなってくれれば、安心して留弗夫さんのところに行ける。


 愛する人が死んで、自分も死ぬ。最後に事実とは違う「幻想」を遺していく。つまり、ある意味では、霧江はベアトリーチェだともいえるのです。


●「我こそは我にして我等なり」

 という、クレルの詠唱。

 これは気にさわる。というか、気になります。
 Ep7を読みながら、いろんなことを考えてました。たとえば一例ですが、
「一人称にして三人称なり。キャラにして語り部なり。台詞にして地の文なり」
 くらいの意味じゃないかとかね。

 Ep7は、三人称だと思われていた地の文が、急に「私は」とか言い出して、それはクレルの語りになっていったりするんですね。
 だから、この作品において、キャラクター性のない地の文だと思われていた文章は、実は「クレル」という人物の一人称の語りだったのだ。
 ミステリーには、「一人称の語りではウソをついてもいいが、三人称の地の文ではウソをついてはいけない」という、誰が決めたのかもさだかでないことなのに、なんとなくルールのように振る舞って、そうでなければいけないようにみんな思いこんじゃっている規則らしきものがあります。わたしは個人的にくだらないと思っているんだけれども。

 でも、三人称にみえるだけで、ほんとは一人称だった、というギミックがあるんなら、地の文でウソついても「規則らしきもの」には抵触しないですねー、幻想描写を書いても良いですよねー、とかね。

 以上のことは、まあ、ひとつの考え方としてこれはこれでありだとして。


 平行世界の発想を扱っているうちに、また別のことを思いついたのです。

 我こそは我にして我等なり。

 私は、私という一人の人物であるけれども、同時に「私たち」という集団でもある。

 自分の推理に引きつけた言い方になるのですが、
 あるキャラの行動として描かれたものは、実は別のキャラのものかもしれない。

 我=クレルは、ひとりの人間であり、複数の人間である。
 なぜなら、「我」「我等」だから。つまり、他の人間のことを含んでいるからである。
 つまりクレルのこととして語られたことは、実際には複数の人間の物語である。
 私のことでありながら、別の人のことかもしれない。
 紗音のことでありながら、同時に朱志香のことかもしれない。
 紗音と朱志香を含み、それ以外の何人もの人間を含んだ集合が「我等」かもしれない。

 そういう含みをもたせた呪文が、「我こそは我にして我等なり」かもしれない。

 クレルという人物の「中身」は、結局のところ、明かされはしないのです。
 つまり、クレルという人物は、「猫箱」だ。
 開かない猫箱の中身は確定しません。
 クレルの中身は、紗音かもしれないし、朱志香かもしれないし、それ以外の誰かかもしれない。
 その、「紗音」「朱志香」「それ以外の誰か」「それ以外の誰か以外のまた誰か」「そのまたそれ以外の誰か」……。この集合のことが、「我等」なんじゃないか。


 唯一明言されているっぽいことがあります。
「クレルは犯人だ」ということです。

 だからこういう合わせ方をしたいのです。

「クレルは、あまたのカケラ世界で、“ベアトリーチェ”になってしまったすべての人々のアバターである」

 ヤス・シャノン世界において、ベアトリーチェになるのはヤス紗音です。だからクレルは紗音です。
 ジェシカ世界において、ベアトリーチェになるのは朱志香です。だからクレルは朱志香です。
 あるカケラ世界で大量殺人を犯すのは霧江です。だから霧江はベアトリーチェです。クレルは霧江です。
 明日夢の生んだ子が運命のいたずらで福音の家に送られ、右代宮邸に雇われ、自分の出生を知って右代宮をにくみ、大量殺人を犯すカケラ世界は存在しえます。だからその世界では明日夢の生んだ子がベアトリーチェです。そしてクレルはその子です。
 絵羽はもちろんベアトリーチェの資格があります。あの島であの日に殺人を犯すのですから。クレルは絵羽です。

 クレルは自分を「我等」だという。これらの人々を一言で表わすことばが「我等」。

 あぁ、我こそは我にして我等なり。
 なれど我等、運命に抗えたるためしはただの一度もなし。
(Episode7)


 クレルの中には、そんな「すべてのベアトリーチェたち」がいるんだと思う。


 そして、ウィルと刀で渡りあったクレルは、
「あまたのベアトリーチェのうちの、ヤス紗音の側面
 なんだろうと思うのです。

 我は我等にして我なり。
 クレルは、すべてのベアトリーチェであり、その中のヤスである。


 クレルはウィルの推理に対して、正解だとも不正解だとも言いません。ただ「お見事です」というのです。

 正解じゃないのです。なぜなら、シャノン世界以外では、それは真実じゃないのだから。
 不正解じゃないのです。なぜなら、シャノン世界ではそれは真実なのだから。

 でも、あまたのカケラ世界の中の、真実のひとつをみごとに切り裂いている。だから「お見事」なのです。



 ひとつ確かだと思えることがある。
 どのベアトリーチェも、一人残らず、「こんなことしたくなかった」と思ってるに違いないのです。

 ……恐らく、理解できるのは、自分だけ。
 自分の中にいる自分たちにだけでも、せめてわかってもらえれば、それでいい。
(Episode7)


 クレルは自分の物語を語ります。
 でも、それがベルンカステルに理解してもらえるとは、期待してなんかない。ひょっとしたら、ウィルに理解されることだって、全然期待してはいなかった。

 クレルはたぶん、ベルンやウィルに向けて語っていたんじゃない気がするんです。
 彼女は、自分の中にいるすべてのベアトリーチェに向けて語っていたんだと思う。

 こんな気持ちは誰にも理解できまい。
 理解できるとしたら、別の世界で同じ運命を強いられた人間だけだろう。
 ベアトリーチェを理解できるのはベアトリーチェだけ。
 だから、余人にはわからずとも、「我等」にはそれを、理解してほしい。

 運命に逆らえず、ベアトリーチェになってしまった者の気持ちは、運命に逆らえずベアトリーチェになってしまった者たちにしかわからない。私の気持ちを、私たちはわかってくれるだろうか。

 クレルの中で、無限のベアトリーチェが、彼女の物語に耳を傾けていた……。のであってほしいと、わたしは願います。


(次回最終回の予定)


■続き→ Ep7をほどく(11)・そしてアンチミステリーへ


■目次1(犯人・ルール・各Ep)■
■目次2(カケラ世界・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)

2010年09月26日 20時05分19秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/26(Sun) 20:01:42)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52812&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
 Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズのページめです。


●嘉音誕生

 つい今しがたまで、戦人への思いがあふれて苦しみつづけてきた紗音。その紗音が、戦人との恋を断念します。
 今まで彼女の心において、「戦人との恋」が占めていた部分が、ぽっかりと空きます。
 それを埋める存在が必要だ。
 弱った紗音を支える存在が必要だ。

 朱志香はここで、
「もう一人の理想の自分を作り出して、現実に対抗する」
 という彼女独自のサバイバル方法を、紗音に対して伝授したと考えることにします。

 自分の中に、もう一人の理想の自分を作り出す。
 理想の自分に、自分を支えてもらう。味方してもらう。助言してもらう。
 そうすれば、きっと紗音は、立って歩いていけるだろう。

 紗音は以下のようなキャラクターを「理想の自分」として創造したことにします。
 紗音は使用人としての性能はちょっと低いのです。忘れ物も多いし、お給仕も失敗ばかりしています。
 そんなんじゃないしっかりした使用人が、自分の理想だ。

 だめな自分とは正反対の存在
 うじうじしていなくて、ハッキリとものを言う
 スローな自分とはちがって、攻撃的で皮肉屋
 女の子はいやだな、男の子がいい。

 朱志香のレクチャーに従い、紗音は、そんな幻想キャラクターを自分の中に生み出し、彼に励まされ、守られながら、傷を癒していくことになります。
 彼の名前は嘉音です。


 朱志香は嘉音誕生に関与し、そのキャラクター性を熟知します。ときおり、半ば冗談で、紗音ではなくて紗音の中の嘉音に話しかけるような一場面があったかもしれない。


●黄金発見

 碑文が掲示されます。
 朱志香は金蔵の実の孫娘で、同居家族なのですから、金蔵の故郷が台湾であることを最初から知っていたと見なせます。

 この推理の世界では、紗音ではなく朱志香が碑文を解き、黄金の間にいたり、六軒島の秘密のすべてと黄金の指輪を手に入れます。

 Ep7の描写によれば、碑文解読を行なったのは白ベアトです。黄金の間にたどり着いたのも白ベアト。この推理では白ベアトはまんま朱志香と受け取る想定なのですから、このシーンで活動していたのは朱志香だと考えるわけです。
 その場合、源次や熊沢が、「あなたは九羽鳥庵ベアトの子です」みたいなことを言うのは、「実際はそうではないけれど、今にも死んじゃう金蔵のためにそういう口裏合わせ(幻想)をプレゼントした」くらいの受け取り方です。ウィルが「金蔵のために使用人たちがそういうことしそうだな」みたいなこと言って注目していました。

 そしてこのとき、金蔵本人もしくは源次の口から、「金蔵の半生の秘密」がすべて、朱志香に対して明かされたと仮定するのです。
 イタリアの黄金のことも。

 九羽鳥庵ベアトのことも。

 金蔵が九羽鳥庵ベアトに産ませた男子のことも。

 その男の子がめぐりめぐって、「右代宮戦人」として育ったことも。


 それが朱志香に対して明かされたのは、源次の遠回しな「釘差し」だったのかもしれません。

 朱志香から見て、戦人は「祖父の息子」にあたります。
 血筋を見ると、戦人は朱志香の叔父です。朱志香は彼の姪です。

 日本の常識では、いとこ同士の結婚は問題ありませんが、叔父・姪の結婚は禁忌とされます。
 法的にNGなのはもちろんですが、事実婚をなしたとしても、道義的な観点から忌まれるでしょう。

 つまり、朱志香の初恋は、彼女自身も知らないうちに、タブーに触れていたのです。


 朱志香は悩みに悩んだあげく、戦人への恋心を断念することにします。
 この推理での戦人は、金蔵の孫でありながら息子であるという、すでにしてそうとう血が煮詰まった人です。
 このうえ叔父姪婚なんてした日には、えらいことだ。
 クソジジイの真似をするわけにはいかない、という反発心もあったかもしれません。

 でも、だからって急に、「戦人を好きじゃなくなる」ことなんてできない。
 まだ好きなのです。
 できればずっと好きでいたいのです。

 そこで朱志香は、紗音のときと同じことをする。

 朱志香の中には、もう一人の自分がいます。魔女ベアトリーチェです。
 もう戦人と恋ができない朱志香は、自分の中の恋心を、ベアトリーチェに譲り渡すのです。
 もう一人の自分であるベアトリーチェに、戦人を愛し続けてもらう。
 すると、「自分は恋を断念しながら」「同時に自分は戦人に恋しつづける」ことができる。相反する望みを同時に持つことができる。

 このときの朱志香の願いが、Ep6で描かれた、わたしが通称「お母様のリグレット」と呼んでいるやつです。(正確にはリグレットではないですけどね)

 朱志香がベアトリーチェを生んだのですから、朱志香はベアトリーチェのお母様です。
 お母様は血筋的な理由で、戦人を愛し続けることができなくなってしまった。
 だからベアトリーチェに頼むのです。あなたが彼を愛し続けて下さい、と。

 ベアトリーチェは、朱志香の「もう一人の自分」でした。
 お母様は、
「あなたは今日より、私ではなくなります」
 と言うのです。

 だって、ベアトリーチェと朱志香が同一人物であったら、ベアトリーチェにもインセストタブーがひっかかってしまいます。
 だから、ベアトリーチェが恋を引き継ぐ今日からは、ベアトリーチェと朱志香は別人でなければならないのです。そういう設定が発生するのです。


 朱志香の胸から、恋の根がひきぬかれ、心にぽっかりと穴があきます。
 それをうめなければなりません。
 恋が失われた結果、穴があいたのだから、その穴は恋でうめなければならない。

 誰か、戦人以外の恋の相手が必要だ。

 朱志香の周囲で、その役割ができる年頃の男の子は一人しかいません。それは紗音の中にいる嘉音です。
 朱志香は、「自分は嘉音に恋している」という書き換えを行ない、心の隙間を埋めたことにします。

 紗音を支えるために作り出した嘉音に、朱志香もまた支えて貰うことになります。


 そして2年後。1986年。最悪のタイミングで、右代宮戦人が帰還します。


●1986留弗夫の家族の話

 朱志香にとっても、1986年というのは最悪のタイミングだった。去年か来年だったらこんな惨劇は起きなかったのに。
 という形を、できればつくりたいところです。そのほうが推理として綺麗だ。

 1986年とは、どんな年だろう。1986年に特有のイベントとは何だろう。

 1986年は、あと3ヶ月で金蔵が死ぬ年です。
 そして、蔵臼一家を除く3家族が、同時に大金を必要とする年です。

 ポイントは、まず金蔵がまだ生きていること。
(少なくともほとんどの人間が、金蔵はまだ生きていると認識していること)
 そして、金蔵がもうすぐ死ぬこと。来年の親族会議には金蔵は他界している見込みであること。

 さらに、留弗夫が、今すぐにでも大金を手に入れたいと思っていること。来年では全然間に合わない。

 だから、嵐の夜に、このイベントが発生するのです。

「3人でちょっと、家族の話をしようぜ。この話をしたら、俺は殺されるかもしれんな」

 この話とは、戦人の出生の秘密のこと。
 じつは戦人は、留弗夫の実子ではなく、金蔵と九羽鳥庵ベアトの子であること。
 この話を打ち明けたら、留弗夫は、戦人と霧江に殺されます。
 霧江は、「そんな欲得ずくの話で、18年前に自分との結婚を反故にして、明日夢と突然結婚したのかよ!」という怒りを爆発させますので、留弗夫をボコボコにします。刺すかもしれないな。
 戦人は「そんな馬鹿げた理由で、明日夢母さんと結婚したっていうのかよ! どこまで人の心をないがしろにしやがるんだテメェ」という怒りで留弗夫をボコボコにします。

 ボコボコに殺されますから、留弗夫だってこんな話を打ち明けたくはない。
 けれども彼はそうせざるを得ない。
 今すぐにでも金が必要だから。金を工面できなかったら、社員が路頭に迷ってしまう。親分として、たとえ自分が死んでもそれだけは避けなければならない。

 だから留弗夫は言うわけです。俺を殺してもいい。だがその前に頼む戦人。俺と一緒に金蔵オヤジのところに行って、実の親子の対面をしてくれ。

 この推理の戦人は、金蔵にとっては、愛してやまないベアトリーチェの忘れ形見です。失われたと思っていた、ベアトの魂をやどした転生体です。
 つまり、留弗夫のためには一銭も金を出す気がない金蔵は、戦人のためならいくらでも金を出しそうなのです。

 このイベントは、1986年にしか発生しません。なぜなら前年には留弗夫は金に困ってはいないのですし、翌年には金蔵は死んでいるからです。

 そしてもちろん、1986年に戦人が島に来ない場合も、このイベントは発生しません。


 朱志香は何としてでも、このイベントの発生を阻止したいのです。
 なぜなら、これが発生すると、
「戦人と朱志香が、叔父・姪の関係である」ことが、親族間に公示されてしまいます。
 つまり、そういう関係であることを、「戦人本人が」知ってしまいます。

 戦人がそれを知った場合。
「戦人と朱志香が恋をはぐくむ可能性」は、戦人の中で、論外になってしまうからです。


●去年や翌年だった場合は?

 この推理では、留弗夫が「崖落ち赤ちゃん」を引き取ったのは、それが金蔵の隠し子だからでした。この愛息を人質に、金蔵から譲歩や金を引き出そうと思ったのです。

「うちの戦人は、あんたが愛してやまなかったベアトの息子だよ」
 というカードは、金蔵に対しては無敵の効力を発揮しますが、その反面、
「生きている金蔵にしか効果がない」
 という弱点を抱えています。

 たとえば1987年、金蔵が死んだあと、「実は戦人は金蔵の隠し子だ」と打ち明けたとして、「だから遺産相続はウチには五分の二にしてくれ」と言い出したとする。
 一笑にふされます。

「だから何なの? 証拠はあるの? あったとしたとこで、法的にはあんたの実の息子でしょ? 公的な書類も全部そうなってる。つまり法的にいって、戦人くんには金蔵遺産を直接的に相続する資格はないのよ」

 これで終了です。

 留弗夫にとって、1986年は、「戦人カード」を切る最後のチャンスなのです。
 だから、留弗夫が手札に「戦人」を持っていた場合、必ず切ってくる。

 じゃあ、留弗夫と戦人が仲直りするのが仮に一年遅れて、もし戦人の来島が1987年になっていたら?
 これはおそらく、留弗夫は一生このカードを切らない。

 印象論なんですが、どうもね、欲得ずくで子供を引き取ってみたけれども、育てていくうちに、留弗夫は戦人を相当気に入ってしまったぽい。
 彼は自分の息子がえらい好きなのです。
「こいつはやっぱり、なんだかんだいって、俺の大事な息子だ。血がどうとか関係ありゃしねぇや」
 と思ってる気配が、言動のふしぶしから、感じられるのです。

 1987年。もし留弗夫が、金の工面をうまくしのいだら。金蔵が往生してしまったら。
 留弗夫は、戦人の出生のことは、自分ひとりの腹の中におさめて、墓の中まで持っていく、そんな感じがする。

 それは朱志香には願ってもないことです。彼女は戦人に、実は姪っ子であることを知られたくないのだから。


 逆に、戦人の帰還が1985年であったなら。
「戦人の出生の秘密」が暴露されるまで、1年の猶予があります。

 1年前なら、朱志香は戦人に告白して、それがOKされるかはともかくとして、イチから恋をスタートさせることができます。
 夏妃だって、戦人とどっかに遊びに行くというのなら、きっとそんなにとやかくは言いませんよ。
 どうも夏妃は、戦人のことを、筋の通った、腹のすわった、みどころのある青年としてちょっと気に入ってるっぽいのです。Ep1の中庭での一幕とか。戦人が家出したくだりで、「戦人くんは全面的に正しいです! 彼の怒りは正当だ」という論陣を張ったりですね。

 それで朱志香と戦人が、お互いに熱心に愛し合う関係になったとする。そうなってから、「戦人の出生の秘密」が明らかになるのなら。
 熱血な戦人は、
「血縁的にどうかなんてハナシはくそくらえだ! ジジイのせいで俺たちが恋をあきらめなきゃならないなんて、そんな馬鹿な話があるかよ! 俺は意地でも朱志香と添い遂げてやるぜ! 子供は作れねえかもしれねえが、それ以外は好きにさせてもらうぜ!」
 意固地になってそんなタンカは切ってくれそうだ。

 ところが、恋愛関係が発生するより前に「実は叔父姪の関係だ」ということが認識された場合。
「あ、そうなんだ。じゃあ朱志香と恋愛するっていうセンはナシだな。ちょっと残念な気もするけど、ま、今まで通りだしさ」
 というように、彼の中で「朱志香と恋愛する可能性・ルート」が、完全に死にます。

 1985年でも1987年でも、何らかの対処は可能だった。ただ1986年だけが、いかんともしがたい。この年に戦人が帰ってくる場合に限り、「朱志香と戦人が恋愛関係になれる可能性」が完全にシャットアウトされかねないのです。


 なので、朱志香は、ヤス・シャノン・ベアトリーチェがそうしたように、「魔女のルーレット」を回転させます。つまり、連続殺人を開始します。


●ジェシカ・ベアトリーチェのルーレット

「ジェシカのルーレット」にも、いくつもの出目があります。どの目がでても、彼女は満足します。

 最低限必要な条件は、「留弗夫の殺害」です。「戦人の出生の秘密」を暴露する可能性があるのは留弗夫だけだからです。
 朱志香は留弗夫をなんとしてでも殺します。

 それも、ただ殺しただけでは駄目で、殺したのが自分であることを、誰にもばれないようにしなければならない。
 留弗夫を殺したのは朱志香だ、ということを戦人が知ったら、破滅だからです。もちろん、犯罪者として裁かれてしまっても破滅です。完全犯罪をなさねばならない。

 そこで彼女は、最近読んだ『ひぐらしのなく頃に』という小説を思い出す。
「完全犯罪とは、犯罪の存在を露見させないことだ」
 と、良いことが書いてある。

 関係者を全員殺せばいい。その死体を全部消し去ればいい。殺害現場と証拠を全部消し去ればいい。
 そうすれば「殺人なんてなかった」ことになる。完全犯罪。
 あつらえむきに……900トンの爆弾を持っている。

 ただ殺すだけではない。いかにも古典ミステリー的な、「クローズドサークルの連続殺人事件」を演出する。
 それは戦人に対する、「あなたとミステリーを読みあった誰かさんが起こしている事件ですよ」「あなたにそれを思い出してほしいと思っているのですよ」というサイン。
 もしそれを戦人が思い出してくれたら。
 しかもありえない奇跡が起こって、紗音ではなく「朱志香、おまえだな?」と見破ってくれたとしたら。
 彼はこの馬鹿げた計画を止めてくれるだろう。それは望むところ。
 だってそれは彼が幼い頃の恋を思い出してくれたということだから。「失われた愛を蘇らせた」ということだから。

 この連続殺人事件を、「魔女ベアトリーチェのしわざ」とほのめかす。
 だって、いま戦人に恋しているのは、朱志香から切り離されたベアトリーチェということになっているのだから。
 この連続殺人を通じて、たとえば、魔女ベアトリーチェを戦人が信じるようになる。認識するようになる。強い感情を抱くようになる。

「存在を認める」ということは、じつはそれ自体が愛です。魔女に対して愛がない戦人は、ベアトリーチェに向かって「おまえなんか認めない」と言いつづけていたのですからね。
 愛をもって見ないかぎり、ベアトリーチェは見えません。だってベアトリーチェは存在しないのだから。愛がなければサンタが見えないのと同じ。存在しないものを見るためには愛が必要なのです。
「目の前がバラ色だ」という現象を見るためには愛で盲目になってなきゃいけないのと同じ。
 ベアトリーチェを見る、認識するというのは、それ自体が「愛」の現象なのです。

「できるなら、彼に恋されなさい」と朱志香はつぶやいている。彼女は、戦人が魔女ベアトリーチェを愛してくれるようになってほしいと願っています。


 そして、ほとんどの場合で、朱志香は900トン爆弾を起爆して、自分と戦人もろとも、島の全部を消滅させます。
 これも彼女の望むところ。
 紗音説のときに展開した「ヤス・シャノン・ベアトリーチェの猫箱黄金郷」の項目と、まったく同じ理屈。

 六軒島を吹き飛ばし、すべての死体とすべての証拠を消滅させたら、そこはシュレディンガーの猫箱になります。
 すべての関係者が、箱の中身を観測しなくなり、外からももちろん、2日間の中身を観測できません。
 すなわち、六軒島はすべての可能性を同時に内包した空間になる。

 そのすべての可能性の中には、「朱志香と嘉音がむすばれた可能性」と「戦人とベアトリーチェがむすばれた可能性」が、両方同時に入っていて、彼女はそのふたつを同時に手に入れることができます。Ep6ラストのように。
 黄金郷ではすべての願いがかなう。

 朱志香は、ベアトリーチェは、黄金郷で願いを叶えたいのです。
 たとえば、大好きな戦人と、たっぷり語り合いたい。
 朱志香はまだ、戦人とミステリー談義をしたことがないのです。
 大好きなミステリーについて、ああでもない、こうでもないと議論を戦わせたい……。
 それはさぞかし楽しいだろう。


 ああ、それは、メタ世界で戦人とベアトがやってたことですね。
 つまり、あのメタ世界は戦人とベアトの黄金郷。900トンがすべてを吹き飛ばし、無限の可能性ができたから、その可能性の中から取りだした理想の世界。

 どうせ現実で叶わない恋ならば。
 ジェシカ・ベアトリーチェはせめてこんな黄金郷に行ってみたかったのでしょう。そんなことをわたしは想像しているわけです。


■続き→ Ep7をほどく(10)・すべてのベアトリーチェのために
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Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)

2010年09月25日 19時41分54秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/25(Sat) 19:38:57)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52748&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズのページめです。


●熊沢由来のミステリー傾倒

 朱志香は、熊沢の影響をうけて、ミステリー読みになっていきます。

 そう。この推理では、紗音だけでなく、朱志香も熊沢の影響でミステリーを読み始めるのです。
 なぜなら、朱志香ベアトリーチェは、熊沢ワルギリアの弟子だから。

 小学生の朱志香は、熊沢に、
「あの壺を猫が割ったことにしたみたいな、あんな魔法の手管をもっと教えてほしい」
 とねだりそうです。
 熊沢は、
「ほっほっほ、それではこんな本をお読みなさい。おもしろい仕掛けがいっぱい書いてあるのですよ」
 といって、読みやすいものから、朱志香にミステリーを貸し出していく。

 ここからの読書蓄積が、いずれ彼女を、「密室の守護者、魔女ベアトリーチェ」にしていくわけです。


●ふたつの「白馬に乗って」発言

 さてさて、そんなわけで、六軒島には幼い2人のミステリー読みがいます。
 いっぽう、島の外には、右代宮戦人というミステリー読みがいます。

 紗音と戦人は、お互いが共通の趣味を持っていることを知って、意気投合します。
 そして戦人は、
「使用人をやめるなら、俺のところに来いよ。一年後に白馬に乗って迎えに来てやるぜ」
 と、いいかげんなことを言い、紗音はそれを、愛の告白、将来の約束だと受け取り、その後何年も引きずり続けることになります。

 このあたりは、Ep7の描写どおりのことが起こったと考えることにします。
 ここではまだ、朱志香はカヤのそとです。


 ところで。この推理では、
「ヤスがベアトになる世界の戦人と、ジェシカがベアトになる世界の戦人は別人」
 という前提を取っています。
 ヤス世界の戦人は、明日夢から産まれた子供。ジェシカ世界の戦人は、九羽鳥庵ベアトから産まれた子供。同じ「戦人」という名前が付けられているものの、実体は別人である、という説をとっています。

 あれ、ということは。
 ふたつの世界に戦人が2人いて、これらは別人であるにもかかわらず、ヤス世界ではヤスに対して「白馬に乗って迎えに来る」と言い、ジェシカ世界では紗音(紗代)に対して「白馬に乗って迎えに来る」と言ったことになりますね。
 名前が同じだけの別人がなぜか同じことを言ったことになる。変ですね。

 でも変じゃないのです。

 Ep3で、屋敷のホールで霧江がピンチになったとき、彼女はこんなことを言うのです。

「大丈夫よ。ウチの人、こういうのとても得意なの。すぐに白馬で迎えに来てくれるわ。」
(Episode3)


 白馬?
 これはこういうことです。
 つまり、霧江は留弗夫から、「おまえがピンチのときには、いつだって俺が白馬に乗って迎えに来てやるぜ」と言われたことがあるのです、たぶん。
 そうでなければ、霧江みたいな大人の女から、白馬なんていうアホな表現は出てこないと思われます。

「白馬に乗って」という表現は、留弗夫由来なんだ。
 ようするに、「白馬に乗って迎えに来てやる」は、留弗夫お得意の口説き文句なんですね。たぶん明日夢も言われたことあるんじゃないかな。狙った女には、必ず言うことにしてるのかもしれない。

 だから、留弗夫はある日、息子をつかまえてこう言うんです。

「おい、いいか戦人。女を口説くときにはこう言うんだ。
『白馬に乗って迎えにきてやるぜ』ってな。
 効果は保証済みさ。これさえ言えば、どんな女もイチコロだぜ。覚えときな」


 この「口説き文句レクチャーイベント」が、どっちの戦人に対してだろうとも発生する。と考える。

 どっちの戦人も、これを聞いたら、
「よし、使ってみよう」
 と思う。
 遺伝子がどうだろうと、留弗夫に育てられたらアホのお調子者になるに決まってるのです。
 それでさっそく、六軒島のちょっと気になる女の子に使ってしまう。

 そんなわけで「崖から落ちた男の赤ちゃん」である戦人は、ヤス世界の戦人とまったく同じように、紗音ちゃんに向かって、
「白馬に乗って迎えにきてやるぜ」
 と、なんとまあ、罪作りなことを口走ってしまうのでした。


●後追いで意識しはじめること

 戦人さんのことが好きなんです。それで、将来の約束をしたんです。
 と、そんなことを、紗音は朱志香に打ち明け話をするわけです。

 この頃には、朱志香と紗音は本当の友達同士になっている、といった想定をします。
 もっと子供だったころには、お母さんが恐いし、奥さまが恐い。けれども紗音は何年も勤めてお屋敷に慣れたし、朱志香も大きくなって反抗期が始まる。
 夏妃はあいかわらず、「朱志香と使用人は仲良くしてはいけない」と言っているけれども、まぁ、それはそれとして、目を盗んで仲良くなっちゃったらいいじゃん。
 そういうことがだんだんできるようになってきた、という想定を取るわけです。

 白ベアトリーチェと紗音がお茶会を催しているシーンが、このあたりから描かれ出します。この推理では、ベアトリーチェは朱志香なのですから、これを、

「朱志香と紗音が夜中に秘密のお茶会を催して、ガールズトークに興じている」

 という表現だと考えるわけです。


 朱志香はこの話を聞いて興味津々で、
「がんがん行っちゃえ紗音、恋につっぱしれ!」
 と、やんやの囃し立てをします。

 これ以後、下位世界に登場する白ベアトは、すべて朱志香だと考えることにします。

 白ベアトは、「自分は恋を知らない、紗音を通じて恋を知りたい」と願望していました。
 朱志香もおそらく、恋を知らないのです。なぜなら、その機会がほとんど存在しないから。

 自分より先に初恋をした紗音を、じっと見ていたい。
 恋ってどんなものなのか、それを自分が知るための物差しにしたい。
 だから、応援したい。

 朱志香はひたすら、無責任に、もっといけ、ドンドンいけ、と太鼓を叩いて紗音を応援し続けます。
 海の向こうから、「戦人は父親と仲違いして、右代宮の苗字を捨てたので、もう島には来ないらしい」といううわさ話が聞こえてくる。

 紗音はそれを「自分を試しているんだ」とか「自分を迎えに来るために、彼は一人前になろうとしているんだ」とか、うまい理由をつけて待ち続けようとします。
 朱志香はそのつど、「そうだよそうに違いない」と後押しして、結果的に紗音を追い詰めていきます。


 そういうことをしている間、朱志香の心の中には、何があっただろう。
 恋を知りたい朱志香の心の中には。
 それをわたしは、すっごい自分勝手に、こう想像するわけです。

 隔絶された島に住まわされ、箱入り娘のように育てられている。朱志香はそういう境遇なのですが、じつのところ、紗音もほとんど同じ境遇なのです。
 ほとんど同じにもかかわらず、紗音は恋を見つけ、自分はまだそうではない。
 紗音が見つけた恋の相手は、戦人だ。
 私がずっと小っちゃいころから、よく知っている、あの戦人
 え?
 ああ。そうか。そうなんだ。
 戦人を好きになる、戦人と恋をするっていう選択肢が、あったんだ。
 そんなの気付きもしなかった。
 うーん、そうか。戦人と恋をしても、べつに良かったんだな。
 え? あれ。
 うーむ。
 もし私が、紗音の立場だったら、たとえばどうなってただろ。ちょっと想像してみよう。
 戦人は気持ちいいヤツだしな。面白いし。
 ……。…………。
 あれ。あれ。ちょっとまって、しまったな……。
 なんかそうやって、意識してみたら、意識してきちゃったじゃん。
 やばい、意識してきちゃった。
 そっか、うん、戦人を好きになっても良かったんだ。
 先に気づけば良かった……。
 うわー……。


 そういうのってあると思いませんか? 誰か他人に先を越されてから、「しまった! その子のこと好きになって告るっていう選択肢があったじゃん!」と、後出しで気づくようなこと。
 誰か他人が「その人のことを好きだ」と言い出すことによって、「その人の価値」が裏打ちされるような、そういう感じ。

 でも、先に好きになったのも、約束をしたのも紗音だから。今さら「実は私も」なんて言い出せはしない。私は紗音を応援するんだ。うまくいくといいな。

 そんな状態が何年か続いて。
 戦人の手紙の事件があり、「戦人は紗音との約束なんてまったく忘れている」ことが明らかになり、紗音の心はついに限界を迎えます。


●恋の芽の転移・「ミステリー少女」のスワップ

 紗音の中に、「戦人さんをいつまでも好きでいつづけたい」という気持ちと、「これ以上戦人さんを待とうとしたら、あまりにも辛すぎて、心が壊れてしまう、耐えられない」という気持ちが芽生えます。

 朱志香は、彼女にこんな提案をします。
 白ベアトが提案したのとまったく同じことです。

 このまま戦人を愛し続けたら、あなたの心は壊れてしまう。そこで、その恋心を自分が引き受けよう。
 紗音は、この恋心という重荷を下ろして楽になり、新たな人生を歩むことができる。
 自分は、紗音の代わりに戦人のことを愛し続け、この島で彼を待ち続けることにしよう。
 もしいつか戦人が帰ってきて、そのとき紗音が望むなら、この恋心は紗音に返そう。

 それを、幻想の白ベアトではなくて、「朱志香」が言ったと考えるのです。

 ポイントとなるのは、
 戦人を恋いこがれているのが、紗音であっても、朱志香であっても。
「ミステリー読みの女の子が、孤島でさびしい思いをしながら、彼の迎えを待っている」
 という現象じたいは、まったく動かない、変わらない、変更がないことです。

 だからこそ効く、入れ替え。

 ただ、実際に朱志香が言ったのは、
「戦人を、忘れよ。……恋の芽など、元よりなかったのだ。」
 くらいのことで、「代わりに自分が戦人を好きになるから」というところは伏せていたかもしれませんね。

 朱志香には恋する機会がありませんでした。夏妃の目が光り、生活は管理され、家の仕事をする使用人からすら遠ざけられていたくらいですからね。
 だから、朱志香は恋をしてみたかったのです。
 その気持ちを味わってみたかった。

 だから、紗音が自分の前で見せてきた、吐露してきたこと。
 焦り、苦痛、疑い、悲しみ、せつない思い。それでも相手を求めてしまう気持ち。
 それらを、
「自分が味わってきたこと、これからも味わいつづけること」
 だと、思いこむことにした。

 紗音が断念してしまった恋心を引き継ぎ、これからは朱志香が戦人を愛し続けることにした。

 自分を書き換えることにしたのです。

 朱志香は、ひさしぶりに「世界を変更」します。

 この島にはミステリー読みの少女が2人いるんだ。うち片方が、戦人と恋をし、将来の約束をする。
 過去にさかのぼって、設定を変えます。
「紗音と戦人が、約束をした」
 という現実を変更します。

「戦人とミステリーを語り合い、将来の約束をしたのは、この自分、朱志香だった」

 という設定を上書きしてしまうのです。
「シーユーアゲイン、白馬に乗って……」というキザなセリフを言われたのは、紗音ではなくて、朱志香だった。

 そのように思いこむわけです。
 これによって、紗音の胸から恋の芽が抜けます。
 そしてその恋の芽は、朱志香の胸に根を張り出すのです。


●戦人は決して約束を思い出さない

 この「書き換え」には、ひとつだいじなポイントがあります。

 戦人の「白馬に乗って迎えに来る」発言の初出は、Ep3の紗音のセリフでした。

「そうですね。……確か、お帰りの際はこう仰っていました。
“また来るぜ、シーユーアゲイン。きっと白馬に跨って迎えに来るぜ。”」
(Episode3)


 ブログのコメント欄で、「うみねこ好きな人」さんに指摘されて、「おお、これは!」と思ったことなのですが、
 このセリフのとき、紗音は、「戦人さまは“私に対して”こう仰いました」とは一言も言っていないのです。

 だから、「朱志香に対して」戦人が言ったのを、紗音がたまたま聞いていただけかもしれない。
 少なくとも、その言い分は、通ります。

 つまり、Ep6でヱリカを悩ませた「差し替えロジックのトリック」が効きます。本当は紗音に対して言ったのですが、それを「朱志香に言ったのだということにしてしまう」ことは可能なのです。



 ここで唐突に、Ep4ラストのお話になります。
 ふたりの性悪魔女が、

「ベアトは絶対に勝利できない。奇跡は絶対に起こらない」

 と、断言するのでした。

 かりに、ベアトの勝利条件を、
「戦人が子供のころの約束を思い出すこと」
 だとして考えてみましょう。

「戦人が約束を思い出す」というのは、「絶対に起こらない、起こったらマジ奇跡」というほどのことでしょうか?
 なんかこう、ぽろっと、
「あ、ゴメ、忘れてた」
 くらい軽い感じで、思い出すパターンって容易に想像できるんですね。なんとなく。

 しかし。ベアトの中身を「朱志香」だと考えた場合。

 もし戦人がぽろりと、「あ、思い出したわ」と言ったとしても。それは紗音との約束であって、朱志香との約束じゃないのです。
 だって、「戦人と朱志香が将来の約束をした」なんてことは、朱志香個人の幻想の中だけのことなのですからね。

 だから、戦人が「朱志香との」約束を思い出すなんてことは、「絶対に起こらない」。

 でも、その「絶対に起こらない」ことがもし起こったとしたら……。
 それを願ってルーレットをまわし、盤面上に存在しない出目がもし出たとしたら……。

 それは、たぶん「奇跡」といってよいことですよね。


(続く)


■続き→ Ep7をほどく(9)・ジェシカベアト説(下)


■目次1(犯人・ルール・各Ep)■
■目次2(カケラ世界・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)

2010年09月24日 20時45分01秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/24(Fri) 20:40:54)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52651&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの7ページめです。

※注意! このページから読み始めても、まったく意味をなしません。「Ep7をほどく(1)」から順番にお読み下さい。


●「使用人が犯人であることを禁ず」

 という赤字が冒頭にあります。別の事件(と推定されるもの)で冤罪が発生しそうなのを、ウィラード・H・ライトが阻止するのに使いました。

 この赤字、紗音犯人説とまっこうからコンフリクトをおこします。
 紗音は明確に、使用人です。

 だから赤字が正しいのなら、紗音は犯人ではない……という考え方がまずひとつある。紗音を犯人にしたくないなあ……と考えている層は、たぶんここを重要な論拠にしているでしょう。


 一方で。
 この赤字を成り立たせたまま、紗音を犯人にする方法だって、そう難しくない。

 確かに紗音は使用人だけれども、同時に右代宮家当主でもある。つまり最大級の重要人物である。ヴァンダイン第11則は「とるにたらない人間を犯人にするな」という意味なのだから、紗音が犯人であってもかまわない。

 紗音説をとる場合、おおむねこのような論理が採用されているはずです。


 ひとつだけはっきり言えるのは、ここにこんな赤字が置かれているのは、明らかに意図的だということです。全力で紗音説をほのめかしているEp7冒頭に、「使用人は犯人じゃない」という赤を置く。これは完全に作者が何らかの意図を持って置いたものだということ。

 さて。

「紗音は使用人である」から、犯人であってはいけない
 か、
「紗音はただの使用人ではない」から、犯人であってもいい
 か、
 どちらかだ。

 これを例によって、「どちらか一方に決めたりしない」という態度を取ることにします。
 猫箱理論。生きた猫と死んだ猫。
 箱の中には「犯人ではない」と「犯人である」が、両方入っていることにするのです。

 2つのカケラ世界があって、「紗音が犯人である」と「紗音は犯人でない」の2通りになっている。
 片方のカケラ世界は、紗音はただの使用人ではない重要人物で、もう片方はただの使用人だ。

「犯人である」ほうは簡単です。Ep7で語られたことそのままですからね。ヤスは使用人紗音となり、使用人紗音は魔女ベアトリーチェになり、というシナリオ。
 これは当然、『うみねこ』の箱の中に入っている。

「犯人ではない」ほうは?
 例えば、「犯人は朱志香ちゃんだ。魔女ベアトリーチェは朱志香ちゃんだ」という可能性が編み出せたりしたら、「犯人ではない」ほうも箱の中に入ってることになる。
(いや、他の誰でも良いですよ)


●Ep7ワルギリアの希薄さ

 ベアトリーチェの名前は、称号として、人から人へ継承されていくのだということが比較的初期から語られています。
 ドレスベアトから、エヴァ・ベアトへ。エヴァ・ベアトから、エンジェ・ベアトへ。

 Ep7では、真っ赤な服を着た魔女ベアトリーチェから、ヤスが称号を引き継ぐくだりが語られます。
 ヤスはヤス・ベアトリーチェになり、称号を失った真紅の魔女は、のちに「悪魔ガァプ」という新たな名前を名乗ることになります。

 あれ?

 従来のエピソードでは、ベアトリーチェは、ワルギリアから称号を引き継いだことになっていませんでしたっけ。
 小さな女の子が、おじいさまの大事な壺を割ってしまった。銀髪の魔女ベアトリーチェが魔法でそれをごまかしてくれた。
 それをきっかけに、少女は魔女に弟子入りし、やがてベアトリーチェの称号を受け継ぐ。かつてベアトリーチェだった銀髪の魔女は、「ワルギリア」という新たな名前を得るのでした。

 いったい、ベアトリーチェは、ガァプから魔法を習ったのか、ワルギリアから魔法を習ったのか。
 どっちなのか。

 これを例によって、「猫箱の中に両方が入ってる」ことにします。

 猫箱の中に、
 真紅の魔女ガァプから称号を継承したベアトリーチェと、
 銀髪の魔女ワルギリアから称号を継承したベアトリーチェと、

 2人いる。

 2つのカケラ世界があって、片方では、ある女の子がガァプと出会ってベアトリーチェになり。
 もう片方の世界では、別の女の子が、ワルギリアと出会ってベアトリーチェになる。

 ガァプと出会うほうは、Ep7で語られたヤス・シャノン・ベアトリーチェです。

 ワルギリアと出会うほうは?
 その女の子はお屋敷のご令嬢で、おそろしいおじいさまがいて、使用人として家に仕える魔女みたいな外見のおばあちゃんがいるのです。

 この条件をみていくと、ワルギリアの弟子はジェシカ・ベアトリーチェとみるのが妥当そうなのです。
 ああ、ようやくジェシカの名前が出てきた。

 これから、「Ep7を朱志香説でみていく」ということをやってみたいと思います。


●右代宮朱志香の孤独

 まず、右代宮朱志香の特異な境遇、というところから、話を始めてみます。


「六軒島には、本当に何もない。友達の家も、お隣もご近所もない」
 譲治がそんなことを、ぽろっと言っていますが、よく考えるとこれってほんとに異常な境遇です。
 学校には時間決まりのボートで通うのです。

 朱志香って、平日の学校帰りにお友達の家に遊びに行く、といった当たり前の経験が、ひょっとしてほとんどないんじゃないかな。
 そんな立場だから、歳の近いいとこがいっぱい来てみんなで遊べる親族会議が大好きだった、と彼女は言うのでした。そんな1年に1回の機会がとても貴重だったと。

 一言でいうと、彼女は孤独な境遇なのです。


 そんな朱志香が、8歳くらいのとき。
 福音の家から、6歳の紗音という、ちいさなかわいらしい女の子の使用人がやってきます。
(この推理は、九羽鳥庵ベアトが男子を産む世界なので、ヤスは来ないのです。来るのは紗代ちゃんです)

 友達の家も、お隣もご近所もない朱志香。限られた学校の時間にしか、同年代の子供との接点がない朱志香。
 そんな彼女にとって、同性で年の似た子供が、家にいてくれるというのは、どんなにうれしいことだろう。
 友達になりたい。
 いっぱいお話したい。
 たくさん遊びたい。

 ところが。


●彼女の「なりたい自分」

 夏妃は、「厳重に」朱志香と紗音(使用人)との交流を禁じたのでした。
 夏妃は、「お嬢様のことを決して友人などと思って、気安く話し掛けないように」と、紗音に念を押すのです。
 そういう条件が、Ep7で語られます。

 朱志香にも同様の言いつけがなされます。彼女は、夏妃の目のあるところでは、「若い使用人たちとも素っ気無く付き合う素振り」を見せねばならないのでした。

 つまり。朱志香は友達が欲しくてたまらないのに、同年代の紗音は、夏妃奥様の言いつけがおそろしくて、朱志香と親しくしてはくれないのです。
 たぶん、このくらい幼い頃には。


 そこで、朱志香はこんなふうに思ったことにしましょう。

 紗音ちゃんが友達になってくれない。
 それは、自分が右代宮家の子供で、紗音ちゃんが使用人だからだ。
 ああ、誰も友達になってくれないんだったら、右代宮家の子じゃなくていい。
 もし私が使用人だったら、紗音ちゃんは友達になってくれたんだろうな。

 もし私が使用人だったら……。

 そこで、幼い朱志香は、ひとつのユメを作り出した、ことにします。

 私は右代宮朱志香じゃない。
 私は、右代宮家に仕える、小さな女の子の使用人。
 紗音ちゃんと、一緒のお部屋に住んでいる。
 紗音ちゃんと、大の仲良し。
 私が誰かにいじめられたら、紗音ちゃんはかばってくれる。
 私は福音の家出身の使用人。
 私の名前は……ヤス。

 夢想とは、その初期において、つねに「自分が自分でないものであったら?」という形態をとるものです。

 霧江は「もし自分が死産せずに留弗夫の子供を産めていたら」と夢想し、
 明日夢は「もし自分が本当に戦人を産んだのであったら」と夢想し、
 ヤスは「もし自分がしっかりした頼れる使用人・紗音だったら」と夢想し、

 朱志香は、
「もし自分が、紗音と大の仲良しの小さな使用人であったなら」
 と夢想するのです……。この推理では。


 ヤスが紗音となり、ベアトリーチェとなるカケラ世界では、ヤスが実体で、紗音はヤスが夢想した幻想キャラクターでした。
 ところが、こちらの世界ではそれが逆になります。
 この推理における「Ep1~4世界」「戦人カケラ世界」「ジェシカ・ベアトリーチェ世界」では、紗音が実体のある存在で、ヤスが幻想キャラクターなのです。


 朱志香は、現実と理想のあいだに齟齬が生じたとき、
「今の自分はそのままに、本当になりたい自分を、もう一人生み出す」
 という方法で、人生をしのいできた。そういうモットーで前向きに生きていくことができるんだ、ということを語っています。

 この幼少期の彼女にとっての「なりたい自分」が、
「紗音ちゃんが友達になってくれるような自分」
 であっても、不自然ではない。


●覗いてみたかった使用人たちの世界

 というわけで、朱志香は、「周りに友達もおらず、使用人たちも仲良くしてくれない自分」という、現実の自分はそのままに、
「紗音ちゃんと仲良しで、2人でけなげに毎日の仕事をこなす少女使用人」
 という「理想の自分」を、心の中にうみだした。

 現実の体は、右代宮家のご令嬢、朱志香様としてとりすました日々の暮らしを送りながら、頭の中では、「紗音ちゃんと楽しくおしゃべりができる使用人としての暮らし」という幻想を展開し、そだてていった。

「朱志香と使用人たちは、お互いにあまり接触しあってはならない」
 という母親の命令があるので、すごく近い存在でありながら、朱志香は使用人生活がどのようなものなのか、うまく把握できません。
 それは幼い好奇心につながる。
 使用人の暮らしって、どんななんだろう。
 使用人の女の子たちが、楽しそうにつっつきあっているところを見かけたことがある。
 お友達どうしで、楽しそう。いいな。
 ちょっと使用人になってみたいな。

 そんなふうに思っていたことにしましょう。

 Ep7でヤスは、
「福音の家でも自分は、他のお友達と遊ばせてもらえず、ずっと自分だけ隔離されたた部屋にいた」
 と語っています。
 これを、「友達と遊べず、使用人とも遊べず、六軒島に隔離され、屋敷でも使用人社会からは念入りに隔離されている朱志香」の境遇のあらわれと見るのです。ここでのヤスは朱志香の分身ですからね。


 さて。想像力の中で、朱志香はドジでのろまな使用人ヤスです。
 紗音がいつもかばってくれます。
 紗音が自分を気にしてくれて、好きでいてくれることが嬉しい。紗音と一緒にいられることが嬉しい。

 そんな、現実と幻想の二重生活が回転していたことにします。


 そんなあるとき、朱志香は金蔵が大事にしていた壺を割ってしまうのです。

 空想の中では、紗音がかばってくれるのだけど。現実にはそうはいかない。
 どうしよう。
 そこに現われたのは、熊沢チヨおばあちゃんでした。


●世界を変更する

 熊沢チヨおばあちゃんは、

「ほっほっほ、魔法で助けてあげましょう。実は私は、魔女ベアトリーチェなんですよ、ええ。だってほら、名前も似ているでしょう?」

 といった、てっきとうなことを言います。
 そしておばあちゃん、割れた壺をアロンアルファでちょいとくっつけ、かねて餌をやっていた野良猫を小脇にかかえて屋敷内に放ち、ヒジでちょいと壺をつついてわざとパカッと割ったあげく、

「あああ、なんということでしょう! 野良猫が忍びこんで大事な壺を割ってしまったではありませんか!」

 と、大声で騒いだりしたのでしょう。

 そしてあっけにとられた朱志香にばちっとウィンクをして、
「ほら。ね? これがベアトリーチェおばあちゃんの魔法ですよー」
 うーん、洒落たおばあちゃんだ。

 とにかく熊沢ばあちゃんは、壺を「朱志香が割ったんじゃない」ことにしてしまいました。

 これって確かに魔法だわ。
 凄い。
 こんな世界があったなんて。
 私もあんな感じで、魔法が使えるようになりたい。

 私も魔女ベアトリーチェになりたい。

「紗音みたいなすてきな使用人になる」よりも、
「熊沢おばあちゃんみたいなすてきな魔女ベアトリーチェになりたい」

 だから、世界を変更しよう。

 いま、自分の中には、ヤスという理想の自分がいる。
 それを変更しよう。
 いま、自分の中には、
「使用人ヤスとして、紗音と仲良しな世界」
 という幻想空間がある。

 それを変更しよう。

 新たな理想像、新しい「もう一人の自分」像を、みつけた。
 それは魔女ベアトリーチェ。

 私は今日からヤスではなく、魔女ベアトリーチェ。六軒島の夜の支配者。
 熊沢に乗り移った偉大な魔女ワルギリアの一番弟子。


●ヤスの消滅・魔女の誕生

 というわけで、朱志香は「ヤス幻想」をキャンセルします。

 ヤスは消えます。
 もともといなかった人物が消えるのですから、何の不思議もありません。

 紗音の部屋には最初から紗音だけがいて、これからも紗音だけがいる。
 ヤス・ベアトリーチェ説のときのような、
「さっきまではヤスが実体としていたけど、今からは紗音が実体としている」
 といった認識のツイストは必要ありません。


 朱志香は、紗音のそばを離れるわけなのですが、別に紗音が必要なくなったというわけではないのです。
 彼女はいぜんとして、紗音と友達でいたいと思っている。

 魔女ベアトリーチェとして、紗音と友達になれば良いのです。
 例えば……。
 紗音にちょっかいを出すやっかいな魔女、という幻想世界を展開すればいい。

 たとえば朱志香は、魔女ベアトリーチェになったつもりで、紗音のものをちょっと隠すようないたずらをしたかもしれない。

 この屋敷には魔女の伝説があります。
 だから紗音は、その「ものがなくなる現象」に遭遇したとき、

「ベアトリーチェさまのしわざだ」

 と考えるかもしれない。

「ああ、そうなんだ、魔女ベアトリーチェは、大事なものを隠したりするような方なんだ」
 という認識を、頭の中に生み出すのかもしれない。
 紗音は、「魔女ベアトリーチェさまって、どんな姿をしているのだろう」と想像するかもしれない。
 少女が想像した、そんな魔女の姿は、大胆なスリットの入った真っ赤な服を着た、縦ロールの金髪美女かもしれない。

 その幻想は、紗音の中で、だんだん大きくなっていくかもしれない。

 紗音は、新人の使用人が屋敷に入ってきて、その子たちが魔女ベアトリーチェを馬鹿にした発言をすると、ひそかに憤っていたかもしれない。
 その子たちをちょっとばかし脅かすために、キーリングから、マスターキーだけを抜き去るようないたずらを、紗音はそっと仕掛けてみたことがあったかもしれない……。

(続く)


■続き→ Ep7をほどく(8)・ジェシカベアト説(中)


■目次1(犯人・ルール・各Ep)■
■目次2(カケラ世界・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機

2010年09月23日 08時06分48秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/23(Thu) 08:03:03)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52562&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの6ページめです。

 主に、前回の補遺です。本論は次回からということになりそうです。


●ふたりの乗り物恐怖症

 われわれのよく知っている右代宮戦人くんは、乗り物恐怖症、落下恐怖症の気があって、川端船長のボートを異常に恐がるシーンが印象的です。

 この戦人が、前回の推理どおり、
「九羽鳥庵ベアトから男の子が生まれた世界」で、「崖から落ちた」赤ん坊だとしたら。

 赤ちゃんのころに高いところから落ちて大ケガをした人物がいて、青年になった今でも、高いところや足場が不安定なところを苦手としている。

 そういう一種のトラウマ、心理作用という説明がつきます。
 医学的に、ほんとうにそんな事例があるのかどうかわかりませんが、つじつまはきれいに合います。


 ところで。
 同じ恐怖症を、明日夢がもっていたらしい気配があります。

「戦人くんの乗り物嫌いはきっと遺伝だよ」と譲治が言っています。

 が、親の恐怖症が子に遺伝するなんて話は、これはどうも眉唾だ。
 じっさい霧江がEp6で暴露しています。「乗り物恐怖症は、留弗夫の気を引くための嘘だった」と。

 わたしがいいたいのは、これは、原因と結果が逆なんじゃないかということです。

 明日夢が乗り物恐怖症だから、戦人も乗り物恐怖症になった、「のではなく」
 戦人に乗り物恐怖症という症状があったから、明日夢も乗り物恐怖症「でなければならなかった」


 つまり、前回の推理に従えば、明日夢は、
「戦人の母親役を務めるという役割のおかげで、愛する留弗夫と結婚できた女性」
 なのです。

 これは実のところ不安定な立場だ。

 何らかの理由で戦人がいなくなったら、明日夢は役割を失い、お役ご免なのです。
 例えば戦人が事故で死んだりしたら、それでもうおしまい。

 そうでなくても……。
 戦人本人に対して出生の秘密が明らかにされ、例えば本当に彼が次期当主の座をつかみとったとする。
 それで実質、留弗夫にとっての明日夢の存在意義はほぼ消滅するのです。あとはもう、留弗夫は大々的に浮気しほうだいだ。

 要するに、「戦人に円満な家庭を提供する」という目的のために、自分は必要とされているだけで、愛されて求められて留弗夫と結婚したわけではない。

 明日夢の心は、そんな事実に耐えられなかったんじゃないかな。

 そんな事実に耐えられなかった明日夢はどうしたか。
 自分の心に、幻想を上書きした。

 戦人が、ほんとうに自分が生んだ息子だという幻想を作り出し、自らそれを信じ込むことにした。
 戦人は、留弗夫がどこからか連れてきた謎の赤ん坊などではない。
 自分がおなかをいためて産んだ、留弗夫さんとの子だ。
 そう思いこもうとした。

 戦人には、高いところや動く乗り物を異常に恐がるという性質がある。
 戦人は自分が産んだのだから、自分にも同じ恐怖症がなければならない。
 同じ恐怖症が自分と戦人にあれば、それは遺伝ということになる。
 つまり、自分と戦人は血を分けた真の母子ということになる。

 だから自分を、乗り物嫌いという「ことにした」。


●ふたりの紗音

 これも前回の補遺。

 前回の推理で、
「ヤスと戦人は、性別が違うだけの、別のカケラ世界の同一人物だ」
 という結論を導きました。

 九羽鳥庵ベアトから女の子が産まれた場合、福音の家に預けられてヤスとなる。一方、男の子が産まれた場合、留弗夫と明日夢に預けられて、われわれのよく知る右代宮戦人になるというのです。

 つまり、ヤスがいるEp7世界には、わたしたちにおなじみの右代宮戦人はいない。
 ヤスが将来の約束をした右代宮戦人は、わたしたちが知っている戦人ではない。
 理御が「歳の近い仲良しの従弟だ」といった戦人は、わたしたちが知っている戦人ではない。

 じゃあ誰なのか。

 これは、「本当に明日夢から産まれた右代宮戦人」と考えればよいと思うのです。

 明日夢と霧江は同時期に留弗夫の子を妊娠し、明日夢は無事出産、霧江は死産するという条件が初期Epから提示されていますしね。
 もちろん、無限のカケラ世界の中には、「明日夢が死産、霧江が出産する世界」や「両方無事に出産する世界」などもあるのです。
 が、Ep7のヤス世界では、留弗夫にエスコートされて明日夢が六軒島に来島しているわけですから、
「明日夢が男の赤ちゃんを産んで、その子は戦人と名付けられた」
 という世界であろう、との推測は成り立ちそうです。

 つまり……。
 ヤスにとっては地獄の苦悩にみちた「Ep7カケラ世界」。
 だけれども、明日夢にとっては、この世界は、「望んでやまなかった、理想の世界」なのかもしれない。


 さてところで。

「ヤス世界に、わたしたちの知る戦人はいない」、という話をしてきました。
 なぜならヤスと戦人は平行世界の同一人物だから、という理屈です。

 これは逆も言えるわけです。
「わたしたちの見てきたEp1~4世界(わたしたちの戦人がいる世界)には、ヤスはいない」
 なぜならヤスと戦人は平行世界の同一人物だからですね。

 つまり、わたしたちが問題にしたい「戦人カケラ世界」の紗音ちゃんは、ヤスじゃないのです。
 誰か別人が、紗音という名前をつけられて、六軒島のお屋敷で働いている。


 この推理では、「戦人カケラ世界」では、ヤスと紗音は別人なのです。

 ですから、この推理では、「安田紗代」という人物は存在しません。
(Ep7だけを、そのまま真実として受け取った場合、ヤスと紗音をそのままイコールでむすんでしまって、「安田紗代」が発生してしまいますね?)

 ヤス(安田)の本名は、たとえば「安田花子」だったりして、
 紗音の本名は、たとえば「鈴木紗代」だったりするのです。

(花子や鈴木は、いまわたしが適当につけました)


 紗音という名前は、お屋敷で命名されるものですから、さまざまな平行世界において、ぜんぜん別の人が「紗音」という名前を付けられてお屋敷で働いていても、おかしくありません。

 ですから、われわれのよく知っているほうの紗音ちゃん。仮称「鈴木紗代」さんは、誰でも良いのです。とくにビックリするような正体がなくても、ぜんぜん状況が成り立ちます。


 が。
 彼女が誰だろうと基本的に問題はないのですが、個人的趣味で、ちょっとドラマチックな合わせ方をしてみます。

 Ep1~4の世界。通称「戦人カケラ世界」。
 この世界では、(死産の霧江に対して)「明日夢はぶじに出産をはたした」ということが語られます。

 ところが、ここにホイッと「崖から落ちた男の赤ちゃん」が現われて、留弗夫と明日夢の息子の座に、おさまってしまう。

 じゃあ、「明日夢がほんとうに産んだ子」は、どこへ行ったのか。

 もちろん、「出産したなんてウソだった」という合わせ方をすれば、問題はまったくありません。が、もし出産がほんとだとしたら。
(だってお腹が大きくなってる気配もないのに、ある日突然赤ちゃんを抱いていて、「子供を産みました」なんて変ですからね)

 もし明日夢がほんとうに赤ちゃんを出産していて、
「崖から落ちた男の赤ん坊をおまえの子として育てろ、代わりに結婚してやる」
 という取引が留弗夫との間に発生したとしたら。

 明日夢が産んだ赤ちゃんはどうなるのか。
 それは捨てられるしかないのです。

 どこに?

 たとえば、福音の家とか……。

 このように「自分の欲のために、自分が本当に産んだ赤ちゃんを捨ててしまった」という状況が発生した場合、
 その罪の意識を逃れるために、明日夢は、
「この戦人こそが、自分が産んだ赤ちゃんだ。捨てた子なんていない」
 と強く思いこもうとするかもしれない。それが、「だって同じ恐怖症があるでしょう!?」という主張につながっていくかもしれない。

 さて、そのように、
「明日夢が産んだ子は、福音の家に預けられた」
 と仮定する。

 明日夢が産んだ子が、例えば女の子だったら。
 その女の子が、病弱で3歳くらい発育が遅かったら。

 そして、
「留弗夫と明日夢の実の娘が、福音の家で孤児として育てられている」
 ということを、源次が知ったとしたら。


 この推理では、「崖から落ちた赤ん坊をあなたが育ててくれ」と留弗夫に依頼したのは、源次です。(べつに熊沢でも良いのですが)

 つまり源次から見ると、
「自分が、赤ん坊を育ててくれと留弗夫に頼んだばかりに、本来右代宮の令嬢として育つはずだった女の赤ちゃんが、孤児院に入れられるハメになってしまった」
 というわけで、これは強い責任を感じざるをえない。
 自分のせいで、赤ちゃんひとりの運命を、天から地に、がらりと変えてしまった!

 そこで源次、せめて自分にできるかぎりの優遇を、この子に対してしようと考える。

 まず優先的に右代宮家の使用人として採用する。
「朱志香お嬢様のご学友役」という建前を使って、たった6歳という異例の幼さで屋敷に入れる。
 部屋割りなど、なるべく特別扱いをしてあげる。

 戦人がぶじに次期当主として認められたあかつきには、紗音と留弗夫の「親子の対面」をさせてやろうと考える。

 そんな特別な少女使用人が、われわれのよく知る「紗音」である、と考えると、これはドラマチックです。

 この推理のおもしろいところは、
「そんな紗音が、自分の出自を知ってしまった」
 という状況を想定した場合、右代宮家を憎んで、大量殺人を起こしそうな気がすごくするところです。

 つまり、このストーリーを採用すれば、
「ベアトリーチェの正体は紗音ではない」
 という仮定で始まった推理を、
「やっぱりベアトリーチェの正体はどっちみち紗音だった」
 というところに、くるりと回収できるっていうことです。これはおもしろい。


 なので、
「やっぱり紗音が犯人であったほうがいいな」
 と思う方は、この方向で採用してみて下さい。

 けれどもわたしは、まえまえから予告している通り、朱志香説を考えていきたいので、「出生を知った紗音の憎悪」という仮定は取らないことにしておきます。


●ベルンカステルの動機

 ここから、「朱志香説」のための前フリです。


『うみねこのなく頃に』は、

「ミステリーとファンタジーの戦い」
「アンチミステリーVS.アンチファンタジー」


 といった、印象的なキャッチコピーがつけられています。

『うみねこ』は、ミステリーの側面もあり、ファンタジーの側面もあり、と思えば反ファンタジーの様相を呈し、またさらには反ミステリーにもなりうる。
 だいたいそんなイメージで受け取ることができます。


 さて。このシリーズの第1回でも語ったのですが、
 ベルンカステルはミステリプロパーです。

 ベルンカステルは、
「この物語は、ただただ単純にミステリーとして読めば解ける」
 と、Ep5で主張しています。

「ミステリー的でない要素は、いっさい無視してかまわない」
「隠し通路なんていう、ノックスに違反した推理は、無能のすることだ」

 などという、極論にしか聞こえないことを彼女は言う。

 つまり彼女は、こんなことを主張しているのではないか。

「うみねこは、ファンタジーでもアンチファンタジーでもアンチミステリーでもなく、ただミステリーである」

 ノックスなんていう物差しを持ち出すのですから、ベルンカステルはおっそろしく古典的な、厳格なミステリ読みなのです。
 そんな彼女は、「ファンタジー・アンチファンタジー・ミステリー・アンチミステリー」という『うみねこ』の4大キーワードのうち、3つを盛大に切り捨てて、

「ただミステリー部分だけ見ていればよろしい」

 と断言するのです。


 そんなベルンカステルが、
「私が知っているかぎりの真相をここに公開するわ」
 といって、語り始められたのがEp7。

 その内容は、
「紗音が」
「共犯者の協力を得て」
「ときどき死んだふりをしてアリバイを逃れながら」
 といった内容を示唆するものでした(というふうに読めました)。

 もう、なんともいえない古典的厳格的ミステリーの香り漂う世界。


 本当にこれが最後の真相なのか? アンチミステリーはどこに行った?


 だからわたしはこういうことを言いたいのです。

「ベルンカステルは、ファンタジーとかアンチミステリーとか大嫌いなんじゃないのか?」

 みんなやフェザリーヌが知りたがっている本当の真相とか、彼女にはどうでもいい。
 彼女に関係あるのは、自分の好みに合うかどうかという趣味だけ。

 ベルンカステルは、ミステリーが好きだから、この物語がミステリーであってほしい。
 ミステリーの手順だけで、きっちり綺麗に解けるものであってほしい。

 そういう「願望」を抱いた。
(そして、「ミステリーの手順で解けるものであってほしい」というのは、かなり多くのユーザーが潜在的に抱いている願望でもあります)


 でも、この物語は、ベルンカステルと同等か、同等以上にミステリーを読み尽くしたと推定される、魔女ベアトリーチェが作り出したものなのです。
 一筋縄ではいかない作者だ。
 読者をあざわらうように、ミステリーの範疇を逸脱している匂いが、ぷんぷんする。

 例えば。
 京極夏彦さんの作品や、清涼院流水さんの作品には、「超能力を持った探偵」が、ふつうに登場します。
 つまり、ミステリーでありながらファンタジーだ。
 アイザック・アジモフの『鋼鉄都市』は、未来世界が舞台で、自立行動する人間型ロボットが登場するミステリーです。
 つまり、ミステリーでありながらファンタジーです。
 ミステリーの体裁で話が始まっていながら、さまざまな理由で、まったく真相が解明されずに終わる作品は、現代ではいくらでもあるそうです。
 つまり、真相は無限の可能性へと拡散するアンチミステリー


 ノックスを自ら持ち出すような古典的ミステリー読みのベルンカステルは、そういうのが本当に嫌だったんじゃないだろうか。

 そういうのが嫌だから。
 この物語が、そんなだったら嫌だ。

 嫌だから、この物語を、「ミステリーでしかない」ものにしてしまおう。
 そういうふうに書き換えてしまえ。

 書き換えるのは簡単だ。
「いかにもミステリー的な真相が発生するカケラ世界」を探し出してこよう。
 そしてそれが、すべてのエピソードの真実であるかのように語ってしまえば良い。


 これが、ベルンカステルがそういう行動を取った「動機」。「ベルンカステルのホワイダニット」だと、わたしは見ているわけです。


●この物語がミステリーであるという「幻想」

 同じことを、こういう言い方もできます。

 ベルンカステルは、これがミステリーであって欲しいから、
 この物語がミステリーであるという「幻想」を、実体の上に書き加えた。

 ベアトリーチェは、「犯人が凶器で殺した」という実体の上に、「魔女が魔法で殺した」という幻想を上書きすることができました。
 ベアトリーチェは、「人間が殺人を犯した」という実体の上に、「魔女が殺した」という幻想を上書きすることができました。

 ベルンカステルは、「この物語はアンチミステリーでもありえ、ファンタジーでもありえる」という実体の上に、「この物語はただミステリーである」という幻想を重ねることができました。

「犯人がある段階で死んだふりをし、容疑者から外れ、その後の殺人を行なっていく」というトリックは、きわめて古典的なミステリトリックです。さぞかしベルンカステル卿はお気に召したことでしょう。
 この六軒島で、そのトリックで殺人をおこなえるのは、だいたい紗音だけです。
 だから、「紗音を犯人にする」という手法によって、この物語をミステリーにしてしまおうとする。
 紗音が犯人であるという物語を上書きすることで、このお話を、古典的ミステリーのトリックに「再構築」することができる。
 そう「世界を変更」。

 きわめつけに、探偵役としてウィルを呼んでくる。

 戦人は「ほんとの真相」を知っていますから、彼はベルンの欺瞞を暴いてしまいます。だから探偵役として使うことはできない。

 その点、ウィルはダイン二十則という、ベルンカステル好みの古典的な探偵方法の使い手です。
 つまり彼は、古典的ミステリー探偵なのです。
 さぞかしベルンカステル好みの真相を見つけてくれるでしょう。

「ベアトのファンタジーをミステリーだと断言してぶった切ってくれた。あんたの役目はそれでおしまい」


 ところが、そのウィルが造反するわけです。

「悪ぃな、そんな“真実”とやらを、ミステリーが認めるわけには行かねェ。こいつは全て、ファンタジーだ。」


 おまえのミステリーをファンタジーに変えてやる、とウィルは言い出します。

 そんなことができるのか。
 できます。

 なぜなら、ベルンカステルが見せたものは、
 この物語がミステリーであるという「幻想」
 だからです。
 ベルンカステルは、わたしはミステリーが好きだから、このお話がミステリーであってほしいなあ、という「夢を描いた」。夢とは幻想。

 だから、
「こんな真相は、おまえの個人的な夢にすぎないだろう?」
 と主張することで、ベルンのミステリーを、ぜんぶファンタジー(幻想)だということにしてしまえます。

 つまり、実体の上に、別の物語を上書きする。
「紗音犯人説による、ミステリー的な真相」に対抗する、「別の真実」を構築する。
 そうすることで、ベルンの真実は「唯一の真実」ではなくなる。
「さいごから2番目の真実」でしかなくなる。
 後期クイーンする。
 霧江犯人説も、理御の逃れ得ぬ死も、すべて小さな可能性のひとつにすぎなくなる。

「ヱリカの主張する真実が気にいらないので、別の真実を主張する」
「ベルンの主張する真実が気に入らないので、別の真実を主張する」


 それは、今ある真実をファンタジーに変える、という行為であるだろう。そう思うのです。


 そのチャレンジを、ウィラード・H・ライトは、どうやら果たしきれなかったらしい。
 だからわたしがそれを代わりに引き継いでいるわけなのです。


(なかなか話が朱志香のところに行きませんが、次あたりから)


■続き→ Ep7をほどく(7)・ジェシカベアト説(上)
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Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在

2010年09月15日 07時50分16秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/15(Wed) 07:48:43)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52153&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)
 Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)


     ☆


●大きな猫箱・つぎはぎのカケラ

 まず、理御という人物が登場していることを奇妙に思うことにしましょう。


 右代宮理御と、魔女ベアトリーチェは、コインの表裏の関係だ、といったことが語られました。
 右代宮理御が存在する場合、六軒島に魔女ベアトリーチェが発生しないのです。

 理御という人は、夏妃に受け容れられ、崖から落ちずに済んだ「19年前の赤ん坊」です。
 逆に、赤ん坊が崖から落ちると、魔女ベアトリーチェが発生するらしい。


 ここまではよろしいですよね。
 わたしも、ここまではのみこみました。


 でも、だとするとEp7は変ですね。ウィルも気づいて、こいつは変だと言っている。

 Ep7の登場人物は、基本的に右代宮理御を認識しています。
 つまり、右代宮理御がいる世界だ。
 なのに、ウィルがインタビューすると、朱志香や真里亞は、魔女ベアトリーチェの話をしてくれるのです。
 魔女はその世界には存在しないのではないの?
 Ep7の朱志香や真里亞は、理御を認識しているくせに、なぜか、理御が生まれたら存在しないはずの魔女ベアトリーチェを語る。
 そして、朱志香や真里亞が語る親族会議の席次には、なぜか理御の席がない。

 この現象をウィルは、
「ここは、いくつかのカケラが継ぎ接ぎして作られた、まともじゃない世界」
 と分析し、
 ベルンカステルは、
「ベアトの猫箱より、もっと大きな猫箱で閉ざしただけよ」
 と語ります。

 いくつかのカケラ。大きな猫箱。

 つまり、Ep7のゲーム盤は、
「右代宮理御が生まれ、魔女ベアトリーチェがいないカケラ」
 と、
「右代宮理御が存在せず、魔女ベアトリーチェが生まれるカケラ」
 が、つごうよくミックスされてできている。

 2台の事故車を半々ずつつなげてニコイチにしたようなもの。
 ウィルはこれを「カケラの継ぎ接ぎ(つぎはぎ)」と表現しています。

 ベアトの猫箱は、2日間の大きさしかありません。10月4日が始まってからは、いろんな分岐が発生し、いろんな展開があるのですが、それ以前は基本的に固定です。
 つまりベアトの猫箱は小さいので、「第一の晩で6連鎖密室が発生する」か、「礼拝堂でハロウィンパーティーが発生する」かという分岐は可能ですが、

「19年前に赤ん坊が崖から落ちない」か「落ちる」か

 という分岐はできない(っぽい)。
 しかし、ベルンカステルの猫箱はその分岐ができる。
 2日しかないベアトの猫箱に対して、ベルンカステルの猫箱は19年というスパンがあるそうとう巨大な猫箱なのです。

「カケラ」というのは、『ひぐらし』や『うみねこ』では、平行世界・パラレルワールドのようなものと推定されますね。
 ベルンカステルはカケラの航海者、つまり、パラレルワールドを渡り歩いて、中身をのぞきこんで、珍しい世界を探し出してくることができる……できそうです。

 ものすごい根気を発揮することによって、257万8917分の1の確率でしか発生しない、とてもとても珍しい「右代宮理御が発生する世界」を探してきて、ゲーム盤に半分ドッキングすることができる。


 問題なのは、「ベルンカステルは、そういうことができる」ということです。


●男でも女でもある理御

 右代宮理御は、男の子なのか女の子なのか。
 という、謎がありました。

 これを例によって、「どっちか片方に決めたりしない」という態度をとることにしましょう。
 理御の服をぬがして確かめることはできません。
 つまり理御の性別は、猫箱のなかにあること。

 理御が男の子である可能性と
 理御が女の子である可能性が、
 両方同時に存在して、どっちか片方にきめる必要はない。ふたつの可能性が、ひとつの箱の中に同時に等価に入っている。

 猫は死んでいると同時に生きている。
 理御は女の子であり、同時に男の子である。


 ところで、「シュレディンガーの猫箱」のたとえ話が生まれた「量子物理学」は、パラレルワールドの存在を肯定するような分野だそうです。
(厳密にいうとちがうのですが、ここではわかりやすく、そういうことにします。本当は違うんだから違うんだぞう、といった茶々をいれるのは、いちおう遠慮してもらいたい)

 箱に猫を入れ、2分の1の確率で毒ガスが噴射されるボタンを押す。
 2分の1の確率で猫は死んでおり、2分の1の確率で生きている。

 この状態のとき(まだフタを開けてないとき)、死んでる50%と生きてる50%が、等価に箱の中に存在しており、なんと、まだどっちかかたっぽには確定していないというのです。
 どっちか片方に確定し、現実が固定するのは、フタを開けて、われわれが中身を「観測」した瞬間だそうです。たとえばそうして開けてみたとき、死んでたとする。

 とすると、さっきまでは箱の中にあった、「生きてる50%の可能性」は、どこに消えたのだろう。

 それをこの分野は、
「猫が死んだ世界と、猫が死なずに生きてる世界。その2つに世界が分岐し、パラレルワールドが発生したのだ」
 と説明するらしい。(エヴェレット解釈という解釈法によると)

 われわれは死んだ猫をみて、「生きてる50%はどこいった?」と首をかしげるが、パラレルワールド側ではニャーと鳴く生きた猫をみて「死んじゃう50%はどこいった?」と首をかしげている、そんなかたち。


 さて、
 右代宮理御が男の子の可能性と、女の子の可能性と両方ある。たぶん50%ずつです。

 ということは?
「右代宮理御が男の子として生まれる世界」と、
「右代宮理御が女の子として生まれる世界」が、
 相互にパラレルに、2つ存在するんじゃないか?

 九羽鳥庵ベアトリーチェという「猫箱」から、赤ん坊が出てきて「観測」されたとき。
 世界は、「男の子が生まれた世界」と「女の子が生まれた世界」に、分岐したのではないだろうか。

 パラレルワールド。カケラ世界。

 六軒島を中心としたカケラ世界は、「九羽鳥庵ベアトが男子を産んだ世界」と「九羽鳥庵ベアトが女子を産んだ世界」と、大きく分けて2つの世界が存在するはずです。


 そして、19年前というスパンで猫箱を用意できるベルンカステルは、
「九羽鳥庵ベアトが赤ん坊を産む瞬間」を、大きな猫箱のなかに含めることができるのです。たぶん。


●男の子の赤ちゃんが崖から落ちたらどうなる?

 さて。
 これまで、3エントリにわたって、

「クレルの中身は、紗音である」
「ヤスの中身は、紗音である」
「連続殺人犯、魔女ベアトリーチェの正体は、紗音である」

 という仮定にもとづくストーリーを検討してきました。

 紗音は女性です。
 紗音説をとる場合、
「19年前の赤ん坊が崖から落ちて生き延び、福音の家に送られ、使用人・紗音として舞い戻ってくる」
 というストーリーになるのですから、
「19年前の赤ん坊は女の子であった」
 ということになります。九羽鳥庵ベアトが女の子を産んだほうの世界のお話なわけです。

 ですから、紗音説だけを真相とする場合、「理御は男か女か」なんて煙に巻く必要はないんです。すぱっと「理御は女性」でよろしい。

 でも、Ep7は、「理御は男かもしれないし、女かもしれないし」という「猫箱状態」を提示するのです。
 提示されたからには、「理御は男かもしれない可能性」を重ね合わさないと、両目でものを見たことになりません。左目と右目のリドル。

「九羽鳥庵ベアトから男の子が生まれたカケラ世界」は、理論上存在し、ベルンカステルはそのカケラ世界をゲームに使うこともできるのです。


 ですから、19年前には、じつは重要な分岐が2回存在するのです。

 最初の分岐は、
「九羽鳥庵ベアトが男子を産んだ世界」と
「九羽鳥庵ベアトが女子を産んだ世界」。

 次の分岐が、
「赤ちゃんが夏妃に受け容れられ、崖から落ちない世界」と、
「赤ちゃんが夏妃に拒否され、崖から落ちる世界」。

 順列に組み合わせると、4通りになるのです。

1.「男の子の赤ちゃんが、崖から落ちない世界」
2.「男の子の赤ちゃんが、崖から落ちる世界」
3.「女の子の赤ちゃんが、崖から落ちない世界」
4.「女の子の赤ちゃんが、崖から落ちる世界」

 1と3が、右代宮理御の発生する世界。理御は男でも女でもいいのですからね。
 4が、紗音ベアトリーチェが発生する世界です。

 では、2は?


●「金蔵のあやまち」が起こりにくいカケラ

 九羽鳥庵ベアトから男の子の赤ちゃんが生まれ、夏妃に忌避され、崖から突き落とされる。
 そんなカケラ世界を想定してみましょう。

 男の子の赤ちゃんは、崖から落ちました。が、奇跡的に一命をとりとめました。

 源次は、この「男の子の赤ちゃん」を、どうするでしょう。

 この赤ちゃんが「女の子」である世界、つまり紗音ベアトリーチェが誕生する(と思われる)世界では、源次はまた同じあやまちが起こるのではないかと疑っていました。
 つまり、金蔵がこの女の子に性的な搾取をするのではないか。

 だから源次は、赤ん坊を「福音の家」という、かなり遠い場所に預け、3つも年齢をごまかし、さらには、金蔵の寿命がつきるいまわの際になるまで、決して親子の対面をさせなかったのです。かなり周到な防御です。

 でも、男の子だったら? そういう心配はないです。

 いや、金蔵はクレイジーですから、男の子でも心配かもしれません。けど、女の子だった場合よりは、ずいぶん安心できるでしょう。

 男の子の場合は、わりと安心だから、死ぬ間際まで存在を伏せておく必要はないかもしれない。小学校卒業時くらいで親子の対面をさせていいかもしれない。
 年齢をごまかすなんていう、難しい操作もまぁ、要らないだろう。
 福音の家なんていう、遠い場所にやることもない。もっと近くでいい。

 要するに、とりあえず夏妃の手や目のとどかない場所に、何年かだけ置ければ良いのです。女の子だったら金蔵の魔の手がおそろしいから、念入りに隠さなければならないが、男の子はそうでもない。

 福音の家は孤児院です。自由は少ないし、社会的に肩身はせまく、経済的にもひじょうに苦労して育つことになる。いじめだって普通にあるでしょうよ。しなくてすむなら、赤ん坊をそんなところに送らずにすませたいものです。これは多少親心があったらたいていそう考えるでしょう。

 できればもっとふつうの家族環境を持たせて、経済的にもめぐまれた状況で育ったほうがいいにきまっている。
 高校へやり、大学を出してやることもできますしね。源次はEp2で発言しているとおり、「大望を持つ男子は、学をそなえているべきだ」という考えを持っています。

 ならば、とるべき方策はこうだ。
 右代宮の親族の誰かに預ける。

 楼座はまだ子供だ。絵羽は論外。この男の子は金蔵が当主跡継ぎにしたがっている子。つまり譲治の立場を非常におびやかす存在で、まともに育てるはずがない。
 なら、留弗夫。
 消去法でそうなる。

 つまり……男の子の赤ちゃんが生まれて崖から落ちた場合、源次は、この赤ん坊を留弗夫に預ける可能性がでてきそうなのです。
 19年前に留弗夫に赤ん坊……?


●留弗夫の嫁選び

 留弗夫は、「赤ちゃんを育てる」というこの話にのっかります。
 なぜなら、この赤ん坊は金蔵と愛人の子で、金蔵が次期当主にしようとした子だから(蔵臼に預けるということは、金蔵→蔵臼→この赤ちゃんという当主継承を想定しているはず)。
 つまり金蔵はこの子に、右代宮家のすべてを相続させたいと思ってる。

 そんな子供を、自分の子として育てる。これは金蔵に対して人質をとったようなもの。
 自分はこの子の父親になる。
 愉快で幸福な家庭を築く。
 この子は自分になつく。
 この子は自分の身内になる。利益を共有する。自分の言うことをきく。

 そんなこの子供が、右代宮家のすべてを相続することになる。
 それは自分が右代宮家のすべてを手に入れるのとほとんど変わらない。

 赤ちゃんを育てるというこの話、乗るしかねぇだろ。

 さて。
 この赤ん坊を自分の息子だということにしてしまいたい留弗夫。
 留弗夫ひとりで赤ちゃんをつくることはできないわけですから、お母さん役・奥さん役が必要です。留弗夫は早急にだれかと結婚しなければならない。

 とりあえず手頃なのが2人いました。

 霧江はどうか、と留弗夫は考え、「いや、霧江はダメだ」と結論します。
 霧江は、かなり酷薄なところがある。かなり情に薄いところがある。留弗夫がときとして引くほどに。

 留弗夫は、ハッピーな家庭を築かねばならないのです。うちの家族が大好きだ、オヤジとオフクロのためなら何でもしてやりたい、この赤ちゃんにいずれそう思ってもらわなきゃいけないのだからです。
 やさしくあたたかい、絵に描いたようなお母さんが必要だ。
 霧江は、ヘタをすると赤ん坊を「私と留弗夫さんの間に割り込んだ邪魔者」くらいに認識する可能性すらある。
(だって霧江は、赤ちゃんの介在がなくても、もう完全に自分の力で留弗夫を射止めて結婚できるつもりでいるのですからね)
 絵に描いたような「いじわるな継母」になりそうな雰囲気が、ぷんぷんする……。

 そのてん、凡庸だけれどおっとりした、情の深い明日夢は、この役割にふさわしい。
「この赤ちゃんを自分の子として育てるという条件で、おまえと結婚してやる」
 と言えば、明日夢はむしろ渡りに船とよろこぶくらいだろう。だってこれを断った場合、明日夢が留弗夫と結婚できる可能性はかなり低いのだから。


●ヤス・戦人/別世界の同一人物説

 そんな感じで、「霧江が知らないうちに留弗夫と明日夢が電撃結婚」という現象が発生し、崖から落ちて一命をとりとめた赤ちゃんは、留弗夫一家に育てられることになりました……という仮定をしましょう。

 留弗夫一家には、
「明日夢を母だと思っているが、じっさいには明日夢から生まれてはいない、留弗夫の息子・右代宮戦人」
 が存在し、その正体は、19年前に崖から落ちた赤ん坊です。


 この仮定のとき、

「19年前に女の子が生まれ、いずれヤスになる世界」には、「明日夢から生まれていない右代宮戦人」は存在できません。
 なぜならヤスと戦人は、パラレルワールドで別々の運命をたどった同一人物だからです。

 逆にいうと、
「実は明日夢から生まれたのではない、出生の秘密を抱えた右代宮戦人」のいる世界には、ヤスは存在できないのです。


 さて。
「実は明日夢から生まれたのではない、出生の秘密を抱えた右代宮戦人」
 というのは、われわれがよく知っている戦人ですね。
 彼はEp4で、自分が明日夢から生まれていないことを知ってショックを受けていました。
 つまりEp1~4の戦人は、この戦人なのです。

 あれ。
 この「明日夢から生まれていない右代宮戦人」が存在する世界には、ヤスは存在できないのでは……。
 つまりEp1~4に、ヤスは存在できないのでは……。


 Ep1~4に、ヤスが存在しないとなると、Ep1~4の魔女ベアトリーチェの中身はいったい誰なんだ。


●別の世界の真実

 つまりわたしは、こういうことを言おうとしているのです。

「Ep1~4」と「Ep7」は、19年前に大きく分岐した、まったく別のカケラ平行世界なのじゃないか。

 ベルンカステルは、好みのカケラ世界を、無限の海のなかから探し出してきて、ゲーム盤に「つぎはぎ」する能力を持っています。

 彼女は、何億何兆というカケラをかたっぱしから開けて、
「19年前に女の子が生まれ、偶然にもEp1~4とソックリな六軒島大量殺人事件を起こすカケラ世界」
 というのを、なんとかみつけだしてきて、Ep7にドッキングさせた。

 そしてそれを、「これが真相ですよ」という顔で披露してみせた。

 Ep7というカケラ世界の中で、これらの殺人事件はすべて起こっていることなのですから、「これらはすべて真実」なのです。ベルンカステルはウソはひとことも言ってない。ちなみにわたしも、ヤス紗音=ベアトリーチェという推理が真相でないとはひとことも言っていません。


 けれどもそれはあくまでも、「我々の知るEp1~4とソックリな事件を別人がひき起こす世界」の真相であって、「わたしたちが見てきたEp1~4の真相」では、実はない。

 Ep7という、「われわれの見てきたEp1~4とソックリな別世界」の真相が、今回語られた。
 けれどもそれは、「われわれが知りたいEp1~4の真相」とは、まるで異なっている。

 いちばん違うのは、「魔女ベアトリーチェの中身」。

 このエントリで語ってきたような仮定がもし成り立つのだとしたら、
「われわれの見てきたEp1~4にはヤスは存在できない」ので、
「われわれの見てきたEp1~4のベアトリーチェは、ヤスではない」

 わたしたちのEp1~4では、ヤス以外の誰か別人が、魔女ベアトリーチェとして覚醒して大量殺人事件を起こす……。


 さあ、「魔女ベアトリーチェはヤス紗音ではない」可能性を、生み出すことができました。
 可能性さえあれば、猫箱の理論により、本当のことにしてしまえます。
「そうかもしれない」し、「そうじゃないかもしれない」状態のとき、「そうであることにしてしまえる」。

 これが、魔法です。

 魔法で「犯人はヤスじゃない」ことにしてしまえました。


     *


 次回は、もうすこし周囲の状況との整合をとってみたいと思います。

(続く)


■続き→ Ep7をほどく(6)・ベルンの動機、読者の動機


■目次1(犯人・ルール・各Ep)■
■目次2(カケラ世界・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)

2010年09月14日 02時45分18秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/14(Tue) 02:43:39)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52113&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの4ページめです。

 最終的には「朱志香説」を成立させることが目的ですが、その過程として、いったん「紗音説」を納得できる形に成立させてみよう、ということをやっている途中です。


●土は土に。幻は幻に

 クレルとウィルが、白い剣やら黒い剣やらで一問一答をします。
 これを自己流に、ひとまず紗音説で解読してみることにします。

 ひとつ注意を喚起しておきたいのですが、ここでのやりとりは全て、
「ウィルは、そういう推理をした」
 ということであって、それ以上のものではない(かもしれない)。

 というポイントを押さえておきたいのです。

 Ep4オーラスの、ベアトと戦人の赤字青字合戦をみればわかるように、ベアト側(クレル側)は、
「単に反論しない」
 ことによって、あたかもその推理が当たっているかのような雰囲気をつくることができます。

 このクレルとウィルのバトル内容が、「事件の真実に、本当に即している」かどうかは、誰もいっさい、保証していないのです。
 クレルはひとことも、「はい、それが正解です」とは言っていないのです。


 ちなみに、「土は土に。幻は幻に」という印象的なフレーズがありますが、土は「実体のあるもの」、幻は「実体のないもの」というくらいの意味じゃないかしらと思いました。
 つまり、「実際にあったこと」と「まやかし」を切り分けて、蓮舫おばさんよろしく仕分けしてやろう、というのが、「土は土に。幻は幻に」という呪文の意味だと思います。


●共犯者システム

 ウィルはぽろっとこんなこと言っていました。

「事件毎に異なる共犯者を得るシステム。………導き出される推理は、犯人が莫大なカネを持っていたという可能性。」
(Episode7)


 つまり、大金を使って、誰かを買収し、味方につける。
 で、連続殺人に協力させる。
「今からわたし、あなたたち以外の全員を殺そうと思うんですけど。もし私のことを黙っていてくれて、殺人の共犯になってくれたら100億円あげます」

 つまり、
「紗音は、エピソードごとに、ちがう人々を買収して味方につけている」
 という条件で、Ep1~4のトリックを見ていくことにします。

 源次・南條・熊沢という「レギュラー共犯者」がいる。
 それにプラスして、各エピソードごとに変動する「エクストラ共犯者」がいるという理解です。
 少なくともウィルは、そういう推理をしているようです。


●Episode1の殺人方法

 Ep1のエクストラ共犯者は、絵羽夫妻。絵羽と秀吉です。
 彼女と彼は、「右代宮家皆殺しにするの黙認してくれたら、大金あげます」という誘いにのっかったのだと仮定するのです。


■Ep1第1の晩/園芸倉庫に、6人の死体
「幻は幻に。……土には帰れぬ骸が、幻に帰る。」


 ウィルのこのセリフ。「死体だと思われていたけれど、実は死んでなかった人がいた」「6人全員が死んでいたというのは幻想である」というふうに読めます。

 6人の被害者の中に紗音がいます。そして、死体が置かれていた園芸倉庫の中を精査したのは秀吉です。
 紗音が死んだふりをしており、秀吉がそれを黙認すれば、紗音は死んだことになります。あとはどこかに隠れていれば、好きなときに出現してその後の犯行ができます。

「……始めから、危ういゲームだったな。………もしもあいつが、それでも死に顔を見たいと言って踏み入っていたなら、どうしていた。」


 このウィルの指摘はもちろん、「死に顔を見たい」と言い出した譲治と、それを止めた秀吉のやりとりのことと解釈できます。


■Ep1第2の晩/寄り添いし2人の骸は鎖で守られし密室に
「幻は幻に。……幻の鎖は、幻しか閉じ込めない。」


 Ep1第二の晩の犯行不可能性は、「チェーンロックが内側からかかってたのに、中で2人が死んでる」という現象があることです。
 しかし、チェーンロックがかかっていた、と主張するのは、源次、熊沢、嘉音の3人です。
 源次、熊沢、嘉音は紗音の共犯者なのですから、かかってないチェーンを「かかってた」と言うだけでOKです。つまり実際は存在しなかった幻の鎖

 実は生きていた紗音が、「今後のことを相談しましょう」といって絵羽夫妻の客室に入室し、2人を殺害し、立ち去る。源次が魔法陣を描く。その後、熊沢がカッターでチェーンを切る。それで現象は再現できそうです。


■Ep1第4の晩/密室書斎の老当主は灼熱の窯の中に
「幻は幻に。……幻の男は、あるべきところへ。」


 最初から死んでいた金蔵。その死体がボイラー室に運ばれ、窯に放り込まれて、終了です。
 死んでいるのに、生きていることにされていた金蔵(もう存在しなくなっていた幻の男)。その死亡が公開されました。つまり彼は死者の列という「あるべきところ」に戻りました。


■Ep1第5の晩/杭に胸を捧げし少年の最後
「幻は幻に。……幻想の魔女と杭は、幻想しか貫けない。」


 嘉音は幻想キャラクターで、魔女ベアトリーチェは幻想キャラクターです。
 ベアトリーチェという架空の人物が、嘉音という架空の人物を殺した、というストーリーが語られ、熊沢と南條がそういうお芝居をした。だいたいそんな感じでよろしいでしょうか。


■Ep1第6、第7、第8の晩/歌う少女の密室に横たわる3人の骸
「幻は幻に。……盲目なる少女が歌うは幻。密室幻想。」


 客間で源次、南條、熊沢が殺されている。客間は内側から施錠されている。凶器がない。真里亞だけが生存していた。

「真里亞が目をつぶって歌を歌っていた」というのはウソですよ、くらいの解釈でよろしいでしょうか。
 紗音が客間にあらわれ、3人を殺し、凶器をかたづけて退室する。
 真里亞に、「何も見てないって言いなさい」と命令する。
 別の部屋から書斎に電話をかけ、録音しておいた真里亞の歌を再生する。

 もしくは真里亞に、「書斎に電話をかけて、お歌を歌って、電話がきれたら誰かくるまで壁に向かって立ってなさい」と命令したかもしれないですね。


     *


●Episode2の殺人方法

 Ep2のエクストラ共犯者は楼座です。


■Ep2第1の晩/腹を割かれし6人は密室礼拝堂に
「幻は幻に。……黄金の真実が、幻の錠を閉ざす。」


 ウィルは何回か、「黄金の真実」というワードをつかうのですが、これは使い方をみていくと、「口裏合わせ」くらいの意味に読めました。
 念のためにいうと、戦人のいう「黄金の真実」が、口裏合わせという意味であるかどうかはわかりませんよ。ただ、ウィル個人は、
「黄金の真実ってのは、ようするに口裏合わせのことだろうよ」
 と思っているみたいです。「ウィルはそう解釈している」

 礼拝堂の謎は、「施錠された堂内に死体が6つある。鍵は真里亞が持っていたので使えたはずがない。密室殺人だ」というものでした。

 さて、「幻の錠」というくらいですから、
「鍵がかかっていた、というのはウソ」
「みんなで『鍵がかかってて開かないよー』という口裏合わせをした」

 くらいの解釈でよさそうです。

 扉が開かない、という確認をしたのは、使用人たちと楼座です。
 使用人たちのほとんどはレギュラー共犯者なのですから、
 楼座をエクストラ共犯者とすることによって、楼座と源次たちが、
「ガタガタ、うーん扉が開かない」
「ガタガタガタ、むー、確かに開きません」

 という茶番を演じれば良い。
 使用人の中で、共犯でないのはおそらく郷田だけですから、彼の目だけごまかせばいい。

 べつにEp2戦人の推理内容でもかまわないと思います。


■Ep2第2の晩/寄り添いし2人は、死体さえも寄り添えない
「幻は幻に。……役目を終えたる幻は、骸さえも残せない。」


 Ep2第2の晩の謎は「朱志香の部屋は施錠されてて、鍵は室内にあった」「嘉音の死体がない」です。

 嘉音は幻想キャラクターだと推定されますので、つまり幻ですので骸は残らないです。
 紗音はマスターキーを所持していますから施錠は問題になりません。


■Ep2第4、第5、第6の晩/夏妃の密室にて生き残りし者はなし
「土は土に。……棺桶が密室であることに、疑問を挟む者はいない。」


 紗音、譲治、郷田の3名が、夏妃の部屋で殺されています。扉は内側から施錠されています。密室なので犯人はどうやって出たのかという謎です。

 ここでは紗音犯人説をとるのですから、紗音が2人を殺して、死んだふりをすれば現象は再現できます。また死んだふりです。
 戦人が紗音の死体を調べようとしたら楼座が怒った、みたいな描写がありましたが、これを、「紗音の死んだふりを楼座は知っていたから」くらいに受け取ると整合感はあります。


■Ep2第7、第8の晩/赤き目の幻想に斬り殺されし2人
「土は土に。幻は幻に。……幻に生み出せる骸はなし。」


「死んだはずの嘉音が現われ、南條と熊沢を殺した」「施錠された使用人室から、2人の死体が消えた」というミステリーです。

 嘉音はですから、嘉音が殺したというのは虚偽です。骸はなし、というのですから、南條と熊沢は死んでおらず、実は生きてた、くらいの感じでしょうか。
 南條と熊沢が殺されたことにして、2人は別室に移る。マスターキーで施錠をして、使用人一同は楼座を呼びに行く。源次、ひそかに南條・熊沢ぶんのマスターキーを楼座に渡す。楼座、使用人室に行き、マスターキー2本が入った封筒をいま見つけたふりをする。

 こんなんでいけそうです。


     *


●Episode3の殺人方法

 Ep3のエクストラ共犯者は、ここでは留弗夫と霧江を想定します。


■Ep3第1の晩/連鎖密室が繋ぎし、6人の骸
「幻は幻に。……輪になる密室、終わりと始まりが、重なる。」


 6連鎖密室。最初に客間で紗音の死体が発見され、最後に礼拝堂で嘉音の死体が発見されます。
 嘉音は、この推理では幻想キャラクターだとしています。
 ですから、紗音が最初の部屋で死んだふりをし、死体発見者一同退室して、他の密室をぐるぐるめぐっている間に、紗音は礼拝堂にかけつけ、嘉音の服をきて、礼拝堂を内側からロックして「嘉音の死体のふり」をする。これで「終わりと始まりが重な」りました。

 客間の窓を割って最初に侵入したのは留弗夫です。彼が共犯なら、紗音の死んだふりをカムフラージュするさまざまな対処ができそうです。


■Ep3第2の晩/薔薇庭園にて親子は骸を重ねる
「土は土に。……語られし最期に、何の偽りもなし。」


 雨の中、楼座・真里亞母子が殺害されました。殺したのはエヴァ・ベアトリーチェであるように描かれました。
 それを「何の偽りもなし」というのですから、ウィルは「絵羽が2人を殺したんだ」と思ってるのだと思います。
 絵羽はゲストハウスの自室から抜け出した(秀吉の煙草)疑いが濃厚ですしね。


■Ep3第4、第5、第6の晩/屋敷にて倒れし3人の骸
「土は土に。……語られし最期に、何の偽りもなし。」


 屋敷のホールで、留弗夫、霧江、秀吉が殺されます。「何の偽りもなし」というのですから、この3人を絵羽が殺した、でOKだと思います。
 留弗夫、霧江は、この推理ではエクストラ共犯者です。彼らは屋敷ホールで秀吉を殺害しようと考え、食料調達の口実で彼を誘い出した。「台車が重いから持ってくれ」の口実で霧江は秀吉の銃を奪うことに成功。
 が、何らかの理由で、その企みを察知した絵羽がかけつけてきて、ホールにて留弗夫と霧江を殺す。それを目撃してしまった秀吉が絵羽をなじる。もみあいになり、銃の暴発により秀吉死亡。
 だいたいそんなシナリオでいけるでしょうか。


■Ep3第7、第8の晩/夫婦2人は東屋にて骸を晒す
「土は土に。……明白なる犯人は、無常の刃を振るいたり。」


 ゲストハウス1階ロビーにいた蔵臼と夏妃が殺され、死体が薔薇庭園東屋で発見されます。

「土は土に」ですから、描かれたことがだいたいそのまま実体ですよ、くらいの意味でしょうか。「明白なる犯人」だそうです。エヴァ・ベアトリーチェが命じてシエスタが殺す描写なのですから、2人を殺したのは絵羽、くらいで良いと思います。不可能性は特にありません。


     *


●Episode4の殺人方法

 Ep3のエクストラ共犯者は……「戦人以外の全員」ということにします。

「私が碑文を解いた新当主です。4家族のみなさんに50億円ずつあげます。あと蔵臼さんに当主の座をおゆずりします。そのかわり、ちょっと協力して下さい」
「戦人さんを、ちょっとこっぴどく脅かしたいんです。金蔵翁が連続殺人事件を起こしているという殺人ドッキリをしかけませんか?」

 もしくは、「譲治、戦人、朱志香の3人をドッキリにはめませんか」かもしれません。その場合は、例の3択クイズが重要ギミックになってきます。
 あのクイズって要するに、
「あなたは、私のことをどんなふうに愛してくれますか?」
 という問いかけなわけで、この答案をみて、誰と結ばれるか(紗音、ベアト、嘉音のうちどのアバターが恋を成就させるか)決めようという魂胆だったかもしれない。


■Ep4第1の晩/食堂にて吹き荒れる虐殺の嵐
「幻は幻に。……黄金の真実が紡ぎ出す物語は、幻に帰る。」


 口裏合わせによるまやかしですよ、という内容に読めます。
 ので、全員の共犯者を動かして、
「とりあえず金蔵が6人殺したことにしよう」
 これで完了です。

 ただ、おそらく紗音は、あとでこの6人を本当に殺します。


■Ep4第2の晩/2人の若者は試練に挑み、共に果てる
「幻は幻に。……黄金の真実が紡ぎ出す物語は、幻に帰る。」


 譲治と朱志香が、それぞれの場所に呼び出され、三択クイズを出され、悪魔に殺されるというくだりです。

 口裏合わせによるまやかしですよ、とウィルが言っているように見えます。

 ですから、例えばこの2人はあらかじめドッキリ計画を言い含められていて、
「よし、ここにいて、戦人が来たら死んだふりな」
 みたいなこと。

 もしくは、この2人はドッキリ計画を知らず、待ち受けていた誰かに3択クイズを実際に出題されたかもしれません。その場合、紗音(嘉音)は、きっと解答にじゅうぶん満足しただろうと思います。
 そのあとで、「いや、じつはこれドッキリなので、戦人をおどかすために死体のふりとかして下さい」みたいな言い含めが行なわれたかもしれません。

 あとで紗音は、2人を本当に殺します。


■Ep4第4、第5、第6、第7、第8の晩/逃亡者は誰も生き残れはしない
「土は土に。幻は幻に。……虚構に彩られし、物言わぬ骸。」


 ちょっとこのへんうまく言えないんですが、「土は土に。幻は幻に」とありますから、実際に死体になった人と、ほんとは死んでない人がいる、くらいの感じでしょうか。
 嘉音は幻想ということにしていますから、彼は「幻」側です。
 紗音はまだ暗躍の必要がありますから、まだ死んでない。
 それ以外の、蔵臼、南條、霧江は、紗音が殺したんだと思いますが、戦人が死体を発見した時には、まだ「死んだふり」だったのかもしれません。

 でもどっちみち、何らかのかたちで紗音はこの人たちを殺します。


■Ep4第9の晩。そして、誰も生き残れはしない
「土は土に。幻は幻に。……虚構は猫箱に閉ざされることで、真実となる。」


 ここでは仮に「園芸倉庫の熊沢・郷田」のこととして考えます。

 ウィルの発言をみると、「虚構だったものがほんとになっちゃった」くらいの意味に読み取れます。
「園芸倉庫の中で首をつったふりをして戦人をおどかそう!」というプラン(虚構)だったのが、じっさいに殺人者がきて、この2人を殺してしまった。つまり「死んだふりという虚構のつもりが、真実に死んでしまった」くらいの感じで受け取ることにします。


■Ep4「私は、だぁれ……?」
「幻は、幻に。……約束された死神は、魔女の意思を問わずに、物語に幕を下ろす。」


 紗音は戦人に三択クイズを出して、その解答に死ぬほどがっかりします。

 で、やっぱ今回も、全員殺して黄金郷にお招きコースだわ、ということになったんじゃないかな。

 黄金郷にお招きするには、皆殺しを発生させねばなりません。
 方法としては、地下の900トンにものをいわせるだけです。
 紗音は自殺し、その後、タイマーで起爆です。「約束された死神は、魔女の意思を問わずに」がこれで成り立ちます。

 このクイズを出したあとで「やっぱ殺そう」と思って殺したのか、このときにはもうすでにほとんど殺したあとだったのか、もしくは生きてるのを爆弾でフッ飛ばしちゃったのか、ちょっと仕分けしきれないところがあります。


 あるいは。「戦人にがっかりした」せいじゃないかもしれません。
 こんなシナリオはどうでしょう。

「戦人の解答」には、紗音は本気でがっかりしました。けれど、譲治の解答、朱志香の解答には、彼女はひじょうに満足したのです。
 なので、戦人は失格としても、譲治と朱志香のどちらを選ぶかという選択ができなくて、紗音は困ってしまうのです。

 そんなとき、ふと彼女は、真里亞におなじクイズを出してみるのです。
 真里亞の答えが、こうだったとしたらどうでしょう。

「うー、3つとも選ばない。真里亞もみんなも、悪魔に殺してもらうー」

 この三択クイズは、実は四択なのです。「どれも選ばない場合は、悪魔が全員を皆殺しにする」という条件が提示されているからです。

「みんな死ぬってことは、みんな生きてるのと同じことなんだよね! それが黄金郷! うー! 黄金郷には、やさしいママもいるー!」

 そう、黄金郷の「あらゆる可能性」のなかには、
「楼座が、真里亞を憎んだりせず、心からいつくしんでくれる優しいママであるかもしれない可能性」
 が入っているのです。

 そうだ、自分だけのことじゃない。かわいい真里亞にやさしいママをあげるためには、みんなを黄金郷に招かなければならないんだ。
 うん。やっぱドカーンだわ。


     *


 さて、以上が、「ウィルの推理を、紗音説で解釈したときの読み方」でした。
 読む人によって、細部の合わせ方はところどころ変わってくるでしょうが、
「紗音が」
「共犯者の協力を得て」
「ときどき死んだふりをしてアリバイを逃れながら」

 といったような、大づかみな構造は、どなたが読んでもそう大きくは変わらないのではないかなと思います。

 Ep1~4を、おおむね成立した物語として構成できている気がします。


 さて、問題は、この手の真相に、わたしやあなたが満足するかどうかだ。


 ヒューマンドラマとしては、わたしは、これは良いと思います。
 ただ、ミステリーとしては、どうか。

 ちょっと、釈然としないというか、正直にいうと物足りないのです。

 もちろん、わたしの読みがお粗末なのかもしれないわけですが、もし、上記のようなトリックが「さいごの真相」であった場合。
 それは……暴言お許しあれ……あまりにも古いと思います。

 もし私が作者だったら、この程度のギミックを手札に持っただけで、
「これは皆さんに解かせるつもりのない最悪の物語ですぞー」
 なんてビッグマウスを叩く勇気は、ぜったいに出ません。

 さて。では。作者・竜騎士07さんは、このぬるいギミックを「これは素敵だ、最強のトリックだ、誰にも解けないぞうー」と思いこんだ道化なのでしょうか。

 そんなわけない。

 だからこう思うわけです。
 これは、「解かせるために用意された最後から二番目の真実」にちがいないと。

 箱の中に、ふたとおりの猫が入っているように、
 ひとつの物語から、ふたとおりの真相が抽出できるように実はデザインされているんじゃないか。紗音説は、その「わかりやすいほうの真相」なんじゃないのか、と。

 それだったら、新しい。そして、竜騎士07さんがやりそうな、好みそうなギミックだ。

 ですから、これから、同じ材料から、べつの真相を「カケラ紡ぎ」してしまうことにします。
 これまで成立させてきた紗音犯人説。
 それとまったく同じ材料をつかって、「朱志香犯人説」をつむぎだしてしまおうというのです。


■続き→ Ep7をほどく(5)・分岐する世界の同一存在
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Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)

2010年09月12日 17時53分36秒 | ep7
※初めての方はこちらもどうぞ→ ■うみねこ推理 目次■ ■トピック別 目次■


Ep7をほどく(3)・まずEp7を紗音説で読む(中)
 筆者-初出●Townmemory -(2010/09/12(Sun) 17:51:55)

 http://naderika.com/Cgi/mxisxi_index/link.cgi?bbs=u_No&mode=red&namber=52052&no=0 (ミラー
 Ep7当時に執筆されました]



※番号順に読まれる想定で書かれています。できれば順番にお読み下さい。
 Ep7をほどく(1)・「さいごから二番目の真実」
 Ep7をほどく(2)・まずEp7を紗音説で読む(上)


     ☆


「力わざを使って、Ep7を朱志香犯人説でむりやり読み解く」というシリーズの3ページめです。

 が、その前に、段取りとして「紗音説」を検討している途中です。

 わりあい一生懸命書いていますが、「べつに、紗音説に賛同しているわけじゃない」ということだけ、ふまえておいて下さい。

 あとから全部朱志香説でひっくりかえすつもりで書いているものですから、全部が「前フリ」だと思って下さい。


●右代宮戦人との交流

 少しはしょります。

 紗音は、熊沢の影響でミステリー読みになります。
 同じ趣味をもつ右代宮戦人と仲良くなって、彼に恋をします。
 そして幼い将来の約束をするわけです。

「使用人をやめるときがあったら、俺のところに来いよ」
「では、1年後に……」
「白馬に乗って迎えに来てやるぜ」

 紗音は、12歳当時の戦人(!)のその適当なセリフを、思いっきり真に受けます。

 が、留弗夫一家にごたごたがあって、戦人は翌年来ない。
 次の年も来ない。
 その次も来ない。

 紗音はついに、待ち続けることがつらすぎて耐えられなくなります。
 ほんとは待ち続けたい。でも辛すぎて耐えられない。

 その2つを同時に叶える方法がありました。
 自分の分身である魔女ベアトリーチェ。
 ベアトリーチェに、戦人のことをいつまでも待ち続けさせる。
 自分は、戦人への思いを整理して、身軽になる。

 ベアトリーチェは紗音なのですから、彼女は戦人のことを約束通り待ち続けることもでき、同時に重荷から解放されることもできる。
 Ep6の「お母様のリグレット」……もう戦人を愛しつづけることができないから、この恋心をあなたにあげます、あなたが戦人を愛し続けなさい、という、あのメッセージに響き合いますね。

 そして紗音はひさしぶりに新たなキャラクターを作ります。心の弱った自分を支える存在として、弟分の嘉音という幻想キャラクターを創造します。


●黄金発見

 翌年、紗音は碑文の謎をといて、黄金の間を発見します。
 金蔵と面会し、黄金の指輪を受け取り、紗音は秘密裏に右代宮当主になります。
 源次・南條・熊沢の忠誠を手に入れたっぽいです。
 ついでに、10トンの金塊と、六軒島破壊爆弾を入手します。

 やろうと思ったら何でも出来る人になりました。文字通り全知全能の魔女みたいなものです。

 お金で買えないものがある、なんて常套句を真顔でいうのは、「あなたの心を、大金を出してでも買いたい」と誰かに言われたことのない人のただの負け惜しみです。


 たぶんこのへんの年から、紗音は譲治との仲を深めていったわけなのでしょう。
 来年迎えに来るといったきり、4年も(最終的には6年目まで)迎えに来ないという、おそろしいムラっ気を発揮する戦人に比べて、
 譲治は精神的に安定しているし、義理堅いし、たぶん約束は破らないし、マメに「あなたがスキですよー、いつでも気に掛けていますよー」というサインを送ってくれるでしょうから、紗音はさぞかし安心できたことでしょう。癒し系です。もうこれ癒し。


 で、その2年後に、紗音は右代宮関係者の全員を殺害して爆弾でドカーンするわけなのです。


●動機

「犯人」のアバターであるクレルは、動機についていくつかほのめかしを言い、
「これだけ言ってわからないのなら、もう黙る」
 というような、つきはなしたことを言います。

 彼女が言ったいくつかのことを、メモから抜き出してみます。

・家具の決闘はした。決着はつきかけていた。(しかし、結局、つかなかった?)
・1986年という年が、あまりにも無慈悲だった。1986年であることが、恨めしい。
・あと1年早ければ、あるいは遅ければ、決闘の勝敗はついた。
・時間さえ与えられれば。あるいは悩む時間さえ与えられなかったなら。


 以上のような事情があった結果、皆殺しでドカーンしちゃったのです、これが事件の動機ですこれでわからないのならもう語りません、とクレルはおっしゃる。


 さて、今、ここでは仮に、「クレルの中身は紗音」ということにしたいわけです。

 ですから、紗音さんには、
「ああ、どうして、どうして1986年だったの?」
 と思っていて欲しい。


●1986年特有のイベントとは

 1986年に起こることといえば。

 Ep2で譲治は、「次の親族会議に、婚約指輪を作って持っていく」と、事前に予告しています。
 譲治が紗音に、指輪を渡して正式にプロポーズするのは、皆さんご存じのとおり、いつも必ず1986年10月4日の夜です。
 つまり紗音は、1986年の親族会議で譲治からプロポーズされることを、前もって知っていました。

 で、同時に1986年は、戦人が6年ぶりに島に来てしまう年です。


「しかし、1986年に戦人さんが帰ってくるという事実が変わらぬ限り。………何かの悲劇は起こったでしょう。」
「そうだな。……戦人が帰ってくるのが、一年早いか遅いかだったら。………事件は起こらなかったかもしれねェ。」
(Episode7)


 もちろん紗音は、久しぶりに戦人が島にやってくることを、前もって知ります。だって彼女は使用人で、いわばいとこチームの接待係みたいなものですからね。

 譲治からのプロポーズを受ける日に、戦人がやってくる。
 どうしよう。

「家具の決闘」とは、魂が一つにみたない者たちが、一なる魂を得るための手続きだ、というようなことが説明されました。
 紗音はひとりの人間で、ひとつの魂を持っています。
 が、彼女の中にはベアトリーチェというキャラクターがいて、戦人にこがれており、また同時に嘉音というキャラもいて、朱志香とすれちがいの恋をしています。

 つまり紗音は、魂を3分割して、三分の一は譲治を、三分の一は戦人を、三分の一は朱志香を恋している、魂が一に満たない家具なのです。

 が、さまざまな水面下交渉の結果、「わたしは譲治さんのプロポーズを受けるんだ」ということに、ほとんど決定していたのでしょう。それが「決着はつきかけていた」。

 ところが、そこに戦人がやって来てしまう。昔すごく好きだった、何年も一途に待った、今でもかなりひきずっている、戦人さん。

 心の天秤がガッタンガッタン、左に右に、激しく揺れる。

 戦人さんが帰ってくるのが、来年の1987年だったらよかったのに。
 それなら自分は、もう譲治さんと婚約して、後戻りできない状態になっているのだから。

 戦人さんが帰ってくるのが、去年の1985年だったらよかったのに。
 それなら自分は、1年間ゆっくり考えて、「わたしが本当に愛しているのは、譲治さんなのだろうか、戦人さんなのだろうか」ということを、決めることができたのに。

 けれどもそれは無慈悲にも、1986年でした。

 選べません。

 だから、彼女は六軒島を密室にして、中にいる全員を殺すのです。


●魔女のルーレット

「金蔵がそうしたように、ルーレットを回して、奇跡の目が出るのを期待しよう」
 そんな意味のことを、クレルは語ります。

 金蔵は、「碑文の謎を出題し、解けた人物に全部を相続させよう」というルーレットを回しました。そして奇跡が起こり、もっとも愛する九羽鳥庵ベアトの忘れ形見が、当たりくじを引き当てたのです。


 ルーレットに、身を委ねたといった方が、正しいかもしれない。
 私は、私たちは、……自分たちの運命さえ決められなくて。全てを運命に託したのです。
 誰かが、報われるかもしれない。
 あるいは全員が結ばれて、解放されるかもしれない。
 さもなくば誰かがこの愚行を、止めてくれるかもしれない。
(Episode7)


 この部分に、3つの条件が書かれています。
「クレルのルーレット」を回転させた場合、大きくわけて3通りの結果が出るというのです。

「クレル=紗音」の仮定に立って、以下のように解釈することにします。


■1.「誰かが、報われるかもしれない」

 魔女殺人のルールはだいたいこうでした。

・島の外には出られない。外との連絡もつかない。
・碑文の見立てに沿って、在島者が順繰りに殺害されていく。
・誰かが碑文を解読して黄金の間を発見した場合、その時点で殺人は停止する。
・6日零時までに解読者が現われない場合、爆弾で右代宮邸は消滅する。

「誰かが、報われるかもしれない」に関わってくるのは、「碑文が解かれたら殺人は止まる」の条件ではないか、と考えました。

 そう簡単には解けない碑文。解けること自体が奇跡に近い。

 もしゲーム中に解読成功したとしても、その時点で、かなりの人間が死んでいる見込みです。
 でも、解読されたってことは、誰かが生き残ってるということ。

 誰が生き残るか、というルーレット。譲治か戦人か朱志香か。紗音は、生き残った誰かと結ばれれば良い。

「私は、私たちは、……自分たちの運命さえ決められなくて。全てを運命に託したのです。」
 誰が恋を成就し、誰が生き残るのか。それ自体を乱数で選ぶという選択。


■2.「誰かがこの愚行を、止めてくれるかもしれない」

 碑文が解読されなかった場合、殺人が続きます。

 が、在島者のなかに、紗音の想像以上に頭の良い人物がいて。
「連続殺人犯は、紗音である」
 と見抜いて告発した場合。

 自分でも馬鹿げたこととわかっているこのルーレットギャンブル。紗音は、誰かがこれを止めてくれることを期待しています。


■3.「あるいは全員が結ばれて、解放されるかもしれない」

 これが、六軒島殺人事件の最大のギミックで、このために六軒島破壊爆弾が必要なのです。
 探偵ウィルは、こんなことをつぶやいています。


「そして、………全てを黄金郷に招き、……全ての恋を成就させる、もう一つのシステム。」
(Episode7)


 わたしの「チェックメイト――黄金郷再び・金蔵翁の黄金郷」という記事をよまれた方は、この時点でおわかりかと思います。それです。

 Ep6のティーパーティ。
 絵に描いたような幸福がえがかれました。
 戦人は雛ベアトと結ばれ。
 嘉音は朱志香と結ばれ。
 譲治は紗音と結ばれ。

 これってまさに、「あるいは全員が結ばれて」の世界です。全ての恋が成就しています。これが黄金郷です。全員が黄金郷に招かれました。

 この状態をつくることが、紗音の本命の目的で、そのための道具が900トンの爆薬です。

 時計の針が6日深夜零時をさした時点で、900トンが爆発し、全員が死にます。
 基本的に、死体も残りません。
 もちろん、犯行現場も残りません。

 これにより、1986年10月4日~5日の六軒島は、「シュレディンガーの猫箱」となるわけです。

 爆発以外の何があったのかは、外からは誰にもわからない。

 この2日間で、紗音は総勢十何名という大量殺人を敢行しています。

 けれども、死体はないし、犯行の痕跡もないし、犯行現場もない。

 ということは、
「殺人事件はあったかもしれないし、なかったかもしれない」
 猫は死んだかもしれないし、死んでないかもしれない。

 殺人事件はあったのです。けれど、猫箱になりましたから、
「あったかもしれないし、なかったかもしれない」
 という状態になりました。

 紗音が殺しましたから、譲治も戦人も朱志香も死んだのです。
 けれど、証拠も死体も証人もないのですから、
「彼らは、死んだかもしれないし、生きてるかもしれない」

 紗音が殺したのです。
 でも、紗音が殺したことによって、「彼らは生きてるかもしれない」という可能性が発生するのです。このパラドックス。


 この「生きてるかもしれない可能性」を発生させるためには、島内の人々を、ひとり残らず殺さなければなりません。

 なぜなら、生きている人間は、島内に起こっていることを「観測」するからです。
 箱の中身を「観測」したら、猫が死んでいるか生きているかは、どっちか片方に確定してしまいます。
 生きている人間は、「譲治と戦人と朱志香は殺されてしまった!」と「観測する」のです。殺されたことが観測されてしまえば、「彼らは殺された」つまり「生きていない」ことになってしまうのです。
 だから、絶対に観測させてはならない。
 絶対に観測できなくすればいい。
 つまり、殺せばいい。
 死んだ人間は、絶対に周囲を観測しません。だから、「みんな死んでしまった」という観測事実が発生しません。だから「生きてるかもしれない」ことになります。

 死んだ人間は、「自分はいま、死んでいる」などという観測をしません。ですから、「死んでしまった」という観測事実が発生しないので、死んだその人物は「生きてるかもしれない」ことになります。ああ、黄金郷ではすべての死者を蘇らせ。


 そして。
 シュレディンガーの観測不可能な猫箱は、生死以外にも、あらゆる可能性を内包します。

 箱の中は、どうなっているかいっさいわからないのです。
 いっさいわからないということは、
「すべての可能性」
 が、そこに入っているということなのです。

 検証不可能な場所には、あらゆる主張が可能です。

 真里亞の目をとざしてしまえば、カップの中に飴玉が現われたのは魔法のためだという主張が可能です。
 真里亞に見えないということは、真里亞にとっては観測不可能の猫箱なのですから、「そこで起こったことは本物の魔法である可能性がある」のです。

 鐘音の背後で起こったことは、鐘音には「観測不能なこと」なのですから、それは猫箱の中で起こったことです。
 ヤスのいたずらの可能性もあるし、赤い魔女のしわざである可能性もあるし、それ以外の可能性もあります。鐘音の背後には、そうした無限の可能性が、いっぱいつまっているのです。

 さて、観測不可能な2日間の六軒島。
 猫箱です。
 無限の可能性が、無限に詰まっています。

 その中には、
「紗音が、譲治とむすばれた可能性」と、
「紗音が、戦人とむすばれた可能性」と、
「紗音の中の嘉音が、朱志香とむすばれた可能性」が、
 その3つが、同時に含まれているのです。

 そして、その3つの可能性は、「どれかひとつを選んで残りを捨てる必要なんてない」のです。

 なんと、紗音は、六軒島を爆破することにより、譲治と戦人と朱志香を、3人とも、同時に手に入れることができました。

 ある場所を観測不能の状態におくことで、その内部に、「無限」の可能性をつめこむことができる。
 そこでは、相反する願望を、全部同時に手に入れることができる。
 一匹の猫を入れてフタを閉じたら、生きた猫と死んだ猫と、犬と猿とキジと、馬とキリンとゾウとライオンと、ペガサスとユニコーンとドラゴンとフェニックスを手に入れることができる。

 このように。Ep6お茶会で描かれたように。
 全員で黄金郷に行き、あらゆる理想的なハッピーエンドを同時に手に入れる。「全員を黄金郷にまねく」。

 それが、「あるいは全員が結ばれて、解放されるかもしれない」。

 紗音はこの状態をつくろうとした。そのために殺人を敢行し、爆薬を起爆した。
 そういう、奇怪な論理にもとづく動機を、わたしは想定しているのです。

(続く)


■続き→ Ep7をほどく(4)・まずEp7を紗音説で読む(下)


■目次1(犯人・ルール・各Ep)■
■目次2(カケラ世界・赤字・勝利条件)■
■目次(全記事)■
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