二人のピアニストに思う

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パウエル氏の悔恨

2010-10-01 05:26:51 | 歴史
8月末にイラク駐留米軍が戦闘任務を終了し、オバマ大統領は
   “イラクでの戦闘終結を米国民に告げる演説”を行った。
これに絡んでの話題で、記事草稿を用意しながら、ブログに
   公開せずにきたが、この時点での資料としてメモを残しておく。
   最も重要な点を一言で言うと、
   パウエル氏が悔恨の発言、をしていることだ。

パウエル氏の略歴、をまず紹介しておく。 氏は、
 (87~89年)に、 レーガン政権の
         国家安全保障問題担当大統領補佐官。
 (89~93年)に、 父ブッシュ政権の、統合参謀本部議長
           として、91年の湾岸戦争を指揮。
 (01~05年)の、 ブッシュ政権一期目、の国務長官として
          、03年3月の、イラク戦争を開戦した。
  03年2月、国連安保理での演説で、衛星写真などを
   提示し、移動式生物兵器製造装置の存在を力説した。

  パウエル氏は後に、05年の米テレビ番組で、
  この国連安保理演説を「汚点」だと表現し、
  今回も悔恨の気持ち、を述べている。

          ★ ★ ★ ★ ★

パウエル氏は、ベトナム戦争に従軍し、戦場の厳しさを
   よく知っていた。 氏は、強硬派が主流だった
   2003年3月の、イラク戦争開戦時のブッシュ政権の
   内部では、戦争回避を主張する慎重派の人物だった。
統合参謀本部議長として指揮した、91年の湾岸戦争と異なり、
   国連安保理の開戦容認決議がなく、大規模兵力の
   集中投入も行われなかったイラク戦争の開戦に
   踏み切ったパウエル氏。

現在の氏は、旧フセイン政権の大量破壊兵器(WMD)
   の存在に関する、米情報機関による情報が
   間違っていたことを、「極めて残念」だと強調し、
  「戦争は避けることが出来た」、と考えている。

イラク戦争は、その動機が見え難いため、人によって
   宗教的な戦争だったとか、  同時多発テロが
   国際テロ組織アルカイダとイラクの共謀によったため
      とか、  いろいろと言われているが、
   米国の大義名分は、WMDの存在だった。

後になって分かってみると、パウエル氏が国連安保理で
   説明した、移動式生物兵器製造装置、は、
   アルコール依存症の協力者の作り話だった、というし、
   イラクのフセイン元大統領は、06年の死刑執行の前
   になって、WMDが無いにも関らず、査察を拒んだ理由を、
   「イランに弱みを見せたくなかったから」、と告白した。

戦争回避を主張する慎重派の人物だったパウエル氏は、
      「情報にこのような裏」、があるとは思いもよらず、
   開戦を決定する役回り、を演じた
今、「私はいつも、WMDに関する主要な演説をした人間
   と見られる」、と悔恨の発言をするのは、
   運命の齎した悪戯だろうか。

原爆、水爆を巡る、オッペンハイマーの立場、を
          連想させられる。:
   ▲広島原爆60周年(1) :[A-14]
   ▲人類滅亡論[3]自然科学の進歩による滅亡 :[C-4][05/4/12]


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